☆月★日の私

12月31日 おせち料理を完了しました。どんどんどんどんおなべをいっぱい使ったりして、作ってて、それでお重につめるのがとても楽しくて好きです。
お友達が、「今、会いにゆきます・・あの六週間の奇跡」というDVDを貸してくれました。みなくちゃ。泣かなくっちゃ。紅白歌合戦も気になるけれど、見なくちゃ・・。

 みなさん、今年も本当にお世話になりました。ホームページにも毎日のように来てくださって、ありがとうございます。どんなに私、はげみになったことでしょう。どんなときも、みなさんと一緒にいられると思うことで、勇気が出てきたり、元気になれたり。よおしと明日へむかって歩き続けることができました。みなさんにとって、今年はどんな年だったでしょうか?どうぞ素敵な年をお迎えください。いつもいつも笑顔でいられますように・・心よりお祈りしています。
 
12月30日 朝起きたら雪が積もっていました。冬のソナタだったら、初めて雪がつもった日は大好きな人に会いにいくんだ・・・。
 けれど私は、おせち料理の食材を買いに行きました。9時に開くのだけど、8時半からもう列をつきはじめるので、私も少しでも空いたときにいかないと・・(混んで来たら、私はドジなので、その品物をつかむことも、お店の人にそれくださいと言うことも、なぜか臆病になってできなくなってしまいます・・なぜだかわかないけれど人に呑まれてしまう・・)それで、8時半からそこにいて、9時ちょっと前に開いたので、キャスターにかごを三つ積んでお買い物をしました。にんじん、ごぼう、しいたけ、さつまいも、卵、えび、焼き豚用の肉のかたまり、おそば、挽肉、かまぼこ、ハム・・・・・。メモを片手にいろんなものをどんどんかごに入れて、帰ってきました。いくつか忘れた物もあったけれど、きょろきょろしながら、お買い物終了。ほっとしています。
 帰ってきて、お台所にいて、あんまり凛やいちじくと遊んでいなかったからか、それとも、間に合わなかったのか、台所からお部屋に戻ろうとして、つるーっと滑って尻餅をつきました。がーん、滑ったのはウンチ。この大きさは凛・・もう・・・。と遊ばなかったことを棚の上にあげて、怒っています。ここはトイレじゃないでしょう?大掃除で床にワックスかけたとこでしょう?・・ 

12月29日 クリスマスプレゼントにと、なんとびっくり・・二胡をいただいたのです。どうしよう・・・と思いながら、とてもとてもうれしくて、さっそくビデオと本を探しました。なかなか本屋さんで見つけることができません。結局は金沢の音楽専門店にあったのですが、インターネットの本屋さんで検索していたときに、そんな名前の本があるかどうかもわからないのに、「らくらく二胡」とか「はじめての二胡」とか勝手に題名を入れて、検索したのだけど、ひとつもヒットしませんでした。「どうして、そういうふうにピンポイントで検索するの?変だよ」と友だち。そういえば、学校で何か別のことを検索していたときも、友だちが「なんだか山元さんの検索の仕方ってすごくおかしい」って言ってたなあ。でも、金沢の本屋さんでみつけたのです。さっそく家にかえって、少し寝かしてあった二胡を取り出しました。けれど、弓にどれだけ松ヤニをつけても、ぜんぜん、音が出ません。しかたがないので、ヴィオリンの弓を取り出して、二胡の弦のあいだにはさんで弾きました。なんとか音階らしい音は出たけれど・・・んー・・・ひどい音です。それから何度か練習しているけれど、そのたびに、最後はヴァイオリンを必ずひいてからやめるのはどういうのでしょう・・・学校が始まったら、先に、二胡を手にしてる宮むーちゃんに教えてもらうことにしましょう。
 今日の夜から黒豆を炊いています。母の炊いた黒豆おいしかったな・・ちょっとでも、煮汁から豆が顔を出すと、豆にしわがはいってしまいます。それもまたおいしいのだけど、でも、やっぱりきれいにしたいので、気をつけて炊いています。 

12月28日 年末になると、一年を振り返ることが多くなりますね。今日は今年観た映画のお話。素敵な映画、心に残った映画がたくさんありました。大好きなハリーポッターの映画ももちろん観たし、スイングガールズや、ハウルの動く城や、いろんな映画があって、順番なんてつけることはむずかしいけれど、今、心の中にすごく残っているのは、「今 会いに行きます」です。観てからあまり時間が経っていないということのあると思うのですけれど、最初から最後までずうっと涙が止まりませんでした。登場人物がみんなみんな本当に優しくて、そして、切なくて、いとおしくて、そして、誰もがお互いを思いやっていました。大好きな人を大切に思うということはどういうことなのかを映画を観ながら何度も考えました。つい、自分の気持ちを優先させて、大切に思っている人を傷つけてしまっている自分を思いました。もうひとつ思ったのは、ありのままを受け止めていくことの大切さでした。そこから生まれる幸せの大きさを思いました。
 これから私はどんな人生を歩んでいくのでしょう。残りの人生の長さは、おそらくはそれほど問題ではないのでしょう。愛する人を、大切な人を、思い合いながら生きていく人生を歩みたいなあと改めてそう思ったのでした。

12月27日 雪絵ちゃんが亡くなって、昨日で一年。本当にあっという間だった気がします。けれど、雪絵ちゃんを通してまたたくさんの方にお目にかかれた年でもありました。雪絵ちゃん、今頃どうしてるかな。いろんなところに出かけてるかな・・・あいかわらず可愛い声であっはーって笑ってるかな。昨日はことさら、何度も雪絵ちゃんのことを思いました。明日は雪絵ちゃんのお誕生日。雪が降るかもしれないなって思いました。

今も年賀状を書き続けています。あー・・いつになったら終わるのでしょう。

12月26日 学校の机の上にもだんだんおもちゃがいっぱいになってきました。ゴムでできた大きなドラキュラのパペット人形は、教頭先生のお気に入り。ときどき、私の机から手にはめて持って行っては、口をぱくぱくさせて、他の先生に用事のお話をして、またいつのまにかもどってきます。
あとはあられちゃんの着せ替えのお人形。ロボコンの超合金。それから、チンパンジーのパペット・・なんだか大変なことになっています。

12月25日 クリスマスイブが終わると、25日はもう、クリスマスは終わったように思って、家中のクリスマスのかざりを片づけました。もう気持ちはお正月。
今年はどんなおせち料理を作ろうかな。新しい本も一冊買いました。毎年おせち・・いーっぱい作ります。金沢の家へ持って行ったり、それからひょんなことで知り合ったおばあちゃんのところに、毎年ひとつ持って行ったりします。「楽しみにされていますよ。いつも暮れになると、おせちが届くからわけてあげるねとみんな言われていて、お正月にうれしそうにわけてくれるんですよ」って老人ホームの方に言って頂くので、私もうれしくてうれしくて、すごく張りきってしまうのです。どんなメニューにしようかな・・考えるのも楽しいですね。

12月24日 メリークリスマス。みなさんどんなクリスマスをお迎えでしょう。
小さいときに、怪物くんのプラモデルのおもちゃをサンタさんにもらったことをよく覚えています。プラモデルなのだけど、動くのです。
首が長くなったり、手が長くのびるのは、怪物くんだったかな・・フランケンはボタンを押すと、首が飛び出しました。ドラキュラもどんなだったかしかけがありました。
妹とそれを使ってずいぶん遊びました。私プラモデルが好きだったのかな?
楽器のプラモデルをもらったこともありました。私はサックス・・妹はドラムだったような気がします。
夜サンタさんに髪をなぜてもらった夢をみたこともあります。朝起きて、うれしかったこと・・

どうぞ素敵なクリスマスを・・

12月23日 やっと少し大掃除をしました。間に合うのかな?年賀状も少しずつ少しずつです。
昨日の夜雪が降りました。朝起きたら、うっすらだけど、雪がつもっていて、あ、雪絵ちゃんが帰ってきたのかなと思いました。雪はほんとうになんてきれいなのでしょう。大ちゃんは雪の詩をいっぱい作っています。

あんなに たくさん 降る雪には みんな6枚の 花びらがある 一つがあんなに きれいやから 雪はみんな きれいに降る

氷も雪も 6つの花びらで できている 俺の体は 何でつまってるのやろ

空のごみを集めて 雪がふるって 本当か? 雪があんなに きれいなのは 空をきれいにしようって 雪が 心に思ってるからなんや

雪がふってなくても 本当はみんな 足跡つけて あるいてるんや 見える事が 大事ってわけじゃないんやわ

雪は一番上から 一番下に降りるまで ふわふわ時間がかかるので 雨はからだが重いので いつもいそいでいるようで… ぼくは雪がいいと そう思います。

お休みになったとたん お買い物にも行ったりしたのだけど、6694歩しか歩いていません。
 
12月22日 終業式がありました。しばらく子どもたちと会えないと思うとさびしくて仕方がなくて、いつも以上に子どもたちの顔を見つめていたら、くにちゃんに「どうしましたか?そんなにみつめないでくださいね」と言われてしまいました・・。だって、さびしいんだもの。
 小林さんのところに届いた、阪根さんの歌を紹介させてください(阪根さん、させてね)
「除夜釜や氷炭あい入るやリマの茶事」
リマにおられながら、素敵な暮れをお迎えですね。

初めての雪が降り出しました。その前に、タイヤを積んでイエローハットさんに行きました。タイヤはもうすり減っているので新しく替えないといけないとのこと・・ノーマルタイヤはすり減っているのはわかっていたのだけど、スノウタイヤもそうだったんだ・・・。どうしよう・・と迷ったけれど、「命の方が大切だから・・」との声に納得して、タイヤを新しくしました。
夜遅くに初めての雪が降り出しました。店員さんのおかげで、明日の朝は安心です。雪いっぱい積もっているとうれしいな。一面真っ白の朝はなんだかとてもうれしくて、とびまわりたいほど・・ 

12月21日 今日は作業の反省会・・お楽しみ会。朝からお菓子作りをしました。お菓子作りが上手な堅田先生のレシピに基づいて、そして、私もお菓子作りが大好きなので、子どもたちみんなと一緒にシュークリームやババロアをつくりました。卵やお粉が、形をかえて、ふくらんだり、カスタードクリームをとろ火にかけて、クリーム状になる瞬間や、生クリームがたちあがっていく瞬間というのがとても好き。みんなにこにこしながら、わくわくしながら、作ってそしていただきました。
 今日は給食にもケーキがつきました。私たちの学校の給食はとてもとてもおいしいのです。みんな前の日から給食が楽しみで、終わりの会には明日の給食のメニューをどこのクラスでも確認するくらい。今日はドライカレー、白菜のクリーム煮、タンドリーチキン、野菜のスープ、牛乳、ショートケーキがメニューです。給食の先生は毎日のように、子どもたちが食べている様子を見に来てくださいます。そして、好き嫌いを見て行かれたり、食べにくいものはないかを見て、アレルギーやどうしても食べられないものなどにもあわせて、一人一人に配慮してくださるのです。廊下で、給食の先生に「先生、今日もおいしかったです。ありがとうございます」とお話をしたら、「おかげさまで、今日で給食が終了。おいしいって言ってもらえるとすごくうれしくてまたがんばれます」とおっしゃってくださいました。 

今日は冬至なので、お風呂にゆずをいっぱい浮かべました。今から入ります。かぼちゃも食べます。

12月20日 倉敷にはいろいろなお店がありました。一年中クリスマスだというクリスマスでいっぱいのお店。トトロのお店、それから手作りのお店、絣のお店、古布のお店・・ムーミンでいっぱいのお店。
 私もクリスマスが近いこともあって、いくつかのものを買い求めて、帰ってきました。その中で、突然すごく自分のためにほしくなったのは、ムーミンのお店のミーのお人形でした。
 カルピス劇場でムーミンが放映されていたとき、いつもかじりつくように見ていました。ミーはわがままで、ちょっと意地悪で、でも、やさしくて、寂しがり屋で、そしてとてもとても可愛かった。
 私はもしかしたら、気ままなミーがちょっと今、うらやましいと思ったのかも知れません。今でも十分いろんなところで、わがままで、好き放題しているくせに、まだミーがうらやましくて、あんなふうに泣きたいときにわんわん泣いて、嫌なことはみーんな放り投げて、自分でいろんなこと好きにしたいなんて本当にそれこそ一番のわがままなのだけど、急に、倉敷でみーを見たときに、そんな気持ちがむくむくと湧いて、この子を連れて帰ろうと思ったのでした。
 今日は久しぶりに木工室に入りました。なにやらごぞごそと作っています。たいしたものじゃないけれど、磨いたり、削ったりが好きなので、糸鋸でぎこぎこして、それから、ペーパーをかけて遊びました。 

12月19日 大原美術館はなんてすごい美術館なんだろうと改めて思いました。いくつもいくつも展示室があるのだけど、そのひとつに入ると、そこここに、教科書で見た有名な絵がこともなげに飾られているのです。ゴーギャン、セザンヌ、モネ、モデrリアーニ、エル・グレコ・・・・なんだかもう、本当にびっくりして、ただただ見入るばかりでした。町並みも素敵・・弘子ちゃんが私の好き草案お店を前もって探していてくださっていて、なつかしいものがいっぱい売られているお店にも連れて行ってくださいました。そこにはね、カメラや時計やお皿のような骨董品の他にも、ペコちゃんや、ブースカや、鉄人28号などの古いおもちゃも、全部値段をつけて売られていました。値段がついているのが、私にはとてもうれしかった・・もちろん、いくらですか?って言いながら、お店の方と交渉しながら値段を決めていただいていくのも楽しいのだろうけれど、私はそれがなかなか恥ずかしがり屋なのか、できません。高かったらあきらめるし、手が届くようだったら、そしてとてもとても欲しかったら、買う。それがとてもらくちんで、楽しく見させて頂きました。今日もたくさんの人にお世話になりました。
 今年の講演会は今日であらかたおしまいです。なんと幸せな一年をまた送らせて頂いただろうと思います。いっぱいの方の温かなお気持ちで、私の心は今日もほっかほかです。ありがとうございました。 

12月18日 今日は倉敷にお泊まりしています。倉敷はとても好きな町。楽しみでした。昨日大原美術館のことを書いたのだけど、友だちから電話があったとき、「明日倉敷にいくんだって」と友だちが言うので、「そうだよ。大原美術館とかがあるんだよね」と言って、「きょうと、おおはら、さんぜんいん♪」と歌を歌いました。「違うと思うよ」と友だち。「え?何が?」「だって歌の始めに京都って言ってるでしょう?」「あ、本当だ・・大原美術館って京都にあったんだ・・」「それも違うと思うよ」と友だちが言うので、頭の中がぐちゃぐちゃになったのですが、大原違いだったようです。
 駅では友だちの弘子ちゃんが待っていてくれました。弘子ちゃんの車で、くみこさんのレモングラスというお店へ行きました。蔵が二つならんだような素敵な建物のお店。今日は、くみこさんのお母さんのお誕生日で、そして、レモングラスが15周年のお祝い・・それで私を呼んでくださったのでした。畑でとれたかぶらと大根を使ったという、すごくおいしいスパゲッティをいただいたあと、会場へ。そこではきんこさんや、それからたくさんの方が待っていてくださいました。壇上には大きな文字で「みんな大好き」と書かれていて、子供さんたちが一人ひとつずつ書いてくださったとのこと、うれしい・・。子供さんたちは受付もしておられたし、それから、クリスマスが近いということで、入場券の番号で当選したらもらえるプレゼントのプレゼンターもしておられました。
 講演会の前に、学生さんの手話での歌がありました。世界にひとつだけの歌やあわてんぼうのサンタクロースなど。わかりやすく教えてくださって、私はあわてんぼうのサンタクロースの手話をほとんど覚えたよ。そのあと、春風さんの腹話術。おひざの上のあっちゃんと春風さんの語りが本当に素晴らしかったです。春風さんは「あっちゃんのおしゃべりは台本があるわけじゃないの。私が考えているのじゃなく、あっちゃんの口から飛び出てくるものなのよ」私は大ちゃんの言葉を思い出しました。大ちゃんも、作ろうと思って詩をつくるのじゃなく、僕の口から飛び出てくるって言っていましたもの。
 講演会が終わって、たくさんの方が本を買ってくださって、サインをかかせていただくときに、みなさんとても温かい言葉をかけてくださって、私はそのたびに、本当に私はなんて幸せなのだろうと思いました。12月はとてもとても忙しい時期。学校の先生方も、それから他の方もみなさんすごく忙しい時期。そんな時期にいっぱい用意をしてくださって、あたたかく迎えてくださって、遠くからきていただいて、本も買って頂いて、そう思うと、涙が出そうになるくらい、ありがたいなあと思います。
 講演会の後、レモングラスで打ち上げと、15周年のお祝いとお母様のお誕生会がありました。くみこさんは講演会に出られないで、たくさんの用意をしてくださったのでした。魔女の宅急便のおばあちゃんが作るスズキのパイのようなお料理があったり、本当においしかったです。
 しばらくして、私、どうしても二階が見たいなあと思い立って、(外から見ると、二階がとても目立つ作りなのです)二階をみせて頂いてびっくり、そこには言葉にできないくらい、私の大好きな、そして、素敵なものがあったのです。それは、横浜のメディータ(大坪奈古さんと、森洋子さん)の作品。段ボールと紙粘土で作られた、懐かしい雰囲気の建物。満月村、たんぽぽ図書館など・・
くみこさんにイスと動物などをいただいて、とてもとてもうれしいのです。 

