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 アローン・アゲイン2003

<公演データ>
【東京】 2003年4月3日(木)〜4月20日(日)  サンシャイン劇場
【大阪】 2003年4月26日(土)〜5月4日(日)  シアター・ドラマシティ


作・演出 成井豊+真柴あずき
キャスト  光男  細見大輔
あおい  前田綾    
将太  平野くんじ(TEAM発砲B・ZIN)
みのり  大木初枝
紅子  温井摩耶
鞍馬  岡田達也
葉子  坂口理恵
鳥羽専務  佐藤仁志
嵐山  篠田剛
咲子  青山千洋
のぶ枝  中村恵子
文太  石原善暢
エリカ  小川江利子
*開演まで*

  細見さんが光男役、とわかった瞬間、観たい!と思った。初演はビデオでしか観ていないが、ちょっとしっくり行かなかったところも。今回どうなっているのか、楽しみ。

 「太陽まであと一歩」に押されて、チケットの売れ行きは今ひとつみたいだが、私にとっては、実はこっちの方が期待大だったりする。  

*舞台を観て*

 最初のシーン。椅子に座っている光男。本を読む。いい声だ。一言一言、伝えようという気持ちがこもっている。最初から、もう細見さんの世界に入っていくことができる。やっぱりイメージ通りだった。

 オープニングのダンス・シーン。このイントロが流れた瞬間ぐっと来る。音楽だけで、何故泣けるんだろう。きっかけの光男のセリフからそのままダンスへと、気持ちが繋がっている。他の登場人物たちが、ひまわりの花を1本ずつ持って登場してくる。みんなの笑顔。花を受け取って振り返る光男のまっすぐな力強い視線。緩やかな動きで空気を抱くような優しい振り付け。互いを思いやる気持ち、大切に想うものへの気持ちそのもののようだ。ここでも、みんな笑っている。ダンスの時の表情がとてもいいのも、ここの特徴。このダンスは絶品だ。川崎先生、ほんと尊敬します。

 忘れてならない、音楽は全曲Spiral Life。初演と同じ。この音楽の素晴らしさ抜きにしては、この芝居は語れない。クライマックスにかかるRASBERY BELLEも泣ける。

 この最初の高揚感、緊張感が持続する。最後までずきりと痛く、切なく、そして優しい。出演者が全体的に若手中心ということもあるだろうが、気迫が感じられる舞台だ。これは特に細見さんに負うところが大きいような気がするが、それだけではなく、役者さんたちが本当に自分のこととして全力で演じているからだろうと思う。上手い下手は勿論あるだろうが、それ以前の「気持ち」だけでも観ている方がノックアウトされた。更に、気持ちだけで力んでしまう、ということもなく、勢いがありかつ丁寧に演じられる人が増えてきたのではないだろうか。主役や主な人物という分け方は一応できるけれど、これは群像劇だと思った。

 主人公の光男は作家志望。才能は有りそうだが、チャンスにめぐまれない。姉の葉子は、女優であるあおいのマネージャー。光男は葉子から、あおいのゴーストライターを頼まれる。1作目の小説が賞を貰い、続けてエッセイも書くことに。不本意な仕事をいやいや引き受ける光男。自分の作品ではないのに評価されることに反発するあおい。”自分の本当にしたいことはこれじゃない。”立場は違うが、自分の求めるものを追おうとする気持ちは同じ2人。同じ目。

 自分の求めるものを追い続けるのは容易ではない。むしろ障害の方が多いくらいだ。家族や周囲との関係、自分自身の状況、そして何よりも自分の力への不安。この不安に負けないで進むには、相当の勇気と覚悟が要る。光男とあおいは、今その不安の真っ只中にいる。一歩前に踏み出せば、もっと先に行けるだろうはずなのに、ためらっている。かつての私自身のそんな気持ちを思い出す。誰しも、かつてそんな気持ちで悶々としていた頃が有ったのではないだろうか。いや、今まさにそうだという人も居るだろう。そういう人たちにこの作品は、「大丈夫、行けるよ」と、エールを贈ってくれている。そんな、暖かいそして一生懸命な視線を感じるのだが。

