太陽まであと一歩
<公演データ> 【東京】 2003年2月26日(水)〜3月30日(日) サンシャイン劇場 【札幌】 2003年5月15日(木)〜5月17日(土) 札幌市民会館 【新潟】 2003年5月23日(金)〜5月25日(日) りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館・劇場 【名古屋】 2003年5月29日(木)〜5月31日(土) 愛知厚生年金会館 【神戸】 2003年6月4日(水)〜6月16日(月) 新神戸オリエンタル劇場 【福岡】 2003年6月21日(土)〜6月22日(日) メルパルクホール福岡
作・演出 : 成井豊 キャスト : 智 上川隆也 明 西川浩幸 春菜 小川江利子 友子 大森美紀子 日出子 坂口理恵 千代 岡田さつき アキラ 實川貴美子 サトル A:大浦理美恵 B:藤岡宏美 新発田 岡田達也 一平 大内厚雄 三条 三浦剛 なつき A:岡内美喜子 B:中村亮子 佐渡島 A:畑中智行 B:筒井俊作
ひとことレビュー:それぞれの想いの交錯。
*開演まで* キャラメル初のジャパン・ツアー。東京から始まって、札幌から福岡まで周る。その間に「アローン・アゲイン」の東京・大阪公演。相変わらず走り続けるそのパワーに感嘆。こちらも負けてはいられませんな。
上川さんが出るというだけでチケット争奪戦になると思ったが、意外にも希望通りに取れた。が、都合が悪くなり泣く泣く1回分キャンセル。その頃には既に前売は完売になっていたが、キャンセル待ち(座布団席)ということで直前予約が出来たので行ってみると、何とキャンセルが出て15列目のとてもいい席に!HPに告知が出てすぐに電話したのが功を奏したらしい。ちょうどビデオ撮りの日で、前の席は通路まで全部空いている。まるでVIP席。こういうことも有るんだね。2回目の日です。
*舞台を観て* お断り:いつもなら、ビデオは確認として観るにとどめ、感想は自分の目で観たものを基に書くというのが筋というか当たり前なのだが、この芝居に関しては、福岡での大千秋楽の生中継の映像を観て書くことをお許し願いたい。だって、東京の時と随分違うんだもの。東京でははっきりしなかったところが、福岡に行き着くまでに形を成し、より深いものに変わっていた。東京だけしか観られなかった人にとっては「そんなぁ〜」であるかもしれない。確かに、東京公演が2〜3月、福岡千秋楽が6月であるから、変わらない方が逆にヤバイのだろうけれど、一つの芝居がこれだけ進化するというのはかなりショックなことである。が、仕方が無い。東京で観たものを踏まえて、TV画面から飛び出してくるその迫力に圧倒されながら、思い出してみようと思う。
現実世界から映画の中に入ってしまう、しかもその映画の中では実際に人々が生きて生活しているというもの。その中に飛び込んで、走り回り、騒ぎを起こし、迷ったり喧嘩したり何かをみつけたり、そして現実に帰ってくるという、キャラメルらしい設定。いつも通り暗転の無い場面転換も、椅子やセットのうまい使い方で無理なく「飛」べる。
ただ、新作ということで、少々の予備知識(主役2人の人物設定程度)が有るだけの状態からは、ストーリーの展開はちょっと見えなくて混乱するところも。人物関係がひっくり返り、それによって流れもひっくり返り、という辺りで一旦止めて頭の中を整理したくなった。この点は一緒に観た友達も同じように感じたらしいから、私の頭の回転が悪いせいばかりではないだろう。成井さん、例によって盛り込みすぎなのでは、と。色々なことを言いたいのだろうけれど、2時間の中にぎゅっと詰められていて一度では消化しきれない。盛りだくさん。後から復習しないと、わからなくなりそう。
が、この感覚も2回目にはだいぶ慣れてしまうのがいいのか悪いのか。その後ビデオを観た時には既にストーリーは十分に頭に入っているので、余裕を持ってお芝居を楽しむことができた。こういう複雑さ、転倒がキャラメルの魅力でもあるので何とも言えないが、この辺り1回しか観ていない人はどう感じたのだろうか。それとも大部分の人は抵抗なくストーリーを追っていけてたのかしらん。