12月17日 名古屋や仙台の講演会から一週間。うれしい気持ちで心はまだいっぱいです。明日は倉敷に出かけます。もうずいぶん前に一度倉敷へ出かけたことがあります。あんまりゆっくり見物をすることができずに、大原美術館を急ぎ足で廻って、それから、隣のエルグレコという喫茶店(じゃなかったかなあ)で珈琲を飲んだことを覚えています。明日も、大好きな友だちがいろんな用意をこれまでにしてくださって、待っていてくださいます。いつもいつも思うのですが、私は絶対に感謝する気持ちを忘れちゃだめだって思います。こんなにもよくしていただいて、温かく迎えてくださって、遠くから聴きにきてくださって、それは並大抵のことじゃないと思うからです。窓の外の景色が、夕日で赤くそまっています。きっと明日もいいお天気。ちょっとだけ風邪をひいているけれど、風邪なんて吹き飛ばして、うれしい倉敷の旅と出会いを楽しみたいと思います。 
 
 今日はなんとなくあわただし一日でした。あっちへ行ったり、こっちへ行ったり・・。それでも万歩計をつけているから、なんだかうれしいのです。これを書き加えたのは夜8:00。16576歩でした。   

12月16日 今日はインフルエンザの注射のために、一部の生徒さんが、早帰りをしました。たちばな先生が、「僕も二度目の注射を受けてこなくちゃ」と言いました。私はふと疑問がわきおこって、それからちょっと心配になったのです。「たちばな先生の注射って、他の人と同じ量?」だってたちばな先生ってとっても大きな方なのです。横も縦もとても大きいの・・それなのに、私や他の人とおんなじで本当に大丈夫なの?せっかく痛い目にあって、受けて、きかなかったらやっぱり残念なのじゃないかなあと思ったのです。「ねえ、ルル三錠とかはルル六錠飲まなくても大丈夫?」どんどん心配になってきて、聞くと「あのね・・。要は抗体なの!!」とわかったようなわからないようなお話でした。ん・・・。でもやっぱりなおちゃんや、私と同じ量じゃ、なんだか心配だな。
家に帰ったら、amazonから注文したハリーポッターのDVDが届いていました。わーい・・ばんざーい。うれしいよお・・さっそく観ます。ああ、いつになったら年賀状の宛名ができるのでしょう。  

12月15日 あと学校も5回で冬休みです。お天気がいいと冬という気がしなくて、今年こそは早くタイヤを替えなくちゃと思うだけで、やっぱりまだです。生活の時間にクリスマスやお正月などのお話をみんなでしました。「クリスマスで知っていることはなあに?いつもは、なかなか質問が心に入らないのか、お返事がなかったり、コマーシャルしか返してくれない、りょうちゃんが、「プレゼント」と言いました。それから、他のお子さんも、「おひげじいさん」「木・・」「サンタさん」それからジェスチャーで屋根を作って、煙突の話をしてくれたり、「お正月は?」と尋ねると、「お金」(たぶん、お年玉のこと)「おそば」「テレビの歌」「年賀状」それからジェスチャーで手をあわせて初詣を教えてくれたり・・本当にみんななんてよく知っているのでしょう。クリスマスはそうでもないけれど、だんだんおせちや除夜の鐘、それから初詣など、出かけなくなったり年賀状を書かなくなったりするけれど、子どもたちはこんなに楽しみにしているんだなあと思いました。 

12月14日 どうしていただけたのか、よくわかっていないのだけど、学校の生協に入れて頂いているからか、それとも共済というのに入っているからか、よくわからないけれど、一年に一度、何かをいただけます。今年は、薬セットか、薬局の商品券か、オムロンの万歩計の3つのうちの一つを選んでいただけることになっていました。私が選んだのは万歩計。ずっと楽しみにしていたのです。前にピカチュウの万歩計を持っていたけれど、それ以外は万歩計って持ったことがありません。今度のは、時刻をあわせて、自分の体重もなぜか入力して、それから、歩幅もはかって入力します。機械がにがてなので、どういう意味があるのか、これまたわかりませんが、なんだかとても本格的なのです。それでね、朝9時からつけています。今、夜8時45分現在、13544歩。これが多いのか少ないのかもわかりません。わからないことが多すぎるけれど、ときどき数字をのぞいては、「おー!・・増えている・・」と喜んでいます。また明日もあさってもつけていようっと。そうだ、朝と夜のいちじくと凛のお散歩を入れるともっと増えるね。楽しみ・・ 

12月13日 うわぁと歓声を思わずあげてしまうほど、今朝の虹はきれいでした。くっきりと、大きく半円を描き、その外側にももうひとつさらに大きな虹ができていました。こんな日はきっときっと良いことがいっぱいと思ったら、本当にいいこといっぱいの一日でした。
 今日は年末お楽しみ会がありました。みんなみんな上手だった・・何より楽しそうでした。それが一番見ていても、そばにいても、うれしかったことでした。
 午後の授業では、舟見先生が、生活で「先生の出し物ができなかったから、マンドリンを弾くね」とご自分でパソコンで作ってきてくださった、伴奏にあわせて、クリスマスの曲や冬のソナタを演奏してくださったのです。うっとり・・。
 それからね、みさとちゃんがね、去年に引き続いて、ハート展に入選したのです。やったー!!みいちゃんおめでとう。
 夜出かけることがあって、帰り際、お星さまがあんまりきれいできれいで、みとれました。そう言えば今日は双子座流星群が、明け方3時くらいにたくさん見えるって言ってたなあ・・それにしても、何とたくさんの星だろう・・と見とれました。
 ベッドにばたんとたおれて、暗くして、窓からもお星さまがよく見えます。3時頃に起きていたら、外に出てみようと思います。
 ベッドにいたら、「白鳥の湖」の曲がステレオから流れていることに気がつきました。おもわずたちあがって、つま先立ちをして、手を上にあげて、バレエのかっこうをして、一人で踊りました。くるくるまわったり・・・楽しい・・誰か私の体を持ち上げてくれたら、もっとうれしいのになと思いながら、一人で楽しく踊っています。よそから見たらおかしいだろうな・・
 こんなふうにうれしい一日でした。 

12月12日 名古屋の方にいただいたお洋服と、それからやっぱりいたいだた、ピンクのマフラーをして、名古屋のエルセランホテルというところを6時10分に出て、小牧空港へ。最初の便で仙台に行きました。山がいーっぱい見えました。青い山が雲海のあちこちから顔を出して、ぞくぞくするくらいにきれいです。あの山はなんという山だろう・・東北に近づくにつれて、海の間際にまで山が迫っているようなところもあり、どの山もどの山も美しかったです。
 今日の講演会はおもちゃ図書館の東北大会の講演会でした。滋賀の全国大会のときにお目にかかった方のお顔も見えました。講演会の前に、YUUくんの笙の演奏がありました。笙でジャズやクラッシクなども演奏されるというYUUくん。心が静まっていくような音に、次はお話するんだということも忘れそうになって、聞き惚れていました。笙をいう楽器をこんなに身近に見たのは初めてです。司会をされていた方が、「笙は祈りの姿に似ている」っておっしゃったけれど、本当にそうだなあと思いました。
 前にも書いたのだけど、東北はあこがれの地です。でも、行ったことがあるのは、宮城と福島だけなのです。秋田や青森、そして岩手・・すごく行きたい場所がいっぱいあって、そこでお話をさせてもらえたらどんなにいいだろうと思っていました。講演会が終わった後、秋田の方や青森の方が、「呼んだらきてもらえますか?」と声をかけてくださいました。もちろんです。もちろん!ああ、実現したらいいなあ。
 講演会のあと、昔からのお友達の歯医者さんの大久保さんにお会いしました。実は仙台で、会いたい人がいたのです。それは仙台四郎さん。大昔の人で、もう生きてはおられません。障害をもっておられて、町の中をあちこち歩いている四郎さん。四郎さんが立ち寄るお店は繁盛したし、四郎さんに冷たくしたお店は廃れてしまったということで、四郎さんはお店屋さんの守り神・・仙台ではお店に四郎さんのたった一枚だけ残された写真を額に入れておまもりにして飾っているところが多いとか。ぜひ、それを見たかったのです。大久保さんはいくつかのお店につれていってくださいました。それから商店街の上からつるされた大きなサンタさん・・と思ったら、そのバルーンはなんと四郎さんだったのです。空港にも四郎さんグッズが売られていました。
 帰り道、偶然に来ておられた金沢の友人が、レンタカーで宮城をまわっておられたそうで、載せて頂いたのだけど、予想外に道が混んでいて、大ピンチに陥りました。ナビに出ている到着予想時間が、どんどんどんどん、遅くなり、4時20分までに入らないといけないのに、4時15分をさし、それでも車はほとんど動きません。ああ、もうだめ・・と思ったら、小林さんが、車からおりて迂回路を聴きに行ってくださいました。けれど、その道だって決してすいているとはいえません。でも車は動いていたけれど・・
小林さんが、今度は飛行場に電話をして、「今こんなふうだけど、3人行きます。はい、20分まで待っていてくださるのですね」というようなお話をしてくださいました。守られているなあと思ったのは、道はだんだん空いてきて、空港には4時12分に到着。レンタカーは違う便で東京に戻られる小林さんが返してくださることに・・私たちは走っては知って、飛行機に乗ることができました。迂回路を小林さんが聞いたとき、その道は聞いた場所から何メートルのところにあって、それが一本遅くても間に合わなかったと思います。セーフ。小林さんはいつもいつも、いろんな困難をすくってくださってありがとうございます。小林さんだけじゃなくて、たくさんの方に守ってもらっているなあとまた思った一日でした。 

12月11日 愛知県の半田でお話をさせていただきました。呼んでくださったのは、もう10年近く前からお友達で、半田の藤井さんとお仲間のみなさん。舞台にはクリスマスをイメージしたクリスマスツリーのようなお花が飾られ、スタッフの名札をさげたみなさんが、本売り場やいろいろなところで準備をしてくださっていました。知っているお顔が次々と見え、あたたかい気持ちでいっぱいになってきました。この10年近くの間に何度も何度も講演会に来てくださって、そのたびに優しい声をかけてくださったみなさんです。もう始まる前から、私はなんだか泣きそうになってしまっていました。うれしくて・・感謝の気持ちでいっぱいになって・・
 私のお話の前、長島龍人さんの「お金のいらない国」(新風舎)の本を元に、龍人さんも出演されて、3人の方が短い劇をされました。とても興味のあるお話。龍人さんが、そのあと歌を歌われました。劇は来年の万博でも上演されるのだそうです。
 私のお話、初めてという方は少なかったように思います。何度でも聴きに来てくださる方がおられること、ほんとうになんとありがたいことでしょう。
 終わってから打ち上げがありました。場所は半田市の亀崎町にある、望州楼という素晴らしい料亭でした。創業は安政二年だそうで、田山花袋さんや、柳田国男さんも泊まられたとか。古い趣のあるものがいっぱいあって、もううれしくてたまりませんでした。いろいろな人と仲良くなれたこと、おいしいごちそう。すごく古くて、趣のある料亭・・いっぱいいっぱいうれしかったのだけど、さらにうれしいことがありました。スタッフの方の多くがきておられた、「うさとの服」をプレゼントしていただいたのです。うさとの服というのは、さとううさぶろうさんという方がデザインをされたお洋服で、チェンマイで祈りながら手織りをして、草木染めをして、そして作った洋服だということで、スタッフのみなさんが、いろいろなデザインの気持ちのよさそうなお洋服をきておられて、いいなあと思っていたらその洋服をくださったのです。袖を通したら本当に気持ちがよくて、「明日仙台にはこのお洋服で行かせて頂きます」と言ったのでした。ああ、楽しい日だった。今名古屋駅の近くのホテルにとまっています。明日の朝、6時10分にホテルを出て、仙台に飛行機で向かいます。
みなさん、本当にありがとうございました。

12月10日 昨日素敵な物を手に入れました。昨日の帰りに、デパートに寄ったら、うーんと向こうの方で、何かとてもとても気になるものが見えたのです。よくみたら、キラキラ光っている大きな宝石の涙のような形をしたものや丸いガラス玉などが一本のひもでつないで、上から下がっていました。プリズムがなんと美しいのでしょう。きれいできれいで、思わず走って寄っていきました。
ディスプレーじゃなくて、どうやら売っているものみたい・・
いくらだろう・・いくらでも・・少しくらい高くても絶対にほしいなあ。私の家のお部屋の中にさげたら、夕日や朝日が差す場所に下げて、いつも眺めているのに・・

おそるおそる値段をみたらびっくり・・315円でした。見間違いじゃなくて、315円・・落ち着いて辺りを見回すと、そこらあたりは、クリスマスのオーナメントの売り場だったのです。
ああうれしい・・こんなにきれいなのに・・315円で幸せになれるなんて・・
それで、二本求めてうれしくなって、帰ってきました。

そして朝起きて、お日様があがってくると、あまりのきれいさに言葉を失うくらいで、ずっとみていたくなって車の中にも持って行きたくなって、車のバックミラーのはしっこにそれを下げました。
朝日が、いくつものプリズムの中に入っていって、車中が小さな虹でいっぱいになって、車が揺れるたびに、その虹が揺れるのです。まるで水の底にいるみたい・・。幸せな気持ちがわき上がってくるようでした。

 今日は鶴来の北辰中学校でお話をさせていただきました。会場は夏のちょんみちゃん、ちまきちゃん、ナヴィちゃんのコンサートの会場でもあったクレインでした。全校300人の子どもさんたちのうち、一年生と二年生は教科書できいちゃんと会ってくださっているとのこと、大ちゃんの詩も読んでくださっていて、みなさんまっすぐにお話を聞いてくださって、なんだか包まれているような感じがして、感激しました。北辰中学校を卒業して、私たちの学校に来てくれている子どもたちも何人もいます。たくさん質問もしてくださって、子供さんたちに出会うことができたのがとてもうれしかったです。最後にとてもきれいな花束をいただきました。ピンクや黄色やオレンジのバラやスイトピーの花束・・すごくいいにおい
 学校に持って帰って、同僚にお花、1〜2本ずつだけどおすそわけしました。どうしてかっていうと、私がつらいときや悲しいとき、同僚はいつも大丈夫?つらくない?と悲しみを分かち合ったり受け取ったりしてくれるのです。だから、今日のようにとてもとてもうれしい日は、そのうれしさをおすそわけしたいと思いました。みんな「よかったね、よかったね」と言ってくれました。
 明日は名古屋であさっては仙台でお話をさせていただきます。

12月9日 洗濯機が壊れました。春に買い換えたばかりなのです。洗濯機が悪いのじゃなくて、たぶん、いちじくのふわふわの毛が機械につまったのだと思います。いちじくの毛は絹糸よりも細くて、どんなところにも入り込みます。タンスの中、机の中、どこにでも・・それで、洋服にくっついていて、学校で、ふと子どもたちの洋服をみると、そんなところにもいちじくの毛が・・きっと私の洋服からくっついちゃったのですね。
 洗濯機が壊れていると、本当に困ります。洗濯途中で止まってしまったので、洗濯物は水でびしょびしょ。コインランドリーにもまだ行ったことがなく、行ったことがないところに行くのは、ちょっと苦手なのです。困った困ったと、今日また増えた洗濯物を眺めています。
 金沢に二十一世紀美術館という新しい美術館ができました。先週の日曜日の、NHKの日曜美術館で、二十一世紀美術館が放映されていました。まりこさんに貸してもらって、みています。すごくおもしろそう・・早く行ってみたいな。 

12月8日 魔女のページに登場するモナのお友達の銀ギツネのトーシーから、小包が届きました。あけると、おみかんの香りがぱあっと広がりました。大きいみかん、小さいみかん、まあるいみかん、少し歪んだみかん、形も大きさもいろいろです。それから、森の近くに生えている綿の木の枝がひとつ、お花畑のお花を摘んでつくったポプリがふたつ、そして、箱にはいった、森とトーシーの家の風景がひとつ、それからお手紙が小包の中には入っていました。
「やっと冬らしくなってきました。冬と言えば、こたつとおみかんです。ほんの少しですがお届けします。ご笑味ください。笑味期限はありません。トーシー」
森にはもう冬支度をした動物たちが、そろそろ冬眠にはいろうかな、でもまだあったかいなと思っている頃でしょうか。
おみかんを口に入れて、森や森の仲間を思っています。おいしくて甘〜いよ。トーシー、ありがとう。
モナはどうしているでしょう。私はこのごろ、モナの物語をずっと書き直しています。モナとずっと会っているような気持ちです。 

