ヒトミ2004
<公演データ> 【東京】 2004年4月24日(土)〜5月16日(日) シアターアプル 【神戸】 2004年5月22日(土)〜5月30日(日) 新神戸オリエンタル劇場
作 : 成井豊+真柴あずき 演出 : 成井豊 キャスト : 水谷ヒトミ 小川江利子 小沢 大内厚雄 岩城 河原和久(劇団ショーマ) 佐久間 真柴あずき 大友 筒井俊作 郁代 中村恵子 典子 前田綾 朝比奈 篠田剛 若杉 三浦剛 あつこ 津田匠子
ひとことレビュー:こんな風に人を包めたら。
*開演まで*
再演が嬉しい作品のひとつ。初演はビデオで観た。坂口さんと上川さんの迫力に圧倒された。確かにストーリー自体相当辛いものだけど、この2人が演じると尚更ツラくなってくる。気持ちのパワーがぐいぐいと押し迫ってくるような。それは、こっちの体力やコンディションにお構いなしに来るので、充分覚悟して観ないといけなかった。映像とは言え、かなり疲れた覚えがある。
その時、再演するならヒトミは小川江利子さんだな、と思った。(その少し前に『カレッジ・オブ・ザ・ウィンド』を観ていたはず)。坂口さんのような(小沢の力を借りてはいても)自分で立ち上がるタイプのヒトミをイメージしたわけではない。ただ、生きる意味を再び見出したときの、内側から何かが湧き出てくるようなヒトミは、小川さんにピッタリだと思ったから。
だから再演のキャスティングが分ったときは、本当に嬉しかった。以前なら不安があったところも、最近のエリーを観ている限り大丈夫だろうと思えたし。きっと新しいヒトミになっているだろう。
*舞台を観て*
最初のシーンから、私の直感は間違っていなかったことを確信。ヒトミが立ち上がる、その時のヒトミの心情。迷いやとまどい、不安、願い、決意、様々な思いがない交ぜになる。岩城医師の言葉に促されて、手を踏ん張り足を踏み出し。立ち上がり方がとてもリアルなのにも驚く。多分、こういう時、本当に人の体はこういう風に動くんだろうな、と思う。ぎこちなく、奇妙に、でもひとつの動作毎に力強くなっていく。段々手足にヒトミの意志が入っていくのがわかる。ヒトミの喜びが徐々に湧き上がってきているのも。
ヒトミが足をダンダンと床に打ち付ける。自分の思ったように足が動いた!その気持ちが一気に溢れてくる瞬間の、爆発したようなヒトミの笑顔。ライトを浴びているからだけでなく、本当に内側から光を発しているかのようで、最高に輝いている。このオープニングを観られただけでも観に来たかいが有ったというものだ。
ヒトミを支える周りの人々。それぞれ立場は違えど、終始ヒトミを暖かく包む。出すぎず控えめに。なんて優しい人たちばっかりなんだろう。こんな風にさりげなく誰かの役に立ち続けるなんて、思っててもなかなかできることじゃない。その人への深い想いがあればこそ。皆がその痛みを思いやることができるから。
初演に比べると、ヒトミと周囲の人たちとの関わりがよりはっきり出ているように思う。ヒトミ自身も、しっかりした女性ではあるけれど、より「普通の女の子」という感じで、ハーネスを着けてリハビリしている時や、段々具合が悪くなって行く時、ハーネスをはずされると決まった時など、一つ一つの事柄にヒトミが動揺し対応しかねている様子が、自分がもしヒトミだったら感じたかもしれないこととあまり距離が無いように思えて、よりヒトミに感情移入できたような気がする。言ってみれば、初演は「最初から強い女の子」だったが、今回は「事故とその後の出来事を経て強くなっていった女の子」という感じがする。その強くなっていく過程に、ヒトミを取り巻く人たちが深く関わっている。
そして、今回のヒトミの最大の魅力は、そんな不安定な自分の感情を抑えて周囲に笑って見せる、尚且つそうして必死に取り繕っているのに、誰にも言えない深い哀しみを抱え込んでいるのが透けて見えてしまうところ。泣き笑いの表情はエリーの真骨頂だ。後半はそんなヒトミに涙ぼろぼろでした。
どんなにみんながヒトミのことを思っても、いやそれだから尚更、誰も代わってあげることのできないヒトミの苦しみが際立って見えてくる。
そういうヒトミを気持ちの一番近いところでずっと見守っている小沢。自分が出るシーンが終わっても引っ込まずに、ピアノの椅子に座ってヒトミを見ている小沢を観て、ああ、この人は何て優しく深くヒトミを愛しているんだろうと思った。ヒトミが揺れ動いて小沢を拒んでも、それをじっと待っている。自分自身も、そんなに大きな男では無いことはわかっているけれど、それでもヒトミを支えられるのは自分だと信じている。真っ直ぐなヒトミへの気持ち。