まあ、そんなことはともかく、ストーリーとそれをより活かす役者の個性と、音響、セット、照明、その他きっちりと熱く(笑)作られていて、濃い舞台。最初から汗をかき通しのままラストまで一気に走り抜ける、そんな印象。しかも、見せ場はじっくりと。笑いも随所に。ベテラン陣から目が離せない。若手の頑張りも光る。総力戦。
長いツアーの間に培われてきたものの大きさが感じられるような。皆の成長。見せる芝居がうまくなった。
やはり圧倒的な力で引っ張っていく上川さん。それに対し、最初の頃はなんだかはっきりしなかった西川さん。1回目に観た時の明は何かとても迷っているように見えた。どう動いたらいいのかわからない、というような。いつもの舞台なら、黙っていても彼から放たれていたオーラが、その時は何故かあまり感じられなかった。動きや表情、セリフの言い方等、いつもならピシっと決まるのに。ストーリーのわからなさと相まって(しつこいか?)、観ているこちらも、どこか「足りない」という感覚で帰ってきた。
が、大千秋楽の映像の明はまるで別人だった。はっきりした意志を持って動いていた(そう、東京で観た時の明は、どこか動かされているように見えたのだ)。自信を持ってひとつひとつのセリフを発し、智と絡み、日出子に視線を送っていた。なんだ、これが本当の明なんじゃないか。東京の時は何だったんだ!と文句のひとつも言いたくなるが、そこは芝居は生き物、進化したんだから喜ぼう、素直に。
実際、TV画面越しなのに、千秋楽の舞台はすごい。なんだか迫力が違う。西川さんだけじゃない、全員がなんだか一回り大きくなったような気がした。中でも精彩を放つのはやはり上川さんだ。彼こそが、走り続けるキャラメルを体現しているかのように錯覚。上川さんによって、ほかの人たちの力がどんどん引き出されてここに至った、そういう感触が確かに伝わってきた。彼一人に負っているわけではないが、力のある人の影響力、存在の大きさを改めて思い知らされた気がする。みんな、上川さんに負けるな!
中味に触れる前に随分書いてしまったけれど、こんなに長い期間ひとつ芝居を続けるということはキャラメルでは初めてだし、観る側にもとても得るものが多くて、劇団の成長ぶりをリアルタイムで見ている、という感覚が新鮮だったのだ。昨年6公演では若手が足を地につけ始めた、という感じだったが、このジャパン・ツアーを経て、ベテラン陣も中堅も若手も、みんなが一緒に前に進んだような気がする。何だか骨太になったというか。
舞台上でめいめいが、それぞれのことを演じている。メインの話に直接関わらない人も、何かしらやっている。それぞれが舞台上で自分を演じているのだが、それが自然で当たり前で、本当にそこで生きて生活しているかのようだ。今までも端の方で関係ないことをしている、というのはあったが、今回のようにごく自然に動いているという風なのは、初めてかもしれない。舞台で見せるということへの意識がほかのとは少し違うぞ、これは、という感。
映画の中に入ってしまう、という設定自体はSFめいたものを想像させるが、芝居は人々の思いが様々に交錯する、ストレートプレイの様相。この辺が、キャラメルの昔からのサポーターと最近のファンとの境目になるかもしれない。たしかに追いかけっこの連続で人の出入りは多いし元気よいけれど、見せ場となるところは、セリフと役者の細かい演技で盛り上げていく。
特に驚いたシーン。サイレントで、明がみんなと遊んでいるところ。それを観ている友子が、静かに泣く。映画の画面を観ながら声を出さずに泣く姿。大切な人が自分を置いていってしまった。ここでこんなに待っているのに、彼はそんなことは全く頭に浮かばないように、映画の中を走り回っている。私のことは忘れちゃったの?そう叫びたいだろうに、じっと我慢して彼を見ている。友子は決して明を責める言葉を言わない。「いつまでそこにいるつもりなの?」としか。どこまでも優しさを失わない友子。こんな辛い立場に友子を追いやった明は本当に身勝手なやつだと思えてくる。ここの大森さんは絶品だ。
