☆月★日の私

8月14日 学校は夏休みをとられた人が多くて、朝礼にも少ない人数でした。誰だってそうかもしれないけれど、私、きっと寂しいのが嫌いなのだと思います。でも、一緒のクラスの宮村先生が学校に来られて、そして、いろんなことをおしゃべりできて、すごく楽しくてうれしかったです。子供たちのこと、それから、社会のこと、昔のこと、(同じ年で、お友達が同じだったり、共通の話題も多いのです)。子供たちに対して、本当にやさしい目をむけておられる宮村先生と、こうして親しく話をさせていただくと、もっともっと仲良しでいたいなあと思っていく・・こんなふうに、いろいろなお話ができることって、きっととても大切でうれしいことだなあと思いました。
 帰ってから、また床にワックスをかけました。なぜだかワックスかけが好きなのです。それからいちじくと凛をお風呂にいれました。明日も仕事だけど、でも、なんとなく、お盆だからワックスがけとお風呂なのかな?  

8月13日 昨日観たのは獅子座流星群じゃないよと宮村先生が教えてくださいました。ペルセ・・あれ?何度も教えていただいたのに、また忘れちゃった・・・獅子座流星群は冬にみえるのだそうです。ごめんなさい。(確か理科の教員だよねというようなことは、どうぞどうぞ、却下!!)
 お隣のクラスのクラス行事が学校であって、私もお隣ともうひとつお隣のクラスの子供たちと楽しみました。ひろ先生のおうちでとれた野菜を使っての夏野菜カレーとそれからプール。私はプールには入らなかったけれど、でも、一緒にカレーを作ったり、おしゃべりしたり・・すごく楽しくて、やっぱりずっと学校にいるのに、子供たちといれないのはさびしいなあ。子供たちといれるのがいいなあと思いました。ひろ先生のおうちの野菜は、たくさんとれれば出荷しておられるというだけあって、とってもりっぱな野菜でした。にんじんはすごくにんじんのにおいがしました。トマトもとっても甘かった。ネギもとてもりっぱで、焼いたらすごく甘かったです。
 昨日映画を観てから、また映画が観たくて観たくてしかたがありません。今度はヒーロー観ようかなあ。観たいなあ。 

8月12日 ああ、おもしろかった・・・旅行に行く前から、ずっと「踊る大捜査線2」を見たかったのです。すごくすごくおもしろかった。はらはらしたり、どきどきしたり、感動して涙したり、勇気が出たり・・・この夏一番くらいにおもしろかった映画のように思いました。昨日までテレビでもしていたとか・・・録画して見ればよかったなあ・・・
 今日は夜半、獅子座流星群が流れるとか・・・満月だから、明るくてあまり見えないかもしれないということだけど、何年か前に流星群を見た感激を忘れられないから、やっぱり見に行きたいです。でも、夕方は曇っていて、少し雨が落ちていました。夜中には晴れるといいな。 

8月11日 今日は家庭訪問の日。かなちゃんとゆかちゃんのおうちに宮村先生と一緒におじゃましました。かなちゃんはビデオとアルバムを用意して待っていてくれました。ビデオはピアノの発表会のもの。去年の発表会で、かなちゃんはショパンの「別れの曲」を弾いていました。ゆっくりゆっくり一音一音弾くその様子に、胸がいっぱいになって思わず、涙がこぼれました。かなちゃんのお母さんも「毎日練習して、親も子も涙涙で、でも、その甲斐あって、発表会で弾く姿を見たときには、また今度はうれしくて感動して涙が出ましたよとお話してくださいました。すばらしいお習字も飾られていました。それを見ながら、学校でも、かなちゃんのがんばりが形になれたらいいなあと思いました。ゆかちゃんのおうちでもアルバムを見せていただきました。お誕生日、クリスマス、おひな祭りごとに大きなケーキと、お寿司が用意されて、それから、旅のスナップもとても多く、どんなにゆかちゃんが、愛されているかが、すごく伝わってくるようでした。早く学校が始まって、また毎日一緒にいろんなことをしたいなあ。

8月10日 9日の晩、小松でちょんみさんのコンサートの日。台風でとても心配したけれど、みなさん、遠くから、無事に小松に着かれて、4時に、お寺にお顔をみせてくださいました。よかった・・・お会いしたことがなくて、でも、メールや掲示板で親しくメールを交わさせていただいた友達と実際にお会いできて、お話させていただいたり、一緒に写真をとっていただいたり、そして、コンサートで同じ場を共有できるなんて本当に幸せだなあと思いました。ここに来てくださっているお友達とも、きっといつか同じようにお会いできますね。その日を楽しみにしています。
 コンサートの前のお話は、宇宙の不思議とそしてペルーですごく感じたことをお話させていただきました。途中から、ちょんみさんの伴奏をされていた、HALMAGENさんが、私のお話の間にピアノをいれてくださいました。すごくうれしかった・・・そこから、空気がかわったようだったよとあとでyamaさんたちに言っていただいて、いっそう、感謝し、そして感激しました。コンサートが終わった後、中の峠ラボというスタジオで打ち上げがありました。千代さんとお母様も打ち上げに参加されて、車いすにもう20時間くらい乗っておられたけれど、とてもお元気な様子。うれしいです。
 今日は子供たちとちょんみさんのレコーディングを見せていただいて、千代さん、お母さん、ボランティアさんと、雪絵ちゃんのおうちへ、途中、お母さんと、そして、その前日に千代さんが、「かっこさんと会えて僕の人生はすごく変わったんです。そうでなければ、今頃毎日ゲームばかりしていたかもしれないし、元気がなかったかもしれない・・・」とおっしゃってくださったけれど、私はそうではないと思いました。私こそ、千代さんやお母さんからどんなにたくさんの元気や気付きをいただいただろうと思うし、本を出されたのも、千代さんの文章が出版社さんの胸を打ったからだし、それから、やっぱり、どんなことも偶然でなく、お互いに必要だから出会えたのだし、そして、千代さんと私、そして雪絵ちゃん、離れていても、偶然はなくて、そうなるようになっていた・・・ということなのかなと思えたのでした。誰もが、たとえば、このHPで出会ったり、本で出会ったり、実際い出会ったり、そしてお互いにお友達になれて、かかわりあえることは、なんて幸せなことだろうとまたしみじみ思いました。 

8月9日 昨日のちょんみさん、真っ白のドレスが、闇の中にうかびあがり、妖精か、異国のお姫様のようでした。ああ、本当に素敵です。コンサートのあいだだけ、雨がやむという不思議・・ちょんみさんのコンサートを天も願っているのでしょう。
 千代さんが栃木から、来てくださいました。事故で頸椎を損傷されてから、こんなに遠くは初めてという遠出、ずいぶん心配をしましたが、今日午前中、お会いしたら、とてもお元気な様子でほっとしました。4時から、お寺で、たんぽぽの仲間たちの集まりをyamaさんが設定してくださったので、それまでのあいた時間、打ち上げのためのお料理をつくりました。ちょっと温めるだけでおいしいお料理・・・うーん、思い浮かばずに、こんな夏なのに、八丁みそのおでんと、大根と豚肉、もやしのナムル、なすのおつけもの・・どれも、味がしみるだけの時間がなかったのが、気がかりですが、がんばりました。
 今日はペルーでのお話を30分間させていただくことに。いつもと違うお話だし、まだ心の中が整理できていないので、すごく心配。ちょんみさんのコンサートのおじゃまにならないように、がんばりたいです。 

8月8日 鳥越にあるワンネススクールというところへお話をさせていただきに行きました。ワンネススクールは「21席にを生きる子供たちが本当に幸せな人生を生きれる、そんな生き方学びのできる場として有志が集いできた、もう一つの学校、フリースクール」だということで、不登校のおこさんや、障害をもっておられるお子さんが、集って、学んでおられる場なのだそうです。最初、建物を見て、私、わぁと歓声をあげました。そこは、昔の鳥越の保育園だったところだそうです。車をとめると、大きな体の山本くんという男の方が私を出迎えてくださいました。私が行っている学校に同級生がたくさんいるよということで、さっそく話がはずみました。みんながすごしている場所は、集会場のようなところで、ステージだったところには、鳥の刺繍がされている、幕だった布が、下半分はちぎれて、でも、素敵にかけられていました。トイレは昔の「ぼっとんトイレ」(くみとり式)それがまたとてもとてもなつかしいのです。蝉の声が、その集会場にひびいていました。
 私はそこで、大ちゃんやきいちゃんのお話の他にペルーのお話をさせてもいただきました。今日の夜と明日はちょんみちゃんのコンサート。私はペルーで感じた「宇宙の中に自分が生きている」という思いのまま、今、毎日をおくれてうれしいです。宇宙の秘密に「12,ペルーへ行って」をアップしました。

8月7日 全校登校日。元気な子供たちの声が学校中に響いていて、学校もよろこんでいるみたいでした。クラスの子供さんのお母さんのお一人が、「こんなに学校に行くのを楽しみにしてくれるのを見るのは初めてで、本当にうれしいです。今日も一日あったことや、友達のことを、ずっとずっと楽しそうに私に話し続けていて・・・」とお電話をいただきました。私もうれしくてたまりませんでした。
 今、私も本当に学校が楽しい。それは子供たちや、同僚が、本当にやさしく、あたたかく、いてくださるからだと、子供たちや同僚に心からありがとうを言いたいです。

ペルーで知り合った、料理人の男の人、荒井君の日記を始めました。

8月6日 旅行中に父の手術がありました。妹が、すぐに元気な父の写真を携帯でとって送ってくれていたので、安心をしていたけれど、でも、やっぱり会うまでは心配でした。でも、今日病院に行ったら、「お医者さんはもう少しゆっくりしたらというけれど、でも、退院してもいいというから、明日退院しようかな。あさってにしようかな」ととても元気に言っていました。ああ、よかった。今年は町内会長の役なので、近々行われる盆踊りがおそらく気になるのです。でも、ゆっくりしてほしいなというのが、本音だけど、でも、元気そうで何より。ほっとしました。父と母が元気でいてくれることが、一番の願いかもしれません。ペルーで、ガイドのラケールさんが儀式をしてくださったときに、「心に願いを思いながら、ワインを大地に流してください」と言ったときに、手術をしてがんばっている父のことを一番に思いました。父は病院のベッドでも、旅の間、私は元気でいるかなあ、旅の仲間も元気かなとずっと思っていてくれたようでした。
 明日は登校日です。みんな元気かな?会うのがとても楽しみです。

8月5日 10にちぶりの学校です。昨日、夜9時頃、「つきました」という電話を小林さんにかけたら、小林さんはもう会社で仕事をしておられました。yamaさんと一緒に、「ああ、倒れ込みたいような気持ちなのに、すごい!!」とびっくりしていたのです。私は今日も、少し、眠いような、ぼんやりしているような(いつものことだけど)そんな感じです。今、高等部1年生の何人かの子供さんは、企業実習中です。夏休みの実習は初めての試みなのです。はじめての実習にきっととまどうことも多いと思うのに、みんなとてもがんばっています。旅ノートの整理を昨日の晩しました。たくさんのいろいろなものを貼ったり、絵を描いたり、文章を書いたり。・・・その都度に旅の感動がよみがえります。

8月4日 8月2日に、障害を持っているお子さんと保護者の方が、運動公園で、土曜日に集まりを開いて一緒に運動をしているところへ行って、一緒に遊んだり、それから小さい講演会で翻訳をしながら、お話をきいていただいたり、一緒にお食事をいただいたりしました。子供たちはどこの国でもやっぱりみんなすごくかわいくてかわいくてなりません。もう、2日が最後の日。3時から、阪根さんとてつやさんが、「みんなに精一杯楽しんでもらいたいから、要望はなんでも言ってください」とおっしゃって、メルカドインディオ(インディオさんたちのお店がたくさん並んでいるところ)に行きたい人、高級アルパカのセーターを買いたい人、楽器を買いたい人、天野博物館にまた出かけたい人に別れて、阪根さんが、天野博物館で働いておられるみなさんも総動員させてくださって、私たちの最後の一日も、悔いが残らないようにと、心を配ってくださいました。夜は遺跡の近くのレストランで食事。阪根さんは、ちょうどそのときにお誕生日だった旅の仲間にケーキを注文してくださって、突然お誕生のお祝い会も開かれ、本当にたただた旅のすべてが最高でした。どうしてこんなにも、こんなにも私たちのために心をつくしてくださるのだろうと思うほど、小林さん、阪根さん、てつやさん、そして金城観光の方が、一生懸命してくださって、それまでの用意に使ってくださった時間と労力、そして、旅の間の心づくしを思うと、声をあげて泣きたくなるくらいです。てつやさんが、「今回の旅を通して、僕は阪根博から「光のバトン」を渡されたような気がする。
「常に周りの人々へ、全力で還元してゆく。そこに生まれる縁の不思議さ」その姿勢を、旅の途上で、最も近くから見せてもらった。ありがとう、あなたと一緒に旅が出来て、僕は心から幸せでした。」と今回の旅のことをご自分の通信の中で書いておられました。私も、阪根さんやてつやさんや小林さんや周りの仲間からいただいたものを、いつか、全力で還元したい・・きっとそうしたい、いやそうしようと心から思った旅でした。
2日の夜、飛行機に乗って、時差があって、4日の夜8時30分に小松につきました。旅をたくさんの方が心配してくださったり応援してくださったりしました。本当にありがとうございます。

8月1日 ナスカ組と、阪根プラン組にわかれて行動しました。私は阪根プラン組。今日は昨日の記事が、もう地元の日系新聞に大きく載せて頂いていたそうで、「みましたよ」と何人もの人に声をかけていただきました。昨日に引き続いて、2つの新聞の方が取材に見えていたのですが、質問をうけるたびに、なぜ、ペルーに来たかったのか、子ども達といて、どんなふうに自分がいたいのかが整理されていくようでした。チャンカイの孤児院の門をくぐると、そこには、広場にむかって階段状になっていた、観客席?のようなところに、子ども達50人くらいが並んですぐに歌を歌ってくださいました。この孤児院は日系の神父さんが日本などの援助を受けて開いているそうなのです。テロで目の前で両親を殺された18歳の女の人、お母さんにお風呂で沈められて殺されかけてここに来たという3つの男の子、父親から性的な虐待を受けて、ここにきたという小さい女の子など、みんなたくさんの苦しみを受けてここへ来ているということですが、神父さんやシスターや、イギリスや日本から、ボランティアや勉強のために来ている若い方たちの愛をいっぱい受けて、とても可愛い笑顔で、笑っていました。いくつも歌をうたってくれたのですが、歌がすばらしくて、それだけで涙がとまりませんでした。子ども達は、私たちの手をひいて、踊ってくれたり、一緒に遊んだり、中の施設を見せて頂いたり、あっという間に時間がすぎていきました。会えば、やはり分かれるのがつらく、ずっとバスに手を振ってくださる子ども達がとてもとてもいとおしかったです。そのあとの老人ホームは曽野綾子さんや他のたくさんの方の資金でたてられたというりっぱな施設です。そこでは私たちのために、日本料理を用意してくださっていました。おみそ汁、ごはん、おさしみ、煮物、おつけものなど、本当においしかったです。日系の老人が入っているその施設に、きみこさんという長野出身の91歳のおばあちゃんがおられました。とても素敵で、もっともっとお話がしたい、仲良くなりたいと思いました。私は小さいときにおばあちゃんを亡くしました。「私のおばあちゃんになって」とお願いすると、おばあちゃんは、涙をうかべてくださって、95までは生きれると思っていたけれど、それでは100歳まで生きることにしようとおっしゃってくださいました。
夜は、また阪根さんのお友達のダリというおいしいおいしいお料理やさんで、食事をしました。阪根さんが、「もし、何か文句があるなら、僕が全部支払いましょう」とおっしゃるくらい本当においしくて、うれしくて・・・・もう最後の夜ということもあって、一人一人旅の感想などを話したのですが、涙で声が震えていたり、声にならないほど感動しておられる方が幾人もおられて、そして、みなさんがただただ、阪根さんやてつやさんや小林さんや旅の仲間の方に感謝をしておられて、ああ、本当に幸せな旅だったのだとあらためて、かみしめる思いでした。私も、本当にいえないくらい、何度も感動し、感謝し、胸ふるえる旅でした。明日は障害のある子どもさんの施設に行きます。

7月31日 クスコから、リマへ。乾燥したクスコに比べ、リマは湿度が高く、じっとりしています。高山病の人は今回ほとんどいなかったのだけど、でも、さすがにクスコに一泊では軽い高山病の人がいたのですが、リマにくるとウソのようにみんなすっかりと元気です。私はただただ、ワイナピチュ登山のために、足が痛くて、それでへんてこな歩き方をしていて、みんなが笑って、私もおかしくておかしくて笑っています。お昼に、ペルー在住で阪根さんの親友のとしさんのとても大きな日本料理屋さんで日本料理をいただきました。としさんのお話もとてもおもしろかった。としさんは、テレビのお料理教室やDJなどで、フジモリさんについで有名な日本人だそうです。そのあと、大きな孤児院へ。そこでは、パンがつくられていたり、大きな農場があったり、豚やにわとりが飼われていたり、本当にすばらしいところでした。やさしい神父さんの子ども達へのまなざしに心が熱くなりました。日本からの見学はめずらしいということで、新聞の取材まであってびっくりしました。夜は南米一おいしいという阪根さんが選んでくださったピザやさんへ。ああ、やっぱりおいしい・・・阪根さんが席をはずされたときにてつやさんが「この旅は本当にスペシャル。スペシャル中のスペシャル。あの阪根さんが10日も日をあけて、旅についてくれるなど、ホントはありえないこと。おまけにこの日のために、阪根さんが、走り回って、考えて、いろいろな人に頭をさげて、最高の旅をとおもってくれていることを知って欲しい」とおっしゃっておられて、そのことが身にしみました。旅の仲間のうれしい顔を見て、私もいっそううれしいです。夜そのあと、小林さんご一家と、私で、阪根さんのお宅へ。素晴らしくきれいなおうちに、やさしい奥さん、可愛い2匹のテリア。ここでも、やさしい阪根さんにつつまれて、幸せです。明日はナスカ組と、養護学校など組にわかれて行動することになっています。ペルーでの日程もあと二日になりました。

7月30日 29日の夜、まるで一生分ほどの星の数ほどの夜空に身をおいて、朝はマチュピチュの朝日を見ました。どれもこれも素晴らしく、お星様とお日様を信仰しているインカの人たちの気持ちが伝わってくるような気がしました。お昼からは、マチュピチュの近くにある、ワイアンピチュの登山をするか、それとも、月の神殿に行くか、マチュピチュの中でゆっくりするか、そのどれかをすることになっていました。私はワイナピチュに登りたかったのです。でも、そそりたつワイナピチュに登れるはずがないと最初は諦めていました。でも、入り口から少しだけでも・・・そう思いながら、まわりの人も、「わぁ、がんばってね」と声援をしてくれて、それからガイドさんのフリオさんがひっぱりあげてくださったり、関さんが荷物を持ってくださったり、他の人が声援してくださったりで、なんと、頂上まで登ることができました。途中フリオさんが誰にでも、 「大丈夫?」「OK?]と声をかけておられたり、他の人の手を引いたり、お水を飲みなさいと飲ましておられたり、それから、私にも、「ここでは5分休みなさい」「次の石までがんばるよ」と声をかけてくださって、なんて、やさしくて誠実な方なのだろうと、涙が流れて止まらなかったです。今、クスコの美しい町に泊まっています。ここでは高山病が怖いので、お酒を飲んだり、お風呂に入ったり、運動しすぎたりしないことということで、こわごわと、夜の美しい町並みを見て歩きました。夕飯のとき、順番にみんなが感じたことを言い合ったのですが、本当にみなさんが、いろんなことを感じておられるのを聞いて、私もまた、感動したり、うれしくてたまらなかったりしたのでした。

7月28日 朝3時に出発して、空港へ。クスコ行きの飛行機に乗るため。ペルーでは雲があると飛行機はとばないから、朝早くに出かけて、もしキャンセルになっても、その日にクスコへ行けるように。でも雲の中飛行機はとびました。飛行機の中で、驚くほどきれいなアルプスの朝日を見ることができました。息をのむような美しさ。クスコについたら、とにかく高山病が怖いから、ゆっくりゆっくりと歩くことと言われていて、本当にすり足で歩きました。もう頭が痛い、空気がうすいのを少し感じました。クスコの町はインカのままの美しい町並み。石の路と、町がとにかく美しいのです。赤い土そのままの瓦の色。山と、町の家々の屋根が同じ色できれいです。それから、サクサイワマンの遺跡を見て、少し高度をさげてウルバンバのホテルに。そこから、マワンという不思議な塩田へ。そこは、どこから流れてくるかわからない塩の水で塩田を作っている。ホテルへもどって夕食までの時間を利用して、町の小さな市場へ。買い物をしていると、子ども達がわーと寄ってきて、いろんなことを質問してくれる。それから、一緒に写真を撮ってと言ってくれる。私の名前はkakkoだというと、おかしくてたまらないとみんなが笑う。何度も笑う。私も嬉しくなって笑ったけれど、あとで聞いたら、なんとカックというのが、こちらの言葉でなんと「ウンチ」のことだという。なんということ、おかしいはず。でも、そのおかげでみんなと仲良くなれて本当にうれしい。ウンチに似た名前でよかったな。

