☆月★日の私

3月20日 うんと前、戦争の映像を見た大ちゃんが
「悲しくつらい気持ちです 人が人を殺して それが正しいことなんて いったい誰が思うんやろ」という詩をつくりました。「殺されるために生まれてこない 殺すためにも生まれてこない 戦争は大事なことを忘れている」そんな詩も作っています。テレビで放映された、ミサイルは光を放った後、人を傷つけたのでしょうか?
どんな正義で、理由をつけても、人を殺したり傷つけたりする行為は間違っているということは、誰だって知っていることなのに・・・
 今日作業の時間、「戦争が始まったらしい」との声を聴いた子どもたちが口々に「戦争嫌だ」と何度も何度も叫ぶように言っていました。一日もはやく戦争がやんでほしい・・・ただただそう思います。 

3月19日 今まであまり接することができなかった、あまり接することができなかった他の学年の生徒さんとこのごろ、言葉を交わすことが多くなりました。(自分の学年の生徒さんは卒業してしまっていないから・・・)といっても食堂で会ったり、廊下ですれ違うくらいなのですけれど、名前だけ呼んで、すっと笑いながら走っていく生徒さん、それから腕をとって、何も言わないで、でもにこにこにこにこわらっている生徒さん、可愛くてなりません。3年生がいなくてさびしいだろうなって子どもたちも思ってくれているのかな?
 大きな学校ではクラス編成も、授業についても、何にしても、こんなに大変なんだなあと、つくづく思いました。民主的にしようとすればするほど、相談の時間が長くなる・・・とっても大変だけど、でも、それは民主的なんだからみんなで納得して、いろんなことすすめることができるのだから、大切なことですよね。 

3月18日 新しい本の校正がおくられてきました。ずいぶん前からの原稿を出版社さんがまとめてくださったもので、あらたに本の形になって読むと、自分の文章なのに、そうじゃないみたいにも思えます。校正の方法も、出版社さんや編集の方によって、まちまちです。言葉一つ変えずにまず並べて、ここをもっとこういうふうにというように教えて頂きながらかきなおし、「もっとここをふくらませて」とか「ここの表現を違うふうにして」というようなことに頭を悩ましながらも、校正をすすめていく場合、すっかり編集の方が組み合わせを考えて、言葉も、少し書き加えたりなおしたりしてくださってある場合・・・そんなときは、自分の口調とは少し違うから、ああ、ちょっと私じゃないみたいだなあ・・・どうしようかなあ・・とか、こんなに上手に書けたらいいのになあなんて、思ったりもして、校正をすすめています。
今度のエッセイは、ちょっと重いテーマがいくつかあって、読み直していても、そのときの気持ちがよみがえってきて、胸がいっぱいになりました。ずいぶん前に亡くなってしまった大切な友達のこと、自分がしてきてしまった悲しい間違い、なんだか悲しい気持ちが胸の中に広がって、どうしたらいいかわからなくなって、夜中に、海を見に行きました。今年に入ってしょっちゅう熱を出すのだけれど、東京へ行っているあいだに出てしまった熱もさがらなくて、私の心を悲しくさせる手伝いをしてるのかな?私、よくこんなことをしてる・・・どうしてかわからないけれど、悲しい気持ちのときは空や海を見たらなおってしまうの。戦争のことも、考えていました。
 私はいつも自分の気持ちだけで、やっぱり戦争はどうしても嫌って思うのです。近くで戦争のことを考えている国があり、そのことを考えないと発言できない人がいて・・・でも、私はただ、やっぱり誰かが悲しくつらいことは誰にとってもつらくて悲しいものだからなあなんて、思って、海を見つめていました。ああ、本当になんだか、悲しい。
 夜中にまたお部屋へもどると、いちじくが起きて、私を迎えてくれました。「一緒に行ったのに」ってそんな顔で見ていました。
 でも、今は元気にしています。心配しないでね。 元気です。

3月17日 今年度もあと一週間ほどになりました。みんなパソコンや書類にむかって忙しそうです。学校の異動もあと一週間ほどではっきりします。去年変わったところだから、異動になることはまずないだろうなあとぼんやりしていますが、異動かもしれないと思う人はきっと落ち着かないだろうな。
 金沢にアンサンブル金沢という管弦楽団があります。そのお一人のバイオリニストの方が、学校に来てくださいました。子どもたちも音楽は大好きで、クラシックにとてもくわしい子どもさんもおられます。「G線上のアリアは誰の作曲?」というような質問にも、さっと手を挙げて答えていました。素敵な音楽や、絵やお芝居などにもっともっとふれる機会があったら、どんなにうれしいだろうといつも思います。 