この時、彼女には舞台上で何が行われているのかは見えない。友子は客席に向かって座っている。友子の後ろで、明たちが何やら楽しそうに動いている様子を感じながら、涙を流す。サイレントだからセリフも無い。その気配だけで、おそらく今何が行われているのかを感じ取っているのだろう。役者の舞台上での感覚ってすごいと思う。大森さんは更に、その感じたものをこうして表してしまう。この泣き方!大森さんのこの涙で、それまで明のことばかり気にしていたが、そんな明を待っている友子の存在に気付かされる。明が映画の中で動き回っている間も、こうして現実世界では友子が耐えて待っている。自分がしたいことをしている陰でこうして泣いている人が居る。気付けよ、明。
明の気持ちもわからないでもないけれど、全体的に観ると、やはり明はわがままな人物に見えてくる。映画の間違いを正したいという気持ちも、母親に釈明(もしくは謝罪?)しておきたいという気持ちも確かに強い動機にはなるだろうけれど、だからと言って、映画の中に入り込んだ時の明の行動は自分勝手すぎる。というか性急すぎる。ま、これは2時間という時間的制約があるので仕方が無いのかもしれないが。性急と言えば、智もそう。現実世界での、ちょっとニヒルな斜に構えた智に比べると、映画の中の智は熱過ぎる(笑)。まあ、兄が仕組んだいたずらだと思い込んでいたのだから無理もないか。兄のことになると途端に感情的になる智の心情もよくわかる。
ただ、明がわがままに見えたのは、福岡公演のビデオにおいて。東京で観た時は、映画を正しいものにしたいというマジメそうな根暗人間に見えた。むしろ、そんな兄を追い回す智の方が敵役に見えてきたりもしたのだ。これだけ観たのでは、この2人の位置関係が正しくわからなかったかもしれない。でも、こういうのってアリなんだろうか。芝居は一度きりではなかなか細部までは読み取れないけれど、こんなに違ってしまっていいんだろうか?明という役、本当のところ西川さんは東京の時点でどのように感じていたのだろうか、と聞いてみたくなってしまう。
家族。それが崩壊してしまう様を体験してしまったサトル(アキラもそうなのだが、サトルの方が真正面から受け止めてしまっている。少なくとも最初は)。父が好きとか母の方がとかそんなものじゃない、大人に寄って傷つけられたサトルの気持ちを、ずっと舞台上では見せていながら、周りの大人たちは気付かない(千代だけはサトルの繊細さを気にかけているが)。そんな子供の孤独を、ダブルキャストの2人のサトルがそれぞれに演じて見せてくれる。どちらのサトルも、「少年」というイメージにぴったりだ。どこか暗い影を持ち続けるサトル。「坂の上の雲」は父への思慕ではなく、家族をつなぎとめる鍵なのだと思う。これを手放すことは怖くてサトルにはできなかったのではないか。
ラストでの日出子と明、智の会話があたたかい。兄弟がお互いのことを日出子に話すときの表情は、映画の中で最初に2人が顔を合わせた時とはまるで違う。好き嫌い合う合わないはあるけれど、もっと深いところでの繋がりを感じさせる。これからも、きっとこの2人は着かず離れずの関係で、でも前よりはずっと相手のことを思っていけるのではないか、とそんな気がしてくる。そんな2人を見る日出子が、本当の母親の顔になっているのに驚く。2人を見る目は母親のそれだ。坂口さんのすごさ。
