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 ナツヤスミ語辞典2003

<公演データ>
【東京】 2003年8月14日(木)〜9月15日(月)  サンシャイン劇場
【大阪】 2003年9月20日(土)〜9月28日(日)  近鉄劇場


作・演出 成井豊
キャスト  カブト  藤岡宏美  
ヤンマ  大木初枝          
 ドルフィン:  ビートル:
アゲハ  岡内美喜子  中村亮子
クサナギ  西川浩幸  岡田達也
ウラシマ  細見大輔  大内厚雄
ナナコ  前田綾  小川江利子
ムロマチ  岡田さつき  坂口理恵
アヅチ  石原善暢  筒井俊作
モモヤマ  畑中智行  佐藤仁志
ミドリ先生  中村恵子  大森美紀子
アオタ先生  篠田剛  三浦剛
カニタニ  青山千洋  温井摩耶
サルサワ  實川貴美子  大浦理美恵
ウスイケ  小川江利子  前田綾
ヤンマの母  坂口理恵  岡田さつき
駅長  岡田達也  西川浩幸
郵便屋  大内厚雄  細見大輔
アゲハの母  大森美紀子  中村恵子



ひとことレビュー:誰かを想う気持ちの柔らかさ切なさと、大切なものを忘れない力。

*開演まで*

12年ぶりの再々演。そしてほぼダブル・キャスト。91年の再演をビデオで観ただけなので、今回どんな風にできているのか。最近の流れから、大体は予測できるけれども。

 再演(91年)のものを観た限りでは、何だか女子中学生が元気よくて、どちらかと言えば落ち着きの無い感じがしたのだが。その頃のキャラメルも、元気の良さ、勢いを前面に出していたようだし。その辺りがどうなっているか。

 キャスティングによる違いも楽しみのひとつ。キャスト表を見る限り、それぞれのカラーがはっきり出ているような。 
       
*舞台を観て*

 2つのチーム。どちらがどうということではなく、同じホン、同じ劇団の、違う芝居。そういう楽しみ方がいいような気がする。元々、楽しんで観るのがふさわしい作品に思える。

 中学2年の夏休みというだけで、もう一種の哀愁というか二度と帰れない寂しさというか、そんなものを感じてしまう。「大人」にはほろ苦い、でも大切な思い出も詰まっていて、ちょっと胸があったかくなる、そんな時期。周囲の大人の思惑とかうるさい小言とか、自分のこれからとか、そんな「考えなきゃいけないこと」「諦めなきゃいけないこと」をとりあえず放棄していてもまだ許されるナツヤスミ。その真っ只中に居る中学生の女の子たちの心の揺れ動き。観ているだけで、じわりとしてくる。こんな感覚、前には確かに持っていたのに、いつの間に失くしてしまったんだろう。このキラキラした時期の、その時は決して楽じゃなかった、早く抜け出したいと思っていたこの持って行き場のない気持ちが、実はどれだけ大切で貴重なものだったかを、思い出させられてじわじわ。こういう風に感じること自体、甘いのかしら。

 そんな女子中学生(何故男子じゃないんでしょうね)たちに関わってくる、ユウレイさんたち。15年前に事故で死んでしまったウラシマとナナコ。ウラシマは実は中学生の一人カブトの父親だった。カブトの存在すら知らなかったウラシマにとっては、まさに驚きのご対面だろう。だって、いきなり14歳の子供が現れてもね。

 ウラシマは妻であるムロマチへのプレゼントを渡すために帰ってきた。15年前(と言っても死後の世界では15日前)に渡せなかった時計。ウラシマの誠実さ。それにも増して、そんなウラシマのために自分の気持ちを隠して時計を選んであげるようなナナコのいじらしさ。そして、ウラシマを忘れていなかったムロマチの純情。もう優しさ満載。それぞれがお互いを想い、大切にしようとする。こんな人たちの気持ちが舞台からあふれてきて、泣けてくる。

 ウラシマは、カブトがカメラを持っている、写真が好きだということが嬉しかったに違いない。言葉にはなっていないけれど、ウラシマはここでムロマチに感謝したのではないかと思う。しっかり育ててくれてありがとう、と。後半、ウラシマが天国に帰らなくてはならない時が迫ってくる辺りで、ウラシマが父親の顔になった、と感じる場面がある。それまでは、まだ恋人気分の抜け切らない夫という感覚が勝っているようで、ムロマチの気持ちを一生懸命追っているのだが、ある時点で父親を自覚したようなのだ。それは、ビートルの方でより強く感じた。大内さんのウラシマが、父親としてカブトを思いやる気持ちがはっきりわかった。この人が本当に父親になったらこういう顔をするんだろうなぁ、と何だかしみじみ感じ入ってしまった。(細見さんのウラシマは、その点父親の意識はまだまだ、という感じ。どちらかといえば、兄貴のような。この辺は、2人の性格の違いも出ているのかも)。

