国際水路機関(IHO)での「日本海呼称白紙化」問題について

このページは、国際水路機関(IHO)での「日本海呼称白紙化」問題について、海事に関わる一市民として反対を表明することを目的としています。

「日本海」は海事上不当な名称か

韓国では以下のような主張が活動の根拠になっているようですが、これらは根拠の無い主張です。

日本海という名称が固まってくる時期は、北東アジアで様々な地理認識が混在している時期でした。日本人・韓国人には漠然と自国の北や東にある海、シベリアを越えてきたロシア人にとっては探検で到達した東の果てにあった海、そして既に海洋を交易の舞台としていた西洋諸国(イギリス・フランス・ドイツ・オランダなど)にとっては、日本列島とユーラシア大陸によって囲まれた閉海域。このうち、西洋諸国の間では、日本海の名称は遅くとも19世紀の初めには「Sea of Japan (Japan Sea)」に収束していました。つまり、日本と韓国が近代海事史に当事者として参加する前には(もちろん日本が帝国主義の強国となり韓国が植民地となる遥か以前です)、すでに海事上では日本海の名称は「Sea of Japan」として確定していたのです。

この事実は、彼ら西ヨーロッパ人が海事史上の本流である、というだけではなく、現在の日本海という概念を把握した上で命名した名前であるということで、きちんと尊重されるべきでしょう。言うまでも無く、この当時は日本も韓国(当時の朝鮮)も鎖国状態にあり、西ヨーロッパ人たちの作業に直接関与することは出来ませんでした。「Sea of Japan」という名前すら西ヨーロッパ人が付けたものなのです。幾つかの名前が「Sea of Japan」へと収束した理由は、地理的なものも大きいでしょうが、経済・文化的な影響もあるでしょう。当時の日本では細々とながら長崎経由でオランダと交流があったのに対し、韓国(当時の朝鮮)は完全な海禁政策を取っていました。

日本海には複数の国が面しているから中立的な名前をつけたほうが良いという意見もありますが、一国の地名をつけた海洋の名称はたくさんあります。有名どころでインド洋やメキシコ湾。どちらも沿岸の総延長のなかでのインドやメキシコのそれの比率は半分以下です。デンマーク海峡などはユトランド半島から遥か離れたアイスランドとグリーンランドの間の海峡です(グリーンランドがデンマークの自治領だからですね)。フランス人は自国ではドーヴァー海峡をカレー海峡と呼びますが、カレー海峡の方を海事上の標準名称にしろというような言う無茶は言っていません(余談ですが、国内向けのイギリスの地図には"The Strait of Dover (Pas de Calais)"とカッコ書きで併記されているのに、フランスの地図には"Pas de Calais"としか書いていないそうで)。日本でも事情は同じ。対馬海峡のIHOでの標準表記は「Strait of Korea / 朝鮮海峡」となっていますが、日本ではまともな市民はそんな事に腹は立てません。地名には国ごと・民族ごとに独自の名前はありますが、統一した名前がないと不便でしょうがないし、何処かの陸の地名を取って命名するのが手っ取り早いのは確かなのです。

なお、近年の国際機関では「紛争中の名前については、紛争国が互いに納得するまでは両方の主張を併記する」という扱いをするらしく、これが今回の取り扱いの基準になっているそうです。が、海図の標準化という作業は、各国の海への思い入れや愛着を抑え、互いに利用できる同一の名称を定めようというものです。一旦定着した地名を政治上の理由でひっくり返そうというのは、そのような活動をしてきた人々に対する侮蔑ではないかと私は思います。

「東海」という名称は海事上正当か?

次に、この「東海 / East Sea」という名称が「海図に載せる標準名称として」その正当性が極めて怪しいということを書きます。

まず一点目、近代以前も含め、海事史上「東海」という名称が一般に使われたことはありません。これは韓国自らが認めています。韓国側は名称改変の根拠として古地図の調査結果を公表していますが、その中ですら、一番多いとしている名称は「朝鮮海 / Korean Sea」なのです(彼らの主張によると、朝鮮海 = 60、東海 = 9、日本海 = 8)。「過去において『朝鮮海』という名称が使われていた」ということを「韓国の海なのだから韓国が好きな名前をつける権利がある」と解釈しているのかも知れませんが、それは牽強付会が過ぎると言うものでしょう。なお、これは「古地図」あるいは「ロシア製の探検図」をも含んだ調査結果であり、既に述べたとおり日韓両国が近代海事史に関わるようになった19世紀半ばには西欧諸国の地図は「日本海」で統一されるようになっています。

二点目、この「東海」という名称は、言うまでも無く朝鮮半島の東側にあるということを意味しています(ちなみに西側にある海=黄海は韓国では「西海」と、南側にある海=東シナ海は「南海」と、韓国ではそれぞれ呼んでいます)。そして、このような名称は当然ながら民族ごとに存在します。中国においては「東海 / TUNG HAI」は東シナ海のことですし(これは東アジア史という枠組みの中でも「東海」という名称の正当性が怪しいことを意味します)、ドイツ語のOstsee(= East Sea)はバルト海を意味します。その他、私の知らない様々な国の言葉に「東の海」に対応する固有名詞があるでしょう。日本では死語になってしまいましたが、江戸時代には太平洋を「東海」と呼んだ事例もあるそうです。海図の標準化の中で行われてきた作業は、このような民族ごとの名称を一意のものに置き換えて行こうというものでもありました。上でも書いたように、「東海」を標準にしようという主張はこの作業に関わった人々の努力と忍耐に逆行するものです。

