☆月★日の私

3月31日 離任式も、送別会も終わっていたけれど、でも、3月いっぱいは転任が決まっても出てきておられた同僚が、きょうこそ最後の出勤で、私はやっぱりさびしくて仕方がありません。つい、涙がこぼれます。机の整理をしていて、なつかしい品物(子どもたちの写真だったり、絵だったり、一緒に出かけた旅行のおみやげだったり)が出てくると、おきみやげだと言ったり、持って行ってなつかしがってねと言ったりして、その品物を押しつけ合ったり、プレゼントしあったり、それから、あらためて携帯のアドレスを交換しあったり、そんな風景がありました。明日になったら、自分がどこの学年のどこのクラスを受け持つかの発表があります。誰と一緒に一年すごすのでしょう。そして、急に忙しくなって、あれもこれもしなくちゃという日々が始まるのです。いそがしいのはいいかもしれない・・・さびしいのを忘れることができるから。

3月30日 みほちゃんという友達がいます。みほちゃんとはまだ会って何ヶ月かしかたっていないけれど、それから会ったのはたった1回なんだけど、でも大好きで、いつのまにか大切になっているお友達。
 昨日の夜、みほちゃんのホームページの日記を読んだら、急にみほちゃんの携帯に電話をしたくなったのでした。ちょっとドキドキ・・・リーンリーン「あ、かっこちゃんだあ。今ね、メールしようと思っていたところなんだよ。すごくびっくりした・・・」
 本当に一度きりしか会ったことなくて、そのときも、二人きりではお話していなかったのに、まるで空気がぴったりあったように、お互いが求め合ったように、お話ができるのはなんて不思議なのでしょう。
 みほちゃんはお友達が「みほちゃんの作ったアロマなんだか、理科の実験室のにおいがするよ」と言ったという、でもおそらくは魔法のお薬のようにききめがあると思うんだけど、それを送ってくれるそうです。楽しみ・・・。それからね、ホームページの話をしたんだけど「みほちゃんのページ、毎日見てるんだけど、いつも元気が出るんだ」と私が言ったら、みほちゃんは、「楽しいことやうれしいことの他にも、悲しいことやつらいことだって、それはやっぱりあるけれどね、Happy Landingsって名前つけたときに、誰かが読んで悲しくなっちゃうようなことは書かないでおこってきめたから」と言いました。
 そのことばを聞いて、私はまた、「いいねえ、いいなあ」と思いました。みほちゃんがね「かっこちゃん大好きよ」って言ってくれたのです、私、すごくうれしかった、私もみほちゃん大好きって思ったし、それから、よおし、また明日からがんばるぞって思ったのでした。

3月29日 メキシコに住んでいるお友達ができました。そのお友達は日本語を勉強しておられて、そして、私に日本語でメールをくださいました。その文章の中に「地の果てだと思っていた日本の人に、日本語でメールを送って、返事をもらえることは夢のようなことです」とありました。「地の果て」という言葉に驚きました。そして、そっかあと妙に納得もしたのです。メキシコは遠い遠い遠いところ、去年ペルーに行ったり、阪根さんというお友達がペルーにおられるから、今でこそ、ペルーやメキシコを地の果てのようには今は、思わないけれど、でも、やっぱり簡単には行けない遠い場所。人は自分を真ん中において、地図を見たり、考えたりするものだから、その人によって、物の見方も、感じ方も考え方も違うんだなあって、そんな当たり前のことを、改めて、そうだなあって、思ったのです。それで、今、私はどこを地の果てのように思うだろうと考えてみました。それは自分では今のところ行けそうにないところ・・ギアナ高地や、アマゾンの奥深く・・・。でも、一番行けそうにないところは、一番行ってみたいところでもあるのです。いつか地球上全部のところに行ってみたいな。そして、たくさんお友達ができたら、やっと私にとって地の果てはなくなるのかな。 

3月28日 桜がほんの少し咲き出しました。大阪も東京も、桜が満開ですって。私は桜が咲き出すと行きたいなあと思うところがあります。夜の兼六園と、それから福井の市街地を流れている足羽川の堤防・・・。きっと桜がきれいなところはいっぱいあると思うのだけど、昔の楽しかった思い出がいっぱいつまっているのが、その二つの場所なのです。満開の桜が隙間がないほど咲いている様子は、言葉では言えないほどの美しさ。その美しい景色を、大好きな人と見た思い出は、今でも、私の心をうれしく幸せな気持ちにしてくれます。夜の兼六園の桜は、本当に怖いほど美しくて、私は母や父の手をにぎって、後ろに隠れるようにして、歩いたのを覚えています。
 尾崎豊さんのトリビュートアルバムをこのごろ毎日聴いています。歌詞がところどころ、心に染みいるように入ってきます。「僕が、僕であるために 勝ち続けなきゃならない・・・」私は私でいいのだと思うことは、そんなにたやすいことではない・・私が私であるために、乗り越えなくちゃいけないものがいっぱい・・。それでも、私は私であり続けたい、大切なものはいつも守っていたいと思うのです。 
3月27日 ひさしぶりに本当にのんびりした一日。古い中国の茶器が家にあります。急須というか、ポットのようなものと、小さいお茶碗が、陶器のお盆(?お皿?)に載っています。どんなお茶を飲もうかなあと、いろいろお店屋さんで見るけれど、わからなくて、煎茶や番茶を飲んでいます。近くにある中国茶のお店(お茶を飲ませてくださるところ)は、いろんなお茶や少し飲茶があって、楽しいのです。そこには「疲れがなおる」とか「婦人系の病気に効く」とか書かれたお茶がメニューに並んでいます。私は「きれいな肌になる」なんていうのに惹かれるなあ・・・そうだ、そう言えば、ベトナムでも茶器を求めたのでした。おいしいお気に入りのお茶を見つけたいです。
 やけどをしたと日記に書いたら、たくさんの方が、お薬を教えてくださいました。ラベンダーや、アロエのオイルが効くよと教えて頂いて、思い出したのです。前にお友達のゆかりさんから、ゆかりさんが作られた万能塗り薬というのをいただいていたことを・・・確か、ラベンダーの香りがしました。時をかける少女にもラベンダーの香りをかいで、時をかけるというのがあったけれど、秘薬作りは、とても魔女っぽくて素敵です。教えてくださった方も、可愛い魔女の素質をどこかしら感じる方ばかり、そしてゆかりさんも、そう。魔女の宅急便のキキのように、私も少し、ラベンダーやハーブのお薬の作り方、覚えたいな。 

3月26日 毎日、学校へ来て、書類を書いたり、机の中のたくさんの書類を整理したり、そんなことをしてすごしています。今夜は、送別会。ついおとといまで、誰が転勤かもわかっていなかくて、でも、まるで急に降ってわいたようにお別れで、四月からは別々なのです。人生ががらりと変わっていくかもしれないことがこうして毎年行われて、それでも、変わる方も見送る方も、なんとか、心を平静に保って、また明日へ進んでいくのだから、人間は強いなあと思ったりしたのでした。
 ちらほらと桜が咲き始めました。昨日の朝、いちじくと凛が、お散歩の途中に、小さいねずみを見つけたのです。死んでる・・・そう思ってそっと手にとったら、あたたかかったので、手でこすったら、少し元気になりました。夕方、それでも元気がないような気がして、病院に連れて行ったら、「あまりねずみは連れ帰ったり、さわったりしない方がいいですよ。いちじくちゃんや凛ちゃんが病気になってしまうといけないから・・とちょっと叱られました。でも、診てくださって「大丈夫。明日には元気になるから離してあげてね」そして、朝、小さいねずみを見つけたところで、そっと下に置きました。ねずみは何度も何度も私の方を振り返って、そしてバイバイというふうに私を見て、帰って行きました。(学校で友達に言ったら、本当に振り返ったの?と聞かれて、そうだよと言うと、ふーん、そう見えたのねと、宮プーが言いました)  

3月25日 このごろまたウィルスのメールが増えました。あけるたびに、10通くらい。プロバイダでカットしてくださるので、安心なのですが、そのウィルスはたいてい、覚えのあるメールアドレスから来ているということになっているのです。どうやら、アドレス帳に載っている方のお名前で届くというウィルスなようなのです。そういえば、kakkoさんからウィルスが届きましたよと、お二人の方からお知らせをいただきました。今、ウィルスが届いたよと携帯に連絡をくださった方がおられて、「今日は朝につないだっきり、まだインターネットにつないでいないんですよ」とメールをすると、「ああ、よかった、kakkoさん無事でよかった」と喜んでくださったのですが、そういうしくみなのかなあと思っていても、驚いちゃいますよね。ウィルスって不思議なものだなあ・・・って思います。一生懸命ウィルスを作って送っても、なんにもいいことないのに・・・そんなことしても、あとで自分で自分を責めることになるだけなのに・・・それから、わかってしまったらどうしようって、きっとびくびくして生きていなくちゃいけない・・・そんなウィルスなのに、どうして次々次々生まれるのでしょう。本当に不思議ですよね。
 今日で、学校をおしまいになる中学部のともちゃん先生に、ずっと太鼓の作り方教えてあげるねと言っていたのに、それが今日まで果たせずにいました。だから、今日午前中、ちょうど二人とも時間があったので、太鼓作りをしました。前の学校にいたときに、作り方を太鼓をみながら、考えてそして覚えた、プラスチックの植木鉢を使った太鼓です。一緒にひもをひっぱったり皮をひっぱったりして、音のよい太鼓ができました。とっても楽しかった・・・200人近くいる職員、学部が違うと、お名前も知らないままの方もおおいのだけど、でも、なにかのご縁でこうして仲良くなって、お手紙をいただいたり、一緒に太鼓を作ったり・・・そういうご縁は、きっとお互いにとって大切なご縁なのだと思います。だから、これからもずっと仲良しでいたいなあと思いました。

3月24日 終業式、離任式。最後というのはやっぱりとてもとてもさびしいのです。毎年めぐってくるものだから、きっぱりと明るくお別れができるといいのだけれど、なかなか難しくて、涙を流してしまいます。大好きな子どもたちを通して出会った同僚もやっぱりとても大切ですもの。
 まだ冬タイヤのまんまです。もう雪は降らないだろうなあと思うのだけど、夏タイヤから冬タイヤに変えるときのように、すぐに変えないと危険・・というようなことじゃないから、つい、おっくうになってしまいます。タイヤを4つ積んでガソリンスタンドにお願いしにくんだけど、たった、それだけがつい後回しになってしまうのです。オイルを替えるのができなかったりするのも、そういう理由なのかな・・・もっと余裕を持って生きないとと思うのに、もしかしたら駆け足で生きているのかもしれない・・・。 

3月23日 ぎゃー、痛いよお。やけどをしました。学校について、コーヒーを入れようとして、カップの上にあったドリップがひっくりかえって、私の左手にざんぶりと・・・でも、このまま熱いと言ってカップを落としたら、下の床の上のマットが茶色になっちゃう・・・しばらく考えてから、やっぱり熱くて結局、ぎゃーとひっくり返して、手はやけどしちゃって、下のマットもコーヒー色になって、大騒ぎをしました。すぐに冷やしてーと周りにいた同僚が言ってくれて、あとしまつもしてくださって、それで、やっぱり痛くて、保健室で手当をしていただいて、でも、しんしんと痛くて、ずっと一日ハンカチに小さい冷氷剤をあてていたけれど、結局夕方学校が終わって病院に行きました。大きな水ぶくれができてしまいました。やけどってどうしてこんなになんだか深いところがすごく長く痛いんだろう・・小さいときに、私がお風呂に入っているときに、ボイラーに雷が落ちて、火がお風呂の中に入ってきて、ボイラーが燃えたときに、母が私を助けるために、ボイラーの火がついているところに顔をつっこんでスイッチをとめてくれたとき、母は手や顔にやけどを負って、顔にしばらく水ぶくれがたくさんできていたことがあったけれど、どんなに痛かっただろうなあ・・私を助けるためにしてくれたんだなあ・・・あのとき、痛かっただろうなあとそんなことを急に思い出したり、私が赤ちゃんのときに、よちよちと歩いて、炊きたてのおかまの上に座って、おしりの皮がずるっとむけて、しばらく病院に通ったらしいのだけど、あのとき、すごく痛かったなあって、赤ちゃんだから覚えていっこないのだけど、なんだか覚えていた気がして、母が、自分のせいじゃないのに、抱きしめて泣いてくれたことを覚えている気がして・・・手があんまりしみじみ痛いから、泣いちゃうよ。もう・・・
それにしても、私は今日はぼんやりの日でした。朝、学校へ行く途中、なんだろう・・ずぼんに血がところどころにじんでいて、おかしいなあと思ったら、上着のポケットにディズニーランド20周年の大きなピンバッジが入っていて、そのキャップの部分がなくて、その針が、何度も私の足をさしていたのでした。それで、ポケットをさぐっても、そのピンがいったいどこから入ったのかわからなくて、とれないものだから、まだポケットに入ったままになっていて、結局、よくわからないけれど、裏側にあったのでした。それでね、花粉症になったのか、そうじゃないのか、涙がとまらないし・・もう、やけどきらいだー!!
 でもね、実はたいしたことありません。私がオーバーにさわいでるだけですからね。
  
3月22日 もう、今日と明日で授業はおしまい、あさっては終業式です。今日は通知票渡しがありました。一年ですっかり仲良しになったお母さん方と、来年はどうなるかわからないから、「一年ありがとうございました」とお互いにお別れの挨拶をして、一年を振り返ったり、これからのお話をしたり・・・。大好きな子どもたちのことをはさんでおつきあいだから、こんなに仲良くなれたのかしら?そう思うくらい、本当によくお話をし、メールで連絡をとりあい、電話をしあいました。春はお花も咲いて、うれしい季節のはずだけど、やっぱりとってもさびしいな。
 今度のネパールに、野村てつやさんも一緒に行ってくださることになりました。ネパールに行こうかなと思ってくださってる方、喜んで・・喜んで・・!!てつやさんはすごく元気で、楽しいから、きっとさらに楽しく、有意義な旅になると思います。  

3月21日 北海道、すごく楽しかったなあ・・うれしかったなあ・・・あたたかく迎えてくださったなあ。そんなうれしい気持ちでベッドに入り、眠って、夜、一度目が覚めました。雪がしきりに降っていました。窓の外の次から次と降り続く雪を見ていて、不思議な気持ちがしました。私は今、どうして、ここにいられるのだろう・・・、小さいときから、いつか来てみたいと思っていた北海道。でも、私は大人になるまで、その機会に恵まれませんでした。初めて、北海道に来たのは、講演会で呼んでいただいてのことでした。それから、毎年のように、いろいろな方に呼んでいただいて、来ている北海道・・・。雪が降りしきる様子は時間の流れのように感じました。大好きな人たちが、私をこうして待っていてくれた・・私はとても幸せだなあと、また思いました。この時間の流れの中で、これからどんな方と出会っていくことができるのだろうとまた思いました。いつも、いつも、それがどんなにありがたいことか忘れないでいたいと思いました。
 朝、一番の電車で、千歳へ、そして一番の飛行機で東京へ向かいました。サンマーク出版の保育部の保育園の先生方が今日はお話をさせていただくことになっていました。アフリカへ一緒に旅行した奥村さんが、お若い先生方の勉強会で教鞭をとっておられて、私はそのご縁で呼んで頂いたのでした。講演会で思うのは、いつも雪絵ちゃんの「せっかく」という言葉です。雪絵ちゃんはよく「せっかく」と言いました。せっかく雪絵に生まれてきたのだから・・・。せっかくMSになったのだから・・・せっかく車いすに乗ってるんだから・・・せっかく出合えたのだから・・・。私もせっかく講演会に来てくださった方と出合えたのだから、せっかくの出会いを大切にしたいなあと思うのです。いつのころからか、出会いはいつだって、きっとお互いが必要だから出合えるのだと思うようになりました。でも、そのまま別れたら、きっとそれっきりになってしまう・・・だったら、せっかくであえたなら、お友達になりたいなあって。それで、今日も、ぜひ、メールをください。そうしたら、私たちお友達になれますものってお願いしました。
 星山さんとの約束の時間にずいぶん遅れてしまいました。私が少し長くお話をしすぎたり、本をたくさん買ってくださって、サインをさせていただいたり・・(ありがとうございました。とってもうれしいです)
 今日は星山さんが、藤原新也さんの展覧会にも連れて行ってくださるとのこと、東京駅の大丸デパートで待っていてくださってると小林さんが教えてくださいました。電話で遅れますとお話したものの、気が気ではありませんでした。電車の中でも足踏みをして、それから、どこだったか(名前を忘れてしまいました)の駅について、そこは東京駅とつながっているということだったので、早くお会いしたくて、そして、もうずいぶんお待たせしてしまったと思って、走り出しました。後ろの方で小林さんが、「まっすぐ」とか「次は右」というふうに教えてくださって(でも小林さんは私の荷物を持ってくださっているから走れないのです)歩いている人の隙間を抜けて、「ああ、そっちじゃないよお」という小林さんの声で立ち止まって、また走り出して、ようやく大丸デパートの入り口につきました。星山さんが待ってるのはデパートの6階だから・・・小林さんの声を聞いて、エレベーターに飛び乗って、6階で降りました。エレベーターから降りたら、いつもなら、すぐにもう迷子になる私なのに、なぜか星山さんはどこにいらっしゃるのか、私にはわかった気がします。なぜだかわからないけれど、いったいどこに書籍のコーナーがあるのかなんて、わからないのに、いらっしゃるのは、このずっと奥の方・・走り出すと、やっぱり書籍のコーナーが見えてきました。そのあとも、星山さんはどこにいらっしゃるかというのが、本当になぜだかわからないのだけど、わかって、こっちだって思って走っていたところに、星山さんはなんだか光るようにそこにいらして本を眺めてそこにおられました。息を切らして「ごめんなさい」と言うと、星山さんは私がなぜ一人でいるんだろって不思議に思われたようでした。「あれ?小林さんは?」「おいて来ちゃいました」「えー?あれあれ、置いてきちゃった?」でもすぐに小林さんが私の荷物を運びながら、来てくださるのが見えたのでした。
 「藤原新也さん、いらっしゃると思うんですよ」と星山さん。でも、ちょうどお出かけで残念ながら、お会いすることはできませんでした。星山さんが、藤原さんに、私の本を言付けてくださいました。お手紙をつけて・・・星山さんはいつも、私に、素敵なお友達を紹介してくださるのです。星山さんはまだ情報センターにいらっしゃったころ、藤原さんの「メメント・モリ」という素晴らしい本を作られたのだそうです。「僕の大好きな本なのです」と星山さんはおっしゃいました。展覧会には、藤原さんがずっと取ってこれら多たくさんの写真が展示されていました。私の知っている写真もいくつかありました。星山さんがコメントしてくださるそばで藤原さんの写真を見ることができたのは、本当にうれしく楽しいことでした。「彼は天才ですね」「ただの花も彼が取ると、どうして、こんなに意味を持ってそこに存在するのでしょう」・・そして「これが僕の一番好きな写真です」そうおっしゃったのは、インドで犬が人間の足を食べている写真でした。「気持ち悪いとか怖いという気持ちがおこらないでしょう?僕は疲れたときにこの写真を見ます」
 展覧会を見たあと藤原さんの本を3冊買いました。星山さんがお好きな藤原さんの中に、私もどっぷりとつかりたいと思いました。
 そのあと、新しい本のお話をしました。星山さんは、「社会がきっと今度の本を必要としていると、僕はそんな気がするのです」なんて、うれしいことを言ってくださるのです。「あさってから始めます」星山さんの言葉は私が待っていたことばでした。ああいよいよ・・。星山さんは雪絵ちゃんのことも、この本の中で、しっかりと伝えたいと言ってくださいました。私は、宇宙の秘密の本の編集作業を通して、もう一度、いろんなことを考えたり、見つめたりしなおしたいと思います。
 私も、大好きな本になりそうな気がしています。だからこそ、いっそう思うのです。どうしてもどうしても、たくさんの方に読んでいただける本にしたい・・・。がんばるぞーってすごく張り切っています。応援してくださいね。
 今日は本当にあわただしい日です。5時半の飛行機に乗るのに、5時5分に空港に着きました。昨日、今日、空気が澄んでいるせいでしょうか?飛行機からの景色がとてもよく見えます。ふと外を見ると、見渡す限り山ばかりの風景が広がっていました。その中にひときわたくさんの雪をかぶった真っ白い山が見えました。あれが白山なのだろうか・・・。ずっとずっと見ていたいような美しい景色でした。