 急な父親の出現で動揺するカブト、どうしても妥協できないものを抱えて大人たちとぶつかるヤンマ、自分の力で自由にできるナツヤスミの価値をおぼろげながらも感じているアゲハ。3人がそれぞれ魅力的。力いっぱい過ぎるように見えるのも、逆に中学生の力みっぽくて、いい方に作用していると思う。ヤンマが、大人たちと激しく言い合うシーン。大好きなところだ。再演の石川さんがあまりに良くて、これ以上のヤンマは無いだろうと思っていたのだが、大木さんのヤンマも体中に溜まりに溜まったものを一気に吐き出す、という感じで切羽詰った気持ちが迫ってきた。「アローン・〜」でも感情を爆発させるシーンがあったが、あの時よりもずっといい。そうだよ、大人はいつも理屈をつけて押さえつける存在だった。「子供だから」という訳の分らない言葉の理不尽さ。そういうものに反感を覚えながら「早くそんなことを言われないくらいに大きくなりたい」と思ったことも。負けるな、ヤンマ。

 随所のクサナギのセリフに、ずんとコタえるものが多い。2人のクサナギ、それぞれの気持ちで言われているのだろうけれど、どちらにしても、「ナツヤスミが終わってしまっている」立場に居る、でも彼らの気持ちもまだ持ち続けている、そんな寂しさと自分の求めるものに全力で取り組む決心がつかないクサナギのジレンマがにじんでくる。郵便屋とクサナギの絡みは、特に好きなシーンなのだが、郵便屋がクサナギの気持ちを見抜いてそれでもそっと見守る視線が大好きだ。クサナギにとって何が一番大切なのかをわかっていながら、クサナギが自分でそれを見つけるまでじっと待っている。郵便屋のそんな繊細さは、細見さんの方により強く感じられた。迷っているクサナギの弱さも、岡田さんの方が出ていたように思えて、ビートルの「岡田」クサナギと「細見」郵便屋のコンビは、私の中ではかなりお気に入りだ。

 比べないように、と言いながら、やはり2チームの色の違いを比べてしまうが。いや、どちらがいいとかではなく。

 ドルフィンは、クサナギが西川さんであるという点だけでなく、何となく「正統」的な感じ。ウラシマとナナコが、二枚目であるということも含めて。そして、力強い。緊張感を感じる場面が多いのはこちらかもしれない。ウラシマとナナコの気持ちのぶつかり合いや、ムロマチの気持ちがより鋭く出てくるのも、こっちか。どちらかといえば、自分のことを見ている人たちが多そう。

 対するビートルは、「ヴァリエーション」か?全体に優しいトーン。穏やかさを感じるのは、こちらの方だ。お互いを思いやる気持ちのやり取りが前面に出ている。ムロマチにしても、ウラシマに厳しい言葉を吐きながら会えた嬉しさを隠し切れない様子。実は、この芝居の魅力が出ているのは、ビートルの方かも、と思った。反発ではなく、惹かれあう気持ちが、この芝居の核なんじゃないかと観ていて思う。優しさ。

 一途さ、一生懸命、思い続けることの大切さ、青臭さ、失くしてはいけないもの、真っ正面から言い切るいさぎよさ。切なくなるほどの痛み。

 ここに出てくる親子は、今の時代の状況から見れば、とてもいい関係にあると思う。ちゃんとぶつかり合い、言いたいことを言い合い、真剣に親も子も向き合う。ひりひり痛いこともあるけれど、その中で自分の本当に大切なもの、そのためなら強くなれるものが見えてくる。そんな彼女たちの姿を追ううちに、クサナギは、ナツヤスミを終わらせない決心をする。諦めてはいけない、どうしても譲れないものが自分にも有るのだから。これを観て、何を子供じみたことをと思うか、何か心の隅に押し込めていたものを思い出させられてきゅっと痛くなるか、人それぞれだと思うが、私には「まだまだだぞ」と耳元で言われたような気がした。キミの大切なものを忘れちゃいけない、と。

