書庫
書名の後の数字は読了年月。記入の無いものは、2002年〜2003年8月のものです。
あ 赤江爆 『ニジンスキーの手』ハルキ文庫 赤瀬川原平 『新解さんの謎』文春文庫(2004.10) 浅倉卓弥 『四日間の奇蹟』宝島社文庫(2004.08) 「このミステリーがおもしろい!」大賞第1回の受賞作。全編通して、ひとつの旋律が貫いているかのよう。細やかで美しい言葉たち。と言ってもきらびやかなのではなく、静かな音楽。設定自体はミステリーとしては決して珍しいものでは無いそうだけれど、それが強く印象に残るのは、設定に頼ることなく文章の力で読ませてくれるからだろう。さりげなく張られた伏線が、終盤結びついて一気に高揚していく。気高ささえ感じる。
浅田次郎 『地下鉄に乗って』講談社文庫(2006.09) あさのあつこ 『バッテリー』角川文庫(2005.01) 『バッテリーU』角川文庫(2005.01) 『バッテリーV』角川文庫(2005.02) 『バッテリーW』角川文庫(2006.03) 『The MANZAI 1』ピュアフル文庫(2006.07) 『NO.6』講談社文庫(2006.11) いかりや長介 『だめだこりゃ』新潮文庫(2004.10) 今年亡くなられたチョーさんの自伝。書かれたきっかけも、荒井注さんとジミー時田さんが亡くなられたことにあるようだ。何だか暗示的で、ちょっとしんみり。ドリフターズ結成秘話(?)なんかも有って、リアルタイムで「8時だよ、全員集合!」を観ていた世代としては、懐かしく嬉しい。(おそらく)生々しいことも、さらりと軽妙におしゃべりしているみたいで、上手い!とにかく真面目で手を抜かない、ドリフを愛して舞台を愛してとことんやり抜く芸人魂の気迫。ドラマや映画出演のことも語られていて、その謙虚な姿勢がああいう役柄を引きつけてきたのかな、と思う。チョーさんがクロサワ監督の元で鬼を演じた『夢』、また観たくなった。
池波正太郎 『剣客商売』@〜O新潮文庫 『黒白 −剣客商売番外編−』新潮文庫 『江戸切絵図散歩』新潮文庫 『鬼平犯科帳』文春文庫 『人斬り半次郎 幕末編』新潮文庫(2004.02) 実在の人物である薩摩藩士中村半次郎、後に桐野利秋と名乗る彼の、幕末の活躍を描いたもの。素朴で正直で、しかも剣の腕前は人並はずれてすごい、人柄の良さで西郷隆盛に可愛がられ、薩摩藩に無くてはならない人間になる。何とも魅力的な人物。長編だが、一気に読んでしまう。このあとまだ続きがあると思われるのだが、何故か見当たらない。文庫ではないのかも。
『小説の散歩みち』新潮文庫(2004.11) いしいしんじ 『ぶらんこ乗り』新潮文庫(2006.08) 石田衣良 『エンジェル』集英社文庫(2004.09) 『池袋ウエストゲートパーク』文春文庫(2005.06) 『少年計数機 池袋ウエストゲートパークU』文春文庫(2005.06) 泉鏡花 『夜叉ヶ池・天守閣』岩波文庫 糸井重里 『ほぼ日刊イトイ新聞の本』講談社文庫(2006.02) 今頃やっと読んでいるのかと言われそう。「ほぼ日」は日参するというほどではないけれど、時々覗いては大笑いしたりして帰ってくるサイト。傍目からはらく〜に楽しそうにやっているように見えるが、やっぱりイトイさんは一筋縄ではいかない人だ。今までにないもの、徹底的にクリエイティブで手作りのもの、自分たちのもの、そういう気概が立ち上ってきて、すごい人(たち)は本当にいるんだなぁと思った。読み終わった後、自分にも何か出来るのではないか、という気がしてくる。その気にさせてくれる本である。
上野哲也 『ニライカナイの空で』講談社文庫(2004.12) 12歳は旅立ちの年。東京からいきなり九州の炭鉱町に来た新一と、その炭鉱に勤める父を持つ竹雄。大人の手をすり抜けて、自分たちの世界を作る。驚くほどの生命力を持って生きている少年たち。困難なこと辛いことを一つ一つ乗り越えて、やがて東京に帰る時には見違えるほどにたくましくなっている新一は、まぶしくて羨ましい。
江戸川乱歩 『江戸川乱歩傑作選』新潮文庫(2006.02) 江戸川乱歩の初期の短編9編。それぞれ奇妙だったり気持ち悪かったり皮肉でありながら痛快だったり、江戸川乱歩の空気が周りにまとわりついてくるのではと思えるような。探偵としての明智小五郎も登場して謎解きの楽しさ・上手さもある。「屋根裏の散歩者」は以前に映画で観たことがあるが、原作の方が遥かにコワイ。最後の「芋虫」のような心の奥底の猟奇趣味をほじくり返されるようなものは、ぎょっとしながら一気に読んでしまう。嵌りすぎると危険な匂いがぷんぷんするのに、何故かそちらへ寄っていってしまいそう。アブナイアブナイ。