3月20日 札幌のステーションホテルに泊まっています。食べました。いただきました。ウニでしょう、イクラでしょう、ホッケでしょう、ボタンエビでしょう、じゃがいもに、ブタ串に、毛ガニに、ホキガイ・・・・おいしくておいしくて、こんなに幸せでいいのかと思うくらいおいしくて・・・そんなときって、自分がおいしいのはもちろんすごくうれしくてうれしくてたまらないけれど、必ず、父だとか、母だとか、自分の大好きな人が、自分は食べなくてもいいから、このおいしいものを食べることができて、そしたら、うれしそうな顔をするだろうから、その顔を見たいなあなんて、必ず思うのです。おいしいものを食べたときも、きれいなものを見たときも、どこかへ出かけて、めずらしいものを知ったときも、必ずそう・・・それが、私が人を大好きって思うときの気持ちなのかな。そういえば、私がおいしいおいしいって食べると、菊池さんも森さんも、すごく優しい目をして、ああよかった、よかったって喜んでくださったなあ・・・私が来たら何を食べさせてあげようかって、ずっと考えていてくださったのです。本当にありがたいこと・・・
 今日はというか、今日も飛行機に乗ったときから、すごくうれしくて、飛行機の外を見ていたら、下北半島が見えました。ANAの雑誌の後ろの地図とまったく同じでびっくりしました。ああ、あれが恐山なんだ・・・ってそんなことも、すごく感激して見ていました。空港には、森さんと菊池さんと、小林さんと、そして、元気なてっちゃんが待っていてくれました。てっちゃんは北海道でもすごく元気でした。ぺんぎんの写真などをスライドでみせてくださったのだけど、本当に、素敵でした・・・
 明日は朝6時半の電車で千歳にでかけて、千歳から東京へ向かいます。北海道は雪が、しきりに降っていたけれど、東京はあたたかいかな?星山さんが藤原新也さんの展覧会に一緒に行きましょうとメールをくださったので、いっそう楽しみです。 

3月19日 明日は北海道、あさっては東京に出かけます。北海道では、ずっと昔からの友達の菊池さんと、ずっとお会いしたかった森さんが待っていてくださいます。今回は写真家の野村哲也さんも一緒なのです。てっちゃんはこの世のものとは思えないほどのおいしいものを食べると撃沈します。今まではチリやペルーで、撃沈をしたそうなのですが、それを聞いた菊池さんが、「北海道で撃沈させましょう」と言い、撃沈したーいとてっちゃんが出かけて、そして菊池さんの言葉通り、てっちゃんは去年撃沈をしたのだそうです。「今度は山もっちゃんも撃沈させてあげる、何を食べたい?」とお二人が聞いてくださったので、私は「やっぱり海の物」と言いました。それが明日。とってもとっても楽しみです。食べるのも楽しみだけど、菊池さんや森さんや、それから、昔からのたんぽぽの仲間たちのakkoさんたちにお会いできるのもまたとても楽しみです。それからあさってのあさ、東京へ行きます。アフリカ旅行でご一緒した友達が、クローズドの講演会を開いてくださるのです。そして、そのあと、星山さんと、新しい本「宇宙の秘密」(仮題)の打ち合わせをします。東京はもう桜が咲いているとか・・・うれしいなあ。このところ、ずっと風邪引きでした。でも、私、北海道と東京にそなえて、もうしっかり大丈夫だからね。 

3月18日 昨日はあんなに温かくて、半袖だったのに、今日は空から白いものが落ちてきて・・・雪?あ、雪が降ってる・・・とびっくりしました。宮ぷーの机の上に、さだまさしさんの日めくりがあります。放課後になると一枚めくって、私か、宮むーちゃんにその一枚をくれます。今日の言葉も、心にひびいたので、ちょっと引用させてもらいます。「この時期になると、決意しなければならない人たちが居る。希望と現実の狭間で、将来について、また、進路について。挫折感か?期待感か?春はそういう季節でもある。がんばれ、希望!」
 今日は石川県の公立高校の合否発表の日でもありました。それから、春は転勤などの発表もあります。自分の今までのたくさんの春を思い出しました。うれしくて天にものぼるような気持ちで聞いた発表のときもあれば、意にそぐわないというか、その時点ではとても悲しくて、泣いてしまうような発表の時もありました。そして、4月からは、その発表で自分の生活ががらりと変わってしまうのでした。
 さだまさしさんが言われるように、人は生活ががらりと変わってしまうようなときには決意が必要なのかもしれないなあと思いました。どんなときも、懸命に生きていけば、どんなことも、きっといつかの自分のためにあった変化だと思っていけるのかもしれないと春の、今日の一日に、思ったのでした。
 みなさんにとって、きっといい春でありますように、お祈りしています。

3月17日 熊本の友人で、「私はきっと縄文時代の猟ををする人の生まれ変わりかも」と言うこがさんから、段ボールで学校に、ぬいぐるみがたくさん届きました。こがさんが、UFOキャッチャーで手にされたものを送ってくださったのです。それもね、私がこんなのがいい・・なんてリクエストしたものばかり・・・すごーい。ポストペットのももちゃんや、熊のプーさんやキティちゃん・・うれしい・・みんな大喜び・・・お昼休みに、それぞれ思い思いのぬいぐるみを抱っこして、休んだり、一緒に連れ歩いたり・・。こがさんは釣りもすごく上手なのだそうです。それから、大きな海で泳いでるお魚を、堤防の上から網でとっちゃうこともできるのですって・・・。見たいなあ。UFOキャッチャーも見たいし、釣りも見たいし、網ですくうところも絶対に見たい!!考えるだけでもわくわくしちゃうのです。
 今日は今年度最後の「学年タイム」がありました。パソコンや、調理、トランポリン、ゲーム、カラオケ、リラックスなどのどこかの希望のクラブに子どもたちが分かれて、お昼から楽しむ時間なのです。私はトランポリンクラブ。子どもたちもこの日を楽しみにしているけれど、私もとても楽しみ。子どもたちが楽しそうなのを見ているのもうれしいけれど、でも、「かっこさんもとぶ?」って子どもたちのあとに、ひろ先生に声をかけてもらうのが、楽しみなのです。トランポリン大好き。ぽーんぽーんって飛ぶと、空が近くなるみたい・・。私はジャンプ力がなくて、どんなに一生懸命高く飛んだつもりでも、10センチか15センチくらいしか床から離れることができないのです。でもトランポリンだったら、何倍も高く飛べますもの。つい、ウフフフと笑いながら飛んでしまうのです。

3月16日 もうずいぶん長い間あっていない、犬の友達に、このごろ、すごく会いたくて、メールや電話で様子を聞くと、「デブになってるよ」って。「ハムみたいに?」「うん、ハムみたい・・」「靴下履いてる?(前にあったとき、ときどき頭に靴下履いていたから」「うん、靴下履いてるよ」 なんて、めちゃくちゃなことを話してて、それだけで心が温かくなって、逢いたい気持ちや大好きという気持ちが胸の中にいっぱいに広がってくるのです。ああ、本当に逢いたいなあ。おなかの上に載せると、ずっしりと重くてその重みもなつかしいなあ・・・。
 春になってきて、窓の汚れが気になって、部屋中の窓を拭きました。外側が届かなくて、なんとかしたいなあという気持ちです。黄砂がここ2,3日吹いていて、(昔、黄砂に吹かれて・・っていう歌があったなあ・・)車が真っ黄色。洗濯物も干せないくらいです。それで、車は洗えるけれど、おうちは洗えない・・・おうちも、きっと真っ黄色になってるんだろうなあ・・・洗車機みたいな洗家機があったらなあなんて、へんてこな想像をしているこのごろです。

3月15日 いいお天気の日。学校ではインフルエンザが流行っていて、それで、何人かがお休みでした。木曜日からお休みだったゆかちゃんも、今日はすっかり元気になって学校に登校してきてくれました。顔を見るなり「ねえ、会いたかったんだよ。おふとんの中でもずっと思ってたんだからね」と少し怒ったように、でもうれしそうに言ってくれると、私、本当にどうしたらいいかわからないくらいにうれしくなって涙が出ちゃう・・・けれど、一年生もあと1週間とちょっとです。毎日が大切で大切でしかたがありません。「ねえ、二年生になったらどうなっちゃうの?」とゆかちゃん、「ね、本当にどうなっちゃうの?」と私。誰もわからないのです。先のこと・・・かなちゃんが、お昼に、私の背中にのっかって離れないのも、それから私が、宮むーちゃんといっそう仲良くおしゃべりしちゃうのも、もしかしたら、みんな残りの時間がとても大切だったり、心配だったりするのかもしれません。
 
私の作っているページは、たんぽぽの仲間たちのホームページと、もうひとつ、目次のドラゴンのところからいける魔女のはなびらというページがあるのだけど、もうひとつ作家のキョンナムさんのページも作っています。私はお手伝いだけで、キョンナムさんが、日記のようなエッセイを私のところにFAXで送ってくださったものを、アップしています。 キョンナムさんのページ は「ぽっかり月が出ましたら」というページなのですが、先日のキョンナムさんの日記に、みいちゃんと私が東京へ行ったときのことが書かれています。みてくださいね。

3月14日 今日は、いろんなものをなおしたり、なおそうとした日。朝から、ゆっくりとゆったりとした一日でした。おいしいパンやさんに出かけて、パンを買って、自販機で買ったミルクティと一緒に海に車を停めて食べました。作りたてのパンがすごくおいしかった。春の海は、冬の激しい日本海とうってかわって、とても穏やかで、釣り人が何人も出ていました。
 それで、急に変なことを思いついて、お薬やさんで、アロエジェルというクリームを買って、足や手とかにいっぱいすり込んで、つるつるになってうれしくなって、そのあと、車が黄砂だらけになってて、窓を開けたらギシギシといいそうで、怖くてあけれないくらいなので、車の洗車と、ガソリンを入れようと、ガソリンスタンドに出かけたら、(またよくわかってないのだけど)どこかのオイルをかえる必要があって、それから、何かの電圧も弱っていてということで、どこかのオイルのうちの、簡単にかえていただけるという方のオイルをかえていただきました。
 車もぴかぴかでうれしいと思って、走り出そうとしたら、ガソリンスタンドの方が、「大変、何とかランプも切れていますから」(ああ、どうして、難しいことでもないのに、どこだとか名前だとか覚えられないのかな)直した方がいいですよ・・とのことで、一緒にいた友達も「それはすぐに直したほうがいいんじゃないの?危ないよ」と言うので、三菱さんに行きました。そして、ランプと電圧の機械を替えてもらいました。今度こそ、車はもう安全・・・ぴかぴか・・。そこで、友達とそのあと、中国喫茶やさんに行きました。そこのお茶やさんのメニューにはたくさんの種類のお茶があって効能などの説明も書かれてあるのです。入れ方なども教えていただいて、楽しくおいしく、そして、ゆっくりといただきました。飲茶もいただきました。
 友達が「車も治ったし、心もゆったりと治ったし、今日はいい日だね」と言いました。本当にそうだなと思いました。そうそう、今日は、ノリタケ食器のバーゲンにも行ったのです。近くにノリタケの工場があります。年に一度、大安売りのバーゲンがあります。昔からなじみの深いノリタケが、こんなに安くてもいいのかなと思うほどなので、うれしくなります。今日は、ポットとティーカップを2客、それから、大きなコーヒーカップ(マグカップ?)を3つ買いました。
 帰ってから、またお花も植えたし、なんだかいっぱいいろんなことをした日曜日でした。

3月13日 ラーメンやさんに行きました。若くて元気なお店の人たちが、そろって「いらっしゃいませー」と迎えてくれました。みんなとびきりの笑顔。いつもいつも笑って、とても元気がよくて、ていねいに私の顔を見て、注文を聞いてくださって、大きな声で注文を繰り返すと、お店で働いている男の人も女の人も、また、とても元気に、「はい、ラーメンひとつ、ぎょうざひとつ」と繰り返し、みんな駆け足で、ずっと働いているのです。お水を何度もくださったり、ていねいに「熱いです。気をつけてください」と。友達が「楽しそうだね」って、「本当にそう・・」そう思いながら、おなかの底から声を出して、一緒にお返事をして、あいさつをしてくれている人たちを見ていて、私、どうしたのだろう・・・涙がとまらなくなってしまったのです。えー、いったいどうして?自分でもわからなくて、なんの涙なんだろうって・・動揺しそうなくらい。
 もしかしたら、きっとみんなが本当に一生懸命で、ちょっといたましいって思うくらいで、私は心が揺れたのだろうって、そう思いました。そして、風邪(もうなおりかけなのに)のせいだ・・と風邪のせいで涙もろくなってるんだと、そんなせいにしたのでした。それとも、たとえば卒業した子どもたちや、友達のことを急に思い出したのかもしれない・・働くって、本当にすごいなあって思ったのかな・・・ああ、やっぱりどんな涙がわからないや・・
 お花を植えました。たくさん・・・学校の栽培班が、いま、春の花を販売中なのです。
   
3月12日 卒業式・・・朝、いつものように、当たり前のように、子どもたちがそろってきて、一日が始まりました。明日から、卒業生が、もう学校に登校してこないなんて、信じられないくらい、当たり前のように、一緒に笑ったり、机をとんとんしたりしてる・・もうそれだけで胸がいっぱいになるのです。お母さん方も泣いておられる方が何人もおられました。小さいときのことが思い出されて・・・可愛くて可愛くて、何にもできなかったけれど、ただ可愛くて・・・そう言ってまた涙を拭いておられたお母さんもおられました。
 卒業式の後かたづけをしていたときのこと、向山先生が、何気なくその場で体操を(というか身体を動かして)しておられたのを見て、私は突然、あややさんのCM”つっぱり、つっぱり、つっぱり、つっぱりつっぱりつっぱり、どすこい」というのをしたくなりました。それでやって見たら、なんだかすごく足と手が難しくて、自分でも笑っちゃうほどおかしくて、見ている人もおかしいと言って見本をみせてくれたけど、やっぱりできないのでした。あれ、上手にやってみたい・・・おうちに帰って、鏡の前で練習してみようっと。
 ところでとく子さんが大変。くわしくは、ときどき写真日記を・・