 こういう、すごくピュアな気持ちをまっすぐに投げかけてくるのが、キャラメルのいいところであり、それが好きでまた次が観たくなる。口にすればちょっと気恥ずかしいようなことだけれど、でもそれを何のてらいも無く人に話していたそういう頃も確かにあったはず。それがいつの間にか分別くさくなって、夢だの未来だのを語らなくなり、正しいことを正しいと言い切ることをしなくなる。自分を守ることに力が入ってくる。もう一度、あのなりふり構わず何でもできた、計算とか打算とかとは無縁の気持ちを取り戻せないものかと、あがきたくなってくる。それが自分にも出来るのではないかと思わせてくれる力がキャラメルには有る、と思う。私自身がそういうものを求めているからかもしれないが。

 考えてみれば、色々あるキャラメルの作品の中でも、記憶に残るセリフの多い芝居だ。フレーズがかっこいいとかそういうことではなく、私にとってとても印象的なセリフ。まるで自分に言われているような気にさせられてしまうような。痛いところを突いてくるようなセリフが随所にあって、その度ドキンとしたりする。

 2つのチーム。どちらがどうということではなく、同じホン、同じ劇団の、違う芝居。そういう楽しみ方がいいような気がする。元々、楽しんで観るのがふさわしい作品に思える。

 中学2年の夏休みというだけで、もう一種の哀愁というか二度と帰れない寂しさというか、そんなものを感じてしまう。「大人」にはほろ苦い、でも大切な思い出も詰まっていて、ちょっと胸があったかくなる、そんな時期。周囲の大人の思惑とかうるさい小言とか、自分のこれからとか、そんな「考えなきゃいけないこと」「諦めなきゃいけないこと」をとりあえず放棄していてもまだ許されるナツヤスミ。その真っ只中に居る中学生の女の子たちの心の揺れ動き。観ているだけで、じわりとしてくる。こんな感覚、前には確かに持っていたのに、いつの間に失くしてしまったんだろう。このキラキラした時期の、その時は決して楽じゃなかった、早く抜け出したいと思っていたこの持って行き場のない気持ちが、実はどれだけ大切で貴重なものだったかを、思い出させられてじわじわ。こういう風に感じること自体、甘いのかしら。

 そんな女子中学生(何故男子じゃないんでしょうね)たちに関わってくる、ユウレイさんたち。15年前に事故で死んでしまったウラシマとナナコ。ウラシマは実は中学生の一人カブトの父親だった。カブトの存在すら知らなかったウラシマにとっては、まさに驚きのご対面だろう。だって、いきなり14歳の子供が現れてもね。

 ウラシマは妻であるムロマチへのプレゼントを渡すために帰ってきた。15年前(と言っても死後の世界では15日前)に渡せなかった時計。ウラシマの誠実さ。それにも増して、そんなウラシマのために自分の気持ちを隠して時計を選んであげるようなナナコのいじらしさ。そして、ウラシマを忘れていなかったムロマチの純情。もう優しさ満載。それぞれがお互いを想い、大切にしようとする。こんな人たちの気持ちが舞台からあふれてきて、泣けてくる。

 ウラシマは、カブトがカメラを持っている、写真が好きだということが嬉しかったに違いない。言葉にはなっていないけれど、ウラシマはここでムロマチに感謝したのではないかと思う。しっかり育ててくれてありがとう、と。後半、ウラシマが天国に帰らなくてはならない時が迫ってくる辺りで、ウラシマが父親の顔になった、と感じる場面がある。それまでは、まだ恋人気分の抜け切らない夫という感覚が勝っているようで、ムロマチの気持ちを一生懸命追っているのだが、ある時点で父親を自覚したようなのだ。それは、ビートルの方でより強く感じた。大内さんのウラシマが、父親としてカブトを思いやる気持ちがはっきりわかった。この人が本当に父親になったらこういう顔をするんだろうなぁ、と何だかしみじみ感じ入ってしまった。(細見さんのウラシマは、その点父親の意識はまだまだ、という感じ。どちらかといえば、兄貴のような。この辺は、2人の性格の違いも出ているのかも)。

