海角七号/君想う、国境の南
| テーマ |
4 |
| 脚本×2 |
4(8) |
| 演出×2 |
5(10) |
| 映像 |
5 |
| 音響 |
5 |
| 主演 |
5 |
| 助演 |
5 |
| おすすめ度 |
4 |
| 総合点 |
46 |
監督:ウェイ・ダーション
公開年:2008年
ある映画関係のサイトで絶賛されていたので見てみました。
(ネタバレ注意)
台湾の日本統治が敗戦によって終わり、日本に戻らざるを得なくなった日本人教師が、台湾人の恋人に宛てて書いた7通のラブレター。その7通は結局送られることはなかったが、教師の死後、父親のラブレターを見つけた教師の娘が、60年ぶりに台湾にラブレターを送る。ところが「海角七号」という住所は、日本統治時代の住所で、現在の住所がわからず、配達を担当する新米配達人が結局、自宅に持ち帰る。
その新米配達人の青年は、ミュージシャンの夢をあきらめ故郷に帰ったものの、無為な毎日を送っていた。
そこに、地元のビーチで日本人ミュージシャンを呼んでコンサートを開く話が持ち上がったが、地元議会から横槍が入り、台湾人のバンドを前座として出演させることになった。結局、地元の人間だけでバンドを組むことになり、その青年もしぶしぶ仲間入り。しかし、ほかのメンバーは素人ばかり。一方、コンサートのPRの撮影隊の通訳として現地を訪れていた日本人女性もバンド作りに協力することになり、青年との関係が…。といったような話です。
60年前の日本人男性と台湾人女性の恋、現代の日本人女性と台湾人男性の恋を交互に絡めて映画は進みます。
しかし、全体的な印象としては、地元バンドのメンバー集めから、練習、対立、そしてコンサートにこぎつけるまでの、あれこれがメインとなり、60年前のラブレターは、それほど物語の中心に絡んでこなかったといった印象でした。
でも、台湾人気質というか、台湾人の人柄がよく出ているのではないかと思います。(行ったことはありませんが…)そういう意味では、楽しく見ることが出来ました。
上のほうで、長々とストーリーを書いてしまいましたが、この映画、60年前のラブレターと現代の若者の恋がうまくシンクロしていません。そこがうまくいけば、もっと切ない良い映画になったと思いますが、ちょっと力不足。どこかで見たようなバンド結成物語にちょっぴり昔の話を盛り込んだだけに終わってしまいました。そこが残念です。
60年前の日本人教師と現代の日本人ミュージシャンの二役をこなした中孝介も、添え物的な扱いで、物足りなかったです。

怪傑ブラックタイガー
| テーマ |
7 |
| 脚本×2 |
6(12) |
| 演出×2 |
7(14) |
| 映像 |
8 |
| 音響 |
6 |
| 主演 |
7 |
| 助演 |
6 |
| おすすめ度 |
7 |
| 総合点 |
67 |
監督:W.サーサナティヤン
公開年:2000年
珍しいタイ制作のアクション映画。カンヌ国際映画祭にタイから初めて出品された作品だそうです。
物語は、太平洋戦争中のタイの農村での、村長の息子から盗賊団の一員になった青年と、深淵の令嬢との恋というメロドラマを軸に、マカロニウエスタンもびっくりの無国籍アクションの連続。日本映画でも昭和20年代から30年代ごろには、こんな感じの映画も多かったのではないかと思わせる出来です。ここまでストレートな物語は、最近では珍しく、逆に新鮮な感じさえします。
それと映像。タイはもともとカラフルな国なのかもしれませんが、あの色彩の魔術師チャン・イーモウ監督も真っ青の赤や緑、黄、ピンクなど原色のオンパレード。やりすぎの感はありますが、ここまで徹底すれば、思わず納得といった感じです。
文化の差もあり、最新のアメリカなどの映画と比べると、出来に大きな差があるように感じるかもしれませんが、メロドラマやアクション映画のツボはちゃんと押さえられており、楽しく見せてもらいました。
それにしても、主人公は加藤剛、ライバルは宍戸錠にそっくりですね。
あらを探せばいくらでも出てくるかもしれませんが、勢いが良いのでまあ許せるかなというところです。
「プライベート・ライアン」など最近の戦争映画のハードな描写に影響されたのかどうか、ちぎれた手が飛んできたり、脳味噌が飛び散ったりと、どぎつい描写がいくつかあります。メロドラマとしては割とよく出来ているので、どぎつい表現はもう少し控えたほうが良かったかもしれません。
それにしてもいろんな武器が出てきましたね。思いつくだけでも、「モーゼル・ミリタリー・ピストル」「エンフィールドNo2に似たリボルバー」「フランスのM1873に似たリボルバー」「ウィンチェスター風レバーアクションライフル」「M1ガーランド・ライフル(なんと着剣)」「M2カービン(かな?)」「M1A1トンプソン・サブマシンガン」「M3サブマシンガン」「MAT Mle1949サブマシンガン」「M60マシンガン」「M1917マシンガン」それに極めつけは「M72に似たロケットランチャー」といったところです。
それでは問題です。このうち、「太平洋戦争中」という時代設定からしておかしい武器はどれでしょう。全て答えなさい。

火山高
| テーマ |
7 |
| 脚本×2 |
7(14) |
| 演出×2 |
8(16) |
| 映像 |
8 |
| 音響 |
6 |
| 主演 |
8 |
| 助演 |
7 |
| おすすめ度 |
8 |
| 総合点 |
74 |
監督:K.テギュン
公開年:2002年
「マトリックス」は、その後の映画にいろんな影響を与えましたが、この映画もその一つです。
「マトリックス」日本のアニメ「ジャパニメーション」の要素がたくさん入っている映画ですが、「火山高」も「アキラ」や「ドラゴンボール」などの日本のアニメを積極的に取り入れています。でも、本家の日本ではアニメ止まり。このような実写の映画は一部を除きほとんど作られませんし、ひょっとしたら作ることができないのかもしれません。
そこがいま韓国の映画界が持つパワーです。おもしろいと思うものは、既成概念にとらわれず、多少作りは荒くても強引に作っていく・・・。
話自体は、架空の高校を舞台にした超能力アクション物。マンガのノリでハチャメチャなバトルが展開されます。
物語がダレそうになると、すかさずアクション。テンポよく進みます。最近のアメリカのアクション映画でも同じように次から次にアクションシーンがあり、最後まで飽きさせないような作りのもの(そのほとんどはひどい出来の映画)が多いですが、それらと「火山高」とは似ているようで違います。なぜなのか考えてみましたが、その理由のひとつは、途中に挿入されるギャグのシーンだと思います。それも、欧米系の笑いではなく、日本や韓国などの若者の軽いノリのギャグです。ひとつひとつは、まあまあのギャグですが、それをコメディの基本に忠実に従い何度も何度も繰り返すことによって、良質のギャグになります。これには、主人公をはじめ出演者のキャラクターもよく合っています。
それと、この映画、全体の流れは耐えに耐えて最後に爆発という、日本でいえばヤクザ映画に通じるものがあります。
しょうもない映画と切り捨てるのは簡単ですが、動く絵というムービーの楽しさの基本がいっぱいの「火山高」、私は大好きです。
物語の深みという点では物足りないかもしれませんが、もともとが、マンガやアニメの世界の実写版ですので、気楽に楽しんでください。
それから、これは私だけの問題なのかもしれませんが、セリフの音量とサラウンド時のBGMの音量のバランスが悪く、セリフに合わせるとサラウンドの時は地響きがするような大音響となります。私はハードがアナログの5・1サラウンドを使っており、デジタルの5・1サラウンドのDVDとの相性が悪いのかもしれません。

カールじいさんの空飛ぶ家
| テーマ |
7 |
| 脚本×2 |
7(14) |
| 演出×2 |
6(12) |
| 映像 |
8 |
| 音響 |
6 |
| 主演 |
7 |
| 助演 |
7 |
| おすすめ度 |
7 |
| 総合点 |
68 |
監督:ビート・ドクター ボブ・ピーターソン
公開年:2009年
ディズニーとピクサーのアニメ。
子どもの頃、誰でも憧れる「冒険」。妻といつかは南米の「エンジェルフォール」に行こうと約束していたが、それも果たせぬまま最愛の妻は亡くなり、一人暮らしを続けているカールじいさん。立ち退きを迫られたことから、妻との約束を思い出し、「空飛ぶ家」で南米を目指すというお話です。
今回も、ピクサーのアニメは素晴らしいですね。空飛ぶ家や「エンジェルフォール」付近の景色など圧巻です。そして、空を飛ぶシーンというのは、ジブリ作品などでもそうですが、アニメにとって魅力的な表現ですよね。
冒頭に示される妻との思い出。セリフはありませんが、人生というものを感じさせて、胸に迫るものがあります。「クレヨンしんちゃん 大人帝国の逆襲」の父親「ヒロシ」の回想シーンと並ぶ、感動的なシーンです。
物語は、後半アクション中心の展開となりますが、家族で楽しく見るアニメですので、変に叙情的に作るよりよかったのではないかと感じました。
そして、エンディングに「希望」が…。これがあったから、点数がぐっと上りました。見終わったあとの気持ちも最高の、素敵なアニメを見せてもらいました。
ところで、私はDVDで見ましたが、DVDについている特典映像は最高です。スタッフが実際に南米に行ってロケハンする映像など、それが完成したアニメにどのように反映されているかよくわかって、とても面白いです。必見です。
最近、気になるのが、映画公開時にテレビで行う宣伝番組です。映画の面白さを伝えたいという気持ちはわかりますが、映画の一番キモのところを見せられると、映画を見る気が失せてしまいます。
「カールじいさんの空飛ぶ家」の場合、私の妹の話ですと、冒頭の妻との思い出の部分をすべて、テレビで見せたということです。確かに素晴らしいシーンですので、見せたくなる気持ちはわからないではありませんが、妹はそれを見て、映画を見た気持ちになり、今まで全編を見ていなかったと話していました。宣伝サイドには、もう少し考えてほしいものです。