3月15、16日 
 東京にいました。ディズニーシーとそれから両国の江戸博物館などに行きました。すごく寒かったのです。花冷えかな?
 帰りに空港の本屋さんで、吉永小百合さんのエッセィを買いました。人と人とのおつきあいとか、人から影響を受けるとか、そういうことに年下だろうと、同じ年だろうと、年上だろうと、そんなこと、関係ないなあといつも思っていたり、言っていたりするのだけれど、でも、吉永小百合さんや高倉健さんや、緒方拳さん・・・のように人生の先輩の生き方にとてもあこがれます。小百合さんの可愛い、まっすぐな瞳をいつも見ていたいと思ったり、健さんのようにいさぎよい生き方がしてみたいと思ったり、それから、拳さんのように、いろんなことに興味を持って、そして、あたたかく笑う人のそばにいたいと思ったり・・・・
 家へ帰ると、お部屋がすごく冷えていました。でも、お友達のイラストレーターのセキウサコさんからのジャスミンのウーロン茶と、桜茶が届いていて、今お湯を沸かしています。あたたかな気持ちにつつまれそう・・・大好きな人のことを考えながら、今日は眠りたいです。

3月14日 暮れの忘年会で、特賞をいただいたのです。ディズニーシーの大人のパスポート2人分。4月末日まで使えるということでした。それはパスポートだけだから、もちろん飛行機のチケットやお泊まりするホテルなどの分はないのですが、でも、せっかくだから、出かけようと、明日とあさって出かけることになりました。ちょうど父の東京の出張があったので、実家の父と母も一緒に出かけることになりました。
 ディズニーシーは9月に修学旅行で行ったところ。とてもとても楽しくて楽しくて、今でも思い出すと顔がほころぶくらいだったのです。だから、明日とあさってが楽しみです。
 実はそれを決めてから、職員の学年旅行が、明日あさってになりました。みんなで温泉に行く旅行。すごく楽しそう・・そして、大好きな仲間との旅行だから、すごくすごく行きたいのだけど、重なってしまって、とても残念。
 ディズニーシーも、父は母も楽しみにしてくれているので、そちらへ出かけます。
 明日のお天気はどうかなあ・・・あさっては東京のどこへ行こうかな?
 パソコンは持っていかないと思うので、日記はお休みします。ごめんなさい。 
 
3月13日 卒業生がいなくて、朝の通学バスはがらがらで、当たり前だけどはるちゃんも、クラスの誰もが降りてきませんでした。給食の時、はるちゃんが大好きな梅じそふりかけが出て、はるちゃんがいたら「ピンクふりかけ!」って言って喜ぶだろうなと思いました。ああ、みんなどうしてるだろうな。
 きょうは、4月からの入学説明会がありました。新しいクラス編成もはじまりました。子どもたちはみんなとても可愛くて、4月からも楽しみです。
 お星様がきょうはとてもきれいでした。オリオン座も空に低く輝いていて、春が来たのを知らせてくれていました。
 
3月12日 お日様の中で、小雪が舞い散ったり、急に雲のあいまから、また日が差して、温かい日差しでいっぱいになったりの一日でした。
 今までも、心に残る卒業式はいくつもあったけれど、今日もまた忘れられない一日になりました。歌を一緒に歌っても、卒業証書授与のときも、何を見ても涙がとまらない私に、となりにいたはるちゃんが何度も何度も顔をよせて、私の涙を拭いてくれました。そんなはるちゃんにまた涙がとまらないのです。まみちゃんも、精一杯の声で、校歌や卒業式の歌を歌うから、近くにおられた来賓の方もそれを見て泣いておられました。卒業アルバムに、みんなでよせがきをして、私のアルバムにも、いっぱい寄せ書きをしてもらって、謝恩会では、お母さん方のお話をお聞きし、また涙が出るのでした。
 お母さんがお話くださった中にとても胸を打つ言葉がいくつもありました。「私は信じていることがあります。やさしい気持ちは、やさしくされた人の心の中に、残っていくものだということです。家の子が、こんなにやさしいのも、みんなにやさしく、あたたかく包んでもらって大きくなったからだと信じています」素敵な子どもたち、そして、素敵なお母さん、お父さん。同僚のあたたかい空気も、とても居心地がよく、一年前、小さな学校から、この大きな学校へ越してきたばかりのころ、自分の不安な気持ちの持って行き場もなくしてしまったのが嘘のようです。
 社会の中で、一般就労の路を選んだ子どもたちもたくさんいます。つらいことも、たくさんあるかもしれない。でも、いつも、このあたたかな場所が、応援していることを思い出してほしいと思います。  

3月11日 いよいよ明日が卒業式になりました。みんなの笑顔をビデオもダビングして、ラベルを作ったり、教室の飾り付けをしたりしながら、やっぱりさびしくてたまらない、せつなくてたまらない私がいます。
でも、りっぱな子どもたちの後ろ姿をしっかりと見送りたいなあと思います。
 京都、大阪に講演会に行かせて頂いて、たくさんの着て頂いた方からメールをいただいて、私、すごくうれしいです。本当のことを言うと、少し心が弱っていた気がするのです。なんだかいろいろあって、体もちょっとだけ弱っていて、病院に行ったり、ちょっとだけ泣いてみたりもしていたので、3日間、ちゃんとお話できるかなと思ったりもしていました。途中でお話をすっかり忘れたり、間違えてたったままになってしまったらと心配になってもいたのです。みなさんの温かい気持ちに、私いつもいつも助けて頂いている・・・私、元気になって、明日はもっともっと元気です。  