 光男はゴーストライターとして仕事を果たすために、あおいの生活を取材し、あおいを観察する。そうしてあおいの姿を追ううちに、光男は特別な感情を彼女に抱くようになる。いつも後ろからあおいを見つめ、彼女が見ているものを見、彼女が感じていることを感じているうちに。多分、この2人はとても似ているのだ。

 光男は気が付いていないかもしれないが、エッセイを引き受ける場面で光男が、これからはいつもあおいのそばに居よう、と決めるところ。光男があおいに好意を寄せているのが、こっちにもバレてしまう。なんだかんだ理屈をつけて、じつはそばに居たいんじゃないか。意地をはるなよ、光男。

 いや、彼女への好意は勿論だけど、光男は多分あおいがどこへ行くのか、見届けたいのだ。あおいは、少しずつ自分の足で進み始めている。それを見守りたい、と思っているのではないか。自分とよく似たこの人の行く先を。
 
 そして更に、光男はあおいを取り巻く人々と出逢うことによって、自分を見つめ直すことになる。目指すものは何か。自分にとって忘れてはいけないものは何か。そして、大切な人への想い。

 彼らと出逢わなければ、光男はもしかしたら、作家への道を諦めて不本意なライターとして書き続けていたかもしれない。心の奥に挫折感を抱きながら。彼らの互いの関係、心の触れ合い或いはすれ違い。彼らは、それぞれの胸に人には言えないものを抱えて、それでも何とか前に進もうとしている。明るく冗談を言っていても、いつもその陰にもうひとつの顔がある。それに負けまいとする静かな闘い。日々自分の傷を癒しながら生きている。そんな彼らの姿に、光男は前に進むことの痛みと大切さを知ったのではないか。
 
 あおいを取り巻く人々。養成所時代の仲間である、将太、紅子、鞍馬。妹のみのり。将太が経営する幼稚園の先生、のぶ枝。将太の弟、文太。この人たちが、それぞれくっきりと描かれていると思う。自分の身近などこかに居そうな人たち。おそらく普段は気にも留めないような存在だけど、その内面が見えてくるにつれ、色々な顔を見せてくれる。この人たちが活き活きと舞台上を生きているから、光男やあおいの立っている姿が際立って見えてくる、と思う。このような、互いの存在が互いを照らしあう光のような作品がきちんとできるキャラメルボックスという劇団の力を再認識。

 将太とあおいは恋人同士だが、はっきり言葉で確認したことはなさそうだ。言葉にしなくても分かり合えていた関係。だが、互いの仕事が忙しくなるにつれて次第に会う機会も減り、少し溝が出来始めている。

 将太は、あおいを想いながらも、自分のために苦しめたくないと思う。幼稚園の経営が思わしくなくなっても、彼女には相談しない。あおいのためになるのなら、自分のことは忘れてもらっても構わない。本当は芝居を続けたかったのに父の急逝のために幼稚園を継いだその時から、多分彼は自分に自信をなくしているのかもしれない。かつてはシラノを(おそらく)堂々と演じたであろうのに。あおいは、もしかしたらそんな将太をちょっと歯がゆく感じているのだろうか。そういう気持ちが、余計に2人を遠ざけていたのかもしれない。

 そんな将太とあおいの関係を知りながら、将太に想いを寄せるみのり。将太の幼稚園で働きながら、あおいと将太のそばに居る。あおいのことを想い続ける将太を見ているのは、とても辛いことに違いないのに、でも離れられないみのりのいじらしさ。大木初枝さん、存在感あり。

 あおいの友達の鞍馬と紅子夫婦。アツアツカップルのいちゃいちゃぶりが見せ所の2人。ここは思いっきりやって欲しいところ。案の定、日に日にネタがエスカレートしている様子。もっと行け。あおいを見守る優しい視線が暖かい。

 その鞍馬の秘密。人の頭の後ろに見える花。一人にひとつずつの花。その人の生きる力を表しているという。花がしおれるのは、その人の命が尽きる前触れなのだ。今、鞍馬には、ある人の花が枯れそうなのが見える。けれど、見えたところで何も出来ない。何も助けられない。ただ見守ることしかできない。だから誰にも言わずに、一人で耐えている。このあたりの鞍馬の痛みが切ない。それまでの明るさと裏腹に、こんなことを抱え込んでいるという苦しさ。

