Surrealisme(シュールレアリスム)とは?
言葉の訳は「超現実主義」だが日本では頭だけをとって「シュール」、ダリの溶解する時計のような現実離れした、不思議な、気持ちの悪い世界・場面などを指す言葉としての方がよく使われている。
1924年にブルトンの「シュールレアリスム宣言−溶ける魚」の中でシュールレアリスムの定義が示されている。
シュールレアリスム。男性名詞。心の純粋なオートマティスム(自動現象)であり、それにもとづいて口述、記述、その他あらゆる方法を用いつつ、思考の実際上の働きを表現しようとくわだてる。 理性によって行使されるどんな統制もなく、美学上ないし道徳上のどんな気遣いからもはなれた思考の書きとり。
シュールレアリスムはそれまでおろそかにされてきたある種の連想形式のすぐれた現実性や、夢の全能や、思考の無私無欲な活動などへの信頼に基礎おく。他のあらゆる心のメカニズムを決定的に破産させ、人生の主要な諸問題の解決においてそれらにとってかわることをめざす。
シュールレアリスムは自分達に共通の考え方や感じ方に一番ふさわしいと判断した事を存分に行動に移したいと望んだ人々の、自由でしかも自発的な集まり以外のものでは決してありませんでした。この人々のあいだには、ただちに一種の明析さが生まれ、その明析さこそが、シュールレアリスムの精神(そしてその共同体)と縁を切らない限りは背くことのできないような、詩的、社会的、哲学的な一つの態度を決定していたのです。 1950年9月 (バルベルデの質問に対するブルトンの答え)
シュールレアリズムの性表現
シュールリアリズムの性表現はフロイトの精神分析と共通する部分がある。人間の精神の無意識から取り出した精神異常、狂気、白昼夢、魔術、自動記述そして、リビドー。人間の秘められた自己(能力)の昇華を求めたのである。
「この好奇心はその興味を性器から身体構成全体に振り向ける事が出来るならば芸術的なものにまで昇華され得るものである。」
人間の性を肉体から切り離し、時間と空間の座標軸に現すフロイトの概念は性表現であり、芸術活動であり、強いて言えばシュールレアリズムそのものである。
しかし、フェミニズムの視点からすれば、女性をオブジェと見なす男根思想であると批判をうけることも忘れてはならない。
フロイトに対して忘れてはならないのはユンクである。ユンクは当時受け入れられなかったフロイトを学会で擁護する内容の論文を発表するほどであったが「リビドーの変遷と象徴」の出版によってフロイトと決別する。
リビドーをもっぱら性的エネルギーに限定して考えるフロイトに対してユンクはリビドーを心的エネルギーとしてもつ創造性について述べている。つまり、フロイトのリビドーの概念をより広く拡大して把握したのである。この事はシュールレアリズムにより近くその活動そのものではないだろうか。
現代においては女性が性器や精神世界の性を表現する事も珍しくない。フロイト・ユンクが提唱したようにリビドーは両性にあるもので当然の活動である。それならば、今日、女性が性の昇華の概念を急速に実感し理解し、日常にフィードバックしていったならば、今までの反動によるリビドーのエネルギーは計り知れないパワーを持ち、時代においてシュールに光り輝くかもしれない。
リビドー/シュールレアリズムについて思うこと
共産主義が滅び、冷戦が終結した今の時代では過去のように芸術にイデオロギーを押し付けたり、強制的に求めたりせず、純粋に芸術としての価値を求めてきているように思う。現在の新しい作品に昔のシュールレアリズムや象徴主義、ロマン主義の幻影を探しても無駄でおかしな話だし、たとえ見つかったとしても無意味である。
知的な画家にこした事は無いがそれよりも、鋭く優れた感性が作品を作り出しその感性をかんじることのできる人のために作品が存在すると思う。
鑑賞者の感性、リビドーに直接訴えかける作品を描きたいと私は望んでいます。
シュールレアリスム関連年表
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| 1898 | ドレフュス事件 |
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ルネ・マグリット誕生 |
| 1899 |
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| 1900 | パリ万国博覧会開催 |
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クルト・セリグマン、イブ・タンギー誕生 |
| 1901 | ルーズベルト、アメリカ大統領に就任 |