 急な父親の出現で動揺するカブト、どうしても妥協できないものを抱えて大人たちとぶつかるヤンマ、自分の力で自由にできるナツヤスミの価値をおぼろげながらも感じているアゲハ。3人がそれぞれ魅力的。力いっぱい過ぎるように見えるのも、逆に中学生の力みっぽくて、いい方に作用していると思う。ヤンマが、大人たちと激しく言い合うシーン。大好きなところだ。再演の石川さんがあまりに良くて、これ以上のヤンマは無いだろうと思っていたのだが、大木さんのヤンマも体中に溜まりに溜まったものを一気に吐き出す、という感じで切羽詰った気持ちが迫ってきた。「アローン・〜」でも感情を爆発させるシーンがあったが、あの時よりもずっといい。そうだよ、大人はいつも理屈をつけて押さえつける存在だった。「子供だから」という訳の分らない言葉の理不尽さ。そういうものに反感を覚えながら「早くそんなことを言われないくらいに大きくなりたい」と思ったことも。負けるな、ヤンマ。

 随所のクサナギのセリフに、ずんとコタえるものが多い。2人のクサナギ、それぞれの気持ちで言われているのだろうけれど、どちらにしても、「ナツヤスミが終わってしまっている」立場に居る、でも彼らの気持ちもまだ持ち続けている、そんな寂しさと自分の求めるものに全力で取り組む決心がつかないクサナギのジレンマがにじんでくる。郵便屋とクサナギの絡みは、特に好きなシーンなのだが、郵便屋がクサナギの気持ちを見抜いてそれでもそっと見守る視線が大好きだ。クサナギにとって何が一番大切なのかをわかっていながら、クサナギが自分でそれを見つけるまでじっと待っている。郵便屋のそんな繊細さは、細見さんの方により強く感じられた。迷っているクサナギの弱さも、岡田さんの方が出ていたように思えて、ビートルの「岡田」クサナギと「細見」郵便屋のコンビは、私の中ではかなりお気に入りだ。

 比べないように、と言いながら、やはり2チームの色の違いを比べてしまうが。いや、どちらがいいとかではなく。

 ドルフィンは、クサナギが西川さんであるという点だけでなく、何となく「正統」的な感じ。ウラシマとナナコが、二枚目であるということも含めて。そして、力強い。緊張感を感じる場面が多いのはこちらかもしれない。ウラシマとナナコの気持ちのぶつかり合いや、ムロマチの気持ちがより鋭く出てくるのも、こっちか。どちらかといえば、自分のことを見ている人たちが多そう。

 対するビートルは、「ヴァリエーション」か?全体に優しいトーン。穏やかさを感じるのは、こちらの方だ。お互いを思いやる気持ちのやり取りが前面に出ている。ムロマチにしても、ウラシマに厳しい言葉を吐きながら会えた嬉しさを隠し切れない様子。実は、この芝居の魅力が出ているのは、ビートルの方かも、と思った。反発ではなく、惹かれあう気持ちが、この芝居の核なんじゃないかと観ていて思う。優しさ。

 一途さ、一生懸命、思い続けることの大切さ、青臭さ、失くしてはいけないもの、真っ正面から言い切るいさぎよさ。切なくなるほどの痛み。

 ここに出てくる親子は、今の時代の状況から見れば、とてもいい関係にあると思う。ちゃんとぶつかり合い、言いたいことを言い合い、真剣に親も子も向き合う。ひりひり痛いこともあるけれど、その中で自分の本当に大切なもの、そのためなら強くなれるものが見えてくる。そんな彼女たちの姿を追ううちに、クサナギは、ナツヤスミを終わらせない決心をする。諦めてはいけない、どうしても譲れないものが自分にも有るのだから。これを観て、何を子供じみたことをと思うか、何か心の隅に押し込めていたものを思い出させられてきゅっと痛くなるか、人それぞれだと思うが、私には「まだまだだぞ」と耳元で言われたような気がした。キミの大切なものを忘れちゃいけない、と。

 こういう、すごくピュアな気持ちをまっすぐに投げかけてくるのが、キャラメルのいいところであり、それが好きでまた次が観たくなる。口にすればちょっと気恥ずかしいようなことだけれど、でもそれを何のてらいも無く人に話していたそういう頃も確かにあったはず。それがいつの間にか分別くさくなって、夢だの未来だのを語らなくなり、正しいことを正しいと言い切ることをしなくなる。自分を守ることに力が入ってくる。もう一度、あのなりふり構わず何でもできた、計算とか打算とかとは無縁の気持ちを取り戻せないものかと、あがきたくなってくる。それが自分にも出来るのではないかと思わせてくれる力がキャラメルには有る、と思う。私自身がそういうものを求めているからかもしれないが。