3月10日 今日の授業が終わって、あと、授業も、たった半日になりました。どの授業のチーフの先生も、「これで、最後の授業」「一生で最後の音楽の授業」「最後のゲームになります」となごり惜しそうでした。私もやっぱりさびしくてさびしくて、今は手を伸ばせばいつも、そこに子どもたちがいるのに、あさってに卒業式があって、そうしたら、もう簡単には会えなくなってしまう。そう思うと、子どもたちのお顔をみるのもつらいほどです。
 今年はたくさんの小学校6年生のクラスから、きいちゃんの感想文や、質問のお手紙のたばをいただきました。電報ではないけれど、紙にイラストを描いて、小さい言葉をかいておくらせていただいたり、メールでお祝いをさせていただいたりして、ここ数日すごしています。国語の本にもずいぶんサインをさせていただきました。その国語の本、取っておいてくれるかな?そんなことを思ったりして、心の中が、なんだか卒業でいっぱいです。 

3月9日 高槻に呼んでいただいたのは3度目です。いつももうすぐ春というこの季節に呼んでいただいているのに、なぜでしょう。3度とも、雪が舞い散る寒い日になりました。一度目はぼたん雪がひらひら舞っていたし、去年はあられとみぞれがはげしく降っていたし、今日は粉雪が舞っていました。呼んでくださった渥美さんの奥さんが「山元さんは雪女なのか、白雪姫なのかって話していたんですよ」って。どうせなら白雪姫がいいなあ・・・結末も素敵だしね。
 雪が降る日も、気持ちがひきしまるようで、うれしいものですね。
 大好きな友人、二度目に来てくださった方、3度目の方、そして初めての方。二人展のお手伝いをしてくださった友達。遠くから来てくださったネットの友達・・・出版社の方、いろんなお友達が私のことをとても温かく迎えてくださいました。ああうれしい。うれしかった・・・幸せな気持ちで帰路につきました。
 ところで、昨日から、なぜだか電車の事故の影響に巻き込まれています。昨日の夜は、京都から、ホテルのある新大阪までの電車。人身事故があったとかで、駅に着くと、次の列車を知らせる電光掲示板が「調整中」の文字を流していました。何十分遅れからで、ホテルについたのですが、今日は、送電線が壊れたということで、特別電車に乗ることになりました。指定席は、もう、他のお客さんでいっぱいで、立って帰ることになりました。その特別列車は、倉庫に入っていたのを使ったと言うことで、あまり見たことがない列車でした。なんだか外国の電車を思わせるような列車。寝台車を座れるようにしてあったり、それから、窓が真鍮でできていたり・・・
 どこも満員だったのですが、グリーン車とまるで銀河鉄道みたいな字がかかれたドアの内側に、トイレがある小さい部屋みたいなところがあって、そこにいました。同じようにそこにおられた方が、私がドアの開け方がわからなくておろおろしていると、開けてくださったり、「大変なことになったわねえ。暖房も効かないし。そっちは寒くない?」なんて声をかけてくださったおふたりのご婦人が、いろんなことを聞いてくださって、「お仕事は何?」って。養護学校に勤めていますって意ったら。明和養護って知ってる?っておっしゃるから、ええ、勤めていますってお返事したら、私のクラスのお子さんの名前をおっしゃって、知ってるかしら?って。はい、知ってます。大好きなんです。きょうちゃん。
そんな偶然があったり、きょうちゃんのお話をしたり、それから、どこに行って、何をしてきたの?なんて話してくださって・・・あっという間に小松につきました。
楽しかったです。不思議な銀河鉄道の夜・・・そんな晩でした。 

3月8日 朝6時半の雷鳥に乗って、京都へ向かいました。午前中は大阪の枚方で保育士さんの研修会に、そして、午後からは、京都のWonderlandさんという絵本やさんでお話をさせていただきました。枚方の講演会は、バイオリニストの川畠さんのコンサートで私のことを知ってくださったということでした。そして、Wonderlandさんは、アリス館の後路さんが紹介くださったのがご縁ということで、いつもいろいろな方が応援してくださって、講演会が実現しているのだなあと改めて思いました。講演会には友達もかけつけてくださって、楽しいおしゃべりの時間をもつこともできて、すごくうれしかったです。
Wonderlandさんのお店にはスタッフの方の子どもさんで、かなちゃんという小学2年生の女の子が、おられたのですが、かなちゃんは本が大好き。図書館に行くたびに10冊の本をかかえて帰ってくるというかなちゃんと、本好きの私は意気投合しました。私も小さいとき、本当にたくさん本を読んだなあ。1日に3冊まで本を借りていいということになっていたので、母に母が作ってくれた絵本袋に毎日毎日3冊の本をいれて持ち帰り、学校でも読んでいたし、家でも、ずっと本を読んでいました。学校の先生が「休み時間でも、お友達と遊ぶより、本ばかり読んでいて、心配」ということをおっしゃったそうですが、でも、私はそんな覚えはあまりないのです。お友達もいて、でもやっぱり本が大好きで、本の世界にずっと入り込んでいるのが好きでした。帰ってからも、ずっと本を見ていて、図書室の、まだ読んでいない本が減っていくのがとても心配でした。絵本やさんに来ると、ずっとずっと本の表紙だけでもながめていたくなります。こんな素敵なところに小さいときも来たかったなあと思いました。今、大阪のラフォーレというホテルに泊まっています。すごく大きなお部屋で、なんだかもったいないほどです。 