7月27日 今日は阪根さんの案内で、天野博物館に行きました。ここの収蔵品は本当に素晴らしく、ただただため息をつくほどです。素晴らしい壺や織物、どれもが何千年も前のものだということなのに、阪根さんは「さわってごらん」「もってごらん」そして楽器に到っては「山もっちゃん吹いてごらん」と言うのです。人の命ははかないけれど、もろいように思われる壺が、こうして何千年も、そのままの形をしてここにいるのだと感慨深かったです。夜また天野博物館で、歓迎レセプション、追いもパーティに出かけます。私は時差ぼけと、風邪薬のためにとにかく眠くて眠くてなりません。

7月26日 朝、yamaさんご夫婦と小松空港へ。ペルー行きはこれと決めていたシューズに慣れようと、学校へ履いていったら、昨日、学校から内履きで帰ってきてしまって、内履きシューズでペルー行きになってしまいました。小松空港からさっそく、羽田行きのチケットがないとか、パスポートはどこだろうと大騒ぎ。たくさんポケットのある鞄を買ったら、いったいどこに入れたかすぐにわからなくなってしまうのです。キャスター付きの鞄の操作も上手じゃなくて、ただ、車に引っ張られてくるくるまわるばかり・・それを見たyamaさんが「楽しい旅になりそう・・」とぼそっとつぶやかれました。ああ、珍道中の始まりです。なるだけなるだけ、迷惑にならないように、気をつけてがんばります。成田で22人がそろいました。
 今、もうすぐヒューストン。やっと半分来ました。ヒューストンで2時間すごすのを入れて、ペルーまでは24時間かかります。でも、小林さんの奥さんのあいこさんやお嬢さんのえみちゃんと一緒に、おしゃべりしたり、ひもを編んで遊んだりしながら、楽しく来ています。 
日本時間の26日の3時55分の飛行機で発ったのに、ヒューストンにういたのが、26日の1時50分くらいと、マイナスになっていて、リマについたのは、28時間かけて、26日の夜11時です。いろいろありました。ヒューストンでの乗り換えで、あわや乗れない事件。「明日の便に行くからあなたたちだけ行って・・」というふうになりかけたことなどいろいろだけどなんとか、今リマに着いています。またくわしいことはだんだんとお話させてください。

7月25日 昨日うれしいことがありました。赤木かん子さんが、「戦争はだめ」ということを伝える詩の本の編集をされていて、21編の詩、与謝野晶子さんや、万葉集や、金子光晴さんなどの詩人さんの詩にまざって大ちゃんの詩をとりあげてくださることになったのだそうです。本の名前や出版社などくわしいことは、まだよくわかっていないので、後日お知らせしますね。さっそくかん子さんに「うれしいです!」のメールを送らせていただいたら、すぐにお返事をいただきました。「大ちゃんの絵も詩も好きだから、本を作りたいなあ」とも書いておられました。
 さあ、いよいよペルーに行くのが明日になりました。なぜだか、すこおし不安な私。たぶん、高い山に登ったこともないから、高山病をおそれているのではないかと思います。元気に行ってきますね。そして、できたら、日記もときどきは更新したいなあと思っています。8月4日に元気に帰ってきます。帰ってきたらきっとお話ししたいことがたくさん。聞いてくださいね。

7月24日 昨日の晩もNHKのほ乳類のことを扱っているテレビを見ました。先日、井上冬彦さんと森本さんとお会いして、アフリカのお話をしていたところだったのですが、そのときも、アフリカへ行きたくてたまらなくなったのだけど、テレビを見ながら、私、きっときっとまたアフリカに行くんだって思いました。3年前アフリカにいったときに、サファリカーを運転してくださったキュリさんが、「ひとつの木でも、ある動物は葉っぱのやわらかいところを食べ、ある動物は葉っぱの堅いところを食べ、ある動物は茎を食べ、ある動物は枝を食べ、食べに来た動物たちが、植物たちの種を遠くに運んでいる」と教えてくれたことを思い出しました。私が、「動物たちも植物もみんな命をつなぎあって生きている・・・人間はどう生きたらいいのですか?」と聞いたときに、キュリさんは「そんなふうに質問してくれてうれしい」と言ってくれました。その言葉の答えは私にはまだわからないけれど、昨日の放送を見ていて、生き物が生きていることは、それこそ、不思議でいっぱいなのだと思いました。角を持つ動物たちが、致命傷を負わないようにしながら、雄同士がなわばりを争って、あるいは、子孫を残すためにたたかうことひとつとっても、地球はなんてうまくできているのだろうとただただ感嘆するばかりでした。
 このあいだから、いちじくと凛にブラシをかけるとき、抜けた毛を捨てないで袋にとっています。たくさんになったら、フェルトにして、何かを作ろうと思います。いちじくの毛も凛の毛もふわふわしていて羊毛そっくりだから。 

7月23日 昨日のMROのテレビを撮ってくださったディレクターさんが、ちょんみさんのコンサートも取材することになって、子供たちの歌(10日のちょんみさんと子供たちとのレコーディング)
も取材されるとか・・私も、ちょんみさんとのコンサートでお話させていただくのだし、いっぱい旅で感じることができたなら、それをまた、ホームページで見ていただきたいから、これは元気で帰ってこなくてはいけないですね。今年はもしかしたら、日記もときどきは更新できるかもしれません。 
 旅は大好きなのに、大好きな人たちとの旅なのに、少しだけさびしい気持ちになっています。たった10日間なのに。こんな気持ちは初めて。いちじくと凛をなぜてみたり、久しぶりに友達にメールをしてみたり・・・そんなふうにして、あと旅まで2日になりました。

7月22日 夏休みだけど、朝から学校にはたくさん子供たちの声がしていました。今日から、学校へバスや自転車で帰る練習をする人、それから、クラス行事でバーベキューをする人、それから、夏休み帳をする人・・・子供たちと会うとやっぱりうれしくなる。学校も子供たちの声が響くと、うれしそうです。
 Amazonで買ったペルーの本を読みました。歴史の中で、少女のミイラの表情に、なぜだかはっとしました。今も、その気持ちを伝え続けているようなそんな表情でした。すごくせつない気持ちになりました。そのミイラはきっと生け贄だったのです。でも、もしかしたら、わからないけれど、復活することを知っていて、誇らしくうれしかったかもしれない・・・どんな気持ちだったのでしょう。ペルーの旅の間に彼女に会えるのかな。 

7月21日 今日はペルーへ行く前の最後のお休みの日なので、お買い物に行きました。ペルーで待っていてくださる阪根さんや、昨年ペルーから日本へ天野博物館の50周年の記念行事で
いらっしゃっておられた天野美代子さんに何か日本からおみやげを持っていきたいなあと思っていました。お酒がとてもお好きでいらっしゃる阪根さんにはお酒をと思ったけれど、おっちょこちょいで、その上力のない、私です。きっとつくまでにお酒の瓶割ってしまう・・・それじゃあ、日本茶はどうだろう・・デパートの中をうろうろしていたら、とてもきれいな風呂敷を見つけました。ちりめんで、美しいあじさいの花はリマ観音と言われるセニョーラにぴったりという気がしたし、阪根さんと奥様には、着流しの着物の模様のような風呂敷にしました。私もほしくなって、ひとつ求めました。本当にもうちょっとです。あと5日。今回は、いつも小松から一緒で、写真をとってくださる大谷さんがお忙しくて行かれません。思えば、いつも重い荷物をかついでくださっていたなあ・・。その大谷さんから「荷物は軽めにね。少なめにね」と何度もメールをいただいたのです。私も、他の人の方の迷惑にならないように、自分のことは自分でできるようにと、飛行機の中へ持ち込めるころころがついた鞄をひとつ買いました。私、本当言うと少しだけ熱があって元気がなかったのだけど、人と出会ったり、動いているうちに元気になります。明日はもっと元気になれるよ。
 明日22日。こちらだけの放送だけど、夕方6:15からのMROの番組でで私が出ます。それから、明日のプロジェクトXはお友達で大ちゃんの詩に曲をつけてくださった、天外さんが出演されます。もっとさきだけど、8月13日の朝8時半からの日本テレビの情報ツウには私が出る予定です。明日は、一学期の学校の打ち上げ会があるので、あとで、ビデオも録画の方法を今度こそ、成功さえるために勉強します。 

7月20日 今朝アップしようと思ったけれど、インターネットにつながることができずに断念しました。それで、二日分まとめてアップします。
 今日もうれしい講演会でした。聞きに来てくださった方がみなさん、私の話に耳を傾けてくださって、泣いたり笑ったりしてくださって、私もまるでみなさんと一体になったように感じる・・本当にうれしく幸せだなあと思いました。昨日、今日とずっとずっとお世話をしてくださった、療育園で、親の会の会長さんの宇野さんが、駅で、私たちが見えなくなるまで手を振って見送ってくださいました。それを見て本を売るお手伝いに来てくださった北水の片山さんが「まるで恋人同士みたい・・」なんておっしゃっておられたのに、山の手線に乗るときに、お別れするとき、やっぱり、ずっと姿が見えなくなるまで、私たちを見送ってくださいました。そして、今日お会いした井上冬彦さんと駅でお別れするときも、井上さんは私たちの姿が見えなくなるまで、やっぱりずっとやさしいお顔で手を振って見送ってくださって、私、胸がいっぱいになったのでした。宇野さんも本当にあたたかな方で、子供さんたちを心から愛しておられるんだなあということがひしひしと感じられる、そんな方でした。講演会のあと、東京駅の近くのホテルで井上さんと森本さんにお会いしたのです。ああ、なんて楽しいお話だったことでしょう。アフリカのこと、命のこと、写真のこと、風のこと、たくさんのことを、小林さんと4人でお話して、お会いしたときに、少し疲れているから今日は元気になるよとおっしゃっておられた森本さんも、それから、やっぱり二日間の旅で、私はまたしても、熱を出したりして、あんなにうれしかったのに、少しだけ(ここちよくではあるのだけど)疲れていて、それなのに、お話が終わった後、みんなどんどん元気になっていくのがわかりました。私も、3年前にアフリカに出かけたときに、たくさんの動物たちや森が息づいているその場所にたって、動物たち、植物たちがみんなつながりあって生きているのに、いったい人間はどうあるべきなのだろうかと感じた・・その気持ちを決して忘れたくないと思いました。それにしても、井上さんも、森本さんもなんて素敵な方なのでしょう。森本さんの編集で作られた井上さんの御本「Love Letter」(PHP)で井上さんは「生きる」ということを表現したかったとおっしゃっておられました。見る人をやさしい気持ちにさせたり、あたたかく地球に抱かれているような気持ちにさせたりするこの本が、もっともっとたくさんの方に読まれたらうれしいなあと思います。気がつけばあっという間に3時間近い時間が流れていたのでした。お二人と握手をしてお別れしたのですが、あたたかくて分厚い手のぬくもりが今も残っています。

7月19日 埼玉県の寄居というところに泊まっています。昨日は日記を更新しないで、ベッドに横になってしまいました。昨日は埼玉の療育園に呼んでいただいてお話をさせていただきました。療育園やおとなりの療護園で働かれるかたの研修会ということで、職員の方、保護者の方、そして利用者の方が聞いてくださいました。お話をさせていただきながら、私はなんだかなつかしい気持ちになっていました。養護学校の教員になったばかりのとき、施設に隣接した、小さい学校に私はつとめていました。毎朝、学校から子供たちを施設に迎えに行きました。女の子のお風呂も担当させてもらったり、施設の夕飯のお手伝いもしたりしました。そのときのことを思い出したのです。胸が熱くなって、とてもうれしかったです。子供たちのお部屋にも案内してくださいました。やさしい看護婦さんに一生懸命手をのばしている小さな男の子、にこやかに答えておられた看護婦さん。「こんにちは、来とったの?」なんて声をかけてくれる女の子、子供たちと会えるとやっぱろうれしいです。
 今日は親の会の方が呼んでくださっていて出かけることになっています。 
 
7月18日 今日は終業式でした。忌引き以外ではクラスの3人は、一日もやすまないで来てくれて、毎日笑顔を見せてくれたことを本当に感謝しています。病気をせずに元気だったことにも、そして、にこにこ来てくれたことにも感謝したいです。お母さんがすごくうれしいことを書いてくださいました。「4月からの4ヶ月が、今までで一番輝いていたと思います」・・お母さん方にも、本当にいっぱいお世話になったなあ、毎日楽しかったな。今日はプールにはいることができました。いつもは「かあさん待ってる」と言ってさっさと帰ってしまうかなちゃんなのに、今日は朝と同じようにぎゅっと抱きついてくれて、「しばらくあえんけどげんきでね」と言ってくれるし、ゆかちゃんはなんと、私の口に(少し横だけど)までキスして(すごくびっくり・・)バイバイまたねと言うし、泣きそうになるくらいにうれしかったのです。ああ、なんてみんなかわいいのでしょう。子供たちが帰ってしまったら、なんだか力が抜けてしまって、ぼおっと何をしたらいいのかわからなくなりそうでした。明日、あさっては東京の方へ行きます。埼玉でふたつ講演会に呼んでいただいているのです。それから、お友達の写真家の井上冬彦さんと、PHPの森本直樹さんにもお会いすることになっています。でかけるときはいつもどきどき。また素敵な出会いがきっと待っているから。 
千代さんの新しい原稿が届きました。アップできています。 

7月17日 お薬やさんで、ペルーの旅行のために、10日分のシャンプーとリンス(といっても、ちょうどいいのがなかったので、少し大きめで)とボディシャンプーと、日焼け止めと虫除けと、頭痛薬と、風邪薬と、虫さされのおくすりと、おなかのお薬と、もしかして、お水が出ないと行けないから、お化粧おとしと、ぬれティッシュと、ローションと、・・・・・なんていうふうに、買っていたら、お買い物かごいっぱいになって、そして、それを鞄にいれたら、もうかばんの3分の一くらいうまってしまいそうで、あーどうしようかなあと思っています。どうしよう・・まだね、ドライヤーでしょう。カメラでしょう?パソコンでしょう?あとむこうが冬だというので、秋や冬の服でしょう・・・絶対に入らない。鞄の半分はあけて出かけたいのに・・・それに、30時間以上飛行機に乗るから、本でしょう・そうそうスケッチブックに、色鉛筆に、ペンに・・・傘にぼうしに、ああ・・どうしたらいいの?

7月16日 今日は懇談会と通知簿渡しでした。夏のあいだの予定を相談したり、家庭訪問の日を決めたり、懇談会と言っても、楽しくお話を一対一でできるという日でした。もうあと二日で夏休み。一学期しかたっていないのに、いつもいつも一緒にいて、また明日会えるということがとても楽しみの毎日だったから、会えない毎日はさびしいだろうなと思います。今日は、6時間目がたまたま空き時間だったので、子供たちがプールに入っているのを見に行きました。水の中で、もう楽しくてたまらないという笑顔で遊ぶ子供たちを見ていると、私もうずうずして、水着も着ていないのに、入りたくなってしまいます。あさって、終業式の日、もし、お天気がよかったら、クラスで入ろうというお話になっています。晴れるかな?晴れるといいな。 
 
7月15日 もうすぐ8月だというのに、肌寒いように感じられた一日でした。子供たちとプールにもあまり入れなかったな。(子供たちは何度か入ったのだけど、雨が多かったのと、時間割の関係もあって、私が一緒にプールに入れたのは一度だけでした)今、夏休みの宿題を作っています。私は「はじめてのおつかい」という宿題をつくりました。・・・「テレビで「はじめてのおつかい」というばんぐみをみたことがありますか?おとうさんおかあさんに、おつかいをたのまれて、おかねをもって、ひとりでおかいものにいくばんぐみです。じどうしゃにきをつけなければならなかったり、じぶんで、たのまれたものをおみせでさがさなければならなかったり、それから、おかねをだして、おつりをもらわなければならなかったり、おつかいはたいへんだけど、みんなもひとりでおかいものをしてみましょう。」という宿題。おつかいを一人でしたことがある人?の質問に手をあげたのは二人だけでした。だから、夏にはぜひと思い、おうちの方にも、場合によっては、練習をお願いしたり、「はじめてのおつかい」のように、こっそりと後からついていくことをお願いしようと思っています。みんなお買い物にひとりでいけるかな。

7月14日 金沢のお盆は新盆なので、今なのです。学校が終わったあと、父の方と、母の方のお墓にお参りに行きました。金沢のお墓の多くは野田山というところに集まっています。父の方の墓は、前田家のお墓のすぐ近くにあるのですが、いつもは前田のお墓の駐車場にはそれほど、車がとまっていないのに、今日はたくさん車が停まっていました。利家とまつの影響でしょうか?お墓にはきりこという灯籠のようなものに名前を書いてさげます。月曜日の生活の時間には、ひとりひとりが、昨日とおとといのお休みに何をしたかを、そうでなくても、みんなにしたいお話を何でもする時間にしています。子供たちの中には、お墓参りに行きましたという人が何人もいました。それから、きりこの絵を黒板に書いて、これはなあに?と尋ねると、「なんなんするもの」(おまいりのときにいるもの)という答えもありました。子供たちが学校に来るのは、あと4日になりました。教員はそのあと研修の夏休みが始まります。  

7月13日 帰りのしらさぎの中でこの日記を書いています。今日は去年、おととしに引き続いて3度目のかん塾での講座?(講演会?)でした。塾長さんが最初に「人間は一人一人みんながすばらしくて、そして大切だということをお話してくださると思う」と言われました。さあ、どういったお話をさせていただけばいいだろうと思ったけれど、でもそうですよね。どんなお話であっても、学校の子供たちはいつも、人間って素敵だよ、生きていくって素敵だよっていうことを教えてくれているんだなあと改めて思いました。かん塾では、去年やおととしに来てくださったお顔も見えて、再会できたことをうれしく思いました。
 帰りに、名古屋駅の中の高島屋の三省堂で、ペルーの本を探しました。ペルーの本はあまりなかったけれど、本のたくさんの数にうっとりしました。ああ、私が名古屋に住んでいたら、ずっとでもこの本屋さんにいて、表紙だけでもながめていたいなあとそんな気持ちになりました。そろそろ、ペルー旅行の用意を始めないといけないなあと思います。

7月12日 不思議でうれしいことが、昨日の晩から、いっぱいありました。夜、電車に乗っていると、友人の中小路さんから電話がありました。「山もっちゃん、浜松くるんだよね。今どこ?」「電車の中だよ」と話していたのです。しらざぎが名古屋について、そこのホームに小林さんが待っていてくださいました。小林さんの携帯にも中小路さんから電話があって、浜松駅からホテルまで車で送ってくださるとのこと、ありがたいなあ、そして、お会いできるからうれしいなあと思って、浜松駅の改札へ続く階段をおりていくと、改札に中小路さんがおられるのが見えました。中小路さんはどなたかとお話をしておられます。そばへ行こうとして、近づいて「あ、あ、ああ」ときっと私、言葉にならなくて、小林さんにへんてこなことを言っていたと思います。「鈴木さん・・・」やっと声をだしたけれど、小林さんは気が疲れません。「ね、鈴木重子さんだよ」
 そこにおられたのは、ずっとずっとお会いしたいと願っていた、ジャズシンガーの鈴木重子さんでした。重子さんは以前、きいちゃんの音楽劇のナレーターをしてくださったことがあります。そのこととは別に、いろいろな方が、いろいろな場所で、「山もっちゃんに似ている人がいるの」「かっこちゃんに雰囲気とかが同じなの」と「山もっちゃんみたいな人がいるのよ」と言われました。驚いたことに、みなさんが口をそろえたように教えてくださったのは鈴木重子さんでした。鈴木さんとマネージャーさんのお二人は、あとでわかったのだけど、同じ電車に乗っておられたようで、以前から、お知り合いの中小路さんの姿をみとめられて、そこで3人で立ち話をしておられたのでした。小林さんが「きいちゃんの作者で山元さんです」と言ってくださったとたん、重子さんは「ああ、まあ、うれしい」って言ってくださって、小林さんは「ここで、会えることになっていたのか」「神はこの場所を設定されたのか・・」みたいなことを何度も何度も言われました。鈴木さんも「ここでお会いできることになっていたのですね」って言ってくださったのですが、それくらい不思議な出会いでした。夜の11時の浜松駅。もしそこに中小路さんがおられなければ、お互いに、一緒の電車に乗っていたことすら知らずに、すれちがっていたことでしょう。重子さんに新しいCDをいただいて、互いに抱き合って、握手をして、そして、10分ほど話をして、お別れしました。本当にいつかお会いしたいとずっと思っていた方でした。ああうれしい。
 今朝は、6時からモーニングセミナーに行きました。ここでも、たんぽぽの仲間たちのホームページによく来てくださる方や、去年もお話を聞いてくださった方にまたお会いできて、幸せだなあと思います。そのあと、メイプルハウスというケーキのおいしい大好きなティルームで、砂子さんという友人と、中小路さんと、けいこさんと、小林さんと、宇宙の秘密の話をしました。砂子さんは、物理学者なのです。みんなでいろんなお話が、できることもやっぱり幸せでした。
 そして、掛川での中学校での講演会でも、やっぱり一生懸命聞いてくださって、講演会のあと、あたたかい声をかけていただいたのです。講演会でお話を聞いていただけることは本当にうれしいことだなあといつも思うのです。決して話すことが得意でない私の話を、こんなにみなさんが、じっとみつめるように聞いていただいていることが、ときどき信じられないような思いになります。ありがたいなあって。
 そのあと、大好きなげんらくさんに行きました。そこは双子と言われておられるほど、そっくりのお二人の仲良しのご夫婦がとてもおいしいパンを焼き、おいしい紅茶をいれてくださって、そして、おいしい食事を作ってくださるのです。そこで待っていてくださったお二人の方と、そして、げんらくさんのお二人とで、また楽しいお話をしました。何かお話をとの小林さんのリクエストに、ペルーの不思議の話をしました。
 本当にいろんなことがあったけれど、そして、いろいろな方とお会いすることができた今日、そしてまた明日もいろいろな方とお会いできるだろうと思うと、本当に私は幸せでありがたいなあとまたしみじみと思うのです。