 考えてみれば、色々あるキャラメルの作品の中でも、記憶に残るセリフの多い芝居だ。フレーズがかっこいいとかそういうことではなく、私にとってとても印象的なセリフ。まるで自分に言われているような気にさせられてしまうような。痛いところを突いてくるようなセリフが随所にあって、その度ドキンとしたりする。

 特に、再演のビデオでも気になっていて、今回ももしかしたら一番集中して聴いていたかもしれない、郵便屋の最後のセリフ。
 「あなたのナツヤスミもこれでおしまいですね。」
クサナギが教員採用通知を手にして喜んでいるのを見て、こう言いながら郵便屋は帰っていく。ちょっとクサナギにがっかりして、悔しさも滲んで。宣告する、という感じ。自分にも?この時の郵便屋の複雑な表情と、彼の言葉を聞いて、少し当惑したように考え込むクサナギの姿がいつまでも記憶に残る。これでいいのか、もう決めたことだ、本当に?まだ答えを探している。

 とてもまっすぐで、直球をバンバン投げてくるような芝居でありながら、その実ものすごくナイーブな気持ちがちりばめられている「ナツヤスミ語辞典」。一途な気持ちを込めた、まさに大切な辞典のような作品。それを開けばそこには、多くのメッセージが詰まっている。自分を見失いそうになったら、開けてみるといい。



 2チームを別々に考えようとしたら、とても大変な作業になってしまいそうなので、やはり役ごとに。何だか役の解析のようになってしまったが。



 シングル・キャストは今回2役だけ。その1人がカブト。藤岡さんがカブト役と知った時、ぴったりだと思った。男の子のような感じだけれど、実は細やかで人一倍柔らか心の持ち主。体は細くて一見弱そうだけど、芯は固いものを持つ藤岡さんと重なって見えた。突然現れた(しかも若い)父親への思いが段々高まっていくがそれを最後まで口にしない様子が、何だかけなげでいじらしい。ナツヤスミが終わらなければいい、とクサナギと話すシーンの表情が実は好き。気の強さを覗かせて、いつも正直に居ようとするカブト。後輩の女の子が密かにファンになりそうだね。

 シングル・キャストの2人目ヤンマ。大木さん、元気いっぱいなヤンマを思い切り演じているようで、気持ちがいい。こんなこまっしゃくれた同級生居たような気がする。勘がよくて、先生を言い負かしてしまう子。鋭いから、校則やら大人が繰り出してくる制約のうそっぽさを見抜いてしまう。それに抵抗する手段が子供っぽいのはしょうがないとして、抵抗せざるを得ないヤンマの気持ちがよく伝わってきて、そうだそうだと心の中で応援。爆発するときの瞬間のパワーが好きだ。声も通るし、ただ叫んでいるだけじゃない丁寧さも見える。

 全く対称的な2人のアゲハ。
 ドルフィン(以下D)の岡内さんは、やはり育ちのいい女の子という感じ。自由に育てられているけれど、わがままではない。お母さんが大森さんなので、あまり口やかましくないのだろう。カブトやヤンマが大好きで、付いて回っているという感じかな。伸び伸び。

 対するビートル(以下B)の中村亮子さんは、同じ育ちの良さでも、少しニュアンスが違う。ちょっと要領よく立ち回りそうかな。お母さんは中村恵子さんなので、こちらは細かいことも気になるしっかり者の母親の監視下に居る、という感じ。その目をかいくぐって、何とか自分なりの自由を確保しているのかも。でも、根は明るい。

 2人のアゲハに共通しているのは、楽しそうにやっているということ。この役を楽しもうという気持ちが、活き活きしたアゲハを作っている。この中学生の役は、本人がその気になって楽しんでいないとしらけてしまうと思うけれど、カブトにしても、ヤンマ、アゲハにしても、本当に14歳の女の子のような感覚で観ることができた。自分がその頃にタイム・スリップしたような。



 Dのクサナギは、流石西川さんという感じで、安心して観ていられる。よくわかっているものを、更にパワーアップした、という感じ。声の力はやはりすごいし、笑わせるタイミングも逃さない。どちらかと言うと、こちらのクサナギの方が我が道を行くタイプかもしれない。たとえここで教師になったとしても、またいつか「役者になる〜」と帰ってくるんじゃないか。あまり周囲を気にせずに、自分のことを中心に考える人のように見える。誤解を恐れずに言えば、こちらのクサナギは大分マイペース。自信が有ろうが無かろうが、やりたいことをやってしまう。「だってボクはやりたいんだ」オーラ。