3月7日 とうとう、みんなが学校に来る日は、あと、月曜、火曜、そして、卒業式当日の水曜日だけになりました。こんなにもいとおしいみんなとあとそんなに少ししか一緒にいられないなんて・・・とても信じられない気持ちです。
 卒業式が行われる体育館の前には、みんなの卒業制作が並んでいます。どれも、一年近くかけて作った大作なのです。なんだか何を見ても涙がこぼれそうになります。
 昨日、学校の栽培班がキムチを作って販売をしていました。すごくおいしいと評判のキムチです。私は辛いのが苦手でだめだけど、yamaさんご夫婦は、韓国へ行ったときも、キムチをおいしいおいしいと食べておられたので、今度明和のキムチも、学校帰りに、届けるよと約束していたので、おいてこようと思います。袋の中でさらにおいしくなるのだそうで、1週間後くらいが食べ頃なのだそうです。
 明日は6時30分の電車で京都へ向かいます。京都でも大阪でも、大好きな友人に会えることになっていて、とてもうれしいです。それから、また新しい出会いもきっと待っていると思います。私、幸せだな。 

3月6日 いつもいつも思うこと・・・それは人との出会いの不思議さです。決して会うことのなかっただろうと思う方と、会って、こんなにも仲良くお話したり、抱き合って、会えたことを喜べる・・・「生きているって素敵!」そう思う瞬間です。
 昨日の晩、カナダを旅行したときにお世話になった、山本さんご夫妻と、そして、いろいろなところで、領事官や大使官をされておられた外交官でもある、山本さんご夫妻の友人の辻本さんご夫妻とお会いしました。
 カナダでお世話になってから、何度も何度も山本順子さんとメールでいろいろなお話をしました。遠くに離れていても、心がつながっているというような気持ちでいたけれど、ロビーで待っていてくださったご夫妻の姿を見た瞬間、ああ、本当にまたお会いできたと、胸がいっぱいになりました。
 山本夫妻は「新婚旅行で世界一周をしながら、お金がなくなったところで、落ち着いてカナダに住んでいる」とそんなふうに言っておられたり、そのあとも、世界をまたにかけて、お仕事をしておられるご夫妻。辻本さんご夫妻も、世界のいろいろなところで、お仕事をされたので、世界のお話はとてもおもしろく、楽しいものでした。
 順子さんと明子さんが二人で、アラスカを旅行されたときのお話の中で印象的だったことのひとつ。「今、エスキモーという言葉が差別的だと言われていて、イヌイットと呼ぶべきだ・・みたいなこと言われているでしょう?現地ではそんなこと、少しもないのよ。イヌイットという呼び方は、エスキモーの一部の人を指す呼び方なの。だから、エスキモーの人は自分たちのことをエスキモーと呼んでるの」
 考えたら、エスキモーとは生肉を食べる人・・という名前から由来していると聞くけれど、生肉を食べるということが、なぜ差別的なことになるのでしょう。そういう私たちも、昨日はたくさん、生魚・・おさしみをいただきました。自分の国の生き方、食べ方・・自分自身というものを否定されることはとても悲しく、譲れないこと。
 世界中を見てこられたご夫妻たちだからこそ、感じておられることでした。
 山本さんはこんなことも話しておられました。「イスラムの人たちは、血の中にしみこむほどの宗教心を持っている。自殺は、何よりも悪いことだということを、もう体で感じている・・・そんな民族の人が、今、自殺に追い込んでいる脅威がある」それが、今、いつおこるかわからない戦争なのだと思いました。 

3月5日 大阪での4月の二人展がようやく、詳しいことまで決定しました。ホームページにも載せさせて頂きました。どうぞよろしくお願いします。今回は、たくさん描いた絵も展示させて頂く予定です。それから前回同様、大谷さんの新しいとてもやさしい表情の写真がいっぱい展示されます。3月8,9日の講演会の主催者の方に、二人展のちらしを配らせてくださいとお願いしました。それから来ていただいた方にも、配って頂けますか?と厚かましいお願いをしようと、ちらしを1000枚用意しました。
 今日は卒業式の総練習。一生懸命、校歌や卒業式の歌「明日に向かって」を大きな声で歌っている子どもたちを見ていると、涙がとまらなくなります。離れなくてはならないさびしさはもちろん、これからも、子どもたちは社会の中で、いろいろなことにあるときは立ち向かって、あるときは、とてもつらい思いをしながらも、生きていくことになるだろう・・・がんばってほしい・・・そういう涙だったりもするかもしれません。はるちゃんが私の涙を気にして、顔をしきりにのぞきこんでは、頭をなぜてくれました。優しくて可愛い子どもたちと一緒にいれる時間をかみしめています。
 お昼から、金沢の「のまりん」さんが紙芝居に来てくださいました。その紙芝居をみたり、それから、同窓会の入会式などもありました。