監督:A.ギタイ
公開年:2000年
第4次中東戦争(ヨム・キプール戦争)で戦場にかり出された青年の話。戦闘部隊ではなく、ヘリコプターを使った負傷者搬送の部隊の話というのが、普通の戦争映画と違ってユニークなところです。ギタイ監督の実体験を基にした映画だそうで、イスラエルの人たちの戦争に対する普通の感覚というのが、淡々と描かれています。
ヘリコプターの窓から外を眺める主人公の顔を延々と撮ったシーンは、ドキュメンタリー映画のようで新鮮でした。
戦争映画の中では意外と官能的なシーンが描かれています。例えば新作の方の「スターリングラード」や「フロントライン 戦略特殊部隊」それに「シン・レッド・ライン」などもそうかもしれません。あの傑作「戦争のはらわた」もそうですよね。それぞれ意味合いは少しずつ違うんですが、やはりセックスを描くことで、戦争の中に溢れている「死」と正反対にある「生」のすばらしさを描き、「死」の残酷さを示そうとしているのかもしれません。
この映画でも冒頭と最後に絵の具を体に塗りまくった男女の官能的な絡みが出てきます。まるで昔の実験映画のような感じです。でも、余りにも唐突なので、その意味合いがよく分かりません。
この映画、監督の実体験を基にしているだけに物語は単調でドキュメンタリーのようです。物語を盛り上げようということは、最初から放棄したような作りです。そこが、戦争の現実をそのまま描いているともいえますが、当面戦争がなさそうな日本にいる私としては、ぴんときません。

ギャラクシー・クエスト
| テーマ |
9 |
| 脚本×2 |
9(18) |
| 演出×2 |
9(18) |
| 映像 |
8 |
| 音響 |
8 |
| 主演 |
8 |
| 助演 |
8 |
| おすすめ度 |
10 |
| 総合点 |
87 |
監督:D.パリソット
公開年:2001年
20年前に放送が終了したSFの人気テレビ番組「ギャラクシー・クエスト」。今はファンの集いに出て細々と収入を得ているかつての俳優たちのところへ、テレビ番組を見て、本当の英雄たちと思いこんだ「本物の宇宙人」が、救援を求めてくる・・・・。
このストーリーを聞いただけでワクワクしてきます。
期待通りの出来でした。まず、脚本が良くできています。序盤をテンポよく進め、俳優たちが全員揃ったところで、アクションあり、笑いあり、涙あり。単なるドタバタ・コメディーにすることなく、うまくまとめていて、ツボを得た演出でいい作品に仕上がっています。
そして、俳優たちだけでなく、宇宙人、敵も含めて、キャラクターがすべて活きています。これもいい映画の条件のような気がします。
本当に楽しめた映画でした。おすすめです。
それと、「エイリアン」のシガーニー・ウィーヴァーが、肩の力を抜いて楽しんで演じているのが印象的でした。
注文をつけるところはありません。是非、DVDを発売してください。すぐに買います。

救命士
| テーマ |
5 |
| 脚本×2 |
4(8) |
| 演出×2 |
4(8) |
| 映像 |
5 |
| 音響 |
5 |
| 主演 |
6 |
| 助演 |
6 |
| おすすめ度 |
4 |
| 総合点 |
47 |
監督:M.スコセッシ
公開年:1999年
ちょっとイった感じのニコラス・ケイジのあの表情は迫力がありますね。長い間人の命を救えずに悩む救急救命士という設定は、なんか奇妙ですが期待させます。
次々に変わる相棒もバイオレンスな奴や神がかった男など変なキャラクターだらけで笑わせてくれます。病院に運ばれる患者も変な人だらけです。
面白そうな要素はたくさんあるのですが・・・・。
基本的にパンフレットなど買わない主義なので(ケチなもんで・・・)よく分からないんですが、ベストセラー小説か何かの映画化ですか?これ。文章で読むとかなり面白い代物だと思います。でも映画としては難しいですね。
テーマを真面目に描くといったタイプではなく、奇妙な味を楽しもうという感じだと思うのですが、その味を楽しもうにも、あまりに話が飛びすぎてついていけないので、「何これ?」と行った感じでしらけてしまいます。
助けらなかった女性の亡霊から最後には解放されるくだりも、例えば「シックス・センス」のようなひねりがあれば面白かったと思うんですが。
どうも何を描きたかったのか今ひとつ分かりません。

監督:ヴァジリ・チィギンスキー
公開年:2007年
第二次世界大戦、フィンランドに基地を構えるロシア海軍の潜水艦がドイツ海軍と戦う姿を描いた作品・・・と言いたいところですが、肝心の潜水艦の戦いがほとんど描かれません。それよりも、潜水艦の艦長を陥れようとする特務将校の企みのほうが話の中心になっているようです。最近のロシアの戦争映画は、このような特務将校の酷さを糾弾する映画が多いように思えます。
潜水艦の艦長に片思いする若い女性のモノローグがあちこちに使われるのが、意味不明。大体、この女性は、そんな重要な役ではないし・・・。また、艦長は優れた技能の持ち主で、英雄と称えられますが、その割には、スウェーデン人女性のところに入り浸りだったりして、よく分からない性格付けです。
全体的にまとまりのない、何を言いたいのか分からない映画になってしまいました。潜水艦の戦いを、もうちょっとちゃんと描けば、良かったのに・・・。外れでした。

キル・ビル
| テーマ |
7 |
| 脚本×2 |
6(12) |
| 演出×2 |
8(16) |
| 映像 |
8 |
| 音響 |
9 |
| 主演 |
7 |
| 助演 |
7 |
| おすすめ度 |
8 |
| 総合点 |
74 |
監督:Q.タランティーノ
公開年:2003年
いやー、これは評価が難しい映画です。 タランティーノ監督が、そのオタクぶりを発揮して好きなように撮った映画。通常の映画のセオリーを無視して、前編これクライマックスのみ。そして、残酷表現は、「これでいいの」というほどハード。リアリティもほとんどなし。練りに練って撮った前作「ジャッキー・ブラウン」とは対極にあるような映画です。
でも、なんかおもしろいのです。つまり、日本のヤクザ映画などのように、復讐劇としてのおもしろさがストレートに出ているからではないでしょうか。
最近の流行なのか、これも前編、後編に分かれていて、「続く」で終わります。
主演のユマ・サーマンやルーシー・リューなどもがんばって日本語を話すし、千葉真一や栗山千明など日本人俳優も多く、エンディング曲も梶芽衣子の「修羅の花」。まるで日本映画のようです。
タランティーノ監督の映画は、これで4作目。映画のトップに字幕で説明が出てきます。「パルプフィクション」「レザボアドッグス」「ジャッキー・ブラウン」そして「キル・ビル」。珍しく私は4本すべて見ています。
やはり、気になったのは「残酷表現」。まあ、話自体がマンガのような話ですので、いいかとも思うのですが、ちょっとやりすぎかな。
後編は、おもしろそうで気になるのですが、微妙なところで劇場でなく、ビデオでもいいかなと今は思っています。
(採点変更)ビデオがレンタルで出たので、再度見てみましたが、音楽など考察が不十分なところがありましたので、採点を変更します。
改めて見てみると、なかなかスタイリッシュな演出で、カルトな魅力がいっぱいです。
それから、音楽ですが、いろんな寄せ集めではありますが、そのセンスは抜群です。ビデオで「キル・ビル」を見た私の息子が、そんなに音楽好きでもないのに、なけなしの小遣いを使って「キル・ビル」のCDが買いたいと言い出しました。早速買って聞いてみると、これがなかなかの出来です。
映画マニアのタランティーノ監督の選曲は抜群。久しぶりに買ったサウンドトラックのCDを聞いて、サウンドトラックもいいなと再認識しました。