 Bの岡田達也さんのクサナギには「周囲からのプレッシャー」が感じられる。そんなプレッシャーが本当にあるかどうかは別にして、自分で勝手に意識してしまうタイプか。どちらかといえば気弱。夢を追い求める力が自分にあるのかどうか半信半疑。でも、人の痛みがわかるのは、こちらのクサナギかも。優しい人柄が自然とにじみ出てしまう。生徒にお兄さんみたいに慕われるのはこちらの方かな。

 ラストの採用通知を破くシーンで、声が低くて結構早くてセリフが聞き取りにくかったのが、ちょっと不満。自然にしゃべっているからかもしれないが、あそこは、西川さんのように、一音一音はっきりと言った方が言葉がちゃんと聞こえてきてくると思うのだが。2回観て2回ともそうだったから、そこはきっとそういう風にしようと思ったのだろうけれど。あそこはクサナギの有る意味見せ場なので、余計に残念だったり。

 2人の全く違うタイプのクサナギに、生徒の方も対応が違ってくるのが面白い。「西川」クサナギにたいしては、キモチ元気度増してるような。「岡田」クサナギには、ちょっと甘えるような。でも、こんな風に手紙を書きたくなるような先生なんて、そう居ない。カブトたちがうらやましくなる。学校にとっては迷惑だろうけれど、実は生徒たちよりも自分の夢の方が大事なんていう先生、子供から見れば魅力あるヤツだったりするものだ。
 


 妻を残して死んでしまった、その後始末をしに帰ってくるウラシマ。何とも律儀な人。生真面目で多分融通がきかないタイプのウラシマが、細見さんと大内さんで全く違うのが面白い。

 細見さん(D)は、とにかくムロマチに会って、疑いを晴らしプレゼントを渡すことだけ。ナナコの気持ちにも、本当は気付いているのだが、それに関わっていると面倒になるので(!)知らない振りをしている、とも取れる。ちょっと意地悪い見方だけれど、細見さんのウラシマにはそんな空気が感じ取れる。悪いヤツでは無いんだけれど、一生懸命になると自分しか見えない。カブトの存在に気付いても、本当に自分の子だとは実感できていないのではないか。結婚している、という感じが全くないしね。細見さんの持ち味である(と私は思っている)ぴりぴりしたものがこのウラシマには始終ある。Dで感じる舞台上の緊張感というかスピード感は、このウラシマから来ている部分が多いと思う。

 大内さん(B)は、同じように必死にムロマチに会いに行こうとするのだが、どこかでナナコへの思いやりも見えてくる。ナナコの気持ちはわかっているけれど、どうしようも無い。優しいけれど罪なやつ。天国から帰ってきたのも、ムロマチの疑いを晴らすというよりは、ただ会いたかったのでは、と。全体にほわっとした感じ。一生懸命ナナコを追いかけるところも、どこか可愛らしく見えてしまうのは大内さんのキャラクターなのだろうか。この人のウラシマで一番好きなのは、ラスト近くで「和子」とカブトに呼びかけるところ。ハッとするほど暖かい。それまでは、父親という顔はあまりしていないのに、ここでそれまでの気持ちが出てしまった、という感じか。カブトとの別れを惜しんでいる様子がわかって、じわり。こういう場面には弱い。



 ウラシマの違いは、そのままナナコの違いでもある。このカップルのカラーが、キャスティングによってこれだけ異なるものになっていることが、すごく面白かった。同じセリフでも、聞こえてくるものがまるで違う。この辺が今回の醍醐味かも。

 前田さん(D)のナナコ。しっかり者で気が強くて、でも実はすごく甘えん坊。ウラシマのそばにいつも居たかったんだろうな、と思わせる。素直に気持ちを出せない分辛い気持ちも混じって、見ている方が切なくなる。可哀想になってくる。ウラシマはホントにひどいやつだと思わせる「前田」ナナコ。「アローン・〜」で立証済みの、細見さんと前田さんのカップルの出す緊張感は切なくて泣けてくる。

 それに対して小川さん(B)のナナコは、見た目はちゃっかりしてそうだが、実はウラシマのためになることを一番に考えてしまうようなけなげな女の子。ムロマチの気持ちも察している。哀しいけれど、自分の気持ちは抑えて、微笑んでいる。いじらしいね。そんなウラシマとナナコだから、この2人の作り出す雰囲気は、どこか柔らかい。ぶつかり合っているようでも、お互いを思いやっているのがわかる。ウラシマはおばかだけれど、そこがいい所だからしょうがないね、とナナコに言いたくなる。ナナコにとっては寂しい状況なのだけれど、どこか泣き笑いに救われそうな暖かさ。