大石英司 『神はサイコロを振らない』中公文庫(2006.06) 小川洋子 『博士の愛した数式』講談社(2004.10) 数学の天才的頭脳を持っているのに、事故で記憶が80分しかもたない「博士」と、家政婦の「私」、私の息子「ルート」。博士が話してくれる数学の話や数式は無上に美しい。純粋に数学に総てささげている博士。素数を愛する博士。そういう博士を尊敬し大切に守る私とルートにも感嘆する。博士の背広に止められている無数のメモを想像するだけで切なくなってしまうけれど。最後まで静かで凛とした言葉の美しさ。博士をずっと想っている義姉である杖の老婦人もまた、3人と同じくらい美しく見えてくる。難しいことは何も分らないのに、数学の世界の光が差してくるような気がする。
『偶然の祝福』角川文庫(2006.02) 全7作から成る連作小説。説明文には「失ったものへの愛と祈り」と書かれていて、その通り主人公の「私」が失くしたものへの想いが鋭く語られるが、文体は抑制されて非常に静か。その中に哀しみや痛みが凝縮されていや増しに感じられる。最後の「蘇生」。言葉の泉を取り戻すために壁の内側に帰らなければならないというところが、何故かひどく実感を伴って感じられた。などと言うとうがち過ぎだけれど。
『シュガータイム』中公文庫(2006.04) 『薬指の標本』新潮文庫(2006.04) おーなり由子 『天使のみつけかた』新潮文庫(2006.07) 恩田陸 『六番目の小夜子』新潮文庫(2004.07) 『三月は深き紅の淵に』講談社文庫(2004.10) すごく魅惑的なタイトルにひかれて買った本。てっきり長編ミステリーかと思いきや、予想もしなかった展開に驚いた。半分以上読んで、やっとこの本の構成に気付くという鈍さに我ながらがっかりしながら、その発想の大胆さに押されて一気読み。4編全く違うものであり、尚且つそれが全体で一つの統一体。それにしても、まさかここで山田ミネ子の名前に出逢うとは想わなかった、それも作品の解説つきで。ますます恩田さんの世界にはまりそうな予感。
『球形の季節』新潮文庫(2005.03) 『木曜組曲』徳間文庫(2005.06) 『麦の海に沈む果実』講談社文庫(2006.09) ↑ページトップへ か 角田光代 『空中庭園』文春文庫(2005.10) 『キッド・ナップ・ツアー』新潮文庫(2006.09) 梶尾真治 『クロノス・ジョウンターの伝説』ソノラマ文庫(2005.09) 『おもいでエマノン』徳間デュアル文庫(2005.10) 『さすらいエマノン』徳間デュアル文庫(2005.11) まずエマノンシリーズの最初の2冊。古本屋で偶然手にしたのに、読み始めたらこれに出逢えたことはスゴイぞと思っていた。"NO NAME"を逆さに読んで「エマノン」。その名の通り、一人の人間でありながら生命発生からの記憶総てを持っていて、更にそれを継承していかなくてはならないという女性。最初は達観した女神のような存在かと思ったが、各話のひとつひとつにエマノンの苦しみが埋め込まれ、それでも自分の使命をしっかりと受け止めていく彼女の強さに尊敬のような憧れのような気持ちが生まれてくる。ストーリーの多様さにも驚かされる。エマノンを通してカジシンさんの考えや主張が感じられて、読んで自然に同感している。思わぬところに著者が登場するのにはちょっと驚いたが、そんな茶目っ気もたっぷりな暖かさがカジシンさんの魅力なのだろう、きっと。
『未来(あした)のおもいで』徳間デュアル文庫(2005.12) これこそ「美しい」物語。ファンタジーというより、純文学的とさえ思ってしまった。時空の気まぐれか、二十数年の時を超えてめぐり合う二人が一目で相手に魅かれていく。そうなるように運命づけられていたとしか思えない出逢い。互いを強くひたすらに思う気持ち。『クロノス・ジョウンターの伝説』も純粋で美しいラブ・ストーリーだと思ったけれど、こちらの方が遥かに澄んだ響き。”タイムマシン”の出てこないタイム・トラベルということが、余計にこの叙情性を高めていると思う。これこそキャラメルボックスで上演してほしい。
『まろうどエマノン』徳間デュアル文庫(2006.01) 『かりそめエマノン』徳間デュアル文庫(2006.01) 2冊続けて読んだ。前2冊とは違い、これはそれぞれ1つの長編。特に『かりそめエマノン』は迫力。エマノンを通して作家は、この地球、自然と人間との関係をちゃんと考え直さなければいけないと訴える。もしもエマノンが現実に居たら、今のこの世界をどう思うだろうか。