7月11日 今日も雨。今日は携帯電話やさんへ行きました。自分の携帯を新しくするのではなくて、父と母にプレゼントして、でも実はもう、使っていない携帯を新しくして、また使えるようにと思って出かけました。もうカメラ付きでないものはないんですよとおっしゃって見せてくださった携帯はすごくきれいなチェリーピンクという色でした。私がつかっているのは、ドコモの携帯、これかAU.その違いというわけではないのだろうけれど、機械が違うと、もう使い方が少しもわかりません。やっとのことで、私や妹や他のメールのアドレスなどを登録しました。大ちゃんだったら、きっと見ただけでわかるんだろうな。今日は今から、浜松に行きます。浜松には、いつも応援したり、本当にたくさんのことをしてくださる小林さんご一家がおられて、待っていてくださいます。今日も、いつも電車を間違えて、乗り換えなんかも上手にできない私を、名古屋駅で待ち受けてくださるのです。本当になんて、ありがたいことでしょう。では、行ってきまーす。 

7月10日 今日は夕方、日本テレビの柏崎さんがきてくださいました。とてもかわいい方で、カメラもずいぶん小さくなったからと、カメラマンと、インタビュアーの二役をこなしておられました。小松空港にお迎えに行ったときに、急にすごい雨が降り出して、本当にスコールのようだったのです。カンボジアの雨みたいで、本当に驚きました。空港についたときは降っていなかったので、そして降りそうでもなかったので、私は傘をもっていなくて、柏崎さんの折りたたみ傘に二人頭をつっこむようにして、車まで走りました。ちょっとの距離だったのに、ばけつをひっくり返したみたいに、あっというまにずぶぬれになってしまって、柏崎さんと、おかしくておかしくて、笑っていました。洋服ね、一応テレビにうつるからどれにしようかななんて思ったりもしたのだけど、びしょびしょで、本当におかしくておかしくて・・・。でも、どんなことも思い出に変わっていくから、これから、柏崎さんを思い出すたびに、あああ、雨が本当にすごかったなあって思い出すと思います。家について、私は服を着替えたのだけど、柏崎さんは大丈夫ですとばかりおっしゃって・・・お風邪をひかれないか心配です。今回はきいちゃんのことで取材に見えていました。柏崎さんは情報ツウという朝8時半からの番組でとりあげてくださるということです。今のところは、予定は8月13日なのだそうです。私の部屋をおもしろいと言って、なめるようにとっていかれました。どれくらいうつるかな?帰りに一緒に、空港で、おそばを食べました。いつも空港に朝行くとき、行っているうどんやさん。

7月9日 昨日書かなかったのだけど、すごくびっくりすることがあったのです。オーケストラに行ったら、本当にびっくりする人に会えたのです。それは、タン先生。去年の夏、ベトナムへ出かけたときに、ベトちゃんドクちゃんに会ったのですが、タン先生はベトちゃんドクちゃんの病院の院長先生なのです。病院内を案内してくださって、お友達になった方なのです。タン先生は、ベトナムから、ベトナムへ行くときに、私たちも大変お世話になった、ますくら先生のところに来ておられたのでした。タン先生は髪を短くされて、そして日本で昨日、お買い物をされたというかわいいピンクのブラウスを着ておられてそれが、とても似合っていました。ますくら先生とタン先生は、オーケストラを楽しまれるだけでなくて、養護学校の子供たちがかわいくてたまらないと言った感じで、にこにこと笑顔をむけておられました。ああ、でも不思議です。だって、もうお会いできないだろうと思っていた、コアイ先生にも会えて、そして、昨日はタン先生にも会えたのです。さよならのときの、See you againのタン先生の言葉を聞いて、きっときっとこれが最後じゃなくて、またお会いできるに違いないと思ったのでした。
 旅に出ているあいだに、父が手術をすることに決まりました。むずかしい手術ではないからと父が言うけれど、私はやっぱり気になります。でも、日本にいたら、もっともっとどうしたらいいかわからなくなるかもしれないから・・・でも、やっぱり気になるので、今年こそは海外からもインターネットにつながっていたいなあと思いました。それで、ソネットのHPを見たのだけれど、私には難しくてあまりよくわかりませんでした。それで、電話をして、おたずねしたら、とってもていねいにていねいに教えてくださって、感激しました。私のおうちはアナログ回線しかつながらないので、それで電話をしていると、インターネットにつなげることができないのです。電話の向こうの方は「携帯電話の番号をお知らせくださいますか?」と言ってくださって、電話をかけてくださって、それでインターネットにつなげながら、携帯電話から、ずうっと説明をしてくださったのです。わからない私は、それはどこですか?何色ですか?右の方?とか、なんだかわからないことをいっぱい言ったのに、ちっともいやがらないで、あきれないで教えてくれました。おまけに、アナログ回線なので、ホームページなどもすごくゆっくりしか表示されないのに、それにもつきあってくださって、何度も「ていねいに教えてくださってありがとうございます」って言うたびに、「とんでもありません。またどうぞ何でもおっしゃってください」なんておっしゃるのです。本当にうれしかったです。そしてその男の人は、電話が終わったとも、また携帯に電話をくださって、一度目は、もしものときのアメリカの電話番号、二度目はお風呂に私が入っていて、3度目は、東京へのお尋ねのときのファックス番号を教えてくださって、それから、他の細かい設定もみーんな確認くださったのです。
 私は子供さんに何かを尋ねられたときに、こんなふうに親身になって答えてるだろうかって思いました。
 明日は日本テレビの方が私のところに来てくださることになっています。また新しい出会いができることがうれしいです。

7月8日 オーケストラアンサンブル金沢の演奏会がありました。フィルテという会場へ金沢地区の養護学校が集まるのです。地域の学校から来たかなちゃんとゆかちゃんは初めてのオーケストラ。すごくこの日を楽しみにしていたのです。ゆかちゃんは、少し身体の具合が悪かったけれど、でもどうしても行きたいとおうちでお母さんにお話ししての参加でした。かなちゃん、ゆかちゃんだけでなく、こんなにたくさんの笑顔が、あちこちであふれていて、子供たちが、もっともっとこんなふうにオーケストラだったり、歌手の方の歌を聴く機会があったらなあと思いました。カノンの演奏になったときに、ゆかちゃんが、「あ、これ」と言いました。上田先生のお別れ会に、私がヴァイオリンを弾いたときの曲だと覚えていてくれたのでした。最後に「世界にひとつだけの花」の曲が演奏され、みんなも拍手をしたり、歌を歌ったりしました。何度も聴いたり口ずさんだりした歌なのに、「ひとりひとり違う種を持つ、その花を咲かせることだけに、一生懸命になればいい」というところで、自然と涙が流れました。そのあとのアンコールではひょっこりひょうたん島・・・子供たちの気持ちも最高潮に達して、本当に楽しくて、終わった後も、「楽しかったね」と何度も言い合ったのでした。   

7月7日 七夕の夜をいかがおすごしでしょうか?私は会いたい人に会えたような気持ちです。出身校である金沢二水高校に出かけてきました。生徒さんが主催をされる読書会に呼んでいただいたのです。でてくださった方は、全校の中から希望してくださった生徒さんとのこと。まっすぐな目で私の話すのを聞いてくださって、そして、自分の話を伝えてくれました。「泣きそうで話せない」と言ってくださった方、目に涙をためて、お話してくださった方もおられました。ああ、もっともっと時間があったら、もっと仲良しになって、いろんなお話がしたかったな。私は、高校生のときにどんな目をしていただろう・・・どんなことを考えていただろう・・・いろんなことを思って、母校をあとにしました。メールくださいねってお願いしました。くださいね。  

7月6日 昔のたんぽぽの仲間たちの音楽が聴きたくなって、いつも助けてくださる千代さんに前の音楽を探していただいて、入れていただきました。とてもなつかしく、うれしいです。この音楽もtakesiさんが作ってくださったものです。思えば、本当にいつもいつもたくさんの方に助けていただいて、このHPや本や、それからたくさんおことが続いていられるのだと思います。ありがとうございます。
 今日は雨。バーベキューの予定だったのですが、雨のため、ガレージの中での行事になりました。しんちゃんのお父さんがいわなをたくさん持ってきてくださったり、ももちゃんのお母さんが、おうちで作った野菜をたくさん持ってきてくださったりで、ガレージの中でも、とっても楽しい、おいしいバーベキューでした。
 明日は母校の二水高校へ行くことになっています。放課後に開かれる読書会で大ちゃんの本「土の中にはいつもいっぱい種がある・・」を扱ってくださるそうで、呼んでくださいました。私がいたころの建物はとてもユニークなつくりでした。二階、3階、4階は、となりの教室に行くのに、2階まで降りてろうかを行くか、テラスをとおらないと行けないつくりになっていました。新しい建物になっても、ユニークなつくりは変わらないのだとか・・新しい学校を見るのが楽しみです。 

7月5日 今日は育友会主催の夏祭りの日。12:00〜14:00まで、焼きそばやおにぎりやアイスクリームやジュース。それから音楽の尾崎先生のお友達のグループのミニコンサートなどもありました。お母さん方がたくさん用意をされたお店やさんは大繁盛、卒業生もたくさん来ておられていました。制服じゃない子供たちも、またとってもかわいかったり素敵だったりして、いつもと違う感じがしました。
 今朝の北国新聞に、春からの3冊の本を紹介してくださった、共同通信社の記事が紹介されていたので、お母さん方や同僚が「新聞見ましたよ」と声をかけてくださったのが、とてもうれしかったです。たくさんの人数の生徒さんのために、違う学部のお母さん方とはお話ししたことがなかったのに、新聞のおかげで親しくお話させていただけたことがすごくありがたいなあと思いました。今日は夏祭りの前に雪絵ちゃんのおうちに行きました。そして、やっぱり私、すごく元気になったのでした。雪絵ちゃんはいつもそこにいてくれる・・・私がつらいとき、悲しいことがあったとき、そんなときもいつもいつも病院か家かそのどちらかにいてくれる・・雪絵ちゃんは、もちろんお出かけできた方がうれしいのだけど、いつも出かけるということは難しいから、やっぱりどんなときにもいてくれるのなあと思うと、私はつらいときに、「ああ、雪絵ちゃんに会いに行こう」って思えるって言うと、雪絵ちゃんは「うれしい」と言ってくれました。 

7月4日 強い風が吹いて、雨が降って、気温も5月の末くらいとかで、今日はプールはお休みでした。私の「イアンソープな私」について、たくさんのメールをありがとうございます。「もじもじくんな私」という題名にするべきでしょう・・とか、「やられました」「うそつき!!期待したのに・・(笑)」なんていうメールまで。 ああ、ごめんなさい。あれ以上は、ネットで許されそうになかったのですもの。
 明日は夏祭りです。育友会主催の夏祭り。おうちの方が、ずいぶん前から用意をされていました。子供たちも楽しみにしています。私も楽しみ・・・

7月3日 長袖長ズボン水着を今年買いました、今日はいりました、と日記に書いたら、「水着の写真をアップしてください」とか「みたいです」というメールをいーっぱいいただきました。女の人からのメールがいっぱいだったから、きっと私と同じで日焼けが怖いからどんな水着か知りたいのかなあと思いました。ほとんど露出もしていない・・・どちらかというと、普段の方が、露出度が高いのですが、それでも、水着姿。ときどき日記に、(ネットに)そんなものをいったい載せていいのか・・・「みたくなーい」とか「やめろー」という意見がいっぱいあふれないのか・・・そう思ったのに、なんと、大胆にもときどき日記に載せました。じゃーん。それも、いろいろなショットを載せました。なんということ・・・見てください。
 小学館の野上さん(以前、大ちゃんとの本、”好きやって、言わないくらい好きやって”を作ってくださったお二人の方のうちのお一人)が”がんばれ!「ガクちゃん」先生”という本を送ってくださいました。副題は・・脳性まひの現役中学校教師の奮闘記・・(小学館)1.300円
 実は今日、少し考えさせられることがありました。ある方の講演会でのこと、前でお話しておられた講演者の方が、「Sくんの行動をどうしたら、助けてあげられるか。カウンセラーの立場から、どうしたらいいか」という話をしておられたときに、近くに座っていた方から話しかけられたのです。「Sくんを障害者扱いして・・・おかしいよな」私は”障害者扱い”という言葉の方に、もっとひっかかりを覚えてしまいました。その方は人権についてよく係をされている方でもあったので、ことさら、私はひっかかりを覚えたのかもしれません。「そういうことじゃないと思う」・・・講演会中だったこともあって、そういうのがやっとだったけれど、私の思いと、その方の思いの食い違いをお互いに知る上でもお話しあえたらよかったなあと思いました。
 ガクちゃんは障害を持っているがゆえに、ガクちゃん先生でなければできないことをどんどん子供たちとやっていくのです。周りの人が、教員の研修旅行に、「親同伴で来てほしい」とガクちゃん先生に言ったりします。ガクちゃんは「できない(こともいくつかあるにはあるけれど)」からこそ、「できる」ことをどんどん子供たちに、そして周りの大人にも伝えていっているのが、なんてすばらしいだろうと思いました。  

7月2日  プールとってもとっても楽しかったです。中学高校と水泳部だったのとお話すると、いつも、もうすっかり仲良くなった人も、初めての人もびっくりします。すっかり仲良くなった人がびっくりしるのは、普段の生活があまりに、スポーツとかけ離れていて、力もないし、転んでばかりいて、それから走るのが遅かったり、いろんなことができないのが、わかっちゃうからかな?それから、初めての人がびっくりするのは、うーん、どうしてだろう・・・やっぱり、運動できない雰囲気をかもしだしているからなのでしょうか?でも、そのとおりで、運動はあまりできません。ほとんどできません。だけど、プールの水の中にいると、なんだかそれこそ宇宙の中にぽっかり浮かんでいるような気持ちがして好きでした。今日も、体の周りがみんな水ですごくうれしかったです。子供たちと手をつないで大きな円をつくって(人間洗濯機みたいに)回ったり、歩いたり、ちょっともぐったり、子供たちもにこにこしていて、本当に楽しかったです。
 共同通信の伊佐さんが、きっと記事を書いてくださって、新聞に「新聞に載っていたよ」というメールをいくつかいただきました。ありがとうございます。うれしい!!ごらんになったら教えてくださいますか?

7月1日 今日から7月。もう、一年の半年すぎたのですね。前半はちょっといろいろとあったので、長かった気もするし、もう、そんなにたってしまったのかと思ったりもします。時間というものは本当に不思議ですね。一学期ももう少しになって、それも、不思議な気がしています。さくらんぼの種を今日、3つまきました。芽でるかな?種から気を育てるのが好きです。どんぐりも、ずいぶん大きくなりました。ちょっとトトロみたいです。バナナを土に埋めたらバナナの木が生えてくるのかな?ためしてみたいなあとおもいます。 
 明日、私、初めてプールに入ります。子供たちはもう、入っているのだけど、私は違う時間割の方だったのです。うれしいな。子供たちと入るプール大好きです。晴れるといいな。晴れてほしいな。

6月30日 昨日はパソコンで、それも十分なおっていないのに、私ときたら、今日はまた車です。なおったはずでしょう?車。エンジンも快調なはずでしょう?それなのに、辰口まできたら、アクセルを踏んでも、ゆーっくりになって、そして、とうとう、トスンと車がとまってしまったのです。もうそうしたら、エンジンをかけても、もうエンジンはかかりませんでした。すごく悲しくなって、車は後から後からくるし、おろおろしていたら、実はそこはガソリンスタンドの前だったので、すごくラッキーでした。ガソリンスタンドの方が、どうしたの?っていってくださって、「あ、ガソリンがないよ。ガス欠」って言いました。そして、ガソリンを入れてくれたので、ほっとしました。「ちゃんと車の前の計器とか、ミラーとかも見てね」と言われてしまいました。でもね、本当はちゃんと見ていたの。あの、ミラーは確かに見ません。というか見るのを忘れます。でも、計器は見ていたの。それでまだ半分のところだったの。ずっと半分のところだったのね。それで、知り合いとおととい、乗ったときも、あ、半分だねえなんて話していたの。ずっと半分のままだったのにな。それを学校へ行って話していたら、学校の友達が、それは違う計器だよ。それはね、温度・・温度は真ん中へんなの。もうひとつ違うのがあるはず。私はそれを聞いても、なんだか不思議でした。前はこっちが確かガソリンのほうだったの。途中で変わったのかな?友達は「ぜーったい。ぜーったい、変わってない。かつこさんの勘違いだ!!」と大声で言ったのでした。

・・・そうかもしれない・・・ 

6月29日 パソコンをたちあげたら、突然、何とかの何とかが壊れているので、ウインドウズがたちあがりません。という文字が現れました。ええ!!?何回立ち上げなおしてもだめなのです。あーん、私が何をしたというの??でも、今はなんとか、なおって、こうして、使っています。ただ、メールのアドレスとメールが助かりませんでした。困ったなあ。でも、しっぽが送れて、それからこうして更新もできて、それから、データーのほとんどは助かったので、よかったです。
 明日から、プールの特別時間割が始まります。今年、長袖長ズボンのもじもじくんみたいな水着を買いました。だって日焼けが怖いんですもの。でも、着てみるとなんだかちょっと恥ずかしい感じです。 

6月28日 ペルーまであと一ヶ月、まだまだ時間はあるけれど、講演会が7月の日曜日に、二回あるので、そろそろ用意をしようと思っていて、このあいだのベトナムの旅行で壊れた(ベトナムとカンボジアの旅行は、なぜか、壊れたり、なくしたりする旅でした。なぜかなんて書いたけど、本当は落っことしたり、注意事項を読まなかったり、そんな私のいろいろのせいです)ものや、足りないものなどを買いました。一緒に行ってくださる野村哲也さん(写真家で、日本より国外にいる方が長くて、ペルーは何度も何度も行っておられるのです)に電話で尋ねたところによると、ペルーは変圧器はいらないそうなので、海外向けのドライヤーと、それから、いつもは大谷さんに頼りっぱなしの写真を自分で少しは撮らないとと、3倍ズームになる、サイバーショット(デジカメ)を買いました。あとは血液を濃くして(ペルーは標高が高いので、酸素が薄いのだそうです。私はちょっとだけ、血が薄いので、濃くしておきたいのです。そうでないと、なお、高山病になるかもしれないから)それから、向こうは冬だそうなので、しまった冬の服を少し出したり・・・そんなことを少しずつしようと思います。久しぶりに金沢のペットショップに行きました。前はダックスばかりが来ていたのに(今日は説明書きが多くてすみません。そのお店は犬をつれてくるお客さんが多いのです。半分くらいはつれているの)今はチワワが一番多かったように思いました。チワワも可愛いですね。コマーシャルの影響なのか、チワワが大人気なのですって。 