ひとつちょっと違和感があるのは、春菜の役割。映画のこちら側で智が明を追う姿を見守り続ける、という立場だが、クライマックスで何故彼女が日出子に呼びかけるのか。確かにそれまでずっと「見ていた」春菜には、サトルの気持ちが一番よく見えるのかもしれないが、それでは、そこまでサトルを心配し日出子たちのことを気遣ってきた、千代や一平、新発田の立場はどうなっちゃうんだろう。サトルの気持ちが一番身近なはずの智は?自分も映画の中に入りたいと思ってずっと観てきた友子は?何となく、横から一番おいしいところを春菜がさらっていった、という感じがしてしまうのだが。それまでの展開で、決して春菜の役割は大きくない。(春菜が、明の家にまで着いてくるのはちょっと行き過ぎなんじゃないかと思う。友子にしてみれば初対面の部外者がいきなり家庭内の問題に踏み込んでくる、ということになるのだから)。それがいきなり何もかもわかった風に出てくると「?」な感は否めない。私がもしも日出子だったら「何をこの小娘、知った風に」くらい思ったかもしれない。ここで春菜が受け持った役割は友子(もしくは佐渡島)の方がずっとふさわしいような気がするのだが。
ストーリーの中心は、映画の中の日出子を核として2人の子供のことのように見えるが、ずっと観ていると、実にたくさんの人の気持ちが交錯していて、それを受け止めるのでいっぱいいっぱいになりそうだ。何しろ初めて観た時は、何でこんなに疲れるんだろうと思ったくらい疲れていた。ストーリーは元より、そこに込められた成井さんのメッセージを全部読み取りたくて、舞台に全神経集中して、役者さんたちの動きを見落とさないように目を配っていたから、か。明と智の確執、智の友子への思い、友子の優しさ、日出子の不安定な心、千代の慧眼、一平の素直な肉親への思いやり、新発田の果たせぬ想い、アキラとサトルの揺れ動く気持ち。本当に登場人物全員の気持ちが細かになぞられて、それらが平行して語られていく。
全体を一旦冷静になって見直してみると、やはり脚本が少し「盛り込み過ぎ」なのではないかと思う。主要な話の筋だけでも結構内容があるのに、随所にエピソードめいたシーンが入り込む。人物をはっきり描くために必要なものもあるだろうけれど、ストーリーの本筋にあまり関係ない細かいところが多くて、肝心のストーリーまでぼやかしてしまっていないだろうか。脇役まで全部何かしら見せ場があるのは楽しいが、それにマジメについていくと、結構大変かも。
そして、ストーリー自体も、しっくりいっていないところも有るような?日出子とアキラ、サトルの家族。父親を残して家出してきた3人。新発田の出現で揺れるアキラやサトルの気持ち、日出子の不安、そういった「家族」の話と、一方仲が悪い明と智兄弟の反発と、その奥にある切っても切れない絆、母への想いという2つの話が、絡み合っているようでいて、実は別々に進行しているような気がしてくるのだが。更に明が映画を変えようとしている、という流れが絡んでくると、中心はどこだ?と聞きたくなってくる。
このひとつひとつを煮詰めていくともっと面白そうなのになぁ。語りつくせないことがたくさん有りそう。明は結局映画を事実に即したものにする、という目的を果たせずに、それでも何だか納得して帰ってしまうし(映画の中の人たちもその人生を生きている、誰にもそれを変えられない、ということのようだが)、サトルの抵抗にしても、最終的に日出子は子供とともに夫のところに帰るのであれば、その重みも薄らいでしまうような。日出子がサトルを抱き締めるシーンは、ああ結局これが言いたいためにここまで来たのか、という「種明かし」的感覚を感じたりして。いや、それはそれで別に嫌ではないけれど。
日出子親子の話、明と智の話、どちらも掘り下げていくと尽きないものになってしまいそうだ。一方だけでも2時間見ごたえのある芝居になりそう。まあ、そういうシンプルな造りはキャラメルとしてはちょっと物足りないかな。キャラメルの本来の魅力は、この「色々有り、混在状態」の中にじわりと浮かび上がってくる人の想い、だとは思うし。たしかに、2つの要素が互いに影響しながら進んでいくところがこの芝居の面白さなのだけれど、内容が濃すぎてあれもこれもになっているような。もっと整理して省けるところは省いていってもいいのでは?
