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▼和泉式部日記 夢よりも儚き〜5月▼




5月 皐月
忍び音
4月の30日、宮さまにお歌をお送りした。

ほととぎす世にかくれたる忍び音をいつかはきかん今日も過ぎなば
  ほととぎすの忍び音は4月を過ぎれば隠れてしまいます。
  そうしたら、いつ聞けばよいのでしょう。
  ……今日が終わらないうちにお便りを頂きたいのです。

けれど、御邸には人々が大勢お集まりで、宮さまにお目にかけることができなかったそうなの。
翌朝にようやく御覧頂いたらしいわ。そのお返事は……

忍び音は苦しきものをほととぎすこだかき声を今日よりは聞け
  忍び音は苦しいものでしたが……。
  今日からは堂々と通いますよ。木高い声を聞いて下さい。

そして、二三日過ぎてからよ。宮さまがお忍びでいらして下さったのは。
私は寺詣でに行こうと思って精進しているところだったし、
宮さまのお出でが間遠になるのも私への想いが薄いからだと思いこんでしまったこともあって、
ほとんどお話しもせずに仏さまへの精進にかこつけて、その晩を明かしてしまった。

朝になって、宮さまからの御文には、
「珍しい夜の明かし方だったね」などとお書きになられてあって、

いさやまだかかる道をば知らぬかな逢ひても逢はで明かすものとは
  いやはや、このような事もあるとは未だ知らなかった。
  逢っているのに逢っていない……何もないまま夜を明かしてしまうとはね。

「あきれた」とも。
そうね、さぞ驚かれたことでしょうと思うと、とても気になってしまって―――

よとともに物思ふ人は夜とてもうちとけてめのあふ時もなし
  いつも物思いをしている私は、夜だからといってくつろいで目の合う時もございません。

「珍しく思うようなことではありませんの」と、お返事を差し上げたわ。

次の日、宮さまから御文を頂いた。
「今日、寺詣でに行かれるのですか? それで、いつお帰りでございますかな?
 ―――これまでのこともあるし、まして不安になるんだ」

私からは……

折過ぎてさてもこそ止めさみだれて今宵あやめの根をやかけまし
  折が過ぎれば今宵の五月雨も止みましょう。
  ですから、菖蒲の根を引けるようには戻って参ります。

  というようにお思いでございますかしら。

そんなお返事を差し上げて寺詣でに出かけ、三日ばかりして帰ってきたの。
すると、宮さまから御文が届いたわ。

  とても落ち着かなくてさ……訪ねて行こうかと思ったけれど、
  あの辛い夜のことを思い出すと心苦しく、気が引けるのですよ。
  愛情の足りないように見えるだろうね。でも日頃は―――

過ぐすをも忘れやすると程ふればいと恋しさに今日は負けなん
  忘れてしまえ……と、逢わずに過ごしてみたけれど、
  想いはかえってつのっていくようだ。
  今日は、あなた恋しさに負けることにするよ。

  浅からぬ私の心のほどをおわかり下さるでしょう。

ね、お返事よ。

負くるとも見えぬものから玉かづら問ふ一筋も絶え間がちにて
  お負けになられたとは見えません。
  御文という一筋さえも絶え間がちでいらっしゃるのですもの……。

宮さまは、いつものように秘めやかにお出で下さったそうなの。
なのに私、まさか今夜はね……と思っているうちに、この数日のお勤めの疲れが出て寝てしまっていた。
―――門を叩く音に気づく者が誰もいなかったのよ。
私の浮いた噂などもご存じだった宮さまは、だから他の男が通ってきていると思い込まれて、
門前でやおらお帰りに……。
その翌朝のこと。宮さまから。

開けざりし槙の戸口に立ちながらつらき心のためしとぞ見し
  開けて下さらない槙の戸口に立ちながら感じたものさ。
  無情な心とはこういうものだ、とね。

  憂き事とはこれの事だ、と思うのも哀しい。

昨夜、せっかくいらして下さったのに。
私ときたら心もなく眠り込んでいた……。何てことかしら。すぐにお返事を。

いかでかは槙の戸口をさしながらつらき心のありなしを見ん
  槙の戸口をお開けにもなりませんで、
  無情な心であるのかないのか、どうしてお分かりになるのでしょう。

  お疑いですのね。―――私の心をお見せしたいです。

宮さまは今宵も御訪問をと思って下さったそう。
けれど、このような御歩き、お側の人々もお止めになるでしょう。
内大臣殿や東宮さまなどのお耳に入りでもしたら……
との思いで宮さまも慎んでおられるうちに、遙かに時が過ぎていった。


窓打つ雨
雨が降り続いて、たいそう徒然に思う日だったわ。
雲間のない眺めに、私はいつまでも考えていた。
この先、私達はどうなっていくのかしら……と。
言い寄ってくる男はあまたいるけれど、とにかく今は宮さま以外、誰にも興味ないのだもの。
世間では私のことを様々に言っているようね。でも、生きている身のあればこそ、だわ―――。
そんなことを思いながら過ごしていたら、宮さまから御文が。

  雨の徒然は、いかがですか?

