■TOP > ■沢のほたるメニュー
▼沢のほたる▽和泉式部集 霧鼠本(巻二)▼




■ 巻二 ■


夕暮れはものぞかなしき鐘の音あすも聞くべき身とも知らねば

よい一日だった。あの鐘の音に、毎日そう誓いたいけれど

夕暮れの鐘が告げるのは、
終わりゆく日への満足と後悔?
始まりゆく日への期待と絶望?
今日でも明日でもない不安定な一瞬、
鐘の音が鳴るごとに、必死にまとっていた心の鎧が1枚づつ外れ落ちる。
無防備にさらされた心には真実しか映らない。
不安。痛み。哀しみ。ひと房の希望。

夕暮れの物哀しい鐘の音。
明日もこの音を聞くことができる身なのか、わからないわ。



ながめつつことありがほにくらしてもかならず夢の見えばこそあらめ

このまま夢から醒めなければいい、とさへ思う

あたくし、ふんわり幸せそうに見えますかしら?
何かいいことがありそうな顔、ですって?
フフフ。あの方にお逢いしているから・・・かしら。
夢路を漂うと、必ず待ち伏せされますのよ、あの方に。
まぁ! イヤだわ。あたくしったら。
せっかく秘密にしていましたのに、ついペラペラと。
これからお逢いできなくなったら、どうしましょう!
どうか、お願いですわ。
今のお話しは、あたくしとあなたの間で秘めておおき下さいませ。

物思いをしながらも、何か良いことがありそうな顔をして過ごせるのは、
必ず夢であの方にお逢いできると思うからこそなのよ。



岩つつじ折りてもぞ見るせこが着し紅染の衣に似たれば

・・・やだ。あたし、胸がドキドキしちゃってる?

第一印象で、純情路線なかわいい歌!って思いました。
つつじに心を寄せているあたりも、敷居が低くて親しみやすいです。
10代の、初恋を知ったばかりの、お肌つるつるの少女を思って下さい。
満開の紅色のつつじの花に囲まれて、さながら、初々しいつつじ姫です。
大きな花の咲く枝を手折り、その香りを胸一杯に吸い込んでみます。
憧れている青年の、すがすがしい袖の香と重ね合わせているうちに、
他愛ない白昼夢に迷い込んでいく、うららかな春の昼下がり。
花も、衣も、少女の頬も、みーんな紅色。

岩つつじを折ってみちゃったわ!
恋しい人が着ている紅染の衣の色に似ているんですもの。



枕だに知らねばいはじみしままに君語るなよ春の夜の夢

決して人には語らないで。何もかも消えてしまいそうだから

「君語るなよ」ですよ。やられたなぁ。抗し難いです。
そんなことを潤んだ瞳で言われたひには・・・。
ところで、家集には重複している歌が多くあります。
「枕だに」の歌もその1つ。上に挙げたのは松井本バージョンです。
異本の続集バージョンでは「君に語るな」となっていまして、
そうくると歌の意味が微妙に違ってきます。
「春の夜の夢」を擬人化し、その擬人化した夢に対して、
「あたくしの見た夢のことは、この枕だって知らないのよ。
だからね、他所さまの所でおしゃべりしてきちゃダメよ。
(凄味をきかせて)よろしくて〜?」
と脅迫している(笑)、そんなニュアンスになります。
もしや、それって恥ずかしい夢なんデスカ〜!?(爆)
和泉さまは、見た夢が余所へフラフラ出歩いていく
という考え方を持っていたようです。躾はきちんとせねば。
それにつけても、このお歌は、あまりに妖艶で、
千夜一夜って感じでゾクゾクっと、春眠暁を覚えず也。(意味不明)

この春の夜の夢のような一時を、枕だって知らないのよ。
だからあなたも他の誰かに見たままに言わないでね!



ねざめする身をふきとほす風の音を昔は袖のよそにききけん

止まらぬ涙も壊れた心も、この風に乗せて飛ばしてしまえたなら

帥宮さまにしっかりと抱かれていた。その腕の中は夢幻の世界。
溢れる喜びも驚きも、冷たく刺すような風も中傷の言葉も
宮さまを通じて、倍の嬉しさ、半分の悲しさになった。
今は独り。昔は遠くに潜んでいたものが、袖に間近く迫ってくる。
憎悪の嘲笑、悪意の嘆き、孤独の歌声・・・
寝覚める身を凍らせていく風とは、心ある動かぬ物たちのため息か。