ストーリーが納まりきらない分、ベテラン勢の実力と若手の頑張りでまとめた、という感も。ひとつひとつのシーンの完成度は見応えがある。ツアーとして周ってきただけあって、より緻密に細やかに一人一人のキャラクターが立っている。これだけ集中度の高い芝居が出来るのってやっぱりすごいなぁと感心する。何だかあれこれと難癖をつけているようだけれど、舞台全体からもらうパワーは、やはりキャラメルならでは、のもの。人の気持ちを大切に、自分の気持ちに素直に。
村上智役の上川さん。もう今更何を言うまでもないのだが。キャラメルの舞台上では本当に楽しそうだよねぇ、この人。楽してるということではないのだけど、やはり動きやすいのだろうか、伸び伸びしている感。堅物の智が、それでも家族や周囲の人への思いやりを隠せずに、内心自分に舌打ちしながら(?)走り回っている姿は、何となく劇団内での上川さんのポジションを想像させる。放っておいてもいいのに、それが出来ずに、結局自分もみんなと一緒に右往左往あれこれ考えてしまう。根本的なところで自分勝手に成りきれない智。
この人の発声、セリフのしゃべり方、体の切れは、ちょっとほかの人には真似が出来ないだろうな。キャラメルの一劇団員として観てはいても、自然と注意がいってしまう。目立つ。
珍しく、西川さんが迷っていた、と思う。私の思い過ごしでなければ。明をどう演じれば」いいのかわからなかったのか。映画の中に入った理由、そして帰ってきた理由というのが、公演の前半までは実ははっきりしていなかったのでは?台本の中にはそれらしいことが語られているけれども、明本人には納得いってなかったのじゃないか、と思える。何故そうまでして、映画を変えたかったのか?そして何故帰ろうと思ったのか?一応言葉では説明できそうだけど、明の行動を裏づけするような強い理由になっているのかどうか。
福岡のビデオでは、もしかしたら、その辺は考えずに居直っていたのかも、などと勘ぐってみたりして。西川風「明」になっていたのかもしれない。その頃の西川さんは楽しそうだもんね。
本当の男の子のように見えたアキラ役の實川さん。前作「裏切り御免!」に次ぐ二度目の舞台とは思えないほどの安定ぶり。声も大きくてセリフもはっきりしているし、気持ちよく観ていられる人だ。アキラの細かい気持ちの変化も自然で、勘の良さを感じる。声がよく通って、舞台で映える人。これからどんどん重要な役をしていくんじゃないか。
ダブル・キャストのサトル。
Aキャストの大浦さん。男の子役がこれほど自然だとは、実は驚き。小柄だし、少年役にはぴったり。今までそれほど複雑な役はやってきていないと思うけれど、人には言えない気持ちを内に秘めたサトルの苦しさが、よくわかった。少年役としてはノーマークだったので、これはキャスティングの勝利かな。
Bキャストの藤岡さんは、さすがに男の子役が板についてる、という感じ。この人の持つ寂しそうな雰囲気がそのままサトルのキャラクターとして生きているか。ただ大人しい子ではなく、その内面に複雑なものを抱え、実は真実をちゃんと見抜いている鋭い少年。クライマックスで感情を吐露するところの、哀しそうな表情がいい。
日出子という、ある意味典型的な母親を、とてもしっくり自然に描いてみせる坂口さん。元気よい役が似合う人であるけれど、こんな「女っぽい」(良くも悪くも)役柄もできるようになったんだな。ラストの明と智との3人の会話のシーンでは、本当に細やかな表情を見せて圧巻。暖かい人なんだなぁ、と改めて感じ入る。日出子の性格ひとつで、親子の関係が変わってしまうが、この人のおかげで、舞台があったかくなっているのではないか。この日出子は、欠点もあり立派な人物ではないかもしれないが、一生懸命でがむしゃらで、子供を誰よりも愛するとて素晴らしいお母さんだ。