3月4日 おとといは、前の学校の卒業生のお父様が、今日は学校の子どもさんのお母様が亡くなりました。
 学校から先生が子どもたちの様子を見に行かれたら、「にこにこ笑っていたから、(お母さんが亡くなったことを)わかっているのかわかっていないのかどうなのか、わからなかったけれど・・・。だんだんわかるのかしらね。お母さんといられるのは、今日と明日だけだから、そばにいてねって言ってきたの」とおっしゃっておられました。 
 私はお母様が亡くなられたと聞いたときに、ゆうきくんのことを思い出しました。「ゆうきくんの海」の本のゆうきくん。お通夜とお葬式を他の場所ですごしたゆうきくんが、家に帰ってきて、その次の日、学校から、ゆうきくんは抜け出して、どんどんどんどん歩いていきました。おいかける私を振り向きもせず、ゆうきくんはただ、何時間も歩き続けました。そして、ついたところは海でした。そこで、私はゆうきくんの目から、涙がこぼれ落ちるのを見ました。ゆうきくんはお母さんを探しに海に来たのだとわかりました。そしてお母さんが亡くなったことをゆうきくんは知っているのだとわかりました。
 
 今日は卒業生を送る会がありました。一年生と二年生の出し物では、歌や踊りやいろいろな出し物がありました。二年生の先生方の合奏もありました。それから、3年生からは、子どもたちの笑顔のビデオと、そして、子どもたちのベストフレンドの歌がありました。子どもたちの歌の最中に、私も、涙がこみあげてきました。本当に大好きな子どもたち、ここへ来て、そして出会えてよかったと胸がいっぱいになりました。最後にあいさつをしてくださった主事先生の目にも涙が光っていました。3年間、主事先生はどんなに子どもたちのことを、かわいがって、大事に思って、一緒にすごしてこられたことでしょう。もう、あと子どもたちが学校に来る日は、6日だけです。

3月3日 おひなまつり・・・いちじくにおひなさまの冠を凛は女の子だけど、男の人の冠をかぶせたら「私だって女の子なのに」と怒ったのかどうなのか、凛が、冠をすぐに落として、びりびり破いて遊んで、写真を撮るどころではありませんでした。残念。ときどきカメラ日記に載せたかったのに。おひなまつりは、やっぱり女の子にとっては特別の日。私にだって特別の日。ちらし寿司を作って、それから、いちご大福を手作りしました。学校でもちらし寿司とひなあられが給食に出ました。
ところで、今日、お風呂にお湯をためているあいだに、ふとお湯の温度とかが書いてあるお風呂沸かすボタンが点滅しているのです。どうしたのかな?と思ったら、お湯がお風呂の5分の1くらいたまったところで、とまっています。そのあとは、どうやっても、お湯がでません。水道の蛇口からもお水しか出ません。えーん。お風呂どうしよう・・仕方がないから、今日はその5分の一のお湯で・・・とはだかになってお風呂にはいったのが間違いでした。そのお湯はすごくぬるくて、おまけにうっかりしていたけれど、シャワーからもお水しか出ないのです。しょうがないから、5分の一のお湯をつかって頭や体を洗うことに・・・でもすごくぬるいのです。おまけに、今日は雪がふるかもしれないという気温。あーん、寒いよお。ぬるいよお。悲しいよお・・
ということで、この日記をがたがたとふるえて書いています。 

3月2日 おーまきちまきさんのコンサートがありました。コンサートの始めに、お話をさせていただくことになっていました。ちまきさんとギタリストのあきさんは神戸におられる方なのです。そこで、yamaさんからのお話のリクエストは、「神戸の震災のこと」そしてyamaさんが好きなエピソード。私の友達の「やくざさん」でした。震災とのときの大ちゃんとのエピソード、それからちょうど一年たったその日に、大ちゃんが作った絵本のこと、そして、福井県沖にロシアのタンカーが座礁したときに、県内外から、集まって、油を海からのぞく作業の時に出会った、関西なまりの親子のお話。
地震があって一年目に大ちゃんはそのときのことを「やさしい心が震えていた 涙を流してふるえていました」と書いていました。
地震だったり、戦争だったり、タンカーの事故だったり、テロだったり、何かあったとき、「自分は何ができるだろう」と世界中のやさしい心が震えて、自分の気持ちで行動を起こす・・・そのことの素晴らしさをいつも思います。
 お話のあとはちまきちゃんの歌。そしてあきさんのギター。透明なちまきちゃんの声は、いつもいつも心を揺さぶって、いつのまにか、知らないうちにほおを涙がつたいます。
yamaさんのおかげで、生のちまきちゃんの声やちょんみさんの声が聞ける・・・本当にありがたいです。 