 (実を言うと、この花が見えるという設定、初演のビデオを観た時にあまりに唐突な感じがしたものだ。せっかくここまでリアルに詰めてきたのに、ここで突然飛躍してしまうような。が、こういう「非現実」的な設定がキャラメルの特徴でもあるのだと納得させる。本当は、クールに見ればやはり違和感があるのかもしれないが、こういうことも有っていいじゃないか、という気になるあたり、キャラメル・ファンであるということで許されたい)。

 将太の幼稚園は、実は経営不振で倒産はもう目の前という状態。そこへ起きる火事騒ぎ。みのりの不始末によるものだった。動転するみのり。幼稚園の閉園を告げる将太を止めようとするあおいに、みのりの、今まで閉じ込めていた感情が爆発する。この辺りの緊迫感が迫力。一気に持っていくのは、みのりの力が大きい。火事を起こしたのは自分だったというショックから、救われないという思いが高まって、あおいにぶつけるところまで、みのりの気持ちの高ぶりとともに、あおいと将太が引っ張られていく。私は観ながら息を飲む。

 みのりはカッターを持ち出し、今にもその刃で自分の首を切ろうとする。切羽詰ったみのりを救えるのは、あおいしかいない。みのりの想いは行き場の無いものなんかじゃない。人を想う気持ちは、そんなに左右されるものじゃない。あおいは、将太への気持ちが変わっていないことを証明するために、養成所の卒業公演で演じた「シラノ・ド・ベルジュラック」の1シーンを再現する。たとえ顔が見えなくても、会えなくても、気持ちはいつまでも変わらない。その心だけを信じることができる。自分の気持ちを信じることができる。

 「シラノ〜」は、あおいと将太の思い出の舞台でもあり、2人の変わらない気持ちの象徴でもあるのだが、同時に、友達の代わりに手紙を書き続けたシラノが、あおいの代わりに将太への想いを綴った光男の姿とも重なる。セリフを忘れた将太に、あおいが呼びかける、それに将太が応えていくうちに、2人の気持ちがひとつになっていく。そうだね、こんな風にしてこの2人は支えあってきたし、これからもきっとそうしていくのだろう。みのりは、2人の繋がりの深さを目の当たりにし、カッターを捨てる。

 そこへやって来た鞍馬が、しおれかかっていたみのりの花が再び天に向かって咲き始めたことを告げる。花は生き返ることができる。かつて紅子の花を鞍馬が甦らせたように。周りの人の想いに支えられて、生きる力を取り戻すことができる。誰でも独りじゃない。

 さて、ここで。

 疑問1:鞍馬がここで登場するのはちょっと唐突か。鞍馬は、その前で、一度枯れかけた花は元には戻らないと言っているし、幼稚園に行こうとする紅子を止めている。シニカルになっている鞍馬が、やっぱり幼稚園に行くことに決めた理由は何か。「心配」だから?「来てくれたんですね」という光男のセリフで、そんな風な感じは伝わってくるけれど。それに、彼に花が甦ったことを言わせなくても、もうみのりが救われたことはわかるのだから。でも、ここで出てこないと、この前までのことが中途半端になるか。

 疑問2:鞍馬は相当前から、みのりの花がしおれかかっていることは見えていたらしいが、みのりが、そんなに前から悲観的になって死ぬことを考えていたようには見えないのだけど。花はその人の生きようとする力を表しているんじゃないか。気力というか。が、本当にみのりが死ぬ決心をするのは、火事騒ぎの後のような気がする。

 という「?」はおいといて。

 あおいや将太の姿を通して人を想う気持ち、懸命に生きる気持ちを描き、最後に光男に話は還ってくる。

 あおいを追い、あおいの気持ちを追うことで、光男は文をつづる者として大切なものを得ることができる。「痛み」。対象にとことんのめり込む、それを愛し、大切にすることで、初めてほかの人に訴える作品が書けるようになる。

 ラストシーンの光男、本当にオーラを放ってすごい。「痛み」を感じそれを言葉に綴ることを始めた光男の行く手は、決して楽なものではないだろうけれど、そここそ自分が目指すところだとわかった以上、もう立ち止まらない。あおいへの気持ちはまだ持ち続けているし、これから先への不安も勿論あるけれど、もう負けはしない。懸命に一歩を踏み出そうとしている人たちと出逢ったことで、光男もまた前へ進む力を得たのだ。

 一面のひまわり。光男を包んで咲く。太陽に向かって、自分の目指すところを真っ直ぐに見つめて咲く花。ただ一途に太陽に向かって。どこまでも続くひまわり畑は、そのまま、どこまでも進む光男のこれからを照らしている。前へ前へ。もっと遠くへ、Father along!