岡田さつきさんの実力を改めてみせつけられた千代。ホントのおばあちゃんだよ。表情、体型、動き、話し方、どれもイメージの中の「おばあちゃん」だ。こんな口やかましいしっかり者のおばあちゃん、居たよねぇ。細かいところまで随分凝っていて、いつも何かしらしていて目が離せない。しかもストーリーの重要なところをしっかり押さえる。明のことも全部わかっていて、でも黙って見ている。何があっても何とかなる、大丈夫だよという無言のオーラ。この人が舞台上に居るだけで安心感。観るたびに存在感が増していく人だ
伸び伸びと楽しそうに見えた一平役の大内さん。いい味の脇役をとても自然に見せてくれる。うまくなったなぁ。沢山ネタを出してくるのだけど、それがいちいち面白い。舞台上でちっともじっとしていない。単純で仕事一筋の職人肌で、優しい一平の魅力がとてもよく出ていた。姉を見る時の優しい目は、この人の地かも、と思わせる。笑いも取り、大事なところもしっかり押さえる、こういうポジションがこれほどしっくりいくとは思わなかった。一平くん、大好きなキャラクターです。
日出子に想いを寄せる新発田。人のいいのだけが取り得のような男。正直言って、中途半端な印象。こういう役どころって、居るだけで可笑し味が出てこないといけないと思うのだが、岡田達也さんはどこかで「実は全部わかっているお兄さん」という感じがにじみ出てきてしまって、本当の道化的可笑しさが薄らいでしまう。実際、明と智の正体を知っているのは、映画の中では新発田ただ一人なのであるが、そこのところを新発田はどう折り合いをつけていたのだろう。自分が映画の中の人物だなんて、普通なら納得できない。そのへんのハードルをいとも簡単に越えてしまったかのような新発田は、じゃあ一体どういう人物なんだ?そう思わせてしまうところに、岡田さんの、完全にバカになりきれないキャラクターが出てしまっているように見える。徹底的に笑われる役はちょっと不向きかもね。「この人じゃないと出来ない脇役」というのは本当に難しいと思うけれど、そこら辺を今後もっと期待させて欲しい。
もうもう本当にけなげでいじらしい友子。こんないい奥さんいないよ。私が欲しいくらい。智が好きになるのも無理ありませんね。しかもじっと我慢するだけじゃない、根っこは明るい優しい、まるで大森さん本人のような。この人が最初に舞台袖から出てくる場面は、すごく静かなのにそこだけ違う空気が動いているような気がする。自分の周りに「場」を作るのが本当にうまい人だ。それも極めて自然に。どんどんすごくなっていく大森さん。
正直言って「うるさかった」春菜役の小川さん。こういう役どころなのだろうけれど、小川さんは声が(ただでさえ)通るのに、春菜のキャラクターで声を張り上げるので、余計に耳に響く。彼女がしゃべりだすと、何だか雰囲気がガサガサしてしまうような。う〜ん、どうなんでしょ。まあ、春菜が大人しかったら、この芝居本当に「静かな」ものになってしまうかもしれないから、活性剤として居たのかもしれないが。小川さんの魅力であるはずのところが、裏目にでていたのかも、と思う。元気いいのは好きなんだけど。
これもダブル・キャストのなつき。
どちらがいい、とかではなく、はっきりキャラクターの分かれた2人。
Aキャストの岡内さんは、真面目でお勉強好きそうな女子大生。衣装のとおり、いつも白いカッターシャツに紺のスカートを穿いていそうな。一平のことも、あくまで尊敬する専務として慕っている。三条への気持ちもなかなか言い出せなくて、でも分ってしまった、という感じでは。きっとしっかり女房になるんだろうね。背伸びしないで、自然に役に入っていてほっとする。この人が無理していると、本当に辛そうだから。