3月1日 今日はいちじくのお誕生日。氷見へ出かける前に、いちじくのお散歩をたっぷりして、すごく喜んでいたけれど、でも、私のプレゼントのワンピースは迷惑そうでした。神戸からいらっしゃってるおおまきちまきさんと野村あきさんやyamaさんや、けいこさん、たくさんもみなさんと一緒に今日は氷見でお泊まりです。yamaさんと一緒のときはいつもおいしいものがいただける旅です。まず高岡のおうどんやさんに寄りました。お店の中のたくさんの人が、みんなカレーうどんを食べています。私たちもみんなカレーうどん。おいしかったけれど、食べても食べても食べてもなくならない魔法のうどん。全部食べることができたのは10人中4人だけ。私にはたっぷりの量でした。そのあと、氷見うどんのお店やかまぼこやさん、そして地酒のおいしい、高澤酒造にも寄りました。明日から大吟醸のあら絞りというのを始めると言うことで、倉の中も見学させて頂きました。おいしいお酒のにおいであたりはいっぱい。大きな大きな樽にかけられたはしごにあがって中をのぞいたら、中でお酒が息をしているみたいに、ぶくぶくあわぶくが出ていました。あきさんはお酒が大好きだから、明日のお酒をしぼる時間にきて、そのお酒をどうしても飲みたい!!って言っていらっしゃったのだけど、日曜日のコンサートのために、どうしても氷見を朝早く立たなければならないから、無理!とyamaさんとけいこさんに説得されて、気の毒なくらいがっかりしていました。・・・続く 

2月28日 昨日の日記のことで、たくさんのメールをいただきました。それから同僚からも、いくつもメールをいただきました。
お返事を書かせて頂きながら、いろんなことを考えました。そのお返事のひとつです。
「私、昨日の日記で書けなかったけど書きたかったこと。
それは、教師自身、私たち自身が子どもたちをいつも分けているのだということです。
 人権教育という名前で、子どもたちにもいろいろな授業がありますが、でも、教師自身が、子どもたちを特別な存在だと思っているのだと思います。
 子どもたちが今まで分けられたことで、つらい思いをしてきたり、あるいはしているというのは事実だと思います。でも、そのことを知りながらも、本当に幸せなことはなんだろうと考えたいのです。
 人間が本当に幸せなのは、人を信じられるようでいること。ありのままの自分を好きでいられるということ・・。たとえば、自分なんか・・どうせ駄目なんだとか(自分の子は、駄目なんだ)という思いでなく、自分は自分でいいんだという思いに気がつけることなのかなと思うのです。
 そして、人は周りの人に愛されているとか、認められているという
思いがあってはじめて、人はみんな輝けるのだと思うのです。
 大人だって、会社や、学校で、自分のことを認めてくれて、好きと言ってくれる同僚がいたり、上司がいなければ、自分のことを好きでいられないし、楽しくいられな
い・・・同じですよね。
 そんな意味で今子どもたちがすごく笑顔でいられること、私たちも楽しくいられるこ
と。
本当に素敵で最高って思うのです。 」
 そんなお返事を書いたのです。
 もうすぐ卒業式です。子どもたちはさびしそうにしている私の顔を見ては「二十歳になったら、お酒一緒に飲みに行こうね。連絡するから」とか「会えるよ」と言ってくれます。それから、にこにことそばにいてくれたりもします。
 学校の駐車場から少し出たところで携帯に電話がありました。車を停めて電話に出たら、今、最後の実習に行っている二人の男の子からの電話でした。「実習今日で、全部終わったよ。月曜日から行くから待っていてね」「実習の後、旅行だからまだしばらく会えないけれど、おみやげや写真を楽しみにしていてね」そんな電話でした。
 5時までのお仕事のはずだから、終わってすぐにかけてくれたんだと思うのです。子どもたちのやさしさがうれしくてうれしくて、こみあげてくるほどです。
 
 振り返って見て、自分の高校時代は楽しかったかということを思い出したらいいのかもしれないと思いました。楽しかったなら、それはどうして楽しかったのかなって。楽しくなかったら、それはどうして楽しくなかったのかなって。