 
 光男がいい!。細見さんがいい! 
 細見さんは今年に入ってから他の舞台の出演が続いて、そのうち2本を観たが(現在2003.09)、どんどん世界が広がっていっているのを感じる。今最も上昇速度の速い人かもしれない。

 作家志望。だが、なかなかチャンスに恵まれない。自分の才能への自信も揺らいできている。生活のために引き受ける仕事は不本意なものばかり。そんな鬱屈した気持ちを抱えている文学青年、という役どころがぴったり。細見さんの持つ陰の部分と光男がだぶる。こういう何か心に抱えている雰囲気を、細見さん自身からも感じることがあるから。

 自分の気持ちを抑えながらあおいを見守り続ける視線が、切なく暖かい。人を想うことを、こんなに深く、しかも自然に表せる人だということに改めて驚いた。細かい動きのひとつひとつが、よく練り上げられたものだろうけれどさりげなく、言葉が無くても沢山のことを語っている。「演技」を感じさせない演技。

 気持ちの緊張がこの人の持ち味になっているのかも。今までは気負いに見えていたものが、役柄そのものの感情の起伏に見える。奥底に針のようにピリピリしたものがあるのは変わらないけれど、それを包んで役の人物を演じることができるようになったような。


 
 前田綾さんのあおいは、強がっているようで本当は寂しがりやで優しい女性に見える。女優業という、競争やハッタリも必要な世界で生きていくのは大変だろうなと思わせる、そういう一途さが光る役を演じるのがうまくなったなぁと思う。去年暮れの「裏切り御免!」で見せたけなげさが、更に磨かれた感じ。強いようでいて、本当は将太に頼りたい、そんな顔をちらりと覗かせるところなんか、お!と思いました。

 妹を思い、友達を思い、恋人を思い、そして、自分の道を行く強さ。声高に唱えたりはしないけれど、心の中でずっと思っている強さ。そんないじらしくて素敵なあおい像ができたと思う。

 声を張り上げるところでも、前に感じた甲高い調子は無かった。ふっと緊張を抜くような動きも「きれいに」なったなと思う。やっぱりヒロインは美しくなきゃね。感情を抑えているところで、声も一緒に重い感じになるのは、もうちょっとさりげなくてもいいような気もしたけれど、以前に感じたわざとらしさは、流石に無くなっていたね。 



 みのり役の大木初枝さん。「賢治島探検記」の一郎が結構良かったという以外、実はノーマークだった。迂闊。「アンフォゲッタブル」でも(←観ていません。ごめんなさい。後でビデオで観ました)、ちゃんといいところを押さえてるじゃないか。

 このみのりが、最初から目に入る。セリフが結構有ることもあるが、細かいところまで丁寧になぞっているのがわかる。なるほど、みのりだったら、きっとこういう風にしただろうね、と思わせる。

 将太への気持ちも早い段階でわかってしまうけれど、本人はあくまで隠しているつもり。でも、随所に出てしまう。観ている側からは、みのりが危なっかしくって気になる。何か仕出かすのでは、と思わせる。(実際みのりが事件を起こしてしまうのだが)そんな不安定な気持ちがよくわかる。

 声にパワーがある人だ。大きいということ(だけ)ではない。声の持つ力、声の表現力がすごい。はっきりした発音も気持ちいい。クライマックスで、火事を起こした自分への責めの気持ちと将太への想いとあおいへの苛立ちとが一気に高まっていくところ、惹きこまれてしまう。次の舞台が楽しみだ。



 将太は、客演の平野くんじさん。
 この人、やっぱりうまいなぁ。優しくて、ちょっと優柔不断。でも、あおいへの気持ちは変わらない。平野さんがやると、どんな役でも、まるでずっと前からその役柄を演じていたかのような安心感がある。役を理解する力がすごいんだろうな。想像力と創造力。