Bキャストの中村亮子さんは対照的にお茶目さん。この役に関しては衣装さんは2人の違いを特に意識しているようで、このなつきはフリルのブラウス(?)だったり。三条とも、おそらくこのなつきは自分で告白しちゃったんだろうな、と思わせる。甘え上手。一平の気持ちにも気付いているけれど知らんぷりしてうまくかわしていたんだよ、きっと。ハワイに行くためのバイトというのは、こっちのなつきのことだろうね。「亮子ちゃん」そのままの可愛くて放っておけないタイプ。亮子ちゃんの魅力を楽しむというにはちょっと物足りないけれど、こういうちょこっとした役をしっかり印象づけるのが、この人の味かも。
ドイツ・モアイだった三浦さんの三条。立っているだけで笑いを誘うのは、今回の役柄のせいだろう。不器用でドイツ・パンのことしか頭に無いヤツ。しかもガタイがでかいので、格闘技の選手上がりか。口下手だけど気持ちは優しいところは、三浦さん本人とダブッてしまいそう。次はもっともっと重要な役どころを時間かけて作り上げるような位置を期待。もうひとつ何か突き破って欲しい人の一人だ。
3つめのダブル・キャストの佐渡島。
最初に観たのは、Bキャストの筒井さんの方。登場から細やかで驚いた。監督である明を気遣う気持ちがよく見えて、うまいと思った。「裏切り〜」で見せたセンスの良さは本当だったと確認。…したのだが、福岡のビデオを観て、ちょっと「?」。東京で観た時のような気持ちよさが薄らいでいるような。疲れていたのか、慣れてしまったのか。明を慕い、何とか友子の力になりたいという一生懸命な気持ちが佐渡島の魅力なのに。そこがちゃんと伝わらないと、ただのお助け脇役になってしまう。この人は、うまいけどそれが演技に見えないようになると(いかにもうまいという風が無くなると)、素直に観られるようになるんだけど。今のところは器用さで持たせてるような気がする。もっとヘタクソでいいから、役に迫っていこうとする気迫を観たい。それが出来る人だろうと思うから。
Aキャストの畑中さんは、ある意味お得意の役どころ?去年の「嵐〜」のAD役とダブッて見えてしまう。力が入っているのはわかるけれど、それが佐渡島という一人の人間にまで行き着かない、という感じか。まあ、出番も少ないし、周りに濃い人たちが多いから難しいかもしれないが。人の良さがよく見えてくる、そこがこの人のいいところなのだが、もうひとひねり、裏の性格のようなものが加わると、もっと厚みのある人物になるかも。
最後に
おそらくまだまだ進化していく芝居なのでは。演出についても。きっとやり足りないことがまだ残っているのでは、と思える。成井さんが何を一番言いたかったのか、そこら辺が私には今ひとつ焦点が絞れないでいる。ひとつに決めようとすること自体が間違っているのかもしれないが。
忘れてならない楽曲。複数のミューシャンのそれぞれのアルバムから集めた曲なのに、全編一貫した印象。「少年」を思わせる繊細な歌詞とメロディ、声。Advantage Lucy、LIPNITZ、etc.一度聞いたら気になるものばかり。演技で見せて欲しいと思いながら、つい音楽の力にも負けてしまうこのやり方が果たしていいのか悪いのか。とはいえ、毎回これだけ粒の揃った曲を提示してくるのは流石選曲五郎サマ。今回も速攻サントラを買ってしまいました。
役者さんのパワーを存分に味わった舞台。ここまでしていいんだ、という感触を、おそらく役者さんも観客も確認できたのでは。去年の6公演という大変な活動の中でつかみかけていたものが、ツアー中に形になってきた、というか。その意味でも、長丁場のツアーは意義があるんだね。演る人たちは大変だったでしょうけれど。役者さんたちだけでなく、スタッフの方たちや制作の方たちも。その様子がHPなどを通じてこちらに伝わってくるのが、また嬉しい。この辺りの「一体感」(本物かどうかは別にして)が、キャラメルの美味しいところでもあるのだから。
<観劇データ> サンシャイン劇場 1) 日時: 2003年3月12日(水)14時 Bキャスト 席 : 1階4列6番 2) 日時: 2003年3月18日(火)14時 Aキャスト 席 : 1階15列9番