国道402号線・国道8号線  −その2−


 しばらくのあいだ、日本海に並行して走る。けれども、日本海はまったく見えない。このあたりの海岸は、砂丘というほどではないけれども、信濃川が運んできた砂により、広大な砂浜になっている。国道402号線は、海岸から500メートルほど内側を走るうえ、砂防林と防砂柵により、視界がさえぎられているため、海岸沿いを走るという感じではない。国道134号線の、茅ヶ崎から平塚あたりのような感じである。

 前方に、角田山というぽっかりとした山が見える。しばらくは、山に向かって、ずんずんとつき進んでいく感じで走る。最後に山にぶつかる感じで、三叉路になっていた。案内標識にしたがって、右折する。
 角田から寺泊にかけては、以前は「越後七浦有料道路(通称:シーサイドライン)」という有料道路であった。現在は、償還が終わり、無料である。こういうところを走ると、トクをした気分になる。
 角田岬の小さなトンネルをぬけると、ようやく日本海が見える。いきなり断崖絶壁の上を走るので、少し、驚いてしまう。

 オートバイを止めて、しばし休憩する。いい天気であったので、日本海はきれいなコバルトブルーであった。水のきれいさという点では、太平洋よりも、日本海の方が上だろう。新潟市という大都市の近郊であっても、水がきれいなのだから。太平洋がわでは、こうはいかない。生活雑排水だけでなく、工場からの排水がすごいからだろう。

 約2キロメートルほど南に走ると、国道402号線は、海に対して、ぷいっという感じで背を向けて、山の中に入っていく。明らかに、不自然な感じだ。じつは、ここを通ったときには知らなかったのだが、ここに原子力発電所を建設する計画があるのだという。そのため、国道402号線は、このような迂回ルートをとっているのである。
 有名な、巻原子力発電所である。このあたりは、巻町(まきまち)というのであった。

 1996年8月、巻町は原子力発電所建設の賛否を問う住民投票を実施。投票率は約88%にのぼり、建設反対が約61%、建設賛成が約39%という結果になった。原子力発電所建設という、特定の政策を扱うものとしては、日本初の住民投票であった。議会と住民の意見が対立した状況で、住民投票が成立したというのは、おもしろい現象であったと思う。

リンク
巻町公式ページ
巻原子力発電所の建設を計画している東北電力のホームページ


 五浜トンネル、角海トンネルの順に抜けて、ふたたび日本海に沿って走る。
 「日本海間瀬(まぜ)サーキット」がある。モータースポーツに、それほど関心がない私でも、名前だけは聞いたことがある。こんなところにあったのか、と思う。
 ここでは、MFJ(日本モーターサイクルスポーツ協会)公認の全日本ロードレース選手権のような、大きなレースは行われていない。アマチュアの団体を中心とした、いわゆる草レースが開催されている。コースの内部に畑があるという、のどかなサーキットであった。

リンク
日本海間瀬サーキット


 間瀬の集落を過ぎると、左手に弥彦山(やひこやま)が見える。
 私が子供の頃、上野から新潟に行く急行は、「佐渡」、「越路」、「弥彦」の3つであった。このなかで、「佐渡」、「越路」はわかるのだが、「弥彦」とは、いったい何のことだろう、と思った。私は、父と母に聞いてみたが、わからなかった。ふたりとも、新潟には行ったことがなかったのだ。
 それはともかく、毎日、地図や時刻表を見ながら、そんなことを聞いてくる私のことを、両親は真剣に心配した。夜、私がふとんに入ってから、「あの子は、ちょっとおかしいのではないか。」と話し合う声が聞こえた。父は、私のことを、「賢いバカ」というように表現した。なかなか言いえて妙、というか、子供の頃の私のことを的確に表現していると思う。さすがに親である。
 ともかく、私は、あまり両親に心配をかけても悪いと思ったので、その日を境に、いっさい、両親にものを尋ねるのはやめた。
 その後、私は、新潟市の近郊に、弥彦山があることを、地図で発見した。心のなかで、思わず「これかー。」とつぶやいた。だが、弥彦山は標高634メートルしかなく、急行の愛称になるような山には、とても思えなかった。

 いま、その弥彦山を、初めて見る。頂上に登れば、日本海と越後平野を一望できるし、海岸からすぐのところにあるから、なかなか、威風堂々とした感じの山である。
 とはいっても、やはり、標高634メートルというのは迫力がなく、とても新潟県を代表するような山であるようには見えない。いったいどうして、こんなに有名になったのだろう、と思う。



つづきつづきを読む     インデックスに戻る   ホームへホームに戻る