キル・ビル Vol.2
| テーマ |
7 |
| 脚本×2 |
6(12) |
| 演出×2 |
7(14) |
| 映像 |
7 |
| 音響 |
6 |
| 主演 |
7 |
| 助演 |
6 |
| おすすめ度 |
7 |
| 総合点 |
66 |
監督:Q.タランティーノ
公開年:2004年
タランティーノ監督がいろんな映画への愛を込めて作った痛快作「キル・ビル(キル・ビルVol.1)」の続編。
「ロード・オブ・ザ・リング」など、最近、一話完結ではなく、最初から2部作、3部作として作られた映画がよく見られます。その際、評価に困るのは、それぞれを個別に評価するのが適当なのか、それとも全体をひとまとめにして評価するのがいいのかという点です。
正直言って、私も困っています。まあ、あいまいですが、両方の考え方をミックスして評価することにしましょうか。
今回は、殺そうとしている「ビル」との関係が中心になっています。「キル・ビルVol.1」の解決編といった趣です。時系列を無視して、自在に構成し、劇画的な手法でスタイリッシュに描いた「キル・ビルVol.1」と比べると、「キル・ビルVol.2」は,まあ普通のできです。
「Vol.1」と同じように、今回の「Vol.2」も、タランティーノ監督は、映画のなかでいっぱい遊んでいます。いろんな映画のパロディが随所に出てきて、楽しませてくれます。
種明かしをすると台無しなので、ひとつだけ。たぶん、タランティーノ監督は「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」を見て、やられたと思ったのではないでしょうか。真っ暗になるあのシーンは、まさに「ブレアウィッチ」です。
続編ということで、点数は「Vol.1」のすばらしさを加味して、まあまあの点数となっています。仮に、この「Vol.2」だけの1本の映画であったとしたら、60点切るでしょうね。もともと物語の展開にはかなり無理があるのですが、特に、後半のまとめに入っているので、ツジツマあわせに追われて、ちょっとくるしいといった感じですね。
共演者では、「Vol.1」のウォーレン・イシイ役のルーシー・リューの存在感がすごいですね。これがなかったら、「Vol.1」は、あれだけ面白くなかったかもしれません。その意味では、今回の共演者は、普通でした。
それと、「Vol.1」の最後で、お腹の子どもが生きていたことを臭わせて終わりますが、これはなかったほうがよかったのではないでしょうか。「Vol.2」の最後で、子どもが出てきても、まったく意外性がなくインパクトに欠けます。
たしかに、この内容を1本の映画に盛り込むとしたら、面白いところをかなり捨てないといけなくなり、2部作にしたのは、やむをえなかったのかも知れませんが、3時間ぐらいの1本にまとめるのもよかったのではないでしょうか。

キング オブ ポルノ
| テーマ |
4 |
| 脚本×2 |
4(8) |
| 演出×2 |
4(8) |
| 映像 |
5 |
| 音響 |
5 |
| 主演 |
6 |
| 助演 |
5 |
| おすすめ度 |
4 |
| 総合点 |
45 |
監督:E.エステヴェス
公開年:2000年
有名なアメリカのポルノ映画、マリリン・チェンバース主演の「グリーンドア」を作った2人の兄弟の話。ポルノ映画ではない「ポルノ」の映画・・・これは面白そうだと公開を待っていましたが、劇場未公開でがっくり。ようやくレンタルが出たので借りて見ました。
監督のE.エステヴェスが兄に、またC.シーンが弟に扮して、なんと禿頭で登場。アメリカのポルノ映画の黎明期の熱かったあの時代を再現しています。
それにしても、ポルノ映画を作る2人を支える両親の姿にはびっくり。あんな親もいたんでしょうか。
80年代の殺人犯「サムの息子」を描いたS.リーの「サマー オブ サム」のような、ある意味で熱かった時代の空気を感じさせてくれる映画だろうと期待して見ました。
でも、その期待は大きくはずれてしまいました。
最初こそ、ポルノ映画撮影現場の熱さやいい加減さが出ていて、映画の中で「あの」マリリン・チェンバースが出てきたときは、自分の若かかりし頃を思い出してしまいましたが、そのあとがいけません。中盤からあとは、どうしても頭が上がらない兄に反抗して麻薬におぼれる弟と、弟を助けようと自ら麻薬を絶って苦悩する兄という、うんざりする話が延々と続きます。アメリカと麻薬環境が違う日本人なので、分からないのかもしれませんが・・・。
もっと、もっと、「ポルノ映画」を前向きに描いて、あの時代のある種の「活気」と「いい加減さ」をごちゃ混ぜにしたパワフルな映画にしてほしかったですね。
最後に、この邦題「キング オブ ポルノ」は何とかならなかったんでしょうか。この邦題を見てポルノ映画だと思って借りた人はがっかりしますよ。直訳の「X指定」でもよかったんでは。この邦題のおかげでビデオをレンタルする時にも勇気がいったんですが、返すときにはカウンターの若い女性が「いやらしいエロ爺」という感じで私をにらみつけていました。

キング・コング
| テーマ |
4 |
| 脚本×2 |
3(6) |
| 演出×2 |
4(8) |
| 映像 |
7 |
| 音響 |
6 |
| 主演 |
6 |
| 助演 |
6 |
| おすすめ度 |
3 |
| 総合点 |
46 |
監督:P.ジャクソン
公開年:2005年
映画史に残る傑作「ロード・オブ・ザ・リング」のピーター・ジャクソン監督が、1933年製作のオリジナル版「キング・コング」にほれ込んで作ったリメイク版。最新CG技術を使ったキング・コングの造形はさすが。まるで生きているみたい。「ロード・オブ・ザ・リング」の、ゴラムで使った手法が存分に生かされています。
ストーリーはオリジナル版を元に、ヒロイン、アン・ダロウや映画監督カール・デナムなどの描写を追加したり、スカル・アイランドでの恐竜のシーンなどを加えてあります。
基本的なストーリーを変えなかったところに、ジャクソン監督の強い思い入れがあるんですが・・・大丈夫かなというのが、映画を見る前によぎった不安でした。
映画を見た結果・・・長い!!! ありえない!!! 陳腐!!!
見る前の危惧は現実のものとなりました。
まずは、誤解のないように言っておきますが、オリジナル版の「キング・コング」は、クレイアニメの古典ともいえる映画で、戦前に作られた古い映画ではあるものの、映画の面白さをいっぱい詰め込んだ100点満点の傑作です。ジャクソン監督がリメイクしたかった気持ちはよく分かります。私にとっても、心に残る映画です。
結論から言いますと、ジャクソン監督はオリジナルの脚本でやるべきだったと思います。基本的なストーリーを変えないということは、どうしてもオリジナル版と比較されます。でも、偉大なオリジナル版を同じストーリーで超えるのは至難の業です。では、オリジナル版を超えなくてもいいから、面白ければいいじゃないかということになります。その通りです。でも長い!
実はオリジナル版も、スカル・アイランドに到着するまでの描写がやや長く感じられるんですが、今回改めて見直してみると、それでもかなり簡潔な描写にしようと努力していることが分かります。でも、リメイク版は、いろんな描写を詰め込んだ結果、なかなか島に到着しない映画となってしまいました。アン・ダロウやカール・デナムなどの描写を掘り下げたいという気持ちはよく分かります。オリジナル版では、まさにリアルタイムだった当時の風俗、世相も入れたいという気持ちも分かります。しかし、限られた時間の中で構成しなければならない映画の場合、省略を活用してコンパクトに収めることも重要になってきます。ジャクソン監督は、「ロード・オブ・ザ・リング」でも、少し感じたのですが、そのあたりがやや苦手なようで、どうしても長くなるタイプの監督のようです。
さて、オリジナル版では、スカル・アイランドに到着した後は、まさに一気呵成にエンパイアステートビルディングでのエンディングまで行ってしまいます。その手際のよさは、見事です。一方、リメイク版の方は、あれも入れたい、これも入れたいと欲張った結果、冗長でだれる展開となりました。特にプレシオザウルス(?)の集団暴走は、なんであんなに長いのでしょうか。また、下にいる人間が一部を除いて、恐竜に踏み潰されもせず逃げ続けることが出来るなんて、ありえない! 一緒に見た妻は失笑していました。
また、ティラノザウルス(?)とキング・コングとの戦いでも、コングがアン・ダロウを手の中にいれながら戦い続けますが、それもありえない! あのシーンだけで、アン・ダロウは、握りつぶされて何十回も死んでいます。
このほか、気持ち悪い虫が絡みついた脚本家ジャック・ドリスコルを助けようと、船員がサブマシンガンを使うシーンがありますが、人間に一発も当たらずに、絡みついた虫だけに弾が当たるなんて、ありえない!・・・などなど、「ありえない!」の連続です。SF、ファンタジー映画だから、ありえない描写もすべて許されるという訳ではありません。現実にはありえない内容を描くだけに、最低限のリアリティは必要なのです。それを無視したら、「なんでもあり」になって、映画の緊張感などは消し飛んでしまいます。
次に「陳腐」。この映画のテーマはキング・コングとアン・ダロウの心の交流です。スカル・アイランドで、生き延びるために必死にキング・コングと心を通わせようとするアン・ダロウは、最終的に、キング・コングに恋をしているかのように描かれます。スケートのシーンは、まるで恋愛映画のような甘いムードです。キング・コングを人の心を持つものとして描きたいという気持ちなんでしょうが、それがこの映画の爽快感を大いにそぎます。
オリジナル版では、キング・コングは基本的に怖い獣として描かれます。キング・コングを見るアン・ダロウの目の中にあるものは、最後まで恐怖です。そちらの方が、リアリティがあります。その方が、エンパイアステートビルディングに連れ去られたアン・ダロウを助けようとするヒーロー(オリジナル版では航海士)の必死さも分かりますし、最後にキング・コングが転落して死んでも、一抹の哀れみはありますが、アン・ダロウが助かってよかったというハッピーエンドとなります。
一方、リメイク版の方は、悲恋で終わります。アン・ダロウは逃げようとせず、自らエンパイアステートビルディングに上りキング・コングを助けようとします。このシーンでは、アン・ダロウの心がキング・コングの方に行っているだけに、助けようとするジャック・ドリスコルは間抜けな感じになってしまいます。でも、最後にはアン・ダロウは、ジャック・ドリスコルの腕の中に・・・複雑です。
このリメイク版、ジャクソン監督は、ちょっとやりすぎたなという感じです。