3月11日 明日は卒業式。子どもたちは給食のあと、おうちへ帰って、職員で準備をしました。一人一人名前がついた椅子を並べたり、手作りの装飾を飾っているうちにいよいよ明日卒業なんだなあと、もう胸が熱いです。明日・・・・またやっぱり泣いちゃうのかな。
 実はずっと風邪です。熱があがったり、また下がったり、ちょうど春のいまの気温みたいに・・・熱のせいか、階段から落ちたり(でも、手がそのときにじーんと痛かっただけで、ぜんぜん無事)玄関を踏み外したり、他の人にぶつかったりしながらいます。でも、ふわふわと、楽しかったりもしています。みなさんは風邪大丈夫ですか?気温の変化も激しいですものね。風邪ひかれませんように・・・
 今日、エクセルで、成績処理というのをしていました。言い訳ですが、風邪なものですから、他の先生が書かれた部分をコピーして、クラスの子どもたちのその授業のところに貼り付けたつもりでも、表がなぜかそこだけ飛び出したり、二つずつ欄が増えてしまったり、なんだか大変で、どうしようもなくなってしまうのです。そのたびに、横にいる宮むーちゃんに、わぁ、わぁ・・・と叫ぶと「どうしたん?」「右クリックだよ」と教えてくれます。「ちゃんと教えてもらいなさいよ」と後ろから声が・・・振り向くと教頭先生がたっておられました。「山もっちゃんは、パソコンなんでもだと思ってたけど、そうでもないのかな」って・・・ないですとも・・ぜんぜんです。いつも、助けてーです。特にエクセルは、どうなっちゃったの?という感じです。私たちの成績は数値じゃないのですが、もしこれに数値の計算まで入ったら、それこそ、わからないだけでなくて、「え?本当にこの計算あってるの?」なんてエクセルさんに失礼にも疑って、電卓で足してみたりして、それでそのたびに、私の計算機の答えが違う物だから、「ま、あってるよね」なんて言っているひどい人なのです。 

3月10日 中村町小学校の6年生の子どもたちの前でお話をさせていただきました。なんて、きらきらした目をした、子どもたちだろうと、感じました。そして、とても心に残ったことは、6年生の齋藤先生も、校長先生も教頭先生も、みんな口をそろえて、「みんなすごくいい子どもたちで」「まっすぐにお話を聞ける子どもたちだから」「素敵な子どもたちだから」というふうにおっしゃって、子どもさんたちを誇りに思っておられると感じたことでした。そして、子どもたちも、その信頼や愛情をいっぱい感じて、輝いているのだと感じました。
子どもたちの言葉の中にも、印象に残る言葉がたくさんありました。「僕も、きいちゃんや大ちゃんのように、自分の中に誇りに思える部分を見つけて、一生懸命いきていきたい」「いろんな人と出会って、教えてもらったり助け合ったりすることが、生きていくということのように思います」小学校6年生の子どもたちがこんなにも深いことを感じているんだと思うと震えるような思いがしました。きいちゃんを通して、こうして、今年も6年生の子どもたちと出合えること、とっても幸せだなあと思います。
 今日は、学活がありました。教室の絨毯にみんなして寝転がって、お日様の光をいっぱいあびて、ごろごろしたり、くすぐったり、顔をくっつけたり・・・・そして、宮プーが用意してくれた、映画を一緒にみました。思えば、教室に絨毯を入れてから、子どもたちといっそう仲良くなれた気がするのです。一緒に腹筋をしたり、お昼休みにお昼寝をしたり、私たちにはとても大事な時間でした。

3月9日 学校にいる間、少しも手を離そうとしなかったゆかちゃんが、少しずつ少しずつ、いろんなことを自分でし始めようとしている気がするのです。いつもはお母さんとバス停まで来て、バス停からもお母さんと帰っていたけれど、ここ1週間は、自分で来て、自分で帰るとゆかちゃんの方から言い出しました。そして、それができたことがとても誇らしそうで、「ひとりで来たんだよ」とうれしそうに自分で自分に拍手を送っています。今日はお母さんも、そんなゆかちゃんに勇気を得て、今日はバスでなくて、一人で歩いて帰るようにしてみたいと思います・・・と電話。かなちゃんも一緒にバス通学の練習をしてみようということで、ふたりで学校から歩き出すことになりました。かなちゃんはお母さんが途中から一緒だけど、ゆかちゃんは大丈夫なの?と、子どもたちは本当はきっとすっかり力をつけているのに、心配でしかたのない私、今日は少し風邪気味で朝からセキをしている私を見て、宮プー先生が「こっそりついていくから安心して」と言ってくださいました。3qほどの距離、ゆかちゃんを見届けた宮プーを私があとで、車で迎えにいくことにしました。
 子どもたちが新しいことを始めるとき、ただドキドキしてしまう私だけど、そんなときに、かならず宮むーちゃんや宮プーや丸ちゃんが、「できることはなんだってするよ」と言ってくれます。子どもたちはみんなに愛されているし、受け止められているという強い確信があるから、また一歩先に踏み出せるのですね。

3月8日 昨日の日記を読んでくださった方が、TOSHIさんや、桜井さんのことで、たくさんメールをいただきました。特にTOSHIさんは誤解されて伝えられたという時期があったので、「そうだったのですね」とか「いっそう好きになりました」といったメールをいくつもいただきました。
 生きていると、不本意な噂が流れたり、あるいは本当に自分が失敗してしまったり、間違っていたり、人生にはいろいろなことがあるけれど、でも、そのときに、自分がするべきことは何かなあと考えたら、それはただ一生懸命に真摯に生きていくことなのだなあと思いました。言い訳をしたり、誰かを恨んだり、そういうことをしても、決して前向きには生きることができないんだ、過去に何かいろいろあって、その誤解を解こうと思っている訳じゃなくても、一生懸命生きていくことが、結果的に、誤解を解くことにつながっていくのだろうと思いました。そっかあ・・・そうなんだ・・・私も毎日、毎時間、毎分、毎秒・・今、そしてこれから出会った人と、まっすぐに向かい合って生きていきたいと、なかなか難しいのだけど、今日、また改めて思ったのでした。
 今朝も大雪。それでも、9時半くらいにはお日様が照って、雪が融け出しました。生活の時間に、ずっと行きたくて行けなかったお買い物学習に出かけました。今日はちょっと遠い100円ショップまで。コンビニと違っていろいろなものが売られていて、とても楽しかったです。のりくんは怪我をしたときに、包帯を巻くのが好き・・今日はマスクや包帯や、それから花粉症になったときに花をすーすーする機械?みたいなものなどを買っていました。まさるくんは大工さんの道具にいつもあこがれています。それで、今日はバインダーのおもちゃを見つけて買っていました。それからパソコンのソフトを買っている人もいました。100円ショップがすごいなあと思ったのは、「今日は5つまで買えるんだよ」って、計算ができなくても、心配なくお買い物をできること。また機会があったら、出かけたいなと思います。
 前にさくらの枝を送ってくださった沖縄のゆらっこさんが、さとうきびと黒砂糖のお菓子を送ってくださったので、さっそく学校に持って行きました。子どもたちだけでなくて、職員もみんな大喜び・・・「煮なくてもいいの?」「こんなに固いものなんだね」って、職員室でもお話が盛り上がっていました。それぞれの教室でどんなお話が子どもたちとあったんだろう・・・ゆらっこさんは土付きのサトウキビも入れておいてくださったので、いっそう、子どもたちもさとうきびの様子に興味を持って、味わうことができました。ゆらっこさん本当にありがとう。

3月7日 また、アップをうっかりと忘れました。ごめんなさい。千代さんが2時くらいに教えてくださって、ようやく気が付いたのです。もう、本当にうっかりです。
 お風呂の釜を洗うジャバというお薬を買ってあったので、朝から、ジャバをして、それで、きれいななっただろうお風呂釜でまたお風呂に入りたくなって、夜お風呂に入ってから眠ったところなのに、また朝からさっそくお風呂に入りました。お風呂から窓をすこおし開けて外を見ると、昨日からずいぶん積もった雪が木々に積もっています。夜入って、朝入って、外は雪・・・温泉みたいねと一人喜んでいるのです。
 大好きなお友達の一人ますくら先生はX-JAPANのメンバーでいらっしゃったTOSHIさんとYOSHIKIさんが大好きだったはず・・・ちょうど学校の分教室にTOSHIさんがいらっしゃることを知ったときに、ますくら先生がTOSHIさんをお好きだったことを思い出したのです。ボランティアを募集しておられたので、お知らせしました。コンサートはとっても素晴らしかったそうです。「ご迷惑かなと思ったけれど、声をかけさせていただいて、お話することができたの」とますくら先生のすごくうれしそうな声。ますくら先生は私の先輩だけど、まっすぐでそしてとても純真で、私は可愛い・・だなんて、そんな失礼なことを思います。どきどきして、お声をかけられたんだろうなあと思いました。
 ところで、ときどき南房総から発信しているまほろばという雑誌があります。No.8に、私の原稿が載っていて、まほろばを送ってくださっていたので、それをちょうど朝開いていたら、なんとちょうどその号にTOSHIさんの文章が載っていました。TOSHIさんのお人柄が忍ばれる素敵な文章でした。
 TOSHIさんは5年間で「詩旅(うたたび」という名前で全国約4千箇所の施設で、本当に歌いたかった歌を歌い続けておられるのだそうです。本当に歌いたい歌というのは、どんな歌かというと・・・「ただ僕は、子どもたちや若者たちに”スターになることがいいことだ、地位や名声が必要なんだ”というようなことをひけらかしてきたことを、今さらながらですが、本当に申し訳ないことだと思っています。あまりにも、自我が劣等感が強く、自分の傲慢さが認められないぐらい傲慢になってしまった生き方を少しでも反省しながら・・というか、反省できない自分に気づきながら、自分が命を救ってもらったかけがえのないこの音楽を、まったく未熟で無力で、その深い質をそのまま届けることはとうてい出来ませねんが、地道に素朴に伝えていきたいと思います・・・「まほろば抜粋」TOSHIさんは、何年か前に、カルト宗教の先導しだとか、洗脳などとさわがれたことがあって、本当におつらい思いをされたのですね。それからその前にも、XーJAPANが頂点をのぼりつめたとき、そこにあったのは孤独とむなしい苦しさで、日本一でもまだだめで、だったら世界をめざして・・というふうになって、満たされない思いで死にたいとまで思われたのだそうです。そんなおつらい中で、本当に大切なのは、飾らず素顔のままで、自分をさらけ出し、本気で伝えたり歌ったりしたときだけ、真に、おじいちゃんやおばあちゃんや聞いてくれてる人が涙を流して喜んでくれるんだなということだったのですね。ますくら先生が、なぜ、TOSHIさんやYOSHIKIさんにとても惹かれるかがわかったきがしました。
 もうひとつ思い出したことがあります。それはミスチルの桜井さんのことです。
難病の子どもたちの夢をかなえる「メイクアウィッシュ」という団体があります。メイク・ア・ウィッシュの大野寿子さんと前に琵琶湖でジョイントさせていただいたり、、小林さんのお友達だったりもするので、いっそう興味深く、読ませていただいた文章があるのです。お友達のありささんが送ってくださった文章なのですが、抜粋させていただきます。

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ポップミュージックって人になんらかの影響を及ぼすんだから、だとしたらいい影響を及ぼしたい、みたいなそういう意志をとても感じる・・

という問いかけに・・

・・・・「それは、すごくありますね。あー、それはうれしいですね・・。っていうか、それがもう全てかもしれないっていうくらい。例えば

・・・なんだろう・・・・・・・・・・・だから・・・すごく1つ後悔したことがあって。それは、病気のもうほんとに死んじゃうかもしれないというー結局死んじゃった子なんですけども。そのお母さんとか、そういう死に直面した子供にできるだけ夢を与えましょうというような機関があって

そこにサインをくれといわれたことがあって。まあ僕、すごくそん時は人に対して疑心というのが強かった時でもあったし、ほんとにその機関というのがあるのかどうかというのも疑っていたようなところもあって。でも、結局、その機関というのはほんとにあって。サインでよければと思って書いた。でも、書きつつ、なんでしょうね・・・要するにほんとに病気で死に直面している子供が、俺のサインで喜んじゃだめじゃないかって。それを誰かが教えないとダメなんじゃないかって。一応はサインしたけれど、それ以上踏み込まずにいたんですよ。ていうのは、ほんとは僕の励ましの言葉よりか、両親がどんなに自分の事を愛してくれるのかということを、その子は気つくべきだし・・・・って思ってて。でも、結局その子が亡くなって、僕の代わりに家の父親とかが花輪をだしてくれたりしてて。僕、それ全然知らなくて。あとから3年後くらいに、そのお母さんなのかお父さんなのか、病気の手記を出していた時に、それを僕は読んで・・・自分が思っていたことがどんだけ思い上がっていたかというか。もっと自分はできたんじゃないかなっていう後悔があるのと共に・・・・うーん・・・だからそのくらいM.cildrenというのは、自分が真剣に思っている・・・だから何かの代用品でいいわけですよ。誰かの人生の、何かの一こまの代用品で。悩んだ時の。代用品という言葉があっているかどうかはわからないけれど・・・。」

ただ、あきらかにいえるのはなぜ、桜井君からそういう状態の人がサインをもらいたかったのかというところですよ。ようするにミスターチルドレンていうポップ・ミュージックがなんらかの作用をもたらしたからですよね。

・・・「でも、僕のサインなんかよりか、もっと大事な目の前にあることを僕は、それをいちいち「あるんじゃないか?」って言おうとしてて。でも、ほんとはそんなのとうにわかってる。わかってるけど、形になる瞬間や目に見えるものが欲しかったりすることって、あって。だから身近にあるけど見えないものの代用品として、僕等の歌があり、サインがあり、それって素晴らしいことだなって思えて。・・・だから、もっと自分はできることがあったかもしれないという後悔と共に、考え方が変わって。本当に影響を与えるんであれば、出来る限りいい影響を、プラスを与えたいという思いが今は強いんです。」

だからこそ、きれいな世界を歌おう、前向きなことだけを綴っていこうっていうふうにはならなかったですよね。

・・・役割と言っちゃあおかしいけど、大げさかもしれないけど。・・・・覚悟か。覚悟ができた感じですね。・・・それはもう、その子が亡くなったのが3年前くらい前らしいんですよ。3年経って、今、父親がどう思ったかっていう手記がうちに送られてきて、それを読ませてもらって。その手記には「終わりなき旅」の歌詞が載ってて。ちゃんともう、なんていうんでしょうね・・・もう涙が出てきて、ちゃんと読めないんだけど・・・。だけど、それを読んだから「蘇生」が出来たような感じかな。今こんなことを初めて喋っているんですけど、あそこから始まったんだ」・・・

・・・・・・・・・・・・

TOSHIさんにしても、桜井さんにしても、本当になんてまっすぐに、生きておられて、そして、なんて、謙虚に生きておられるのだろうと、私思うのです。人はさまざまな場所でさまざまな生き方を与えられる・・・旅をしていて、とても貧しくて、でも、きらきらした目の元気な子どもたちと出会ったときにも思うこと・・・幸せって何だろう・・どんなことが幸せな生き方なんだろう・・・私は与えられた生き方を、謙虚に、いろんな人と出会って、交わって、お互いに真摯に向かい合って、一生懸命いきていくことがもしかしたら、幸せな生き方なのじゃないかって、そう思いました。比べたり、不満に思ったりする必要なないのじゃないか。そんなことも思いました。そして、幸せっていうのは、離れたたった一つのものじゃなくて、みんなつながってるんだという気もしたのです。


3月6日 朝8時頃、用事があって、車を走らせていたら、風が強くて、雲が空を走っていました。前の大きなフォロつきトラックは、おしりをあっちこっちに振って、なんだか倒れそうにも見えるのです。私もハンドルが取られてまっすぐ走れないほど・・・あとでニュースを見たら、石川県の松任というところで、電灯が車に向かって倒れたということ・・。本当にすごい風でした。お昼からは、県外にいたのだけど、雪がどんどんどんどん、積もって、前が見えないふぶきのようなお天気。3月ももう6日なんだけど・・・今年はどうしたのでしょう。
 小林さんが、アメリカから帰っていらっしゃって、さっそくその足で、ネパールの今度の旅のために、ネパールに住んでおられたという人に会われて、今度の旅のことを相談してくださいました。小林さんはどんなにかお疲れのはずなのに、それでも、私はやっぱり、いつものように、私の予定などのことで、小林さんにいろんなことで、電話をしたり、お願いをしたりしてしまいます。「いそがしくしていた方が、身体の調子がいいから・・」なんて前におっしゃっておられたけれど、そんなはずもなく、「身体大事にされてくださいね」といっている私が一番、小林さんに忙しい思いをさせてしまっているのです。あー。ちょっとでも、自分のこと、ちゃんと出来るようにしないとね。少なくとも、チケットを忘れたり、電車に乗り遅れたり、そういう、失敗を少なくしないとだめですよね。
 5月8日のおうちでのコンサート、今頃、心配しているなんて、無責任なのだけど、本当にそんなにたくさんの人がおうちに入れるのだろうか・・・すごく心配になって、いっぱい、小さいお座布団を用意しました。少し多めに60枚。並べると並べられることは並べられるんだけど、はたして、大丈夫なのか・・・不安は消えません。本当にぎゅーぎゅー詰めでゆったりできずに聞くことになってしまうけれど、どうぞお願いします。たくさんの人と一緒に、楽しいコンサートになりますように。 
  

3月5日 二年前くらいに、本を読んでくださって。メールを通してお友達になった方がいて、その方から、1年近くメールがなくて、昨日お母さんからメールをいただきました。心がとてもつらくてつらくて、命を絶とうとしてしまわれたこと・・一年間、「kakkoさんにメールをしたいけど、たくさん来るから迷惑かな」とばかり言い続けておられたとのこと、「送ってみたら」とお母さんが言われても、「だめだよ。無理するから」と言い続けておられたとのこと・・・「それで、山元さんからメールを送ってもらえませんか?」とのこと・・・。ああ、大丈夫なのに・・・私はいつでも、みんなからのメールを待っています。本当に待ってる・・短いお返事しかかけないこともあるし、それからそんなこと、めったにはないけど、いそがしくてメールがかけない日があったとしても、(それからパソコンがつながらない日や、持って出かけてない日があったとしても)その次の日だとか次の次の日にはきっと出せるから・・・。私はメールをもらうのが大好き・・・遠慮なんてしなくても、本当に大丈夫だよ。その友達だけじゃなくて、他のたくさんのお友達や、それから、まだ、これから出会うお友達だってそう。メールいつも待ってる・・・だから、そんなふうに心配しないでね。私、みんなで一緒に笑っていたい、みんなで一緒に元気でいたいの。みんなも、そうだよね。私も同じ・・・ 
  