『美亜へ贈る真珠』ハヤカワ文庫(2006.12) 加納朋子 『月曜日の水玉模様』集英社文庫(2005.10) 『ささらさや』幻冬社文庫(2006.04) 『てるてるあした』幻冬社(2006.04) 『いちばん初めにあった海』角川文庫(2006.12) 神山典士 『キャラメル・ばらーど』TOKYOFM出版(2005.09) 唐沢寿明 『ふたり』幻冬社文庫(2005.02) 川上弘美 『蛇を踏む』文春文庫(2004.02) 初めての川上ワールド。いやはや不思議な世界。変容していくことが当たり前、不可逆の変容の魅力。人間と、ほかの動物、植物、それらは実は行き来自由の形の無いものであるかのよう。そこに共通するのは、どこか「どろり」とした半液体の感覚だが、不快なものではない。読み始めるとクセになりそうだ。
『ありがとう』新潮文庫(2005.11) 『センセイの鞄』文春文庫(2005.12) 神林長平 『敵は海賊・海賊版』ハヤカワ文庫 (これも芝居がらみで読んだ。と言っても、登場人物のキャラクターを借りている、というだけなのだが。)神林さんの名前は聞いていたが、こんなに面白いとは知らなかった。簡潔でおかしい。会話をしているような調子で文章が展開していく。独特のリズムがあるので、随所で思わず笑わせられてしまう。しかもストーリーは展開が早くて活劇!猫型異性人アプロは、本当は狭い本を飛び出して暴れまわりたいのでは。是非会ってみたい人(?)のひとりだ。シリーズになっているので全編制覇をめざそう。
『敵は海賊・猫たちの饗宴』ハヤカワ文庫(2003.09) 『敵は海賊・海賊たちの憂鬱』ハヤカワ文庫(2003.09) 神林長平さん2、3冊目。ラテルとアプロのコンビ健在だ。あれこれ説明せずに単刀直入に本題に行ってしまうところが、相変わらず気持ちいい。この文体だから、この2人が生まれたのか、この2人を描くことでこんな形になったのか、興味深いところ。いずれにせよ、このシリーズは制覇するぞ。神林さんの他の作品へもそろそろ手を伸ばそうか。「猫〜」の口絵が秀逸。
『狐と踊れ』ハヤカワ文庫(2003.10) 神林長平さんの初期の作品6篇。やっぱり独特の語り口。6篇それぞれで、少しずつ違うが、全体を見ると、やはり神林ワールドと言っていいだろう。乾いた、それでいて哀しい。そして、どこか明るい、と思うのは間違い?「敵は海賊」収録。ラテルとアプロにやっと会えたよ。
『敵は海賊・不敵な休暇』ハヤカワ文庫(2004.05) ますます絶好調のアプロ。母星の秘密もちょっとほのめかして、次作への期待が膨らむ。ラテルよりは、今回は海賊ヨウメイ(漢字が出せない)が中心。SFの理論はちょっと分らないところもあるけれど、雰囲気でカバーして読む。どんどん哲学的になっていくようなこのシリーズ。どこまで行くのだろう。
『敵は海賊・海賊課の一日』ハヤカワ文庫(2006.02) アプロの誕生日の一日の話。だが、これがとんでもないことになる。みんながアプロの手のひら(肉球?)で遊ばれている感じ。そこにラテルの記憶が呼び起こされて、過去に負ったものが何であるのか、ラテルの秘密が解き明かされていく。ラテル、アプロ、ラジェンドラの会話は更に磨きがかかって愉快。派手なバトルの場面は少ないのにも関わらずスリル満点。SFと言えど、今回は「人」が鮮やかに描かれる。
紀田順一郎 『第三閲覧室』創元推理文庫(2005.02) 北村薫 『スキップ』新潮文庫(2004.05) 最初は普通の(!)タイムスリップ物かと思っていた。主人公は最後には元の世界にもどれて終わるのかと。でも大間違い。読み進むにつれて気付いた。衝撃。これは私のことだ。25年の時を飛び越えてしまった真理子は私だ。後半はぼろぼろ泣きながら読んだ。これこそ本当に人前で読まなくてよかった。こんなに痛切に自分の心を描かれたのは初めて。あの時にはもう戻れない、と改めて思い知らされる。強烈に痛い。そして真理子がまぶしい。自分の居場所を探し、作り上げていこうとするその強さとしなやかさ。17歳のできることじゃないよ。読み終わったあとに、作者が男性であることを知って、二重のショック。
『リセット』新潮文庫(2004.06) すっかり北村さんの世界にはまってしまった。ストーリーもさることながら、文章が何とも美しい。透明で凛と立った言葉が、胸の奥深くに落ちる。簡潔でしかも北村さんにしか書けないだろう言葉たち。読みながら、旋律が浮かんでくるかのよう。清冽な心。時を越えて結ばれる想いの美しさに、忘れていたものを思い起こさせられる。真っ直ぐに生きる。
『月の砂漠をさばさばと』新潮文庫(2004.07) 実は最初に北村さんの本を買ったのはコレ。おーなりさんの優しい絵と簡潔だけど余韻を残す文体、2人暮らしの母子の話、というのとで、すっかり作者は女性だろうと勘違い。母親と子どもがお互いを思いやりながら、日々のよしなしごとに向かっていく。お母さんが子どもの連絡帳で男の子とやりとりするところはちょっと羨ましかったり。傷つくこともあるけれど、それをしっかりと次の糧にしていく母と子。静かに自分の心の中を振り返りたくなる。
