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▼和泉式部日記 夢よりも儚き〜8月▼




8月 葉月
関越えて
そうこうしていると8月。
徒然も慰むかしら……なんて、石山寺に詣でて7日ばかり滞在しようと出かけたの。

久しくなってしまったな…とお思いになった宮さまは、私に御文をつかわそうとなさった。
「先日お伺いしましたら、石山寺にお出かけになられてるとのことでした」
そう、童が申し上げたので、
「それなら…… 今日は日が暮れたな、明日の朝早くに行ってくれ」
宮さまは仰って御文をお書きになると、それを童にお渡しになったんですって。

童が石山寺に来た時、私は仏の御前にはいなかった。都のことばかり恋しくて、
それに引き替え今の我が身の有様を思うにつけても、とても物悲しくなって……。
心をこめて仏を念じ申し上げていたら、高欄の下の方に人の気配がして、
不審に思って見下ろすと、この童だったというわけ。
何だか思いがけない時に来てくれたので、「なあに?」と聞いてみると、
宮さまからの御文を差し出してきた。私はいつもより急いで引き開けてみたわ。

  とても心深くお籠もりになったね。どうして教えてくれなかったんだ。
  仏道の妨げになるとは思われないだろうけれど、置いてけぼりなんてさ、ひどいね。

関越えて今日ぞ問ふとや人は知る思ひ絶えせぬ心づかひを
  逢坂の関を越えて、まさか今日便りをするとは思わなかっただろう?
  私の想いは絶え間なく心を配っているから。

  いつお帰りになる?

宮さまのお近くにいる時でさえ、とてもおぼつかなくなさるのに、
このようにわざわざお便りを下さるなんて、素敵ね……。

近江路は忘れぬめりと見しものを関うち越えて問ふ人や誰
  近江路の私に逢う道などお忘れになられてると思っておりましたのに。
  わざわざ関を越えてお便りを下さった方はどなたかしら。

  いつ帰るかと仰いますが、私は固い決意でお籠もりをしておりますので。

山ながらうきは立つとも都へはいつか打出の浜は見るべき
  たとえ山にこもって憂い気持ちになりましても、
  都へはいつ山をうち出て帰ることがございましょうか。

ご覧になった宮さまは、
「苦しいだろうけれど行ってくれ」と童に仰って、再びの御文を……。

  「問ふ人」? あきれた物言いをなさるね。

訪ねゆく逢坂山のかひもなくおぼめくばかり忘るべしやは
  逢坂山を越えて訪ねていった甲斐もなく、
  問ふ人は誰だなどと、私のことをお忘れになるとはひどいな。

  本当に、さ……

うきによりひたやごもりとおもふとも近江の海は打ち出てを見よ
  心憂く思ってひたすら山籠もりをするんだとしても、
  近江の海に出てきて見てごらんよ。……私に逢いにおいで。

  「憂きたびごとに」というじゃないか。

私はこれを拝見して、ただこうお書きした。

関山のせきとめられぬ涙こそ近江の海とながれ出づらめ
  せき止められない私の涙は、近江の海となって流れ出すことでしょう。
  ……宮さまにお逢いしたくて、山を流れ下りて。

そして端のほうに、

こころみにおのが心もこころみむいざ都へと来てさそひみよ
  私の心をお試しなさいませ。
  山にいらして、私を都へとお誘いになってみて下さいませ。

宮さまは、思いもかけない時に行ってやろうか……とお思いになられたそうだけれど、
どうしてそのようなことができましょう。

そうしているうちに私は石山から帰ってきたわ。

宮さまから、

  誘ってみよとあったが、急いでお帰りになったからさ……。

あさましや法の山路に入りさして都の方へ誰さそひけん
  あきれたなあ。せっかく法の山路に入ったのに、もうお帰りとは。
  いったい誰に誘われたのやら。

私のお返事はただこのように……

山を出でてくらき道にぞたどり来し今ひとたびの逢ふことにより
  山を出て暗い道に迷い戻ってまいりました。
  もう一度、宮さまにお逢いしたいばかりに……!


野分
晦方……。風がとても吹きつけて、野分めいて雨などが降ってきた。
いつもよりも心細くなって眺めていると、宮さまから御文があったの。
例によって折に適ったお心遣いに、日頃の罪も許せてしまう気になったわ。

嘆きつつ秋のみ空をながむれば雲うちさわぎ風ぞはげしき
  ため息をつきながら秋の空を見上げていると、
  雲は乱れ流れて風は激しく吹いて………まるで私の心のようだ。

私もお返事を差し上げた。

秋風は気色吹くだにかなしきにかき曇る日はいふかたぞなき
  秋風はほんの少し吹くだけでも悲しくなるものです。
  このようにかき曇っている日は言いようもございません……。

ご覧になって宮さまは、そうだろうとお思いになったけれど、
いつものようにまた、日が経ってしまった―――。


ここまでで、日記の時間的には半分まできました!……が、量的には三分の一くらいです。
今月分は楽しく訳を書きました。しょぼい文章なので、そうお見えにはならないと思いますが(笑)
石山寺での御文の遣り取りは、お互いの心の機微をつく駆け引きで目が離せません。
素敵なお歌も続出でございます! なのに、訳が下手っぴで悲しいです(涙)
ところで、実際に関を越えて走っていたのは例の童です。エライわ! お疲れさまなのっ。

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