12月7日 学校が終わった後、まりこさんと一緒に、カルメン&ボレロのバレエをみにいきました。ドイツのヴィースバーデン歌劇場バレエ団によるもの・・何より体の線の美しさに魅入られました。ああ、なんてきれいなんだろう・・・指の先まで、それどころか、髪の毛の先まで美しいなあと思いました。恋の狂おしい感情や、切ない感情がバレエで表現されているのを観るのもまた素敵でした。そして、もうひとつ素敵だなあと思ったのはまりこさんの目です。最初に出てきたのが黒のカルメン、そのあと、再生して出てきたのは赤のカルメン。まりこさんは「やっぱり赤と黒よね」と言って、それにあうといいなあと思ってきてきたのと、素敵なオレンジ色のスカートをはいていました。「心が喜んでいるよ」といつものふうわりと笑う笑い方で、笑っていました。そばにまりこさんがいて、その隣で観ることができたのがとてもうれしかったです。
 大学のときに、オーケストラに入っていました。大学に入ってから始めたヴィオリン。上手なはずもないのだけど、おまけに、実験の日が多かったり、なかなか練習にでれなかったりで、ほとんどがセカンドヴィオリンを担当していました。ファーストヴァイオリンを担当した曲はほんの少し・・カルメンがその少しのうちのひとつでした。今日はオーケストラによるカルメンとボレロの曲が演奏されたのですが、それも、とてもなつかしく、うれしかったです。(セカンドの方が、技術的に下だとかそういうことはないのだと思うのですが、そのころ、私たちの大学では、そんな感じだったのです)
 それにしても、私ときたらどうしようもありません。厚生年金会館に着くまで、まず行き方が途中でわからなくなって、時間が迫ってるのに、どうしようとわからなくなりました。竹田先生や同僚の先生に電話で教えてもらってやっと着くことができました。帰り、駐車場から、早く出られる出口をせっかくまりこさんに教えてもらったのに、私は反対に曲がってしまって、気がついたときには、細い細い道に入り込んで、やっと狭い90度の角をまがったら、今度は行き止まり・・・いったいここはどこ?ここをどう抜け出したらいいの?あーだめかもしれないという状況に陥りました。ちょうど電話をくれた宮ムーちゃんに「私だめかもしれない・・・あー。どこかもわからないし、バックもできないし、前にもすすめないし、曲がれないし・・・あー、溝に今落ちかけてるよ・・」と悲しい声を出したのでした。(城下町なので、狭くて行き止まりだったり、急に階段になっているようなところがよくあります)
 けれどやっとやっと帰ってくることができました。代わりに運転してくださった方がいて、・・ありがとうございました。
 ああ、私ったら毎日毎日、こんなだよね。本当にまわりの人たちがよくあきれないで、あいそをつかさないで、つきあってくださるなあと思います。本当に感謝しています。
 明日こそ、あまり迷惑をかけない一日にしなくちゃと思います。 

12月6日 前の日記にトルマリンのことを書きました。大田先生が作業所でトルマリンを販売しているので、買わない?と尋ねられたときに、トルマリンって飛行石かなあと思ったらそうじゃなかったというお話。次の日、飛行石じゃないならいらないと思っていたのだけど、大田先生が私の職員室の座席に「はい・・。」と持ってきてくださったので、飛ばないのならいらないのだけどなあ)と思いながら一袋千円で購入したトルマリン。効能を見たら、なんだかよさそうなことがいっぱい書かれています。でも、私はまめにちゃんといろんなことができないので、金沢の母にあげちゃおう・・(置いてきちゃおう)と思って、水野スウさんのおうちに行かせて頂く途中に、家に置いてきたのでした。そうしたら、昨日、母からこんなFAXが私のところに届いていました。
「加津子へ
トルマリンの鉱物をどうもありがとう。こんなにいい物をどこから手に入れたのですが?加津子も必要だったかもしれないのに。
さっそく一つ冷蔵庫に、そしてキュゥイが二つ(これもともだちからのいただき物)あったので、リンゴ一つと共に袋に入れてそしてトルマリン一つ。それから今日「チューリップ」(お店)で買ってきたバナナの袋の中にも、そしてそして最も良かったのは、小さいものをいくつか、お茶出しパックに入れてそれを胴巻きに入れて、腰につけたところあんなに痛かった腰痛が軽くなったのは驚きでした。お風呂にも二つ位入れてみようかなと楽しみにしております。腰につけたのは確かに良いような感じがします。あとのは目に見えないのでわかりませんが・・・
加津子が欲しくなったらお返ししますね。でも腰につけたのだけは返したくないな。ほんとうにどうもありがとう。」
母の手紙やFAXはいつもとてもていねいな字で書かれています。私はそんなところをちっとも受け継ぐことができなくて、字はくちゃくちゃ・・走り書き。ていねいな言葉選びもできているかどうかわかりません。母から手紙やFAXをもらうたびに、心のしーんとしたところが、なんだかほっとして、ふぅと肩の力が抜けるのです。そんな手紙やファクスがいつかかけるようになったらいいなあと思います。60になってでもいいし、80歳になってでもいい・・いつか書けるようになったらなあと思います。
 ところで、今日、まりこさんが、「明日だね」と声をかけてくれました。「明日?何が?」「えー!?ほら、カルメン・・」「あーそうだった・・」そうでした。どうして、こんなに大切なことを忘れていたんだろう。まりこさんともう半年も前から約束していた、カルメン&ボレロのバレエの金沢公演が明日だったのでした。ずっと楽しみにしていたのに、忘れるなんて・・やっぱり私、このところ、心がここになかったんだ・・
 心がここになかったと言えば、今日は本当にびっくりしました。息がとまりそうになりました。帰りスーパーでお買い物をしたあと、ふと、なぜかふと、免許証の期限のことが気になったのです。それで、免許書のケースを出してみたら、期限が『平成14年の誕生日まで」と書いてありました。胸がドキドキしてきて、口の中がからからになって、どうしようどうしようと思いました。今年何年だっけ・・今年・・うーん、わからないけれど、平成14年かなあ・・だったら今年のお誕生日までだったんだ・・5月だから、もうずいぶん前だったんだ・・落ち着いて落ち着いて・・もしかしたら、今年が平成13年ということもありうるから・・とにかくともだちに電話をして今年が何年か聴こう・・それにしても、もし、もうとっくにすぎていたら、免許取り直しなのかな・・まぐれでとれた免許。もうきっともらえない・・どうしよう・・学校までどうやって通うのだろう・・頭の中がぐるぐるまわっていて、なにげなく免許証をケースから取り出したら、カードが一枚ぱらりとおちました。それには、平成19年の誕生日までの文字。ん??よくみたら、平成14年度までのは穴があけられていました。あ、昔の免許証だったんだ・・でもおかしぞ。今年のお誕生日に免許の更新したおぼえないなあ・・とにかくともだちに電話して、今年何年か聴いてみよう・・というわけで電話をしました。なんとびっくり、今年は平成16年だったそうで、もうそれも12月でおしまい・・こんなおしまいの月になってやっと今年が何年かわかるだなんて・・・。それにしても、もうだめだーと思ったのでした。
ねー。誰か、平成19年になったら、今年が書き換えだよって教えて欲しい・・そう思ったけれど、そんなこと思ってるから、ちっとも、ちゃんとできないんだよね。

12月5日 昔から、電車やバスに乗って、ちゃんと目的地につくということが苦手でした。もちろん、ちゃんと行き着けることもあったけれど、何度も何度も、本当に何度も、いろんなことが起きて、あるいはわからなくなって、いったいどうしたらいいのかとホームで立ちつくしていたことがありました。
 いろんなこと・・たとえば、ぼんやりしてしまって、どこかの駅にたどりついたとき、その駅名をみても、それがどこかわからなくて「乗り越してしまったのだ」という思いにとらわれて、カバンやマフラーを手にして、いそいでその駅に降りて、でも、まだ乗り越してしまってなかったりもするのだけど、次にどうしたらいいかがわからず、反対側の電車に飛び乗って、今度はとんでもないところへ行ってしまって、寒いホームに、泣きそうになりながらいたことを思い出します。今のように携帯電話もなくて、どうして私はこんなふうなのだろうと自分をうらんでしまうのでした。
 あるときは、最初からまったく逆の方向への電車に乗ってしまって、それに気がつくのに、1時間以上かかって、琵琶湖が見えてきたころに、本から顔をあげて、海かなあと思って、前の座席の人に聴いて、琵琶湖だとわかり、これは富山には絶対に行かないのだとわかったこともありました。 
 そんなことが、今の私の性格を作っている大きな要因のひとつかもしれないと思うことがあります。いろんなことが不安で、臆病になったり、怖がったり、自信がなくなってしまったり・・そうかと思うと、したいことがいっぱいあって、どんどん挑戦したいとう面もあるのだけど・・・。
 でも、ちゃんとしたくてもいろんな面でそれが難しい人がいるのだということを、こんな私だからこそ、分かり合えるということは、それは、すごくうれしいことだなあと思います。
 私は電車やバスに乗れないけれど、ある人は、物事を順序よく組み立てられなかったり、ある人は、整理がにがてだったり・・。自分がちゃんとできると、どうしてできないんだろうとかさぼってるのじゃないか、手を抜いているのじゃないかって思われそうだけど、でも、そうじゃなくて、難しい人がいるんだって、私は自分がそうだから、そのことに気がつけたのだと思います。
 気がついている自分の方が、もし、電車にもばんばんのれて気がつけていない自分より好きだから、それでよかったなと思うのです。

12月4日 今日は津幡町の水野スウさんのおうちで、二度目のそして10年ぶりの特別紅茶の時間でお話をさせていただきました。スウさんは、もう20年以上も前から、水曜日の午後、ご自宅を「紅茶の時間」という名前で開放しておられて、今までたくさんの方が、お茶を飲みながら、ご自分のお話を雑談のようにしてしに、あるいはいろいろなお話を聴きにこられているのですが、一月に一度くらい、特別紅茶という名前で講演会や、音楽会などを開かれていて、そのあと、みんなで紅茶を飲みながらお話をして、放課後という名前で、残りたい方が、ご自分でお料理を持参されて、お夕飯を一緒にいただいて、またお話をしあうというそういう日なのでした。
10年前は雪絵ちゃんと一緒でした。スウさんのおうちにはその写真が今も壁に残っていました。今、振り返れば、10年という月日のあいだに、私にもいろいろなことがあり、そして15冊の本はこの10年間に出して頂いたものばかりなのでした。それから、たくさんの方とお目にかかれて、そのあとの自分をつくってくださったりしたのだなあと感慨深かったです。
 今日も、うれしい出会いがたくさんありました。出会いは私にとって宝物のように思います。これからどんなふうにおつきあいをさせていただけるのだろうとわくわくもします。スウさんのおうちのわんちゃんのしゅうちゃんも、10年たって、ずいぶん年をとったなあと思いました。犬にとって10年はとても長い年月ですもの。当たり前ですね。 

12月2、3日 学校の中でお泊まりの日。・・合宿でした。12月1日から学校の前に小さな可愛いバスが停まることになったのです。片側に6日、もう片側に6人のお客さんが座れるだけの小さな小さなバス・・名前は野々市という町の名前と、のってねとう意味をたぶんこめて、のっティ。町の中、小さな道もていねいに廻るバスです。一時間に2本のこのバスに乗って、授業が終わって、お米をといでから、合宿のお買い物に出かけました。バスの中には町内の人が何人か乗っておられて、「どこへ行くの?」「へぇ、お夕飯を作るの?カレーかな」と声をかけてくださいました。小さな女の子がお隣に座ると、大声でつい話してしまっていた友だちに「バスの中は小さな声で」と互いに注意したり・・・この可愛いバスの中は、地域の人と、仲良くなったり、それから、自然と、いろんな人がいる場所できをつけたらいいことなどを学んだり、子どもたちのことを知って頂けたりするいい場所だなあと思いました。どこで乗って、どこで降りても100円なのも、子どもたちにはわかりやすくて、便利なのでした。 

12月1日 クリスマスの月。いいこといっぱいあるよね。
今は、平井堅さんの センチメンタルラバーズを車の中でも、お部屋の中でも、いつもいつも聴いています。平井さんの曲を聴きながら思ったこと、ねえ、好きで好きでたまらなくて、その人の一挙一動にドキドキして、つらくなる恋と、胸を焦がすようなことはなくても、おだやかにつつまれるように安心していられる優しい恋と、そのふたつのどちらが幸せなんだろう・・そんなこと、比べられるものじゃないけれど、雪絵ちゃんとよくそんな話をしたなあと、また雪絵ちゃんのことを思い出したのでした。雪絵ちゃんは、ドキドキする恋。私はそのとき、わからないけれど、包まれるような恋がいいなと話したのを覚えています。
 明日は合宿です。学校で授業を終えたあと、学校の中の宿泊ができるおうちのような部屋にお泊まりします。そして、また次の日、そのお部屋から授業に出かけるのです。もしもし日記をかけなかったら、ごめんなさい。 

11月30日 昨日は大ちゃんの詩。今日は雪絵ちゃんの言葉を書こうと思います。
「生きている意味

私がどうして生きてるかって?
そんなの簡単よ
この先、いいことが待っているからだよ」

「質問

笹田雪絵に聞く!
やるだけの事はやった?
精一杯生きてる?
納得いくまでがんばった?
くやしいて思う位、がんばってる?
まだみたいね」

大ちゃんは優しさを、雪絵ちゃんはいつもいつも元気と勇気を私にくれます。私、本当のことをいうと、このごろちょっとまいっています。少しつらいことがあって、そのつらさが、もう何ヶ月も続いています。そのつらい状態のピークに今、あるのか・・これから少なくなっていくのか、もっと大きくなるのか・・今はわからないけれど、でも、このつらさはまた私に大きな学ぶ場をくれるつらさのような気がしています。自分を振り返ってみれば、足りなかったり、少しもできていなかったことがあってそのことが、今日や昨日のつらさを生んでいるのだと思ったのです。

 こんなときに、まるでそのことを助けてくれるようなことがよく起こります。あるときは京都からおいしい珈琲を友だちが送ってくれたり、あるときは、友だちがメールをくれたり、やさしい可愛い絵をおくってくれたり・・今日はPHPの森本さんが、偶然だけれど、今日という日に、本を送ってくれました。森本さんが手がけられた最新刊は「愛の本・・他者との<つながり>を持て余すあなたへ」菅野仁さんの文、たなか鮎子さんの絵の本で、読み出してすぐに、今私にとって、この本を読むことは、なんと大きな意味があるのだろうと思いました。
 私は友人や、そして、なんと呼んでいいのかわからないけれど、神様か宇宙かあるいは大きな力に、見捨てられることなく、いつも守られている・・・だから、大丈夫。だから、絶対に大丈夫。そう思えることがまたうれしいです。 
  
11月29日 「大事な物を そっと 持っている  手が痛くなっても がんばっている。 重くたって いっしょにいたい」 
「さびしく ない  心が心で つつんどる  ずっと そばにいたる  遠くにいても そばにいたる」
 「そんなに さびしく 笑うなや  無理に 口で 笑うなや  大丈夫やって 知ってるやろ」
 「海に 行こうね  また にっこり 笑うやろ  俺は それが 見たいんや」
 大ちゃんはどうしてこんなに優しいのでしょう。この4つの詩は、大ちゃんが8年前に作った詩です。大ちゃんの詩は時間を超えて、私がつらくなったときに、そのたびに、私の心をつつんでくれます。まるで、いつか私が悲しいことがあって、そのときに、読み返すことを知っているみたいに、本の中に、座って、時間をすごしているように思えることがあるのです。

11月28日 今日は鳥をたくさん見ました。鳥が好きなお友達が野鳥ガイドブックをくださったので、それを眺めながら空や町や川を見たら、いつもは気がつかなかったのに、あちこちに、とってもきれいな鳥や、可愛い鳥がたくさんいて、うれしくなりました。そんな目や耳でいると、鳥の鳴き声がこんなにして、そして、飛んでいるものをすぐに双眼鏡で見たくなるものですね。
 鳥が好きなお友達、由美子さんは、鳥のブローチをたくさん作っていて、「私は感動した鳥だけ作るの」との言葉通り、由美子さんが作ったブローチは鳥の可愛さ、美しさそのままにていねいにていねいに作られているのです。そしてね、びっくりするほどの安さです。可愛いHPももっておられるので、ぜひ、みなさんも訪れてくださいね。
 「私、小さい時から鳥が大好きで、鳥だったらなんだっていいの。鶏でも、何でも・・。養鶏場なんかが近くにあったら毎日でも通っちゃうな」と言っていました。
 私のいる石川には、野鳥園があったり、邑知潟に小白鳥が来たり、それから、鴨池観察館というのがあったり、野鳥の観察ができるところもたくさんあります。そして冬はいっぱい鳥が大陸からやってきます。私も大好きな場所です。
 明日にでも行きたいような気持ちです。

11月27日 外に出てみたら、厚い雲がいつのまにか広がっていました。今日は満月のはず。あの雲のむこうにはまん丸いお月さまが輝いているのだと思うと、たとえば、いろんなことがあったとしても、でも、きっとどんなことも大丈夫だという気がしてきます。
 私が家に帰ると、いつものようにいちじくと凛が足下をじゃれてついてきました。ずっとずっとついてきて、つまづきそうになるのに、いちじくと凛はいつもしっぽをちぎれるほど振って、上を見て、くーんくーんとなきながら、私の後をついてきます。いちじくは私がこのごろでは、ご飯の用意をして、お洗濯物にスイッチを入れてでないと、お散歩に出ないと知っているのです。食事の用意をし出すと、台所に来て、野菜の切れ端を「ちょうだいちょうだい」とトントンと切っている足下で、私の顔を見上げます。食事の後かたづけも全部終ったのを見届けたいちじくは、今度はお散歩のつなを口にくわえて、お散歩しようとまた私を見つめます。

11月26日 風の方向が変わるのでしょうか?生暖かい風が強く吹いて、雨が強くなって、森の奧から、さまざまな色の枯れ葉を、円を描きながら廻るように掃き出しています。私はとても驚いて、いったい何が起こったのだろうと思ったほどでした。
 ハウルの動く城の宣伝の文句で、「守るものができたから・・」というような言葉をハウルが言う場面がありました。
 誰かを好きになり、誰かを大切に思うと、その人や、家族の悲しむ姿を見たくない、その大切な人を悲しませたくないと思うようになるのかもしれません。そして、悲しませたくないから、守りたいと思うようになるのでしょうか?私にも守りたいと思う人や犬や・・がたくさんいます。
どんなことをしても、自分が守る・・そう思える人がいて、その人たちの悲しみや痛みは自分の悲しみや、自分の傷の痛みのような気がします。 