3月4日 今日も雪。今年はいつまでも雪が降っている気がします。卒業式の総練習も、寒いので、コートを着ての練習になりました。外は、雪が降っては融け、また積もっては融けるという繰り返し・・・。卒業式の12日は晴れて、あたたかになってほしいな。
 卒業式の装飾、スチロールの板に薄い水色の全紙を貼ったものが、係の一人一人に分けられました。決められた色画用紙(濃い水色、黄緑色、薄紫色)に黄色とピンクの波段ボールを使って、自由に、作っていいとのこと・・・こういうお仕事は好きなのです。おっちょこちょいだったり、失敗ばかりしてるから、不器用そう・・・家庭や図工は苦手そうと言われることがよくあるのだけど、でも、お料理でも、手芸でも、図工でも、上手かどうかは横においておいて、作ることは何でも大好き。
 大きなスチロール板を空に見立てて、水色の雲を並べて、空に学校の校章にもなっているききょうの花をとばせて、それから、波板段ボールで大きな羽を作って、配置しました。ああ、でも、やっぱり不器用です。段ボールを立体で作った物ががなかなか板にくっつかなくて、ボンドだらけで汚くなったり、それから、カッターで指を切って、血で汚れたり大騒動・・・でも、楽しく作ることが出来ました。今度写真を載せますね。そうそう、フォト日記にみいちゃと出かけた東京の旅をアップしました。

3月3日 おひな祭り・・・全国の女性の皆様おめでとうございます。いえ、男の皆さんも、おひな祭りが好きな方、おめでとうございます。
 やっぱりおひな祭りは大切なイベント。ちらし寿司を作ったり、ケーキを食べたり、白酒を飲んだり、おひな様を目の前にして、お祝いしとうございます。
 それからね、今日は5,6時間目に「卒業を祝う会」がありました。1,2年生と、2年生の職員の出し物があって、そのあと、3年生の思い出のアルバムビデオが流れました。そして、3年生が、「世界にひとつだけの花」を歌いました。いろんなことがあったなあ、みんな本当にがんばってたなあとか、卒業して、これから、全部がうまくいくとは限らないだろうなあ、いろんなことがあるだろうなあ・・でも、きっとみんななら大丈夫だとか、そんなことを考えていたら胸がいっぱいになりました。

3月2日 素敵な楽しくて、思い出しても楽しくて笑っちゃうような二日間でした。ずっとみいちゃんと笑ってばっかり。笑いっぱなし・・・
 夕方7時の飛行機で東京へ向かいました。首には池田先生に作っていただいた、名前と学校名と私の携帯電話の番号の連絡先を書いた、カードを首にさげました。「このカード、せんせいになったみたいやね。齊藤先生ってよばれるわー。かっこちゃんカードどうしたん?忘れたんか」とカードはすごく気に入ったようでした。みいちゃんは歌が大好き・・・飛行機の中、怖かったり、退屈したりしないかなあと心配したけれど、そんなことは少しもなくて、イヤホーンから流れる歌にあわせて、ずっと熱唱をしていました。最初は、どうしよう・・・ちょっと声が大きいかなあと心配になったけれど、周りのお客さんにも拍手をもらって、みいちゃんはとてもご機嫌、私もそのうち、一緒に歌を口ずさんだりしたのでした。さて、羽田について、果たして品川まで行けるだろうか・・と小林さんがアメリカに行く前に書いてくださった紙を見ながら歩いていました。みいちゃんはたいしたものなのです。あ、電車だと思って、まがりかどでまがってそれに乗ろうとしたら、いいタイミングで「モノレールに乗るが?」と聞いてくれて、はっと思ったら、そこはモノレールの入り口でした。「ありがとう。もうちょっとで間違えるところだった。京急っていうのに乗るんだった」小林さんの紙には”電車に乗ったら、「これは品川へ行きますか?」って聞く”と書かれてあったのだけど、見ると、ちょうどその電車は「急行品川行き」・・・ああ、よかった、終点まで乗ってればいいんだ・・電車の途中に三五館の星山さんから、電話がありました。「どこですか?あ、電車の中。大丈夫ですよ。ゆっくり来てくださいね。ホテルで待っていますからね」星山さんはどこまでも、男らしく、大人で、かっこいいのです。駅から品川プリンスホテルが見えました。新刊ができていて、すごくりっぱになっていて、びっくり。昔、ここで、星山さんと待ち合わせしたときは、もっと小さいホテルだったけれど、今は40階建てくらいなのじゃないかしら・・・歩いていると、キョンナムさんが「かっこちゃーん」と走ってきてくれました。星山さんとキョンナムさん、二人が、今日は私たち二人を六本木ヒルズに連れて行ってあげると前々から約束してくださっていたのです。星山さんは六本木ヒルズができたばかりのときに「すばらしい景色。今度山元さんを必ずお連れしますからね」とメールをくださっていたのです。タクシーで六本木ヒルズへ。みいちゃんとキョンナムさんはもう仲良しで、二人で腕を組んで、ちょんみちゃんの「イマココニイルヨ」をまた絶唱!パープルの小さい電球が木々にたくさん光っていて、まるでおとぎの国に来たみたい・・・。「食事にする?展望台に行く?」みいちゃんの答えは「展望台にいく!」でした。展望台の受付で、星山さんがチケットを買ってくださったときに、みいちゃんが高校生だという証明書が必要になりました。キョンナムさんがみいちゃんが首から提げているカードを提示してくださって、みいちゃんは高校生料金で入場できることになりました。(池田先生が、このカード役に立たないといいけど・・(迷子になったときに役にたつから)と言っておられたけど、ここでも、役にたちました。ありがとう)
 いったい六本木ヒルズは何階建てなのでしょう。60階建てくらいかな・・・展望台の階に出ると、足がすくみます。キョンナムさんとみいちゃんは、窓にほとんどへばりつくようにして、下を見ているけれど、星山さんは、こんなに強いのに、高所恐怖症なのです。鉄の棒をにぎりしめておそるおそる下を見ていたのが、おかしかったです。夜景は息をのむほどきれいで。なぜか、私はその景色が海が広がっているようだなあと思いました。宝石みたいだとも思いました。
 それから4人で食事をしました。みいちゃんが「楽しいねえ」「楽しいねえ」ってさかんに言うのです。本当に楽しい・・すごくうれしい・・。
 こんなにうれしくて、楽しいのは、みいちゃんのおかげだし、星山さんのおかげだし、キョンナムさんのおかげだし、それから、留守番をしてくれている、クラスの子どもたちや、学年の先生や、出してくださった学校や、みいちゃんのお母さんやおばあちゃんや・・・みんなのおかげだって思って、そのことがこみあげるほどまたうれしかったです。
 ホテルのお部屋は27階。六本木ヒルズほどじゃないけれど、ここからの眺めもまた、すごいのです。お風呂に二人で入って、ジュースを買って、お部屋の灯りを消して、ふたりで、窓のところに座って、外をずっと見ていました。私、さっき、こんなに楽しいのは、みいちゃんやみんなのおかげだなあって思ったことを口にしたわけじゃないのに、お部屋から夜景を見ていたときに、急に、みいちゃんが、「かっこちゃんのおかげや、ありがとう」って言ったのです。「違うよ、みいちゃんのおかげやよ。それから、みんなのおかげやよ。ありがとう」と言うとみいちゃんがまた、「かっこちゃん・や。よ」って・・・。「なんや、かっこちゃん泣いとるがけ」って。
 夜ベッドに入ったら、みいちゃんが「かっこちゃん手貸して」って言いました。手を出すとみいちゃんが、私の手をぎゅっと握ってくれて、それで、手を握り合ったまま眠りました。 
 朝6時に起きて、ホテルの朝食のバイキングに行きました。みいちゃんが、インフルエンザでお休みして、なおって間もないので、心配していたけれど、すごくたくさん食べていたので、ほっとしました。8時にJRの駅へ行って、山の手線に乗って、東京駅へ、小林さんの紙には、「近いけれど、行くのが難しいから、八重洲口からタクシーで三越へ」と書かれていました。「タクシーに乗ろう」と言うと、みいちゃんは「大丈夫やよ。タクシーもったいないから、歩けばいいよ」と言って、それから時間もまだ一時間以上もあったので、歩くことにしました。
 いったい何人に「三越はどこですか?」って聞いただろう・・・誰もが、すごく親切に教えてくださいました。間違えそうになったら、遠くから走ってきて、そこじゃなくて、次の角をまがるんですよと教えてくださった女の人。広い道路に出たらね左に曲がるんだからね、左だよと念を押しておしえてくれた男の人・・・ドアをきれいにしておられた人・・・みんなとっても親切。
 いよいよ三越につきました。受付でみいちゃんはお花のマークをつけたリボンをつけていただきました。そして、「こちらです」と開会式の会場へ連れて行っていただきました。開会式にはNHKの会長さん、絵を描かれた漫画家の楳図かずおさんや画家の伊勢英子さん、漫画家の
古川タクさん、イラストレーターのエム・ナマエさんなどたくさんの方が参列されていました。二人で順に絵を見ていたら、選考委員の森山明子さんが声をかけてくださいました。「みさとちゃんの詩は、一次審査で満場一致で決まったんですよ」って。そのほかにもいろんな方から声をかけていただきました。「今日はお昼のニュースに、齊藤さんの詩が流れることに決まってるんですよ」「4291編の詩から、50人の詩が選ばれて、甲子園に来たようなものですよ」って。
 出席しておられた詩を書かれた方ともお話をかわしました。一緒に写真をとってとても楽しいひとときでした。
 いつまでも見ていたかったけれど、そうもいかないので、後ろ髪を引かれそうになりながら、羽田に向かいました。何度も迷子になりそうになりながら、またいろんな人に教えていただいて、東京駅までついて、そして、キップをなくして買いなおしをしたり、いろんなこともあったけれど、みいちゃんはとても上手に買って、上手に改札を通って、そして、私に「お財布ちゃんと歩絵kっと似入れておかんか、なくなるよ」なんていってくれて、そして、羽田でおみやげを買って、また楽しく帰ってきました。
 空港にはみいちゃんのおばあちゃんが待っていてくだいました。
 小松空港につくと、外にはたくさんの雪が舞っていました。
 明日、かなちゃんやゆかちゃんが、「待ってたよ」って飛びついてきてくれるかな・・そんなことを思いながら、家へ向かいました。

 昨日はいちじくの4歳のお誕生日でした。お誕生会は明日することにしました。いちじく・・・いつも一緒にいてくれて、なくてはならない家族になって、もう4年。ありがとう。

3月1日 学校が終わって、もう少ししたら、みいちゃんと東京へ行きます。みいちゃんのお母さんはちょうどお仕事で外国へどうしても行かなくてはならなくて、私とみいちゃんが二人、出席することになったのです。みいちゃんはなかなかの詩人です。それから、おもしろいことをよく言うのです。入選した詩は「お母さんはどうな
ん?という詩です。お母さんは私に「さびしくないか」とばっかり聞くけど、お母さ
んはどうなん?というような詩なのです。今度お母さんが外国へ行くことで、お母さんはまたみいちゃんにさびしくない?と聞かれたのだそうです。「ママが外国へなかなか行かんから、東京がなかなかやってこん」とみいちゃんが行ったそうで、「もう、私のことなんかより、みさとは東京へ行くことばかりが楽しみみたいなの」とお母さんが笑っておっしゃっていました。お母さんに心配をかけないでいようと思ったこともあっただろうし、きっと東京がとても楽しみと言うこともあるんですよね。元気に行ってきますね。明日、またみいちゃんと私の東京行きを報告します。

2月29日 4年に一度の2月29日を記念して(というほどでもないのですが)待ち受け画面を作ってみました。ずっと前から、「携帯の待ち受け画面を作ってほしい」というメールをいただいていながら、なかなか約束が果たせずにごめんなさい。どうやったらいいのか、サイズは大丈夫なのか・・・携帯の機種によって、違うのは大丈夫なのか・・というようなことがあまりよくわかっていません。ごめんなさい。うまく行くといいなあ。
 明日はみいちゃんと東京へ行きます。果たしてちゃんと行き着くことができるでしょうか。小林さんがいらっしゃらないで、どこかへ飛行機に乗って出かけるのはすごく久しぶりのことです。何年か前にキョンナムさんのおうちに遊びに行ったとき以来。でもあのときも、キョンナムさんが、駅に迎えにきてくださっていたしなあ。今日、夕方、空港へこのあいだの失敗のチケットの払い戻しに行ってきました。でも、うまくいかなかったのです。それはどうしてかというと、小林さんがカードで買ってくださったのだけど、カードの場合は、旅行社に行かないとだめなのですって。旅行社ってどこにあるんだろう・・・前のチケットは旅行社だったけれど、このチケットは羽田で買ったのではなかったのかなあ・・・よくわからないで、小林さんのボーダフォンに(外国にもつながるほうの携帯)に電話をしました。9時間の時差って言っておられたから、きっと今は朝だよねと思いながら、はっと思いました。もしかしたら、9時間こちらが遅いのかな・・そうしたら、真夜中・・あわてて、電話を切ってそのままになっています。
もうちょっとちゃんと自立しなくちゃと思いながら・・でも、明日はみいちゃんと東京に、そして、あさってにはちゃんと開会式に遅れず迷わず出席するぞと心に誓うのでした。 

2月28日 オウムの事件のテレビを観て、松本サリン事件で、最初犯人だと間違って報じられた経験をもつ河野さんのお話をお聞きして、胸が熱くなりました。河野さんとはキョンナムさんも以前会っておられて、お人柄についてはうかがっていたのですが、本当になんて誠実な方なのだろうと思いました。
 おつらいことがたくさんあったはずなのに・・・・してもいないことの罪を着せられ、奥様がサリン事件の大きな後遺症で苦しまれておられたり、後ろ指をさされたり、きっといっぱいいっぱい苦しいことがあったはずなのに、言葉を選んで、インタビューに答えておられました。誰のことも責めないで、ただ、本当のことは本人だけが知っているからと、話しておられました。私は河野さんのようにいられるだろうか・・・きっといられない・・・ひどいひどいって思うと思う・・・自分の人生をめちゃくちゃにしてって怒ると思う・・・けれど、河野さんはそんなふうには決しておっしゃらないのです。
 もしかしたら、生き方には二通りあるのかもしれないって思いました。(もちろん人の数だけあるのだけど)決して他の人を責めたり恨んだりせずに、いつも、自分を振り返り、前向きに生きていく生き方と、そうでない生き方。誰かを恨んだり、責めたりする生き方では、自分自身もつらく悲しい思いから決して抜けることができないのじゃないかと・・・。
 けれど、とてもとてもつらいことがあって、そのことが、誰かがした行いのせいだったら、事件がなかったらよかったのに・・とか、犯人の人がどうしてそんなことをしたんだろうって思ってしまうことは無理のないことだと思います。それでも、恨む心はやっぱりとてもつらい心・・。
 それから、悪いことをした人が、自分が悪かったと気が付いて涙を流せるのは、河野さんのような温かい心に触れたときなのかもしれないとも思いました。
 今日も白山がとてもとてもきれいで、ただただ心ひかれるように白山をながめていました。
 私の好きな時間は、どんな時間だろうって今日思っていたのです。
 大好きな誰かと待ち合わせして、その待ち合わせまで少し時間があって、それで車の中だったり、喫茶店の中で、読みたいなあと思っていた本を読んでいるときの時間はとてもとても好き。今日のように、外に白山や海や素敵な風景が広がっていたら、もっともっと幸せだな。  

2月27日 今年は一日多いんだよとそう聞くと、なんだか得したような、変わらないような不思議な感じです。普段の年だと、2月末日締め切りというときは、まだ25日だからと思っているとあっという間に、その締め切り日がきてしまうから、もう驚いちゃって「サギだー」なんて誰にもだまされてないのに、何かわからないけれど、だまされちゃったようなきつねにつままれたような気がしてあわてるのです。だったら、今年はその得した一日をまだ予定はないけれど、有意義にすごそうかなと心に思うのでした。
 今朝起きたら、辺り一面雪景色。もうすっかり春だったのに、また逆戻りです。だけど、お昼過ぎたら、あっという間にその雪もとけて、やっぱり春の淡雪なのです。なごり雪の歌と卒業式の歌が音楽室から聞こえてきます。

2月26日 このあいだまで職員室の高等部のお茶のところに、ポットが二つあったのです(今はひとつ)。今朝、ひょいとポットを見たら、ポットの取り外しのできる電気コードに「とく子さん用」と書いてあったのです。「とく子さん?」そんな人いたかな?不思議に思ったので、お茶を入れておられた先生に「とく子さんってどなたですか?」と聞きました。そうしたら、その女の先生がおなかをまげておかしいおかしい・・・って笑って「かつこさん、本当におもしろい・・」なんておっしゃるので、私はわけがわからなくて、ポカーンとしていました。そばにおられた主事先生も「この人、おもしろいってやっとわかった?」なんて笑って言うので、ますます、何がどうしたんだろうと思ったら、その電気ポットの名前が「とく子」さんなんだって。それでお得だから、とく子さんっていう名前なんだって。ふーん。これから「とく子さんからっぽだったよ」とか「とく子さんのお湯足してわかし直していいですか?」とかいうふうに、名前つけて呼べるから、なんだか可愛いよね。