6月27日 凛の一歳のお誕生日。まだ一緒にいて、一年しかたっていないなんて・・・・昨日、動物のお医者さんで、「かけがえのない、大切な君なんだ」というようなことがあったけれど、凛にもそういいたいです。何があっても、明るくて、やさしくて、可愛くて、まっすぐな目で私を見る。とぼけていて、おしっこやウンチや、失敗もいっぱいするけれど、たった一人(一匹の)かけがえのない、あなただからって言いたいです。
 凛がうれしいかどうかわからないけれど、新しい首輪をプレゼントしました。 

6月26日 合宿でした。お母さん方はご飯を作ってくださって、夜には戻られたので、子ども達と私たちで眠りました。いつも日中は一緒にいれても、お風呂へ一緒だったり、一緒に眠ったりということは初めてでした。みんな裸ん坊なのに、お風呂の中で、くっついてて、きゃあきゃあいいながら入って、お布団の中に入っても、みんななかなかうれしくて眠れないのです。ゆかちゃんは、おうちから離れてお泊まりというのは、ほとんど初めての経験だということでした。夜中もなかなか眠れないようで、何度も私の手をにぎり、急にぎゅうっと抱きついてきてくれて、ああ、不安なんだなあ、私を頼りに思ってくれているんだなあととてもうれしかったし、いとおしかったりしました。みいちゃんやあきちゃんは寄宿舎で生活をしているからでしょうか?朝、おふとんをさっさとあげてくれました。歯ブラシを教室に忘れたので、夜の学校の中を、「学校の怪談だー。コワーイ」なんて言いながら、またきゃあきゃあと取りにいったり、少し雨が降る中花火をしたり、子ども達がいっそう可愛くて、合宿が終わって、またもっと仲良しになれた気がしています。 

明日は凛のお誕生日。1歳になります。

6月25日 今日は今から合宿です。子ども達は朝から、すごく楽しみにしていてくれます。タクシーで近くのアピタというスーパーにも出かけることになっています。「アイスクリームを食べたい」「お菓子を買おう」と何度も声をかけてくれました。くわしいことは明日書きますね。

6月24日 朝4時くらいに、あっと思って、ベッドから起きあがって、あじさいのお花の下をのぞきました。土砂降りの中、ずぶぬれになりながら、小さい小さい子猫がみゅあーって鳴いていたのです。おいでといったら、よちよちと私の手に乗ってくれて、私、すごくうれしくて、また、雨の中、私もずぶ濡れになりながら、ぴょんぴょんはねていたのです。お風呂に入れてかわかしたら、ふわふわの毛のかたまりになりました。小さいんだよ。可愛いんだよ。ミルクをぺちゃぺちゃと飲みました。ぺっどから起きたとき、涙(なみだ)という名前を思いついたから、そういう名前にしました。お医者さんの友達がもらってくださるとのこと、私もずっと一緒にいたいけれど、残念ながら猫のアレルギーで、息がひどくなってしまったり、傷がついたら、手が腫れたりしてしまうの。
 The14TH Moonの伊部さんが、「ブライス」というお人形の写真展のはがきを送ってくれました。ご自分のところに来たはがきなのだけど、「山元さん、好きだったよね」と前に続いて、また送って下さったのです。すごくうれしかった・・・伊部さんのところで、本当にたくさんたくさんの方が個展をされます。伊部さんはそれでも、誰が何を好きだとかをきっと覚えていて下さって、「あ、これ、あの子好きだったな」って面倒がらずに送って下さるんだって思いました。
 明日は合宿です。親子合宿。普段通り授業があって、夕方から学校の中にあるききょうの家というところで、合宿をします。お母さんも一緒なのです。子ども達はずうっと前からとても楽しみって言ってくれていて、私もとても楽しみです。

ニュンさんからいただいた結婚式の写真、ときどきカメラ日記にアップしました。

6月23日 あと一月でペルーだというのに、いつもなら、読みあさっている行き先の本を読むことができずにいます。というのも、圧倒的にペルーの本が少ないのです。去年はカンボジアも、ベトナムも、歴史の本、お料理の本、手芸・工芸品の本、それから観光の本、言葉の本、いっぱいあったのだけど、なかなか見つけられません。新鮮な目で見られるからいいかなあと思いながらも、すごく読みたくてたまらないのですもの。
 昨日はテレビで鶴太郎さんが、カンボジアに行かれたのをしていました。とてもなつかしいカンボジアの風景や、アンコールワットなどがうつされていて、そして、とても誠実で人なつっこいカンボジアのお国の人と鶴太郎さんのかかわりが本当に素敵でした。当たり前のことなのに、いつも思うこと。旅に出て、帰ってきて、そこにその国はきっとかわらずにあって、日本にいる私がすごしていると同じ時間が流れている・・・ただそれだけのことが、なんだか不思議でたまらないのです。ペルーではペルーの天野博物館で、ペルーに住んでおられる方の前でお話をさせていただくことになっています。それから、今日、一緒に行くyamaさんに、ペルーの小学校でみんなで歌を歌いたので、歌唱指導と、それから、演奏をお願いしました。どんな旅になるでしょうか。きっといろんなことをまた私に与えてくれる旅になるんだろうな。

6月22日 電話の調子がずっと悪くて、(というのも、夜に、何度も公衆電話から電話があって、恐くて、公衆電話や非通知を届かないようにする方法を教えてもらって、何かボタンを押したからなのです)でも、どこからかけて下さる電話も、FAXの音が出たり、話し中になってしまって、どうやってもどうやってもなおらずに、たくさんの人に心配をかけていました。もう少し古くなっていたこともあって、あまり長い間壊れたままなのもと思って、新しい電話とFAXを買いました。ちょっと前と違ってずいぶん安くて、ほっとしました。
 電話帳をみんな入れ直そうと思うのだけど、私、パソコンは好きなのに、他の機械はまったくといっていいほどだめです。いえ、パソコンもダメなのですけれど、もっともっとわかりません。でも、電話は通じるようになりました。本当にご心配をおかけしてごめんなさい。
 ところで、代車に変えた日に、さくちゃんという高校生が「かつこ先生、車は?」と教室に聞きにきてくれました。教員だけで百何十人もいて、車もその数あります。さくちゃんはきっといつものようにバスから降りて、玄関まで、何十メートルか歩いただけで、玄関についてしまうのに、そのあいだに、誰の車があって、誰の車がないとか、一瞬でわかっちゃうのかな?すごいなあと思ったのでした。

6月21日 髪を切りました。初めての美容院。少し緊張して行きました。後ろが少し短くなりました。ちょっと短くなりすぎたかなと思ったけれど、夏ですものね。いいよね。
 宇宙の秘密というページを作って、文章を書き出してから、またいろんなことをずっと考えています。夜、お部屋にいて、ベッドの中にいて、それから車の中にいて、いろんなことを思います。
そしてね、思うことは、生きているって素敵で、おもしろいってことかもしれません。
 今日は本当にゆっくりした一日でした。朝お掃除をしたあと美容院に行って、おうちに帰ってごろごろして、そして、夕方いちじくと凛とゆっくりお散歩をして、また本を読んだり、ごろごろしたりして、今、やっとパソコンに向かっています。 

6月20日 一ヶ月の間、高等部にきてくださっていた上田先生のお別れ会がありました。短い間だったけれど、本当にお優しい先生で、子ども達は先生のことが大好きでした。今日は体力作りの時間に、体力作りのかわりに「大好きな上田先生のお別れ会」というのがありました。司会の中田くんも「大好きな」という言葉を必ずつけて「大好きな上田先生のお別れ会を始めます」という風にお話していました。それだけ大好きなのですね。二人のお子さんが代表してお別れやありがとうの言葉を言い、プレゼントを私、それから「バラが咲いた」を子ども達は合唱しました。私も教員の出し物で、下手なヴァイオリンでカノンを弾きました。短い間でもお別れはやっぱりとても寂しいです。
 昨日は台風で、みなさんは被害がありませんでしたか?夜、風が強くて、でも、その風で雲がすっかり飛んでいったのか、お星様がとてもとてもきれいで、葉っぱが飛んでいたり、いろんなものが飛んできたりして、なんだか楽しくなって、風の中で、凛といちじくと3人で(一人と2匹で)くるくるくるくるまわっていました。おもしろかった。 

6月19日 とてもとても蒸し暑い一日でした。座っているだけでも、汗がじっとりにじんできそうな日。台風が来ているからなのだそうです。今外は風もずいぶん強いです。
 かなちゃんのおばあちゃんが亡くなられたとのことで、かなちゃんはお休みでした。ゆかちゃんは朝から寂しくてなりません。「可愛い子がいないね」「つまんない。つまーんない。可愛い子がいないから」・・・ゆかちゃんはかなちゃんが大好きで大好きでならないのです。手を見ても足を見ても、お顔を見ても、しぐさを見ても、私に「かなちゃん、見て、可愛いねえ」と言います。帰りにゆかちゃんはかなちゃんに手紙を書いていました。[dearかなちゃん、早く学校に来てね from ゆか」3人そろって当たり前になっている教室。本当に誰がかけても、さびしいです。
 父に電話をしたら、あまり元気のない様子。昨日の検査で疲れたとのこと、それとも検査の結果があまりうれしくないものだったのかな?父が元気がないと私も元気が出ないです。 

6月18日 代車のことで、たくさんメールをいただきました。「あれは椅子とは言いません。シートです。あくまでシートです」というメール。「どこかに必ずレバーなり、なんなりがあるはずです」「シートの前にレバーというより、鉄でできた長い棒がありませんか?」ありがとうございました。ありました。シート(椅子と言ってはいけないのですね)の前に確かに鉄の長い棒でできたもの・・・ボタンとかレバーばかりさがしていたので、気がつきませんでした。実はちょうど電話をしてくれた学校の同僚が、「どこにあるのかわからなくて、身体をななめにして運転している」と言ったところ、三菱さんに電話をして、聞いてくれて、それで場所がわかったのでした。
 また代車のお話なのですが、昨日の帰り道に代車をいただいて、朝も、代車に乗って学校に来たのに、たくさんの車が並んでいる中で、私の代車がどれだったかということがわからなくなりました。どんな形で色だったか、忘れてしまって、いったいどこあたりに停めたかということすら、忘れてしまったのです。「どうして?」ってわからないの。どうしてもこうなっちゃうの。言い訳をすれば、家にあるときは一台だったから、どの車かわかったの。たくさんあると、選ばなくちゃいけないでしょう。だからです。あまり言い訳になっていないでしょうか? 

6月17日 今日から代車です。というのも、前からオイルというのがすぐ少なくなってしまったり、ターンベルト(だったかな?)がもう変えなくちゃいけなかったりしたので、調べて頂いたら、なんとエンジンをすっかりと替えて下さるっておっしゃるのです。それも、無料で・・・すごくうれしいです。2週間かかるのですって。それで替えたら、また10万キロ大丈夫なんですって。10万キロも大丈夫・・だったらまた3年大丈夫なんだ・・・どうしよう・・・すごくうれしいし、でも、車を買い換えなくちゃって思っていたのですね、そろそろいろんなところが壊れてきたからなあと思って。それで、本とかも見たりもしていたので、ああ、また3年かあとちょっとがっかりもしたのでした。
 ところで、車の椅子がすごく後ろにあって、それを前に出す方法がわかりません。それで、すべるように、足を前へぴんぴんに出して、おしりを前に出して、ななめになって運転しています。どこを探してもないのです。レバーとかボタンとか・・・困ったな。 

6月16日 同僚と楽器を演奏して遊びました。おもしろかった・・・今日はパッフエルベルのカノンをしました。私の大好きな曲のひとつで、今度、みんなで出かける音楽教室でオーケストラが演奏してくださる曲のひとつなのです。ピアノを弾いたり、ヴァイオリンを代わる代わる弾いたらすごく楽しかったから、今度またしようと約束をしました。楽器はやっぱり好きです。私、あんまり上手ではないのです。というか下手なのだけど、でも、そんなことより、やっぱり楽しいと感じられることがうれしいです。
 今、すごい稲妻が光り、どーんという恐ろしい雷の音がしました。雷大嫌い・・・すごく恐いです。前にも書いたけれど、雷が、二度落ちたのです。いちばんよく覚えているのはお風呂場の釜に落ちたときのこと。私は湯船に入っていました。火がぼおっとお湯の中にも入ってきました。そして、ボイラーに火がついて、母が、私が中に入っているのを知っていたので、その火を消そうとして、顔に大やけどをおったのを覚えています。ずいぶんとひどいヤケドで、我慢強い母が痛がっていたし、しばらく顔が真っ黒で、すごく心配をしました。今では、ヤケドを母が負ったこともわからないようになったけれど、しばらくは、自分のために母がこんなことになってと思ったのを覚えています。今でも雷は恐くて恐くてたまりません。 

6月15日 昨日明け方近くまでかかって、本は全部本棚におさまったのに、また、今、お部屋が大変なことになっています。今まで載せて頂いた原稿や、雑誌、新聞の切り抜きを持っていてくださることになったので、机やそれから、ふたつの書類棚の整理を初めてしまいました。少し初めて、もう後悔。あーやめておけばよかった・・・明け方にやっときれいになった私のお部屋が、また同じくらい大変なことになっています。今日も明け方?やーん。

6月14日 お部屋が大変なことになっています。壁一面にある、本棚の整理をしだしたら、いつものように収拾がつかなくなってしまったのです。棚の高さをかえるねじがついていることに気がついて、少し下げたり上げたりしていたら、他の棚まで、被害がどんどんひろがって、お部屋中に本がちらばり、本をつんでおいたら、いちじくがそれを倒して、りんが、それをひっぱって、いっそう大変なことになりました。でもなつかしいものもいっぱい出てきました。昔載せて頂いた週刊誌、女性自身とか、女性セブンとか、それから、常磐貴子さんが「さびしいときは心のかぜです」の本をかかえて写っている表紙の本とか、PHPとか、それから、校正の原稿とか・・・。ところで、この本、どこに入っていたんだろう。また棚におさまるのかな?何もさわらないほうがよかったのかな? 

6月13日 じっとりした一日。なんだか、頭の中までごちゃごちゃしてきて、県外のいろいろなことをみんな小林さんがしてくださっているのだけど、県内のことや、原稿の依頼をいただいたことや、なんだか、何日までだったかとか、同じ日に、行事がはいっていないかとか、そんなことが急に不安になって仕方がないのです。きっとこのあいだ失敗しそうになったから・・・
 今度近くの小学校へ出かける日と、もしかしたら、合宿が同じ日だったのではないかという思いに急にとらわれて、でも、きっといくら私でも確かめたはずだからと思うのだけど、でも私だから、また失敗しているかも・・・と不安になって、書類を探してもでてこないくて、宮田先生にお尋ねしたら、合宿は25日と26日の朝まで、そして、講演会は26日で、ぶつかっていなくてほっとしました。ああ、もっとちゃんとしなくちゃ・・・ちゃんといろいろしなくちゃ・・・と、やっぱり不安な私です。  

6月12日 ああ、大失敗。大変なことをしてしまいました。校外学習へ出かけて、みいちゃんが「私のお財布、鞄から探して」と言ったのです。「あー!」前日にお財布を持ってきたみいちゃん、なくならないように職員室の引き出しの奥に入れて、そのままみいちゃんに朝、渡すのを忘れていたのでした。「ごめんね。1000円、私の使ってね」そう言っても、みいちゃんのお母さんが、用意してくださった可愛いお財布を使うのをずっと楽しみにしていたみいちゃんが、簡単にいいよと言えるはずがありません。ワァワァ泣いて、突然走り出しました。みいちゃんのお母さんが前にお買い物へ出かけて、みいちゃんがいなくなっちゃって、1日探し回ったとおっしゃっておられたことを思い出しました。いそいで追いかけたら、みいちゃんは下着売り場の影でずっと声を上げて泣いていました。なかなか食事をしようと言ってくれませんでした。中川先生や宮田先生もせっとくしてくれて、私も、キティちゃんのお財布を買ってきました。(出ないと、お買い物のときに困りますもの)他の子ども達のところに言っている間に、宮田先生がみいちゃんをマクドナルドにつれてきてくれました。(女の人の下着売り場で泣いていると、困るなと宮田先生が言われたら、みいちゃんは立ち上がってくれたのですって)にこにことマクドナルドを食べて、一緒にゲームをしたり、プリクラをとったりしました。帰ってから、みいちゃんのお財布に入った1000円と、私が渡した1000円の残りのおつりを替えようとしたのだけど、みいちゃんにとっては、1000円は、お母さんが渡してくれた1000円だから、みいちゃんのもののように感じたのだと思うのです。そして、キティちゃんのお財布も、やっぱり、自分のだと思ったのだと思います。なかなかこの1000円は、違うということなどに、納得してくれなかったり、ずいぶん泣かせてしまったりして、本当にすごく反省しました。スーパーでもひとり、あっちへ言ったりこっちへきたりしているあいだに迷子になっちゃうし、プリクラの印刷されるのを待っていたら、気がついたら、みんないなくなっちゃうし、本当に、私、なさけなくて、ごめんばかり言っていたのでした。でも、かなちゃんは私があやまるたびに、「ごめんねえ」って言ってくれるし、ゆかちゃんは笑っているし、本当にやさしいのです。
 千代さんの新しい原稿がアップになりました。それから、大阪の講演会の詳細をアップしました。

6月11日 明日は進路先見学学習という校外学習に行きます。最初に卒業生の先輩がつとめている作業所を見学します。入浴剤のパック詰めや箱織り、それからおつけもの作りをしているのだそうです。それから、大きなスーパーで1000円で、食事や、余ればゲームやお買い物や、プリクラなどをします。それから、その次は金沢の納豆、金城納豆の工場を見学させて頂くことになっています。クラスの子ども達と、外でお買い物をしたり食事をするのは始めて、どんな顔をみせてくれるでしょう。ひとつ行事をすごすごとに、もっともっと分かり合えていくような気がします。とても楽しみ。
 今日はハヤシライスでした。私にとって、給食の量はずいぶん多いのです。となりの席のゆかちゃんと前に座っているみいちゃんが、「残しちゃだめ!」と私にずいぶん厳しくて、それでも食べられないと、ゆかちゃんが私のおはしで、私の口にハンバーグやにんじんを入れます。私も口をあけざるを得ません。でも、みんなこれ以上は無理そう・・・というのも感じてくれて、2つは食べなさいねって、言われて、やっとやっと食べています。あー。去年ははるちゃんに「食べて!!」って嫌いな物も一つは食べてねって言っていたのに・・・今年は私の番でした。

6月10日 PHPの編集の仕事をしておられる
森本さんから、大好きなお友達の井上冬彦さんの新しい本が届きました。「Love Letter 母なる大地に想いを込めて」本の扉を開けたとたん、あたり一面が草原に変わり、アフリカの風が吹き、アフリカのにおいがしました。動物の吐息や鳴き声が聞こえ、胸が高鳴りました。15年間、30回以上もアフリカを訪れた井上さんは、確かにアフリカに自然と受け入れられ、アフリカはよそゆきではない、愛やさびしさや、厳しさやいとおし、そして、やっぱり愛を見せてくれているんだと強く感じました。またアフリカに行きたくなりました。本の発売は6月18日だそうです。

6月9日 梅雨の前のお天気の日はとても貴重な気がします。ついこのあいだまで、膝丈だけだったかえでが、もう、屋根よりも大きくなって、大木になりつつあります。雨のたびに大きくなるみたい・・・
 先週はずっと作業だったので、今日はひさしぶりの授業の日でした。授業で、昨日のお話をしました。「海行った・・・ざぶーん。ざぶーん。きゃーってした」「生まれて初めてカラオケに行ったよ」と話してくれたり、手振りで、ゲームをしていたよと伝えてくれた男の子もいました。柴田先生は本やさんで、学校の子どもさんに会ってうれしかったお話を、塚原先生は、公園に行ってあそんだお話をしてくださいました。私はもうちょっとで大変なことになるところだったお話をしました。みんなよかったねえ・・間に合ってって言ってくれました。机にすわらず、床に円になって、みんなのお顔をみながら、そんなふうに、みんな少しずつお話をしています。 