11月25日 中学3年生の生徒さんが、高等部の体験入学に、何回かにわけて、来ておられます。この2日間も10人ほどのお子さんが来ておられたでしょうか。
 私、初めて出合ったお子さんと、仲良くなる瞬間がとても好きです。目もあわさないように、触れられることもさけるようにして、座っている子供さんが、でも、一瞬だけ、ちらりと「あなたは仲良くなれる人?そう?」というふうに、こちらを見てくれる。その視線にこちらからもにっこり視線が送れたり、そっと差し出す手を受け止めてもらったら、そして、やわらなか顔をしてくれたら、きっと仲良くなれる・・その瞬間がドキドキするほどとても好きです。
 温かいけれど、でも、夜道のデジタルの気温計は4度でした。今年は温かいけれど、やっぱり少しずつ冬に近づいているのですね。
 友だちがメールで、「いつも空を見上げています 星も綺麗 秋も冬も大好きです」とメールをくれました。友だちは、どんなこともいつも大切に受け止めることが上手な人。季節だけでなく、たくさんのどんなことも、きっと大好きで、大事に思って楽しむことができるのでしょう。私もそんな素敵な生き方がしたいなあと思います。 

11月24日 冬が近づくと、ソウルに行きたくなります。もっとももう、何度もソウルに行ったけれど、全部出かけたのは冬で、他の季節のソウルは知らないのです。キュンとかじかむようにさむい空気が、背骨をしゃんと伸ばさせてくれるような気がするのです。寒いソウルは、町の途中の道に、風よけがついた大きなストーブがおかれていたり、お店の中が湯気でいっぱいだったりして、寒いからこそ、とても温かい感じがするのです。とても寒いけれど、いつも晴れていて、ソウルで出会った人はみんな親切でした。今年は冬のソナタやその他にも韓国の方が、日本でもすごく人気だし、韓国の人気も高いから、今からじゃ、年末にソウルに行くのはむずかしいのかなあ・・でも行きたいなあ、行きたいなあ、、、。

11月23日 うっとりと幸せな気持ちです。「ハウルの動く城」を観てきました。ああ、やっぱり私、魔法の世界にいたいなあ・・怖い魔法もあるかもしれないけれど、魔法はやっぱり楽しくなったり、うれしくなったり、幸せになったりするものだと思う・・・。今もずっとハウルの動く城の主題歌のCDをずっとうれしく聞いています。
 映画を見終わって、ハウルの指輪を手に入れました。本物の魔法のハウルの指輪です。あやしい裏路地の古いお店に売ってあったのじゃなくても、宝石屋さんでみつけたのでなくても、そして、たとえ、映画館のグッズショップで、ハウルのボールペンの先っぽに、アクセサリーのようにくっついて売られていたとしても、私には、それが本物だとすぐにわかりました。何十個と売られていたボールペンの中でも、そのひとつだけが本物でした。いいえ、私にとってはそれが本物だけど、他の人には違う物が本物かもしれない・・みんな自分だけの本物の指輪が、よくさがすとみつかるかもしれないね。それでそのあと、またもう一つ私のところに、本物の指輪がやってきました・・大丈夫。ハウルだって二つ指輪をしていたもの。この二つの本物の指輪が、私が危機に面したときに、きっと私の行く道を指し示してくれる。私を助けてくれるに違い有りません。 

11月22日 ポストの中に、子供のダックスの写真がついた封筒が届いていました。中には、先日のきいちゃんの劇を演じられたえりちゃんからのお手紙。とてもうれしく読みました。えりちゃんが書いておられた中で、とても心に残ったのは、自分たちの劇がたくさんの人に支えられてできたのだという感謝の気持ちを繰り返し書いておられたことでした。監督さんのこと、歌の先生のこと、舞台に置かれた大きな大きな絵本を作ってくださった方のこと、照明の方のこと、音響の方のこと・・・・「みなさんが真剣に取り組んでくださったから、私たちも精一杯演じようとがんばった」のだそうでし。そして、「何より伝えたいものがあったからがんばった」こと、打ち上げでぽろぽろ泣いて、「もうきいちゃんができないんだ」って哀しかったということ・・私、とてもうれしかったです。
 えりちゃんたちのお仲間のこと、私は、今まではそこにおられることも知らなかったのに、今ではとても近くに感じています。きいちゃんをこんなに一生懸命、すごく大切に演じてくださったことを、いまさらながら思い、胸がいっぱいになります。
 夢はいつかかなう・・たくさんの夢をいっぱい持っておられるえりちゃんたち・・私も、応援していたいなあと思いました。

11月21日 今日はもう、何年かぶりで、ピアノをたくさんの人の前で弾きました。といっても、アンサンブルだから、5人で出ていて、それほどむずかしい曲でもないのだけど、それでも、ドキドキしました。今日、ああ、よかった・・でも、驚いたなあということがありました。
 今日何を着ていこうかなあと、最初はピンクのワンピースを選んだのです。でも今朝になって、黒いワンピースに、ピンクのカーディガンを選びました。理由はないのだけど、なんとなく・・そうしたら、会場についてみたらアンサンブルで出る人はみんな黒いお洋服でした。「偶然でびっくりだね」というと、「えー!!今日は黒にしようって決めたんだよ。あ、そっかぁ。アンサンブルの練習したとき、決めたんだよ。かっこちゃん練習終わってすぐに帰ったから、言うの忘れてた・・ごめん」ということで、ああ、よかったぁと思ったのでした。真っ黒の中にピンクはちょっと困ったかも・・「守られてる私・・」こんなときにいつもそう思います。私、守られてる・・守ってもらってる・・って。今日も「黒い服にしたら」と耳元でささやいてくださった方に心からお礼を言います。
ピアノもまあまあ弾けたので、気をよくして、スペシャルカレーをつくっています。ニンニクを油でさっとあげて、そのニンニクはつかわないで、しょうがをおろして、それを加えて、たまねぎをいっぱいいためて作りました。なかなかおいしくできて、おいしいねえおいしいねえと食べました。 

11月20日 ちいちゃんが、ハウルの試写会の感想を教えてくれました。それから、今日はみほちゃんが、「すごっくよかったよ」ってメールと電話をくれました。そして、私は、今、「魔法使いハウルと火の悪魔」(徳間書店)を読んでいます。夢中になって読んでいます。とってもおもしろいです。もう夢中・・いつ映画に行けるのか、まだわからないけれど、とっても楽しみです。
それと、私、魔女のお話を昨日も書いたけれど、どうしてももっともっと完成させたいと思いました。なんとか本にしたい・・すごく思っています。
 今日はとてもお世話になった加賀のお寺でお話をさせていただきました。雪絵ちゃんのお話をこのごろ、させていただくときに、私、雪絵ちゃんが確かにそこで、応援してくれてるって思うよ。雪絵ちゃんとの約束を守るために、雪絵ちゃんが、そこにいてくれる気がするよ。

 私や大ちゃんのことが載っている本、いくつかお尋ねもいただいていたので、本のページを更新しました。 
  
11月19日 前に講演会でお世話になった、宮崎の風舎さんからパンがたくさんたくさん入った小包が届きました。うれしい・・。それでいいことを思いつきました。せっかくのおいしいパン。今日はフランス料理ごっこをしよう・・・。北海道のタッキーのじゃがいもで、スープを作りました。そして、おいしい風舎のパン、あとは、サラダとハンバーグ、一緒に並べれば、ふだんの夕食と品数はかわらないけれど、一つずつ、「北海道産のじゃがいもで作ったスープでございます」「宮崎から届いたばかりのパンでございいます」とうふうに順に出して、ナプキンをひざにのせ、ナイフとフォークでいただけば、フランス料理気分です。そして、最後にいつも冷蔵庫に入っているアイスクリーム(ファミリーサイズから、ひとさじすくって、すぐそこに生えているミントをのっけただけ)をいただいて、コーヒーを飲んで、とてもうれしい気分です。なんでも楽しいことしたいですよね。
 ハウルの動く城の映画を観る前に、本を読もうと、本屋さんで「魔法使いハウルと火の悪魔」の本を買ってきました。本屋さんにはたくさん魔法の本が並んでいました。ああ、私も魔女のお話をなんとか本にしたい・・していただきたいなあととても思っているのだけど、なんの努力もしてないなあと急に思い立ちました。文章もずいぶん前に思いつくまま書いたもの。だけど、思い入れの大きいお話。たとえば絵をどうするか、それから、少し書き直したりもしたいなあとか、そんなことを考えてみようと思ったのでした。  

11月18日 昨日に引き続いて、私の愉快な仲間のお話。昨日、サリーをみんなで着た話を書きましたが、法邑ドクターは額に貼ったシールが、なんだかとても気に入って、それをずっと貼っていました。出会う人ごとに「何かついてるよ」と言われて、そのたびに「あ、これね、つけてあるから」と平然といい、「これは第三の目で・・」とか言っていて、竹居先生も、「私たちもみんなして、第三の仏陀の目をつけるの!あ、かっこちゃん、はずしちゃだめ」という具合で、一日それをみんなしてつけていたのです。それで宮むーちゃんもやっぱりそれをつけていたのです。今日、すごくおかしかったのは、宮むーが、「昨日ね、ネパールの第三の目をつけていたから、私、夕飯はカレーをつくったの。しまった、本場のカレーよって家族に言えばよかった」というのです。ええ!!?シールをひたいにつけてるだけで?本場のカレーになっちゃうの?それで「なんていうカレー?」と聞くと「ハウスバーモンドカレーの甘口だよ。ナマステ・・」とか言うのです。おかしい・・。ドクターはドクターで、作業の時間、作業の教室にあった、王様の耳はろばの耳の、王様のイスにどかんと座って、「よは王様じゃ」「みつぎものを持て」とかいいながら王様になりきっているのです。みんながせっせせっせと箱折りしているよこで、ドクターはとてもまじめそうで、ぜんぜんそんなことを言いそうにないのに、言うのです。おかしいね。私の愉快な仲間たちは本当にゆかいです。

11月17日 うすいお月さまが、お舟になって、空に浮かんでる・・大好きな人が、メールや電話でお月さまやお星さまのことを教えてくれるたび、この美しい地球に、一緒の時代に生き、離れてはいても一緒に空を見上げていることにとてつもなくうれしさがこみあげてくるよ。今日は、一緒にひとつの舟に乗り、夜の空にこぎ出そうね。
 今日は生活の時間に、ネパールのサリーをみんなで着ました。女の子も男の子も、ひろ先生も、法邑ドクターも(お加減はいかがですか?ってよく言うので、ゆかちゃんが、ドクターというあだ名をつけました)も竹田先生も野村先生も、みーんな着ました。(竹田先生以外はみんな男の先生です)額に赤いシールを貼って、そして写真をとりました。それぞれみんなすごく似合っていました。それから、ネパールのお話をして、それからお茶をみんなで飲みました。外国に行くと、このお茶をみんなで飲みたいなあとか、これを買って学校へ持って行くと喜ぶだろうかというようなことをよく思います。結局一番したいのはいつもわたしなのだけれど、子どもたちも同僚も一緒に、「やろうね」と言ってくれて、「えー、男なのに、僕も着るの?」なんて言わないで、一緒に楽しんでくれるのがとてもうれしくありがたいです。

11月16日 大田先生が、「授産所さんがトルマリンを売ってて、とても安いよ。」と教えてくださいました。トルマリン?なんだっけ・・トルマリンって・・なんだか魔法のにおいがする・・あ、「もしかして、もしかしてトルマリンって、飛行石?」(天空の城ラピュタに出てくる飛行石、それで空が飛べるのです」でもね、「ちごわいね」(違うよ)って、大田先生は笑っていました。「お風呂に入れるとお湯がちくちくしなかったり、体によかったりするものだよ」って。期待した分、ちょっとがっかりしました。でも、本当のことを言うと、私は飛行石を持っているのです。それも二つも。ひとつはラピュタのビデオにおまけについてきたのです。そして、もう一つはデパートで売られていたのを友だちがプレゼントしてくれたものなのです。どっちもとても大切にしていて、車の中のいつも見えるところにひとつ(車も飛べるかなと思って)もうひとつは、デジカメにつけてあります。(バックはしょっちゅう替えるけれど、デジカメはいつも持って歩くから)。私があんまり大切にしているものだから、家族や友だちが、「飛行石ちょびれ」と言います。(学校で出会ったまなみちゃんはしょっちゅう「ちょびれ」と言います。「ちょうだい」という意味です。でも、あげられないものも「ちょびれ」というのです。たとえば携帯とか、お財布とか、着ているスカートとか・・・「ちょびれれんよ」(あげられないよ)と言うと、今度は「これちょびれる?ちょびれれる?」と聞くので、「ちょびれれん、ちょびれれんよ」と言いました。その言い方が可愛くて、私も気に入って、家やお友達の間でも使っていたら、みんなも使うようになりました)「ちょびれれんよ。飛行石大切だから」というと、友だちは「よくできてるけれど、本物じゃないよ。プラスチックやしね」と意地悪をいいます。でも、私が本物だと思ったら本物だよね。だけどね、あんまり「よくできてる」と言われると、どこかで、(これは本物だけど、でもこれよりもっと本物があるのかな?)って思っちゃうじゃない?それで、トルマリンって聞いたらもしかしたら飛行石?と思ったのでした。
 学校の音楽室にトランペットがありました。それから、学校の先生が、トロンボーンを持っていました。それでね、マウスピースを借りて、ぷーと吹いたら音がでるじゃないですか・・すごい!!天才・・私って天才・・そう思って、今度はマウスピースだけでなくて本体をつけてこっそり吹いていたらすごく苦しくなって、ふと鏡を見たら、唇が紫色で、チアノーゼになっていたのでした。それでね、うー・・喘息になりそう・・と思いました。(昔から走ったりすると喘息になってたなあ。それから肺活量をはかるときふきすぎて、喘息になってた。肺活量は800でした。)めちゃくちゃ吹いてもだめなんですね、きっと。もっと軽く吹かなくちゃ・・・・やっぱり天才じゃないなあ。

11月15日 11月に入って、まわりの方がたくさん亡くなって、そして、昨日の夜も、訃報の電話がありました。昨年定年でやめられた先生、ご病気でたおれられた後、復帰され、治療を受けられて、また何度か入院をされ、とても学校を続けられるお体ではなかったと思うのだけれど、3月の離任式の日まで、いつもいつも身体や心を奮い立たせるようにして、おつとめをされたと思います。離任式の時にされた挨拶をわすれることができません。ご自分の番になるまで、立っていることもおそらくはむずかしく、イスに座られ、そして、ご自分のときに、立って、ずいぶんおやせになっていたお体だったけれど、堂々と、心を打つ挨拶をされました。「残念ながら、僕は病気なので、みんなが大きくなって、りっぱに成長をしていく姿を見ることはできないと思います。でもおうちの方や、先生方にたくさん愛されてりっぱに成長されることを信じています。僕はみんなと最後の日まで一緒にいられたことをとても誇りに思うし、そして、みんなとすごせた日々がとても楽しかった、本当にありがとうございました」とそんなふうに挨拶をされました。
 先週、その先生の息子さんと偶然に一緒に実習をしました。一度で大好きになって、きっと私たちは仲良しになれた気がしてました。
 今日、おまいりをして、ご家族の方にご挨拶をしたときに、息子さんが、握手をしてそして「けっしてあきらめない」と言われました。驚いて、立ち止まると、「もう1回握手をします。けっしてあきらめない」ってそう言われました。「明日は誕生日」とおっしゃったので、耳元で「明日はお誕生日おめでとうございます」と小さい声で言いました。(お通夜におめでとうの言葉はふさわしくないかなあと思ったから)息子さんは「ばんざい、三十歳です。けっしてあきらめない」とまたおっしゃいました。その言葉はご自分に言われたのでしょうか?それとも、私や、それから、もしかしたら他の人にも、(どんなことも)けっしてあきらめないでと、あるいは、父は最後までけっしてあきらめなかったとおっしゃりたかったのかな?それともお父さんが、息子さんに「けっしてあきらめないでがんばって」とおっしゃったのかな・・。
 これから、息子さんは、何かあるたびに、何度も「けっしてあきらめないよ」って口に出して言われるかもしれません。私もそうしよう・・何があっても、けっしてあきらめない・・先生が、そうだったように、そして、息子さんがそうおっしゃったおられたように、私もけっしてあきらめない生き方をするよ。 

11月14日 ずいぶん遅い話題なのですけれど、スイングガールズの映画のお話。私は、あの映画を観て、涙が目からどんどんどんどん出てきて、泣きながら、どうして泣くんだろう、どうして涙が出るんだろう。悲しくないのに、楽しいし、みんなも楽しんでいるのに・・・って、そう思いながら、すごくいっぱい涙が出ました。そして、観たあとすごくさわやかな気持ちでした。おもしろかったねって一緒に映画を観た人と何度も何度も言って、うれしい気持ちになりました。私は今からもたくさん文章を書いていきたいんだけれど、スイングガールズみたいに、悲しかったりつらかったりする涙じゃなくて、さわやかな涙が流れるような文章を書けたらなあと思ったのでした。それでね、いつも何でもやりたがりの私のことだから、観る前から、スイングガールズを見ちゃうと金管楽器を吹きたくなるかもしれないと思ったら、やっぱりそうで、せめてマウスピースだけでもほしいなあと思って楽器屋さんに行ったら、マウスピースもとても高くて買えなかったのです。残念。いつかもし、金管楽器を吹いている人に出会ったら、「ふかしてください」って頼んでみようっと。そういえば、私何でもしたくなったら頼んでしまう・・このあいだは、レストランでテーブルの上のパンくずを金属でできた道具でさっと集めて次のお料理を出すというのがあって、「あの、それしてみたいんですけれど・・」と言ってさせてもらったことがありました。私ね、何でもしたいの・・