だから、表面上いくらヒトミは小沢に逢わないと決めても、心の中では2人は離れられない。心の奥底の大切な存在。小沢が意を決して再びヒトミの病室を訪れた時、ヒトミは嬉しさを抑え切れない。表面は冷たくしていても、胸の中はドキドキしているのが分ってしまう。もう何だかこっぱずかしいほどの純愛。繊細で傷つきやすくて、でも芯の強いこの2人は、『ナツヤスミ語辞典』で観せてくれた小川さんと大内さんのコンビにはまさにうってつけの役柄だと思う。
自信を失い、人を信じられなくなっていくヒトミに、再び、人の温かさやそれに身をゆだねることの大切さを思い出させる小沢。小沢の頬に手を当てたヒトミが、そのままくず折れるように小沢の腕の中に倒れこんでいくところは、キャラメル史上でも最高のラヴ・シーンじゃないだろうか。
周りの人たちが、本当にいつもヒトミを見守っている。皆の視線の中心にヒトミが居る。さりげなく深い、慈しみの気持ち。ラストで、ピアノを弾くヒトミとその肩を深く抱く小沢、そしてそれを包む全員の視線。そうなんだ、ラストは全員が舞台上に居る。ヒトミを中心にして。こんな静かで清いラストシーンは、初めて観たかも。
「静」。音楽もそっとなでるように入ってくるし、セリフと表情で物語が進んでいく。ものすごい緊張と集中だろうと思う。ひとつひとつの動きがくっきりと登場人物たちの気持ちを見せてくれる。
何度観ても涙を禁じ得ないシーン。ハーネスをはずすことが決まった時、病室から誰もいなくなった途端、それまで隠していた感情が一気に噴き出てくる。誰にも見せなかった嗚咽。何よりも大切な支えだったピアノを弾く手つきをそっと真似る姿には、どんな言葉も今のヒトミには無意味だと思えてくる。絶望の淵に必死で立っているヒトミ。もう本当に爆涙。
自分が「居る」意味を見失った時も、大切なものが全部無くなってしまうと思った時も、ヒトミのそばに、ピアノはいつもそこに有ったし、小沢もいつもそこに居た。周りには自分を囲む人たちが居た。そして、何より、自分は生きている、生きていることを感じている。それがどんなに素晴らしいことか、大きいことか、それに気付いたヒトミが、それまでの緊張を解いて自分以外の他者の腕に身をゆだねる。一人きりで立つことも大事だけれど、それは他の人の支えがあってこそであるし、支えを得ようとすることは決して悪いことや弱いことじゃない。
ヒトミが、頬に吹く風を感じられることに気付いた時。それは、身体の感覚を完全には失っていないということでもあるが、また、他者から周囲から差し伸べられるものを感じることができる、受取ることができる、ということにヒトミが気付いた時でもあるように思える。あの風は小沢や郁代や典子みんなの声であり愛だ、なんて言ったらうがち過ぎか。
ラスト。ヒトミがピアノに手を伸ばす。だいじょうぶ、きっとピアノは応えてくれる。ヒトミの不安や決意やすべてを受け止めてくれる。だってヒトミはまた生きることを選んだから、ピアノはそんなヒトミを支える周りの人たちの気持ちと同じだから。たどたどしい旋律は、ヒトミとピアノがまた逢えたことをそっと確認し合っているようで、その喜びが流れ出してこちらの心にしみ入ってくる。最後で号泣。
小川江利子さんのヒトミ。気持ちの出し方が、時によって圧迫感を感じさせることもある小川さんの個性。それがどう出るかが、実は観る前は気になっていた。それが杞憂であったことが分って、その上にヒトミはこういう子なんだとしか思えないほど「小川江利子=ヒトミ」に見えてきて仕方がなかった。エリーもこういう風に我慢しちゃうんじゃないだろうか、ぎりぎりの淵で必死に立っている時でも助けを呼ばないんじゃないだろうか、そのくせ心の中は目一杯寂しさが満ちていて…。
思い込み、かもしれないけど、それならそれで、そういう風に感じさせてくれたエリーに、本当にいくら拍手しても足りないと思う。それぐらいヒトミは素敵だったし、舞台から発せられるヒトミの光が客席に満ちていたと思う。小川江利子という女優の力を改めて思い知った感。
そんなヒトミを支える小沢。すごく純な人なんだなぁ。ヒトミにもう来るなと言われても、それでも自分にできることは何かと考えてしまう。ヒトミの居ないことなんて考えられない。こういう人に愛されたら、本当に幸せだろう。いかにも大内さんらしい、優しさと強さを両方精一杯相手に与えようとする。いい男だなぁ。初演の上川さんは、自分も傷つき苦しんでいる小沢という感じだったけれど、大内さんの小沢は自分に疑いを持たず(一時的には迷ったかもしれないけど)、一途に思い続ける小沢に見える。ヒトミの違いと相まって、絶妙の組み合わせだと思える。また伝説のカップル(こんなの有ったっけ?)が生まれたかな。