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アルベルト・ジャコメッティ誕生 |
| 1902 | 日英同盟締結 |
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| 1903 |
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瀧口修造誕生 | ビクトル・ブローネル誕生 |
| 1904 | 日露戦争 |
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サルバドール・ダリ誕生 |
| 1905 | アインシュタイン、相対性理論を発表
ポーツマス条約 |
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| 1906 | ドレフュス、無罪判決を得て復権 |
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| 1907 | サロン・ドートンヌで セザンヌの回顧展開催 |
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| 1908 | キュビスムが始まる |
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| 1909 | 未来派が始まる
ルイ・ブレリオ英仏海峡横断飛行に成功 |
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日本、韓国を併合 (大逆事件) |
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ラウル・ユバック誕生 |
| 1911 | ミュンヘンでアバンギャルド 芸術運動が始まる |
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ロベルト・マッタ誕生 |
| 1912 | 中華民国成立
タイタニック号、沈没 |
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| 1913 | ブカレスト条約調印、バルカン半島分割
ニューヨークで「アーモリー・ショー」開催 |
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| 1914 | 第一次世界大戦、始まる フランス・ベルギー侵略 |
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| 1915 | 日本、中国に21ヶ条の要求 |
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| 1916 | チューリヒでダダ運動始まる |
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| 1917 | アメリカ、第一次世界大戦に参戦
アメリカで? ジャズ・オーケストラを初録音 |
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アポリネール、フィリップス・スーポーを ブルトンに紹介 |
| 1918 | フランス・ドイツ休戦協定に調印
ロシア皇帝ニコライ二世と家族、処刑される |
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ミロの初展覧会(バルセロナ) |
| 1919 | ベルサイユ条約調印
ドイツでバウハウス開校 |
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ジャン・ポーラン、ポール・エリュアールをブルトンに紹介 |
| 1920 | 国際連盟成立
第一回メーデー |
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エルンスト、パリでコラージュ作品を発表 |
| 1921 | 中国共産党結成
パリでダダ展開催 |
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ブルトン、ジークムント・フロイトを訪問 |
| 1922 | スターリン、ソ連共産党書記長に就任
ムソリーニ、政権掌握 シャガールとカンディンスキー、ソ連を去りドイツに |
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シュールレアリスト・グループ ダダ運動から離反 |