グエムル 漢江の怪物
| テーマ |
6 |
| 脚本×2 |
4(8) |
| 演出×2 |
4(8) |
| 映像 |
8 |
| 音響 |
7 |
| 主演 |
7 |
| 助演 |
6 |
| おすすめ度 |
5 |
| 総合点 |
55 |
監督:P.ジュノ
公開年:2006年
韓国のモンスター・パニック映画。あるサイトで、2006年の映画の上位に入っていたので、レンタルで見ました。
まず、モンスターの大きさがいいですね。ゴジラぐらいに大きくなると、現実にはありえないと感じますが、この映画のモンスターは体長10〜15メートル、造形もナマズかハゼを大きくしたような形で、「ひょとして、このくらいだと、現実にいるかも」と思わせます。
そして、モンスターの登場シーン。川の護岸の上を遠くから走ってくるモンスターを見た人たちが、何だろうという感じで「キョトン」としているのが、リアルでいいですね。そのモンスターが近づくにつれて、だんだん大きくなって、人々がパニックを起こし、川岸は大混乱に陥ります。このあたりのスピーディーなテンポ、演出や編集の巧みさは、圧巻です。このシーンだけでも、必見です。
日本やアメリカなどのモンスター映画にない、新たなモンスター映画の予感を感じさせました。でも・・・。
上で書いたように、モンスターの登場シーンは最高で、これはすごい映画になるぞと期待しました。しかし、あとがいけません。
物語は、モンスターに連れ去られた女の子を助けようとする、父親や祖父、叔父、叔母の4人の家族愛を前面に出した展開となります。これについては、いいと思うのですが、どうも前半で寄り道が多くてもたもたします。また、合間に、緩急をつけるためでしょうか、「クスリ」と笑えるシーンが挿入されていますが、つい先ほど娘を奪われた家族の会話として、この感覚は私にはよく分かりません。私は、コメディ映画かと思ってしまいました。韓国の映画の中には、エピソードを詰め込みすぎて、途中でだれてしまうものをよく見ますが、これは、映画の嗜好の違いなのでしょうか。
また、モンスターに対する政府や警察、軍隊、マスコミの対応の描き方が、リアルさに欠けているため、気勢をそがれます。もし、モンスターが出現したら、捜索や捕獲、また、住民避難などを先に行うと思うのですが、映画では、ウイルス対策や、女の子を助けるため隔離されていた病院から逃げ出した主人公家族捜しなどが中心に描かれます。まるで、モンスターの捕獲は二の次といった感じです。私は深読みして、政府やアメリカに、何か隠された謎があるのではと思ってしまいました。
終わり方については、あるサイトで「理不尽な」と表現されていましたが、まさにその通りです。好みの分かれるところだと思います。私は逆の終わり方の方が好きです。
モンスターの登場シーンが素晴らしいだけに、なんとも残念です。でも、そのシーンを見るためだけでも十分に価値はある映画です。

監督:A.ロゴシュキン
公開年:2006年
フィンランド北部のラップランドを舞台に、フィンランド兵、ソ連兵、そして一人で暮らすラップランドのサーミ人の女性の3人が、それぞれ言葉が通じないまま、一緒に暮らす姿を描いた映画。フィンランド兵とソ連兵は、お互い対立しあうが、最後には心を通わすようになります。2人の兵士を招き入れる女性のキャラクターが個性豊かで、日本の風景とまったく違うラップランドの風景が新鮮で、美しいし、水の音や風の音、民俗音楽などをミックスしたような音楽も抜群です。
フィンランドが舞台なので、フィンランドの映画かなと思って見ていましたが、ロシア映画なんですね。びっくりしました。
物語のポイントは、やはり、3人が言葉が通じないなかで、どのような反応を示すのか、その心理描写が中心になります。その仕掛けは、ある程度、成功しているとはいえるんですが、脚本面でもう一ひねりがほしかったような気がします。言葉が分からないことによって、どのように誤解が生じるかは描かれているのですが、その中で、どのように理解のための努力をしていくか、その変化なども、もう少し丁寧に描いてほしい感じがしました。仕掛けが面白いだけに、もう少し、その仕掛けを生かしてほしかったと思いました。
それと、印象深かったのは、戦争の描き方です。この映画、戦闘シーンというのは、ほとんどないのですが、ロシア兵が乗っていた車が、味方の誤爆を受けて、運転手らが死亡するシーンで、ばらばらになった遺体をサーミ人の女性が埋葬しようとする描写が、淡々と描かれており、かえってリアリティを感じました。また、「プライベート・ライアン」に始まって、「父親たちの星条旗」にいたるまで、スプラッター度を増している、スピルバーグの「無邪気」で「えぐい」描写と比べると、この「ククーシュカ」では、カメラも引いて写しており、自制心を感じました。やはり戦争映画における遺体描写には、節度が必要だと思いました。
この映画、最初に、フィンランド兵がドイツ兵にドイツ兵の服を着せられて、岩場に鎖でつながれて放置されるシーンがあります。この冒頭シーンで、私は頭が混乱してしまいました。放置されたのがフィンランド兵だと分かるのは、もう少し後になりますので、最初は、観客は、ドイツ兵がドイツ兵を鎖でつなぐのかと思ってしまいます。「なぜ」と疑問符がついたまま、映画を見続けることになります。
そして、放置されたのが、フィンランド兵とわかっても、疑問符は続きます。というのは、第二次世界大戦でフィンランドとドイツは共通の敵、ソ連に対抗するために、お互いに協力関係にあったからです。(フィンランドとソ連が休戦したあとのごく短い期間、フィンランドがドイツを攻撃したことはありますが)「なぜ」ドイツ兵がフィンランド兵を岩場に放置するのか、フィンランドの戦いを知らない大多数の日本人の観客は、ドイツとフィンランドが敵対関係にあったと誤解するかも知れません。字幕の表現に限界があるせいかもしれませんが、映画の中では、そのあたりの事情を説明してくれません。
映画のホームページを見て初めて、このフィンランド兵は、反戦的な態度を示したため、このような仕打ちを受けたと分かりました。たしかに、フィンランド兵は、厭戦的な発言をするのですが、それが冒頭のシーンの原因というのは、映画では分かりにくいです。あまり説明的になっても、映画としては問題ですが、このあたりは、もっと分かりやすくしてほしかったです。
ただ、疑問に思ったのはそのくらいで、あとはなかなか良い映画だと思いました。
なお、ドイツ兵が持っているのが、現地で手に入れたと思える、フィンランドのサブマシンガン「スオミM1931」だったり、フィンランド兵が着せられるのが、特に敵からは忌み嫌われる「SS(武装親衛隊)」の服であるなど、小道具には気を使っているのがよく分かります。

グラディエーター
| テーマ |
7 |
| 脚本×2 |
5(10) |
| 演出×2 |
6(12) |
| 映像 |
7 |
| 音響 |
6 |
| 主演 |
10 |
| 助演 |
8 |
| おすすめ度 |
7 |
| 総合点 |
67 |
監督:R.スコット
公開年:2000年
ローマ帝国の勇将マキシマス。皇帝の息子の陰謀により妻子を殺されたマキシマスは、奴隷の身となり明日の命も分からない剣闘士となった。そこに復讐のチャンスが・・・。
何と言っても無類の強さを誇るマキシマス役のラッセル・クロウがいいですね。最初に写真で見たときは、普通のおじさんのような風貌にがっかりしたんですが、映画で見ると悲しみや心の暖かさ、そしてファイターとしての強さをよく表現していて、この映画の魅力は彼の功績によるところが大きいと思います。
映画は時代を映す鏡だとつくづく思います。物語の構図としては、S.キューブリックの「スパルタカス」とよく似ていますが、物語の進むベクトルは大きく異なります。
「スパルタカス」は、革命思想と間違われそうな「集団の力」「集団の意志」といったものを表現し、「群衆の力」で変革を目指しているのに対し、「グラディエーター」は、グループというものはあっても、「集団」や「群衆」の力をそれほど信じてはいません。それより、「個」の強さの魅力の方に力を入れて表現されているように見えます。
それを示すのが、クライマックスのマキシマスと新皇帝(息子)との対決で、「集団」が新皇帝の勢力を倒すのではなく、あくまでも1対1の対決で、マキシマスが倒すという展開になります。
この違いは、大げさに言えば今の社会のあり様を示しているような気がします。
ただ、この最後の対決が物語の展開としてはちょっと疑問です。いくら策略があるとはいっても、新皇帝がマキシマスと直接対決するというのはリアリティに欠ける展開だと思いますし、ましてやその結果敗れるというのでは「単なるアホの皇帝」になってしまって、最後のところで新皇帝の怖さが損なわれているような気がします。
また、「グラディエーター」では、物語の痛快さ、スピードに重きを置いているようで、明日の命も分からない剣闘士の宿命といった部分の表現には力を入れていません。ですから「物語の深み」「怖さ」という点では「スパルタカス」の方が数段上だと感じます。
活劇としては十分楽しめる作品ですが、もう一つ上を望みたいところです。