6月8日 昨日はPHSがつながらなくて、更新ができませんでした。朝になって、まだ昨日のスリリングな体験を思うと、ぞっとします。もう、こんな失敗を絶対にしたくないなあと思いました。夜、雷がすごかったし、地震もあったしで、少し怖い夜でした。でも、おおきなお風呂に一人で入って、それから、ずいぶん久しぶりにおふとんで眠って(ベッドで眠ることばかりで、お布団で眠ったのはいったいどれくらいぶりでしょう。去年、富士山麓のお宿に泊めて頂いて以来かな?)ちょっと変な夢もみたけれど、しっかりと眠れたような気がします。今日は、古田さんが、白川町とその中にある黒川というところを案内してくださいました。電車に乗り遅れたと知ったときに、一瞬車で行こうかと思ったのです。白山スーパー林道を越えれば、白川郷というところにすぐに行ける・・きっと2時間くらい。だったら間に合うかもしれない・・白川郷と白川は別とおっしゃっておられたけれど、でも、名前が同じだからきっと近いはず・・そんなことを思っていたけれど、大間違い。白川郷と白川町はなん車で4時間も離れていたのでした。ああ、車で出てなくてよかった。今日は、まず古田さんのおうちに連れて行って頂きました。古田さんの愛犬ぽちゃちゃんの赤ちゃんを見せてもらいました。すごく可愛いのです。ああ、お人形さんみたい。ずっとだっこしていました。古田さんのおうちは古いしっかりした作りのおうち。太い梁があったり、石垣があったり・・とても落ち着きました。奥様がまた素敵で、ファンになりました。そのあと、雑穀を作っておられる方のおうちに案内していただきました。そこにもももちゃんという可愛い犬が。・・・雑穀の畑は素晴らしいのです。ひえ、あわ、きび、大麦、小麦・・・たくさんの作物が無農薬で見事につくられていました。そこで、えみちゃんのいう女の方とお友達になりました。えみちゃんは薬剤師をしておられたけれど、薬に頼るのじゃなくて体を食べ物で作ることから始めたいと、農業の研修中とか。春先はたんぽぽやはこべなんかも食べるよと教えてくれました。
今、しらさぎに乗っています。ひさしぶりの講演会。またたくさんの素敵な方と会えた旅でした。

6月7日 「こんなスリルのある日は始めてだった」「今日は自分で自分をほめたい気がする」「ああ、守られてるね」旅館について、眠る前に二人でジュースで乾杯をしようと珍しく小林さんがいいました。「ああ、おいしい、ジュース」私もしみじみと手にしたデカビタのおいしさを思いました。もし、あのとき、もう1分小林さんの電話が遅かったら、電車に滑り込めなかったら、こんなにおいしいジュース飲めなかったなとしみじみ思ったのでした。
 実は、今日は大変なことをしてしまいました。私がチケットを見間違えて、出発時間を見間違えていたのが始まりでした。11:00の電車と思いこんでいた私は10時20分頃、いつもの駐車場が満員でどうしようとためらっていました。そこへ小林さんから電話。小林さんはそろそろ、私が岐阜駅に着く頃だから、いったい何号車に私が乗っているのか聞こうと思ったのだそうです。ところがそんなことを知らない私は「小林さん、駐車場が満員でどうしよう・・」なんてのんきなことを言いました。小林さんは驚いて、「え!?チケット何時になってる?」「11時です」そして、確かめてビックリ。11:00なのは、岐阜からのチケット、小松は8時に出ることになっていました。急に青ざめて・・どうしようとすごくあせりました。とりあえず、隣の、(実は、時間いくらなので、一日も停めていたら大変だと思って、ためらっていたところにためらっている場合じゃないから、)駐車場に車を停めて、いそいで駅にいきました。そのあいだに時間を調べていてくださった小林さんが、27分にしらさぎがでるから、飛び乗ってと電話。いそいで、改札をくぐりぬけて、ホームに出たら、電車が今にも出そうなところでした。電話があってから、たった2分。やっとそれに乗って、「乗れました」と電話。「このあとタクシーがいいか、何がいいか調べておくからね」という小林さんの声に、いったん電話を切ってから、「あ、大ちゃんの詩のシートを家においてきたちゃった」大変。また小林さんに電話をしました。「でも、しかたがないから、大ちゃんのお話じゃないのをします」「いや、なんとかするから」なんとかすると小林さんがおっしゃっても、小林さんも岐阜駅におられるのです。なんともできないと思うのにまたなんとかするとおっしゃいました。それからしばらくして、また電話。「静岡の家から、ファクスをホテルにおくってもらったから、OHPシートを売っているところも聞いたから、それに、コピーしてもらうから安心して。岐阜からも電車に乗れば、講演会も5分遅れで始められるから」と電話をくださいました。でも、私、まだすごく動揺していました。2時間半も乗り遅れて本当に大丈夫なのかしら?と、でも岐阜に到着して、一時間に一本しかないという高山線の普通列車にのりつぐことができました。その電車は2時25分に白川口つくということ、講演会は2時30分から、白川口に着くと、そこへ迎えに来てくださっていた古田さん(主催者のお一人で、お友達です)の車で、車で2分の会場へ。途中古田さんが会場へ電話され「無事到着しますからもう始めていいです」私がごめんなさいとあやまると「山もっちゃん、ちゃんとやってくれますね。予定通りです」なんて言って安心させてくださるのです。というわけで、まるで何もなかったかのように講演会は始まったのでした。けれど、よくお聞きすると、最初は2時始まりのはずだった講演会がなぜか2時半に変更になっていたとのこと。もし、小林さんが電話してくださらなかったら、その電話が1分でも遅かったら、もし、乗り継ぎがうまく行かなかったら、2時から2時半に講演時間が変わっていなかったら、絶対に間に合わなかった出しょう。小林さんにはもちろんのこと、あらゆる神様に、それから、たくさんの人に感謝したいです。
 旅館のお風呂は大きくて、誰もいませんでした。ちょっと泳ぎました。 

6月6日 今日で校内実習はおしまいでした。みんな本当によく頑張りました。月曜日からは、2,3年生の現場実習(作業所や企業で実習するのです)がはじまります。私たちは1年生。一週間が終わって、ふう・・・やっと終わったって思っているんい、2,3年生は今からまだ、長い人だと4週間も続くのだと聞いて、びっくりしました。けれど、おつとめはずうっとずうっと続くのですものね。
 明日は岐阜県の白川町に呼んでいただいてでかけます。県外の講演会はひさしぶりです。月曜から金曜日までの講演会の依頼をよく学校にいただきます。でも、それはなかなかむずかしいです。夜なら出かけられますが、日中は、学校で働いていて、同僚にもいつもやさしく温かくしていただいているので、Weekdayにすることはやっぱり同僚に迷惑をかけてしまいますものね。明日が楽しみです。

6月5日 真夏のような日が続いていて、私も、半袖と短パンです。というのも、体温調節がうまくできないので、暑い日に長袖長ズボン姿だと、どんどん熱があがって、びっくりします。でも、脱いで、お水を飲んだら大丈夫。「子どもと一緒やな」と言われてしまうけれど、しかたがありません。学校の子ども達の中にも体温調節がにがてなお子さんがたくさんおられます。汗をかかないのも関係があるのかな?
 そんな話をしていたら、湯船に半分ほどお湯を入れて、ふたをかぶして、すきまに入って、長い間いると、汗もかけるように体質がかわって、すごくいいよと友人が教えてくれました。私はお風呂大好きだけど、カラスの行水です。そんなに長い間入っていられるかな?ためしてみようと思います。  

6月4日 今日は大きなハンバーグを作りました。このあいだハンバーグやさんで友達が食べたハンバーグがすごく大きくて、私もそれを作りたくなったのです。でも、作ってみたら、とても食べられる大きさではありませんでした。それで、切って冷凍して、4分の1だけ食べたのでした。ずうっとタマネギを炒めて炒めて炒めて炒めたものを挽肉にまぜて作ったら、おいしくそれからふんわりできあがりました。うれしい・・・
 食べ物のお話ばかりだけど、今日の給食は冷やし中華でした。私は冷やし中華が好き。おそばやおうどんも好きだけど、ラーメンと冷やし中華が好きです。 

6月3日 あっという間に、6月。この月が終われば、夏がやってきて、一年の半分が終わるのですね。本当にあっという間に月日がたって驚きます。7月にペルーに行くことになっていて、その
計画を生命のシンフォニーの小林さんと、ペルーの阪根博さんがたててくださっているのですが、昨日、電話がありました。「どんなところへ行きたい?」行きたいところはいろいろです。もちろん有名な観光地も行きたい・・・だけど、私はペルーに住んでいる人とふれあいたいな、ペルーの暮らしも知りたいし、いろんなことを見て、ふれあって感じたいな・・とそう言いました。どんな旅になるでしょう。とっても楽しみです。

6月2日 今日から校内実習です。最初に去年の現場実習(職場や授産所などでの仕事)や校内実習の様子のビデオをみました。なつかしい子ども達が、真剣に作業をしているのを見て、今、こんなふうに、毎日のように真剣にお仕事をしているのだろうなあと思いました。今日から学校の子ども達も毎日作業をすることになります。お休み時間は、午前中11:00〜10分程度。みんな本当にがんばるなあと思います。 昔、少しヴァイオリンをしていました。すごく下手だけどしていました。今日、チェロを持ってこられた方がおられて、少しさわらせてもらったのです。やっぱり楽器は楽しいです。ヴァイオリンもあったので、本当に恥ずかしいほど、ちょっとだけどあわせたら、やっぱり楽しかったです。

6月1日 今日は日曜参観日。そして個人懇談会がありました。今日はみいちゃんのお母さんとお話をしました。教室から出てきた、私とお母さんを見て、偶然通りかかった宮田先生が、「何かあったの?」と驚いていました。二人ともちょっと泣いていたから。私はお母さんの生き方や考え方が素敵で素敵で、そして胸がいっぱいで涙が出てしまったのでした。お母さんの涙はなんだったのかな?みいちゃんは手のひらにのるくらいの小さな小さな赤ちゃんでこの世に生まれたのだそうです。お母さんは、みいちゃんが生まれてきたことで、本当にたくさんのことに気が付けたのだと、いつも、みいちゃんといて、たくさんの方の優しさに包まれてきたのだと、おっしゃっておられました。もっともっと素敵なお話をいっぱいお聞きして、私はみいちゃんのお母さんが本当に大好きだなあと思いました。素敵なみいちゃんのお母さんに出会わせてくれたのは、みいちゃん。そして、もう二人の子ども達も、また素晴らしいおうちの方との出会いをつくってくれました。しみじみとその幸せを思った一日でした。 

5月31日 マトリックスリローデッドを観てきました。すごくおもしろかったです。ああしたことは、実は、本当のことなんだろうなあと私、思ったのです。ちょっと昔なら考えもしなかった、画像や音楽が、簡単にパソコンだけでなく、携帯でも転送したり、コピーしたり、上書きしたりされる今、人間や、物だって、やっぱり同じように、情報でできているのに違いないから、コピーしたり、転送したり、本当にできるんだろうなあとか、それから、どちらかを選択するというより、理解するのだ・・・イヤそうじゃないんだという下りも、やっぱり、本当に、「そうなるようになっている・・会えるべくして会える・・おこるべくしておこる」みたいなことなのかな・・・と思ったのでした。おもしろかったです。 

5月30日 今日は代休の日。陸上の応援にまた出かけました。今回は近くで、やりなげをしていたのです。すごいなあ・・・あんなに遠くに棒を投げれるなんて・・それで土に突き刺しちゃうなんて・・・昔狩りをしていたときも、あんなふうだったのかしら・・・手の上で掲げて何度か投げる動作をして、えいっと投げるとやりがしなるようにして、びょんびよんと飛んで土にささったとき、あれがカモシカやマンモスだったのかななんて、そんなことを思いました。
 今回も、二人の生徒さんが800メートルに出場しました。高校総体だから、たくさんの生徒さんと走りました。わたしの前では七尾高校さんが応援をしていました。独特の応援のふしまわしで800メートルのあいだ、ずうっと、声援していて、それが競技場中にひびいていました。走っている人の耳にもちゃんと届いているらしくて、走り終わったら、ありがとうって、応援している人に手を振ったり頭をさげたりしているのも見えました。テレビで応援するのもいいけれど、こうして、実際に見るのとはぜんぜん違うんだなあと、ますますスポーツを見るのがおもしろいわたしです。今日の二人ともとっても頑張っていて、走るたびに、記録を更新しているのだそうです。ああ、わたしもがんばろうっと。 

5月29日 今日は県の養護学校の体育交歓会でした。今まで、玉取競争しかみたことがありませんでした。フットベースボールは初めてでした。前の前の学校で、まだとてもとても小さかった子ども達も、出場していて、「山元かつこせんせい」と声をかけてくれました。ゆいちゃん、まいちゃん、こうたくん、てっぺいちゃん・・・みんなみんなとっても大きくなって、上手にボールを蹴っていました。私たちのグループも、結果はともかく、みんなすごくよくがんばっていました。(結果はね、12対0とかでした)そしてとっても楽しかったです。来年はきっともっともっと上手になります。そして、ゲーム自体の楽しさもきっと味わえるようになると思うのです。
 明日は代休です。なんの代休かというと、今度の日曜参観の代休。先にお休みがあると、次の週は日曜から、ずっと続いて学校だから、それは後取りよりちょっとつらいのです。でも、お休み。また陸上の応援に行きます。

5月28日 ちょんみさん、小室等さん、佐久間順平さんのコンサートに行って来たところです。ちょんみさんの声はいつもやさしく、そして強く心に響きます。小室さんの声はなつかしく、そして、やっぱり温かです。順平さんの声もドキドキするくらい素敵です。椿神社という古い神社の社の中で、マイクなしのコンサート。もったいないような夜でした。そのあと、みんなで楽しくすごして、今、もう日が変わってしまいました。29日(もう今日ですが)は体育交歓会です。毎年、県内の6つの養護学校が一同に集まって、何種目かの競技を楽しむのです。フットベースボールずいぶん上手になってきました。ときどき、守っていても、つい、ボールが来たら打席に入ったような気持ちになって、それを蹴って3塁まで走ってしまったり・・・キャッチャーだったはずなのに、やっぱり蹴って一塁に走ってしまったり、二塁にいて、守っちゃったり・・・そういうことはあるけれど(これも、わたし、すぐにわかったわけではありません。近くの先生が、「あー、違う・・・こっちこっち」とかおっしゃっているのを聞いて、「ねえ、ね。どこが間違っていたの?」と聞いたからわたしも分かったのですけれど、でも、みんなずいぶんと上手になってきました。
 そしてとうとうあと何時間かで体育交歓会です。他の学校の生徒さんとお友達にもなれるでしょうか?とっても楽しみです。 

5月27日 もう10年も前、錦城養護学校にいたときに、子ども達の作品がとても素敵なので、たくさんの方に見て頂きたくて、近くの美術館で「たんぽぽの仲間達作品展」をしていただいたことがありました。そのあと、おうちでも作品展をしたいと言ってくださる方がおられて、3つの家で作品展をしていただきました。そのお一人の圭くんと、秀くんのお母さんが、昨日、まだまだお若いのに亡くなられて、今日はとても悲しいお葬式でした。「うちはふたりともなの」とお会いしたときにお母さんがおっしゃいました。おそらくお二人とも障害をもっているのよとおっしゃりたかったのだと思います。そのお二人に、お父様とお母様が、本当に寄り添うようにして生きておられたことは誰もが知っていたことでした。今日のお通夜では「こんなことがあっていいのだろうか」と目を赤くしておられました。わたしも本当に悲しいです。その方とはずっとそれからお友達で、去年はクラスのとしくんが作業所に実習で通っているとき、毎日のようにメールをくださって、様子をおしえてくれたのでした。あまりに急だったので、悲しいけれど、どちらかというと、まだどうしても信じられない気持ちのほうが大きいです。 

5月26日 夜の1時や2時頃、毎日のようにこのごろ電話があって、最初は何かおつらいことがあってかけてくださっているのかなと思っていたのですけれど、電話に出ると切れてしまうことがずっとずっと続いて、どうしようかとちょっと怖くなって、そしてあんまり続くので、友人に聞いて、昨日の夜、非通知設定というのにしました。非通知設定だとどんなふうに、電話がかかるのかなと心配になって(だって、すごく冷たい言い方で切れてしまったら、かけてくださった方が悲しくなっちゃうだろうなと思って)携帯から184をつけてかけてみました。そうしたら「あなたの番号は通知されていませんので、通知しておかけ直し下さい」という放送が流れました。ということで、私に電話をかけて下さるときは、非通知を通知になおしてかけて下さいますか?ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。(こんなところでみなさんに伝言させて頂いてごめんなさい)

5月25日 昨日、家の近くにある山の中の尾小屋町というところに行きました。そこは尾小屋鉱山という大きな鉱山があった町。今も人が住んでおられて、まるで昭和の3,40年のまま、時間がとまったような町だなあと思いました。ひさしぶりに時々日記に昭和で時間がとまったようなその町をアップしました。今日は、尾小屋鉱山の資料館にある、坑道(マインロード)をアップしました。600メートル以上もある、その道はハリーポッターの世界のように思えたり、ラピュターの最初の場面のように思えたりもするのでした。
 今日は町の運動会でした。班ごとにわかれて、玉入れやつなひきや、それからなわない競争や、満水競争などを競うのです。私は班ごとに12人出場する人をお願いしたいり、景品をくばったり、そんな係や、焼きそばなどを作る係もしました。

5月24日 今年の旅行の日程を、小林さんがメールで送って下さいました。今年はペルーです。みなさんと一緒に出かけるこの旅行も、4回目になりました。この旅は、そのつど、私にすごくたくさんのものをくれます。その第一が友達です。一回目からずっと一緒に行って下さっている方も何人かおられます。一年かけてアルバイトして、この旅の費用を作って、旅を待っている学生さんもおられます。私もそう、旅のための貯金を、旅が終わった月からもう始めます。それから、言葉も絶対に覚えられないくせに、その土地の言葉の本と、地球の歩き方を買うのです。今年はペルーの天野博物館の阪根さんや写真家の野村哲也さんも参加されることになっています。 

5月23日 出版社さんが、私の新しい本を、お友達の作家さんや新聞社さんや、ディレクターさんに送って下さいました。それから私もお友達に本をお会いしたときに渡させて頂きました。そのお礼状をいただくと、そのたびに、・・・日記にもよくそのことについて書いているのに・やっぱり、何度も繰り返し思うものだから、また書いてしまうのだけど・・・なんて、みなさんやさしく誠実におられるのだろうと、お忙しいのに・・と思うのです。昨日は湯川れい子さんが、感想のおはがきを、今日はPHPの森本さんが、お手紙をくださいました。ていねいに、感想を書いてくださって、そのことが、自分にとってもとてもプラスになったり、はげましていただいたりして、胸がいっぱいになるのです。森本さんは、今日のお手紙の中で「かっこさんの「なぜ?」とねばりづよく問い続ける姿勢に私はいつも共感と敬意を感じます。相手と正面から真剣にむきあうことによってしか、人は分かり合うことはできないと思います。・・」というふうに書きつづってくださいました。
 いつも「どうしてだろう」と思ってしまうことに、私は少し劣等感を感じていました。上手に話せないけれど、そうでした。それでよかったのかもしれないと勇気と元気をいただきました。
 森本さんは、私もお友達の写真家の井上冬彦さんの絵本を今作っておられるのだそうです。とてもとても楽しみです。 

5月22日 さーちゃんはちょっといたずらさんです。作業中、さーちゃんが「おしっこ」と言うので、一緒にトイレに行きました。突然、たちあがって、そうじ用具のところ、トイレ用品置き場の戸をぱたぱたあけるのです。そして、トイレットペーパーの予備をとって、自分が気に入っているトイレの紙を補充しました。「いったいどこへ行くんだろう」「何をしようとしているんだろう」っていつも、どこかにかまえてしまっている自分がいるのです。さーちゃんのしていることはいつだって理由があるのに・・・そのあと、さーちゃんはろうかをびゅーと走っていきました。どこへ行くの?と思ったら、大好きな担任の先生が教室にいないかなと探しにいったのでした。  

5月21日 今日は、誰もが持っている、一年にたった一度のお誕生日でした。お誕生日はいくつになっても、特別な日。去年は妹から「お誕生日おめでとう」の携帯メールを先にもらったけれど、今年は私が先でした。いいえ、競っているわけじゃないのです。ただ、双子で、ふたりとも同じお誕生日なのに、お互いに「おめでとう」のメールを送るのがおかしいのです。父と母からも、おめでとうのFAXをもらいました。私たちが生まれた日に、父と母は始めて、父になり、母になって、そうして、私たち二人のことをきっと毎日心に想わない日がなく、時をすごしてきたのだろうと思うとこの日ばかりは、ありがとう・・・本当にありがとうと、あらためては言葉にできずにいるけれど、思う日です。たくさんの方に、おめでとうのメールやおはがきなどをいただきました。どうもありがとうございました。また一年、いい年になるように、どなたかが書いてくださったように、「さらに女にみがきをかけて・・」(これはずいぶんと難しいこと・・さらにと言っても最初から磨きがかかっていません。残念)楽しくすごして行きたいと思います。 