11月13日 今日はたった一日だけどいろんなことがありました。朝8時の飛行機で東京へ。飛行機の中で、偶然にも10年以上前に、職場で一緒だった事務長さんと隣り合わせになりました。それほどお話したことがなかったのだけれど、でもお話するたびに、なんだか分かり合えるような方だなあと感じていたのだけど、じっくり飛行機の中でお話できたのがとても大切な時間でした。今は早めにお仕事をやめられ、九谷焼の絵付けの仕事を本格的にしておられるとか・・個展にうかがわせていただく約束をしたのでした。空港にはいつものように小林さんが待っていてくださいました。二人で、東京のどこだったかの駅へ(「ご」から始まる駅だったなあ・・人の名前駅の名前場所の名前・・どうしてこんなに覚えられないのでしょう)そこに、阪根さん、野村哲也さん、そして、HPでも掲載してくださってる隆さん(ペルーで出会ったコックさんで、ずっとペルーで修行をしておられたのです)隆さんの奥さん、ペルーの天野博物館で働いておられた多良間島というところの出身のようへいさん、そして、小林さんのお友達で、齊藤ひとりさんのお友達でもある芦川さんが待っててくださったのでした。そろって、ペルーやブラジルの食べ物や本やCDなどを売っている小林さんのお友達の木本さんお店へ。その方こそが、小林さんに阪根さんを紹介された、すべてものはじまりの方でした。なつかしいインカコーラや、ペルーの養護施設でも作っていたクリスマスにいただくパネトーネというケーキをいただきながら、いろんなお話をしました。隆さんの作られた本を魅せて頂いたり、芦川さんのおもしろくて、素敵なお話をお聴きしたり・・・不思議なことでつながったたくさんの出会いが、また今日、ひとつになって同じ空間にいる不思議を思いました。隆さんと奥さんは今、日本でペルー料理屋さんを開くためにお店の場所をさがしておられるところだそうです。隆さんのお料理の腕は、天下一品。お店ができるのがとても楽しみなのです。
 それから、池袋小劇場へ・・。きいちゃんの朗読劇をしてくださっているのです。初めてお会いしたNeverLandの劇団のみなさんが、ずらりと私たちの前に座って、きいちゃんの本との出会いをはなしてくださいました。それから、ネパール旅行でご一緒したゆきんこさんと、「きいちゃん」のアリス間の後路編集長さんも到着。60人ほどのお客さんで劇場はいっぱいになり、きいちゃんの劇が始まったのでした。小劇場で劇を観たのは初めてです。自分で何度もお話させていただいているお話なのに、劇でみせて頂いてら、涙があふれて止まりませんでした。「なんていいお話だろう、誰の作品だろうね」なんて阪根さんに言った冗談はさておいて、何度も泣きました。きいちゃんの車いすにはぬいぐるみがついていて、腕のところにはタオルがかけてあって、それから、車いすにはキルティングの布でカバーがついていたのだけど、それがまるっきり同じで、私は劇をみせて頂きながら、きいちゃんと出会ったときのことをありありと思い出したのでした。そして、どうして、こんなに同じなんだろうと不思議に思ったほどでした。みなさん、とてもとても心をこめて演技しておられたのが、とてもうれしく、絵本や講演会や、雑誌や、いろんな方法で、きいちゃんを通して、子どもたちのことがたくさんの方に知ってただけることが本当にうれしくありがたいです。
 そのあと、空港へ。そこへ、お友達のあっこさんが、駆けつけてくださいました。今日一日でなんとたくさんの大好きな人に会えたことでしょう。阪根さんは15日で帰ってしまわれるので、阪根さんと空港でお別れだねと抱き合って、私はさびしくてなりません。また11ヶ月。阪根さんは日本にいないのです。やさしくて、少し大きなおなかにもう一度飛びついて、またねと再会の約束をしました。いつも思うことは、でもね、阪根さんが地球の裏側にいらっしゃって、私たちが、毎日、車で学校に通ったり、ご飯を食べたり、何かをしているときに、阪根さんも、地球の裏側で、また同じ時をすごしておられる・・そう思うだけで地球が全部好きになったり、勇気が出てきたり、楽しくなったりする・・それはなんとうれしいことだろうと思うのでした。
 昨日の日記について、「こんなことはどうなのだろう」というお尋ねや、「もっとお話して」というメールをたくさんいただきました。ありがとうございます。
 それで少しまた書きます。たとえば、呼び方のこともそうだけれど、たとえば、音楽の時間、童謡が大好きな方がいて、それを歌ったとします。「高校生にもなって、(あるいは大人になって)童謡を題材として扱うなんて、その人をちゃんとした大人として扱っていない証拠じゃないか、どうしてそんな歌を歌うのだ。差別じゃないのか」というような意見があったとします。そんなときに、私はそれは少し自分の考えとは違うなあといつも思うのです。もっと言えば、その意見こそが子どもたちをつらい方向へもっていくものじゃないのだろうか、もっと言えばそれこそが差別を生むことなのじゃないかと考えるのです。たとえば3ヶ月で寝返りをうつもの、一歳になれば歩くものだとか、もう中学生なんだからこれができなくてはいけない・・とか高校生はこうあるべき、高校生は歌謡曲やクラッシクの曲などが好きなものだというようなことを言うならば、3ヶ月で寝返りをうたない子どもさんは、一歳で歩かないお子さんは、その時期にそれをするお子さんよりも劣ってるというような考えに陥りがちなのじゃないかと思うのです。そういう基準というか考え方が、どれだけ、学校の子どもたちをつらい気持ちにさせてきただろうかと思うのです。歩き出すのが、1歳でも2歳でも、3歳でも、あるいは、歩き出すことをしなくても、その人なりでいいんだ、みんな素敵なんだという思いからは遠い考え方なのじゃないかと私は思うのです。高校生でも、童謡が好きでもいいし、クラッシックが好きでもいい・・「さん」をつけて呼ばれることで、うれしい人もいていいし、「さん」ではなかなか難しいけれど、「ちゃん」と呼ばれる間柄では、気持ちが伝えられる人がいてもいい・・手をつないで歩くことが好きでもいいんだと私はそんなふうに思うのです。
  
11月12日 今日はみいちゃんの実習最後の日でした。午後からは11月の誕生会と一緒に、みいちゃんのご苦労さん会、お別れ会を開いてくださいました。お尋ねしなかったけれど、誕生会をもしかしたらみいちゃんの実習最後の日にあわせてくださったのかもしれないとメンバー、スタッフのみなさんが、本当に温かく、みいちゃんとそして私に接してくださったことを思い、感謝の気持ちでいっぱいでした。たった一週間だったけれど、私たちをメンバーのひとりとして、いつも接してくださったのです。無理強いをして、作業をさせようというのではなく、メンバーさん一人一人の得意なことを、メンバーさんの気持ちや状態にあわせて用意されていたり、メンバーさんが自分で選んで、自分で考えて行動できるようにといつも考えておられるスタッフさんの姿勢にも、いつも頭が下がる思いがしました。この授産所には卒業生もたくさんおられて、私が実際に一緒に勉強したメンバーもおられました。こんな温かな雰囲気の中で、ああ、大好きと思って、毎日をすごした、みんながいることは、どんなに幸せに思ったことでしょう。みいちゃんも、すぐに作業所になれて、もうずっと過ごしているみたいに、楽しく毎日を送ることができたのでした。
 ところで、今日の日記とは関係のないお話なのですが、このごろ、ずっと考えているお話です。いろんな場所で、たとえば生徒さんの呼び方を○○さんというふうに、名字にさんをつけて呼ぶのがいいという考え方があります。いろんな人がいろんな考えがあって当然だし、そういう呼び方がしっくりくる方もたくさんおられると思うのです。けれど、私はどうかというと、自分が一緒にいる生徒さんを、全員、誰もを、さんをつけて呼ばなければならないというようなことにはとても違和感を覚えるのです。
 どうしてだろう。どうして、こんなにそのことを嫌だと思うのだろうと、考えたら、いくつか思い当たることがあったのです。その一つはたぶん、それは大事なのはさんだとかくんだとかちゃんだとかとう呼び方ではないのじゃないかと感じているからだと思いました。○○さんと呼ぶ方がいいと思っている人の中には、○○ちゃんと呼ぶことがその人に対して、失礼だと思っている方がおられるかもしれません。でも私はこんなふうに感じています。人と人はいつもお互いに学びあって教えあって生きている。助け合ってお互いさまで生きている。背の高さが違っても、お国が違っても、年齢が違っても、障害があってもなくても、誰と誰とでも、できるかぎり誠実にむきあっていけたらいいな、同じ線の上にたっていたいなと思うのです。ちゃんと呼ぶのが失礼だという考え方の中には、年下だったり、生まれたばかりの赤ちゃんは、同じ線に立っていないというような思いがあるのかなあと思ったのです。ちゃんと呼んでもさんと呼んでも、お互いが心地よく呼べる呼び方が一番なのだと私は思います。そして、私は○○さんとさんをつけて呼び合っている間は、少しよそよそしい関係のときが多いように思うのです。大好きになって、心を許しあうと、私の場合はお互いにちゃんをつけて呼ぶようになる・・・もちろん「さん」をつけて呼んでも、とても親しくなれる方もおられるでしょう。でも、私はそうじゃないのです。今一緒にいるみいちゃんやそれからゆかちゃんやかなちゃんは、私のことをかっこちゃんと呼んでくれます。私もみんなをちゃんをつけて呼んでいます。もし「さん」をつけて呼んでいたら、きっと今のお互いの関係は生まれていないと思います。「ちゃん」と呼び合えてうれしいし、本当によかったなあ、ずっとそうでありたいなあと思います。大ちゃんともそうです。大ちゃんは私を山もっちゃんと呼んでくれるようになって、初めて詩で気持ちを伝えてくれるようになりました。もし、大助さん、山元さんと呼び合っていては詩は生まれなかったのではないかと思います。(あ、わかった、そうだ・・その人にとっては、さんはちゃんよりもていねいに接するための呼び方だったり、年上の人を呼ぶ呼び方で、私にとってはそうじゃない、ちゃんはさんよりも気持ちを伝えあいやすい呼び方なんだ。ちゃんとさんはその人によって、位置づけが違うんだ。)
 きっと大切なのは、それぞれの関係の中、お互いを大切に思いながら、しっくりくる呼び方で呼ぶことだと私は思っているのですね、きっと。そして、もうひとつ思ったこと、自分はたとえば、誰かが、○○さんという呼び方で呼び合うようにしなさいと言われてもそれはしたくないなあと思います。そして、もっとしたくないと感じているのが、自分の呼び合い方が、一番よくて、そうでない呼び方はだめなのじゃないか、直したほうがいいよとか、あの人のこの呼び方が一番なんだけど気がついていないんだというような考え方をするようにはしたくないんだと思ったのでした。
 ペルーから来ておられる阪根さんが、15日には日本をたって、ペルーへ帰ってしまわれます。ああ、なんて淋しいのでしょう。毎日毎日逢えているわけじゃぜんぜんないのに、阪根さんが日本におられると思っただけで、私はそれからたくさんの阪根さんが大好きな人は、毎日が楽しくてしかたがないのです。明日は日帰りで東京に行きます。きいちゃんの朗読劇をみせて頂くことになっていて、朝から、阪根さんや、阪根さんと、もう一度日本にいるあいだに会っておきたいと思う人たちと一緒に、劇をみたり、おしゃべりをしたりしてすごします。わぁ、今日は日記いっぱい書いたなあ。たくさん読んでくださってありがとうございました。
  
11月11日 会いたいなあ、どうしてるかなあと思うと、偶然に何度も何度も会える人がいます。「ゆうきくんの海」や「本当のことだから」に書かせて頂いたNHKの雄太さんがそうでした。本屋さんの前で、図書館の中で、そして、公園の前の道路で・・・。雄太さん以外にも、そんな人がいます。通勤路でも、なんでもないところなのに、何度も何度も偶然出会う・・・もし、お買い物をしていなかったら、もし、お買い物がもっと長引いていたら、もし、そこでお買い物をしていなかったら、今日だって会えなかったはずなのに、今日も偶然に出会う・・何度も何度も巡り会える・・逢える人にはきっと逢える。会いたい人にはきっと会える・・そう確信した今日でした。
 家に帰ったら、ポストには、毎日学生新聞の竹内さんからと、絵本作家の岩崎京子さんからの封筒が入っていました。岩崎京子さんは、私のあこがれの作家さんです。小さいときからどれだけ岩崎さんのご本を読んだことでしょう。岩崎京子さんの封筒の中には、岩崎さんの書かれた「赤いくつ」(女子パウロ会)のサインを入れてくださったご本とお手紙が入っていました。「・・・今朝、毎日の中学生新聞でにこやかなお写真、そして記事拝見 うれしくて・・・」
わぁいとすごくうれしくなりました。私はほとんど赤い靴・・小さいときから、怖くて、せつなくて、悲しくて、でも自由の象徴でもあるような赤い靴のお話が大好きでした。大好きな岩崎さんの文章で、赤い靴が読めることも、そして、大好きなお話を送ってくださったことも、それから、新聞を読んでくださったことも、うれしかったです。毎日新聞の竹内さんは、琵琶湖のときに取材にきてくださいました。それで、新聞にはサリー姿で映っています。とても素敵な文章で書いてくださってとてもうれしかったです。今日も、うれしく、ありがたいなあと思うことがたくさんありました。

 大阪の高槻の講演会にきてくださったまなみさんの気持ちを、また再アップしました。
  
11月10日 お世話になっている授産所の午前中の仕事は、ちらし配りでした。前日に、金沢の情報誌に、何枚かのちらしをはさむ作業をしていて、それを、作業所のあたりに、配布するのです。メンバーのみなさんは3つのグループに分かれました。車いすの方や、杖でゆっくり歩いて配られる方、帰り道、自販機でコーヒーを買うことを楽しみにしている方、グループのスピードにあわせて、一軒一軒郵便受けに情報誌を入れました。肉やさんや、和菓子やさんでは、「いつもありがとうね」「ご苦労さん」と笑顔と声をかけてもらいました。温かい日差しの中(なんと11月の半ばなのに、24度もあったのです)とてもあたたかな気持ちで、ちらし配りを終えたのでした。
 仲間たちのページにドラゴンママの気持ちをアップしました。ドラゴンちゃんが生まれてからのことをお母さんが綴っておられます。

11月9日 高校時代の親友二人と、金沢のホテルにとまっています。ずっとずっとの仲良しで、今は離れていたり、そんなに会うことはないけれど、それでも一年に何度かは集まって、一緒にお話したり、笑いあったりする大切な大切な友だちです。
 私も平日だから仕事が終わってから、出かけました。ロビーで待っていてくれる友だちをみてほっとしました。風邪をずっとこのところひいていて、でも、実習中なので、お休みすることがむずかしかったりしたものだから、もっと元気だったらよかったのにと思ったけれど、こんなときだから、身体も心も元気になれるように会えたのかなと考えたりしたのでした。近くの中華料理屋さんで餃子ややきそばなどをわけっこして食べて、今はホテルのお部屋でしゃべっています。
写真はホテルの近くの尾山神社で友だちふたりをとりました。ステンドグラスがきれいなのに、うつってなくて残念です。

11月8日 今週から実習が始まりました。私もみいちゃんと一緒に、小規模授産所ですごしました。みいちゃんは就学前に友だちだった人や先生と一緒で、すぐにみんなにうち解けて作業をしてました。そこには、私が、とても心惹かれる素敵な男の方がおられました。作業所に朝入っていくと、その方が、自己紹介してくださって、そして、いろんな質問をするのです。「飛行機の会社で、全日空と、日本航空、好きなのは、さあ、どっちだ?」とか「歌手で、○○さんと□□さんと、好きなのは、さあ、どっちだ?」私が「○○さんかな」と答えると、とっても優しい顔で、ゆっくり顔をかたげて、目を閉じて、「いいよねえ」って言うのです。たぶん、「□□さん」って言っても「いいよねえ」って言うのだと思います。それからお茶をくださったので、「ありがとう」と頭を下げると同じやさしく笑って「ありがたよねぇ」って。それで、紙漉をされていたのですが、素晴らしく薄い紙を均一に漉いておられました。そばにいるととてもとても優しい気持ちになれる方だなあと思いました。
 北海道のお友達のトッキーさんが、おいしいじゃがいもをたくさん今年も送ってくださったので、今日のお夕飯には肉じゃがをつくりました。ほくほくのじゃがいもです。それから、蟹が解禁になったのです。今年の蟹は値段が安いよといううわさったけれど、本当に、こうばこガニが3はいで1000円でした。(こうばこガニは、ズワイガニの雌です)。
 きいちゃんの朗読劇のお知らせです。私も11月13日の16:00の回にみにいかせて頂こうと思っています。
 