『ターン』新潮文庫(2004.09) やっと読んだ三部作の最後の一編。本当は第二作。どうしてこの人の文章は、こんなに細やかなのに重くないんだろう。軽やかな風。重たくなりそうな時も、ひょいとはぐらかして「こんなこともあるんだよ」と顔を上げさせてくれるような。その奥には深い苦しみがあるとしても、それを見据えながらそれでも上を向こうとする主人公の姿は、三作に共通のもの。ミステリーの形をしてはいても本当に描かれているのは日々を生き抜いていく人の姿。人の心の弱っている部分にそっと手をかざして、そして見守っているような。読み終わった後、穏やかでしなやかな心を貰ったような気持ちになる。
『空飛ぶ馬』創元推理文庫(2004.09) 『夜の蝉』創元推理文庫(2004.09) 『秋の花』創元推理文庫(2004.09) 『六の宮の姫君』創元推理文庫(2004.10) 『朝霧』創元推理文庫(2004.10) 「円紫さんと私」シリーズ。ほぼ一気に5冊読み終えた。一冊読むと次を読まずにはいられない。ミステリーであるのだけれど、見えてくるのは人の姿。小説とはこういうものだと思えてくる。まっすぐで固くて若い誇りをもっている「私」と深い洞察で物事の真実を見抜いてしまう「円紫さん」。人を見守る温かい目と、一見相反するかのような冷静さと。様々な人たちの思いを受け止めて揺れ動く「私」を、一番後ろから支えている円紫さん。こんな人に出逢ってみたい。そして叶わないけれど、「私」のような感性を取り戻せたら、と思う。『スキップ』の真理子に通じるところもある潔癖さ。ゆっくりと時の階段を登りながら成長していく「私」の初々しさに魅かれる。
『水に眠る』文春文庫(2004.10) 10編が全く違う形。それぞれが光っていて、まるで10人の作家が書いたもののよう。これだけ書き分けられるとは、やっぱり北村さんはスゴイ。切なさややり場のない想いがひたひたと近づいてくるような、静かで孤独な世界。どこかで人との触れ合いを求めながら、そっと独りの自分を抱くような感覚。
『冬のオペラ』角川文庫(2004.12) これはシリーズ化されないのだろうか。「円紫さんと私」みたいに、是非次も読みたい。名探偵巫弓彦は、円紫さんと通じる部分もあり、もっとクールな部分もあり。何故オペラなのか、は3作全部読んでなるほどとうなづけるようになっている。連作の場合に北村さんがよくやられるように、作品を越えて伏線が張られていく。意味を変えて、次の作品でまた違う大きな意味をもってくる。全編が大きな一つの作品になっているような構成。その舞台に繰り広げられる人の姿が切ない哀しい。
『覆面作家は二人いる』角川文庫(2004.12)
『覆面作家の愛の歌』角川文庫(2004.12) 『覆面作家の夢の家』角川文庫(2004.12) 「覆面作家」シリーズ3冊。これも2人で謎を解いていくものだけれど、今回の探偵は女性の方。深窓の麗人、だが一歩お屋敷の門を出たら途端に大変身。すかっと痛快なオンナノコが現れる。かわいい千秋さんとそんな彼女にぞっこんな良介の組み合わせがホットでいい感じだ。そこに絡んでくる人たちも魅力的。良介の先輩左近さんみたいな女性に昔憧れたものだ、などと。各話の最初につけられた高野文子さんのカットもしゃれてて、読みながら何度も前に戻って見直してしまう。謎解きの楽しさは他の作品と一緒で次から次へと出てくる謎に「???」と思い、それをさくっと解いてくれる千秋さんにほれぼれしながら読み進む。そしてそれと平行して見えてくる細やかな人の想い。最後の『〜の夢の家』の最後の作品はお洒落で温かくて、このシリーズの最後としては最高のものじゃないでしょうか。こんなプロポーズされてみたいものだ。ああ、もう遅いか。
『盤上の敵』講談社文庫(2005.01) 北村さんの作品の中で感じるもうひとつのもの。人の心の中の果てしなく奥深い闇の部分。それを見つめる鋼鉄のような目。それが存在することを認め、それに対して人ができることの小ささも認め、それでも尚越えるものを求めるか。傷つく人をいたわる優しい視線ではなく、自ら傷つきながら対するものをも傷つけ、排していこうとする心もやはり人にはある。自分がそういうものであると深く認識した上で、敢えてその上に世界を求める。そういう抗い方をすることが、もしかしたら本当に誠実に生きることにもなるかもしれない。そんなことを思った。 『語り女たち』新潮社(2006.10) 『ひとがた流し』新潮社(2006.12) ケストナー 『飛ぶ教室』講談社文庫(2006.03) 小林信彦 『おかしな男』新潮文庫(2005.04) 小林光恵 『ぼけナースたまにオトボケ編』角川文庫(2003.09) 笑いながら、つい真剣に読んでしまった。最近身近な人間が手術したばかりなので、余計に気になることばかり。TVドラマ「ナースのお仕事」原作。病院に働く現役ナースの、仕事への熱意や疑問、患者への気持ちなど、表面からはわからないことが、さらりと、そしてきちんと書かれている。一応小説という形態とのことだが、作者の実体験からの言葉であろうと思われる。これを読んでからは、病院の看護士さんたちを見る目が変わるかも。