グリーン・デスティニー
| テーマ |
7 |
| 脚本×2 |
4(8) |
| 演出×2 |
6(12) |
| 映像 |
6 |
| 音響 |
5 |
| 主演 |
7 |
| 助演 |
6 |
| おすすめ度 |
6 |
| 総合点 |
57 |
監督:A.リー
公開年:2000年
伝説の剣「グリーン・デスティニー」を巡り、中国の大地で繰り広げられる男女の愛を描くアクション作品。
なんといっても、大人の女性の魅力いっぱい、伝説の剣士への愛を秘めた姿が美しい女剣士シューリン役のミシェル・ヨーと、束縛から解かれたいともがく可憐な貴族の娘イェン役のチャン・ツィイーの2人が素晴らしいですね。
空を飛ぶシーンは、まるでピーターパン。アクションというより、ファンタジーかもしれません。
エンディングも万事うまく納めるハリウッド調とは違い、いかにも東洋的でいいと感じました。
アクションの見せ場としては、「マトリックス」のアクション監督が担当したワイヤー・ワークがふんだんに出てきます。でも、あんまり飛ばせすぎで、「マトリックス」と比べるとしっくりこないような気がします。ちょっとやりすぎかな。
それと、貴族の娘イェンの恋人の盗賊の頭、ローの出し方が唐突です。後半の話に持っていくために、突然2人の出会いからの話が始まります。それもかなり長い時間。このため、物語が止まってしまったような感じになり、観客はとまどってしまいます。あとのためにどうしても必要だったのでしょうが、強引です。ここは、例えば、昔の事を回想するのではなく、イェンが家を飛び出したあと盗賊に会うような流れにするほうが自然なような気がしました。いろいろ難しかったのでしょうが、もう一工夫欲しかったというところで、脚本に辛い点数を付けてしまいました。
でも、後半の物語は、ぐいぐい引き込まれよかったと思います。
素敵な女性2人に比べると、大スターのチョウ・ユンファはいい味を出しているんですが、ちょっと重すぎかな・・・。

監督:原恵一
公開年:2002年
原恵一監督の「クレヨンしんちゃん」劇場版は、前作の「オトナ帝国の逆襲」からターゲットを大人にシフトしていて、その第2弾です。
戦国時代にタイムスリップしたしんちゃんが、お姫様と家来の侍との恋の仲立ちをします。(最初はいつものようにしんちゃんがお姫様に一目惚れするんですが・・・)
そこに、車に乗ったしんちゃんの家族が到着。いつものように家族一丸となっての大活躍となります。
この映画では、戦国時代の合戦に至る細かなしきたりや、合戦の様子などが、かなり克明に描かれています。実写の映画を含めて、ここまでこだわって描いた物は少ないのではないかと思います。それだけでもGOODです。
それと、いつ見ても野原一家の描き方がいいですね。特に劇場版では、げんこつなどの暴力表現も少なく、一致団結して難題に立ち向かう姿はすがすがしく、心温まるものがあります。
大人に向けて作った「クレヨンしんちゃん」第2弾。今回はちょっとやりすぎました。
観客のほとんどは3〜6歳の子どもたちです。そこに大人をターゲットにした話を盛り込むことにより、本来の子どもたちを切り捨てることになる危険性が出てきます。第1弾の「オトナ帝国の逆襲」の時も実はすれすれだったんですが、第1弾ではテレビ版のように風間くんやネネちゃんらお友達の活躍の場面が多かったこと、暴力描写が少なかったことなどから、「20世紀へのオマージュ、21世紀へのエール」というテーマが浸み入るように受け止められました。
今回の「戦国大合戦」は、大人向けとしては、お姫様と家来の侍との恋物語など、まあまあの出来といえますし、合戦シーンは、たぶん原監督がじっくり描きたかったところなんでしょうが、すばらしい出来となっています。
しかし、こども、それも3歳〜6歳位の小さな子どもに見せることを考えると、バツです。まず、暴力描写です。いくらアニメといってもあれだけ大量の侍や足軽たちが合戦で死んでいくリアルな描写は控えるべきです。せめて10歳位からでしょう。また、今回は風間くんやネネちゃんらのお友達は、単なる添え物でしかありませんでした。彼らが出てきたときほっとしたのですが、すぐ出なくなりがっかり。彼らお友達もこの映画では重要な配役です。
クレヨンしんちゃんは、あくまでも子どもの世界を描きつつ、大人にも強く訴えるものでなければなりません。子どもを忘れたクレヨンしんちゃんは、クレヨンしんちゃんではありません。全く別物の映画です。
どうか、宮崎駿にならないでください。クレヨンしんちゃんは宮崎アニメとは別の山頂にある優れたアニメなんですから・・・。

監督:原恵一
公開年:2001年
「20世紀へのオマージュと21世紀へのエール」
21世紀を迎えて混迷の度を深めている今の日本に対して、「クレヨンしんちゃん」のアニメから、このようなものすごいメッセージが送られてくるとは思ってもいませんでした。映画はその時代の鏡であり、その時代を写すものです。21世紀を迎えるに当たって、日本で作られた映画(アニメではなくあえて映画といいます)の中で、これだけストレートで胸に迫るメッセージを伝えてくれる映画を私は知りません。
現在の年齢が30代後半から50歳前後までの大人にとって大変懐かしい映像と音楽が次々とでてきます。映像としては、大阪万博、ミニスカート、オート三輪、スバル360、黄昏の商店街、30年代の町並み、白黒テレビ、昔のテレビ番組・・・。音楽としては、スカイラインのCM曲「愛のスカイライン(BAZZの『ケンとメリー愛と風のように』)」、ハワイ出身のデュオ、ベッツィ&クリスの「白い色は恋人の色」、吉田拓郎の「今日までそして明日から」、そして新しい曲でしょうが、こばやしさちこが歌うエンディング曲「元気でいてね」。雰囲気としては、あの傑作アニメ「おもひでぽろぽろ」のようです。
観客は「クレヨンしんちゃん」を見ながら、20世紀の思いでに浸り、自分の人生を振り返ります。これまで余り描かれなかった父親のヒロシの生い立ちから現在までの人生もでてきて胸に迫ります。
でも、この映画のすごいところはその後です。
「苦しくて、不透明で、不安いっぱいの21世紀だけど、過去を振り返るのではなく、未来に向かってがんばろう」と訴えます。なぜなら、我々には未来があり、とりわけ、しんちゃんのような子どもたちには、誰もが侵してはならない未来があるからです。そして、その核となるのは家族です。野原一家の雄々しさ、気高さに胸を打たれます。
それを、これまで人生を送ってきた大人たちからのメッセージとして伝えようとしている映画なのです。
21世紀が始まった今、すべての日本人に見てほしい映画です。
これまでの一連の「クレヨンしんちゃん」の映画は、いずれもレベルが高く、私は気に入っています。それらの中で、今回の「大人帝国の逆襲」は毛色の変わった作品となっています。ターゲットは子どもではなく大人です。この映画、幼稚園児ではメッセージを理解するのは不可能です。でも、幼稚園児でも楽しめるよう作られているのはさすがです。

監督:水島努
公開年:1998年
このシリーズは割と面白いのでよく見ています。これも子供たちが見ていたので、つい一緒に見てしまいました。毎度お馴染みの登場人物、お馴染みのストーリー展開にも関わらず、引き込まれてしまいます。エンディングも思わずほろりとさせられます。
それと、このシリーズで素晴らしいと思うのは、クレヨンしんちゃんの家庭の設定です。一見、今流行りの家族崩壊かと見せて、実は、家族同士の心が通いあう素晴らしい家庭であるということです。今の日本の家庭を取り巻く状況からすると、嘘臭いと言われるかもしれませんが、見ていて気持ちがいいです。映画は、夢と希望と愛を伝えてくれなければ・・・・。
完全に子供向けの作品なんですが、職人的うまさがあり、GOODです。大人の鑑賞にも十分堪える出来だと思います。
このシリーズ、最初からそうですが、表現が下品です。でもこれはマイナス点にはならないでしょう。ストーリー展開も、いつも基本的には同じ。これが偉大なるマンネリとなるのか、単なるマンネリなのか、微妙なところです。

クロッシング
| テーマ |
8 |
| 脚本×2 |
8(16) |
| 演出×2 |
8(16) |
| 映像 |
7 |
| 音響 |
7 |
| 主演 |
8 |
| 助演 |
7 |
| おすすめ度 |
8 |
| 総合点 |
77 |
監督:キム・テギュン
公開年:2010年
去年、日本公開の韓国映画で見逃していたので、遅まきながら見てみました。
北朝鮮の脱北者とその家族の過酷な運命を描いた作品です。元サッカー選手の主人公は、炭鉱労働者として妻と男の子1人の家族とともに、ささやかながらも幸せな暮らしをしてましたが、妻が結核にかかり、北朝鮮では治療薬が手に入らないため、薬を求めて単身脱北をします。主人公は結果的に中国から韓国に脱出せざるを得なくなり、北朝鮮に残した家族と再会できるのか・・・最後には残酷な運命が待っています。
監督は、私が好きな韓国映画のひとつ「火山高」の監督で、作風はかなり違いますが、しっかりとポイントを抑えた演出で、よくできていると思います。
この映画が製作されたときは、いわゆる「融和政策」のころかと思いますが、映画は「北朝鮮の人たちは同胞であり、悪いのは北朝鮮の国家体制だ」という基本的な姿勢で作られているようです。ですから、政治的な部分をことさら強調するより、脱北者と家族の運命を淡々と描くことで、北朝鮮の人たちの悲惨な状況を訴え、北朝鮮の国家体制を変えなければ、問題は解決しないと主張しています。
脱北した主人公の心情、父親と会いたいと願う子どもの心情がよく描かれており、悲惨な結末ではありますが、家族愛というものを感じさせる映画で、胸にぐっと迫るものがあります。
無駄なシーンがなく、それぞれのエピソードが過不足なく描かれた、優れた映画だと思います。
北朝鮮と比べ、韓国の豊かな生活を強調するシーンなどは、まあ当然の描写とはいえますが、やや国策映画的とも見えます。しかし、問題があるというほどではないでしょう・・・テーマがしっかりと描かれているので。
印象に残ったシーンは、主人公が結核の薬を求めようと韓国の薬局に出向くところ。薬剤師は「処方箋がなければ薬は出せない」といいますが、必死に食い下がる主人公に対して「保健所に行けば、タダでもらえます」と答えます。それを聞いた主人公が北朝鮮と韓国のあまりにも違う現実に、ぽかんとした表情をするところが特に印象に残りました。