[日時] 11月11日〜11月14日(11日(木)18:00、20:00 / 12日(金)18:00、20:00 / 13日(土)16:00、18:00、20:00
 / 14日(日)14:00、16:00、18:00 / 10公演)

[場所] 池袋小劇場 東京都豊島区池袋2-3-5 : 03-3986-2040
[料金] 全席自由席
[指定] 前売:1500円 / 当日:1800円
[チケット・予約のお問い合わせ] メールにて承ります。
[メール]:s2_neverland@yahoo.co.jp 心劇集団NeverLand 迄

11月7日 今日は大阪の高槻で講演会。朝、5時半に前川さんが駅へ車で送ってくださって、そして、飛行機で大阪へ到着しました。高槻は毎年毎年呼んでくださるのです。今年も千代さんと一緒。そして、おおまきちまきちゃんとあきさんも一緒でした。いつもながら、本当に温かく迎えて頂きました。チケットやお菓子や、お茶や、保育のことや、いっぱい用意をしてくださいました。私、絶対に忘れちゃだめだ・・昨日の宮崎でもそうだし、今日の大阪もそうだけど、こんなに、たくさんのあたたかい準備をしてくださって、だって、講演会を開くことは簡単なことじゃないです。たくさんのお客さんにきてほしいって思ってくださって、声をかけてくださっただろうし、もっともっとたくさんの用意をしてくださって、また来年って言ってくださる・・呼んでくださった、渥美さんやたくさんのスタッフのみなさんや、今年も来てくださって、声をかけてくださったりおみやげを持ってきてくださったり、本をまた買ってくださったりした方や、小林さんやみなさんに感謝するのを忘れちゃ絶対にだめだと今日はなんだかものすごくそのことを感じました。そして、それはきっと今回の二日間だけでなく、毎回がそうなんだ・・絶対に忘れちゃだめと思いました。
 私は新潟で地震が起きてから、神戸のちまきちゃんやあきさんや、大阪の大好きなみんなのことが気に掛かってなりませんでした。みんなようやく少し記憶が薄くなってきた怖いこともみんな思い出すだろうなあ・・不安かなあ、きっと怖いってびくびくって思われただろうなって思って。大好きな人が大好きなほど、すごく自分までもが、心配でならなくて、不安でしょうがなくなる・・はやくあって元気な顔を見たいとすごく思っていたので、講演会に来てくださる方の顔を見たり、スタッフの方の顔を見るたびに、講演会が始まる前から涙がとまらなくなっていたのでした。みんな元気そうだった。よかった・・・。
 ちまきちゃんも、ちょうど金沢でのコンサートがあって、それからそのままおうちにも帰らないままの高槻だったから、きっとお疲れだったはずなのだけど、とても素敵な歌を聴かせてくださって、みんな大喜びでした。

11月6日 なんていいお天気なんでしょう。朝日が輝く中、サンダーバードに乗って大阪へ、伊丹から飛行機で宮崎へ向かいました。空港からは鈍行列車で1時間半か2時間ほどでしょうか?日向市で講演会のために呼んでいただいたのです。宮崎はやっぱり南国ですね。今日は特別温かだそうですけれど、汗ばむほどで、遠くのパーム椰子の木が、カンボジアの景色を思い出させました。駅で前川さんが待っていてくださったのですが、前川さんは私たちの顔を見るなり涙ぐまれした。先々週松江の飛行場でも、主催者の勝本さんが涙ぐまれて、本当にどんなに一生懸命、講演会のために、心をくだかれて、準備をしてくださって、今日という日を迎えてくださったからなのだろうと、私も胸がいっぱいになりました。今日は日向市の風舎という授産所で、お昼にミニ講演会を夜はコミュニティセンターで講演会を開いてくださいました。風舎ではパンをつくっておられるとのこと、中をみせて頂いたのですが、溶岩釜という岩でできているオーブンがとても素晴らしくて、そして、パンがとてもとてもおいしいのです。いつもあまりたくさんの量を食べることができないのに、おいしくて、いくつもいただいたほどでした。風舎のようさんの言葉で心に残ったのが、「養護学校の高等部が、今は進路のことばかりになってしまっているけれど、私はそれは違うと思う。学校の中にクリーニングや印刷工場のようなものを持っているところもあるけれど、私は、学校なのだから、学校の高等部として、教えるべきものがあり、学校でしか学べないことがあると思う。楽しい思い出をいっぱいにして、心を豊かにしてほしいと願っています」ということでした。本当に楽しい一日でした。たくさんの方にありがとうございますという思いで一杯です。
 明日の朝、5時50分の列車で、今度は大阪へ向かいます。待っててね。 
 
11月5日 学校のグランドに姫リンゴの木があります。3年前、はるちゃんが、急に思い出したように、走りだして、はるちゃんを追いかけていくと、その先には柿や姫りんごの木があったのでした。今日、生活の時間に紅葉した葉っぱをとっていたら、グランドのお掃除をされていた校務員さんが、「姫リンゴ食べたか?」と声をかけてくださいました。「もうそろそろおいしいころだよ」「はーい」とうれしくなってとりにいこうと子どもたちの手をとったら、「葉っぱの授業が先だよ」と他の先生が・・でも、終わった後「さあ、姫リンゴだよ。柿もとろう」と連れて行ってくださったのでした。姫リンゴはちょっとすっぱかったけれど、みずみずしくてとてもとてもおいしかったです。それから柿も甘かった・・・どっちも皮をむいていないけれど、みんなで少しずつ柿をかじってまわしたり、小さいリンゴを一口でぱくっと食べたり、あたたかいお日様の中、うれしい秋の日なのでした。

11月4日 ふと耳にした言葉が、心にひっかかり、それがどんどん大きくなることがあります。尾崎豊さんの「僕が僕であるために」の一フレーズがそうでした。「僕が僕がであるために勝ち続けなきゃならない」 勝つとか負けるとかそんなことに重きをおかなくてもいいと思っていたはずだったのに、どうしてだかこのフレーズが何度もリフレインしました。おそらくは勝ちたいのは、誰かに出はなく自分になのだろうと思いました。「本当のことだから」の本を三五館の星山さんと作っているときでした。星山さんにその話をすると、僕はいつも演歌なんだけど、でも、その言葉は僕の胸にも響きます。僕も僕であるために、勝ち続けなければならないという今があるのですからとおっしゃいました。
 そのときそのときで、言葉は自分を勇気づけてくれます。あのとき、星山さんは、不況が続く中での、会社の運営のことをおっしゃっておられたのでしょうか?それとも、「本当のことだから」の本のことを言っておられたのでしょうか?
 私は今日、またそのフレーズを思い出しました。私が譲れないことがあるとしたら、きっとそれは私が私であることだ・・「自分が自分が・・」といいすぎることは好きではないです。けれど、どんな中でも、誰もが、同じ位置にたって、意見を伝えあい、ほほえみあって、一緒にいたいのだと思いました。それは一人一人が自分であるためにとても大切なことなのだと思います。そして、本当は誰もがそのほうがいごこちがよく、きっとそうしていたいのだろうなあとも思いました。  

11月3日 私の新しい古いカメラ、ミノルタユニオマットUをカメラ好きの父にみせに行きました。なつかしそうに45年くらい前のカメラを手にした父は、あちこちさわって、さっそくシャッターを押していました。用事があって、私がちょっと出かけてからまた戻ると、父は、ものすごく古いカメラは、納屋の奧にあるけれど、今はこれだけあったからと、たくさんのカメラをみせてくれました。私にとっても、どれも思い出があるカメラです。忙しかった父の休みが土日に重なると、父と母は決まって、私たちをどこかへ連れて行って、写真をとってくれました。花や山などの風景も父はよく撮っていました。「カメラに興味があるのなら、これなら持って行ってもいいよ」とたくさん並んだ中から私に手渡してくれたのは、キャノンAE1というカメラでした。父が大切にしていたものをもらうのはとてもうれしいです。 
 カメラが二つに増えると、愛情が、半分ずつになってしまいそうだけれど、そんなふうには決してならないように、二つとも、大事にしようと決めました。縁あって、私のところに来たカメラ。私はきっと物が好きなんだな・・誰かが大切に大切にしてきたものにはきっとその人の愛情がいっぱいつまっていて、それは物にきっとしみこんでいくんだと思う・・・。それを大事にするのは、物に対しての私の責任のような気がしています。

11月2日 作業班で見学させて頂いた授産所で、あっこちゃんに会いました。もう15年以上も前に、あっこちゃんと私は出会いました。本に出てくる、あっちゃんや、かおりちゃんとおんなじクラスにいたあっこちゃん。そのあっこちゃんが、授産所で陶芸の作業をしていたのでした。声をかけると、あっこちゃんはびっくりして、飛びついてきてくれました。そして作業所の先生に私のことを紹介してくれたのです。「私が中学部の時の教え子です」教え子?教え子はあっこちゃんじゃないの?って思ったけれど、あれ?今日一緒に出かけた、ひろ先生が、「なるほど」なんて言って納得しているのです。思い出せば、私は毎日、あっこちゃんにいろんなことを注意されていました。「給食はのこしませーん」(だって給食多いんだもの)「作業中はよそみしませーん」(かおりちゃんが、にっこり笑ってくれてるんだもの)「一列にならびまーす」(だってとおるちゃんが手をつなごうって手をだしてくれたんだもの)その中で一番多かったあっこちゃんの言葉は「せんせい、おとなだよ」(おとななんだからちゃんとしなさい)でした。そおっか。あっこちゃんには苦労かけたなあ・・と思いました。あっこちゃんも、他の利用者さんも、いきいきと作業をされて、作業の説明をしてくださったり、作業用品をみせてくださったりしました。 

11月1日 もう本屋さんには来年のカレンダーが並び、年賀状の印刷の注文を受けていたり、それから、町の中の飾り付けももうクリスマス。本当になんて時のたつのの早いことでしょう。
 いろんな楽しいことがあっても、みんな心の中には、新潟のみなさんのことや、イラクのことや、台風の災害のことや、そんなことが心の中にあって、窓ガラスがくもると、新潟の今日の夜も寒いだろうかというふうに思うのでしょうか。私は前にも書いたけれど、日本海に油が流れ着いたときに、近くで作業をされていた親子の方が関西の言葉だったので、お尋ねしたら、「前に地震のときにいろいろと手伝ってもらったことが忘れられないから、こいつが、手伝いに行こうというもんやからね」と息子さんの頭をなぜながら言われたことをよく思い出すのです。そのお二人のように、出かけることは難しいけれど、日常を送りながらも、自分のできることを考えたいです。
 今日は昨日のカメラで、何枚か写真をとりました。24枚になったら現像に出して、ちゃんと映っていたら(ぜったいに映っていると確信してるんだけど)白黒の写真をとりたいです。
 明日は作業班で、校外学習に出かけます。作業で缶つぶしをしたものを持って行く、行き先の会社や、パンを作っていて、先輩がつとめている授産所や、近くにあるキリンビール工場などに出かけます。 

10月31日 富山の福岡町のミュゼ福岡カメラ館で、星野道夫展を見てきました。言葉にできないほど、なにもかもが素晴らしかったです。星野さんの本を開いたときに、本の中から、アラスカからの風が吹いてくるのを感じるけれど、その空気が、会場一杯に広がっていて、そこに身を置いていることで、星野さんの心や、自然とつながっていられるような気持ちになりました。心がしーんとなって、そして、命の深いところで、すべてのものとつながっているのだというような気持ちにもなりました。星野さんは私をまだ見ぬオーロラの前につれていってくれたり、グリズリーの吐息を聞かせてくれたりもしました。私はずっとずっと星野さんが大好きでした。大好きと思うからか、本当に不思議と星野さんは私の前に現れてくださいました。星野さんが生前、よくおつきあいをされていたというアラスカ領事館のご夫婦とお知り合いになって、お食事をする機会に恵まれたり、お友達になって大好きになった方が、実はあとでわかったのだけど、星野さんの写真集を編集されていたり、お友達になった方が、星野さんにいろいろなことを学んだかただったり、それから、ふと歩いたデパートで星野道夫展をしていたり・・・。どの出会いも素晴らしかったけれど、今日の出会いも、私にとってはとても大切なものでした。今日の写真展は、MDで、星野さんの奥さんであるなおこさんの解説を聴きながら廻ることができたのでした。
 ところで、ミュゼ福岡は、カメラ館で古いカメラがいくつも展示されていました。私の父は新聞社に勤めていたということもあったのだと思うのですが、ずいぶん昔から写真をとることが好きでした。当時はめずらしかったと思うのですが、生まれる前から(母のおなかがおおきいときから)毎日のように、とった私と妹の写真が残っています。 
 写真だけでなく、父はカメラを何台も何台も持っていました。とっても古いカメラをいとおしそうにながめたり磨いたりしていた、父の姿が、カメラ館を見ている内に蘇ってきたのです。父に「あのカメラたちはどうしたの?」と電話をしたら、父はもうないよと言いました。なんだか急に、あの古いカメラがほしいな、写真をとってみたいなあという気持ちになりました。展覧会の帰り、一緒に出かけた友だちと、金沢のカメラやさんに行きました。カメラクラブという古いカメラがたくさんおいてあるところを友だちは知っていたのです。多くのカメラはガラスのケースのなかに入っていて、私がちょっととってみたいと思って、買うのには高すぎました。けれど、入り口近くの古い3段の棚におかれたカメラは、どれも3000円という値札がついていました。そして、どのカメラもすぐに写りますと書かれてあったのです。「一番古いカメラはどれでしょう?」カメラやさんのおじさんは、「扱えるかな」といいながら、「昭和38年のものだよ」(あとで35年だとわかったのですが)とひとつのカメラを指さしました。それはまさしく父が持っていたようなカメラでした。ずっしりと重く、手回しで、上の方はアルミで、そして、下の方は皮でおおわれています。そのカメラはミノルタユニオマットUというカメラでした。のんきな父さんという漫画をご存じでしょうか?帽子をかぶったのんきな父さんはよく、厚い皮のカバーをかぶったカメラを首からさげていました。おじさんが、それにあう皮のカバーをかご一杯の中からさがしてくれました。そして、「カバーはただにしてあげるね」と言って、そして、カメラの値段もおまけしてくれたのでした。
 「いいかい、撮り方を教えてあげるからね。ここに、緑の矢羽根みたいなものが窓から見えるだろう、その矢羽根の真ん中に赤い線をあわせるんだよ・・そして、この窓からみてごらん、景色が二重になってるだろう・・一重に重なったときが、ピントがあったときだから。そうそう、上手。それから、フィルムの入れ替えだよ。まず裏蓋をあけて・・・こうしてこれを矢印の方にまわして・・・」そんなふうに、ていねいにていねいに教えてくれました。それも1度目はみせてくれて、二度目と3度目は一人で練習をしたのでした。私があんまり喜ぶものだから、おじさんもきっとうれしいと思ってくださったのでしょう。「彼女は可愛い人だね」なんて、私のわーいと喜ぶ様子をたぶん一緒に喜んでくれたのでした。一緒に記念撮影もしました。
 それから、金属の部分をジフで磨いたらぴかぴかになりました。レンズもレンズ磨きでぴかぴか・・写真も何枚かとりました。やさしいシャッターの音がします。現像するのが楽しみです.
帰ってインターネットで調べたら、「父が東京オリンピックのために求めたカメラです」という文字にあたりました。ああ、そういうころだったのだなあと、思いました。
 今、私の右側には星野さんの本が、左側にはカメラがあります。うれしい!!