2月25日 父と母と離れて暮らすようになって何年経つだろう。私がどんなに年を重ねても、父と母が年老いてきても、私はいつまでも父と母を頼りにしています。学校の授業でこのあいだも、急にある折り紙の折り方が知りたくなって、昔母が教えてくれたことを思い出して、電話して、母に教えてほしいと電話をすると、母は図解入りの折り方をていねいに書いて、学校にFAXしてくれました。「すみません山元加津子に渡してください」とFAXには書かれてありました。わからない言葉で出くわすと、父に電話をするし、悲しいことがあると、父と母の声が聴きたくなってしまう。
 気が付くと、いつのまにか、父と母はずいぶん年をとっていて、少し気弱になっていたり、いろんなことがにがてになっていたり・・・・
 けれども、やっぱり私は父と母を頼りにして、いつまでも甘えているんだろうな。
 私はどうなのだろう・・・誰かのそういう存在になれるのだろうか・・
 今日は3年生を送る会の練習をしました。ジェスチャーをして、最初の言葉になっている文字をみつけ、その文字を並べて言葉を作るというゲーム。クラスごとに考えて、みんなの前でジェスチャーをしたのですが、おもしろくて、可愛くて笑い転げていました。 

2月24日 熊本と東京へ行って、帰ってびっくりしたのは、雪がすっかり融けていたこと。あんなにあったのに、15度もあった暖かい日があって、温かい雨が降ったからなのだけど、びっくりするほどでした。雪の下には、緑の芽がたくさん出ていて、春の準備が行われていたのですね。木々のつぼみもずいぶん大きくなって、季節のめぐりの中で毎日を送っていることをとてもうれしく思いました。
 白山はまだ真っ白で、(頂上から、ふもとまで、白山の名前のとおり、全部光るような白なのです)春の日差しの中、きらきら輝いて見えます。 
 白山の春、ふもとの里の春・・・それぞれの春が、とってもいとおしい気持ち。

2月23日 朝、小林さんから電話がありました。「今ね、日経新聞を見てたらね、昨日、山もっちゃんが乗った飛行機のひとつ前の飛行機で遅れていたのがあったでしょう?あの飛行機に小松上空で雷が落ちて、酸素マスクが上から降りてきて、飛行機の一部も壊れたけれど、乗員乗客は全員無事だったんだって」私がもしかしたら乗っていたかもしれない飛行機・・・・聞いただけで、息がつまりそうになりました。みんな無事でよかった。私はすごく雷が怖いのです。だから、もし、そんなことになっていたら、中で気を失っていたかもしれない・・泣いていたかもしれない・・・思わず、携帯に電源を入れて、「助けてー」なんて、電話してたかもしれない・・(しないかもしれないけど)。
 怖かったり、ちょっと大変だったのはなかなか終わりにならないなあ・・・
 昨日の夜、キョンナムさんから電話がありました。3日ごとぐらいに電話をくださるのだけど、このごろ、一週間ほど電話をいただいてなくて、「元気?眠ってた?」という電話で、「今帰ってきて、こんなふうでこんなふうで、」と話していたら、(話していて気が付いたのだけど、空港があんなにあんなに混んでいたのは、風が強くて飛行機が何台も飛ばないままにいたからなんだと思います)キョンナムさんが「ああ、これだから、やっぱりときどきは電話しとかないと、大変なことがおきちゃうから」って言ってくださったのです。それで、ああ、私はやっぱりたくさんのやさしい人、そして、たくさんの目に見えないけれど、いろいろなものに守ってもらってるんじゃないだろうかと思ったのでした。
 今日は卒業式の飾り付け作りをしました。体育館どんなふうに仕上がるかな。

2月22日 朝6時頃ホテルを出て、熊本空港へ。馬刺しとからしれんこんの真空パックのおみやげがあったので、ほんの少しだけ買いました。阿蘇山は空港の近くにあるのですね。どの山が阿蘇山?と小林さんにお尋ねすると、あれもこれもみんな阿蘇山。外輪山だから、山の上が噴火で吹っ飛んで、外側だけがあるから、あのあたりが全部そう。飛行機に乗って、飛行機の中の座席の前のモニターを見ると、本当だ・・・阿蘇山の大きいこと。もし、上も全部あったら、世界一大きい火山だったかもしれないよという小林さんのお話、うなづける気がするのです。羽田についてから、いつもはぼおっとただ小林さんのあとを歩いているだけだけど、今日ばかりは、ちょっと私は考え深い顔で歩いていたと思います。何しろ来週の月曜日、3月1日はみいちゃんと私と二人でハート展の開会式に出席するために二人きりで東京に来ることになっています。優しい小林さんだからもしいらっしゃったら、きっと「僕が出てきて一緒に連れて行くよ」とおっしゃってくださったかもしれないのですが、でも、小林さんはその日はロサンゼルスです。私がしっかりしなくちゃと外だったり、路線図だったりをじっと見ていました。(でも、あんまりわかりませんでした。帰り道の途中に小林さんが紙にいっぱい、書いてくださって、一番はなんとか線というのに、乗って、お客さんに、これは品川にとまりますか?と聞いた後、乗って・・・とか、会場へは近いけれど、難しいからタクシーでとか、細かく細かくおしえていただいたのでした)
 今日は銀座のヤマハのビルで、ホロトロピックという集まりがあったのです。天外さんの主催される会で、朝から夜まで講演会や演奏会があって、今日は私は講演会でお話するのじゃなくて、参加させていただいたのです。会場の前の方に案内してくださいました。、そこには、湯川れいこさんや、天外さんや、それから、帯津良一さん、矢山利彦さんあとからは霧島洋子さんや中森じゅあんさんや、本やテレビでお名前やお顔を一方的に存じているたちがいらっしゃってました。私のお隣はひまわりクリニックの森津純子さんと、それから、 お産の家の大野明子さんでした。大野さんや森津さんは前々からお友達になりたいなあと思っていたけれど、でも、なかなかお目にかかることができなかったり、実際にお会いしても、緊張して、お話できそうになかったのだけど、矢山さんの講演会のときに、全員に水のペットボトルが配られて、それで、二人組で、そのお水を使って実験?をするというのが、あって、私と大野さんが、お互いの水をひっくり返して大騒ぎになって、それで、おかしくなって、笑ってたら急にリラックスして仲良くなれたのでした。ああよかった。
 帰りに、少し早めにヤマハのビルを出て本当によかったです。というのも、羽田飛行場がとてもとても混んでいて、夏の海辺の人出ほど混んでいて、私が小松行きのチケットを家に置いてきた物だから、それで、いったいどこの列に並んで、どうしたら、以前に予約したその小松行きの飛行機に乗れるだろうか・・・というのが心配になるほど、どこもかも順番の列だらけでした。
 不安な顔をしていたら、「大丈夫だから待っていてね」と小林さんが行ってしまわれて、6時10分になっても、小林さんがいらっしゃらないので、もうダメだったのだろうか、ああ、私のせいで小林さんにご苦労をかけるなあ、本当にあわてものだから・・・なんて思っているところに小林さんがチケットを持って、大丈夫だよと来てくださいました。
 いそいで、中へ入る列について、それから、今まで小林さんが入り口のぎりぎりのところまでもってくださっていた私の重い荷物を、引きずるようにして、7と書いてあるところに行きました。遠くて間に合わないかと思ったら、まだ、登場案内がされてなくて、そこに人がたくさんいて、小松行きのゲートを見たら、「遅れています」と書かれてありました。ああ、ラッキーだったなあと思ったら、今度は「小松が強風のために、飛行機は羽田を出ても、また戻ってくることもあり得ますのでご了承ください」とアナウンスされるのです。ええー!?もし、こんなに遅くに羽田に戻ってきたら、いったい私どうしたら、いいんだろう。どこに泊まるんだろう・・そして、そこへどうやっていったらいいんだろう、一難去ってまた一難だって思ったのでした。小林さんとは入り口で分かれて、きっともう東京の方へ向かわれただろう小林さんに、「チケットを置いてきてごめんなさい」というメールと、アナウンスの内容をメールしたら、「大丈夫だから。飛行機が羽田に戻ってきたら僕がちゃんとするから大丈夫。安心してね」とメールをくださいました。そんなふうにいったい甘えてもいいのだろうか、なんだか、いつもいつも大変なことになっちゃう・・・三五館の星山さんも、とても心配してくださって、「風が強いけれど、小松に帰れるか心配しています」とメールをくださったので、「今小林さんが、私がチケットを家に忘れたので戻ってこられてなくて・・・」というようなことを書いたら「風が強いので、飛行のことを心配していましたが・・・。その手もあったかと、心配しております。考えていてもはじまらないので、結果は小林さんに任せて、山元さんは周りの人々をゆっくり見ていて、なぜ、いっしょにこの世の中にいるのだろうと考えてみてくださいな。」というようなメールをくださいました。本当にどうして、こんなに優しい方ばかりなのでしょう。
 飛行機は少し遅れて出発。すごく揺れました。小松に近づいてもっと揺れだしたので、最初は「どうにか小松について」と思っていたけれど、「とにかくどこでもいいから、無事降りて」と思うくらい揺れました。
 それでも、雨の強風の中、無事小松に到着。ああ、よかった。無事付いたことも、戻らなくてよかったことも、本当によかった・・とさっそく小林さんや星山さんに報告しました。
 ところで、私の車なのですが、金曜日の帰りに、お買い物に行ったときに、ガソリンがなくなってることに気が付いたのに、そのときはガソリンスタンドがもうあいてなくて、しょうがないから、明日の朝にしようって思ったのに、土曜日の朝、早くてやっぱりあいてなくて、そして今日の帰りこそはと思ったけれど、やっぱり、また遅くなってしまったので、開いていないのです。ああ、明日の朝、ガソリンスタンドまでだいたい10qくらい・・・私の車、ガソリンがそれまで持つのかな・・・
ああ、飛行機がちゃんと着陸したのに、一難去ってまた大変・・私の運命はいかに・・・明日につづく・・・

2月21日 朝起きてテレビをつけると、天気予報はどこもかもお日様だらけ。前の日に熊本の友人のこがさんから、メールで「明日熊本は温かくなりそうだから、コートなどで調節できるようにするといいよ」というメールをいただいていたので、じゃあ、今日はコートなしで出かけようと決めました。カーディガンだけをはおって、飛行機へ。福岡につくなり、温かい空気が身体をつつみました。それもそのはず、福岡の外の温度計は20度を指していて、「あれ、気温のことかなあ、本当かな」と思うくらいです。でも、小松も今日は16度もあったのですって。ところで、福岡空港には小林さんがお迎えにきてくださっていました。そして、熊本行きの高速バスの時間まで、喫茶店に入って時間をつぶしていたら、大変なことに気が付いたのです。それは「東京から小松へ帰る飛行機のチケットを家に忘れてきてしまった」ということでした。あーん・・どうしよう・・・小林さんに言うと、小林さんはすぐに「きっと大丈夫だから」とおっしゃるのです。どうして、「何してるの!!」とか「しっかりして」とかおっしゃらないのでしょう。本当に優しいのです。「何でもできたら、僕がいる意味がないから大丈夫だよ」って。カウンターで聞いてくださって、羽田から、いったん小松行きのチケットを買って、もうひとつの家にあるチケットで払い戻せるということでした。ああ、私って、どうしていつも何かしてしまうのだろう・・・高速バスで福岡から熊本まで。熊本の県庁前のバス停には、こがさんご夫婦と、高校時代からの親友の弥生ちゃんが待っていてくれることになっていました。なんだか涙が出そうになるくらいうれしい。熊本に呼んでくださっておかげで、こうして、お友達にも会える・・・。バス停で出会ったあと、こがさんのおうちに連れて行っていただきました。こがさんのおうちは車いすや座椅子などを作っておられる工房があって、そこを見せていただきました。はたしてそこには素敵な車いすがありました。背中に熱を持たないように、背中にファンが内蔵された車いすや、座席にも車のシートにもなるものや、とにかく、使い手のことを思って工夫された車いすがいっぱい。「地域の学校に通ってる友達が、!ねえ、なんでこんなのに載ってるの?”って言うんじゃなくて、”かっこいいなあ、そういうのに載りたいなあ”って言うような車いすが作れたらいいな」とこがさん。
 会場は熊本のつるやという大きなデパートの上の階でした。とっても素敵な会場に、たくさんの人が集まってくださって、はいりきらなくて何人も断ることになってしまったんですよと教えてくださいました。主催者の方は、去年の夏のちょんみさんのコンサートでたんぽぽ会をしたときに来てくださった方々で、1年かけていろんな準備をしてくださったということ。本当にありがたいです。
 講演会も本当に一生懸命耳を傾けてくださって本当にうれしく感激でした。本もたくさん買ってくださってありがとう。それからチケットや後ろの絵や、おまけのお菓子や素敵な物がいっぱいだったのです。うれしかった。
 懇親会では、馬刺しやからしれんこんやぐるぐるまき、だご汁というった珍しいものを食べさせていただきました。
 もう、なんだかみなさん暖かくて、うれしくてうれしくてたまらないのです。幸せだなあと実感しています。熊本、きっときっとまた来たいです。みなさんありがとう。 

2月20日 朝、気が付いたら、コートを着ないで車に乗っていました。それだけ温かくなったのですね。体育の時間も、それから避難訓練もあって、外に出たけれど、上着がなくても、寒くなくて、本当にいい気持ちでした。
 クラス以外にも、授業は一緒じゃないけれど、友達はいっぱいいます。たくちゃんは朝の会のときに、窓からのぞいていてくれます。それで、戸をあけると、わぁと笑いながら逃げていきます。そして、お昼に廊下で出会うと、やあと手をあげて、たとえば今日なら「2月20日の朝、かつこ先生とまてまてーってしたね」って声をかけてくれるのです。「先週の土曜日、セーラームーン観ましたか?」「先々週の土曜日はどこかへ行って観れませんでしたか?」って聞いてくれるのです。隣のクラスのなおくんはやさしく頭をなぜて「おまえーおそいぞー」とか「おまえなにしとるんやー」とか言ってにこにこ笑っています。そばで、やまくんがなおくんに「もう一回やれやー」とそばで言って、くすぐってやれやーとか言うのです。それで、二人のことをちょっとくすぐったりすると、やまくんがすかさず、私のことをこちょこちょってします。遠くからだったり、給食の時、座席の後ろからプロレスの技をかけるまねをして、えいなんて、声をかけてくれる友達もいます。それから「あっちょっちょ」って言って私に「だめだーめ」って言ってもらうのが大好きな男の子もいます。「凛ちゃん元気?いちじくちゃん元気?妹は元気?」と毎日声をかけてくれる違う学年の女の子もいます。いつも難しい顔をして歩いているけれど、会うと必ず、じゃんけんをして、勝つまでして、それから、そのときばかりは笑いながら、かけてく男の子もいます。違う学部の生徒さんで「ちゅーはだめね」って毎日言ってくれる生徒さんもいます。
 廊下を歩いているだけで、教室へ向かうだけで、とっても楽しくて、すごくうれしい・・・。
 みんなはたいてい高校1年生だから、まだ学校に来て、一年なんだけど、こんなふうに、みんなと仲良くなれるのに、全部自分を出しても、おいかけっこしても、こちょこちょしあっても、だめだーめって言ってもらっても何しても大丈夫なんだなあってお互いが分かり合えるのに、やっぱり時間というものが必要なんだなあとこのごろ思うのです。そしてそういう関係になってから、きっといろんなことが、初めて始められるんだって、そんな気がします。
 明日は小松から福岡まで飛行機で行って、そして、そこから熊本までバスで行きます。熊本のみんな、待っててね。とっても楽しみ。次の日は東京で天外さんにお会いすることになっています。  

2月19日 私ね、守られているなあって思うのです。・・・。何に?うーんと何かわからないけれど、本当に守ってもらっているなあと思って、本当に周りの人にもその偶然というか、見えないものにも感謝の気持ちでいっぱいです。
 昨日の入試の後かたづけのときも、使った美術室の重い机をもとに戻すとき、一人ではとうてい動かないなあと重いながらも、動かそうと手をかけ、動かなかった瞬間に中学部のともこ先生(力持ちなのです)が入ってこられて、(教室の中だから、誰もいないことのおおい部屋なのです)さっと一緒にもってくださって、椅子も全部手伝ってくださって、私一人ではとうていできっこなかったのに、あっという間に教室が元通りになりました。保健室からもってきた、着替えのときの目隠しのついたては重いから、階段をのぼって、二階に返せるかなあ、(用意はみんなでしたのです)とでも、抱きかかえて上ろうとしたとたんに、さっと後ろから山岸先生が、持ってくださって、「ご苦労様」だんて声をかけてくださって、保健室に返すことができました。それで、次にござを片づけようとしたとたん、ござがかかえきれず、中心の部分が下へおっこちそうになってしまったら、ちょうど白後先生が通りかかって、昔からお友達なものだから、「手伝ってほしい」って言ったら、「えー、急いでるんやって」って行ってしまったかと思ったのに、すぐに戻ってきて「何してほしいんや」って。けいこ先生も通りすがって、手伝ってくださって、倉庫の前まで運んでくださったのです。ところが、鍵がかかっていて、どうしようかなと思ったら、今度はミヤプーと尾崎先生が通りかかって、それから、鍵も貸してもらって、やっぱり一人だったらござを倉庫の上へはあげられなかったけれど、大丈夫で、それから、たとえば駐車場に車を停めようとしたら、さっと目の前の場所の車がちょうど出て行くところだったり、あと10分で電車が出るときに、もうタクシーが通りかからないと乗れなくなるし、次の電車の乗り換えももうだめだというときにも、タクシーが通りかかって、「ここはあんまりタクシーが通らないのに、よかったねえ」って言ってくださったり・・・そんなときは、やっぱり、周りにいる人にも、”偶然”にもそれから、やっぱり見えない力にもみんなに感謝したい気持ちです。 

