更新日:2004/7/3

きまぐれ日記


7月3日(土)   
気まぐれ日記も本当に気まぐれで半年ぶりになるのだ。
昨日とうとう61歳の誕生日を迎えた。自分でも正直エッもう61歳か!
と年齢のサバを読みたくなる年になったものだ。いつのまにかいつも
通っている病院の患者さん達と同じ仲間の老人クラスになっている。
ああなる前には、病院通いを卒業したかったけれど、結局それどころか
症状が悪くなっていると言うか、悪い所が増えているのには、やはり
年を感じる。ソコタラ中が、参って来ている。
それにしても、今日から年齢を書く書類には、つきあいたくない年に
なったものだ。生年月日も西暦で書くのはまだ良いが年号だとチョット
敬遠したくなったものだ。

1月16日(金)   
13日に久々に入院した。以前の病院はお世辞にもキレイとは言えないが、新しくなって過去に通院はしたが初めて入院した。
丁度14日が私が初めて気胸で入院して、14年になる。当時の先生の
名前は、診察医の看板から消えていた。 8階の内科病棟に案内され
病室に入ったら、14年前最初は病室がなくて、内科に入れられたが、
その時の婦長さんが、今も居られ(あらぁー)と言われ覚えていてくれた。
前の時は、1週間くらいで、心臓、呼吸器外科病棟に移ったが、でも婦長
さんは覚えていてくれた。 1週間くらいの入院を覚悟していたが、入院まえの検査で、透析は本人の希望でやるやらないは、自由との診断を下され、当然透析は勘弁してもらう。 結果2泊3日の入院となった。
それだけに予定がぎっしり組み込まれ、レントゲンも今度は胃、それから
エコーで腎臓と肝臓の検査、そして今度はビデオで腎臓病の勉強と透析
についての知識。そして実際に透析している所で、見物というか現場見学これが生々しく、こうなりたくないとつくづく思い知らされる。
最初の夜は救急で、入院患者が病室に入り、ガタガタと部屋中賑やかで
寝付かれず、2日目の夜は透析の見物が目に浮かび寝付かれず。
そこに以前の肺ガン時代の、今は亡き同僚達の顔を思い出し、それこそ
一睡も出来ない始末。 さんざんな入院生活だ。
でもその中で、肺ガンでしょぼくれて居た時、励ましてくれた看護学校の先生に、新入生を院内引率中に出会い、チャント覚えていてくれて、
懐かしく廊下で話し込んでしまった。 ウチの長男の嫁さんも、T先生に
看護の1から教わったそうだが、14年前と全然変わって居ない先生だった。
 
 


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