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▼和泉式部日記 夢よりも儚き〜9月▼




9月 長月
有明の月
9月20日が過ぎた頃、宮さまは有明の月に目を覚まされたそうなの。

  随分と久しくなってしまったな……。きっと、この月を眺めているだろう。
  しかし、他の男が来ているかもしれない……。

そうお思いになったけれど、いつもの童をお供にお出かけなさって、
私の家の門をお叩かせになったわ。

私は目を覚まして、いろいろなことを考えつつ横になったままでいた。
折から、この頃は何もかもが心細く思えて、いつもよりしんみりとした気持ちになっていたの。
何? 誰が来たの? と思って、私の前に寝ていた侍女を起こして尋ねさせようと
してみたけれど、急には起きないものよね。何とか起こしても、ここかしこの物に
ぶつかったりして騒いでいるうちに、門を叩く音はやんでしまった。
ああもう、帰ってしまったわ。
寝坊だと思われたら、無神経なようで恥ずかしい。
―――それに、私と同じようにまだ寝られないでいた人は誰だったのかしら。

やっと下男が起きてきて、
「誰もおりませんよ。空耳をお聞きになって夜明け方に人を惑わせるとは、
 お騒がせな御女中さんたちだ」
そう言って、また寝てしまった……。

私は眠らないで、やがて夜が明けた。濃く霧の立ちこめた空を眺めていたら、
だんだん明るくなってきた。この暁起きのことなどを紙に書きつけていると、
宮さまから御文が届いた。それには、ただこう書かれてあったわ。

秋の夜の有明の月の入るまでにやすらひかねて帰りにしかな
  秋の夜の有明の月が入るまで待ちきれないで、帰ってしまったよ

宮さまが、いらして下さったのだわ!
どんなにかつまらぬ女に思われたことでしょう……。それにしてもなお、こういった折節は
お見逃しにならず、あのとても素敵な空の気色をご覧になっておられたのね……。
そう思うと嬉しくて、いま手習いのように書いていた物をそのまま引き結んだ文にして差し上げた。


  風の音がして、木の葉を残らず吹き飛ばしてしまいそうで、
  いつもよりしんみりと物を思っていた。
  ことごとしくかき曇っているのに、ほんの印程度にしか雨が降らず、
  やるせないほど物哀しい。

秋のうちは朽ちはてぬべしことわりの時雨に誰か袖はからまし
  秋のうちに私の袖は朽ちはててしまいそう。
  やがて巡ってくる時雨には、いったい誰の袖を借りればよいのでしょう。

  嘆いても、誰も知る人もいない。草の色さえみるかげもなくなってきて、
  時雨にはまだ早いのに冷たい風が吹いて、心苦しげにうちなびいている。

消えぬべき露の我が身はもののみぞあゆふ草葉にかなしかりける
  消えてしまう露のような我が身は根なし草のようで、
  風になびく草葉を見るにつけても、心細く思われるのです。

  奥にも入らず、やがて端に横になったけれど、ちっとも眠れはしない。
  人はみんなぐっすり寝ているのに、私は眠れない原因を見つけられもしないで、
  ただただ目を覚ましている。すっかり恨めしく思って臥しているうちに
  雁の鳴く声がかすかに聞こえてきた。誰もこんなに苦しんではいないと思うと、
  とても耐え難い心地がして……。

まどろまであはれいく夜になりぬらんただ雁がねを聞くわざにして
  まどろむこともできない夜……、幾晩になったかしら。
  ただ雁が声を聞くことを夜毎の仕事にして……。

  こんなことをしてばかりで夜を明かすよりはと思って、妻戸を押し開けてみる。
  大空に、西へ傾いた月の影が遠く澄み渡って見えるところに霧がかった空、
  鐘の音、鳥の鳴き声、すべてがひとつに響き合って……。過ぎてしまったこと、
  今の行く末のことなど、こんなにも考えこんでしまう時はないだろうと思うと、
  袖を濡らす涙の滴さえも、めづらかで物悲しくなる。