『ぼけナースいつもオドロキ編』角川文庫(2003.10) ↑ページトップへ さ 鷺沢萌 『ありがとう』角川文庫(2006.07) さくらももこ 『もものかんづめ』新潮文庫(2005.11) 佐藤愛子 『なんでこうなるの』文春文庫(2005.02) 沢村貞子 『寄り添って老後』新潮文庫 『私の脇役人生』新潮文庫 沢木耕太郎 『バーボン・ストリート』新潮文庫(2004.09) 『チェーン・スモーキング』新潮文庫(2005.05) 『深夜特急1』新潮文庫(2005.08) 重松清 『ビタミンF』新潮文庫(2004.11) 中年にさしかかり気味の男たち。「中途半端」な年代。家庭と仕事の間で揺れ動いたり、子供との通じ合いとか、誰しもがぶつかりそうな事柄だけれど、その時に感じることは人それぞれの痛みだ。それを身近で見守る視線のような文章。読みながらちくりと痛かったり、やりきれなくなったり。はーっとため息をつきながら、それでもまだ放棄するには早いよな、と上を向いてみる。そんな男たちの姿が見えるようだ。
『エイジ』新潮文庫(2004.11) 大分前に新聞に連載されていたのを少し読んで、気になっていた作品。現実世界で、いやな事件、それも「少年」の世代が関わってくる事件が増えてきた頃で、胸がざわざわしているところにこれが登場した。自分自身の中学生時代ははるか昔だが、それと全く変わってしまったわけではない、いや思い当たるところが随所にある。それが大人の知ったかぶりではなく、同じ地平で描かれる。暴力や犯罪とは無縁だったはずのエイジが、ふと気が付くとすぐそばにそういうものがあることに気付く。自分を見失いそうになって、動揺するエイジはどうなってしまうのか。どんなやり方をすれば再び彼が自分を見出すようになるのか。私だったらどうなるのか。エイジのように、また自分を見つめなおすことができるのか。ラストにほっとしながら、尚「?」という問いは消えない。揺れ動くことが悪いんじゃない。避けられないことかもしれない。でも、必ず抜けられる。道がある。そう思えることが救いだ。
『流星ワゴン』講談社文庫(2005.07) 『熱球』徳間文庫(2005.07) 『四十回のまばたき』幻冬社文庫(2005.07) 『見張り塔から ずっと』新潮文庫(2005.08) 『舞姫通信』新潮文庫(2005.10) 茂山千之丞 『狂言じゃ、狂言じゃ』文春文庫(2005.10) 司馬遼太郎 『竜馬がゆく』一〜八文春文庫 『風の武士』講談社文庫 『新選組血風録』角川文庫 『燃えよ剣』新潮文庫(2003.10) 土方歳三の、とてつも無い魅力があふれている。読めば読むほど、土方に惚れていく。人間的に、欠点が無いかといえば有りすぎる、と言っていいのだろうけれど、こんな漢(おとこ)がそばにいたら、やっぱり随いていきたくなるだろうな。ただ己の信ずるところを貫き通す。生きる、ということを自ら演じてみせる男。あの時代だからこそ、燃焼して生きることができたであろうと思う。しびれた。
『人斬り以蔵』新潮文庫(2004.07) 清水義範 『どうころんでも社会科』講談社文庫(2004.02) 滅法可笑しい。いや、清水さんの文章も相当面白いのだが、それにも増して西原画伯のマンガが本文と全く違うところで可笑しい。一読いや一視の価値あり。爆笑。電車の中では読まない方がいいでしょう。本文は、ちょっと視点を変えて見ると、こんなに興味深いことが満ちているんだな、と目からウロコ。社会科と言いながら、幅広く理科も国語も混ざってくる。雑学めいた口調の中に、本質が垣間見える。子供にも是非読ませたいと思ったが、サイバラ画伯のネタがあまりにズバリなために断念。残念だ。
『もっとどうころんでも社会科』講談社文庫(2004.10) 白洲正子 『今なぜ青山二郎なのか』新潮文庫 白洲正子さん。実はそれまで白洲次郎夫人と言うくらいにしか、認識していなかった。とっても失礼(恥)。クルマの雑誌に出ていた白洲氏の写真が大変カッコ好かったので、御夫人もさぞステキな方だろうと思って読み始めたら・・・。いやぁ、ステキなんてものじゃない。自由人。青山二郎さんのことを書かれているのだが、そこに表れているのは正子さんご自身の行き方考え方。周りから変わり者扱いされても、鼻をつままれても意に介せず、我が道を疾駆する、韋駄天お正。その正子さんを「作り上げた」のが、青山二郎氏だそうだ。かの小林秀雄をして「あいつだけは天才だ」と言わしめたという。生半可な気持ちで読むと、がーんとやられる。あまりに天才過ぎて、常識を最良とする人からみれば、とんでもない輩だろうが。飾り立てた言葉ではなく、本質をズバリと言い抜く。そして、自由。まさしく痛快。
