先日、東京在住の或る方からメールを頂き、子供の頃、夏ごとに訪れていたという祖母の故郷、大井川上流の村に伝わる怪物の話を聞く事が出来た。夜も更けたのに言う事を聞かないで騒いでいる子供たちを、たちまち恐怖に陥れるその怪物の名は「モンコンジィ」と呼ばれていたらしい。子供たちは「モンコンジィ様ごめんなさい!」と叫び大急ぎで布団に飛び込んだとある。

前回の「奥三河怪物伝承」を読んで頂いたであろうか。愛知県東三河の山奥で幼少時を過ごした筆者が聞かされたのは「モーカンジーが来るぞ!」という言葉であったが、今回教えて頂いた静岡県大井川上流のその部落では「モンコンジィが来るぞ!」と言われていたのである。そっくりの言葉ではないか。


川根本町にて

この話を聞いた後、静岡県榛原郡川根本町の町役場ほか、これはという方々に電話して「モンコンジィ」という言葉の存在を確かめてみた。すると「モンコン様」という言葉なら、自分も子供の時に聞かされたし、他にも聞いた事があるという人が何人か居たよという返事を頂く事が出来た。「コンコン様」と聞いた人もいるようだ。そして或る方からは確かに「モンコンジィ」という言葉は聞いた事があるという返事を頂いた。ただし彼自身は直接の伝承者ではないらしい。

しかし上記東京在住の方が確かに祖母からの伝承者である事は間違いないし、川根本町に伝わる「モンコン様」「コンコン様」伝承が最近作られた言葉であるとは考えられない。いずれも古くからの言い伝えであると信じられる。

川根町での電話調査に関しては、現地在住の研究者から後日の調査結果を報告して頂ける約束を得ているので期待している。

情報の流れ

今回この「モンコンジィ」伝承を聞いて抱いた最大の疑問は奥三河「モーカンジー」との関連である。どちらかが先で、他方は後つまり伝承の糸は1本なのか。奥三河から山を越えて誰か旅人あるいは嫁が伝えたのか。またはその逆なのか。しかしこれはほとんどあり得ない話だ。

だがこの話を聞いてすぐに気づいたのは「奥三河」と「大井川上流」の地理的な類似である。すなわち「川の上流の行き止まり」だ。「モーカンジー」の残る「旧名倉村」は「矢作川」の支流「名倉川」の水源の部落であり、川根本町は大井川上流の部落である。川は更に続くが、その先は「南アルプス」であるから古代社会では完全な袋小路と言える。

上の地図の青色は古代社会での情報の流れ、つまりは人の往来を示しているが、東海道から北へ向かう主要な脇道のほとんどが川の流れと一致する事は日本地図を見れば明らかである。

図中「赤星」は奥三河の「モーカンジー」地域、「黄星」は川根本町の「モンコンジィ」地域である。「白星」は以前書いた愛知県東栄町の「モーン」地域だ。また「黄星」には「モンコン様」「コンコン様」も含まれる。

これらの地域は前記の通り「袋小路」でありその先は無人地帯であった。時代が下れば「峠道」が出来るのであるが大井川の水源は南アルプスであるから近代まで峠はなかったであろう。

このような状況で世の中のあらゆる情報が伝達されて行くが、末端では情報の更新が遅れがちとなり、古いニュースは蓄積されてそのまま時が流れて行く。

蒙古人

こんな時、西の方から「蒙古襲来」の知らせが来る。もちろん公式な伝令は鎌倉幕府に向かうのであるが、うわさ話はたちまち広まり、やがて川を遡って山奥の村にも届く。その恐ろしさを子供の躾に使うのは自然な習慣であり、他の例「オオカミ」「なまはげ」「天狗」など何でもよいのであるが、この際「モーコジン」を使えば強烈に効き目があるはずだと親は考えたのであろう。

やがて実際の「蒙古人」は国へ逃げ帰り、何百年か後の山奥の部落では、事件そのものは忘れられたであろうが、その名「モーコジン」は「モーカンジー」あるいは「モンコンジィ」となって残り、更には「モンコン様」となり「コンコン様」となったのであろう。その途中で一度「モンコン爺」になった時代があったのかも知れない。

なお奥三河では三つの川の水源地域が分水嶺をはさんで隣接しているので、それぞれ独自に伝承されたのか、お互いの婚姻・移住・言い伝えなどによる伝承なのかは不明である。


「モーカンジー」あるいは「モンコンジィ」の元が「モーコジン」であったという解釈はあくまでも想像である。しかしこれらの言葉がそれぞれの地域に伝承されて今も残っている事は事実だ。そして「モーカンジー」と「モンコンジィ」はあまりにも「モーコジン」に似すぎているのである。両者が同じ言葉から異なる変化をしたのだとしか考えようがない。そしてその形があまり崩れなかったのは、それぞれの地域が情報伝達の末端に位置していたからである。

以上が今回の「モンコンジィ」考察の結論である。機会があれば大井川の上流地域へ行き地元の方に確かめてみたいとは思うが予定は立っていない。しかしそのあたりには「寸又峡」など観光地もあるし大井川鉄道には蒸気機関車(SL)も走っている。春になったら考えてみよう。

なお「モンコンジィ」のアクセントは「チンパンジー」と同じである。また奥三河「モーカンジー」のアクセントは「東南東」と同じ、「モンコン様」「コンコン様」のアクセントは「天神様」と同じである。