5月20日 このあいだの健康診断の結果の封筒がきました。要再検の文字があったり、◎や○がついたものがあったりすると、ショックなのです。それはよくありません。注意が必要というマークだから。◎の方が○よりもっとよくないのです。おかしなことに、みんなでみせあっこをして、ここが悪い、どこが悪いと数値をみんなで比較しあっています。私も自分のは見せないくせに、見せて下さる方のをのぞいて、そこに示されているあまりよくわけのわかっていない数値を見て、高いのがいいの?低いのがいいの?ああ、どっちもすぎるとダメなのね・・・なんて言い合いました。ある男の先生のは私とすごく数値が違ったので、思わず、「先生と、私って、なんだかできている成分がぜんぜん違うよ」と思わず言ってしまったのでした。 

5月19日 今日から、体育交歓会の特別時間割が始まりました。クラスの3人の女の子と、一緒のハコ(複数のクラスが同じ教室にいるので、それをハコというらしいのです)の女の子がフットベースボールなので、私もそちらへ混ぜて頂くことになりました。スポーツってすごくおもしろいですね。私はずっと苦手だったから、体育の授業も受け持たないできたのだけど、今年、すごくスポーツおもしろいんだなあと思うようになりました。一年生のみんなはフットベースボールは始めての人がほとんどです。それから野球も、私も同じだけど、ルールがまだあまりわからない子ども達がほとんどです。そんなときに、どうやって、練習するのかなと、思っていました。体育のひろ先生はいつもどうやったら子ども達がスポーツを楽しいと思ってくれるかなと考えているとおっしゃる先生です。ていねいに段階を踏んで、そのルールを身につけてくださっているように思いました。ボールが思わないところにいったって、たとえば、足で蹴るルールなのだけど、手でとめたって、「何をしてるんだ」なんて決しておっしゃらないのです。こうやってするんだよと足を後ろから手でもって、そっと押し出してあげていました。子ども達の笑顔を見ていたら、私もうれしくてたまりませんでした。練習の時間もとっても楽しみです。 

5月18日 前の学校の子ども達の療育園の創立記念祭があって出かけました。二年たっても、行くと子ども達やお母さんや職員の方がとっても温かく迎えてくださって、ご自分が買った焼きそばや、おうちから持ってこられたカタハや、お餅を「もっていきね」(もっていきなさいね)と下さるのです。とてもありがたく、幸せです。岩崎京子さんが、新刊を送って下さいました。「よっぱらったゆうれい」という楽しい楽しいお話。(教育画劇)私が本を送らせて頂くと、必ずといっていいほど、お手紙をそえて本を送って下さるのです。私は岩崎さんのように誠実に生きていられるかといつも思います。永六輔さんも、山田洋次さんも、いつもいつも必ずお礼のおはがきをくださいます。おいそがしいのに・・・ 
 
5月17日 福井のハーモニーホールふくいで「大江健三郎と大江光による講演&コンサート」がありました。お二人のジョイントに出かけることができたのはもう、何年も何年も前に、金沢で行われたとき以来でした。ハーモニーホールふくいは素晴らしい会場だなあと思いました。健三郎さんも光さんもそうおっしゃっておられたけれど、本当にそう。舞台をぐるりと取り囲むように、二階席があり、私たちは、舞台のすぐ右横後ろのところに座ることができました。その席は本当にうれしい席でした。最初の講演で、健三郎さんの息づかいまで聞こえてきそうだったし、コンサートのときに、一階の席に入っていらっしゃった、光さん、健三郎さん、そして、お母様のゆかりさんの3人が座られたすぐ上で、光さんが、フルートの小泉先生がステージで光さんについておしゃべりをしておられるのを聞いておられるときに恥ずかしそうに、そんなことないよと手を振っておられたり、ニコニコ笑っておられる様子まで、うれしく拝見することができました。小泉浩さんは、大ちゃんの大ファンでいてくださって、大ちゃんと一緒に学校にいたときに、学校にフルートをふきにきてくださって、ずっと心にかけてくださって、私のことも、「泣き虫の山もっちゃん」と(本に出てきたり、大ちゃんが小泉先生への手紙の中で何度もそう書いたから)言ってくださって、それ以来、親しくさせていただいているのでした。小泉浩さんが演奏されるフルートの音を聞きながら、私はいつしか、昔、美術館で始めて、たんぽぽの仲間たち作品展をしたときのことを思い出していました。二週間の作品展の間中、美術館の中では光さんの音楽がかけられていました。大谷さんが、ポスターや本をたくさん用意してくださって、仲間や子ども達やそして大谷さんが、いっぱい額をつくって、子ども達の絵をいれて、そして、やっぱり仲間達が、順番に当番をしてくださって、そして、本当に手作りだけど素敵な作品展ができたことを、その光景までありありと思い出して涙が出そうになりました。もう、ずっとずっと前なんだなあと思いました。光さんの人気のワルツ、ノクターン、卒業など、全部で15曲の演奏が終わった後、光さんが、舞台であいさつをされました。「福井で、僕の曲の演奏会が行われました。音響の素晴らしい舞台で、・・」とあいさつをされ、会場中が、光さんのあいさつに、心をひとつにして、耳を傾けているのが感じられて、どうしてだか、急に胸がつまる思いがしました。金沢のときの光さんのご挨拶のときに、健三郎さんは泣いておられたなあとそんなことも思い出しました。あのあと、握手してくださった、光さんの手はとても温かで柔らかかったなあとそんなことも思い出しました。
コンサートのあと、楽屋で、小泉先生と、そして、お3人にも少しだけどおめにかかることができました。
 素敵なホールで、素敵な音楽を聴いて、満月の中、とてもうれしい気持ちでいっぱいです。  

5月16日 陸上部が走るのを見てから、陸上が気になるようになりました。アシックスの、高橋尚子さんの走る姿などのポストカード(RUN WITH YOUと書いてある)10種類くらいを知り合いの方が偶然に送って下さいました。尚子さんの走る姿が、とっても素敵で、とっても可愛くて、学校の机のところに飾って見ています。空と一緒に風と一緒に生き生きと生きておられる姿に、とてもとても心惹かれるのです。また子ども達が走るのを応援に行きたいと思います。

5月15日 昨日のことなのだけど、車の中の運転席のボード(っていう名前かなあ?)の中のなにかの電気がつきました。こんなときはどこか壊れたんだ・・・前に、シートベルトも調べて、ハンドブレーキも調べて、それでも電気がついているときは故障って教えてもらったから、車やさんに行きました。それでどこか壊れていたみたいでなおしてもらって、それから「他に都合が悪いところはありますか?」とおっしゃるので、オイルがはやく減るのがまだなおらないのだとお話しました。そうしたら、上半分を取るから少し時間がかかりますと車やさんがおっしゃいました。ええー?!車の上半分をとるのは、ぜひ見てみたいと思って、私も見ていてもいいですか?どこからが上半分?屋根のところ?って聞いたら、そこにおられた方にすごく笑われました。そんなことしたら、ずっと帰れませんよ。エンジンの上半分です・・とのことでした。それで部品を新しくするので、取り寄せますから、また電話をかけますとおっしゃってくれたのです。夜また電話がありました。「エンジンの番号をひかえるのを忘れたから部品が注文できなくて」って。「見てきますね」と言って電話を切ったけど、いったいエンジンってどこにあるのだろう??どれなんだろう??聞いてこなくちゃ・・・あれ?またお部屋へ戻ったら、携帯にいっぱい電話がありました。車やさんから・・・エンジンの半分をあけないといけないから、山元さんには番号はわからないって言おうと思ったのですが、途中で切れちゃったので・・・すみません、明日見せに来てくださいね」と車やさんがおっしゃるので、今日でかけてきました。エンジンを新しくするのかな?
 ところで、車やさんが、私の顔をじっと見て、「テレビに出ている人に似ていますね」とおっしゃるのです。誰?「ほら、動物のお医者さんの」
「菱沼さんですね」・・・
ああ、またです。いったい何回目。いったいどこが似ていたのでしょうか?自分ではあまりわかりません。

5月14日 いまごろになって、やっと私がいる3組の学級通信を出し始めました。3組、4組、5組が、合同で朝の会などをしているのです。今までも、行事やお知らせなどの通信を一緒にくんでいる宮田先生が出してくださっていました。けれど、3組の通信はまだ出せずにいたのです。
 もうずいぶん前、毎日のように書いていた学級通信を、また書きたくなりました。今度は毎日というわけにはいかないかもしれません。それでも、何か自分の思いをお話できるような学級通信を書きたくて、さくらという名前の通信を出しました。HPにもその中からいくつかを載せさせて頂こうと思います。子ども達とのやりとりをどうぞみなさんも一緒に見守ってくださいますか? 

5月13日 運動会の代休も終わって、みんな少しの疲れた様子もなく、元気に学校に来てくれました。元気な顔を見るとうれしくて、そして、可愛くて、いつのまにか、もうクラスの子ども達は私の心の中にどっかりと腰をおろしているのでした。去年、大好きな子ども達が卒業したときに、新しい子ども達をいったい同じように愛せるだろうかと思ったけれど、そして、今も卒業した子ども達を愛おしいと思う気持ちは変わらないけれど、今一緒にいる子ども達がどっかりと私の心の中にいるなあと思います。
 運動会が終わって、おうちの方の連絡帳を読ませて頂いたり、お話をお聞きして、いろんなことを思いました。地域の学校へ行っておられたお子さんのおうちの方は、「いつも歩くようにして、とぼとぼと徒競走に出ていたのに、真剣に走っている姿が胸をうちました」「応援も先頭にたってしていて、こんな面があるのだと思いました」「あんな笑顔で学校にいるんだとびっくりしました」「勝ち負けをくやしがる姿を始めてみました」・・・
 地域の中学校と、運動会のプログラムが違うということもあるだろうし、地域の学校のたくさんの生徒さんの中で、自分を出しにくいということもあるのでしょう。でもそれだけでなく、周りの子ども達が、得意なことも不得意なことも、元気にがんばっているのが、伝わったり、それからやっぱり、運動会を楽しんでいるからなのじゃないかなと思ったりしました。一週間ほどすると、今度は、体育交歓会という石川県の養護学校の生徒たちが一同に集まってする運動会の練習が始まります。
 無理に子ども達にいろいろなことをしてもらうのだとしたら、それは考えないといけないなあと思うのですが、楽しんで練習したり、スポーツしたりできることは、うれしいなあと思います。

5月12日 運動会の代休・・・天気予報は雨だったけれど、とってもいいお天気。雨も、好きだけど、やっぱり晴れはうれしいです。今日でしかできないことが山のようにたまっていました。いろんなこと・・・
朝、父の病院に行きました。いつも父が使っているつけぐすりが、なくなって、それを今いる病院へ持っていかなくちゃって母が言っていたので、今日が代休だったから、父のつけぐすりを出してくれる病院がやっていたのです。よかった。だから、母と一緒に父の病院につけぐすりを持って行けたのでした。
 父は、「もうすぐ退院できそうだ」とうれしそうでした。それもよかった・・・たくさんの方にご心配をおかけしました。それくらい父は元気になってきました。ありがとうございました。
 それから、車の税金を銀行へ納めにいくこと・・・(そういういろんなことがにがてなので、ぼおっとして銀行に立っていたら、別のお客さんが、番号札を、コンピューターみたいなところからとるんだよと教えてくれたのでした) それから、郵便局に行くこと、本を送ったり、やっぱり振り込みというのをしたり・・・(学校は8時20分から5時5分までなので、なかなか銀行や郵便局にはふだんはいけないのです)
 それから、いちじくの八種混合の予防注射に行きました。予防注射のお知らせのはがきには、「予防注射には、4時までに来てください」(そのあともし様子が変だったら、まだ病院が開いているから大丈夫だから)と書いてあるので、それも今日、すませました。それから、他にも病院をいくつもまわって、それから、おふとんも干して・・・・
 ああよかった。今日の日がなかったら、私とっても困っていたと思うのです。

5月11日 何か特別なことがあった日は、いつも時間がふだんとは違う動きをしているような気がします。旅行へ行くと、たった一週間でも、まるで一年以上もいたほどのたくさんの経験をした気がして、時間が長く感じられたり、それから、もうずっと前なのに、つい昨日のように感じられたり・・・そうかと思うと、もううんと昔のように、思えたり・・・
 今朝起きて、ぼんやりといろんなことをして、少しでかけて、それから夜に小松で学校の小松加賀地区(学校は金沢の方にあって、私たちは手取川を越えて、金沢(野々市)の学校へ通っています。)の同僚との運動会の打ち上げを終えた今、なんだか運動会がもうずっとずっと以前にあったことのように思えます。昨日なのに・・・・
 うちあげの会は楽しかったです。たった10人の会だったけれど、学部を越えて、お話をして、そして、歌をうたって(私はなかなか歌えないので、聞く方に回ってしまうのだけれど)帰ってきました。明日もお休み。運動会の代休です。ふだん行けないところ・・・銀行や郵便局に行って、お金を振り込んだり、郵便小包を出したり、それから、父の病院にも出かけようと思います。今日は母の日でしたね。このあいだ行ったときに鞄のプレゼントをしました。病院に持っていけるような大きめのバッグ。そんなプレゼントじゃ本当はぜんぜん足りなくて、もっともっと母になにかしたいのに、母はいつも、「いいのに。。無理しないでいいよお」と言います。 

5月10日 4月はじめの気温だったようですが、とてもいいお天気の運動会でした。お父さんお母さん、おばあちゃんおじいちゃん、兄弟、それから施設の方、たくさんの方が来てくださっていました。それまでお昼休みや授業中に、教室や、運動場の片隅で開会式の宣誓や競技上の注意などを練習する姿をみかけたのですが、おうちの方や担任の先生がどきどきしながら、見守っておられる中で、とってもりっぱに係をこなしている姿が印象的でした。道具係の生徒さんのお仕事もとっても大変。紙に書かれてある場所に、道具を走って持っていって、また走って持って帰ってくるのだけど、自分が出る競技の合間に、ほとんどやすむことなく、仕事をしているのです。それから、係にあたっていない子ども達も、ポスターを書いたり、そしてもちろんいっぱい練習もしてこの日にのぞんでいて、おうちの方が来られて、いつもよりも、もっともっと力が出て、がんばっている子ども達の姿や、それから、今日のように、特別の日には、たくさんの人や大きな音楽がちょっとつらくて、上手に演技ができにくいお子さんもいたけれど、子ども達はみんな本当に一生懸命でした。去年一緒に勉強をした、卒業生もたくさんきてくれました。はるちゃんも、としくんも、それから、もっともっとたくさんのみんながきてくれました。とてもうれしい日でした。

5月9日 いよいよ明日は運動会。今日の準備もいいお天気にめぐまれましたし、明日もいいお天気になりそうです。今日は最後の練習と、それから運動会の最後の準備をしました。大きな学校だから、準備もわりと早くできるなあと思いました。テントや万国旗を貼るのも、20分くらいで終わってしまうのです。トラックの中の少し大きめの小石を拾ったり、グランドの中の草をとったりもしました。明日はきっとおうちの人もご自分のお子さんの活躍をくぎづけになってごらんになると思います。
万国旗がひらひらひらひら揺れているのを、職員室の窓から見ていると、まるで風が目に見えるみたいだなあと思いました。ラインを引いているのをみながら、あのお仕事、してみたかったなと思いました。でも、きっとあんなにまっすぐなんて引けないんだろうな。そういえば、○を上手にかく先生がおられたなあ・・・

5月8日 昨日は28度まであったのに、今日は外の温度は10度ちょっとくらいで、寒いくらいでした。理科の専門だからか、それとも、やっぱり私、変なことばかり考えちゃうのか・・・・10度温度がさがるということは、こんなにたくさんの体積(容積?)の空気をそれだけ下げるだけのエネルギーってどれくらいだろう・・・それをあっという間に変えちゃうのはどういうんだろう・・・なんてぼおっと考えてしまうのです。もし、人間が、それをしようとしたらどんなに大変だろうと思って。

5月7日 ときどき、自分の手の届かないところで、つらいなあ、悲しいなと思うことが起きてしまう。ときどき、自分の手の届かないところで、結果的に、誰かを傷つけてしまうことがある・・・自分のせいで・・・。そんなとき、やっぱり、ため息をついたり、泣いてしまったりもするけれど、このごろ、どんなことも、起きるべくして起きるのなら・・・そんなことも受け止めていかないといけないのかなと思ったりもするのです。
 今日は大玉ころがしの練習をしました。記憶の深いところに、竹で作った大玉の感触があります。いったいいくつの時だったのでしょう。先生が、大玉の紙の張り替えをしておられたのを、見たことも、そのとき、お日様がとてもまぶしかったことも、そんなことも覚えています。

5月6日 見事に晴れて、総練習は素晴らしいお天気でした。もう暑くて暑くて、ふらふらしそうなほどなのに、みんなずっと一日外で本当に一生懸命頑張っていました。いつも思うけれど、一生懸命な姿はやっぱり胸をうつなあと思うのです。泣き虫な私はまた何度も、目がうるうるになりました。それから、いつもとは違う表情を見せてくれる子ども達もいました。大好きな綱引きが時間の都合でなくなって、みいちゃんは、それが悲しくて、教室にこもって、ご飯を食べることができませんでした。午前中も、旗を振ったり、ぼんぼんを振って、一生懸命赤組の応援をしていたのです。勝負なんて二の次だなんて、知らない間に思っていて、みいちゃんの思いをくめなかったなあと思いました。

5月5日 金沢のおうちの近くに、馬事公苑があります。それから競馬場などもあるのです。馬事公苑の中に、大きな馬舎があり、それから、乗馬をして、練習をしたり、競技をしたりする場所もあります。今日はそこへ行きました。私のとても好きな場所。小さいときから何度もきました。馬舎には一頭ずつ別々のお部屋?にはいっている馬がずらりと並んでいて、そして、そこから、馬たちが顔を出しています。そばにいくとやさしい大きな目で見つめてくれるのです。鼻をなぜたり、ほおをなぜると、なんだか涙が出そうになるくらい・・・馬はとてもやさしいです。いっぱい優勝をしている馬は馬舎の扉の横に、たくさんのりぼんがずらりと並んでいます。今日は、ちょうど競技も行われていました。いくつもある障害物をまわりながら越えていくのです。騎手と馬の息がぴったりあうと、見ている人たちからため息がもれたり、拍手がおこったりしていました。
 短い原稿をひとつ書きました。締め切りがあるものは早く書いてしまいたいっていつも思います。書かなくちゃという思いでいるのが、にがてなのだと思います。明日は晴れるかな?運動会の総練習があるのです。  

5月4日 金沢にきています。みなさんにご心配をいただいた父は、少し疲れてはいたものの、元気に帰ってきて、また病院に入院しました。笑ってしまうことがあります。父は今年と来年町内会長(どうも2年ごとにわりと順番にまわってくるらしい)なのですが、隣の病室には去年一昨年の町内会長さんが入院しておられて、父と同様、割合に元気な病人です。それで、町内の予定の相談なんかを廊下や、ロビーで会うたびにしているのが、おかしいです。
 連休だといっても、一日お休みが増えただけだからと思っていたけれど、車がとても混んでいたり、他府県の車がめだったり、やっぱりゴールデンウィークなんだなあと思います。もしかしたら、会社におつとめの人は、長いお休みをもらわれることができたのかな?  