2月18日 おだやかな春が来たことを感じさせる一日でした。今日は高等部の入試でした。おうちの方と一緒に、少し不安で、でも期待もいっぱいあっての試験の日。私は制服の採寸のお手伝いをしながら、生徒さんともおうちの方とも少しお話をすることができました。一人の女の子が、「お買い物にも行く?映画も観る?お友達できる?」と聞いてくれました。高等部へ来ることを楽しみにしてくれているんだなあとうれしく思いました。4月からの生活が、とっても楽しくて学校が大好きになってくれるとうれしいなあと思いました。
 雪がとけたら、春のお花をいっぱい植えたいな。パンジーやビオラやもっともっといろいろなお花。でも、また雪が降ったりすごく寒い日があったら、凍って枯れてしまうかなあ。いつもいつも毎年その辺がむずかしいです。あんまり遅くなると、お花をいっぱい卸してくださるところのお花が売り切れちゃうのです。

2月17日 明日は入学試検の日で、今日はその準備をしました。私は明日に限らず、制服や運動服やバッヂなどの係なので、明日も制服や運動服の採寸などのお手伝いになっています。どんな子どもさんたちと会えるのだろう・・・どんな楽しい月日が待っていることだろう・・とてもわくわくしています。
 昨日から、みいちゃんが風邪でお休み。すごくさびしいです。クラスの一人でもいないと、みんなやっぱりさびしくて、お休みしている人のことばかり考えてしまいます。明日は入学試検でお休みなので、あさっては元気に出てきてくれるといいな。
 このあいだ、たくさん降って辺り一面たくさん積もった雪が、春が近くて、温かい雨が降ったり、温かい気温のために、どんどんどんどん融けて、二階の教室から観ていると、田んぼのあぜの真四角い線がはっきりと目に映ります。雪が全部融けると、あぜは田んぼの中の色と一緒になるから、こんなふうに見えるのは今だけなのですね。
 宇宙の秘密の24をアップしました。このごろ、とても不思議な感じがすることがあります。6年ほど前(だったかな?)に魔女のお話を書いたとき、小さい頃から考えていたことを書いたつもりだったけれど、今、改めて宇宙の秘密という文章を書いていて、今初めて気が付いたり感じたりしたようなことを、魔女のお話では書いていて、もう、何年も何年も前に書いたのにどうしてだろうと思うのです。人はみんな自分で絵や文書を書いているようで、実は、自分の中の古い古い記憶だったり、どこか、たとえば宇宙のようなところとつながって書いているのだろうかというような不思議なことを思うのでした。  

2月16日 
ロード・オブ・ザ・リング3を休み中に観ました。3時間半くらいの長さはあったように思います。1.2を続けて、観ていたので、復習も予習もばっちりで、のめり込むように観ました。
 私、宇宙の秘密の24にも書いているところなのだけど、私たちの生きる道は、長い長い冒険の本のようなものなのかもしれないなあと思ったのでした。1冊の本は、読んでいる箇所が、読み手にとっては”今”で、読み終わったところは”過去”で、読み進む先は”未来”だけど、閉じられた本の中にはいつだって、過去も現在も未来もあり、あけて読み始めた場所が”今”なんだ。私たち一人一人はそれぞれの脚本のように、自分だけの本を持っていて、その物語の主人公として、精一杯生きることがきっと大切なんだろうなと、そんなことを思ったりもしたのでした。

朝方雪が降ったけれども、もうやっぱり春の淡雪。あっという間に消えていきます。

2月15日 前の学校の感謝祭に行ってきました。学校を出てからたった2年。たった2年だけど、なつかしい感じがしました。そこには大好きな子どもたちがいて、そして、かつて同僚だった人たちもいます。階段のところに、大きな大きなキルトのタペストリーが飾ってあります。これは感謝祭が始まった年に、全国の人に呼びかけて、真四角の小さいハートで作ったキルトのピースを送っていただいて、それをみんなでつなぎあわせて作った、思い出のキルト。たんぽぽの仲間のみなさんからもずいぶん送っていただきました。もう亡くなってしまわれたかたのピースや、お会いしたことはないけれど、メールでやりとりをしていた方のピース。こんなに大きなキルトによく仕上がったなあなんて、そんなことも思いました。バレンタインがおわって、瀬領養護の感謝祭が終わったら、すぐに卒業式。春はもうすぐそこですね。 

2月14日 ヴァレンタインディ。好きな人に好きって言いたい・・・大好きな人っていっぱいいるよ。このごろね、すごく思うこと、なんだかねみんな大好きだよ。みんな優しいもの。みんな通りすがりの人だって、お店でちょっと会った人だって、顔があってにっこり笑ってくれたらもう大好きだよ。あのね、毎日通る道に料金所があるの。何人かの方が働いておられて、一人の人はいつもいつも怒ったみたいな顔してる・・最初はチケットをもぎとるようにもっていっちゃって、おはようございますって言っても、ありがとうって言っても知らん顔だったの。でもね、このあいだね、「あの、あんた、気をつけていくんだよ」って声をかけてくれたの。やったー。大好きだよ。それから仲良しだよ。
 ロード・オブ・ザ・リングの3番目の公開がはじまって、すごく観たいんだけど、でもためらっていました。というのは、本も読んだのに、1番目を観て、よくわからなかったのです。誰が誰だか・・二人ひげのおじいちゃんが出ておられて、いったいどっちのおじいちゃんがいいものでどっちのおじいちゃんが悪いもの(こんないい方でごめんなさい)なのか、ごちゃごちゃになってしまうし、それから、旅の仲間になった人で黒いおひげの人が二人いて、その人もどっちがどっちかわからなくて・・・あ、そうか、私ひげに弱いんだ・・・ひげの人の顔が見分けられないんだな・・というのはおいておいて、そんなふうに見分けがつかなかったので、ストーリーがわからなくなっていたのです。そんなこともあったり、機会がなかったりして、2番目をみそこなっていました。でも、やっぱり観たいよね3番目。ということで、今日、1番目と2番目を続けてDVDで観ました。それでね、ひげの人も、なんとか見分けがついて、とってもとってもおもしろかったです。これで、3番目をちゃんと楽しめる・・・ストーリーも、まだ観たところだから、覚えてるし・・・早く観なくちゃ。
PHPの森本さんが、新刊を送ってくださいました。写真集。思わず涙が出ちゃう・・・胸がいっぱいになる本で、宝物の本のところにおいて、いつでも取り出せるようにしようと思います。世界中の子どもたちの泣いていたり笑っていたりする情感が溢れる写真と、筆者の自分の昔のお父さんやお母さんやおじいちゃんやおばあちゃんとの気持ちの通わせあいのエッセイが書かれていました。「涙」誰かに会いたくて・・長倉洋海・・PHP出版。
 森本さんは私の大好きな方のお一人です。いつかいつか、一緒に本を作りたいねと言ってくださる森本さん。私もきっときっといつかと思います。私の夢のひとつでもあるかなあ。 

2月13日 今日は私の学校の研究協議会の日。それでお客さんがいっぱいなので、少し離れたところのスポーツセンターや公民館に駐車場をお借りして、私たちはそこに停めることになっていました。歩いて10分か15分かかると聞いていたのと、初めてのところなので、心配になって、朝早く家を出ました。スポーツセンターについたら、入り口に鉄の棒でゲートが作られたものが、置かれてあって中へ入れませんでした。どうしようかなあ・・・と教頭先生に「鉄の棒のゲートどかしていいですか?」と電話をかけました。「ひとりでどかせるの?」「わからないけどやってみます」そして、重くてどかせませんでした。あーあ、誰か来るまで待っていようかなあとまだしつこく少しくらいは動かないかなあと鉄の棒を押していたら、後ろから、「動かす?」と声をかけてくださった方がおられました。近くの高校生の男の人。軽くどかしてくださって、じゃあと言ってしまわれました。ああ、優しい人だったなあと学校に着きました。
 学校では、前々から準備ができていて、それの最終のチェックを係の人がしていました。子どもたちに持って行ったチョコレートぴすけっとを渡すと、それぞれに手紙を書いて、みんなちゃんと自分で恥ずかしそうに持って行って、うれしそうに帰ってきました。もらった人たちもきっとうれしかっただろうなあ。
 お昼から講演会・・・(東海大学の先生の講演会)。ひろ先生が「ますくら先生が探してたよ」と声をかけてくれました。うれしい・・・だってますくら先生大好きなのです。来ておられるんだ・・・姿を見つけて飛びつくようにしたら、先生が、ベトナムのおみやげをくださいました。「あなた暮れにつらかったのね。私そんなこと少しも知らなくて、一人でうきうきして、ベトナムにいて」なんておっしゃるのです。つらかったのねというのは、雪絵ちゃんのこと。でも、ますくら先生が楽しい気持ちでおられたら、私も楽しくなれるから、そんなごめんなさいだなんて、そんなこと少しもないのに、なんて優しいのでしょう。会うだけで、お顔を見るだけで、もう、私うれしくてすごく元気になれるのです。おみやげの中に、足でけりあげて、はねつきみたいにする、ベトナムの羽がありました。うれしい・・・みんなでやってみたいです。この遊びは韓国にもあったなあ・・
 夜、川北町で講演会(今度は私の)昔一番最初の学校で一緒になった先生が来てくださっていたり、それからみいちゃんの中学校の先生がおられたりで、うれしかったです。それから、宮本先生がきてくださっていたのです。この日記を昔から読んでくださってる方はきっとご存じなんだけど、宮本先生もまた私の大好きな人なのです。いつもいつも、前の学校のときはそばにいました。どちらからどうということなくそばにいました。宮本先生といるとやっぱり元気になれるしやさしくなれる・・・
今日は大好きな人にいっぱい会えた日でした。うれしい日でした。 

2月12日 明日は、私が毎日通っている明和養護学校の研究協議会というのがある日です。全国から、県内から、たくさんお客さんが来られて、授業を参観されたり、一緒に討論したり、講演会があったりする日です。学校の職員も、もちろん参加しますが、いろいろな係が当たります。私は去年に引き続いて生け花の係になりました。先輩の堅田先生が、たくさんお花を用意してくださいました。春の花が、生け花に使った、美術室いっぱいに春のにおいをさせていました。フリージア、バラ、マーガレット、ガーベラ・・もも、カラー、もっともっといろんなお花。体育館に飾る大きな見事な生け花は堅田先生がいけられました。すごく大きい生け花で、力がある素晴らしい作品で、ああ、あんなふうに私も生けられたらなあと思いました。私は竹居先生と一緒に10個くらいのアレンジメントを作りました。すごく楽しくて、竹居先生が「今年もこの係になれてうれしいね」と言っておられて、私も本当にそう思いました。こんなにたくさんのお花を自由に選んで生けることができることってそうそうないのですもの。
 あさってはヴァレンタインデー。でも、学校はお休み。みわちゃんが、「加津子先生は誰にあげるの?」って聞いてくれました。「ないしょよ」なんて言ったのです。みわちゃんは、考え中なんですって。クラスの子どもたちも、みんな誰かにあげたいなあって言っていたので、チョコビスケットを用意しました。「袋につめて、明日持って行ってあげるね」と約束しました。明日、子どもたちは誰にあげるのかな? 

2月11日 おとといからどうやってもパソコンが切れないのです。どうやっても・・・それで、蓋をしめると、休止になるから、ずっとそれを繰り返しています。別に不都合はないけど、やっぱりなんだか気になるのです。スキャンをかけたり、いろいろしてるけれど、どこにも故障とかウィルスとか言わないしなあ。
 いちじくと凛を洗濯しました。お風呂に一緒に入るのが好きなので、大喜び。湯船で一緒にいいお顔をして使っています。でも、乾かされるのが嫌いです。とくにいちじくはそういう毛質なんだと思うけれど、なかなか乾きません。乾かないとすぐに毛玉になってしまう・・だから、しつこくドライヤーをかける・・だから、イヤなんだと思う。だれだって、束縛されるのは嫌いだものね。
 このあいだの生活の時間に、ちょんみちゃんの「小鳥とすずと私」という曲を歌う練習をしました。金子みずずさんの詩にちょんみちゃんが曲をつけたもの。すぐに覚えて、みんな楽しそうに歌います。「この曲はね、自分のこと、好きでいていいよ。っていう唄だと思うの。みんないろいろだけど、だからこそ、素敵という唄だと思うの。みんなは自分のこと、好きかなあ」と聞きました。みいちゃんは「うーん。あんまり好きじゃないけど」って。えんちゃんは「あんまりわからない」って。りょうちゃんは、「好き?」って言うと「好き」って言う。「嫌い?」って言うと「嫌い」って言う。「どうかなあ」って言うと「どうかなあ」って言いました。どうなのかなあ。柴田先生は「一生懸命好きなことを館張ってる自分は好きだと思う」って。向山先生は「好きになろうって思う」って言いました。まさるちゃんは「うん、まさるのこと、好きやねえ」って。私は、いつも、子どもたちに自分のこと好きでいてほしいなあと思うのです。学校にいるあいだに、一緒に何を一番学んだらいいと思う?って聞かれたら、卒業するときまでに自分のこと、好きって思えるといいなあって思う。そう思うんだ。 

2月10日 いいお天気。夜からずっと晴れていたので、朝方の気温は、マイナス5度とずいぶん冷え込みました。車のドアも凍り付いてあかないくらい。積もった雪の表面も凍って固くなっていて、歩いても、下にごぼらなくて(ごぼるっていうのは、沈み込むということかな?ちょっと違うなあ・・。標準語にしにくいです)歩くとすごくおもしろいのです。二階の教室から下を見たら、宮むーちゃんや竹田先生が、にこにこして、雪の上を歩いて遊んでいました。「字を書いて・・」と上から叫ぶと、二人で歩いて、あまり沈まないからはっきりとはかけないのだけど、「LOVE」の文字。「沈みそうで沈まないのがすごくおもしろいんだよ」と宮むーちゃん。でも、お日様の力はすごくて、10時頃には雪が柔らかくなって、ごぼるようになっていました。お昼休み、絨毯をお日様があたっているところに持って行って、かなちゃんやゆかちゃんやまーちゃんとくっつきあって、お昼寝しました。ぽかぽかして、なんて気持ちがいいのでしょう。お天気だとそれだけで、もううれしくてたまらなくて、幸せな気持ちになります。
 夜、夏の旅行で友達になった、あゆみちゃんが、自動車学校で免許をとるために、2週間小松に来ていて、それで、やっぱりペルー旅行で一緒だったyamaさんご夫妻と、4人で食事をしました。旅っていいですよね。何日間か、朝から夜までずっと一緒。どんどん仲良くなれて、今ではみんな私のかけがえのない友達です。楽しくうれしくおしゃべりをして、食事をしたら、あっという間に時間がすぎました。帰り道、10日月が、大きく空に光っていました。明日も凍っていそうです。

2月9日 ギンギツネのトーシーさんから、しらさぎの座席の謎についてのメールをいただきました。というのも、浜松からの帰り、しらさぎにのって、シートの背もたれが、壊れていて?よりかかるとどこまでもとまらず倒れるし、力を抜くと背中にシートがついてきて、ばねで、垂直よりも背中が前になるので、緊張して、次の日に、背中の筋肉痛になって、原因は、それかなあと私が思ったという事件?があったのです。「シラサギの背もたれが倒れてきて・・・車掌さんに伝えたら、座席の向きをしっかり回転させてください。故障ではありません。と言われた・・・故障ではないけれども、欠陥だと思った。シラサギの背もたれの謎は解明」ああ、そうだったのですね。そっかあ・・・トーシーさんも、そうだったのなら、きっと一本の電車の中に、30人くらいは背もたれが倒れてきて、困り顔でのっているかもしれない・・・そう思うと、(みんなが困ってるのにこういうことを言うのはおかしいけれど)なんだかおかしくなっちゃうのは私だけでしょうか?

