■TOP > ■浮かれ女メニュー



■帥宮敦道親王(981年〜1007年)

和泉式部の永遠の恋人です。
冷泉院×超子の三の宮です。
兄に勝るとも劣らない美貌、加えて教養高く知的なムードの漂う貴公子です。
帥宮との呼称は、太宰帥という官職から呼ばれたものです。
早くに母君を亡くされて、兄君ともども、祖父・藤原兼家さまにとてもかわいがられたようです。
まだ元服前の幼い頃、大嘗会の御禊で行列する兼家に、「おじいさま〜!」と御簾から身を乗り出されて小さなお手を振られたので、可愛い孫におじいさまはメロメロになってしまったとか。
漢詩、和歌によくたしなまれ、詩宴や歌会がお好きでした。漢詩の会で優れた作を詠まれ、四品から三品に叙せられたほどの腕前です。
物質的には何不自由ないはずの人生ですが、女運だけは悪かったようです。和泉式部に逢う前までは。
最初の妻である藤原道隆女(中宮定子の妹君ですよっ)は精神にどこか異常があり、度々の常識を越えた振る舞いで周囲を混乱させました。 妻の恥ずかしい行いに、ましてや風流でプライドの高い帥宮さまは我慢できるわけありません。
2番目の妻・中の君(藤原済時女)は、兄君・三条天皇の皇后(女成子・せいし)の妹君です。ともに暮らしてみると、帥宮さま好みな雅を解さない冷たい女性で、気が合わず、愛情の薄い結婚生活になりました。 彼女は和泉さまと入れ替わりに帥宮邸を出ていってしまいます。
その後の帥宮さまは、27歳で永い眠りにつかれるまで、和泉さまと仲睦まじくお暮らしになりました。

「われが名は花盗人とたたばたてただ一枝は折りてかへらむ」
紀斉名の漢詩(「和漢朗詠集」にあります)を踏まえたものです。
花盗人(他人の妻を奪うこと)と呼ばれても構うものか。この花一枝(和泉さまのこと)は私が手折っていく。
・・・いちばん好きな帥宮さまのお歌です。情熱的でしょう!?




■TOP > ■浮かれ女メニュー