5月3日 夕方から海へ行きました。ガラスが熱でとけて、赤に近いオレンジ色にどろりとなったときと同じような色の夕日が沈み、お星様がいっぱい空に広がって、満点の星の中にいました。磯で少しいたいけれど、ごろりとよこになると、見えるものはお星様ばかり・・・私、宇宙に生きているんだと実感できたひとときでした。 

5月2日  昔から言われていたけれど、このごろテレビが始まって、いっそう動物のお医者さんの菱沼さんに似ていると言われます。菱沼さんはすごく変わった人なのです。ぼおっとしていて、方向音痴で、力がなくて、雪の中たどりつけなかったり、それから、血が薄かったり・・ゆっくりしゃべったり・・・あれ?やっぱり、私に似ているかもしれません。でも、あんまりいろんな人から言われたり、メールをいただいたりするので、なんだかわからないけれど「ひどい・・・」などと思ってしまうのでした。でも、やっぱり、書き連ねてみると、ああ、似ているかもしれません。
 
5月1日 風薫る5月・・・というわけで、今日は素晴らしいお天気でした。空気も本当にさわやかで、気持ちがよかったです。運動会が近いのだけど、一度も外で練習ができていません。今日はひさしぶりにいいお天気だったけれど、高等部は作業の日で、練習はありませんでした。明日こそ、外でできるぞと、体育の先生は張り切っておられました。運動会も今日のように、きれいに晴れたらうれしいな。
 今年は少しもゴールデンウィークという感じがしません。どうしてかなと思ったら、土日がお休みになって、二日間の連休は、毎週になってて、それで、カレンダー通りだと、土日のあとに、一日祝日がくっついたと同じ3日間のお休みだけだからなのだと思います。
私も予定が決まっていません。父がきっと福島から帰ってきているから、病院に行こうって思うことと、いちじくと凛とお天気が良かったら、少し長いお散歩に行こうと思っています。

4月30日 父から携帯に電話があったので、いったい何があったのだろうと不安になりました。「今電車の中だよ」と父が言うのです。父は8人兄弟のすえっこで、男の兄弟が何人かいたのだけど、戦争などで亡くなって、福島に住んでいる兄だけが男の兄弟では残って、父もそして私たちもすごく可愛がってもらってきたのだけど、その父の兄が亡くなったので、お通夜とお葬式のために、病院から外泊許可をもらって福島へ向かっているところだというのです。ええ!?大丈夫なの?だいたい京都へ行くことが無理でつらくなったのじゃなかったの?と心配でたまらないのだけどでも、行かないと父も後悔するのだろうかと思ったりもしたのでした。
 今日は胃の検診の日。毎年のことだから、ずっと日記を読んでくださっている方はまたかと思われるかもしれないけれど、またでした。飲めないのです。あんなにたくさん・・・そしてやっとやっとゆっくり、吐きそうになりながら、飲んだところで、手でバーをつかんで乗っている台が斜めになったり横になったりするのですが、動かないでなんて言われても、私は手で体重を支えられないのです。ずるずるずる・・・とすべるし、必死だから息もとめられないし、また追加で飲んでくださいって言われるし、もう右か左かわからないし、間違えるし、ああ、本当に毎年胃の検診は大事です。 

4月29日 父がずいぶん元気になっていたのだけど、大きな病院で診て頂いて入院することになって、今朝お見舞いに行くと、とっても元気でほっとしました。ひまをもてあましているんだとのこと。病院の中に偶然お友達もいて、一緒に、お茶を飲んだり、おしゃべりしたりしている様子で、少し安心しました。それでもひまだそうで、今度ノートパソコンを持っていくことにしました。お昼から、学校の陸上部が、高校のインターハイ(かな?)の試合に出るということで、応援に行きました。陸上競技を見るのは初めてでした。心がゆさぶられるほど感動しました。800メートルの出場だったのですが、800メートルの競技って簡単じゃないなあと思いました。最初、一コースから9コースまでスタートする位置が、少しずつずれていて、しばらくコースのとおりに走って、そのうち、みんな内側を走るのですね。そんなことだって、よく考えたら簡単なことじゃないと思います。いったいどこまでがコースの通りなのか、人をぬいてもいいのか、抜くときにはどうしたらいいのか、それから、スタートだって、そんなに簡単じゃない・・・その説明を陸上の顧問の先生が、ひとつひとつていねいに説明しておられて、子ども達も確かめるように、「二週走る。途中はとまらず、一生懸命走る」「用意で緑の線のところに行く、緑の線は踏みません」「一番でもいい、ビリになってもいい・・抜いてもいい、抜かなくてもいい・・でもいつも一生懸命走る」と口に出して何度も確かめていました。そして、あの広いグランドを二周・・・私もすごくドキドキしていて、完走し終わったとき、二人に駆け寄りたいくらいでした。
帰りに、車の運転をしていたら、こびとの悲鳴のような音が車からするのです。そしてだんだんだんんだん音が大きくなってきて、もう怖くなってがまんできなくなって、友達にメールで聞いたら、ガソリンスタンドでも大丈夫ということで、見て頂きました。ブレーキがだめになっているから、応急処置をしておくので、三菱に行ってくださいとのこと、電話したら、みてくださるとのことで、三菱さんに行きました。「ブレーキがぺらぺらでした」ということでした。ああ、これで大阪に二度も行ったんだと思うとぞっとするけれど、大阪のときでなくて本当によかったなあと思います。 

4月28日 昨日、小学部の男のお子さんが、家族でハイキングに出かけられて、川に落ちて亡くなりました。助けにとびこんだ方も亡くなりました。大きな学校で、私、実は顔もわからないままです。でも、やっぱり悲しくてなりません。いつもそうだけど、何か悲しいことがあると、自分に置き換えてしまうのです。もし、私のクラスの子どもさんだったらどんなに悲しいだろうと思うから、きっと小学部の先生は悲しくてたまらないだろうな、お母さんはお父さんはどうしておられるだろうなって。そして大切な人が、明日にも突然いなくなってしまったりはしないかとやっぱり怖くてたまらなくなって、大切な人たちに、「きっといなくならないでね、絶対にいなくならないでね」と言ってしまうのです。
 昨日、絵本作家の岩崎京子さんが、ご自分が書かれた「したきりすずめ」のご本を送って下さいました。美しい文章・・・何度もくりかえし読みました。小さいときに、母に舌切り雀の話をしてもらったとき、おばあちゃんに舌を切られるシーンになると、私も自分の舌がはさみでばっさり切られたような気がして怖くて怖くてなりませんでした。障子をはるのりに似ている片栗粉のおやつも食べるのが怖くなりました。けれど、おじいちゃんのやさしさに、心ひかれて、何度も聞きたいお話でした。どうして、あんなにいじわるなおばあちゃんをおじいちゃんは大好きなのかな?おばあちゃんにどうしてあんなにやさしくしてあげられるのかなといつも思ったことを思い出しました。 

4月27日 大阪の二人展の最終日。今日も、ずうっと文通をしている友人(でもお会いするのが始めて)や、ずっとメールをしあっている友人(やっぱりお会いするのは始めて)や、それから何度もお会いして、何度も講演会にも来てくださっている友人や、始めてだけど、講演会のテープを聴いて以来ずっと追いかけていますよとありがたいお言葉をちょうだいした方などにきて頂いて、あっという間に時間がすぎて、とうとう閉館の5:00になってしまいました。いつもいつも助けてくださる方々が、5:00ちかくなると後かたづけのために集まってくださって、あっという間に片づけも終わりました。ああ、本当にまた、大好きな友人にたくさん優しさやもっといろんなものをいただいた二人展でした。ありがとうございました。
 家へ帰ると、出版社さんが私の友人に送って下さったしっぽみたいにUのお礼と感想を書いてくださったおはがきが、湯川れい子さん、山田洋次さん、岩崎京子さんから届いていました。とてもうれしくて何度も読みました。 

4月26日 今、大阪にいます。大谷さんの写真や私の絵や人形達が、自分の部屋とまったく違う表情で、まるで息をしているみたいに、喜んでそこにいるという気がしました。もしかしたら、絵や写真や人形達も、「さあ、見て。私の気持ちをきいて」と言っているのかもしれません。去年とは違う少し広い空間で、たくさんの方に見て頂きながら、私はくりかえし、こうしてあたたかくつつまれて作品展をしていただいていることや、それから、今日から始めてみなさんに見ていただけたる「想っている」・・しっぽみたいにUの本と「違うってことはもっと仲良くなれること」がお店に並んでいることが、不思議な気がしていました。どうして、みんな優しい人ばかりなのだろう。どうして、本を出してくださったり、展覧会をしてくださったり、応援してくださるのだろう。。。私はやっぱり今日こんなふうにうれしかったことを決して忘れずにいたいと想いました。絶対に忘れずに、私もやさしくいたいと思いました。明日も大好きな人にたくさん会いたいです。 
 
4月25日 むかしほど、大きな鯉のぼりが空を泳いでいるのを見かけるのが少なくなりましたが、それでも、田舎の方では、金色や黒色や青色や赤色のこいのぼりが、4月、5月の風の中をきもちよさそうに泳いでいます。中学部に所属していたころは、大きなシーツに、あざやかな色でうろこを子ども達と描いて、校旗などをあげるところに手作りの鯉のぼりを泳がしたなあと思います。高等部にきて、なかなかそんなふうなことができる時間が少なくなりました。大きな学校で、美術や音楽のメインを担当することがなくなったということもあるかもしれません(メインはその専門の方がされるので)でも、自分の時間の中でも、教育課程や、行事に追われる毎日で、なかなかむずかしいけれど、やはり、こいのぼりを見上げたり、めだかをみつけに行ったり、そんな時間を大切にしたいなあと思います。
 樹心社の亀岡さんが、石川にきて、新しい本の販売促進をしてくださるそうで、今日は今からお会いして、新しい本を手にできることになっています。
 明日、あさっては二人展に、私、ずっといます。ぜひ、来てください。
 
4月24日 雨。寒い一日でした。運動会の練習を一生懸命しています。リレー、綱ひき、応援、一生懸命の姿を見ていると、ああいいなあ、素敵だなあと思います。私は小さいときにあまり、運動会が好きでありませんでした。何をしても、一番最後になって走るのが悲しかった。でも、それなのに、何年生のときだったか、運動会のちょうどそのとき、私、遠足で、漆で顔をかぶれてしまっていたことがあって、ところが、6人で走るかけっこで、一人あまっていたから、先生が、「かっこは、かぶれてるし、人数も一人あわないし、どうせびりになっちゃうし、棄権してくれるか?」と言われたとき、それをうれしいとは感じずに、すごく嫌だと思ったことをずっと覚えています。そして、走って、やっぱりびりで、それでも、走ってよかったと思ったのを思い出しました。
 明日はハリーポッター秘密の部屋のDVDと、月刊の動物のお医者さんの本が出る日。ハリーポッターの映画を観たのはずいぶん前のよう・・・おもしろかったから、楽しみです。

4月23日 一日たつと、いったいどうしてそうなのかということをすっかり忘れてしまう私。朝、どうして、こんなに足も腰もみんな痛いんだろう?ずいぶん考えて、思いつきました。昨日遠足だったからだ・・・みんなもどんなに痛いだろうと思って学校に行ったけれど、子どもたちはとってお元気でした。よかった・・・ちょっと違う病院へ行く用事があったのです。学校で足が痛いといって、いつもと違うふうに歩いていたら、「なんかクスリ塗った方がいいんだけどな」と教えて下さった体育の先生がおられたので、ついでに、足がね、ちょっと痛いのと言いました。そしたらお医者さんは「肉離れです」というのです。肉離れって筋肉痛の医学用語なのかな?とそう思って帰ってきました。でも、友達にメールで聞いたら、違うって言うのです。肉離れと筋肉痛は違うものだって・・・ただ歩いただけなのに、どうしてそんなものになっちゃうのだろう・・・不思議です。でも、心配はしないでくださいね。もうずいぶんいいです。ただおかしくて笑っちゃうだけ・・・。

4月22日 いいお天気で、とっても楽しい遠足でした。私、足が遅いのでみんなについていけるかなとすごく心配だったけれど、ゆっくり歩く子どもたちと一緒に私もゆっくり歩いたから、目的地まで着くことができました。ほとんどの子どもたちが、ときどき止まったり、休んだりしながらも、最後まで歩くことができたのもうれしかったです。昨日までの雨のお天気とうってかわって、すごくいいお天気で、(ちょっと寒かったけれど)みんなのお顔も日焼けで真っ赤になるくらいでした。
 今日は一年生の男の子がいつも口ずさんでいる歌をじっくり聴くことができました。私の知らない歌・・「静かにしてる子おもしろい・・お花も金魚もみな静か」ちょっとたきびだたきびだの音楽に似ている歌なのです。どなたかご存知の方がおられたら、教えて下さい。
 大阪の二人展、子どもたちと学校にいたいから、それはそれでいいのだけれど、私の絵や大谷さんの写真を見に来て下さっている方が、おられると思うと、すぐにも飛んでいきたい気持ちです。 

4月21日 生活の時間、お友達のお名前を覚えるゲームをしました。円になって、座って、ボールを投げたい相手の名前を言って、名前をよばれた人は返事をして、ころがしてもらったボールを受けとるというそれだけだけど、とってもおもしろかったです。そして、終わったときには名前をずいぶん覚えることができました。違う中学校から、集まって、だんだんお友達になっていく・・・今はクラスも違うけれど、卒業する頃にはきっと去年の卒業生のように、すごく仲良しになるんだろうな。
集団検診がありました。例によって、血管が細いので、看護士さんにとても迷惑をかけてしまいます。細い針にかえて、何度も何度もさぐってもらって、4度目に成功しました。私の血管のせいなのに、看護士さんは何度もあやまってくださって、やっぱり申し訳ない気持ちです。
 明日は遠足です。去年は雨のために中止だったのですが、明日は晴れそう。子どもたちはとっても楽しみにしているらしく、連絡帳にはどれも、「遠足のことばかり言っています」と書かれていました。私の楽しみ・・・そして、実は不安です。小学校に勤めていたときに、遠足のときに、私ばかり列からどんどん遅れて、遅れまいとするけれど、できなくて、どんどん遅れてやっと目的地についたことがあったから。前の学校は遠足はバスだったけれど、この学校は小学校と同じように歩いて出かけます。「大丈夫?だいじょうぶなのかあ・・・」がんばります。

4月20日 なんだかぼんやりとすごす一日。大阪にいるときに、野村先生から緊急連絡網の電話が入りました。訃報と、お通夜とお葬式の通知。明和にきてから、何度目でしょう。ご本人が亡くなられたこともあったし、お父様やお母様や、それから、生徒さんのお母様のこともありました。大きな学校だから、本当にたくさんの電話があって、そのたびに、私は、やっぱり自分の父と母のことも思うのです。昨日、京都へふたりで出かけてきて、体の都合が悪くなったと電車にのって二人で帰ってきて、妹が迎えに行ってくれました。(私は大阪にいたから・・・)今日はもうすっかり元気になったけれど、京都で点滴をしたとか、体がしびれるみたい・・とかそんなことを聞くたびに、やっぱり不安で不安でたまらないのです。今日は校長先生のお父様のお通夜。悲しい雨がたくさん降っています。 

4月19日 朝から雨。二人展へ車で出かけることになっていたので、なんだか不安でした。でも、ゆっくりとゆっくりと運転したら、2時頃につきました。一緒に行ってくださった先生が、阪急のデパートのチキンがほしいとおっしゃったので、それを買いにデパートへ。それからまた約束の5時前にもどってきました。大阪のThe 14Th Moonは、たくさんの若い人たちの登竜門だと聞いていました。3つの会場では、本当に若い人たちが、個展をしていらっしゃったり、私たちと一緒に準備をされていたり・・・私自身もがんばって、いろんなことをしていきたいのだけど、なんだかその気持ちをちょっとだけ横においておいて、若い素敵な芸術家さんたちに、がんばってね!!ってエールを送りたくなりました。今日も、大阪の大好きな友人たちが、お手伝いに来てくださって、搬入を終えました。もし、来てくださらなかったらできてなかったと思うと、今でも、ちょっと泣いてしまいそうになるくらい、感謝しています。たくさんの人にささえていただいて、今、私が好きないろんなことができているんだとしみじみ思うのです。素敵に仕上がりました。どうぞみなさん来てください。私のてがきの絵、それから、明和養護学校の子どもたちが作ったロボット・・買ってください。

4月18日 いよいよ明日二人展の会場へ搬入することになっています。会場のTEH 14TH MOONの伊部さんから、会場が昨年よりずっとずっと広くなるから、いっぱい展示するものを用意してくださいとのことだったので、すごく心配になって、いっぱい持っていくことにしています。車に乗るかしら?というくらい・・・私の布の魔女の人形も展示したいと思います。どんなふうな展示になるのか、まだ自分でもイメージできていないので、実はとても心配です。20日から、26,27日まで、人形や絵や写真たちがたくさんの人たちと出会えるとうれしいなあと思います。

4月17日 クラスの女の子たちはもうすっかり仲良しになって、ずっと笑ってばかりいるから、私も一緒になって、一日笑ってばかりいます。
 新しい道路が開通して、どうしようかなあと思いながら、朝、なかなか通れずにいたのだけど、通ることにしました。今まで通っていた道にあったコンビニの店員さんは、私がペットボトルのジュースを買うと「開けますか?」と聞いてくれます。一度、どうしても飲みたくて、でも力がなくてあけられなくて、あけていただいてからずっとです。でも、新しい道に行くと、そのお店にいけなくなってしまう・・・とってもお世話になったのに・・・
今日始めて行ったコンビニは、とても大きくて、すごくいろんなものが並んでいました。お客さんもたくさんで、列ができていたほど・・・「開けてくださいますか?」なんて、聞けそうにはありませんでした。 

4月16日 今日は身体計測、視力、聴力の検査がありました。昔は体重測定のときに、全部ぬいで、本当にただ、下着一枚。パンツ一枚になって測定をされたので、大きくなるにつれて、それがとても嫌だったことを思い出しました。担任が男の先生でも、なぜか、その先生が測定のたびに、その場にいらして、そのことが、さらに、恥ずかしく、悲しかったように覚えています。今では、小学校も体操服で体重測定をするところがほとんどのようです。私たちの学校でもそうです。
 たとえば、虐待などを体重測定のときに、発見できたり、お口でお話することが難しいお子さんの体調の異常が発見できるのではないかというような意見もあったということですが、日々の着替えでも、そのことはきっとわかるからと体操服での測定になったのですが、私は昔のことを覚えていて、ああよかったなあと思いました。
熱がさがったら咳が出だして、体はぜんぜん大丈夫だけど、子どもたちにうつしてしまったらどうしようと思って、大きなマスクをしています。マスクをしているだけで「花粉症?」と聞いてくれたり、じいっと顔をのぞいて見てくれる子どもたちがいて、新しい子どもたちと、またお話するきっかけになってうれしかったです。
二人展までいよいよ秒読み・・・ドキドキしながら、できるところまでがんばろうと準備をしています。 

4月15日 毎日うれしいことがいっぱいあるの。ああうれしい・・・・みんなにうれしいようって言って回りたいくらいなの。ねえ、お話をあまりしない人は、何も思っていないなんて、どうして人は思いこみがちなんだろう。そんなこと、絶対にないのにね。それなのに、私も、やっぱり、ときどきそんなことを思ってしまってた。でもね、当たり前だけど違うよね。みんないろんなことを感じて、いろんなことを思ってる・・・
 去年まで一緒だった男の子と、昨日から、いっぱいメールでお話をしているの。すごくうれしくて楽しい。それから、今年、始めて出会った女の子は、今日は声を出して、お友達や私のことを呼んでくれたんだよ。
 私、ずっと思っていたことがあるの。「高等部の生徒に○○ちゃんなんて呼び方をするのは、人権を無視している・・」「統一して、男の子も女の子も、○○さんと呼ぶことに決めたらどうでしょう」そんな声がときどき聞こえることがあるの。でも、私は違うと思う・・・「かっこちゃん」って呼んでくれた方が、「山元さん」と呼ばれるよりも、早く仲良くなれる場合もあるし、それから、本当は呼び方が大切なんじゃないんだよねきっと。「やまもと」って呼ばれてもうれしいときもあるもの・・そんなことを今日は思っていたの。 

4月14日 朝、まだ熱っぽかったのだけど、「子どもたちに会うと、きっとなおるから不思議」そう思って出かけたら、本当にそのとおりで、すごく元気になって、熱もさがって、びっくりしたことに給食まで少しだけど食べれたのでした。びっくり!!やっぱり子どもたちってすごいなあといつも思うのでした。本当にご心配をおかけしました。すごく元気になりました。
 ときどき写真日記にアップしましたが、学校の高等部の木工班が作業学習として作製していたロボット君たちが完成しました。私のつくったお人形をモデルにして、作ってくれたものです。まずは二人展で、お店に置かせていただこうと思っています。 

4月12,13日 ああ、私、ここ数年、講演会で、ちょっとないくらいの体調の悪さでした。どこに座ってもぼーっとして、寒いから、目をつぶっていて、椅子さえ見つければ座って、・・・最初はまた熱が出ただけかなと思っていたら、だんだん吐きそうになって、それから、のどまで痛くなって、それで、今はもうつばを飲むのも痛いです。吐きそうとかつばとか、そんな話ばかりでごめんなさい。もうずっと固形のものを食べていないけれど、いいんだもん。ちょっとやせよっと。

 今回も素敵な出会いがたくさんありました。天外さんの一年に一回の総会では、「湯川れい子さん、桐島洋子さん、中森じゅあんさんの3人の魔女討論会」があると聞いていて、私はちょっとだけお話するんだと聞いていたのだけど、討論会と天外さんの講演が終わって、舞台の上に机が並べられて、その真ん中のところに私の名前がかけてあるのです。「あの人いったい誰だろう・・」ってみんな思っただろうな。いいんだもん。私は私。「ぞうの話をします」と言って用意をしてきた象の話をしました。洋子さんはメールを交換していて、「ベトナムどうだった?」とか「あなたもきっとアオザイは似合いそうよ」なんて言ってくださったり、今度の新刊の絵すごくよかったよなんて行ってくださるので、忘れずにいてくださったんだなと感激しました。れい子さんは講演会と懇親会で二度ミニ講演?をしたのだけど、そのたびに、「よかったわよ」と言ってくださって、魔女たちはとても優しいのでした。風邪をひいていたからか、洋子さんが、最後お別れの時に、抱きしめてくださって「あなた、弱々しそうだから気を送っておかないとね」と言ってくださったのでした。