 5月の唄会は誰でも行けるのですか?というお問い合わせがありました。はい、もちろんです。ですけれど、私の家でするので、そんなには入れません。お隣の人とくっついて座って、いったいどれくらいかな。50人も入れるかなあ・・もっと入れるかなあ・・というくらいです。それから、夏の集まりのために、コンサート会場の会議室をyamaさんが、予約してくださいました。私、今まで呼んでいただくばかりで、イベントのお世話のようなことをしたことがありません。どうしたらいいのか、少しもわからないのですが、楽しみです。たとえば、小松の駅前にあるホテル。一人で泊まると、4800円だったかな?で、二人だと6800円くらいで、3人だと、8800円くらいだったように思うのです。朝食付き・・そこだといいなあと思うけれど、花火のところまでどうやってみなさんに行っていただいたらいいのかなとか、コンサートの会場まで、電車で行って、そこからはタクシーになるのかなあとか、そんないろんなことが、心配。みなさん助けてね。

2月8日 冬は蟹の季節です。石川の橋立や、福井の越前町は蟹をゆでる湯気がもうもうと立ちこめています。でも、蟹って、やっぱり高くて、なかなか地元の人の口の中にも入りません。ずわい蟹イッパイ5000円だったり、1万円だったり。ところが、見つけたのです。イッパイ800円だとか、1000円で売られているりっぱな蟹を。それで3バイも買いました。ゆでたての熱々の蟹はとってもおいしかったです。
 でも、売っておられたおじさんが、「これはね、本物のずわいじゃないんだよ。これは水ガニってこっちでは言ってて、殻がやわらかいの。でも味は変わらないよ。だから、地元ではみんなこれを食べるんだよ」って。なるほど、そこは、地元の人がよく買いに来ておられるスーパーでした。ずわいかなあと思っていたので、最初は、え!?そうなの?って思ったけれど、おいしくてすごく安かったので、やっぱり、よかったです。
 今日、一太郎の新しいのと、それと、音楽のソフトを買いました。作曲したのに、伴奏をつけてくれたり、譜を書いてくれたりするソフトです。
 下手だってわかってるけれど、歌を作ってみたくなったの。

2月7日 今日も雪。福井の三国で、ウォン。ウィンツァンさんの海より遠くのコンサートがありました。ジョイントは奄美の島歌を歌われる朝崎郁恵さん。
 三国は11月に講演会に世呼んでいただいたところで、会場は同じみくに文化未来館。そしてまた、スタッフとして、動いていらっしゃった方も、講演会のときに同じくスタッフをされていて、大変お世話になった方でした。それで、たくさんの方に声をかけて頂いて、とってもうれしかったのです。
 ウォンさんは、このHPにもよく登場する、SONYの天外さんのお友達でもいらっしゃることで、よくお名前を耳にしていました。それから、NHK番組のテーマ曲を何曲も手がけていらっしゃったりして、ずっとお会いしたいなあと思っていた方だったのです。
 ああ、素敵だったなあ。ウォンさんのピアノ・・・うっとりして、聞いているととてもとてもいい気持ちになるのです。それから、朝崎さんの歌声がまた、素晴らしかったです。朝崎さんは2年前に67歳にして、メジャーデビューされたのだそうです。海や奄美の島が目に見えるように感じました。
 コンサートのあと、お会いしたウォンさんはとても気さくな方でした。「山もっちゃんって、もっと年配の人かと思ってた・・・」と言われて・・うーん、なんて答えたらいいのでしょう。次の次の日曜日に、天外さんのイベントがあって、そこでも、お会いできることになっていて、もっともっと、いろんなお話がしたいなあ、できたらいいなあと思いました。
 ところで、今日は全国的に雪が降ったのだそうです。九州にも、それから、太平洋側にも・・・。風邪が流行ってきています。どうぞみなさん、気を付けられてくださいね。 

2月6日 このごろ、クラスに縄跳びがあります。みんな小さい頃からしていて、上手です。私は小さいときからすごく下手でした。ときどき縄跳び大会というのがあって、笛と一緒に一斉に跳んで、ひっかかったらその場に座るというのがありました。私はいつも一番にひっかかるので、一番最初に座っていて、それが、ちょっと悲しかった。でも、今から思うと、それでもよかったような気がします。たくさん跳べた人はきっととてもうれしいもの。そして、縄跳びが得意な人がいて、お花の名前をいっぱい知ってる人がいて、算数の得意な人がいて、本をたくさん読むのが好きな人がいて、・・・みんないいところがいっぱいあって、それでいいのだもの。
 ところでそんな私が、今、教室で縄跳びで跳ぶとみんなが、笑います。「それって本当なの?」とか「ああ、やっぱりすごいなあ」とか、ほめられてるのじゃなくて、どうやら、あきれられているようです。そんなにひどい飛び方なのかな?昔はちょんちょん跳びと言って、二回ずつしか跳べなかったのだけど、今は一回ずつ跳べるようになったのだけどなあ・・・どこが、いったい違うのか、今度、鏡にうつしてみます。 

2月5日 千代さんが、立春の日ということで、「花」という原稿をアップしてくださいました。 
 人は、会うこともできない人を、いったいどれくらいずっと好きでいられるかなって、お友達が私に聞きました。どうだろう・・・他にいろんな人に出会って、それでも、一人の人だけを何年も何年も好きでいること。
私はできるかもしれない・・・その人の思い出がきらきらきらきら、蘇ってきて、好きな気持ちでときどきいっぱいになったりするから・・・でも、自分のことは横においておいて、人の気持ちは変わるものだという気もします。それは仕方がないことだし、だからこそ、前へすすめるのだから・・いつまでもいつまでも好きでいることはやっぱりつらいことだという気もするよ。素晴らしい恋に巡り会って、前へ進めたらその方がいいことだって、いっぱいあるよね。
 このごろ、私たちの学校で流行っている物のひとつに、ハンドクリームがあります。名前は「ささくれひび割れ手肌ガード」つけても、べたべたしないところがすごくよくて、それで効果も長持ちするところがいいのです。いろんな人のお机の上に載っていて、ああここでも、使われてるって思うのです。オススメ!!

2月4日 立春は今日でした。でも、また雪がはげしく降り出しました。私は夜、雪がしんしんと降り出すとは、夜に海に降る雪を思うのです。真っ暗な空から、真っ暗な荒れる海に、雪は静かに静かに降っていきます。風が吹くと、カーテンのようにオーロラのように、揺れたり、海面の上に薄く湯気がたって、それが、あやしく光るように見えたりします。私は海に降る雪のことをあこがれているのだと思う・・・。夜、おふとんの中で、長い時間、海に降る雪のことばかり考えるのです。
 このあいだムーミンのことを書いたらムーミンのメールをずいぶんいただきました。福島のさらちゃんは「小さいとき、ミーと呼ばれていました。あのいじわるで、勝手で、わがままな小さいミーです。私はそれがすごくいやだったのだけど、今、昔のアルバムを見たり、自分の子の言いたい放題の様子をみていると、私はきっとミーだったのだと思います。そして、自分の子どものわがままのために、ミムラ姉さんの役を演じています」なるほど・・・。東京の課長さんは「僕はスナフキンにあこがれていました。それなのに、あまりくわしくなくて、スノークだと勘違い・・・スノークのようになりたいんですと語る私に、部下が、ああ、よく似ていますねと言ってくれて、そのたびに、うれしく、いい気になっていたのに、ある日、何気なく見た、銀行のちらしに、実はスノークではなく、スナフキンだったと判明。しかも、スノークは僕が一番嫌っていたキャラだったのだあああああ・・・」というメールはとても私の中で受けました。あははは・・・私も昔で言えばのんのん、今はフローレンになりたかったな。今、大阪の方で毎日ムーミンが上映されているとか・・・ああ、みたいなあ・・みたいなあ・・すごくみたいです。 

2月3日 今日は節分。ゆかちゃんが、「私節分の日に、かっこちゃんとおそろいの髪型にする!!」とずっと前から言っていました。夏にみいちゃんのお母さんの美容院で、かなちゃんとゆかちゃんが、髪の毛を切ったとき、ゆかちゃんと私の髪型が同じだったから、ゆかちゃんは「私たち、双子だよね」なんて言ってくれてたのです。(双子というのにはずいぶんと無理があるとは思うのだけど)私は何度もそれから髪を切ったけれど、ゆかちゃんはそれからずっとのばしていました。このあいだ、私が短い髪になったのをみたゆかちゃんが、「私も切る・・また双子になる!!」と言ってくれて、そして、それを実行するのが今日の日でした。
 それで、私は今朝、髪を切るときに使う道具を今日持っていきました。すきばさみ、かみ切りばさみ、それから、首の回りのマントのようなもの。私ね、ちょっと髪を切るのは得意です。本当なの。それで、ゆかちゃんの髪の毛を切って、すきばさみですいて、すごく可愛くできあがりました。ゆかちゃんはとっても喜んでくれたのです。それでね、出会う人が「あれ?ゆかちゃん髪の毛?朝、長くなかった?」って驚いていたら、「おそろいだよ」って言ったり、気が付かない人には、髪をさわって、アピールして、ほら、切ったよって、話してまわって、みんなに可愛いっていっぱい言ってもらっていました。私もすごくうれしくなって、一緒にゆかちゃんの髪型をアピールしてまわったのでした。
 それから豆まきもしました。クラスのまあちゃんは豆好きなので、豆まきは大喜び、ちょっと外に「鬼は外」と言って巻いたあとは、豆をひとつぶとってはニコニコ笑っていました。
 今日は節分だから、立春になるのかな?日がずいぶん長くなりました。学校の帰り道も真っ暗じゃないのがうれしいです。 

2月2日 奇妙な日でした。朝から、何人もの人に、「夢に出てきたね」と言われました。それからメールでも、同じメールをいただきました。私はあちこちへ出かけて、そして、どうもいろんなことをしているのです。空を飛んだり、穴を掘ったり、踊っていたり、ご飯食べてたり、きゃー・・ちょっと言えないわーというようなことをしていたり、本当に私ったら、夜の間にあちこち出かけて何をしているのでしょう。そういえば、今朝、なんだか切なくて目が覚めました。私、もしかして、さびしいのかも・・・もし、夢におじゃましたら、優しく受け止めてね。
 この2,3日温かくて、雪が融け出しました。ムーミン谷の春みたい・・・遠くのかすんで見える山をみて思いました。スナフキンはまた旅に出たくてウズウズしているだろうか、モラン(
まわりのものをすべて凍らせてしまう女のおばけ。ムーミントロールだけがモランの孤独を理解します。ムーミンのホームページより)は口のはしっこを少しだけあげて、笑っているだろうかと思ったのです。
 同僚の宮プーが、みんなの応援で減量をしていました。宮プー75キロ計画が成功しました。金曜日、なんと73,7キロ。パチパチ。2ヶ月で10キロ。今日机の上に、祝七拾五sというのし紙がついた、お菓子が載っていました。そのお菓子はケーキとかラーメンとかおでんとかの模型のおまけがついているラムネのお菓子でした。でも、今日はもう、七四,五sだったのですって。今後がちょっと心配。

2月1日 おおまきちまきちゃんのコンサートがyamaさんのおうちでありました。大好きなちまきちゃんの歌を、大好きなみんなと一緒に聞きたい・・・きっとyamaさんはそういう思いがあるのでしょう。私もおんなじ気持ちです。今日は、やっぱり大好きな同僚の宮むーと宮プーが来てくれました。大阪のあゆみちゃんも、小松に用事があって、しばらく来ていて、やっぱり来てくれました。福井からも、仲間がちまきちゃんの歌を聴きにこられていました。
 あいかわらずの透き通る声が胸に沁みました。ちまきちゃんは神戸の出身。それから障害を持っておられる方へのヘルパーさんもしておられて、それから、「ひきこもり」と言われる方との関わりも大きいのです。それで、歌の合間に、たくさんの思いを本当に謙虚にそして、やさしく、語られました。そして、その思いを歌にして歌ってもくださいました。昔、yamaさんがおっしゃっておられたことで、「難しい講演会で、難しいお話を聞いて、それが心に届くとは限らない。ちまきちゃんやちょんみちゃんの歌を聴くことで、もっともっとその気持ちが心に届くなあと思った。だから、僕はコンサートを開いて、たくさんの人に歌を聴いてほしいと思う。それが僕のできること」
 ちまきちゃんの新しいCD「お父さん語ってほしい」をやっと手にすることができました。万歳。
 5月8日は私のおうちで、コンサートがあるよ。 

1月31日 先日講演会を開いてくださった静岡の市川さんから、市川さん手作りのパンと、お菓子の箱詰めが届きました。わーぁい!市川さんありがとう。市川さんのパンは素人だなんて、思えないできあがり。それもそのはず、市川さんの夢のひとつはパン屋さんを開くことなのですって。こんなにおいしいパンやさんが私のおうちのそばにあったら、私はいつも通うなあって思うのです。夢って、思っていれば必ずかなうっていつも思ってるのです。だから、市川さんの夢も絶対にかなうよね。だってこんなにおいしいし、そして、市川さんには素敵なお仲間がたくさんおられるし、仲良しご家族が、きっと大きな味方だもの。
 それからもうひとつ、たかはしべんさんの音楽事務所のなみさんからお手紙と冊子が届きました。べんさんとなみちゃんは雪絵ちゃんのお友達。雪絵ちゃんの病院で、コンサートを開いてくださったことがあったり、それからも、何度もお手紙を交換されたいたということを雪絵ちゃんからも聞いていました。なみさんや埼玉のお友達は、埼玉の地で雪絵ちゃん追悼の集まりをもたれる予定だとか・・・それから名古屋のお友達も名古屋でそのような予定があるとか・・・本当に雪絵ちゃんはいろいろな場所に大切なお友達を持っていたのだなあと、改めて思います。ずっとベッドにいた雪絵ちゃんだけど、本当にいろいろなところに雪絵ちゃんは旅していたのですね。作家の高田宏さんもまた雪絵ちゃんのペンフレンドでした。キョンナムさんと高田さんが東京で、会われて、雪絵ちゃんの思い出をお酒を飲まれながら、お話をされたということもお聞きしました。雪絵ちゃんは、たくさんの人の心にきっときっと生き続けていくよね。
5月8日のちまきちゃんのコンサートを私のおうちで開くことになりました。講演会の予定のところをみてくださいね。

1月30日 今日は、雪遊び。朝、雨だったので心配しましたが、学校を出る頃には、晴れてきて、日焼けが心配なくらいのいいお天気でした。ゆかちゃん、かなちゃん、みいちゃんと宮むーちゃん(宮村先生)と私、5人がスキーを履くのもやっとのこと、あーあー、と叫んだり転んだりしながら、少し歩いたら、もう「お昼だよ」の声がかかってびっくりしました。お昼にカレーライスを食べて、とにかく、リフトに一本だけでも乗ってみよう・・少々無謀かなと思いながらも、乗ることにしました。でも、二人乗りのリフト、どうやって5人で上へあがろうということになりました。そのリフトは初心者向けのリフトで、降り口で男の方が手を添えてくださるのです。最初はゆかちゃんと私が乗って、もうすぐ降りるというようなときに、大きな声で「お願いします」と声をかけると、リフトをゆっくりにするボタンを押してくれるのです。降り口だけが少しスロープがきついので、ドキドキしながら、ゆかちゃんと手を組んで降りました。「ここで、待っててね。かなちゃんとあがってくるまでね」と上でゆかちゃんに待っていてもらって、今度はみいちゃんと宮むーちゃん、私とかなちゃんであがりました。かなちゃんを抱きかかえるようにして、あとの二人はなんとか転びながら降りてきたら、大変・・・集合時間にもうなっていたのです。
 びっくりするほど、時間のたつのが早くてびっくり・・・時間って魔法みたいですね。3人ともにこにこと笑って、「また来年しようね」と言ってくれて、ああ、よかったと思いました。

1月29日 毎日いろんなドジなことをしてしまいます。昨日は車の中に、おもちゃのプラスチックの(でも、分厚い)ダイヤ?の指輪を発見。落とした覚えもなかったのだけど、指にはめてみたら、右手の薬指にちょうどだったのです。そのまま眠ったら、夜中に指に違和感を覚えました。みたら、手がむくんで腫れていて、指輪がはずれなくなっていました。でも、そのときになんとか取ればよかったのだけど、手を上に上げて眠れば、大丈夫かなあとまた眠りました。次に起きたときに、指が紫色に、ああ、大変。いそいで、飛び起きて、石けんをつけてみたり、糸で巻いてみたり、いろいろするけれど、とれないのです。指はいろいろすることで、ますます腫れてきて、痛くなってじんじんしてきました。病院が開くまで何時間もある・・・えーん。でも、なんとかペンチが見つかって、バチンと指輪を切ることが出来ました。ああ怖かった。今も指が腫れています・・・怖くなって、もう指輪はしばらくしたくないなあ。
 明日いよいよ雪遊びです。待望の雪も降って、みんなとても楽しみにしているのです。雪があったら、もう文句がないはずなのに、腫れたら、日焼けしちゃうなあとか、吹雪いたら寒いなあとか、それならまだいいけれど、雨はやっぱり勘弁してほしいなあとか思っている私。ああ、楽しみです。

1月28日 NHKのハート展、みいちゃんの詩には歌手の一青窈さん(ひととようさん)が絵をつけてくださることになりました。NHKからお知らせがあって、すごくうれしくて、みんなで大騒ぎ。でもね、教頭先生や主事先生はね、あまりご存じなくて、「誰?何を歌う人?」とおっしゃいました。ああ、歌が上手だったら、こんな歌だよと歌ったら、きっとお二人も、「ああ」なんてわかってくださるんだろうけどなあ。他にどんな人が描かれてるのかなってトランペッターの日野皓正さん、モデルさんのはなさん、女優さんの釈由美子さん、タレントさんの松村邦洋さんや、パパイヤ鈴木さん、歌手の藤あやこさん、そして、イラストレーターや画家の方ももちろんたくさん絵を描かれています。伊勢英子さん、梅図かずおさん、戸部けいこさん、326さん、あべ弘士さん、古川タクさんなど。
 夜中の車の通らない時間に、一階建ての家より大きい除雪車が、音をたてて、通っていきました。窓のすぐそとの音をベッドの中で聞きながら、もし、あれが、戦車や戦闘車だったら・・・と思ったのです。カンボジアに行ったときのこと、ホテルのお隣のお店にでかけたときに、お店の前の池で、お魚釣りをしておられました。おなかがすいたら、すぐにお魚が釣れて便利・・と私が言うと、お店の人は笑って、本当だねと言いながら、でも、あれは爆弾が落ちてできた穴なんだよと教えてくれました。家のほんのすぐ前にその大きな池はあったのです。ついこのあいだまで、戦争が、世界中からなくなる日が近いかなあ、そうだったらいいなあなんて、のんきなこと、私、思っていたのに・・。 

1月27日 今日は父のお誕生日。今までそんなことをしたことがないのだけど、思いついて、インターネットで花キューピットのホームページをさがして、そこから、妹とふたりで父に花束を贈りました。今頃届いているかなあ。どんなお顔をして花を受け取るかなあ・・うふふ・・とちょっとうれしいのです。
 また今日も風花が舞っています。(雪がちらちらと風に揺れて舞っています)同じ0度という気温でも、晴れて降らなかったり、雨だったりするときと、雪が降りしきるときがあります。天気予報はそんなときに、「雪の降りやすい状態が続きます」というようなことを言います。ああ、きっと空にも気持ちがあって、泣きたかったり、笑いたかったりするんだろうなと思ったのでした。