大方にさみだるるとや思ふらん君恋わたる今日の眺めを
  今日のこの眺めをただの五月雨と思っておられるだろうね。
  君が恋しくてたまらない私の涙を―――。

とあったから、折をお外しにならない宮さまはやっぱり素敵ねって思ったわ。
ちょうど物思いの深い時だったので、私……。

忍ぶらんものとも知らでおのがただ身を知る雨と思ひけるかな
  忍んで下さるお心とも存じませんで、
  我が身の哀れさに泣く雨だとばかり思っておりました。

と書いて、紙の一枚を裏返して、

ふれば世のいとど憂さのみ知らるるに今日の眺めに水まさらなん
  世の中の憂さのみを知るばかりで―――。
  今日の眺めが洪水にでもならないものでしょうか。
  身を投げられるような……。

「救いの岸は……」と書いてあるのを宮さまは御覧になると、折り返しすぐに、

何せんに身をさへ捨てんと思ふらん雨の下には君のみや降る
  何故、身を捨てようなどと思うのですか!
  この雨の下、辛い気持ちでいるのは君だけだと思う?

「私にとっても憂き世」と、宮さま。

5月5日になった。雨は、なお止まない。
この前の私からのお返事がいつもより物思い深かったことを
心配して下さった宮さまが、御文を下さったわ。
「今宵の雨の音は、凄まじかったが……」なんて。どしゃ降りだった翌朝に。

よもすがら何事をかは思ひつる窓打つ雨の音を聞きつつ
  夜一夜、他に何を思うことがございましょう。
  窓を打つ雨の音を聞きながら……。

  屋根の下に居ながらも、あやしいまでに涙で濡れました。

これを宮さまはお読みになられて、
私のことを、やはりいうまでもないと思って下さったそうなの。

我もさぞ思ひやりつる雨の音をさせるつまなき宿はいかにと
  私も君のことばかり思って過ごしていた。
  この雨の音の中で、頼りになる夫もいない家はどんなにか……と。

お昼頃、川が増水したと言って人々が見に行っていた。
宮さまもそれを御覧になって御文を下さったわ。

  今、どうしていますか? 増水した水を見に行ってきましたよ。

大水の岸つきたるにくらぶれど深き心は我ぞまされる
  大水は岸まで届くほどだけれど、
  それに比べたって深さは私の心のほうが勝っているよ。

  こんなに深いものだと知っていましたか!?

私のお返事。

今はよも岸もせじかし大水の深き心は川と見せつつ
  今はよもや来ては下さらないでしょう。
  大水のような深いお心とは仰っていても―――。

  それでは甲斐もございません。


鶏の羽
では行こうじゃないかとお思いになった宮さまは、
そそくさと薫物などのご用意をさせておられたのですって。
そこへ侍従という宮さまの乳母がやって来て申し上げたらしいわ。

「お出かけはどちらまで? 今度のことは世間で噂になっておりますよ。
 ……たいした身分でもない女ではございませんか。
 お使いになられるのでしたら、こちらに召し上げてしまえばよろしゅうございます。
 軽々しい御歩きは、大変世間体がお悪いものです。
 そうでなくても、あそこは多くの人々が通っている所でございますよ。
 面倒なことも起きてまいりましょう……。
 すべて良くないことは、右近の尉とやらが引き起こすのです。
 故宮さまのことも、あの男がお連れ申していたのでございましょう。
 よる夜中に御歩きなさるのは、良いことではございません。
 こうなっては、お供をする者は大殿に名前を申し上げますよ!
 世の中は今日明日と知れず変わってゆくものでございましょうし、
 大殿のお心のうちもございますし―――。とにかく、世の中の見通しがつくまでは、
 このような御歩きはおよしになって下さいませ」

それに対して宮さまのお言葉。
「どこへ行くっていうんだ。
 徒然だから、ちょっと気晴らしをしているだけじゃないか。
 ごたごた言われる筋合いはないね」
とだけ仰ったそう。でもお心の中では、いろいろとお考えに。

 あの人はどれほどってものでもないだろうが、とはいえ、
 まんざら惜しい気もするしな………。呼び寄せてしまうか?
 しかし、そうしたところで余計悪く言われるだけだよな……。

