我が青春のビートルズPartU

その頃は今のようにウォークマンとかMDとか無い時代なので、買ってもらったカセットテープレコーダーを自転車のフロントバッグの中に入れて、カーステレオよろしく(もっともこの頃:1970年当時カーステレオなるものが有ったかどうかは定かではないが)屋外でもビートルズを聴きまくる日々だった。
中1〜中2の頃は新宿の、今で言う西新宿に越していたので、新宿のダウンタウンを音楽を鳴らしながら自転車で徘徊していたわけである。レコードなんかおいそれと買えないので、聴くのはもっぱらエアチェック(聞こえはいいが、AMの番組からダビング)したもので、音も良くなければ、下手すると曲の途中でカットされてしまうものも当然あった。
1970年にビートルズが正式解散。
ちょうどその頃親父の転勤で札幌にまた引越し。
東京への別れとビートルズの解散が、合い前後して、また思春期の情緒不安定さが重なって、回顧するようにビートルズの世界へとはまり切って行った中2の2学期だった。
このポスターは高校の時からずっと持っていたもので、完全に風化しきっているが、それでも手放せないで今日に至っている。中学の時のポスターは、確かダメにした記憶がある。
何度この映画を見ただろう。
そしてテープレコーダー持参で何回録音しただろう。
青春の一コマにこの映画の1シーン、1シーンは、あたかも自分がアビーロードスタジオに居たかのような、アップルの屋上で時間と空間を共有したように、そして何度も通った二番館のあの小さなスクリーンの記憶と共に、今でもコンフュージョンしながら特別なリアリズムとして心の真中にどっかりと居座っている。
作品の評価はさておいて、このアルバムと映画ほどビートルズを身近に感じさせたものはないし、ビートルズをコピーする上でどんなに手助けになったかは、ビートルズのファンであれば否定するものではないだろうと考える。
このレコードの初期のものは写真集が付いていて、値段もすこぶる高く、友達が買ったのを見て羨ましがっていたのが、今でも記憶に残っている。
彼とはバンドをいっしょに組んで、大学4年まで一緒に活動したというか、つるんでいた。
もうひとつの原点が彼との仲に有った。
前ページに戻る
次ページへと続く
もどる