2月27日 2月は明日でおしまい。わかっていたつもりだけど、気がつくとあさってはもう3月1日。なんだかだまされたような、不思議な気持ち。締め切りがあると、急にびっくりして、本来ならあるはずの、31日までの私の3日間を返して!!とわけのわからないことを思ってしまう私です。
 卒業式の練習で、このごろはるちゃんが、大きな声で、あー。あー。と突然叫びます。でも、悲しいとか、つらいとかいう感じではなくて、ときどき大きい声で叫びたくなってしまうというふうなのです。それから時には、頭をぱんぱんとたたいて、大きな声を出します。
 卒業証書授与のときや、よろこびの言葉のときには、はるちゃんの叫び声がとどろいてしまうので、隣にいる私は気が気ではありません。終わってから、竹田先生は「はるちゃんのおなかの中に”あ”がいっぱい詰まっていてはき出したくなるのかな?」二年のときに持っておられた先生は「はるちゃん、きっと卒業が嫌なのよ。だから、なんとかしたくて、あんな声を出すのかもしれない。それからさびしくてあまえたいのかな?」と言われました。
 子どもたちのいろいろな行動をこんなふに温かく考えて見守りながら子どもたちと一緒にいる同僚といられて、私は本当に幸せだなあと思います。もちろん子どもたちも毎日がどんなにうれしいことでしょう。
 昨日、たまたま友達から電話がありました。ご自分の高校生のお子さんが、試験中など、独り言を言ってしまうということで、問題行動として注意を受けてしまったとのこと。でも担任の先生は一生懸命理解してくださろうとしているとのこと。けれど、高校の中では、なかなか個性的な行動が、認められるのはむずかしいのかもしれません。養護学校に限らず、いろいろな行動にはいつも理由があるに決まっていて、そのことを問題行動ととって、子ども自身を変えようとするか、どうしたら、子どもがもっと楽にいられるか、自分たちを変えようとするかで、子どもたちはどんなに楽しく、そして、自分を好きになれるだろうかと考えた一日でした。 
 放課後に先日行われた高等部の入試の合否判定の会議がありました。その会議では、一人一人のおこさんのことが話あわれました。面接でおうちの方にお聞きした、学校へのご希望や、その他、面接したものが伝えたらいいと思うことをみんなで確認し合ったのですが、その会で「この学校は、他にどこへも行けない、行くところのない子どもたちが、しかたなく、選んで来ている。よりどころだということを再確認すべきだ」というお話が、ある先生からありました。その先生は、子どもたちやおうちの方の立場によりたった話し合いや受験であるべきだということを話されたのですが、私はそのとき、そのお話は違うと思いました。いいえ、違うべきだと思いました。たくさんの選択肢の中のひとつにこの学校があるべきだと思ったのです。もちろん先生のお話のように、養護学校でないところを選びたかったけれど、その選択がむずかしくこの学校へこられたお子さんも多いでしょう。でも、今は、ここへ来て良かった、こんな選択肢があったんだな、最初は気がつかなかったと思っているお子さんも多いと思うのです。そして、より丁寧に、子どもたちの気持ちやおうちの人の気持ちに沿って、学校があり、そして、お子さんに応じた将来の子どもさんの生きていく力を大切に思っている学校だからということで、子どもたちが、私たちの学校へ来たいと思って、選んだケースもたくさんあると思うのです。
 子どもたちが、誇りを持って、この学校へ通っていると言えるためにも、やっぱり選択肢の一つであるべきだと思うし、私たちもどうしても行くところがなくて子どもたちが来たのではなく、楽しく、うれしく楽しみに新学期を迎えられるようにしたいなあと思いました。
 でも、その先生の発言に対して、私の自分の気持ちを言えませんでした。でも、言いたかった。言えばよかったのだろうかと今思っています。

2月26日 お友達と話していて、「昔って、そろいのものはなんでもひもをつけてたよね」っていう話になりました。
 その1・・手袋。小さい子どもの手袋は、いつだって、ひもでつながっていて、肩のほうから回してあって、ときどき、ジャンバーの中に通してあったよね・・・ってなんだか、そうだったような、そうでなかったような・・。
 その2・・子供用のスキー。流れて行かないようにじゃないかと、友達は言うのだけど、そのひもは、スキーの下になって、踏んでしまったりはしないのか・・そりのように、座ってひもをもって滑るのか・・すごく不思議なんだけど、でも、竹スキーというのがあって、先っぽに確かに穴があいて、ひもが通っていて、それがお店で売られていたような、そして、そのひもをやっぱり肩にかけて、歩いていたような覚えがあります。
 その3・・トイレのスリッパ。お友達が言うのには、わらのひもでつなげてあって、それは、トイレのカバー(キンカクシ?)の向こう側に回っていたというのです。トイレにぼちゃんと落ちてしまわないように。落ちたときはひっぱりあげられるように・・そうだったようなそうでなかったような・・だけど、それだったら、トイレのスリッパは、そこにもう設置されているということになるし・・トイレの中は裸足で歩いて行くのかな?それだったら、そのスリッパの意味はいったい何だろう?不思議。でも、なんだか記憶にあるような気もします。
 そんなのひとつも知らないっていう方もたくさんおられますよね。でも、昔の話って、なんだかおかしくて、ずっと笑っていたのでした。

2月25日 インフルエンザも下火になったと思っていたのに、思わぬところから、またインフルエンザがやってきました。私はかかっていないのだけど、周り中、またインフルエンザです。つらそうな様子をじっとそばで見ていると、「ひどいの・・代わって」なんて言うじゃないですか。ひどいのを代わってだなんて・・・でも、それほどひどいということですよね。小さい頃、ぜんそくの発作を持っていました。発作が起きると、つらくて横になっていられなくて、おきあがって、座って、ゼイゼイ言いながら、「どうして、私ばかり・・」とか「いっそ、胸か首を開いてもらった方が、空気がたくさん入って楽なのじゃないか」なんて、幼心に思ったものでした。今から考えると、他の人もひどくなくてよかった・・・他の人がひどくなったら、自分が楽になるかというと、ひどいのは変わらないのに、きっとひどくてたまらなくなると、そんなことまで考えちゃうのすね。
 いつもは4台あるスクールバスの中で一番最後にくるはるちゃんのバスが、どうしたことか、このごろ、一番最初に来ます。着替えが終わっても、はるちゃんには時間がたっぷり・・・私の心にも余裕がたっぷり。
 はるちゃんは行きたいところがいつもいっぱいあるのだけど、したいことがなぜかかごをはさみで切っちゃうことだったり、時間になってももどってこなかったり(いなくなっちゃったり)するものだから、いつだって、誰かがそばについています。”脱走しちゃ駄目”と”監視の目”を光らせていて、でもその目をかいくぐって、はるちゃんはいなくなってしまうのです。だから私の心にも余裕がなくて、おまけに着替えが終わるとすぐに朝の会が始まるから、はるちゃんは好きなところへなんてなかなか行けないのです。はるちゃんにしたらしたいことがいっぱいだから、なんとかしてそこへ行きたかったり、見たかったりするだけで、それが、学校のカリキュラムとあわなかったりというだけなんですよね。
 でも、今日のように、朝、時間がたっぷりある日は、はるちゃんの行きたいところへ一緒に行くことができます。はるちゃんは職員室へ行って、小学校のときからかわいがってくださった先生のところへ行って、「絶対ナイショよ」なんて言われながら、小さいお菓子をひとかけ口に入れてもらったり、大好きなかごをちょっとさわって(下見?なんて言われてしまう)みたりもできます。それから、お昼休みも時間があったのだけど、大好きなカセットを出して、それから、また職員室へ行って、ボクササイズのテープを借りて、それをまた教室へ戻ってカセットデッキで聞くのです。そんなとき、はるちゃんはとてもおしゃべりです。いろんな気持ちを伝えてくれる・・・
卒業間近になって、こんなふうに思うのは残念だけど、やっぱりもっともっと一人一人の子どもたちとゆっくり向き合うことができる時間の中で、子どもたちと一緒にいたかったな。ごめんね・・・
しみじみそう思うのです。