三点目、もし「朝鮮海」ではなく「東海」が海図に載るべき正当な標準名称なのであれば、上に述べた「西海」「南海」も「黄海 / Yellow Sea」「東シナ海 / East China Sea」に代わって標準名称になるべき同等の理由を持っているはずです。が、私の調べた範囲では、「西海」「南海」を標準名称にという活動を同時に行っているという記事は見つけられませんでした(もし誤っていればご教示をお願いします)。

以上の三点から、もしも韓国が日本海の名称の変更を主張するのであれば、それは「韓国海(朝鮮海) / Korean Sea」という名前で無ければ筋が通らないはずだということが分かります。これは、「『東海』を海図の標準名称に」という運動が、海事史への、そして共通の海図を作るという作業への敬意の上に出てきたものでは無く、優れて政治的な理由によって出てきたものであるということの証明になるでしょう。

終わりに

本当に韓国の方が「東海」という名称に愛着を持っているのなら、やるべきことは怪しげな古地図を引っ張り出してきて「East Sea」が標準だ!と叫ぶことではなく、「トンヘ(東海の韓国語読み)」という名称が如何に韓国の文化の中に生きているかと言うことを伝えることではないか、と私は思います(ちなみに、東シナ海については、上で上げたTUNG HAIを括弧書きで併記することがIHOの標準になっています。何故韓国の方は"トンヘ"ではなく"East Sea"を標準表記にしようとしているのでしょうか?)。が、この思いは韓国の方からすると「侵略者の居直り」と感じられるものなのかも知れません。また、地名・国名の標準表記が、国際社会へのプレゼンスと言う意味で国益に関わるものであることも承知しています。

ただ、いささかながら海事に関わるものとして、この問題を海事に持ち込むのはお止めになるべきだとは申し上げたい。既に述べたように、海事には海事の歴史があるのです。いまや韓国は日本と並ぶ造船大国であり、世界最大級の海運会社を何社も持つ海運大国となりました。であれば、それに見合った海事とそれに携わる人々に対する理解や敬意を韓国国民はお持ちになるべきではないでしょうか(もっとも、日本人も海事に対する理解という面では他国の方々に意見が出来るレベルにあるかは疑問ですが)。

では何をしようか?

ここまで読んで頂いた方、ありがとうございました。

じゃあどうしようか、という話になると思うのですが、とりあえずまだ見つけていません(何か見つけたらページを更新します)。

私は韓国の活動団体が「IHOに『サイバーデモ』をかけよう」と主張していることを知り胸が悪くなりました。IHOが一般人への広報能力をほとんど持たない技術専門家の組織であることはちょっと考えれば分かるでしょうに。そんなところに一般人からの無数のメールを送りつけるということは、嫌がらせにしかなりません。

私は、礼節を弁え、かつ海事にも理解のある市民として何かアクションを起こせたらと思います。今から出来る真っ当なアクションは、筋の通った趣意書を元に署名を集めて各国の水路協会に送るという活動に参加することでしょうか。何か具体的が活動があればご教示いただければと思います。

それから、内容についての修正のご指摘を、特に反対の(韓国側の)立場の方から頂ければと思います。書いた範囲のことについては一応資料にはあたってみたのですが、外国語の一次資料には当たれていないこと、全体的な枠組みで大きな誤解をしている可能性のあることは理解しておりますので。正直、簡単にアクセスできる日本語サイトでの韓国側の主張は余りに粗雑なものばかりで、このページが適切な反論になっているか不安になっているのです。

小ネタ

本論に入れると煩瑣になりそうなものをここに入れます。

リンク集

既に書きましたが、どちらかと言うと韓国側に立ったちゃんとしたサイトを募集しています。韓国側のニュースや広報などは穴が多すぎ、日本側のどのサイトでも同じような突込みしか出来ていないので。

古地図から見た日本海論争についての考察

私が初めに本件の情報を得たサイトです。政治的な主張が無いとても良いサイトだと思います。ここにある地図のリストに匹敵する韓国側の資料があれば、ぜひご連絡ください(英語か日本語でアクセスできるもの)。韓国側のニュースとして「本件の証拠をヨーロッパで探索したところ??件の古い地図を見つけそのほとんどが『韓国海』表記だった云々」というものは多々見つかるのですが、その地図をどのような基準で集めたかという母集団の評価については全く触れられておらず、もちろんそれらの地図の明細も見当たらないのです。ニュースだから仕方ない、といえばそうなのでしょうが、これではまともな議論の土台には出来ないでしょう。

Rediscover the Proper Name for Korea's "East Sea"(韓国側オフィシャルサイト) (それに対する反論)

反論を見るまでも無く、「何じゃこれ」と思いました。korea.netは韓国のオフィシャルサイトだと言うことで、正直もう少し「むむ、敵ながら天晴れ」という内容を期待していたのですが…。上に書いたように、「Korean Sea」と「East Sea」の混同についてはごまかしどころか全く何の説明もありません。他国(中国・日本)の文献の「東海」という表記を、自国の「トンへ」の用法と意図的に混同して紹介していたりもします。また、例に出している東洋以外の地図がロシアの地図だけって言うのも、海事的にはあんまりでしょう(ここはIHO問題に特化したサイトではないのでこの批判はずるいのかも)。もう少しちゃんとしたサイトがあればご教示ください。でも、アジテーションとしては、これぐらいの内容のほうが有益なんでしょうね。

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Last modified: Thu Aug 15 23:20:43 LDT 2002