| 1923 | 関東大震災 |
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| 1924 | レーニン、死去
スターリン「トロイカ」体制をとる イタリア統一社会党マテオッティがファシストに暗殺 アドルフ・ヒトラー?「我が闘争」を書く |
福沢一郎渡仏
三科造形美術協会結成 第一回無選首都展 |
パリにシュールレアリスム研究所開設
ブルトン「シュールレアリスム宣言-溶ける魚」を発表 |
| 1925 | パリで装飾美術展開催
東京放送局 ラジオ放送開始 治安維持法公布 |
三科造形美術協会分裂・解散
造形結成 |
ミロのパリでの最初の展覧会
初のシュールレアリスム絵画展開催 集団遊戯「甘美な死骸」発明 |
| 1926 | 大正天皇没 | 単位三科結成 | シュールレアリスト画廊パリに開設
「マン・レイの絵画とオセアニアの島々のオブジェ」展 |
| 1927 | 中国で内戦勃発
国際アナーキスト連盟設立 リンドバーグ大西洋 横断飛行に成功 |
形成芸術協会結成
(関西の構成派作家たち)
造形美術家協会結成 (造形の改称) 第一回大調和美術展開催 |
シュールレアリスト画廊で「イブ・ダンキーとアメリカのオブジェ展」 「甘美な死骸展」 「アルプ展」相次いで開催 |
| 1928 | 蒋介石、国民政府主席に就任
改正治安維持法で死刑を追加 全県特別高等課設置 |
形成会結成
東郷青児帰国 主情派美術会第一回展開催 |
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| 1929 | 世界恐慌が起こる
ニューヨーク近代美術館開館 朝鮮疑獄事件 |
洪原会結成
帝国美術学校開校 二科会第16回展で東郷青児ら「超現実主義絵画」を発表 主情派美術会解散(峰岸義一渡欧のため) |
ダリのパリでの最初の展覧会
ブルトン 「シュールレアリスム第二宣言」発表でシュールレアリスト・グループ最初の分裂 |
| 1930 | ロンドン軍縮会議
牧口常三郎「創価教育学体系」発行 |
1930年協会第5回展にて福沢一郎の滞欧作特陳
巴里東京新興美術同盟結成(サルモン、ピカソ、峰岸義一ら) 洪原会解散(岩倉具方渡欧のため) 独立美術協会結成(福沢一郎ら) NOVA美術協会結成(鶴岡政男ら) |
デスノス 「シュールレアリスム第三宣言」発表でシュールレアリスト・グループ分裂が決定的になる |
| 1931 | パリで植民地博覧会開催
満州事変 |
NOVA美術協会第一回展(公募制を採用)
福沢一郎帰国 |
アメリカで 「最新のスーパー・リアリズム」展 |
| 1932 | 日本軍、中国軍と交戦開始
犬養首相暗殺 警視庁に特別高等警察部設置 |
長谷川三郎帰国
プルミエ洋画展第一回展(糸園和三郎ら) |
ニューヨークで「シュールレアリスト・グループ・ショー」開催 |
| 1933 | ヒトラー首相に就任ユダヤ人弾圧始まる
バウハウス閉鎖 日本、国際連盟を脱退 |
NINI第一回展
新油絵第一回展 古賀春江没 アバンガルド洋画研究所開設 1940年協会結成 |
ロンドンでエルンストの初個展開催
カンディンスキーがシュルアンデパンダン展に出品 |
| 1934 | ヒトラー国民投票により総統に | 独立美術協会内紛
新造型美術協会結成(藤田鶴夫ら) 新時代洋画展第一回展(長谷川三郎ら) JAN結成(荒木剛ら) 三岸好太郎没 飾画結成(糸園和三郎ら) 駿河台洋画研究所(アバンガルド洋画研究所の改組) |
ブルトンはヒトラー指示の文章を書いたダリの除名を示唆
ニューヨークにおける最初のダリとジャコメッティの個展開催 |
| 1935 | フランスで文化擁護作家会議結成
ニューヨーク・ホイットニー美術館で抽象美術展 |
黒色洋画展結成、第一回展(野原隆平ら)
アニマ第1回展(小山田二郎ら) 駿河台洋画研究所解散 SPA集団結成(駿河台洋画研究所 研究者による自主的研究団体) 新日本洋画協会結成(北脇昇ら) 多摩帝国美術学校開校 |
コペンハーゲンで
「国際キュビスム・シュールレアリスム展」
ジャコメッティがシュールレアリスト・グループから除名 ファシズムに対抗してブルトンら「コントル=アタック」に参加 |
| 1936 | スペイン内乱勃発
2.26事件 思想犯保護観察法公布 |
表現第一回展(浅原清隆ら)
フォルム第一回展(窪田栄ら) 白蛮会第一回展(菅野由為子ら) 1940年会解散 エコール・ド・東京結成(内田慎蔵ら) レ・リラ第一回展(椎野修ら) アバン・ガルド芸術家クラブ結成(瀧口修造ら) 大斗会第一回展(磯田長敬ら) 動向第一回東京報告絵画展(矢崎博信ら) |
ブルトンが「コントル=アタック」を離れる?