 将太が舞台に登場すると、何となく「ほあん」とした雰囲気になるような気がする。場面にもよるけれど、場が落ち着くというか、将太がいて安定するという感じか。ちょっとキャラメルには居ないタイプ。また是非出て欲しい人だ。



 今回のオトシドコロ、鞍馬と紅子夫妻。
 ワタシ的には紅子役の温井さんが大ヒット。元気よく開けっぴろげで、思ったとおりに行動するタイプ。自分では親切にしているつもりでつい度が過ぎて、端で迷惑気な顔をしている人がいるかもしれないが、気が付かない。でも憎めない、実はかわいいキャラ。「紅ちゃん」いいねぇ。
 温井さん、「賢治島〜」「裏切り御免!」と、色々な役をこなしてきた結果が出てきているような。ちょっと一時期体調を崩して、出演されていない時が続いていたけれど、これからはきっと温井パワーを見せてくれるに違いない。

 そんな危なっかしい紅ちゃんを大切にフォローしているつもりなのが鞍馬。優しくてちょっと気が小さくて、でも案外気の利かないお間抜けタイプ。この紅ちゃんにしてこの鞍馬あり。岡田達也さん、何気ないけど見せてくれる。

 明るくて優しい面と併せ持つ繊細さ。裏返しのシニカルな面。そんな複雑な鞍馬という青年、岡田さんにして珍しいキャラクターだと思う。「太陽〜」に続いての挑戦か。こういう舞台の後ろから支えているような役どころ、観ている方としては結構印象に残る。もっともっと複雑な人物を演じているところを観たくなった。




 光男の姉葉子は、坂口理恵さん。
 もう、この人の安定感に敵う人は、あんまり居ないんじゃないかな。仕事が出来て、元気よくて、強そうだけど可愛いところも見える女性。この人の役の幅に、またしても脱帽。光男を見守り、あおいを支える葉子が、そのまま今回の若手中心のこの芝居をも支えているのかも。嵐山が惚れるのも無理はありません。



 将太の幼稚園の先生のぶ枝は、初演と同じ中村恵子さん。
 幼稚園の先生役なんて、恵子さん以外にはできませんね。あったかくて、大きくて優しくて、元気いっぱいだ。しかもちゃんと一人一人を見ている。こんな先生が居たら、親も安心して子どもを預けられる。初演の時よりも若く見えるのは何故だろう。

 将太の弟文太役の石原善暢さん。
 昨年暮れ「裏切り御免!」を降板させられたという悔しさを越えて、全力投球の初舞台。いいじゃないですか。真面目で真っ直ぐな青年。出番は少ないが、文太という存在をしっかり記憶に残している。幼稚園を兄とは違う方向から大事に思っている。自分が幼稚園を経営する力が無いことを歯がゆく思いながらも、黙ってはいられない。文太くん、多分のぶ枝先生が好きだったんだな。

 これからどんどん出番が増えていくだろう。ひとつひとつ階段を登っていくであろう彼を見られるのは、とても嬉しいことだ。


 あおいと光男に絡むもうひとつのグループ。

 鳥羽専務役は佐藤仁志さん。
 このところ、あまりいい印象が無かったのだけれど、今回ははまり役というのか、楽しそうなのがこちらにも伝染してきて、面白かった。きっと、この人はある程度「放し飼い」状態(失礼!)にした方が生き生きしてくるのかも。やっぱり演じている人が楽しんでいないと、観ている方もつまらなくなるのだろうな、と改めて思った(と言っても、今までの役を佐藤さんが楽しんでいなかったということは無かったと思いますが)。


 編集者の嵐山。こちらも初演と同じ篠田剛さん。
 この役もダッチ以外には考えられない、と言ってもいいのでは。笑いを取りながら、しっかり心をつかむセリフを吐く。絶妙な呼吸。いつの間にかすごい力をつけている人だ。

 実は2回目に観たときの4回目のカーテンコールの挨拶は篠田さんだった。彼が一歩前に出た途端、場内に起こる「おお〜!」という喜びの声(?)に続いて、割れんばかりの拍手。周りの役者さんたちの驚く顔。ダッチ、人気もすごい。