菅浩江 『永遠の森 博物館惑星』ハヤカワ文庫(2005.01) 博物館惑星の学芸員。データベース・コンピュータに接続されて、頭の中で思っただけで情報が提示される。それを使って難問を解決していく話かと思っていたが、それは段々学芸員タシロ自身の問題に近寄っていく。自分にとっての真実を追究しているはずだったのに、いつの間に方向が違ってしまったのだろう。我を忘れてはいないと思っていたのに、目の前の大事な人さえも見えなくなってしまっていた。設定やタシロとネネの関係など、魅力的なところも多いけれど、肝心のミワコがちょっと弱いかな。タシロが絶対に失いたくないと思う程の女性なのかどうかがあまり伝わってこないような。ラストの展開がちょっと唐突な感じがする。でも、至高の芸術を描いているところはとても迫力があって綺麗。
すずらんの会(編) 『電池が切れるまで 子ども病院からのメッセージ』角川書店 安曇野の本屋で山積みになっていた。最初は読む気は無かったのだが、なぜか素通りできなくて、結局レジに持っていった本。一気に読んでしまった。難病で長野県立こども病院に入院した子どもたちが書いた・描いた詩や絵。そのどれもが、驚くべき率直さと自分を見つめる真摯な目とで貫かれている。自分の状況を真正面から受け止めて立ち向かおうとする姿には、何も言えない。頭を垂れるのみ。ただ、この本にめぐり会えたことの意味を感謝するしかない。
扇田昭彦 『舞台は語る』集英社新書(2006.09) 宗田理 『春休み少年探偵団』角川文庫 突然居なくなってしまったお母さんを探して、兄と妹が謎を解く。ミステリーというよりは、兄妹があくまで真実究明のために頑張ったり、それを回りで見守り応援する、友達や大人たちの姿を描いている少年少女小説?でも、そこは宗田さんだから(僕らの七日間戦争の著者)、甘ったるい安易なものとは比べるべくもないが。いじめや先生の滑稽なほどの思い込みといい、今の学校の問題も盛り込まれていて、小学生の子どもを持つ親としては、結構リアルに考えたりして。それにしても、登場する大人たちが(先生以外)「規則」とか「体制」とかから無縁なところで行動するのが小気味よい。(実際にはナカナカこんな風にはいかないんだよねぇ) 『ほたるの星』角川文庫(2006.09) ↑ページトップへ た 田辺聖子 『ジョゼと虎と魚たち』角川文庫(2006.09) 都筑道夫 『七十五羽の烏』光文社文庫(2006.37) 坪倉優介 『僕らはみんな生きている』幻冬社 随所に挿入されている著者の作品が、美しい。こんな作品を作る彼の感性は、この本全編にもあふれている。これまでの記憶一切を無くすということ、私だったらどんな風に生きようとしただろうか。一歩ずつ自分の足で歩こうとする著者の姿に、人間が生きていく原点のようなものを考えさせられた。彼を支えるご家族の心がとても胸に迫る。
童門冬二 『幕末維新異聞』中公文庫(2004.05) 童門冬二さん以下、様々な人が幕末から維新期の人物にスポットを当てて書かれたもの。通り一遍の歴史勉強では教わらないことばかり。歴史の中で名が知られている人はほんの一握り、実はその他の、というか数多の人たちの生きたその跡に歴史が出来る、と頭ではわかっていても、実際に見たわけでもなし、なかなか分らない。でも、こういう風にこだわりを持って、それを記そうとする人が居る。そのおかげで、見えにくい時代の姿が少しでも実感できそうな気がする。 『幕末に散った男たちの行動学』PHP文庫(2006.08) ↑ページトップへ な 中井貴恵 『娘から娘へ』角川文庫 西村望 『逃げた以蔵』祥伝社文庫(2004.06) 野口卓 『ステージを支える匠たち』ヤマハミュージックメディア(2004.02) ひとつの舞台に関わる人たち。衣装、大道具、小道具、照明、音響、それぞれの世界での第一線のプロへのインタビュー。著者は「好奇心が強いのに引っ込み思案な人たちの代表」として、率直な質問を重ねていく。その素直な彼の態度に応えるように、仕事の本質に踏み込んだ、とても根本的なことを分りやすく話してくれる人たち。こういう職人気質の人たちが居るから、素晴らしい舞台が出来上がるんだな、と実感。みんなに共通しているのは舞台が好き、という1点。舞台を観るのがますます楽しみになる。