 ウラシマに対するムロマチも、また全く違う2人の女。
 Dの岡田さつきさんは、厳しさを感じる。ウラシマへの想いをよくわかっていながら、敢えて自分を隠す。ムロマチのモノローグの場面が好きなのだが、この人が言うと、客席に向かって言っているのは確かなのだが、同時にどんどん自分の内へ内へと入っていくような気がする(この人の語り、本当に聞き入ってしまう。ため息。すごく奥行きを感じる人)。線が細いのはこちら。孤独なムロマチ。

 Bの坂口さんも、確かに厳しい女なのだが、どこか開けっぴろげで大らかな姉御肌。多分姉さん女房だろう。(岡田さつきさんのムロマチも年上だろうけれど、どこかに甘えたい雰囲気を感じさせる)。モノローグも、自分にというよりは誰かに聞かせるために語る、という感じ。ウラシマが帰ってきてくれて嬉しい気持ちが、ぽろっと見えるような気がする。人がいいんだな。



 アヅチ・モモヤマというアシスタント・コンビ。脇でどたばたやっている役なので、じっくり見せるという感じではないのが残念。でも、モモヤマは後半結構大事な役なんだが。
 
 Dは、アヅチ:石原さん、モモヤマ:畑中さん。正直言って、実はあまり印象に残っていない。ちゃんと観たはずなのだが。う〜む。再演のビデオでも何だかうるさいだけに見えた役なので、無意識に見ないようにしていたのか?でも、Bの方は、2人くっきり見えたのだが。色づけが不鮮明?石原さんはこれが2度目の舞台なので、仕方がないとしても、畑中さんは、いつもと同じ「アシスタント」というイメージが付いて回る。何かもうひとつ、この人だけのものが欲しい。

 Bはアヅチ:筒井さん、モモヤマ:佐藤さん。こちらの2人は、それぞれのキャラクターが見えて、面白かった。筒井さんは、ちょっと笑いに走りすぎてるような気がするが。確かにギャグのセンスはいいけどね。シンプルな演技で見せてくれるようになると、本当に光ってくる人だと思う。佐藤さんは、この役の気持ちをとてもよく掴んでいるような感じを受けた。力みなく、元気いっぱいにやっている。それがモモヤマのキャラクターとよく合って、観ていて楽しい。後半、ウラシマやムロマチに言うセリフも、耳にはっきり残って力がある。この前の「アローン・〜」以来、何かをつかんだのではないか。



 中学生トリオ、カニタニ・サルサワ・ウスイケ。
 再演時のままの「うるさい」キャラクターだったら、ちょっとキツイなと思っていたが、流石に最近のキャラメルではあそこまでは出来ないというか、そっちには行かなかった、というところか。

 うるさくても、どこか可愛い3人組。とにかく元気よくカブトたちと絡んでいく役回り。カニタニは気が強くてちょっといじめっ子タイプという設定なのだろうけれど、Dの青山さんにしても、Bの温井さんにしても、あまりそうは見えない。風紀委員なのでクラス全員のことが気になるけれど、気持ちばかり先行して実は自分が一番損をしてたりする。自分では気づいていないけれど結構お人好し、かな。青山さんはもっと型破りなキャラになるかと思っていたが、意外とまとも(?)。アオタ先生を振り回すほどの青ちひパワーでひっかき回してくれると(芝居とは関係ないところだけれど)面白かったかもしれない。温井さんは愛すべきカニタニだった。ちょっと大人びて見えるけれど。

 そんなカニタニだから、ほかの2人もどこかひとつ抜けてて、愛嬌たっぷりだ。バランスはDとBで違うけれど、3人揃って一人前なところがポイント。元気よく舞台上を走り回って、中学生の女の子ってこういう感じだったかなぁ、と思い出し笑いをする。悩めるカブトたちとは対照的な役回り。

 特に好きなのは、前田さんのウスイケ。真面目で要領悪くて、学級委員に担ぎ出されてしまう、可愛いウスイケ。おさげがあんなに似合うとは。



 典型的体育教師アオタ先生。でも、同じようでいて、こんなに違う。
 Bの篠田さんは、どこか大人。信念を生徒に教え込むにしても、ちょっと落ち着いている。知的。生徒と戯れているようだが、実は一人一人をよく見ているんじゃないか。ミドリ先生に対しても、一方的に迫っているようでいて相手の気持ちも慮る細やかな面もある(ように見える)。