1月26日 朝起きたら、なんだか背中が痛いなあって、車を運転しても、椅子に座っていてもなんだか痛いなあと思っていました。どうしてかなあ・・・って。そうしたら思い当たることがあったのです。昨日の帰りの電車、しらさぎの私が座った座席の背もたれが壊れていました。寄りかかると、どこまでも倒れていくから、油断できないのです。それで、寄りかかるのをやめると、ばねの力で私の背中にぴったりとついてきて、90度よりも狭い感じで圧されてしまうので、これが、ちょっと微妙なのです。そうやって、名古屋から小松までいたら、おもしろかったけれど、きっと背中のいつも使わない筋肉を使いながら帰ったのです。思い出したらおかしいのでした。
 昨日のうちに、静岡から携帯で、クラスのみんなに電話をして、スキーウェアーとそれからスキーを持ってきてもらうようにお願いしました。朝、まだ雪のためにバスが遅れていて、教室で待っていたら、遠くから「かっこちゃーん」というゆかちゃんの声が聞こえてきました。それでね、いつもなら飛んでくるのに、ゆっくりだからどうしたのかな?と思ったら、ゆかちゃんは背中に重いスキー靴とウェアーを入れたリュックをかつぎ、スキー板を手に持って、歩いてきたのでした。持ってみたらすごくリュックが重くて、ああ、この教室は玄関からずいぶん遠いから、がんばったんだなあといとおしくなったのでした。
 お昼に、竹田先生が、教室にマットをひいてくれて、そこでスキー靴を履いて、スキーを履いて、そこから、外へ出ました。金曜日に作ったスロープが大活躍。「明日もあさってもする?」とうれしそう・・・金曜日の雪遊びまでにはもっともっと上手になれるかな?  
千代さんのページ、アップされました。どうぞ見てくださいね。

1月25日 抜けるような青空。富士山もとてもきれいに見えます。天気予報によると石川県は今日の夜にもたくさんの雪が積もるらしいのですけれど、そんなことが少しも信じられないような気持ち。
 今日は静岡。市川さんとおっしゃる方が、これで3年連続で呼んでくださっているのです。3回目、4回目となると、来てくださった方や、スタッフの方の中にも、知っている方、お顔に覚えのある方がたくさんいらっしゃって、とてもとてもうれしいのです。子どもさんも、一年でずいぶん大きくなったなあというようなことがあったりして、なつかしい場所に、今年も来れたなあというような感慨もあります。
 今日も雪絵ちゃんのお話をさせていただきました。そのうち、客席の中に雪絵ちゃんを見たような気がして驚きました。そのとたん、涙が流れてしまいました。雪絵ちゃんのお話をさせていただくことで、雪絵ちゃんはなお生きると思ったことを、今日もまた実感したのでした。
 今日の会場の椅子の片づけ方がすごくて、主催者の市川さんの息子さんの和くんと一緒に、ずっと見とれていたのでした。階段式の椅子がずらりと並んだ会場だったのですが、ブザーが、ブーとなったあと、前の方から一列目がばたっとたおれ、その次の列がばたっと倒れというふうに、順に倒れていって、そして、順々に全部前に倒れていったあと、その椅子たちが、後ろの壁みたいなところに格納されたのでした。わぁサンダーバードみたい(古すぎますね)とすごかったです。みれる物なら、もう一回みたかったな。3年連続で来てくれているともちゃんも、今回はいつも来てくれているお姉ちゃんの他にお母さんも来てくださいました。ともちゃんもどんどんどんどん大人のお嬢さんになっていかれるなあ。(ともちゃんのエッセイはホームページのともちゃんの気持ちのところに載っています)
 本当に今日もありがとうございました。
 今、帰りの電車の中です。心配しているのは、やっぱり車のこと、小松駅の駐車場に置いてきた、車、雪に埋まって出られなかったらどうしようということです。つくづく、スコップを積んでくるんだったなあ。 

1月24日 朝、夜明け前から窓の外で、除雪車の通る音が何度もしていました。大きな除雪車が幾度も除雪してくれたおかげで窓の外はきれいに、道があいていました。道路の脇は、除雪した雪で壁ができています。4時から、車を車道に出すために除雪を始めました。壁をうちくずして、その雪をどかして、なんとか、車を出さないと、駅にたどりつけないから。たとえ駅に着けたとしても、いったい列車は動いているのだろうか?心配をしていたときに、小林さんが電話をくださいました。「JRは動いているからね」ほっとしました。大好きな浜松へ出かけることができるから・・小林さんは、JRがもし停まっていたら、飛行機を考えていたそうです。そのときは羽田まで迎えに行くからと思ってくださっていたそうです。車は、市営駐車場の、車がちょうど出て行ったあとの雪の隙間に停めました。(帰りに雪で埋まっていないといいなあとちょっとだけ心配)でも、電車は18分遅れで、無事に名古屋へ到着、そして、こだまに乗って浜松に到着しました。浜松は小林さんが住んでおられるところ。8年前に、講演会に呼んでいただいてから、毎年、浜松でお話させていただいています。浜松には大好きな友達が何人もいます。だから、毎年のこの会がとてもとても楽しみなのです。講演会はまず、砂子さんの作ってこられた映像から始まりました。ジュピターの歌にあわせて、砂子さんが、用意された映像が流れるのです。とっても素敵にできあがっていました。「山もっちゃんが宇宙の秘密について話すと聞けばだまっていられなくなってね」と用意をしてくださったのです。
 そのあと、ホームページに書かせていただいている宇宙の秘密のお話をさせていただきました。宇宙の秘密は、これで3度目。いつもとてもドキドキします。上手にお話が組み立てられるか、お話がつい長くなってしまうけれど、聞いてくださる方が退屈はされないだろうかって。でも、何人もの方が「おもしろかったよ」って言ってくださってほっとしました。
 今、磐田のホテルにお泊まりしています。浜松のアクトのそばにある、お店で、なかしょうじさんと小林さんが、毛糸の帽子をプレゼントしてくださったのです。うれしくてそれをお部屋の中だけどとっかえひっかえかぶってパソコンに向かっています。帰ったら雪かきのときに、かぶるんだ・・・うれしいな。 

1月23日 雪はまだ少し降っていたものの、昨日よりは少なくて、混雑もそれほどではありませんでした。昨日の金沢の街中の混雑ときたら、半端じゃなかったようです。スクールバスも、ずっとずっとすすまなくて、最後の子どもさんがバスを降りたのはなんと、12時をまわっていたとか。同僚のみんなからも、3時間かかった、4時間かかった・・とそんな話をたくさん聞きました。
 今日は学校が休校になったので、朝から会議があって、それからお昼からは除雪になりました。子どもたちが通場所と避難経路をあけたあと、中庭にスロープをつくりました。たくさんの雪を集めることって最初は大変って思ったけれど、みんな集まってしたら、あっというまに素敵なスロープができました。私も何度もそりに乗ってすべりました。すごくおもしろいのです。きっと月曜日は子どもたちも大喜び。
 明日は浜松、あさっては静岡です。大好きな友達がいっぱい来てくれるのです。楽しみだなあ。朝、6時過ぎの電車でちょっと早いけれど、がんばって起きて出かけます。 

1月22日 冬将軍がやってきました。この冬初めてで最高の吹雪です。朝、わあ、雪だ!!ってうれしく学校へ向かったのだけど、ワイパーはすぐに凍り付いてどんどん雪が窓に凍り付いて、前が見えなくなってきます。雪女の真っ白い髪の毛のような雪が、右に左になびいて、そのうち、視界がなくなり、でも、止まっているのも追突されそうで怖いから、やみくもに車を走らせました。ブレーキを踏むとスリップが怖いから、直前で見える信号がたとえ、青じゃなくても、止められずに、ただ走っていました。あれ?気が付くと、なぜか、どこだかわからないところを走っていました。どこかで曲がったか、道をはずれたようでした。大げさじゃなく、遭難しちゃう・・・と思いました。窓の外はもう見えないので、ナビをつけて、行き先を学校にして、ナビを見ながら、学校に来ました。街中を通ってこられる先生方も、渋滞でなかなかすすまなかったとのこと、スクールバスもすごく遅くなりました。バス停でみんな1時間以上待っていたそうで、玄関に迎えに出ると、私の姿を見て、飛び込んできてくれたゆかちゃんやかなちゃんや、他のクラスの子どもたちは、長靴もびしょぬれでした。帰りのバスが学校へ到着するのもずいぶん遅くなって、子どもたちが家につくころは真っ暗になるほどでした。明日はまだ50センチ以上降ると予想されているそうです。それで、休校になることになりました。JRも止まったまんまです。こんな雪は久しぶり。学校の帰りは朝以上にパリダカのようでした。私の車は三菱・・・ならば、優勝して小松ダカールまで無事たどりつきたいと必死で運転しました。あちこちで車がぶつかり、道から落ち、横になって停まっています。なんとか無事に到着しました。明日の朝はどうなるんだろう。
 雪道はとても怖くて、不安になるけれど、雪を降るのを見るのは好き。スキー遊びもこれで大丈夫そう。土、日に浜松と静岡にちゃんと行けるかどうか、少し不安です。 

1月21日 朝、出かけようとしたら、鍵がないのです。机の上や鞄の中や、いろんなところを探すけれど、なくて、ああ、遅刻しちゃう・・どうしようねえ、といちじくを見たら、いちじくの様子がなんだか変です。私の目をさけているのです。あやしい・・・いちじくのベッドを見たら、なんと鍵が隠してありました。あー!!犯人はいちじくね!!いつも鍵はトートバックのポケットから、キーホルダーだけだして入れてあるのだけど、それを加えて自分のところへ持っていったのだと思うのです。まさか・・って思ったけれど、そのあとに、現場を発見。やっぱりいちじく・・あなただったのね。お散歩に行きたいときはリードを持ってくるし、おなかがすいたときはお皿をもってくるいちじく・・・鍵を隠したのは、私が学校へ行ってしまうとさびしいからかな?ごめんね。でも、学校へは出かけなくちゃ。いちじくは、いろんなことを考えているなあって思うけど、凛はやっぱりいつもごはんのことばかり考えているような気がします。私の顔を見るたび、おなかすいたなあってしっぽを振るんだもの。 

1月20日 美容院に行きました。2,3センチ短くしてくださいって言ったら、今までしたことがない髪型になりました。今までほとんどおかっぱさんで通してきたので、ええ!!?そんなに切ってしまうの?って途中で思ったのだけど、途中でなかなか、あ、やめてください・・切らないでとも言えないで、できあがった髪型はずいぶん短いものになりました。鏡を見ても、自分じゃないみたい。実は、ちょっとショックです。でも、自分が思うほど、他の人は何も思わないだろうし、髪はまた伸びるものね・・・と思いながら、明日学校に行くのが少し恥ずかしいです。この感じ・・小学生のときや、中学生のときにあったなあ。最近ではちょっと長くなると、少し短くして、またのびると短くしての繰り返しで、「切ったかどうかもわからないよ」というくらいだったので、こんなふうに思うのも久しぶりだなと思いました。
 ついさっき、母から、叔父が亡くなったという電話がありました。小さいときに、一緒にどんぐりを拾いに行って、どんぐりで狸や、おひな様を作ることを教えてくれた叔父でした。 

1月19日 わぁい。スキーに行ってきました。一里野高原スキー場。朝からずっと雨で、ときどき嵐のように、風が強くなって、この分じゃ、スキー場も雨かしら?と心配でした。学校が終わる17時すぎになっても、やっぱり雨。同僚も、「本当に行くの?」「こんな日に大丈夫?」と心配してくれました。でも、もうすっかり行くつもりになっている私たち。なぜか、私以外の人は「もし、できなくても、かっこさんの滑りだけはみないとね。本人は、”ちょっとうまいよ”なんて自慢してるしね」なんて言ってるのです。そんなにはうまくないけど、滑れるって言ってるのになあ。スキー場が近くなると、雨は雪にかわり、ときおり、晴れてお星様も見えたりして、スキーには絶好のお天気になりました。うれしい!!さあ、スキーと思ったけど、私のブーツの金具についている何かわからないロープみたいなものが、とれていて、どこにどうはめたらいいかわかりません。「ねえ、これどういう仕組み?」「ここかなあ・・・あ、違う」「ねえ、滑れるって言ったよね。これじゃあ、雪遊びのときのスキー組、大変だよね。かっこさんに一人いるじゃない・・」そんなこと言ったって、金具がはずれてるんだもの・・・結局していただいて、おまけに、金具をばちっとはめることも実は力がないので、できなくて、してもらって、それで、スキー靴をはいて歩くのがまた苦手なので、ロッジの中でまた転んだりして、すっかり信用をなくしてしまいました。だけど滑り出したら、上手じゃない。(何度もいうけど、上手ではないです。滑れるだけ)とお褒めの言葉をいただいて、ちょっとうれしいのでした。終わってから、帰り道でラーメンを食べて、家についたら、もうすぐ12時。やっぱり平日のナイターは近くのスキー場が雪がなくてできないので、ちょっと無理があるかなあ・・・でも、本当に楽しかったです。来週は子供たちも雪遊び。雪がもっと降るといいなあ。

1月18日 ちょんみちゃんのコンサート。夏以来でした。ちょんみちゃん、コンサートのときに、前をまっすぐに見ながら、でも、ずっと泣いてた。最初から最後まで歌を歌うとき、つい、涙がこぼれてしまうというように折々に涙をこぼしてた。私が雪絵ちゃんと悲しいことがあったころ、ちょんみちゃんも、おつらいことがあったのです。けれど、ちょんみちゃんはいつでも、私に「私は大丈夫だからね」って「泣きたいときはいっぱい泣けばいいけれど、私は大丈夫だからね」って言ってた。でも、きっと、ちょんみさんが大好きなみんなが、今日は全国から集まって、ちょんみちゃんをつつむようにちょんみちゃんをささえるように、きっといたから、うれしかったり、温かかったり、また思い出して泣きたかったりしたのかもしれない。けれど、ちょんみちゃんは涙を流しながらも、笑ったりもしてた。決して暗くなんてなく、やさしい顔で、また笑ってた。澄んだ声が、会場の人の心を揺らして、会場のみんなも感動して、やっぱり泣いていました。みんながそれぞれ、ちょんみちゃんと不思議な出会いをして、つながって、ここにいる・・・。
 コンサートのあと、yamaさんやみんなとお茶を飲みました。ちょんみちゃんは8月にちまきちゃんと一緒のコンサートの日に、金沢へまた来てくださるとのこと。yamaさんがたくさんの人に来てもらいたいから、きっと大きなコンサートにしようよと言いました。私もたくさんの方にきてもらいたい・・・たんぽぽのみんなも金沢でちょんみさんやちまきちゃんのコンサートに参加しませんか?夏にたんぽぽの仲間たちの会をしませんか?私の大好きな人たちに、私の大好きなちょんみちゃんの歌を、声を聞いてもらいたいと、今日また思いました。 

1月17日 今年初めての講演会。岐阜の池田町というところの保育士さんの研修会に呼んでいただいて、出かけました。今日は小松ではいいお天気だったのに、いつもと逆で、太平洋側に雪がたくさん降ったようで、(大阪でも、浜松でも、関東でも雪だったそうです)大垣でも雪がちらついていました。雪を見るとまた雪絵ちゃんを思います。今日雪絵ちゃんのお話をして、途中で泣きそうになって、あまり深いお話ができずに、次のお話にうつってしまいました。雪絵ちゃんのお話をし続けることで、雪絵ちゃんにさらに出合える方がおられる・・・だから雪絵ちゃんのお話はずっとし続けていきたいです。雪絵ちゃんは亡くなってもなお生きて行かれると思うから・・・今日は日帰り。大垣駅まで主催者の方に車で送って頂いて、いそいでシラサギに乗りました。電車の中で、お隣のボックスに座っておられたお二人は、年配のおばあちゃんと、息子さんと思われる男の方。おばあちゃんはとてもお話好きのようでした。大垣から小松までおばあちゃんはいろんなお話をときには、同じお話を何度も男の人にされていました。男の人はおばあちゃんのお顔をのぞき込むようにずっと相づちを打たれ、そして、「いや、それはこんなことだよ」というふうに返事をされていました。おばあちゃんはうれしそうにうふふと可愛い笑い声をたてておられました。あたたかくて、素敵な光景でした。雪やそれからやがてやってきた夜の闇や、まるで電車の中のたくさんの人が、二人を包み込んでいるようなそんなふうに私には感じました。
 おうちに帰って玄関のドアをあけてびっくりしました。大阪のクリエートという会社の社長さん、藤井さんから、大きな段ボールの箱が5箱届いていたのです。中身はティッシュ。今までも藤井さんは養護学校や、施設で使ってと紙やノートやティッシュや紙おむつをずいぶん送ってくださいました。藤井さんは「日常品の売り上げの一部が寄付になる仕組み」が社会に浸透するようにと、活動をされていて、去年の秋にもユニセフ支援ティッシュというのを作られて、購入の呼びかけをされて、ユニセフへたくさんの支援を送られたのだと他の方から伺っていました。
 電車の男の人はおそらくはご自分のお母さんであるおばあちゃんに対して、藤井さんは世界の子どもたちに対してと相手は違っているのに、私はたくさん送ってくださったティッシュの入った段ボールをみながら、藤井さんと電車の中の男の人をいつしか重ね合わせていました。

04/04/01〜04/06/30

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