ロンドンで 「第二回シュールレアリスム国際展」 ニューヨークで 「ファンタスティック・アート、ダダとシュールレアリスム」展 |
| 1937 | ドイツ軍スペインのゲルニカを空爆
ピカソ「ゲルニカ」を制作 大本営設置 日独伊防共協定成立 日本軍、南京占領(南京大虐殺事件) |
トルピ展(岡田徹ら)
自由美術家協会結成(長谷川三郎ら) 唯型第一回展(小林孝行ら) デ・サミ第一回展(佐田勝) 新絵画第一回展(長谷川宏ら) 海外超現実主義作品展(日本超現実主義運動隆盛の発端) アバンギャルド造影集団結成(花輪銀吾ら) NBG洋画第一回展(津志本貞ら) 貌第一回展(加藤太郎ら) |
ブルトンが「グラディーバー」画廊開設
アントナン・アルトー、精神病院に強制収容 |
| 1938 | ドイツ軍オーストリア侵攻し併合
日本軍、徐州・広東占領 |
ジェンヌ・オム第一回展(薮内正直ら)
黒色洋画展解散 絶対象派協会結成(斎藤義重ら) 磁座第一回展(杉本博ら) エコール・ド・東京解散 飾画解散 SPA集団解散 創紀美術協会結成(糸園和三郎ら) 歴程美術協会結成(山岡良文ら) 虹人第一回展(石田順治ら) BAN第一回展(倉石隆ら) 前衛写真協会結成(瀧口修造ら) 日本超現実主義作家展 成層第一回展(猪飼俊一ら) 九室会結成(吉原治良ら) 造型会第一回展(舟越保武ら) 絵画第一回展(浜田浜雄ら) |
ブルトンとエリュアールの絶縁
マン・レイ、エルンストはエリュアールにつき タンギー、マッソン、ベルメール、ペレ、エロルド、マッタはブルトン支持のまま |
| 1939 | ドイツ・ソ連不可侵条約締結
フランス第二次世界大戦参戦 宗教団体法公布 |
福沢一郎、独立美術協会を脱退
独立美術協会、福沢一郎除名 写真造型研究会結成(前衛写真協会の改称) 創紀美術協会解散 美術文化協会結成(福沢一郎、北脇昇ら) デ・ザミ、磁座、虹人、貌解散 新浪漫派美術協会結成(佐田勝ら) ソシエテ・イルフ結成(高橋渡ら) 歴秀会結成(岡田徹ら) |
ダリ、シュールレアリスト・グループから追われる
エリュアール、シュールリアリスムから離れる フロイト死去 |
| 1940 | フランスとドイツが休戦協定
日独伊三国軍事同盟成立 |
美術創作家協会結成(自由美術家協会の改称) | メキシコで「第四回シュールレアリスム展」
ブルトン、エルンスト、ドミンゲス、ペレ、マッソン、シャールらがマルセイユに集まる 他のメンバーはちりぢりに |
| 1941 | ドイツ軍がソ連に侵攻
アメリカ第二次世界大戦参戦 改正治安維持法公布(予防拘禁制追加) 日本軍、真珠湾を奇襲 太平洋戦争開始 |
青年美術家集団第一回展
福沢一郎、瀧口修造 検挙・拘束 美術文化協会 「国民美術の創成」発表 (事実上の転向声明) 吉川三伸ら検挙・拘束 山路商ら検挙・拘束 |
ブルトン、エルンスト、マッタ、セリグマン、タンギーらアメリカに亡命
ニューヨークでシュールレアリスト・グループ再編成 |
| 1942 | ドイツ軍フランス全土を占領
ミッドウェー海戦で日本軍敗退 |
陸海軍、戦争記録画作成の為に画家を南方に派遣 | ニューヨークで「亡命芸術家」展
ブルトンは「シュールレアリスム第三宣言か否かのための序論」発表 「ファースト・ペーパーズ・オブ・シュールレアリスム」(米国市民権取得の意思を具申する書類)展 ツバイク自殺 |
| 1943 | 学徒出陣壮行大会
学童疎開開始 アメリカ世界初の原爆製造を開始 牧口会長、戸田理事長ら(創価教育学会幹部21人)治安維持法で検挙 |
日本美術及び工芸統制協会創立(絵具など画材の配給を独占) | ブルトン「長い論争の中で」(マッタに献げる詩) |
| 1944 | 連合軍ノルマンディーに上陸
神風特攻隊突撃 アメリカ軍、日本本土空襲開始 牧口常三郎獄中で殉教 |
二科会などの公募展禁止
二科会解散 |
ピカソがパリでサルトル、クノーらの前で「尻尾をつかまれた欲望」朗読
ジャコブ、カンディンスキー死去 |
| 1945 | ドイツ降伏
東京大空襲 沖縄全滅 世界最大の戦艦大和沈没 広島に原爆投下 ソ連、対日参戦 長崎に原爆投下 日本降伏 第二次世界大戦終結 |
(以降美術団体の解散あいつぐ) | ブルトン、ハイチでラムに再会
ピカソ「死体置場」制作 |