 それに対して、脳みそまで筋肉なのはDの三浦さん。アオタ先生の可笑しさがよく出ていると思う。単細胞。自分のおバカさ加減を自覚していないので、はた迷惑なこともあるが憎めないタイプ。生徒には手玉に取られやすい。思い込んだら猪突猛進。ミドリ先生の気持ちは絶対わからないだろう。

 アオタ先生のキャラクターとしては、三浦さんの方がイメージに合っているかも。篠田さんは彼自身の魅力が出ていて何だかかっこいい。いつもの笑われキャラとはちょっと違う。



 ミドリ先生とアゲハの母は、大森さん(D)と中村恵子さん(B)のダブル・キャスト。
 大森さんが演じると、どちらもマイペースな、子供の方が気を使うタイプに見えてくる。優しくて、面白くて、ちょっとピントがずれていそうな。ミドリ先生は、一見しっかりしていそうだがかなりドジも踏んでいそうな先生。

 恵子さんは、何だかほんわり。ま〜るい感じ。細かいところまでは、子供と合わないかもしれないけれど、それでもいいか、と思える。愛情たっぷりだもんね。


 元気いっぱいのおかあちゃんヤンマの母は、坂口さん(D)と岡田さつきさん(B)。
 口やかましいのはどちらも同じだけれど、厳しいのは岡田さんの方か。この人のどこか潔さがそのまま出ているかも。坂口さんは、怖いけれどどこかおちゃらけて助けてくれそうな。

 この2人で、ムロマチとこの役を分け合っていることになるが、改めて、色々な顔ができる人たちだなぁと思う。それぞれ個性は違うけれど、その役への深さは2人とも相当のもの。ちょっと若手の女優さんたちとは一線を画している。大森さんにも言えることだけれど。キャラメルのベテラン女優さんたちは、ホントに女が惚れるオンナだね。



 出番は少ないけれどすごく印象的な役、郵便屋。これも好対照で面白い。特にクサナギとの関係において。

 Dの大内さんは、仕事一筋の真面目な郵便屋さん。カタブツで融通がきかなそうな感じ。でも、人はいい。学校を出て郵便局に勤めて、ずっとそこに居るんだろうな。宇宙一の郵便屋を目指すというのも、半ば本気。クサナギのことがよくわからないまでも、いい人だと思っている、か?

 Bの細見さんは、仕事はできるけれどいい加減なところもあり、おそらくこの仕事の前にいくつか転職してそう。この人が宇宙一と言うと、どこかうそっぽい。クサナギを見る目は結構鋭い。というか、クサナギが好きで気になってはいるのだが、ストレートには出さない。素直ではないね。

 もしかしたら、この作品の中では一番好きな役かもしれない。



 謎の人物駅長。この人の意味がよくわからない。再演の時は今井さんが郵便屋と2役だったので、何となくずっと舞台上を見ている存在、という感じがしたのだが、今回はそれも無いし。出番を増やす必要あったのだろうか、と思ってしまう。確かに面白いキャラクターではあるし、笑わせてはくれるけれど。積極的にウラシマとナナコをリードする、という感じでもない。何だかとっても「?」な役でした。



 最後に

 こうして見ると、キャストでこんなにも違うのか、と驚かされる。当たり前のことなのだろうけれど。一人一人の個性は勿論なのだが、相手役、絡む相手との関係で、芝居が出来ていくということが実感できた。同じセリフを同じ場面で言っているのに、こんなに意味合いが違ってくるとは。しかも同じ劇団、同じ演出家で。セリフを発して、それを受けた相手の反応で次のセリフが変わる。芝居が「動いていく」ような感覚がした。観る立場としてもとても勉強になった公演でした。

 音楽。カバーということだが、清水さんの音はホントに何でこんなに響いてくるのだろう。オープニングからもうドキドキ。曲はビデオでも何度も聴いてよく知っているのに、新しいものを聴いているような気がしてくる。繊細で澄んだ音たち。そのキラキラ感が、芝居の内容と相まって、ますます印象的なものとなっているような。

 「人が人を想う気持ち」をそのまま形にするとこうなるよ、というような作品。




<観劇データ>
サンシャイン劇場
1) 日時: 2003年9月3日(水)14時 ビートル
席 : 1階9列21番
2) 日時: 2003年9月10日(水)14時 ドルフィン
席 : 1階5列12番
3) 日時: 2003年9月13日(土)14時 ビートル
席 : 1階9列4番




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