監督:マット・リーヴス
公開年:2008年
映画の公開まで、その内容について完全秘密主義を貫き、「じらし」宣伝で話題となった映画。
ニューヨークのマンハッタンで起きたある異変を、居合わせた一般人のビデオ映像で見せるという設定で描いています。この仕掛けは、ホラー映画の「ブレアウィッチ・プロジェクト」と、ベトナム戦争を描いた「ベトナムの照準 チャーリーモピック」を足して2で割ったような感じです。
一人称で描くという、この映画の試み。これまでこの種の映画では使われたことはないと思いますが、視点を変える事で、これまで何度も見たような映画が、新鮮に生まれ変わり、かなり成功していると思います。ありそうでなかった・・・着想のよさの勝利でしょう。
この映画を評価するときに、よく言われていることが、アマチュアのカメラマンの映像という設定のため、カメラを振りまくって目が回ってしまうということじゃないかと思います。私はビデオで見ましたが、確かに、カメラはぶれまくりで、普通の映画と比べると見にくいです。まあ、私とか一緒に見た息子は、動きの激しいFPS(一人称視点のシューティングゲーム)をしていますので、それほど苦痛ではなかったんですが、そうでない人が、映画館で見ると大変かもしれません。
「ブレアウィッチ」や「チャーリーモピック」の場合は、いずれも他人に見せることを想定した撮影の映像という設定なので、それほど見にくくはありませんでした。ですから、この「クローバーフィールド」の場合も、プロやセミアマチュアのカメラマンが、異変に遭遇して撮影したという設定にすれば、かなり見やすくなったのかもしれません。でも、それでは映像としてのインパクトは、かなり低下したかもしれませんね。
ところで、映画のラストカットに仕組まれた「仕掛け」は最高ですね。息子がサイトから情報を仕入れて教えてくれたんですが、必見です。

激戦地
| テーマ |
7 |
| 脚本×2 |
8(16) |
| 演出×2 |
7(14) |
| 映像 |
7 |
| 音響 |
6 |
| 主演 |
7 |
| 助演 |
7 |
| おすすめ度 |
8 |
| 総合点 |
72 |
監督:ルイス・マイルストン
公開年:1946年
第二次世界大戦が終わった翌年に作られた戦争映画。監督は、「西部戦線異状なし」のルイス・マイルストン。イタリアの海岸に上陸したあるアメリカ軍の部隊の戦いぶりを描いています。最近、ビデオレンタルのリリースがあったので、入れておきます。
映画は最初、上陸用舟艇の中の描写から始まります。「プライベート・ライアン」と同じですが、この映画は、延々と兵士たちのおしゃべりが続きます。だるいなと思っていると、指揮官があっけなく負傷(その後戦死)。上陸のほうは、「プライベート・ライアン」のような激しい抵抗にあうこともなく、すんなりと終わります。部隊の指揮は、何人かいる軍曹のひとりがとることになりますが、上陸後に落ち合うはずの味方が現れないため、軍曹は判断に悩みます。そうしているうちに砂丘のむこうで爆発音と真っ黒い煙。でも何が起きているのかはまったくわかりません。
以上のような感じで、映画は淡々と進んでいきます。最近の血みどろの戦争映画に慣れている者からすると、なんとも物足りない映画のようにみえます。
でも、私はこの映画に「戦争の匂い」を感じます。例えば、砂丘のむこうの様子を黒い煙だけで表現しているところ。多分、製作予算もあまりなくて、このような省略になったのかもしれませんが、実際の戦場で一兵士が見ることの出来る範囲といいうのは、かなり限られています。普通の戦争映画のように、その局面を俯瞰して見ることは実際はできません。そういう意味で、この表現は一兵士の視点から見たというリアリティがあります。戦場に放り込まれた兵士にとっては、何がなにやらわからない状態のほうが多いという状況がよく描かれていると思います。
途中で、指揮をとっていた軍曹はその重圧に押しつぶされて指揮がとれなくなり、別の軍曹が指揮をとるようになります。その軍曹も
精神的にかなりまいりながら、なんとか任務を遂行していきます。ある本によりますと、実際の戦場で、兵士の精神障害の発症率は100パーセントであるとのデータもあります。そういう意味で、戦後1年で製作されたこの戦争映画は、戦意高揚というよりも、実際に戦った兵士たちの生の姿を描いた作品で、地味ではありますが佳作だと思います。
最後の敵が潜む農家への突撃は、まるで「西部戦線異状なし」のようで第一次世界大戦風。実際あんなのもあったかも知れませんが、なんとなく変です。
ドイツ軍が使う機関銃は、アメリカ軍と同じブローニングM1919あたりで考証的にはいまいちですが、制作年代を考えれば仕方ないところかもしれません。
今のレベルから見ると、しょうもない映画のように見えますが、「戦争」を感じてください。

ケドマ 戦禍の起源
| テーマ |
9 |
| 脚本×2 |
7(14) |
| 演出×2 |
8(16) |
| 映像 |
8 |
| 音響 |
6 |
| 主演 |
6 |
| 助演 |
6 |
| おすすめ度 |
8 |
| 総合点 |
73 |
監督:A.ギタイ
公開年:2002年
第二次世界大戦が終わり、各地で迫害に遭っていたユダヤ人が、イスラエルを建国しようと密航して集まってくる、その時代を描いた映画。それまで住んでいたムスリムの人たちは当然抵抗し、武力衝突で多くの犠牲者が出ます。その様子を、ユダヤ人の見方だけでなく、ムスリムの視点からも描く意欲作です。
現在でもパレスチナなどで激しい衝突が繰り返されている中で、部分的にはイスラエルを批判していると受け止められそうな、このような映画を作ることができたことに驚きます。もちろん、監督としては、一方的な視点にとらわれず、イスラエルを取り巻く現実をしっかりと見据えた上で、「なぜ戦いをやめることはできないのか」という思いを訴えているのだろうと思います。
冒頭部分の性的な描写。同じ監督の「キプールの記憶」でも、同じように性的な描写がでてきますが、これについてはよく理解できません。元々、この映画は、一般的な映画と違って、極端に説明を排除しているため、意味不明の部分も多くなっています。例えば、映画の場面の設定なども一切説明はありません。私は、イスラエルの成り立ちについて詳しくはありませんが、大雑把な概要程度は知っていると思っていました。しかし、あまりにも分かりにくいため、途中でビデオを見るのをやめて、インターネットで調べたぐらいです。
この映画の、構成上の特徴は、いわゆる「長回し」が多いということです。10分間ぐらいカットなしの連続シーンが随所に出てきます。ひょっとしたら、カット数の少なさでは、ギネスものかもしれません。このため、人によっては映画の試聴にかなりの苦痛を感じるかもしれません。本当に、見る人を選ぶといった映画です。ラストカットも、計ってはいませんが10分以上あるんじゃないでしょうか。詳しくは書きませんが、本当に驚かされてしまいました。でも、まさにその場に自分がいるような気にさせる「長回し」です。こんな表現もあるんだという、新鮮な驚きを与えてくれました。監督が本当にやりたいように描いた映画です。
上にも書いたように、この映画は「見る人を選らぶ」映画です。ですから、人によっては「0点」でしょう。わたしにとっては、久しぶりに「映画はどんなことでも出来るということを再認識させてくれた」映画として、感謝しています。
それから、タイトルから戦争アクション映画と勘違いする人もいるかもしれませんが、そうではありません。戦闘シーンは後半にあるだけです。でも、かなりリアルな戦闘シーンで、私は気に入りました。

厳戒武装指令
| テーマ |
5 |
| 脚本×2 |
4(8) |
| 演出×2 |
5(10) |
| 映像 |
6 |
| 音響 |
4 |
| 主演 |
5 |
| 助演 |
5 |
| おすすめ度 |
5 |
| 総合点 |
48 |
監督:N.スタンブラ
公開年:2003年
今も続くチェチェン紛争をテーマにしたロシアの戦争映画。当然、ロシア側からの視点で描かれていますが、チェチェンゲリラの首領が、元ロシア軍兵士(これはよくあること)で、ロシア側の司令官と知り合い。ゲリラの首領が自分の子どもの保護を、敵側の司令官に依頼するシーンなど、興味深い描写も見られます。
戦争映画といえば、戦闘シーン。さすがに、本物の車両、ヘリ、小火器がふんだんに出てきます。
最後は、ちょっと青春映画風になりますが、現在の戦争をテーマにした映画だけに、厭戦気分で終わるわけにもいかなかったのでしょう。まあ、そのせいで、見終わった後は割とさわやかではあります。
なによりも、ロシアの戦争映画、それも現代というのは、そんなに多くは入ってきませんので、特にその方面に興味のあるものとしては、軍装などを含めて貴重な映画となります。
せっかくの現代戦の映画ですが、戦争の捉え方としては、旧来の戦意高揚映画と同じような印象の映画となりました。上でも書きましたが、今まさにやっている戦争、紛争を描く場合は、なかなか難しいのでしょう。
それに、戦闘シーンも、絵は派手ですが、ロシアが強すぎるなど、緊迫感という点では、今ひとつです。
その点で、同じチェチェン紛争をテーマにしたロシアの戦争映画「チェチェン・ウォー」のほうが、復讐のために加わる元ロシア兵士、人質の恋人を助けようというイギリス人、そして、2人の捕虜となったチェチェン人の3人の道中が、うまく描かれており、面白いと思います。
なお、登場する兵器としては、車両がBMD−2空挺戦闘車、BTR−80装甲兵員輸送車などが走り回ります。小火器もロシア側が、AKS−74ライフルのBG−15擲弾発射器付、PKM機関銃、ゲリラ側がUZIサブマシンガン、G3ライフル、AKMライフル、RPK風のよく分からない機関銃、そして、珍しいところで、ポーランド製のWz63サブマシンガンが、ちょこっと出ます。軍装も、ロシア側の迷彩服は、VSRのFLORA迷彩やSCHOFIELD迷彩、ウッドランド迷彩などさまざま。チェチェンゲリラ側は、黒ずくめやウッドランド迷彩など多種。最近はどの軍隊でもポピュラーになったアサルトベストやアーマーベストもいろんな種類が出てきます。

