■TOP > ■沢のほたるメニュー
▼沢のほたる▽和泉式部集 霧鼠本(巻四)▼




■ 巻四 ■


ともかくも言はばなべてになりぬべし音に泣きてこそ見すべかりけれ

想いは形にならず、ただ流れゆくばかり・・・

私はずっと泣いていた。
「どうしたの? 何があったのです?」
優しいあの人の問いかけに、
睫毛の濡れた瞳で言葉なく見つめ返した。
「その涙の訳を、どうか仰ってください」
私はあの人の胸に顔をうずめ、
思いきり声をあげ激しく泣き出した・・・。

とにかく何か言葉にしてしまうと、
まるで何でもない事のようになってしまいましょう。
だから声をあげて泣いてみせるしかないのです。



中空にひとり有明の月を見て残るくまなく身をぞ知りぬる

ほぅ・・・・・

ある男と一緒にいたところに別の男が来て、
二人とも帰ってしまった翌朝に詠んだ歌、
という詞書きです。

半ば放心状態で見た有明の月。
それは空の真ん中にあって・・というのは、
空間を立体視していたということでしょう。
こんな視点を詠んだお歌って、ちょっとないですよね。
中空に浮かぶ宙ぶらりんの月。
二人の男のどちらも選べなかった宙ぶらりんの自分。
残されたもの?
「・・・なんだか虚しいんじゃなくって?」
思いがけず悟りの境地に入ってしまった朝なのでした。

中空をぼんやりと、独り有明の月を見て、
とり残された我が身を残すところなく知りました。



空見れば雨も降らぬに音ぞするただ月の漏る雫なりけり

木漏れ月が寂しそうに見えたの

長く続いた雨が降り止み、明るい月がさし出でた。
静かな夜の空を見上げる。
僅かに聞こえてくるのは、雨しだりの鳴る音?
いいえ。いいえ。
これは月の雫だわ。
空から漏れきて地上に落ちる音。
きらきらと光りながら天の楽を奏でる・・・。
さあ、私も琴を合わせましょうか。

空を見れば雨も降っていないのに音がする。
ただ月の光が漏れ落ちて雫となっていたわ。



あはれ我が心にかなふ身なりせば二つ三つまで名はも見てまし

嫌です、と言ってみたい。本当は。

道貞さまに捧ぐ、一首目。

「位記」という公文書は、その人が受けた
叙位を記してあるものだそうです。

心ならずも別離した道貞さまの元より、
「私の位記を持ち出すのを忘れていた。返してくれ」
と、言ってきたのです。
「君にはもう関係のない物だろう?」
そう言っているようなものです。
・・・和泉さまは渡したくなかった。
彼が出世して立派になっていく姿を、
ともに喜び、幸せを分かち合っていきたかった。
叶うものならずっと見届けていたいのに。

技巧もなく真っ直ぐに詠まれたお歌。
だからこそ、私の胸にズシーンときました。

我が心にかなうものなら、
やがて二位三位となるまで、あなたの名が
この位記に記されるのを見ていたいのに。



別れても同じ都に在りしかばいとこのたびの心地やはせし

同じ月を見ていることが、ささやかな慰めだったわ

道貞さまに捧ぐ、二首目。

都を離れ陸奥守として赴任していく道貞さまについて
「どう思ってる?」と、人に問われて返したお歌です。
道貞さまへの気持ちを詠む和泉さまは、
とってもしおらしい一面をあらわにします。

「せめてお側で見守らせて下さいませ。
迷惑にならないようにしますから」

そんな声が聞こえてくるのは私だけでしょうか。

あの人と別れ別れになっていても、
同じ都にいると思えばこんな心地はしないもの。
・・・ついにあの人は遠い地へ旅立っていくのね。



何事も心にしめて忍ぶるにいかで涙のまづ知りにけん

私、泣いてるの?

決して色には出すまいと耐えていたのに。
決して誰にも漏らすまいと忍ばせていたのに。
この涙が流れたのは、大いなる誤算。
涙の裏切りもの!
そうやって、昔から裏切りものなのよ・・・

世の中のうきもつらきも告げなくにまづ知るものは涙なりけり
よみ人しらず (古今集)

何事も心にひしと留めて耐えているというのに、
どうして涙が最初に知るのでしょう。



思ひあらば今宵の空をとひてまし見えしは月の光なりけり

ふふっ。そんなに甘くなくてよ

月の明るい夜、あなたは蛍を包んでくださった。
その光は優しくて、暖かくて、はかなげで───
そうね、恋に燃えるのもいいかもしれない。
・・・そう思ったのに。
雨降りの次の夜、あなたは来ない。
昨日は、ほんの一時の気の迷い・・・あなたも、私も。
私が求めた光は蛍ではなかったんだわ。
私、やっぱり月のほうが好き。

本当に想う心があるのでしたら、
今宵だって来て下さったでしょうね。
燃えていると…そう見えたのは
蛍に託したあなたのお心ではなく、月の光だったようです。



なく虫のひとつ声にも聞こえぬは心々に物やかなしき

自分だけにしかわからないの・・・

草陰の虫の声。
それぞれに物思う心を訴えている。
そんな声たちを聞いていたら、
胸にトクンと響く痛みがあった。

何も感じないよりも、ずっといい。
感情が生きているってことは、
まだまだあきらめていないってことだから。

鳴いている虫の声が
みな同じに聞こえないのは、
ひとつひとつが違う心を持っていて
悲しい想いをこめているからなのでしょうか。






■TOP > ■沢のほたるメニュー