ラストで、ピアノを弾くヒトミを本当に抱きかかえんばかりの小沢。う〜ん、キャラメルでこんなところが観られるなんて。ここはピアノを弾けたヒトミの喜びを感じるところなのに、小沢の方にも目が行ってしまう。そんなに抱いたらヒトミがつぶれちゃうよ。
ひたむきで純な小沢くんに拍手。
ヒトミの治療に関わる医師たち。
岩城先生役の、かっこいいアニキ川原和久さん。はるか昔ショーマの舞台で拝見して以来。顔つきは険しいのに、中味の誠実さが丸見え。自分の研究の方が優先、みたいに言われるけれど、この人には出来ないな。初演の近江谷さんは、ヒトミのこともしかしたら好きなんじゃないの?と思わせたけれど、川原さんは、本当に医師としての使命感で動いていると思う。真面目一筋。
素敵な佐々木先生、真柴あずきさん。口は悪いけれど、無類に優しい人だと思える。仕事ができて、頭もよくて、冷静で、人を見る目もある。チームリーダーとしては多分理想的。ヒトミのお姉さんのような視点で、「治療する医師」と「ヒトミの理解者」の両方に位置する。かっこいい。初演のビデオで観た時もそう思ったけれど、輪をかけて重み。今回、真柴さんが観られたのも嬉しいことのひとつ。
筒井俊作さんの大友先生。初演の菅野さんのイメージが強いのでどうなるかと思っていたけれど、若くて熱意ある感じがいい。医師というより、リハビリ担当の元体育会系、みたいだけど。真面目で誠実で、この病院にはいい先輩スタッフが揃っているんだろうな、と思わせる。岩城先生との対比が上手くいっていて、この3人のバランスが取れているという感じ。ホテルで、ハーネスをはずすことに反対する場面では、一生懸命で真剣で、魅かれるところ。将来いい医者になるだろうな。
母親役ではやはりこの人、中村恵子さんの郁代。あったかい。我が子を見つめる目、いたわり、気遣い。母親は子供を自分と同じものだと感じてしまうから、その苦しみをまるで我がことのように一緒に苦しんでしまう。時には盲目的にも。恵子さんは子供を持ったことが無いのに、そういう感情をとても自然に表せるので驚いてしまう。ラスト、ヒトミがピアノを弾いているのを見て泣き出すところで、こちらももらい泣き。
ヒトミの親友でホテルのオーナーでもある典子。エリーと綾ちゃんの組み合わせは、普段から仲のいい様子が素直に出ていたのでは。苦しいことがあっても、とりあえずは笑ってから考えようとするような典子。笑顔の裏には色々な思いがあることをよく知っている。元気良く飛び回っている典子は、この芝居の深刻さをある意味救ってくれる。ヒトミと浜辺に座って語るシーンがとても好きだ。前田さんのとびきり明るいところと素直で可愛いところが、典子として活き活きとしている。今回、衣装も素敵。
素敵な紳士だった朝比奈支配人。ダッチの渋さやかっこいいところがそのまま出ているような。1回目に観た時は、ちょっと五月蝿く感じたけれど、2回目はぐっと落ち着いて、典子を支える熟練支配人に見えた。登場人物の中では一番年上らしく、ヒトミや小沢、郁代や典子や、他の人たちのことをずっと見守っている。一番後ろに立って静かに見ているときの佇まいは、う〜んと唸ってしまいそうにさりげない存在感(矛盾していそうだけど)がある。
元気良くてお調子者、という若杉だけれど、三浦さんだと不器用さが目に付いて、軽い感じが上手く出てこない。それらしくしようとしているのは分るんだけど。この人ならではの持ち味というのは、どういう役なら出てくるんだろう。『太陽〜』の三条とか『彗星〜』の陣八なんて良かったと思うんだけど。もしかしたら、渋い役の方が合うのかな。
やっと逢えたよ、あつこさん。真柴さんと同じく、初めて舞台上で拝見する。津田さんがこんな役をやるなんて。しかもはまってるし。とても楽しそう。それにしても、舞台を走るのがこれまた速い。半端じゃない。いや、袖から既にテンションが上がっているのが伺えるくらい。すごい人だなぁ。ボケっぷりがたまらないっす、また逢いたいねぇ。
最後に
今更言うまでもないことだが、音楽の素晴らしさ。
そして、ピアノが何て素敵に贅沢に使われているんだろう。舞台上に最初から有って(居て)、そこで何が行われているのかを全て観ていて、何もかも分っていて、最後にヒトミに弾いてもらえるまでじっと待っている。一番最後までその音を聞くことはできない。でも、それが鳴り出した時、言葉では言い尽くせない喜びと安堵と優しさと、そういうものが広がっていく。ピアノの音。
<観劇データ> シアターアプル 1) 日時: 2004年5月13日(木)14時 席 : 6列15番 2) 日時: 2004年5月15日(土)19時 席 : 3列17番