10月30日 テレビを観ていたら、モンチッチのぬいぐるみが出ていました。おしゃぶりを加えたお猿さんのぬいぐるみ。モンチッチには私も特別な思い出があります。それは大学の時でした。竹内教授は、恰幅のある、白髪まじりで威厳があって、少し怖い感じの先生だったような印象がありました。この試験を落とすと大変なことになる、もう一年やりなおしだというようなことだったと思います。竹内教授の試験はとても難しいといううわさで、一生懸命勉強をしました。でも、難しくて、なかなかわからないのです。教科書を見ても、難しく、泣きそうになりながら、絶望的な気持ちで朝を迎えました。
 竹内先生はテスト用紙を分け終わったあと、「友だちのテストを見るようなことはしないように、自分の持てるもので、がんばるように、持てるもので、がんばるように・・持てる物で・・・テストはこのモンチッチが、ちゃんときびしく監視しているから」そう言い残して、教授は机の上にモンチッチを座らせて、教室の外へ出て行きました。持てる物・・持てる物?それは教科書だろうか・・みんながみんなそう思ったのだと思います。カバンから教科書を出して、テストをときはじめました。私には先生と、モンチッチが神様のように思えました。テストの問題の答えは分厚い教科書のどこに書かれてあるかということは、何度も目を通していないとわからないと先生は思ってくださったのでしょうか。
 竹内先生の口から、モンチッチという子どものおもちゃの名前が出たのもとても以外でした。ハリーポッターに出てくる校長先生も、ハリーに、なぞのような言葉を言い残していくことがあります。ハリーはその言葉を頼りに困難から抜け出すのです。竹内先生もダンブルドア先生のように、私たち生徒をとても愛してくれていたのだなあと思います。 

10月29日 お友達が葉加瀬太郎さんのヴァイオリンコンサートに行ったよと話してくれました。お話を聴くだけでも、うっとりして、気持ちが良くなるような感じです。友だちの話で心に残ったのが、「握手をしてもらったのだけど、私の方をまっすぐ向いて、私の顔をじっと見て握手をしてくださったの。それで、金沢にまたいらしてくださいねと言ったら、ありがとう。金沢は大好きなところですとお返事してくださって、とってもうれしかった」ということでした。私はそのときに、葉加瀬さんとはぜんぜん違うのに、ローマの休日の映画の、ローマで新聞記者さんと一日すごしたあと、記者会見のときに、アン王女が、一人一人の人に握手をする姿を思い出しました。驚いたことに、ちょうど今日、その映画がテレビで放映されていて、その場面を見ることができました。オードリーが扮するアン王女は、他の新聞記者の方みんなに握手をしたかったわけではなくて、一緒に一日をすごした新聞記者さんともう一度言葉を交わしたかったのだと思うけれど、それにして、一人一人、とても心のこもった握手をされていて、私はこの場面でいつも涙がとまらなくなるのです。握手という物はほんらいはそういうものなんだなあと思ったのでした。 

10月28日 とてもいいお天気。今日で、一年の部活動が終了しました。遠くから通っている生徒さんも多くて、これ以上の期間続けると、部活動が終わって、おうちにつくころにはもう真っ暗になってしまうから、毎年この時期で終わりなのです。今年初めて、部活動に参加したゆかちゃんとかなちゃんは、部活動が始まって初めて、スクールバスでなく、部活動がある日に自分で通学するようになりました。かなちゃんは乗り換えもたくさんしながらのバスの通学。そして、ゆかちゃんは晴れた日には自転車で、そして、雨の日にはバスに乗って、学校に来ました。去年の今頃、そんなことができるだろうかと、私もそしてお母さん方もとても心配だったと思います。したことがないことはやっぱりとても心配。でも、できることを増やして欲しいし、部活動も楽しみのひとつだから、二人の希望を大切にしたいというのは、おうちの方の考えでもあったし、また私もそう思いました。何度か通学の練習もしたのです。部活動が始まったばかりの頃は、ちゃんと家についただろうかと心配で心配でなりませんでした。今日で部活動が終わって、感慨深く、二人の携帯に「部活一年よく頑張って通ったね。偉いなあ」というメールを送りました。かなちゃんからは「駅までおしま、部活一年」というメールが。お母さんからは「ありがとうございました。やっと一人でバスに乗って金沢駅まで帰ってこれるようになりました」というメールをいただきました。昨日はゆかちゃんが、全学年がいる体育館で、手を大きく挙げて質問をすることができたのです。ほとんどおしゃべりをすることもなく、下を向いていることが多かったゆかちゃんの勇気に、今、ゆかちゃんと一緒に勉強しているみやむーちゃん(宮村先生)と手をとって喜びました。子どもたちはどんどんどんどんできることを増やして、大きくなって言っている・・毎日すごいなあと思うことばかりです。

宇宙の秘密をアップしました。

10月27日 長岡市の土砂崩れの現場でゆうたちゃんというお子さんが救出されている様子をテレビで観て涙が止まりませんでした。10月27日という今日は、6年前に、学校のゆうたくんとお母さんが、交通事故で亡くなられた命日でした。やさしくて、いつも一生懸命だったゆうたくんは、もちろん、今日救出された2歳のゆうたちゃんと会ったことがあるはずもないのだけれど、私はなんだか、学校のゆうたくんが、お空でゆうたくんを守ろうとしてくれたのだろうかとそんなことを思いました。学校のゆうたくんが亡くなったときに、「ゆうきくんの海」や「本当のことだから」に出てくる雄太さんのお母様が、「雄太と同じ名前のゆうたくんが亡くなったこと、人ごとと思えません。涙が出ます」と言っておられました。きっと今日のニュースも特別の思いで聞いておられることでしょう。お母さんが亡くなってしまわれたけれど、ゆうたちゃんに強く元気に生きて欲しいと願っています。 

10月26日 私は高等部の二年生、一年生の子どもさんとはほとんど一緒に授業をすることがないのです。でも、廊下や食堂やいろんなところで、出会うから、お互いに気になって、そしてお友達になってるお子さんも、何人かいます。その一人、一年生で、ハリーポッターが大好きな女の子がいます。あんまりおしゃべりをしない女の子だけど、休み時間に教室の前を通ると、ハリーポッターの本を読んでいたり、クラブの時間にハリーポッターのHPを見ているのを見逃す私ではないのです。(私もハリーが大好きだから)
 女の子の近くに行くと必ず「さて問題です」と言います。そして、ハリーポッターの問題を出すのです。「トイレに住んでいる幽霊の名前は何?」女の子はにっこり笑って、私の耳元で、うれしそうに「なげきのマートル」と一言、正解を教えてくれます。一年生の先生が、私と普段からおとなしい女の子が、時々特別の話題で、すれ違いざま何かささやきあっているのが、不思議だったみたいで、「ね、何があるんです?」と聞くのです。私はとてもうれしくなって、でもいじわるにも「うふ、内緒よ」なんて言うのです。そして、今日もまた私が向こうの方からやってくるのが見えると、その女の子は、うれしそうに「うふふふ」と笑ってくれます。「さて問題です。暗いときに使う魔法は何?」また耳元で、小さな声で「ルーモス光を」と女の子が言ってくれます。そこで、お互いに分かれていくのだけど、すごくうれしく楽しいのです。女の子と私は同士なのです。 

10月25日 おといホテルに泊まったときに、、シャンプーとリンスを持って行くのを忘れてしまって、ホテルのを使いました。私は小さいときから、山に出かけただけで、顔中がかぶれてしまって、しばらくかさぶたができて大変なほど、かぶれやすい体質なのだと思います。怪我をして、絆創膏を貼ると、その形にあっという間にかぶれてしまうから・・。いつも使っているシャンプーは特別なものではありません。洗顔石鹸も、シャンプーもリンスもそれから、身体を洗う石鹸もみんなダヴ。きっと身体にあうのですね。
 ところで、おとといの夜から頭が痒くてしかたがありませんでした。違うシャンプーを使って、どうやらかぶれてしまったみたいです。そして、今朝、顔が痒くて、それで、顔を触ってびっくりしました。髪が顔にかかっている部分がかぶれていたのです。大人になって、皮膚もずいぶん強くなったと思ったけれど、でも、まだまだですね。
 今週は、校内実習の期間。一週間ずっと作業ばかりの授業なのです。私が出ている缶つぶし班は、鉛抜きと、糸抜きという作業をしています。コードのなかから、ビニールでつつまれた鉛を抜く仕事と、織機の模様を作るときに使う紙から糸を引き抜く作業です。ところで、私は金属アレルギーでもあるのです。それで、ビニールでつつまれている鉛をさわると、切り口の鉛に触れて、手が腫れてくるのです・・・。あー、なんだか、大変です。ちょっとさんざんでした。 

10月24日 出雲から岡山へ。岡山と言えば、桃太郎さんのきび団子が有名です。ペルーにみんなで旅行をしたときから、小林さんはご自分を犬、阪根さんを猿、そして写真家の野村てつやさんがキジだという風におっしゃって、(小林さんたちののおもしろい遊びなのだと思うのだけど)「姫、お仕えします」なんて言ってくださるものだから、駅できび団子を買って、小林さんと阪根さんにお渡ししたのでした。岡山での講演会はお友達のひろこさんが、来てくださると主催者の方から聞いていました。会場は小林さんのお友達の山口さんの会社です。「このあたりはとても古い街並みがあるんですよ」とお聴きして、古い街並みや、古い物好きの私は、まだ一時間講演会まであるとお聴きして、ちょっと街を歩いてみたくなったのでした。「迷子にならないから言ってもいいですか?」と小林さんに尋ねると、「いや、迷子になるでしょう。阪根ちゃんと行けばいいから」と言ってくださって、街並みを歩きました。本当になつかしい昭和の初めの頃の家々があって、うわぁなんて、声を上げながら歩いていたら、川の畔にでました。おじいさんが、横を自転車で通って私になにやら声をかけてくださいました。私も「あそこにある神社には桃太郎さんがいますか?」なんてお尋ねすると、「あそこはただの公園だから、あっちが由緒のある神社だから」とおっしゃるのですが、私たちはなんとなく公園に惹かれて、橋を渡るとそこはなんと、日本3代名園で名高い後楽園だったのでした。びっくり!!。「おじいさん、ただの公園だなんて、おもしろいね」なんて言いながら、そろそろ帰らなくちゃと、今度はまた違う通りを歩いていたら、小さな社がありました。「こういうのがあったら、まず手を合わせとかなくちゃ」と阪根さんがおっしゃって、私も社を向いて手をパチパチとたたいたところ、道路の向こう側におられた女性が、「あー、かこさん」と声をかけてくださるのです。見たら、少し泣きそうになっていたひろこさんでした。「このあたりをうろうろしているけれど、会場がどうしてもわからなくて、どなたに聞いてもわからないとおっしゃるので、もう帰るしかないのだろうかと思っていたところだったの」。本当に私たちはいつも守られているよね・・この道を今、通るか通らないかなんて、本当にわからないし、お散歩だって偶然でかけたんだし、方向だって、偶然。それなのに、道に迷ってるひろこさんに会えるなんて・・・。
 そんなふうにして、またこの二日間も不思議な素敵なことがいっぱいあったのでした。 

10月23日 出雲に来ています。新潟で強い地震があったというニュースが入ってきました。ドキドキしました。何人かの方が亡くなって、たくさんの方が怪我をしたと携帯のニュースがしらせてくれました。胸がずーんと重くなります。もうこれ以上の方が怪我をされませんように・・地震がおさまりますように・・・新潟には、講演会を主催してくださったむっちゃんや、そのお友達の方がおられます。真っ先にその方たちのことが頭に浮かびました。電話も混雑していてつながりません。それから、私が石川にいると思って、何人もの人が、「大丈夫?」というメールや電話をくださいました。

 出雲の講演会。あたたかくみなさんに迎えて頂いてうれしい会でした。宍道湖がとってもきれいでした。(私は支笏湖だったかなと講演会でお話してしまったのですが、支笏湖は北海道の湖でした)今日の講演会は、客席のみなさんにすっぽりと守られている中でおしゃべりをしているように、不思議な感覚がしました。みなさんが、じっと私を見つめてくださって、どんなに一生懸命この会を作り上げてくださったかが感じられて胸が熱くなりました。終わったあと、大ちゃんの仏様と大ちゃんの詩をデザインして作ってくださった羊毛で作った素敵な大きな絵の額をいただきました。とってもやさしくてきれいな作品。うれしくて、たまりません。家にかけさせていただいて、大切にしたいと思いました。
 今日の講演会にはたくさん友だちもきてくれました。阪根さん、伊勢の赤塚さん、東京のあっこさん、小野さんそして、隠岐の島の柴田さん、阪根さんが、日本におられる間にできるだけたくさん阪根さんにお会いしたいと思っている私。そして、やはり、阪根さんにお目にかかりたいと思って、そして、きっと私にも会いに来てくださって、たくさんの方にお会いできて、うれしい夜でした。けれど、やっぱり新潟のことが、とてもとても気懸かりです。 

10月22日 11月の半ばにある、ピアノの発表会で、私は発表するわけじゃないのだけど、合奏でピアノをちょっとだけ弾くことになっています。とても簡単な譜。でも、弾けないのです。私、リズムが苦手なの。特にジャズのリズムがなかなかできません。 ジャッキの3連符とかを口ずさんで、ン、タタタタタタンとかンタタンタタタタタタンとか口ずさんでいるうちに、もう何がなんだかわからなくなっています。助けて!!
あー・・・タタタタンタンタッタン・・夢にみそうです。
 明日は松江に行きます。あさっては、岡山。どなたとお会いできるのでしょう。どんなお話ができるのでしょう。とても楽しみです。

10月21日 「強い嵐が来ると、熊が驚いて、山から下りてくるもんだよ。食べ物がないとなおさらだ」と友人が言いました。そっか、じゃあ、昨日の台風でまた熊がたくさん降りてくるだろうかと心配になっています。
 前に「好き好き大好きの魔法」という本を三五館さんから出して頂いたときに、素敵な熊やうさぎなどを登場させて、私の挿絵をかいてくださった河原崎秀之さんが、日本熊森協会というホームページを教えてくださいました。私の家の近くにも熊がたくさん住んでいます。熊だけでなく、うさぎもりすも、きつねもたぬきも、それからふくろうもいます。もし、地球のいろいろなところを区分するのなら、森は動物たちや虫たちのものと言ってもいいかもしれません。(どこもが誰の物でもないとも言えるけれど)そんな動物たちの住む森・・・今は杉だらけです。このあいだ、阪根さんにお会いしたときに「もう杉はいいよ」と言っていました。どんどん、森の土が、杉にすると、栄養分が抜けていくのだそうですね。豊かな森が、その豊かさをどんどん失っていくのだそうですね。台風が多いのも、熊がたくさん人里に出てくるのも、きっと一面だけでは考えることができないのかもしれませんね。 

10月20日 台風が来ています。雨と風が、大変なことになっています。本当に何度も何度も来る台風。みなさんは大丈夫でしょうか?車を運転していたら、片方の車輪が浮いたのがわかりました。すごく怖くなって、とまっていたけれど、車の中のテレビは、さらに台風が近づいていることを知らせていました。止まってるわけにはいかない・・とやっとの思いで家にたどり着きました。帰ってテレビをつけたら、ひっくり返っている車、屋根がとんでしまっているおうち・・。度重なる台風に、日本中が悲鳴をあげているような気がします。みなさんどうぞ気をつけてね。
 今日は文化祭の係の反省会。私の係は中学部の教室でありました。ふと座っていた子どもさんの机を見ると、机の上に、あいうえお表と、それから、にこにこした顔の横に「げんき!」の文字、悲しく苦しい顔の横に「ものい!」の文字が書かれていました。おそらくは話し言葉としての言葉をもたないお子さんの机で、気持ちを伝えるためのものなのでしょう。身体がつらいことを金沢弁で「ものい」と言います。方言のカードがおもしろくて、金沢弁だねと言うと、徳島出身の同僚が、金沢の小学校にいたときに、泣いている子どもさんがいて、「どうしたの?」と聞くと、「先生ひどい!」と言ったというのです。「ひどい」も金沢では身体がつらいときに使います。先生は「僕が何をしたというのだ」と思ったのだそうです。ちなみに、能登では「ちきない」とか「てきない」と言います。「徳島ではどういうの?」と聞くと「徳島はせこいって言うんだよ」と言いました。せこい!?せこいは違うでしょう・・と金沢生まれの私は思いました。でも、そうなのですって・・マラソンをして、つらくなったときも、ああせこい・・って言うのですって・・方言はおもしろくて大好きです。みなさんのところでは、身体がつらいことを何というのでしょう・・教えてください。 

10月19日 私が考古学者の佐古ちゃんと会えたのも、ペルーの阪根さんに会えたのも、みんなどなたかが、私にあわせてくださったからなのだけど、そして、そのように会えたのも、偶然のようだけれど、でも、偶然は次々にいろんなことを生んでいく・・なんて素敵なことでしょう。
 日本に来ておられるペルーの考古学者の阪根さんと、日本の考古学者の佐古ちゃんと、お二人同士がお友達になってくださったらいいのにと思っていたら、佐古ちゃんの大学で、阪根さんが講義をされることになりました。それが今日。二人とも会われて、すぐにお友達になられて、今日の授業はとても楽しく素晴らしいものでしたと佐古ちゃんが教えてくれました。びっくりしたことに、ペルーの大使館におつとめで、阪根さんのお知り合いの方で、今年から佐古ちゃんの大学で講義をしておられる方と、お二人はぱったり食堂で会われたのだそうです。そして、「僕の教室でも授業してほしいな」と言われたということで、「来年また、日本に来ますから、そのときに・・」ということになったのだそうです。もし、その日のその時間にその場所にいなかったら、3人がばったり会われるということはなかったでしょう・・・でも、ちゃんとまるでしくまれたように、そんなときはばったりと会えることになっている・・・小林さんなら、「神様のなさることだから」とおっしゃるだろうと思いました。偶然がたくさんの偶然をつれてきて、いろんなことが、また始まっていく・・・
全てのことは今日の自分のためにあり、今日のあなたのためにある・・そして、今日の私は今日のあなたは、いつかの日の誰かのためにある・・そんなことが、当たり前のように行われている毎日に私たちは身を置いているのですね。

10月18日 どうしてこんなに古い物が好きなのでしょう。使い込まれた机、可愛がられたお人形、大切にされていた万年筆や時計など・・どれもとても心惹かれます。
 今、私が使っている机は古い物ではありません。自分には少し贅沢かなと思いながらも、大人の机がほしくて、買ってから、6年くらい使っているものです。これからずっとずっとおそらくは私が机を使う必要なことがなくなるようなことがあるなら、その日まで使い続けようと思って、選んで、思い切って求めた机です。あちこち、傷ができたり、うっかりと熱いカップをのせて、少し色が変わったりしているけれど、それがいつか味となって、いっそう大切になっていくに違いないと思うのです。私は血の通ったように感じられる古い物が好き、息づかいが感じられるようなものが好きなのだと思います。この机がどんなふうになっていくか、それはもしかしたら私の生き方によるのかもしれません。

10月17日 二日間の文化祭が終わりました。バラの色のような夕焼けを見ながら、本当にうれしい二日間だったなあと、喜びをかみしめています。子どもたちも、おうちの人も同僚も、みんなみんな大好き。この仲間とだったら、なんだって乗り越えられるような気がしてきます。
 今日は卒業生にもたくさん会うことができました。母校にうれしく訪れることができるように、今一緒の子どもたちとも、大切に時間を送りたいと思います。 

