けん玉のプロフィール


けん玉の生い立ち:

   元和(げんな)元年<1615年>大阪夏の陣で、豊臣氏が滅んだ頃ヨーロッパで
  は、けん玉の原型である「カップ・アンド・ボール」が大流行していました。
   これは、文字通り <コーヒーカップやシャンペングラス等の「カップ」と糸か毛糸
  を巻いて作ったと思われる「ボール」を糸で結んだもの> 
であったそうです。
   その玉を、下からまっすぐ引き上げてカップの中に入れたり、前に振って受けた
  り、少しうまくなると、逆に手前から振ってカップに入れたりして遊んだと思われま
  す。

   ヨーロッパからシルクロードの旅をして中国から日本に伝わったときは、
 <鹿の角に穴をあけた玉を結びつけた形> のけん玉でした。
  天保元年<1830年>喜多村信節(きたむらのぶよ)という人が書いた「嬉遊笑覧」
 (きゆうしょうらん)という本に、次のように書かれています。

  「安永6,7年<1777年>の頃、けん玉というものできたり。 鹿の角製にてつくる。
   玉を振り、ちょこぐち のごときくぼみに受け、さかさまにして、細き先を玉の穴に
   入れるものなり。もし、受けざる者に酒を飲ましむ。」

  はじめは、大人の酒の席での遊び道具だったのです。

   酒の席の遊び道具として利用されていたけん玉が、子供の教育玩具となったの
  は明治9年に文部省発行の児童教育解説書に “盃および玉” という題で発表さ
  れらてからです。

   けん玉の原型が カップ・アンド・ボール ならば、大皿小皿もヨーロッパの発明と
  思うでしょうが、日本で発明された物です。
  発明者は、江草 濱次(えぐさ はまじ)さんという人です。
  発明場所は、広島県呉市中通6丁目36番地

   その江草さんが、大正7年<1918年>10月1日に明治期のけん玉を改良した
  「日月(にちげつ)ボールというものを考案し出願、大正8年5月14日実用新案として
  登録されました。
   その実用新案の「登録請求の範囲」には、「軸の本には三日月形にして浅く彫設せる孔を
  有し、玉受の大受、中受、共に三日月形を浅く彫設せる孔並びにその中央部に貫通孔を
  彫設し、これに軸の先頭部を差し込むべくなせる構造」 と書かれています。


   これが、現在のけん玉となっていくのです。

        以上の内容は 日本けん玉協会 初代会長 故 藤原一生 著
                 「けん玉スポーツ教室」;(金の星社)より引用しました。
        尚、故藤原会長の奥様より引用許可を頂いております。 

  注)現在のけん玉の原型となる「日月ボール」の発明者について、新たな資料の発見に基づき
     以前協会で発表されていた 鈴木福太郎氏より上述の通り江草氏に訂正されていますので
     本ホームページの記述も訂正しました。(2005.5.1)
     【日本けん玉協会 専務理事 丸石照機氏著 『けん玉』文渓堂、『けん玉遊び』小学館より)

     

現在のけん玉:

 「生い立ち」の項で紹介したように、一般的に“大皿”“中皿”“小皿”と “けん”そして
“玉” “糸” から出来たけん玉は、その大きさ、形、色等の違う様々な物があります。
どこの観光地のおみやげ屋さんにも必ずと言っていいほどけん玉があります。
今度の旅行先で、「私のコレクション」のけん玉と見比べてみて下さい。

しかし、日本けん玉協会が技の認定用や競技会用に使用しているけん玉は、形や大きさ・
糸の長さ(約38センチ)までが決めらた、「日本けん玉協会認定」のシールが貼られた、競技用けん玉です。
 このけん玉は、観賞用のけん玉と違い、高度な技が出来るようにバランス良く作られています。
ちなみに材料は、「けん」と「皿」はブナ、「玉」はヤマザクラということです。
最寄りのスポーツ店、デパート、おもちゃ屋さんで見つけてみて下さい。

【認定けん玉と簡単な説明書・替えひもが同封されてます】

    (1997.04.13追加)

日本けん玉協会認定けん玉を作っている会社を紹介します。(2001.01.28追加)

★認定けん玉16号<富士>を製作:
   (有)博進社  山形県長井市  詳しくは<ここを見て

★認定けん玉16号<さくら>を製作:
   (株)アートヨシイ  群馬県多野郡吉井町吉井646
               東京都豊島区にも営業所有り。

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