寝覚めた身を吹き通っていく風の音。
昔は袖の向こうに遠く聞いていたのに、今は・・・



ありとしもたのむべきかは世の中をしらするものはあさがほの花

その最期を迎えるまで、精一杯咲き誇りたい

日々絶えることなく変化していく朝顔の花の表情に、
同じく先の姿を見通せない人の生の儚さを教わった、というお歌。
朝露を抱えた花。ときめく一瞬にすべてを注ぐ花。命燃やし尽きた花。
優しい眼差しでそれらを見つめる和泉さまの姿が浮かびます。
悲しい事実を前にしていても、そのことにうち沈んでいるだけではないのです。
「この花のように、だから、今日在る姿を大切に生きるのよ」
鮮やかに咲く大輪の花から、強く生きる勇気を分けてもらっている、
そんな気がしてなりません。
朝顔を観察していたということは、
和泉さまは早起きだったのかしら? それとも徹夜明け(笑)?

今生きているからといっても、先はどうなるかわからない。
儚いこの世の移ろいを教えてくれるのが、この朝顔の花ですの。



つれづれと空ぞみらるる思ふひと天降り来んものならなくに

こうする他に、どうすればお逢いできるというのでしょう

いつものポーズ。わざと睫毛の影を落とした瞳で、空の雲を追っている。
光は半分でいいの。現実が見えすぎると耐えられなくなる。
こうして、淡く霞んだ視界の空を、ぼんやりと見つめていたい。
雲が、あの方の姿を映して流れていく。ねえ、そこにいらっしゃるの?
天の空は高すぎて、手を伸ばしても届かないわ。
この地上に、あたくしの目の前に、どうぞ降りていらして。

・・・わかっているのよ。そんなことはあり得ないって。
でも、もしかしたら・・・ ひょっとしたら、いつか・・・。
愛しています。あたくしの、月の皇子さま。

ぼんやりと空を眺めているの。
恋しいあの方が天から降りてくるかもしれない・・・
なんて思うけれど。・・・虚しいわね。



語らひし声ぞ恋しきおもかげはありしそながらものもいはねば

この季節、時鳥の声を聞くたび、心乱れてなりません

忘れ得ない故人の恋しき面影を瞼に結んだとき、
その在りし日の姿に何と言ってもらいたいでしょうか?
痺れるような愛の言葉は、不思議と望んでいないんですよね。
欲しいのは「言葉」ではなく、
「声」というかつて確かに「存在」していたもの。
昔、自分を包み込んでくれた体温を、首筋にかかった呼吸を、
耳元に囁く愛しい声を、今いちど感じたい。
ある意味、とても官能的な求めなのかもしれませんね。
面影は、それに応えるように言葉なく微笑んでいるだけ。少し寂しそうに。

語り合ったその声が恋しいあなたの面影。
ここに見えるのに何も仰って下さらないのですね。



いたづらに身をぞ捨てつる人をおもふ心や深き谷となるらん

どれだけ深くてもいいわ。昇ってみせるから!

あれこれ考えず、ぱっと身を投げてしまったんです。
そうして後から、なんて深い谷なんでしょう!と思うんですね。
「深き谷」とは、もちろん「恋」のことです。恋の深き想いです。

「この先は危なそうだわ」
「もし足を踏み入れたら、苦しむことになりそうよ」
そんな予測の憂いは一切考えずに、とにかく実行あるのみの和泉さま。
この思い切りの良さが素敵です。これを一途とか健気というのでしょうね。
こんなことをする人だから、放ってなんておけない。
目が離せないですよ、やっぱり。

いたづらに身を投げてみたの。
人を恋しく想う心は深い谷のようになっているから。



身よりかく涙はいかがながるべき海てふ海は潮やひぬらむ

涙が止まる日、地上が涸れる日

この身体が、母なる大地と同化するのを感じるの。
見渡す限りの、あまたの海、あまたの河、あまたの草の露までも、
その清き水、すべてこの身に吸い上げて、狂おしい想いを溶かしこむわ。
全身を巡り、瞳から再び流れ出ていく灼熱の水。それを涙というの。
涙。この世に在る水たちの変わり果てた姿。私が変えた・・・。
やがては海という海の潮までもが干上がることでしょう。
涙の飽かぬわが身は水源さえも吸収し、原始の水を涸らしてしまうことでしょう。
その時、この溢れる涙はどのように流れていくのでしょう。

こんなに泣き続けていると、海という海の潮が干上がってしまうわ。
その時、この涙はどのように流れたらよいのでしょう。




→→次の巻


■TOP > ■沢のほたるメニュー