野田知祐 『さらば、ガク』文春文庫(2006.02) 以前Be-palという雑誌で知り、その生き方や考え方に魅かれた野田知祐さんの友達ガク。野田さんが行く先々にはいつもガクが一緒に写真に写っていた。精悍な顔つき、野田さんを慕う目、仲間と遊ぶ楽しそうな表情、何てかっこいい犬なのだ。そんじょそこらの人間なんぞ叶わない。彼の死後、その毛皮をベストにして着ているという野田さんは、相変わらずものすごいロマンチストだし、やっぱり憧れる。
↑ページトップへ は 半藤一利 『ノモンハンの夏』文春文庫(2006.06) 久田恵 『大丈夫。』主婦の友社 買って一気に読んでしまった。私にしては珍しい。息子の不登校、介護、仕事等々、重くなりそうなことを、著者独特の筆致で、肩を張らずに書いている。こんな風に自分をよく理解して(!)息をさせてあげたいものだと思った。
フィリップ・K・ディック 『パーキー・パットの日々』ハヤカワ文庫(2005.03)
藤沢周平 『時雨のあと』新潮文庫(2005.03) 『用心棒日月抄』新潮文庫(2006.06) 藤田紘一郎 『空飛ぶ寄生虫』講談社文庫 題名に魅かれて買った本。作者の藤田紘一郎さんは、日本の寄生虫研究の第一人者だそうだ。これを読むと、日本人がいかに寄生虫と、それに媒介される病気とから安全に保たれているかわかる。内容はかなり重要でコワイことでも、さらりと軽く、笑わせながら教えてくれる。寄生虫と人間は本来傷つけあう関係ではなく共生していたのだ、とする筆者の指摘には説得力がある。海外旅行に行く前には読んでおいたほうがいいかも。
藤原正彦 『父の威厳・数学者の意地』新潮文庫(2004.07) 藤村由加 『古事記の暗号』新潮文庫(2006.10) フレドリック・ブラウン 『発狂した宇宙』ハヤカワ文庫(2004.06) SFのパロディ、ということだが、そんなにSFに詳しくない私でも充分面白かった。勿論SFファンの方が、もっと正しく楽しめるのだろうけれど。パラレル・ワールドというのか、今の世界によく似た世界が同時に存在して、そこに一瞬で移動してしまう。でも、似ていると思ったらそこは、実はとんでもないところだった…。ラストが皮肉っぽくて思わずにやりとしてしまう。そんなに都合よくはいかんだろうと思う。そこがこの作者の魅力のようだ。SFというよりは、人間の心理をうまくつかんでいる、という感。
保坂和志 『季節の記憶』中公文庫(2004.10) 淡々と、と言っていいのか。情景や心境が「淡々と」流れに沿ってつづられていく。時にだらだらという印象も受けそうな、句点の無い文。でも、その一連の言葉のつながりが思考の速さとシンクロしているようで、いつの間にかその文の速さで呼吸しながら読んでいることに気が付く。理屈っぽくてこだわりの強い「僕」と、その息子「クイちゃん」。彼ら2人を取り巻く人々が、それぞれに自分の「理屈」を持って、言葉で徹底的に語り合う。もしもこんなことがずっと続いていくのならすぐに疲れ果ててしまいそうだけれど、彼らの生活の中では極めて日常的に繰り返される。それが心地よくさえなってくる。鎌倉の自然描写も正確で細やか。繊細でもあり強固でもあり。
本田宗一郎 『俺の考え』新潮文庫(2003.11) 本田宗一郎さんの自由で合理的、大胆な考え方。ホンダが他社とどこが違うのかがよくわかる。こんなオヤジなら着いて行こうと思える。製品を愛し、会社を愛し、社員の気持ちを慮って、尚且つ自分の作りたいもの作る。そんな熱い気持ちをずっと持ち続けていられる経営者って、日本に何人居るんだろう。
↑ページトップへ ま 松本清張 『無宿人別帳』文春文庫 無宿者とは、人別帳からはずれた者たちのこと。それを人別帳と敢えて逆説的な名をつけるところがこの人らしい。一度罪人の印が付いた者は、容易には普通の生活には戻れない。救いの無い暗さが全編にある。江戸幕府の政策の下で圧迫されていた者たちの声を聞こうとする作者の姿勢。そこから感じ取れるものは、どこか現代にも通じるような気がする。
三崎亜記 『となり町戦争』集英社(200610) ミヒャエル・エンデ 『モモ』岩波少年文庫(2006.01) 宮沢賢治 『新編銀河鉄道の夜』新潮文庫 『新編風の又三郎』新潮文庫 『注文の多い料理店』新潮文庫 『ポラーノの広場』新潮文庫 宮部みゆき 『パーフェクト・ブルー』創元推理文庫 『心とろかすような』創元推理文庫(2003.10) 『かまいたち』新潮文庫(2003.12) 勇気があって正義感が強い女の子が主人公の表題作がやはり面白い。予測できる展開なのだけれど、持っていき方がしゃれていて、この人のセンスの良さがここでも光る。筋立ての豊富さと、登場人物が魅力的に描かれていて、次々に読んでしまう。文章の軟らかなリズムが気持ちよい。やっぱり宮部さんの作品は面白い!
