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▼和泉式部日記 夢よりも儚き〜7月▼




7月 文月
七夕つ女
こうしているうちに、7月になったわ。
7日、色好みの男たちのもとより、織女や彦星などを詠みこんだ恋歌が
あまた送られてきた。けれど、私はそれらに目もとまらない。
宮さまはこのような折には逃さずお便りを下さったものを、
本当にお忘れになっていらっしゃるの……?と思っていたところに、御文が届いた。
見れば、ただこう書いてあるの。

思ひきや七夕つ女に身をなして天の河原をながむべしとは
  思ったことがあるだろうか。
  織女星に身をなし、天の河原を眺めて物思いすることになろうとは……

そうはいっても見過ごされることはなかったのね、と思うと嬉しくて、

ながむらん空をだに見ず七夕に忌まるばかりの我が身とおもへば
  私は七夕の空さえも眺めることはございません。
  宮さまに忌み嫌われているばかりの織女星……我が身、と思いますと。

宮さまはこれをご覧になって、
やはり私を捨ててしまうことはできない―――とお思い下さったそうよ。


荻風
月の下旬に宮さまから御文を頂いた。

  長くお逢いしていませんね。……お便りを下さい、時々は。
  人の数にも入れてもらえないのだろうけどね。

私のお返事は、こんなかんじ。

寝ざめねば聞かぬなるらん荻風は吹かざらめやは秋の夜な夜な
  お寝覚めにならないから、お聞きにもなりませんのね。
  宮さまをお招きする荻風が吹かないことはございません、秋の夜な夜な。

すると折り返し、宮さまからもお返事が。

  愛しい君。私が寝覚めないと?
  「もの思ふ時は」だよ。
  人知れず物思いで眠れないというのに。全く君はのんきだな……。

荻風は吹かばいも寝で今よりぞおどろかすかと聞くべかりける
  荻風が吹くというなら、寝るものか。
  今起こすか…と思いながら、ずっと聞いて待っているよ。

こうして2日ばかりおいて、夕暮れ。
にわかに宮さまはお車をお引き入れになり、そこに降り立っていらした。
まだ夕暮れに顔をお見せしたことはなかったので、
とても恥ずかしく思ったけれど、もうどうしようもなかったわ。
何ということもないお話しなどをして、宮さまはお帰りになった。

その後何日たっても、ものすごく不安になっても、宮さまから何のお便りもないの。
だから私………

くれぐれと秋の日ごろのふるままに思ひ知られぬあやしかりしも
  暗い気持ちで秋の日を過ごしておりますと、思い知らされるようです。
  怪しまれておりました宮さまのお心のうちが。

  それでも憂き世に背きかねております―――「むべ人は」。

そして、宮さまのお返事には、こう書かれてあった。

  ここのところ、おぼつかなくなってしまったが。
  されど………

人はいさ我は忘れずほどふれど秋の夕暮ありし逢ふこと
  君は、どうなんだろうね。私は忘れはしない。
  あの日…… あの秋の夕暮れ、君と逢った時のことを。

あわれに儚くて、頼むべくもないこのようなとりとめのない事―――。
そんな事に宮さまとの関係を続けているのも、考えてみれば浅ましいわね……。


文月は短いです。今まででいちばん楽でした〜。(そのせいか後記が長い)
ただ、「いったい主語は誰?」のような文が何カ所かあって悩みました。
終盤の「されど〜」の部分も、宮さまの御文の一部に含めてしまいました。
お気になさる方は、ぜひ原文にてお確かめになって下さいませ。

そんなものなのかもしれませんが、やっぱり不思議だと思ってしまうのが、
初めて夕暮れの明るいところで宮さまに顔を見せたってこと。
どうやら、正体がばれても(笑)宮さまに嫌われなかったようで。よかったよかった。
…って、和泉さまはきっと美人ですよ。ええ、そうですともっ。
と、申し上げつつ、実はこの部分は2種類の説がございます。
1つはこちらでも扱った「まだ夕暮れに顔を見せたことがない」です。
もう1つは「前回逢った時から再び(また)顔を見せたことがない」です。
どちらが良いかはお好みで……(笑)

宮さまの「人はいさ〜」のお歌に、個人的にやられました(笑)
これはモチロン、貫之センセのあのお歌を思い出してしまいますよね。
それにしても、帥宮さまってば、女殺しでございますわ………ますます惚れます!

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