宮さまが延々お悩みになっておられるうちに、私達は自然と疎遠になってしまう……。

それでも何とか御邸を抜け出された宮さま、お出でになるとこまごまとお話し下さったわ。
「心ならずも不安にさせてしまったね。薄情とは思わないでほしい。
 君だって悪いんだ……。こうやって私が訪ねてくることを苦々しく思っている男も
 大勢いるそうじゃないか。彼らにも申し訳ないから、さ。
 世間や周りにも遠慮していたら、こんなに日が空いてしまったが―――」
さらに続けて、
「さあ、行こうか、今宵ばかりは! 誰にも見つからない所があるんだ。
 心のどかに話しなどもできるよ……」
そう仰って車をさし寄せられて、否応なしにお乗せになるの。私も無我夢中よ。
誰かにばれたらどうしようかしらって心配もあったけれど、
もう夜も更けているし、わかりはしないわね。
誰もいない廊に車をさし寄せると、宮さまはそこでお下りになった。
月がとても明るいところに「下りて」と、お強いになるの。
恥ずかしかったけれど、ここまできてしょうがないから下りたわ。
「ほら、誰もいないだろ! これからはこうやって話しをしよう。
 君の所では、誰かが来ているんじゃないかと思うと遠慮がちになるから」
などと、宮さまはしみじみとお話しになられたわ。
夜が明けると、また車を寄せて私をお乗せになった。
「お送りしたいところだけど、明るくなってきたからね……。
 誰かに見られて、どこかへ行っていたと思われるのもつまらない」
と仰って、宮さまはそこにお残りになった―――。

私は道すがら考えてしまったわ。
この品行方正とはいえない外出を、人はどう思うかしらって。
曙に浮かんだ宮さまのお姿。信じられないくらい素敵だったわ……。
そんなことも思い出してしまって、宮さまに御文を差し上げたの。

宵ごとに帰しはすともいかでなほ暁おきを君にせさせじ
  まだ宵のうちに宮さまをお帰しすることはあっても、
  暁起きをおさせすることは今後いたしません。

  今朝、苦しかったのです……。

宮さまからは、

朝露のおくる思ひにくらぶればただに帰らん宵はまされり
  朝露の置く頃、君を送り出す思いのほうがまだいい。
  お逢いできずに帰る宵は、もっと苦しいものだから。

  これ以上は聞きたくないですよ。
  今宵、君の所は方塞りなんだ。迎えに行くから!

いつもこんなことをするのは、ちょっと見苦しいわ……と思ったのに、
宮さまは例の車でいらっしゃって、こちらにさし寄せられるの。
「早く、早く!」
と仰るから、本当に見苦しいことと思いながらもいざり出て車に乗った。
昨夜と同じ所に行って、お話しをして―――。
宮さまの北の方は、宮さまがお父君の冷泉院の御邸にお出かけに
なられているとお思いだそうで。

夜が明けると宮さまは、「とりの音つらき」と仰って私と一緒に車にお乗りになった。
道すがら、「こういう折には、必ず」と仰るので、
「そう常には……」とお答えしたの。
宮さまは私の家までいらっしゃって、そしてお帰りになったわ。
しばらくして御文を頂いた。
「今朝は鶏の声に驚かされて、憎かったから殺した」ですって。
鶏の羽に御文が結んであるのよ。

殺してもなほあかぬかなにはとりの折節知らぬ今朝の一声
  殺してもなお飽き足りない鶏だ。
  無粋きわまる今朝の一声ときたら、まったく。

私のお返事。

いかにとは我こそ思へ朝な朝な鳴き聞かせつるとりのつらさは
  それは私こそ思っていることでございますわ。
  朝な朝な、鳴いて時を知らせてくる鶏のつれなさは。

  と思いましても、憎くないことがありましょうか……。


ああ、疲れました〜。特に乳母のお小言(笑)。
宮さまの素敵さに免じて許しましょう。(何を偉そうに)
しかし、こんなところで皐月を閉じてしまっていいのかしら?

今回、お歌がたくさん出てきました。これが和泉式部日記の醍醐味なんですが……。
細かい言葉などにも他のお歌からの引用が多かったり……。
お二人の会話、知的レベルが高いです。ついていけないくせに憧れる私。

宮さまが鶏の羽をお寄越しになりますが、もちろん殺めてはおりません。
ただの知的な演出ですので、誤解なさいませぬよう〜。

クドいようですが、本文やお歌の解釈には諸説ございます。
かなりな意訳をしている部分もございますので、ご了承下さいませ。
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