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▼沢のほたる▽和泉式部集 霧鼠本(巻三)▼




■ 巻三 ■


わりなくも慰めがたき心かな子こそは君が同じ事なれ

どうしてそんなに無心な顔で私を見るの?

目元が似ている。清らかな首筋も。
あたくしに残された、あなたの分身。
けれど、違う。この御子は、あなたではない。
眼差しが違う。顎のあたりも。
あなたと同じ血が流れていることが、愛おしくも妬ましくもなる。
・・・・・あたくしを見て、笑った。
ああ、こんなことって。御子の笑顔、あなたの生き写し・・・。

どうしようもないけれど慰めがたい気持ちなのよ。
この子こそ、あなたの血を分けた分身なのだと思ってみても。



頼めたる人も無けれど秋の夜は月見で寝べき心地こそせね

私は・・・秋の月を眺めたいと思っただけ

女は、気がつけば、月に想いを懸けつつ、
うつらうつら・・・ 夢見の世界に。
その白い頬を伝う一粒の涙。

男は、何かに誘われるように牛車に乗りこむ。
やがて止まるのは、草木生い茂る邸の前。
月光の衣を身にまとった女の眠る。

そっと近づき、優しく触れて、涙の珠を袖に受ける。
互いの瞳に愛しい君の姿が映る・・・・・

恋しい誰かと約束があるわけではないけれど、
この秋の夜の月を見ずに寝てしまう気分にはなれないわね。



竹の葉に霰降るなりさらさらに独りは寝べき心地こそせね

眠れないのは霰のせいよ。全部、霰のせいよ

和泉さまの「眠れない夜」、第2夜をお送りします(笑)。
目にも耳にも、とても趣のある情景のお歌なのですが・・・。

サラサラ・・・サラサラサラ・・・サラサラ・・・更々!?
むーっ!イラつきますわっ!この竹!霰!
静かにして頂戴ませっ。あたくしの気持ちを煽らないで。
ええ、わかっておりますとも。
あの方のおみ足はこちらに向かっておられない。

・・・でもね、あたくしの愛しい君。
こんなにあはれな宵を、それでも独りで過ごせと仰るの?

竹の葉にサラサラと降り落ちる霰の音を聞くと、
独りで寝る心地になんて更々なれないじゃない。



数ふれば年の残りもなかりけり老いぬるばかり悲しきはなし

前に伸びる道よりも後ろに消えた道のほうが長くなったのね

年の瀬を迎えると、この1年間のこと、
重ねてこれまでの人生云々までも、
何となく振り返っちゃったりしませんか?
何かやり残している。何か足りないものがある。

神さまが人に与える一生の時間の長さは不平等だから、
こうして過ぎていく時の重さも違うはず。
ありふれた日常には、意識できないものなのだけれど。

死を恐れはしないのに、
老いることを悲しむのはどうしてかしら・・・。

数えれば、今年の残りもあと僅か。
私の余生とても同じこと。
老いるということほど悲しい思いはないものだわね。



いかにしていかにこの世にあり経ばかしばしも物を思はざるべき

私と一緒に考えて欲しいのよ

どうしたら、どうすれば、と言葉を重ねるところに
和泉さまの心の叫びを感じました。

物思いをしているってことに気づき、
それをまた物思いしてしまうと、
物思いの果てなき流れにはまってしまいます。

ゆく物思いの流れは絶えずして、
しかももとの物思いにあらず・・・(笑)

一体どんなふうに生きていれば、
しばらくも物思いをせずにいられるというのかしら。



友さそふみなとの千鳥声澄みてこほりにさゆる明け方の月

千鳥は寒くないわね。仲良く寄り添っているから

美しい情景だと思いませんか。
このまま掛け軸の絵に写してみたいです。

明け方のキーンと冷たく張りつめた空気。
千鳥の透明な声が高い空を貫いてゆく。
氷が月を冷たく見せているのか、
それとも、月が水を冷たく氷らせたのか・・・。

仲間を誘う湊の千鳥の声は澄み、
凍った水の上には冴え冴えとした明け方の月。



越えもせむ越さずもあらん逢坂の関守ならぬ人なとがめそ

フフっ。私をどうなさりたいの?

ある時、道長さんが扇を取り上げて何やら書き付けました。
「うかれ女の扇」
そして、それを和泉さまに返しました。
わが和泉さまは、真っ赤になって怒ったり、
恥ずかしがって黙り込んだりもせず、
つらつらと一首詠みました。それがこのお歌です。
「夫でもない方にいろいろ仰られても困りますわ。
それとも・・・私にその気がおありですの?」
もちろんすべてはオトナの冗談です。
してやられたり。まんまと一本取られた道長さん。
二人して顔を見合わせてゲラゲラ〜!

その場を冷た〜い目で見ていた(かどうか知りませんが)
紫式部は、思いのたけを日記に吐き出します。
「・・・和泉はけしからぬかたこそあれ」

私が誰とどうしましょうとも、
逢坂の関守でもない方は・・・
私の夫でもない方は咎めないで下さいませ。



見えもせむ見もせん人を朝ごとに起きては向ふ鏡ともがな

そして、安心したいの

「見てね、見せてね」で非常に対等なお歌です(笑)。
愛する人をいつでも飽きるほど見ていたい
っていうのはわかります。
自分も見られたいっていうのは・・・悩み所。
気合い入れてオシャレした晴れ姿ではなくて、
普段の、毎朝毎日のことですよ!?
私は照れてしまってダメです〜。
隙あらばズズズイっと奥に引っ込みがちな
王朝の姫君のご意見にしては、えらく大胆ですよね。
和泉さまは容貌に自信があったということ!
・・・でしょうか〜!?
本当に、心から愛しあっていたのね・・・羨ましい。

愛するあなた・・・
見つめてほしいの。見つめていたいのよ。
毎朝起きては向かう鏡のように。



身の憂きも人のつらきも知りぬるをこは誰が誰れを恋ふるなるらん

それは苦しいほど甘美で・・・

ある日、風が身に染みると思った。
暁の月を見て涙がこぼれた。
恋をしていた。

まるで、私の中に誰かがいるようだわ。
あなたは私の心を恋色に染める、もう一人の私。
性懲りの無い人ね・・・
傷つくのはわかっているでしょう?

そんなふうに考えてしまう自分が愛おしくて、
朽ちかけた袖に新しい涙が落ちた。

恋をする身の憂きも人のつらさも
今までによく知っているというのに・・・。
これは誰が誰を恋しているのよ?



世の中にあやしきことはしかすがに思はぬ人を思ふなりけり

うまくいかないものよね

「いつも、いつも何だか〜 もぉ・・・」なーんて、
ため息をつきながら肩をすくめる和泉さまのお姿。
心のどこかでその状況を楽しんでいます。
愛の成就に懸ける情熱もまた奇妙なもので、
行く手に障害があればあるほど燃えわたるのです。
叫びたいほどつらいのに。涙がとまらないのに。
自虐的。

永遠に叶わない愛を追いかけるが好き。
想いが実ると夢から醒めてしまうから。

この世の中で奇妙なことと言えば、
愛してくれないとわかっている人を愛してしまう・・・
そんなことの繰り返し。




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