県庁の星
| テーマ |
3 |
| 脚本×2 |
2(4) |
| 演出×2 |
3(6) |
| 映像 |
3 |
| 音響 |
3 |
| 主演 |
4 |
| 助演 |
3 |
| おすすめ度 |
3 |
| 総合点 |
29 |
監督:西谷弘
公開年:2006年
この映画、劇場で見るつもりでしたが、なんか全然盛り上がっていなかったので、つい、見逃し、レンタルで見ました。
「踊る大捜査線(以下、踊る)」で警察に鋭くメスをいれ、今度は県庁という役人の世界にメスを入れるといった企画。「踊る」で警察官を「正義の味方」ではなくて「公務員」として描いた姿勢は素晴らしいものがありました。今度は、まさに身近な公務員、県庁職員、それもエリートです。期待は高かったのですが、反面不安も・・・・。
その不安は「ドンピシャ!」的中しました。これじゃ、映画館にだれも行かないよね。
何から言っていいか、迷いますが、なんと言っても県庁職員のリアリティがない。あまりにも表層的すぎます。「踊る」(特にTV版)では、真正面からいくと臭くなる警察権力批判を、コメディという形でオブラートに包んで、ギリギリのところで、エンターテインメントにして成功しました。その基礎にあるのは、警察権力のリアリティです。カリカチュアライズされてはいますが、警察幹部らの、あの雰囲気、思考、態度は、誇張はされていますが、核心を突いています。一方、「県庁の星」の描く県庁職員は、住民の福祉、生活を視点に入れて判断、行動するのではなく、エリート意識、県庁内のしがらみの中で、建設業界との癒着なども分かった上で、コスト意識皆無のハコ物(建物、施設など)を作ろうとします。それは、実際の県庁職員のおかしな一面を確かに描いてはいますが、県庁という、昔だったら○○藩のお城のような、権力機構の凄さまでは描いていません。ですから、女性知事も県議会議長も建設業界のドンも、その描き方はステレオタイプすぎてリアリティがありません。大人の組織というより、小中学校の生徒会の延長みたいな感じで、その裏にあるどろどろとしたもの、怖さを、ほとんど描こうとしていません。
組織を正確に描いていないという点で、もっともびっくりしたのは、県議会の本会議で、主人公(織田裕二)が、突然提案を始めるくだりです。議員ならともかく、職員が発言を求められていないのに、自分からあのような発言を始める事はありえません。もし、そうなったとしたら、議会軽視で大問題となり、監督責任として最悪、知事の進退問題まで発展する可能性まで出てくる事態です。発言した主人公もよくて停職、場合によっては、県職員の資質に欠けるとして解雇の可能性もあります。また、主人公がとうとうと述べる、コスト問題についても、あれでは、小中学校の生徒会レベルです。もう少し、県議会、その仕組みを勉強する必要があります。「踊る」ではできたのですから・・・。
県サイドの話ばかり、書きましたが、もう一方の舞台のスーパーです。「踊る」の場合、準主役、脇役、チョイ役まで、登場するすべてのキャラクターが生きていました。それが、「踊る」を面白くした大きな要因のひとつです。この「県庁の星」に出てくるスーパーにも、面白そうな脇役がたくさんいます。ちょっと多すぎるかもしれません。結局、それらの個性的な脇役をうまく使えていません。これは、残念ですね。また、スーパーの仕組みも的確に表現されていません。このあたりをもっと丁寧に作れば、「スーパーの女」のような、面白い映画になったような気がします。
最後に、「踊る」と比較ばかりして申し訳ありませんが、「踊る」では、カッコよさ、笑い、シリアスさ、爽快さ、テンポよさ、などがうまく融合しています。ひるがえって、「県庁の星」には、カッコよさも足りないし、笑いもいまいち、シリアスさは崩壊し、軽快さのかけらもない、テンポにいたってはどうしようもないといった感じです。
織田裕二も、「踊る」以降、なかなか良い作品にめぐり合えず大変ですね。

交渉人
| テーマ |
9 |
| 脚本×2 |
9(18) |
| 演出×2 |
9(18) |
| 映像 |
8 |
| 音響 |
7 |
| 主演 |
9 |
| 助演 |
7 |
| おすすめ度 |
9 |
| 総合点 |
85 |
監督:F.ゲイリー・グレイ
公開年:1998年
見ていた私もうまくはめられました。主人公サミュエル・L・ジャクソンのネゴシエーターの活躍シーンで始まり、なかなか良い出足だと思っていたところ、そのすぐ後にこれまで飽きるほど見せられた警察の腐敗話。「何だこれじゃタイトルに偽りありだ」とがっかりしたところ、話は意外な方向に・・・。なるほどこういう手もあったのかと脱帽しました。
後はサミュエル・L・ジャクソンとケビン・スペーシーの息詰まる対決で、緊張感を持続させながら最後まで一気に見せます。敵は一部しか分からず、誰が味方で誰が敵か、最後まであかさずにストーリーを進めるところもGOOD。
それと、SWATの描写などもプロの目からも太鼓判を押せる出来だそうで、とても楽しめる映画でした。
良くできた映画ですが、残念なところが2〜3か所あり、やや緊張感がそがれます。
まず、中盤で最初の人質を解放するところ。ケビン・スペーシーが銃で狙っているのに、サミュエル・L・ジャクソンは人質に向けていた銃をはずして、そのまま人質を解放してしまいます。ケビン・スペーシーがそのまま射殺すれば事件解決です。相手を信用している描写ともいえるかもしれませんが、だましたりだまされたりの対決の中では、ちょっと甘いかなと思います。
それと、エンディングは見え見えです。サミュエル・L・ジャクソンが出演した「ジャッキー・ブラウン」のエンディングと比べると、インパクトが足りません。
小さなところのあら探しかもしれませんが、こういうところを丁寧に作ってこそすばらしい映画ができると思います。

交渉人 真下正義
| テーマ |
7 |
| 脚本×2 |
6(12) |
| 演出×2 |
7(14) |
| 映像 |
7 |
| 音響 |
7 |
| 主演 |
7 |
| 助演 |
8 |
| おすすめ度 |
8 |
| 総合点 |
70 |
監督:本広克行
公開年:2005年
3匹目のドジョウを狙って「踊る大捜査線 THE MOVIE」の3作目を作りたい。でも肝心の長さんがいない。それなら、「踊る」の設定、キャスト、スタッフを使って、別の話を展開させようと出来上がった作品。
成り立ちから商魂見え見えの企画なので、あまり触手が伸びなかったのですが、大好きな「踊る」シリーズの外伝なので、一応押さえとくかと見に行きました。
でも、この映画、意外と面白かったです。
まず、東京の地下鉄を人質に取った犯人と、日本初のネゴシエーター、交渉人の主人公(ユースケ・サンタマリア)との対決というストーリーは、新味は薄いのですが、たまたま公開の1か月前にJR西日本であった死者100人以上の鉄道事故とオーバーラップして、思わず引き込まれてしまいました。ものすごい偶然ですね。もう少し似ていたら、映画の公開が危ぶまれたところです。
設定は、「踊る」の設定を使っていますが、メインで出るのは、ユースケ・サンタマリアのみ。同じような成り立ちのTVのスペシャル版がひどい出来だっただけに、どうなるかと思っていました.。しかし、「踊る」に頼ることなく、新たな物語を開拓できたといえるでしょう。
何よりも、「踊る」TV版のように「キャラが立っている」のが素晴らしいと思います。特に、まるでヤクザみたいな木島刑事のキャラクターはいいですね。映画の途中で彼のシーンでは、観客から笑いがこぼれていました。このキャラクターがこの映画の肝といえるかもしれません。寺島進の熱演も光ります。また、TTR総合司令室総合指令長を演じた国村隼や、広報役のアリとキリギリスの石井正則もいい味出しています。線引屋の金田龍之介は、長さんをほうふつさせるような役で、物語を引き締めています。
「踊る」と比べると、ややこじんまりとした感じは否めませんが、TV版人気に乗っかって大ヒットを記録した「THE MOVIE」の2作より、作りは丁寧かもしれません。私としては、こちらのほうが好きです。総合点は70点をつけましたが、映画の出来では「THE MOVIE」より上と思っています。
「踊る」TVシリーズの良さは、コメディでありながら、物語の根底にはリアリティがしっかりあるということです。その意味では、「THE MOVIE」劇場版になって、その良さは、かなりスポイルされてしまいました。残念ながら、この「交渉人 真下正義」でも、その傾向が見られます。真下が課長を務める交渉準備室の動きに的を絞るのは物語の進行上やむをえないのかもしれませんが、警視庁上層部との葛藤がほとんど描かれておらず、現場だけが動いている感じです。そのため、リアリティがかなり損なわれており、警察の現実をコメディの形を使って鋭く描くという「踊る」TVシリーズとは、かなり遊離したものとなっています。SATの描き方も、笑いを取りたいためかもしれませんが、ただ右往左往するだけで、滑稽です。
終わり方は、続編を作りたいという気持ちもあるのでしょうか、微妙なところですが、まあ一応納得というところでしょうか。