10月16日 ばんざーい。劇は大成功でした。ハプニングや、緊張して小さいいろいろなことはあったけれど、でも、とてもとても素晴らしい劇だったと思います。
 校長先生がね、劇が終わった後、とても感動してくださって、閉会式での言葉のあいだも、涙で言葉をつまらせておられたのです。もちろん、私たちの劇のことだけではないと思うのです。一日の劇を観られて、そして、私たちの劇も観てくださってのことだとは思うのだけど、校長先生の涙で、私もまた、涙がこぼれました。お隣におられた小学部の先生も、「あー、涙、がまんしていたのに、泣いてしまった」と言ってくださいました。終わってすぐに、おうちの方や、同僚や、観てくださった友だちから、携帯に「よかった」というメールもたくさんいただきました。うれしくてうれしくて、子どもたちと一緒にぴょんぴょんとんだり、頬を寄せたりして、喜びをかみしめました。
 劇が終わって、みんなで記念写真を撮りました。キラキラ笑顔が輝いて、一人一人が、みんな満足そうでした。
 「この劇は自分探しから始まりました」という言葉のとおり、子どもたちはまず、自分の好きなところは何か、みんなに知って欲しいことは何かということを探すことから始めました。
 メイキングビデオの最後を飾ったのは、「大切なことは、与えられた自分を一生懸命生きるということ」
 子どもたちは劇のことを覚えていてくれるでしょうか?自分たちで作り上げた喜びや、今日の日のうれしさや、それから、劇の意味を思い出してくれるでしょうか?そうだったらいいなあと思います。 
 
10月15日 今日は最後の練習でした。昨日の帰り、同僚とビデオを見て、こうしたほうがいい、ああしたほうがいいと話し合いをしたり、お化粧の練習をしたりもして、今日は、変更点を中心に練習しました。子どもたちも緊張しているのでしょう。熱が出ていたり、おなかを壊している子どもさんがいたり、大丈夫かな?と何度も言っている子どもさんもいました。でもでもきっと大丈夫だよね。あんなに頑張ったのだもの。今日も、遅くまで、職員のみんなで作品の展示をしたり、準備をしました。どうぞ、みなさん、見に来てね。私たちの大好きな、大切な子どもたちを見に来てね。子どもたちの素敵さを見に来てね。待っています。明日はお昼13:10分から高等部の劇、あさっては販売があります。陶芸や、ハーブの製品、それから木工の品物、和紙の作品、お花など、いっぱい。  

10月14日  お友達のまりこさんがHPで大ちゃんの詩を紹介してくれました。・・・「昨日の夜、インターネットの世界でめぐり逢ったとき、なんだか私に話しかけてくれているような気がしました。たったひとつのパソコンなのに、無限のように広がる世界があって・・・。」と。とてもうれしかったです。大ちゃんが詩を作るたびに、私はその詩の意味や作った理由をが知りたくて、「どういう意味?」と尋ねました。大ちゃんはそのたびに「詩は読んでくれた人のとおりでいい」と言いました。あるとき、大ちゃんは「大事な物をそっと持っている。手が痛くなっても」と言いました。私は、自分でもがんばっている。重くたって一緒にいたい。」と言いました。重いのは荷物なの?それとも一緒にいることなの?どうして重いの?私は知りたくて仕方がありませんでした。大ちゃんの詩は、今もしょっちゅう私の頭の中に顔を出し、そのたびに、私を助けてくれます。いろんな場所で、いろんなときに、まるで今の私を助けてくれるために、その詩があるみたいに、そのときの気持ちにぴったりでびっくりします。そしてそれは私だけでなくて、たくさんのメールやお手紙をくださる方も、同じことを書いてくださいます。大ちゃんが、「読んでくれた人の通りでいい」と言ってくれたからこそなんだと今は思えます。
 今日はとても寒かったです。暑かったり寒かったりすると、風邪をひきやすいと思います。みなさんは大丈夫?風邪ひかないでね。

10月13日 リハーサルの間中、涙が出そうになりました。まだリハーサルなのに、まだ泣く時じゃないのに、いろんなことが思い出されるのです。「明日までに自分のところみんな覚えてきます。感動させる・・一生懸命」そう言って本当に覚えてきてくれた男の子のこと、自分で工夫して演技をしたいんですけれど、と言っていて、動作をいつも研究してくれていた男の子のこと、「私、踊るの上手になったよ、見てくれる」と何度も踊ってくれた女の子のこと、「今日は木を作ったよ。うれしい?・・今日は段ボールを切ったんだよ・・うれしい?」といつも作ったものを教えてくれて、うれしい?と聞いてくれた男の子のこと、毎日のように楽器を練習して、今朝「あとは頑張るだけです」と話してくれた男の子のこと、もっともっとたくさんの子どもたちのいろんなことを、思い出して、なんてよく頑張ってくれているんだろうと胸が熱くなるのです。リハーサル・・・大成功でした。一人一人のがんばりが集まって、大きな力になっていくのだと感じました。終わってから、子どもたちが廊下を通ると、他の学年の先生が、「よかったよ」「すごかったね」と声をかけてくださいました。子どもたちの嬉しそうで、晴れがましい顔が、印象的でした。明日は作業・・あさっては最後の練習があります。きっときっと本番も素敵になると信じています。

10月12日 友だちが見に行きたくて、でも遠くて行けなかったという青森の大きな木をインターネットで調べました。12本ヤスという木。大きな大きな幹が、12本に分かれて上に向かって伸びていて、13本目が伸びてくると、必ず1本が枯れてしまって、いつもいつも12本の枝だというその木に、私もとても会いたくなりました。
 私の家の近くにも大きな木があります。名もない立て札もない木だけれど、いつも、たくさんの鳥がそばにいて、あるときは近くのおじいさんが、その木の廻りを掃き清め、あるときは、子どもたちが、掃除をしています。私はいちじくと凛と一緒にその木の近くに行きます。気持ちがふうっと楽になります。雨の日には雨を防いでくれて、晴れた日には強いお日様の光を葉っぱたちが、やさしくしてくれます。宇宙の秘密でも書いたのだけど、私のことを守ってくれているのは、私の廻りの物すべてなのかもしれないとそんなことを思いました。もちろん、あなたのことを守っている物は、あなたのまわりの物と人と、ことの全て・・。
 そして、もちろんあの大きな木も、きっと私を守ってくれていると思います。青森の大きな木にはいつかきっと会いに行きたいです。
 明日は劇のリハーサルです。明日の劇は金曜日以来、4日ぶり・・みんな、覚えていてくれてるかな。

10月11日 ひさびさに、ネパール日記を更新しました。お待たせしてしまってごめんなさい。こんなことをしていると、旅の大切なことが、はらはらと頭からこぼれちゃうよね。
 今、金沢の家に来ています。父と母は、昔から、いつもそれぞれが何かをしていました。本を読んだり、何かを書いたり、作ったり・・・。そしてそのそばで私もやはり、紙切れをもらったり、布きれをもらって、何かをしていたような気がします。お人形さんの服を縫ったり、小さな絵本を作ったり・・・その時間の居心地のよさは、格別でした。そして、今も、私の身体や心の多くの部分を作っているのはそのときの時間のような気がしています。今日のときどきカメラ日記に出てくる風子ちゃんの着物も、母が洗い貼りをしていたのをそばで見ていたから、縫えたのだと思うのです。今、風子ちゃんのそばにいる桜子の洋服をどんなふうにしょうかなあと考えています。そんな時間がとても楽しいのです。

10月10日 前にお知らせした、キョンナムさんやちょんみちゃんや、中山千夏さんや、永六輔さんたちが作っておられる「おんな組いのち」のHP http://onnagumi.jp/ に二週間おきに短いお話だけど連載を始めました。ここに来てくださる方や、私のことをよく知ってくださってる方には、もうすでに知っているお話が多いと思いますが、新しい方がいっぱい来てくださるページなので、伝えたいお話を伝えさせてください。ごめんなさいね。
 人と人とのつながりは不思議だなあとよく思います。たとえば、キョンナムさんやちょんみちゃんとの出会いもそう・・そして、本を書いたり、HPを始めなければ、お会いすることも言葉を交わすこともなかったのではないかしらと思う、中山千夏さんとメールを交わし、こうして、HPに連載をさせてもらうことも、とても不思議な気がします。

10月9日
 
 揚げ焼きそばを作ろうと思いつきました。それも、おうちにあるもので、なんとか作りたいと思いました。そして作った揚げ焼きそば。材料はいったい何でしょう?正解は、ときどきカメラ日記をご覧ください。
 滋賀県の長浜という町に、おいしいごま油やさんがあります。そのごま油を使いました。とってもとってもいいかおり・・
私の作った揚げ焼きそば、見た目はあまりおいしそうじゃないけれど、でもね、なかなかおいしかったんですよ。

10月8日 今日は時間をいただいて、一日中劇の練習をしました。朝、着替えをして、最初から最後まで通して、そのあと、ビデオを見て、パート練習。そしてお昼から、細かく区切りながらの練習。子どもたちは一日中ずっとの練習にどんなに大変だろうと思うのに、「もう、嫌だー」って怒り出してもいいはずなのに、誰一人、言わないのです。そして、ここをもう1回、ここからもう1回と、道具の出し入れだったり、照明だったり、演技だったりを繰り返しするたびに、本当にそのたびにどんどん上手になって、子どもたちの一生懸命さにもう胸がいっぱいになります。それから、同僚のみんなも、そのために、連絡帳を書く時間もなくなってしまっても、「いい劇にしようね」と言ってくれます。何もできなくて頼りない監督・・いろいろ言って頂く意見に迷ってばかりで、どうしたらいいかわからなくなって、ときどき、ああ、どうしてこんなふうにしかできないんだろう、どうしてしっかりできないんだろうと自分のことが嫌になって、悲しくなっていたのです。ひとりの男の子が「みんなの劇ですから。みんなが頑張って当たり前です。一人で頑張ってもうまくいかない。だからみんな頑張ります。僕も頑張ります」と話してくれました。私はそんな言葉で少し強くなれました。

10月7日 夕方友だちが、学校帰りによってくれました。友だちも学校につとめています。カバンには大きな音がするカウベルがついていました。「うるさくてごめんね。熊よけに学校から、生徒にも教員にも配られているの」とのこと。そう言えば、今日は園芸班の人たちが出かけた山の方にあるハーブ園でも、熊が出るといけないから、外では食事ができなかったのだそうです。本当にあちこちで熊が山から人里へ下りてきています。今年の夏が暑くすぎて、食べ物がないのでしょうか?山から下りてきた熊は、撃たれてしまう・・熊が悪いとか人が悪いとかそういうことじゃなくて、悲しいなあって、ニュースを聞きながらきっとみんな感じてるだろうなと思ったのでした。
 帰り道、スーパーの中のお店で今川焼き(太鼓焼き?)を買いました。富山で大学生活をおくっていたときに、今川焼きやさんのお宅に家庭教師をさせていただいていました。今も仲良しの麻美ちゃんのお母さんが、夜帰るときに、あたたかい今川焼きをいくつも筒のように並べて持たせてくださって、私はそれが何よりうれしくて、路面電車に乗りながら、麻美ちゃんや麻美ちゃんのお母さんのやさしさを抱えているような気持ちがしていました。初めての家を出ての下宿生活は楽しくもあったけれど、やっぱりとても淋しかったと思います。今川焼きを一口食べるたびに、私はその電車から見た、富山の夜の街を思い出すのです。私の心の中にはたくさんのいろんな思い出がつまってる・・そして何かのときに、ふっとそのことを思い出して、私を助けてくれるのです。 

10月6日 劇まであともうちょっと。そして、劇の練習ができない日もあるので、練習は数えるほどになりました。見所ろガイドで、子どもたちの活躍している場所を紹介することになっていて、その印刷やポスター貼りも手分けして終わりました。1回1回の練習のたびに、子どもたちがどんどん上手になっていて、驚くほどです。子どもたちの持っている力の大きさをあらためて思いました。
 髪の毛をちょっと切りました。ゆかちゃんと私の髪質はよく似ているのだと思います。去年も、双子みたいとよく言われました。(高校生のゆかちゃんと私が双子というのはずいぶんずいぶん無理があるのですが、後ろ姿を見てのことなのかもしれませんね)明日学校に行ったら、きっとまた双子みたいって言われて、それで、ゆかちゃんは優しいので、いつもわーいと喜んでくれるのです。私もわーいとうれしいです。このあいだ新しい宇宙の秘密を発見しました・・と書いたら、「楽しみ」とか「知りたいです」というメールをいくつもいただきました。ありがとうございます。やっと書きました。アップしますね。 

10月5日 いちじくはもしかしたら猫なんじゃないかと思うことがあります。なぜって、自分の背の高さの3倍はあるだろう椅子にぴょんと飛び乗り、そこから、机にらくに飛び乗って、こっそりと置いておいたお菓子やみかんを転がして遊ぶのです。いちじくは味見をする程度、そして、下で待っている凛のために?そのお菓子を下に落として、それを凛が全部・・ぜーんぶ食べるのです。帰ってきて、ドアをあけて、私はそんなときにぎゃーと悲鳴をあげます。私の悲鳴を聞くと、いちじくは差し足忍び足の変なかっこうになって、そっと逃げようとします。凛はしっぽを足と足の間にいれて、小さくなっています。「わかってるんだからね・・犯人はいちじくと凛だということ」だって他に誰がいるでしょう・・・。
今日は、お友達にもらったハリーポッターの杖のセットを、心配になって、もう一段高い棚の上にあげたのでした。これをかじったら、もうただじゃおかないんだからね・・ 

10月4日 表現会のアポロアンドミダス(王様の耳はろばの耳)のポスターと見所ガイドを作っています。劇のコピーは、「この劇は自分探しから始まりました」です。劇の主題は・・それは自分という存在はとても大切で、そして、与えられた自分を一生懸命生ききることが大切だということ。その主題にそって、お客さんにみていただきたいところを書いています。 
 書きはじめると、一人一人について書きたいことが多すぎて、お客さん全員に配る物だから、紙一枚におさめなくちゃいけないのに、それがとてもとても難しいのです。
 ああ、もう本当にあと、何回かの練習の時間しか残っていません。なおちゃんが、「お客さんを僕たちの力で感動させる!!」と今日言いました。そんなふうに頑張っている子どもたちに背中を押されて、今日も一日がすぎました。

10月3日 夜、懇親会をしたあと、車座になって、みんなでお話ししたり、解散したあとも、夜遅くまで(正確には、夜中もとっくにすぎるくらいまで)阪根さんのペルーのお話をお聞きしたりしました。阪根さんの知識の深さ、広さに今更ながら、驚いたけれど、何よりも、やっぱり、阪根さんの心の素敵さに、阪根さんの周りにはいつもいつも人の輪ができていました。今日は、朝からその阪根さんの講演。ナスカの地上絵、ナスカのピラミッドが、今、どんなふうに研究されているかなど、本当におもしろかったです。阪根さんは「考古学者はすぐに、この国の文化は他とこんなところが違うのだというようなことを言いがちだけど、最近は、どうして、人間というものは、どこの国にいても、まったく同じ事を感じ、同じ事をするのだろうということなんです」とおっしゃっていました。私はペルーの天野博物館で観た、赤ちゃんがお母さんの身体から生まれてくる瞬間を形作った焼き物と、日本の考古学者の佐古和江さんが送ってくださった、日本の土器が、あまりにも同じで、すごく驚いたことを思い出したりもしました。
 あー楽しかった。「天野博物館を応援しよう・・チャリティ」も大成功。みなさんのおかげです。阪根さんはひとつきくらい日本にいらっしゃるとのこと、何度も何度もお会いしたい阪根さんです。

10月2日 集まってくださった方と琵琶湖でとても楽しい、そして大切な時間をすごしています。釜ケ崎のボランティア・ケースワーカーをされている入佐明美さんは、大阪で、ホームレスといわれる方と向き合いながら、道ばたで息を引き取る方が多いことをなんとかしたいと思われて、アパートが借りれたら、住所ができて、そうすると生活保護を受けることができるからと、お金を貸して、アパートを借りられるようにお世話をされ、その結果、みなさんがとても前向きに生きて行かれるというお話をされました。みなさん必ず明美さんへの借金は必ずすぐにお返しになるのだそうです。明美さんに信じてもらったということが、その方の生き方をどんどん変えていく・・そんなお話に涙しました。大好きな阪根さんやてっちゃんや大好きなみんなとの時間は、まだつついています。それからね、私、宇宙の新しい秘密がわかったんだよ。また文章にして、お知らせするね。わーい!!

10月1日 今日、小林さんから学校にいるときにメールをいただきました。仕事中かなと思われて、「都合のいいときにお電話ください」というメールでした。電話をしたら、「代わるね」と言って次に出てこられたのは「本当のことだから」の本にも登場する、ペルーの天野博物館の阪根さんでした。ああ、うれしい・・ペルーから今年も来てくださったのです。大好きな大好きな人です。私は阪根さんのファンクラブの日本会長を自認していて、小林さんのお嬢さんが副会長なの。でも、阪根さんのことを大好きな方はたくさんたくさんいらっしゃっると思います。男気で、お酒のみで、優しくて、そして明るくて、そして男気なの。
 明日はいよいよ琵琶湖のイベントです。たくさんのたんぽぽの仲間たちが来てくださって、一緒にいっぱいお話するのです。
 終わったら、きっとみーんな元気になるようなそんな会に間違いないと思います。

05/01/01〜05/03/31

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