『魔術はささやく』新潮文庫(2005.01) 久々に読んだ宮部さん。設定が独特。次を早く知りたくて時間も無いのに読みふける、という感じ。謎解きの面白さと同時に、その謎への主人公の立ち向かい方がこれまたいい。情景が目に見えるようだ。宮部さんの作品の多くが映画化されている理由が分るような気がする。ひとつひとつの要素が、次第につながってきて、そこに見えてくる殺意に怯えながら、反面それを引き起こしたのはずるい人間の姑息さだと考えると、どちらが果たして断罪されるべきなのか、と思う。主人公に救われながらも、どこかで心に重いものが残る。
『淋しい狩人』新潮文庫(2005.01) 『地下街の雨』集英社文庫(2005.03) 『龍は眠る』新潮文庫(2005.11) 『レベル7』集英社文庫(2006.02) 構成が面白い。1週間の中に複数のストーリーが同時進行していく。そのスピード感。前半にちりばめられた伏線は、宮部さんのお手のものか。それらがどういう風に繋がっていくのかが知りたくて一気に読んでしまう。謎解きの面白さと同時に、犯罪、人間の愚かしさ醜さへの怒り、など痛烈。例によって女性が魅力的でさばさばと気持ちよい。ただ、所々ご都合的な設定を感じられるところも。
『ステップファザー・ステップ』講談社文庫(2006.12) 村上春樹 『カンガルー日和』講談社文庫(2004.02) 実は初ハルキ・ワールド。なので見当違いかもしれないけど、繊細なファンタジー?不思議な世界に連れていかれる、そこには感受性豊かな少年が一人居て、自分の記憶を話してくれるかのようだ。感覚を研ぎ澄ませ、嘘とまやかしに騙されるな、透明なものを忘れるな、と言われているよう。読み終わったあと、思わず自分がどこにいるのか確認したくなる。
『パン屋再襲撃』文春文庫(2006.05) 村山由佳 『天使の卵 エンジェルス・エッグ』集英社文庫(2003.09) あまりにも平板な文体に、これでいいの?と思いながら、あっという間に読み終わる。読んだあと、どろどろももやもやも残らないので、冊数をこなしたいときにお勧め。どこかで読んだようなストーリー、どこかで見たような人物設定。かといって、お前に書けるかといわれたら、返答なし。いや、私は読む人ですから。書けたらどうしよう。
森絵都 『つきのふね』角川文庫(2006.01) 最後の手紙に号泣。純粋で小さくて大切な存在、それこそが人間。何かに支えられて、お互いに支えあって必要とし合って生きていく。心は弱くて壊れやすいかもしれないが、大丈夫、一人じゃない。中学2年生という年代の心を、すぱりと書ききる。どこにでも居そうな彼らたち。誰でもさくらに、梨利に勝田に成り得る。智にも。胸の奥に覚えのある痛み。柔らかすぎて簡単に傷ついてしまう心を抱えて、とまどいながらも走り続けるさくらたち。それでもしっかり受け止めて、互いに支えあいながら、そうして自分の足で進んでいこうとする姿に共感。子供の身近で起きていることと重ね合わせながら読んで他人事ではないなと思ってしまった。
『アーモンド入りチョコレートのワルツ』角川文庫(2006.08) 森博嗣 『すべてがFなる』講談社文庫(2006.10) ↑ページトップへ や 山本周五郎 『日々平安』新潮文庫 山本周五郎さんの作品は初めて読んだ。黒沢明監督の作品の元になったという表題作は、実際に映画になったものとは全く違う話だが、なるほどクロサワ監督が好みそうな人物描写が巧みな作品だ。全部で11編はいっているが、どれも人を見る目が深くて、弱い人間をそっと見守っているような、でもちょっと肩の力を抜いて昔のことを語っているような、優しい感じがする。会話のリズムがうまくて、すいすいと読んでしまう。山本節とでも言えるだろうか。実は最後の「失蝶記」が読みたくて買ったのだが(芝居の元ネタ)、これはこの中ではちょっとトーンが違うものだったようだ。でも、この作品の緊張感は、きっと山本周五郎さんの特徴のひとつであるのだろう。
『さぶ』新潮文庫(2006.08) 夢枕獏 『陰陽師』文春文庫 夢枕獏さんと言えば、「おどろおどろしい」という先入観があって、なかなか読む気になれなかったのだが、既に読んだ人のお勧めで、やっと開いてみた。心配ご無用。とても美しい世界。言葉の響きが綺麗だ。短い地の文を、改行しながら重ねていく文体は、余計なものを省いて、なおかつ沢山のことを想像させてくれる。安倍晴明と源博雅の会話は心通じ合った者同士という感じで、言葉少なでも分かり合っていて、読んでいてとても心地よい。出てくるのは、霊だの鬼だの怖いモノばかりだが、晴明にかかると、そのまがまがしいものたちにも、道理(?)(=わけ)があるのだと思えてくる。平安時代、霊の世界が身近だったというのは、こういうことかと思ったりした。霊も人も同じように哀れなものだと思えてくる。この後の陰陽師シリーズも読んでみたくなった。端正な顔立ち、冷静で時に皮肉な晴明と、無骨で正直な博雅。もうシビれっぱなしです。
『本日釣り日和』中公文庫(2006.05) 『陰陽師 飛天の巻』文春文庫(2006.05) 養老孟司 『涼しい脳みそ』文春文庫(2003.11) 養老孟司さん、アタマ良すぎて話題があっちこっちにジャンプする。短いエッセイだから余計だろうけれど、書き始めとはまるで違う終わり、というのは当たり前。それでも何編か読むと言いたいことの全体が見えてくるので、正直ほっとした。今ちょっと売れすぎているので逆に敬遠しているのだけれど、解剖学という端っこに追いやられている分野の気概というか、それだから見えるものが感じられて痛快な1冊。
吉村昭 『月夜の魚』中公文庫(2005.12) 吉本ばなな 『キッチン』新潮文庫(2005.01) 寂しい。そっと目をつぶって横たわっているような感覚。自分の肩を自分で抱くのは辛いけれど、体を縮めて赤子のようになってじっとしていれば耐えられるかもしれない。そして、こわごわと差し伸べた手が、誰かに届くかもしれない。大声で笑うことはできないかしれないけれど、頬が緩むぐらいは可能だろう。
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