 
 同じく編集者伏見咲子は青山千洋さん。
 何だかちょっと変わってるけど、出版の世界にはもしかしたら居るかも、と思わせる。直感にすぐれた、多分やり手の編集者だ。青山さんは、勘のいい人のような気がする。この人も「放し飼い」が合うタイプかもしれない。独特の世界を自分の周りに作っていそうだ。



 DJエリカ役は小川江利子さん。
 ロックバンドのヴォーカルということで、個性的な衣装で登場。もう全身に「はじける」パワーがぱんぱんという感じで、今にもどこかに飛んで行っちゃいそうな元気のいい女の子、小川さんにぴったりだ。

 ロック・ミュージシャンという人たちは理屈よりも直感で真実を見分けたりするが、エリカも同様で、一目であおいの気持ちを読み取ってしまう。エリカがアドバイスをするシーンは、本当に友達に言っているように自然で心がこもっている。たったあれだけの出番なのに、重要なキーワードはこの人から出るのだ。何も悩まないように見えるけれど、この人の今までにも、きっと様々なことが有ったに違いないと思わせる。この人が語る時の声、いいですねぇ。



 最後に

 今回は初演が9年前であるし、キャストも殆ど違うので、なるべく初演とは比べないように書いたつもりだけど、最後にちょっとだけ。(但し、初演はビデオでしか観ていないので、その範囲で、とご理解ください)。

 まず、ストーリー。
 初演では、あおいと将太が「シラノ〜」を演じるのは、あおいのセリフに拠ると”みのりを笑わせて、自殺を思いとどまらせるため”ということになっていた。が、これはちょっと唐突。そんなこと思いつくだろうか?現実味が無いなぁ、と感じていた。

 そこが、今回はあおいと将太の気持ちを証明するため、ということに変わっている。うん、この方がずっと説得力がある。「シラノ〜」を演じる理由もわかるというもの。そして、あおいと将太の気持ちが段々高揚していくのも、それを観てみのりが思いとどまるというのも、わかる。

 おそらく「シラノ〜」を出すためのシーンだろうと思うが、初演のビデオを何回観ても、しっくりこなかったので、今回ちょっとほっとした。



 次に。

 キャストが違うとこんなにも違うものになるのか、というのが実感。勿論、ホンも直されているし、演出も違うだろうし、同じものになるはずも無いのだけれど。
 
 若手中心ということで、どんなものになるのか、という不安もあったけれど、私が観た限りでは、今回の方がよりこの芝居の空気というか本質を伝えているのでは、という印象を受けた。

 自分の夢を追い続けることの痛み、胸の奥に常にある不安、焦燥。そんな諸々を、とても繊細に演じられているように思える。初演の時は、どちらかというと役者さんの「強さ」が目に付いたのだが、今回は逆に「弱さ」や「繊細さ」が表に出ていた。光男然り、あおい然り、将太然り、鞍馬と紅子、みのりも。それは各々の役者さんたちの個性にも拠るので、演技の上手い下手とは関係ないけれど、人がお互いを思いながら、心を寄せ合うという要素がこの芝居にあるとしたら(私は有ると思うのだが)、今回の方がそのことが、より深く強く感じられた。そういう、心のうちを伝える微妙な演技が出来ている。

 これは、そういう風に演じる役者さんがキャラメルに増えてきた、ということでもあるかもしれないし、キャラメルの芝居が変わってきた、ということでもあるかもしれない。どちらがいいとか悪いとか、ではない。

 だから、これはきっと私の好みの問題かもしれないのだが。

 初演の素晴らしさは、ラスト・シーンの迫力と合わせてキャラメルの伝説になっているほどの作品だし、出演されている役者さんたちも、その力量はすごい。多分今よりすごいかもしれない。それは重々承知の上で、あえてこう感じたのである。



 舞台の上から放たれたあのひりひりした感情の矢は、本当に私に突き刺さってくるようだった。



<観劇データ>
サンシャイン劇場
1) 日時: 2003年4月16日(水)14時
席 : 1階19列23番
2) 日時: 2003年4月19日(土)14時
席 : 1階11列4番




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