 やっとホテルについて、このまま倒れ込んじゃおうと思ったけれど、こんなときもどうしてもお風呂に入りたい私は、悪くなるかなと思いながらも入りました。それで、朝、飛行機で大阪へ、今日は大阪のキリンビール工場でお話をさせていただくことになっていました。工場というから、工場を思っていたら、道頓堀の真ん中にあって、とてもおしゃれなビルなのです。中で、篠山紀信さんの写真展をしていたり、おしゃれなレストランがあったり・・・そういえば、石川県の松任にあるキリンビール工場もとってもおしゃれだものね。このご縁は、仲良しの(酔滸伝の)マルシェの社長さんや竹内さんがつくってくださったご縁でした。こんなふうにいつも作って頂くご縁に本当に感謝します。小林さんが、電話で、「山元はちょっと体調が悪くて」って話してくださってあったみたいで、竹内さんは、すぐに液体の栄養剤のドリスタンというのを買ってきてくださって、それが、飲んでいるときにすごく効くなあという感じで、講演をのりきることができました。それで、終わったら、また今、電車の中で、ほとんど横になりながら、せっかく重い荷物を小林さんが持ってきてくださったのに、パソコンつかわなかったらなあと思って、書いています。それでもって、すぐになおして今週末の搬入のための準備。まだまだ、足りないから、それにむかってダッシュをかけます。 

4月11日 ようやく新学期が始まって一週間たちました。子どもたちもどんなに疲れただろうな。今日はなかなかクラスの教室から離れられず、授業の教室へ行けなかったそうちゃんが、廊下で私にプロレスの技を何度もかけておいかけてくれました。力持ちだから、私はころんころんと技が成功してしまって、ころがって、やったーとすごくうれしそうです。運動不足がたたって、体中が痛いけれど、楽しいです。そして、体育の授業にも出ました。今日はなんと短距離走。早い人はもうすごく早いのです。ここでも、体力不足で、やっと50メートルを走りました。
 明日は東京へ行きます。天外さんの会があるのです。二年前に出席したときは、ドキドキしてみなさんとなかなかお話できないままでした。明日はできるといいな。おそばやさんでお隣になった霧島洋子さんともごあいさつだけでした。メールもいっぱい交換したから、明日はお話しできるといいなと思っています。日曜日は、大阪へ行きます。

4月10日 今日は母のお誕生日。いつもは花壇に植える花の苗を贈っていたのだけど、今年は洋服にしました。母はフォークダンスを踊っているので、ひらひらがいーっぱいついたスカートと、上の洋服、それと、春のジャケット。宅急便で送るので、サイズが気になっていたけれど、どれも、フリーサイズと書いてあったので、大きいなら大きいなりに、小さいなら小さいなりに大丈夫だろうと思います。
 今日から作業が始まりました。私はバリ班。お寿司の折りに入っているようなおしょうゆのお魚が作る過程で長くつながっているのをパリパリと折って、バリとお魚に分ける作業をするのです。ずうっと一日作業は、やっぱりとてもつらいけれど、みんなとてもがんばっています。

4月9日 子どもたちにとって始めての一日の学校の日。そして、私たちにとっても始めて子どもたちとすごす日でした。バスから降りてもう、とまどい気味の子どもたち。でも、私の顔を見つけて、にっこりとほっとした顔を見せてくれると本当にうれしいです。始めての学校。誰も知らない中でいることの不安は、去年私も、嫌というほど経験しました。そして、周りの先生の温かいまなざしやさしのべて下さる手がすごくありがたかったです。子どもたちも私の手をぎゅっとにぎって離しません。大丈夫よとにっこり笑うと、にっこり笑い返してくれました。この笑顔をずっと守っていたいなと思いました。教室に木村拓哉さんのポスターを二枚貼りました。3人の生徒さんの一人・・・ゆかちゃんがあまりおしゃべりしないのだけど、木村拓哉さんが好きとわかったのです。私の家には、一昨年の木村拓哉さんのカレンダーがありました。もったいなくて捨てられなかったのだけど、とっておいてよかったな。そのポスターもうれしそうに見てくれました。4月になって暖房がなくなったのだけど、まだまだ肌寒くて、教室も冷え冷えとした気がします。気持ちだけでも、あったかくほかほかしてすごしたいです。

4月8日 待ちに待った入学式でした。子どもたちは真新しい制服に身を包んで、元気に登校をしてくれました。私もうれしくてなりませんでした。子どもたちは最初は少し不安そうだったけれど、でもすぐになれて、ニコニコして、さっそく新しい友達に声をかけていました。クラスの写真撮影の時にも、もう大きなピースで笑っているお子さんもおられました。明日から早速給食も、それから6元までの授業も始まるのです。大変だろうと思うのだけど、ゆっくり、ゆったり始められたらいいなと思います。いつも思うこと、それはやっぱり毎日通うところは楽しくなくちゃと言うことです。明日も学校へ行きたいなあって思えるところであってほしいと思うのです。そして、私も早く明日になって、子どもたちに会いたいと思える毎日であってほしいと思います。
 桜が咲き出しました。学校の桜も、きっと明日には満開になるでしょう。風が強いのがちょっと気になります。今週末は、東京と大阪に行きます。今年度始めての講演会のはじまりです。今年もたくさんの方にお会いしたいな。

4月7日 ぴかぴかの制服を着て、黄色い帽子をかぶった一年生と、お母さんを見かけました。今日は小中学校の入学式。青い空、桜もふくらんで、みんなどんなにうれしいことでしょう。
私たちの学校の飾りつけもできあがりました。掲示板にも、体育館にも、教室にも控え室にもおめでとうの文字。紙で作った桜の花。そして生花も、教室に配られました。こんなにも待っていたのだもの、明日がきっといい日になりますようにと願っています。
 昨日の夜、桜咲いたかなと、近くの公園へ見に行きました。枝にちらほらだけど咲いていました。今日はもっと開いたかな。明日は残念ながら、小松は雨の予報です。

4月6日 今日もずっと絵を描き続けていました。すごく絵を描くのが好きになって、上手にはかけないけれど、でも、前の絵の本が、今だったらもう少しは上手に描けたのになどと思うのでした。今回の二人展では、お月様と私をテーマにいっぱい絵を描きました。ぜひ、見てくださいね。
 今日、びっくりするメールが来ました。見たこともない、サイトを見てその代金を払っていませんというお知らせで、その料金が、4万円以上でした。そして払わないと、すべてを公表して、10倍くらいの金額になります・・・とかかれていて、そのお金を払い込む口座がかかれていました。
 見ていませんとメールをしようと思って、メールを返そうとしたけれど、メールを返す方法がよくわからなかったのです。ふつうの方法のメールじゃなかったのかな?いいやと思って、削除してしまいました。でも、なんだか勘違いで、そんなたくさんの代金を請求されることになったらどうしようとちょっと怖くもなりました。 

4月5日 いちじくと凛の病院に行きました。狂犬病の予防注射の時期になったから・・・一番初めのとき、いちじくは集団の予防注射を受けたのだけど、ちょうど同じ時期にフィラリアの予防のお薬をいただく用事もあるので、去年からは獣医さんで打って頂いています。いちじくはあいかわらずお医者さん大嫌いです。体を震わせて、くーんくーんと鳴いて、それから低く、ウーとうなっていました。凛はあいかわらずで、注射を打たれても、ずっとお医者さんにしっぽをふっていて、「そうそう、こんなふうに育てないとね。可愛い可愛い」とほめていただきました。いちじくとは対照的だねって・・・困った。
 雪絵ちゃんのところへ行ってきました。2,3日前からまた手が動かなくなってがっかりしているとのことだったけれど、でも退院にむけて、元気におしゃべりしていました。ホームページは続けたい、メールも続けたい・・・手が動かない。字が読みにくい・・どうしたらいいかというような話もしました。退院のときに、また再開しようねという約束をしました。雪絵ちゃんは「願っていたら夢はかなうよね。もうだめだとおもったら、そこで、もう夢は断ち切られてしまうよね」ってそんな話もしたのでした。 

4月4日 今日は職員会議と部会の他に、入学式の準備と、それから教室などの準備もしました。椅子や机やロッカーや靴箱に名前を貼りながら、そして入学式で、生徒さんの名前を呼ぶ練習をしながら、ますます、わくわくどきどきしました。本当に、新しい子どもたちに会えるまでもうちょっとです。学校の帰りに、がくぶち屋さんに注文してあった、残りの額縁を取りにいきました。今日から、お友達の、桝野正博さんの写真展が、その額縁やさんで行われるので、それにあわせて額縁も取りにいったのでした。桝野さんのことを、私はますやんさんとお呼びしています。透明感のある、桝野さんの写真が私はとても好きです。会場に行くと、写真の木の裏に、女の子がかくれんぼしているように思えたり、雪の中の森の奥に、きっと可愛いえんとつのある木のおうちがあるに違いないと感じられたり、桝野さんの絵は、息をしているように感じられます。桝野さんの写真展については、このHPのときどき写真日記を見て下さい。 

4月3日 毎日、決めごとをしています。最初だから・・。今日は、時間割も決まったし、それから作業班も決まりました。今年はバリ取り班。バリ取りというのは、おさしみのおしょうゆをいれるお魚の入れ物を作る過程で、できる余分なところ(バリ)を取る作業です。何かを作って売るというような作業じゃないのですが、子どもたちと一緒に一年頑張りたいと思います。教室に貼る時間割や名札や、バス運行表やいろいろなものも作りました。靴箱の名札、ロッカーの名札も作りました。毎日思うこと・・・はやく子どもたちと会いたいなあということばかりです。

4月2日 今日も、新学期のための会議の一日でした。時間割を決めたり、係を決めたり・・・。毎日、今年は一年生の担当なので、まだ、1,2度会って、言葉もかわさないでいるお子さんとの勉強なので、わからないことばかりだけれど、子どもたちと会って、もし不都合だったら変えようねという仲間の視線や、姿勢がとても心地いいなあと思うのです。子どもたちのことも、同僚のことも、みんな考えあっている仲間というのは本当にうれしいですよね。今日はとても寒い一日でした。だから、昨日の一輪のお花も、さぞ、ふるえていることでしょう。 

4月1日 運動場の桜の木に一輪だけの花を見つけました。なんだかいっそう大切な気がして、ずっと見つめていたかった・・・。
 朝、職員写真をとりました。160人以上の人だから、なかなかそろうのも大変でした。一年前、私はおどおどしながら、びくびくしながら、この場にいたなあと思います。いつも、人見知りをしてしまって、黙ってしまうから・・・新しい人が、さびしくないようにと思います。それから、職員室の机の移動もありました。私は窓側で、前は壁なのです。窓際族、壁際族と言う言葉があったけれど、なかなか落ち着くいい場所です。大きな職員室は入りきらないで、小さい隣の職員室に、私たちの学年は入ったのだけど、向かい合わせよりも、ひとつ壁を向く方が、何センチか余裕ができるのです。それで、私たちは壁を向いています。後ろは、椅子を互い違いに置いて、椅子をひかないと通れないほどの場所ですが、窓を見たら空が見えます。小さいときから、授業中に空ばかり見ていた私。なんだかとてもほっとして、落ち着くのです。でも、いっぱいの会議、一年たったのに、課が変わったこともあって、まだあんまりわかっていません。 

3月31日 明日から4月。今日も、一日、学校で教室をきれいにしたり、机の中を磨いたり、そんな一日だったけれど、明日からは、あたらしい学年のいろんなことを決める職員会議が始まって、きっといそがしくなると思います。会議が2つ、職員室と教室のお引っ越し。そして職員写真といろいろですもの。
 今日は、最初はあたたかかったけれど、花冷えというのでしょうか?夕方、寒くなっています。みなさん風邪ひかないでね。私は、高校の同級生と、今から、会うことになっています。もうずっとのお友達。今は、場所も静岡と、小松と金沢と、離れているけれど、年に2,3回は会って、お互いにいろんなことをお話しあう大切な友達です。友達っていいね。 

3月30日 樹心社さんから出して頂く新しい本の題名が、本当になかなか決まりませんでした。もうずっと決まらなくて、決まらないから表紙もできなかったのです。樹心社の亀岡さんは、「3月に入ってから、考えることはもう、山元さんの本の題名ばかりでしたよ」というくらい・・・いっぱい、案が出て、小林さんファミリーにも考えて頂いたり、そしてとうとう決まりました。
題名は「違うってことはもっと仲良くなれること」大ちゃんの詩からもらった題です。「僕は他の人と違うけど 他の人も 僕と違う 違うってことはもっと仲良くなれるということや」今戦争が起こって宗教や、考えやいろいろ国同士、人同士違うけれど、違うからこそ、いろんな大切なことに気がつけるし、仲良くだってなれるはず・・・そうだなあと思います。明日は月曜日。このごろは、なぜだかお休みがさびしいです。早く学校に子どもたちがきてくれるといいなあ。 

3月29日 何も考えずに、いいえ、いろんなことを思い出しながら、静かに、二人展の絵を書き続けています。絵の中に自分の思いを込めたくて、ただただ描いていると、ちょっと泣きそうになったりもします。
 今日はがくぶち屋さん(そういう名前のお店なの)で、額も買いました。それから「想っている・・・しっぽみたいにU・・・」の色校も届きました。今度の本は帯も大好きなピンクで、春らしく、とてもとても可愛いのです。はやくみなさんに見てもらいたいです。
 明日も絵を描きます。4月に入ったら、違う準備もあるだろうし、講演も始まります。だから、頑張って描きたいです。 

3月28日 昨日の送別会の帰りのこと。お酒はあまり飲めなくて、昨日も飲まなかったので、車に乗って国道8号線を走っていたら、前の方に、大きな大きな車体を載せた車が走っていました。何だろう?よく見たら、ジーゼルの電車の一番前の車体でした。すごーい。ピカピカの電車。線路で運ぶんじゃないんだあ・・・・前になり、後ろになり走っていると、下の方にある鉄の車なども見えました。夜はいつも魔法がかかっているみたい・・・。
 送別会で、退職されるおひとりの先生のお話がとても心にしみました。「いくばくかのお金と名誉と引き換えに、管理職の道を選ぶ同僚もおられたが、僕は最後の最後の日まで子どものそばにいることができました。そのことに喜びと、また誇りを感じます」もちろん、管理職をされておられる方も、いろいろな理由があって、その道を選ばれたのだと思います。ただ、その先生が、毎日、子どもさんと一緒に体をゆらしながら、本当にそのお子さんの気持ちに添われて、毎日歌をうたいながら、子どもさんと歩いておられる姿に、いつもいつも胸を打たれました。私も先生のように、子どもたちといたいですとそうお話したかったです。 

3月27日 今日も職員作業の日。畑をたがやす人、たくさんの書類で、廃棄するもののホッチキスの針をとって、分類したり、棚を開けたり、そんなことをしていました。全部終わって、また職員室に帰ってきても、子どもたちがいないとやっぱりすごくつまらないなあ、早く子どもたちに会いたいなあと、来年の学年もきまらないのに、そんなことを思うのです。
 辺り一面春色です。お花もいっぱい咲いているし、それから、空気もとてもあたたかです。
「春なのに、お別れですね。春なのに、涙が流れます・・春なのに、春なのに、ためいきまたひとつ・・」(歌詞はいつものようにちゃんと覚えていないのです。ごめんなさい)
 今晩は送別会です。 

3月26日 今日もペンキ塗りをしました。昨日塗ったところもとてもきれいで、うれしくなるくらい。今日は窓枠などをうすピンクにぬりました。ついでにさびていた、暖房もピンクに塗っちゃいました。それから戸もうすピンク。春らしいお部屋になりました。
 初めて、夜になっても暖房をしないで、います。知らないうちに、本当にすっかりと春ですね。
今日は、4月から新しくいらっしゃる先生方のオリエンテーションが図書室であって、私はペンキ塗りをしていて、歩いておられる後ろ姿をおみかけしただけでしたが、ついこのあいだ、私も、この学校のオリエンテーションを受けて、50人もいる新任者のひとりとして、大きな学校にただただびっくりしていたことを思い出します。今年はそれほどの大きな異動がなくて、半分くらいの人数です。本当に4月までもうちょっとだけど、どういう4月が始まるのかな?誰と一緒にお勉強するのだろう。少し心配だけど、わくわくもします。 

3月25日 お昼ご飯、昨日、異動の発表があった先生がたのお別れの会がありました。本当にあたたかくて、大好きな仲間でした。みんなで、和気藹々とお話していると、これで、もう一緒にお仕事ができないなんて、考えられないくらいです。
 お昼から、新しく教室として使うお部屋のペンキ塗りがありました。壁がはげ落ちているようなところもあるから、新品のお部屋というわけにはいかないけれど、でも、一度塗ったら、すごくきれいで、二度塗りしたら生まれ変わったように、きれいな部屋になりました。真っ白に塗ったから、なおさらきれいです。4月から、どんな教室になるのかな?
3時から停電。学校が停電になると、いったいどんなお仕事をしたらいいのか、みんな途方にくれます。パソコンも、コピーも動かない。トイレの水さえ流れない。お天気が悪くて、お部屋も真っ暗で、どんなに電気に頼っているかわかりますね。 

3月24日 終業式と離任式。みんなそうだけど、私も悲しいのは苦手です。さびしいのは嫌い。壇上のたくさんの方の挨拶を聞きながら、またすみっこで泣いていました。どうして、悲しい気持ちというのは、心のひだのすみずみにまで、いっぱいになるように、おそってくるのでしょう。
 明日は職員作業の日。今まで作業室として使われていた教室が、4月からはクラスになるので、職員で、壁にペンキを塗ることになっています。私、昔から、ペンキに塗ってみたかったのです。ハックルベルリフィンに出てくるペンキ塗りのお仕事。ハックは、その仕事を言いつかるのだけど、仕事が嫌で、一計を案じて、すごく楽しそうにペンキを塗ってて、お友達がそれを見て、「宝物をあげるからその仕事をさせて」と頼むのです。それで、ハックはお仕事からもしなくてよくて、それからいろんなみんなの宝物だとか、リンゴだとかも手に入れるのです。私もその物語を読んで、すごくペンキを塗りたくなりました。だから、明日ペンキ塗るのうれしい。 

3月23日 病室の近くまで行くと、雪絵ちゃんの明るい声が聞こえてきました。雪絵ちゃんのお母様に、2,3日前から、調子が悪く点滴をしていると聞いていたので、心配していたのだけれど、ほっとしました。雪絵ちゃんは笑顔で私を迎えてくれました。ひさしぶりなのですが、いつあっても、お互いに気持ちが手に取るほどわかりあえるような気がするのです。そして、ずっとずっと笑っていて、またねと病室をあとにしました。病院が近くなったので、これからはちょくちょく会いに行けます。
 もう雪が降りそうにないので、冬のタイヤを変えなくちゃ変えなくちゃと思っているうちに、連休が終わってしまいました。このあいだの雪が最後の雪だったのでしょうか?
 いちじくと凛は春のにおいに敏感で、沈丁花が咲いているよ、もうすぐこぶしの花がさくよと教えてくれました。 

3月22日 春のあたたかな日が続いています。あさっては離任式と終業式。毎年めぐってくるお別れの季節。新しい出会いが4月にあると言っても、お別れは本当に悲しいです。
 今日も悲しい夢を見て目が覚めました。心がなんだか悲しいのかな。
 戦争のこと、やっぱり私、わからないことでいっぱいです。
 けがを今した人、今からけがをする人をあとで助けるお手伝いをしますということはなんだか不思議だなあと思うのです。つらそうな人を見たら、悲しんでいる人を見たら、自分にできることはなんだろう。何かしたいと思う・・・それが人間の素晴らしいところだと思うけれど、でも、けがをさせたのは、自分たちの心だとしたら、手当をするまえに、けがをさせないようにしなくちゃとそう思うのです。 

3月21日 天外司朗さんの新しい御本の前書きを書きました。天外さんの前の絵本「大きな森のおばあちゃん」の次の童話です。「大きな森のおばあちゃん」は本当に素敵なお話でした。心がゆさぶられて、自分がこの素晴らしい宇宙の中に生きているんだということを感じて涙がとまらなくなった作品でした。天外さんはこの童話を書かれた後、「かっこちゃんの『たんぽぽ!あふりか日記』を読んで、新しい物語の構想がうかんできたよ。今度はかっこちゃんの出てくるお話をかくよ」と言ってくださっていたのですが、本当に、今度の象さんのお話にも、私や、私の友達・・・小林さんや大谷さんや大ちゃんや雪絵ちゃんやきいちゃんの名前がたくさん出てくるのです。私たちが本当に主人公になっていることにももちろんすごくすごく感激したけれど、内容が、本当に素敵で、また心が揺さぶられて、胸がいっぱいになりました。できあがるのがとっても楽しみです。

03/08/15〜03/10/31

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