我ならぬ人もさぞ見ん長月の有明の月にしかじあはれは
  私だけでなくあなたも、このように思って見ているかしら。
  長月の有明の月ほど情緒のあるものはない、と。

  まさに今、この門をうち叩いてくれる人がいれば、どんな気持ちがするだろう。
  でも、いったい誰が同じように夜を明かしているというのか。いるはずがない。

よそにても同じ心に有明の月を見るやと誰に問はまし
  よその場所でも、私と同じ心で有明の月を見ている人がいるのかしら。
  といっても、これを誰に問えばよいのでしょうね。


これを宮さまにでもご覧にいれようと思って差し上げた。
ご覧になった宮さまは、読む甲斐のある物だとお思いになったけれど、
私がまだ物思いをしているところへ……とお考えになって、急いでお返事して下さったの。

もちろん私は、あのまま端に出て物思いをしていた。そこへ宮さまの御文が届けられたので、
あまりのお返事の早さに張り合いがない気持ちで開いてみたわ―――。

秋のうちは朽ちける物を人もさはわが袖とのみ思ひけるかな
  秋のうちに私の袖も朽ちてしまっているよ。
  朽ちたのは自分の袖だけだと思っていたのは、君も同じだったんだね。

消えぬべき露の命と思はずは久しき菊にかかりやはせぬ
  消えてしまう露のような命と思ってはいけないよ。
  久しくなるよう菊に頼ってみてごらん。

まどろまで雲居の雁の音を聞くは心づからのわざにぞありける
  まどろみもせず雲居の雁の声を聞いたのは、
  君の心が招いたことなんだよ。

我ならぬ人も有明の空をのみ同じ心にながめけるかな
  私だけでなく君もだったのか。
  私達は、有明の空を同じ心で眺めていたんだな……。

よそにても君ばかりこそ月見めと思ひてゆきし今朝ぞ悔しき
  よそにても、君だけは月を見ているだろうと思って訪ねていったんだ。
  だから……今朝は悔しい!

  開けられなかった門が恨めしくて仕方ない。

こうお書き下さっていた。
やっぱりお便り差し上げた甲斐があったわね。


秋はゆくとも
こうして、晦方に宮さまから御文があった。
日頃のおぼつかなさなど言い訳をなさって、そしてこう続けられているの。

  変な頼みなんだけれど、日頃親しくしていた人が遠くに行くことになってさ、
  趣のあることを一発言ってやりたいと思う。こういうのには、君の言葉だけが
  よく効くと思うんだ。代作を1つしてほしい。

そんな偉そうな顔……と思ったけれど、「そのようなこと出来ません」と
お返事するのも賢しいかんじがするわよね。
「とても仰るようには出来ませんけれど……」とばかり書いて、

惜しまるる涙に影はとまらなむ心も知らず秋はゆくとも
  別れを惜しむ私の涙にあなたの影だけは留めてください。
  私の心も知らないで、行く秋のように旅立たれるのだとしても。

  本気で代作させて頂くなんて、お恥ずかしいことでございます。

そう書いて、端のほうには……

  それにしましても、

君をおきていづち行くらん我だにもうき世の中にしひてこそふれ
  宮さまを置いて、その方はどこへ行くというのでしょう。
  ご寵愛の薄い私でさえも、憂き世の中を耐えて過ごしていると申しますのに。

宮さまはそう書いてあるのをご覧になって、

  私の思った通りの出来映えだと言いたいところだけれど、それも知ったかぶりだよな。
  あまり推し量り過ぎないで下さいよ。「うき世の中」だなんて、さ。

うち捨てて旅ゆく人はさもあらばあれまたなきものと君し思はば
  私をうち捨てて旅立ってゆく人のことは、どうでもいい。
  私をかけがえのない存在だと、君さえ思っていてくれるなら……。

  生きている甲斐があるね。

と、お返事を下さった。


眠れない夜の気持ち……。昔も今も変わらないものだなぁと、かなり感傷が入ってしまいました。
それにしても宮さまのお返事の素敵っぷりは、いかがでしょう!(訳がヘボくて申し訳ございません)
それぞれ、和泉さまの詠んだお歌に呼応するように詠まれております。
情に流されすぎずクールで、それでいて心から思い遣って下さってるようで……。愛〜!!(笑)
今月の最後のお歌はトドメですね。「君し思はば」……ああもう、最高でございます。

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