告白
| テーマ |
2 |
| 脚本×2 |
6(12) |
| 演出×2 |
5(10) |
| 映像 |
6 |
| 音響 |
6 |
| 主演 |
6 |
| 助演 |
5 |
| おすすめ度 |
2 |
| 総合点 |
49 |
監督:中島哲也
公開年:2010年
松たか子演じる中学教諭の復讐劇を軸にすえた、現代の日本の現実の一面をえぐりだした映画。
女性教諭の幼い娘が、中学校のプールで水死体として発見されます。実は、娘の死には教え子の2人の少年が関係していることがわかり、女性教諭はある方法を使って、2人の生徒に復讐をします。
教師が教え子に復讐するというショッキングな内容ですが、復讐劇としてみるとよくできています。冒頭の教室での女性教諭による生徒達への「復讐の宣言」。30分ぐらいありますが、ここで観客を引きずりこんでしまう見事なオープニングです。途中もさまざまな展開があり、一気に最後まで見せます。
また、復讐劇の側面とともに、「モンスター」の子どもたちを作り上げた、それぞれの「家庭」の抱える問題の描写も怠っていません。ややステレオタイプ的ではありますが、なぜ日本の家庭はこんなになってしまったんだろうかといった多くの問題点が提示されます。
そういう意味では、ナイフで心臓をえぐりだして目の前にドンと置かれたような映画で、力作といえば力作といえますが、私は好きではありません。
冒頭の「復讐の宣言」のなかで、まずひっかかりました。(ネタバレ注意です) 主人公の女性教諭とその夫が離婚する理由です。HIVに感染していた夫が世間から差別を受けるであろうと考え、そのような苦労を娘に背負わせるよりは、離婚して差別から派生するさまざまな困難を避けた方がいいという判断で離婚したと説明します。映画では、それを聞いた生徒達から、「なんで離婚したの?」とか「子どもがかわいそうだ!」といった反応が返ってきます。HIVの感染という問題に直面した家族の判断は理解せざるをえないのかもしれませんが、この映画のテーマの一つである家庭の崩壊と子どもたちの荒廃という観点からすれば、生徒達の反応のほうが自然だと思いました。娘の殺害に関わった少年Aや少年B、そしてその他の生徒達の家庭が崩壊しているのと同様に、女性教諭の家庭も「病気が原因だ」とはいえ、崩壊していたのではないでしょうか。
そういう意味では、この映画は、「鬼に復讐した村人までが鬼になってしまった」というか、「鬼に復讐した村人も鬼だった」といった感じを受けます。なんかやりきれない話ではあります。ありきたりではありますが、難病を抱えながらも家族で困難に立ち向かう姿を見るほうが、当事者は大変でしょうが、見る側からするとほっとさせられます。
凄まじい復讐劇といえば、日本の漫画を基にした韓国の映画「オールド・ボーイ」を思い出します。でもあれは、ひどい復讐とはいえ大人への復讐です。「告白」のように、子どもに対する復讐というのは、かなりショッキングです。そのあたりは狙ったんでしょうが、この映画のもう一つのテーマである「処罰より更正が優先される少年法への疑問」については、映画ではあいまいなまま終わらせています。私としては、子どもへの復讐に溜飲を下げるわけにもいかず、後味はかなり悪かったです。少しは救いがほしいと感じました。
それと、最後の爆破シーン。逆回しにしたあと、もう1回爆破させます。人間がばらばらになる様子を2回も見せられますが、これは遊びすぎ、やりすぎじゃないでしょうか。

ゴジラ(アメリカ版)
| テーマ |
5 |
| 脚本×2 |
3(6) |
| 演出×2 |
4(8) |
| 映像 |
9 |
| 音響 |
6 |
| 主演 |
6 |
| 助演 |
6 |
| おすすめ度 |
5 |
| 総合点 |
51 |
監督:R.エメリッヒ
公開年:1998年
これは、最近のアメリカ映画のSFXに共通することですが、コンピュータを駆使した映像は素晴らしいの一言です。この際、これがゴジラであるかどうかの議論は別にして、気楽に楽しめばいい種類の映画です。
これも、最近のSFXを駆使したアメリカ映画によく見られることですが、素晴らしい映像に感心しますが、それだけで終わりです。脚本や演出があまりにもお粗末なので、素晴らしい映像を生かすことができません。

ゴースト・オブ・マーズ
| テーマ |
4 |
| 脚本×2 |
4(8) |
| 演出×2 |
5(10) |
| 映像 |
5 |
| 音響 |
5 |
| 主演 |
4 |
| 助演 |
4 |
| おすすめ度 |
4 |
| 総合点 |
44 |
監督: J.カーペンター
公開年:2002年
ジョン・カーペンター監督の映画としては「遊星からの物体X」「ニューヨーク1997」続編の「エスケープ・フロム・LA」
「ゼイリブ」ぐらいだと思います。久しぶりにカーペンター監督の作品を見ました。もう、すっかりホラー映画監督になってしまったんですね。
この映画は、火星の植民地を舞台にしたSFホラー映画。刑務所にいる犯罪者を護送するため鉱山町に向かった警官のグループが、火星の先住民の霊のようなものにとりつかれゾンビのような様相になった住民らと死闘を繰り広げるという話。銃は撃ちまくるわ、首はピュンピュン飛ぶわ凄まじい戦いとなります。
まず言えること。この映画は、そこそこ気持ち悪いだけで、ほとんど怖くありません。「遊星からの物体X」や「エイリアン」などと比べるまでもなく、SFホラー映画としては失格ですね。
途中で仲間の何人かが、火星の先住民の霊にとりつかれますが、ただそれだけ。周りの人間もすぐに相手がとりつかれたと分かるし、とりつかれた者が仲間を襲うこともない。あの「遊星からの物体X」で十分に怖がらせてくれた仕掛けを全く生かしてくれません。アクションの方を重視したということなんでしょうか。
襲ってくる集団も簡単にやっつけることが出来るので、爽快感はあるかもしれませんが、恐怖感ゼロです。
でも最後だけは、月並みな終わり方ではありますが、気持ちよく見終わることが出来ました。
ところでここからは銃の話。最近、おもちゃのエアガンも出た「H&KのG36C」のカービンタイプ「G36K」が出てきました。「G36」系のライフルは、SFっぽい外観もあって「バイオハザード」など、映画によく使われるようになってきました。
そのほか、ラストで出てきた2丁の「ワルサーMPK」も色がシルバーというのが面白いでした。でも、SF映画にしては、実在の銃でほとんどを済ますのは、ちょっと手抜きかも・・・。SFっぽいプロップガンが欲しいところです。

コミュニストはSEXがお上手?
| テーマ |
7 |
| 脚本×2 |
6(12) |
| 演出×2 |
6(12) |
| 映像 |
5 |
| 音響 |
5 |
| 主演 |
5 |
| 助演 |
5 |
| おすすめ度 |
6 |
| 総合点 |
57 |
監督:アンドレ・マイヤー
公開年:2008年
なんともはや、すごいタイトルですが、この映画は真面目なドキュメンタリー映画です。第二次世界大戦での敗北から、東西に分けられたドイツ。ベルリンの壁の崩壊で、ふたたび一緒になるのですが、元々同じ民族が、社会主義と資本主義という異なる体制の下で、どう変化したか。それを、SEXの面から描いたドキュメンタリーです。
若い時代に、フリーセックス、性革命の洗礼を受けた私としては、歴史の講義のおさらいと言った感じで、再確認しながら拝見しました。当時、ウィルヘルム・ライヒなど色んな書物で教わったことが、実際に東ドイツで実践されていた状況を目の当たりにできて、興味深い映画でした。
一見自由そうに見えて、宗教や経済などで、がんじがらめにされた西側の性に対し、東側がいかに性による革命を押し進めていたかが、当時の東側の人々のインタビューや性教育のテレビ映像などで示されます。
作りとして仕方ないのかもしれませんが、かなり東側にひいきしたような内容になっていて、そこまではないだろうと突っ込みの一つや二つは入れたくなる内容ではあります。しかし、性の面から、社会主義と資本主義を斬るという手法は面白く、きわどいところは、コミカルなアニメーションで描くなど、頑張っています。
ほとんどの日本人にとっては、フリーセックス、性革命とは無縁で、「ふしだらな」という印象を受けるかもしれませんが、この映画を見るとその印象が変わるかもしれません。念のために説明しますが、フリーセックスのフリーとは、宗教とか因習とか、経済とか、偏見とか、権力とか、そういうものから「自由」な性という意味の「フリー」ですので、お間違いのないよう。決して、だれとでもセックスするという意味ではありません。ウィルヘルム・ライヒの著書「性の革命」によりますと、真にフリーな性の男女は、よく一夫一婦制を保持すると述べられています。
・・・と上では書きましたが、映画では、東側の若い男女が、だれとでもセックスしていたという状況を描いていて、ずっこけてしまいました。やはり、人間というものは、面白いものですね。
この映画で特に残念なのは、ベルリンの壁の崩壊後、ふたたびドイツがひとつになったのですが、その後、ドイツ人の性がどうなったのかが、ほとんど語られていないことです。まあ、その総括は難しいのかもしれませんが、一番知りたいのはそこなので、残念でした。
いずれにしても、本当に東側の女性って、立場が強かったんだなと感じさせる映画でした。

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