2月24日 今日は学校の研究発表会。私は、研修課という課に所属していて、今日の発表会では司会をすることにきまっていました。朝からすごくドキドキして、言葉も鉛筆で紙に書いて練習なんかもしたりして。
 でないと、言葉を忘れてしまうように思うのです。たとえば、「最後に講評をおねがいします」の講評という言葉とかを・・・ぱっと忘れて、あの、最後に感想というか、そういうのをお願いしますみたいに言ってしまうのです。
 ドキドキしている私を見て、みんなが「山元さんは人前で話すの慣れているはずだもの。平気でしょう?」って言うけれど、全然平気じゃないのです。私、なぜだかわからないけれど、職員朝礼でお話するのも、こうして司会をするのも、それから、講演会もそうだけど、いつもいつもすごくドキドキして、何度もトイレに行ったり、落ち着かなかったりします。講演会は、お話しているうちに、落ち着いてくることもあるけれど、たいていはじめの30分くらいは、何をお話しているのかわからなくなります。司会といっても、本当は、少ししかないのです。発表が終わったら、質問はありませんか?って言うのと、次お願いしますって言うのと、それからまた質問のことを聞いて、講評をお願いするだけ。わかっているんだけど、時間内に終わるかなとか、そんなことばかり考えてしまうのです。でも、終わったんだ。今日の分。よかった。ああ、終わった。ほっとしています。研究会はあと2日続きます。明日とあさっては聞く方なのです。ほっ・・・
 小さな絵の額、描き続けています。描いているうちにすごくおもしろくて楽しくて仕方がなくなってきました。いちじくをモデルに描いたこの絵はいつのまにか、私になって、そして、泣いていたり、さびしがっていたり、うれしがっていたり、空を飛んだり、宇宙へ言ったり、浮かんでいたり・・・もっともっと描きたいな。 

2月23日 特別にお気に入りのギターがあって、でもそのギターにはカバーがないのです。それで、布で作ったケースなんだけど、最後の部分をくるくるって巻いて持っているのだけど、友達が、「なんでフリースが巻いてあるの?かっこわるい」なんていうものだから、ずっとケースをさがしていました。それに、布だと持ち歩きが不便。やっぱり持ち手がついているのがいいなあと思ったのです。
 でも、なかなかないのです。そうだ!インターネットで調べてみよう・・いいこと思いついた!と思って、ギターの名前(ギターを調べたら、K.・ヤイリ LADY BIRDという文字があったので、)で検索したら、なんと、その会社から出ているギターのそれようのケースは、布袋みたいなものでした。なんだか私が作った今のと変わらないなあ・・あの、みんなが持っているような黒い入れ物がいいなあと思って、今日は金沢へ行ったついでに、大きな楽器やさんでも探しました。大きいギターのためのケースはいろいろ売ってあるのですが、私のギターのように小さいギターのケースは、ギターに最初からついているものばかりで「それはギターと一緒でないと売ることはできないのですよ」ということで、売られているケースの中では、ぴったりとしたものはありませんでした。
「このギターはもともと、ずたぶくろみたいなケースに入っているのですよ」とギターやさんも言います。仕方がなくて、ずいぶん大きめのケースを買いました。
 なかなか押さえられなかったFも、このギターなら小さいからなんとか押さえることができます。だからいっそう大切なギターです。
 夕方、久しぶりに公園にお散歩に行きました。まだまだ寒かったけれど、公園にはたくさん犬たちが来ていました。いちじくは公園に近づくだけで、もうフゥーンフゥーンと「早くいきたいよぉ」とせつない声をあげます。犬の鳴き声で犬の気持ちがわかる機械もあるそうだけど、犬の気持ちは、機械じゃなくても、わりとわかりやすいなあと思います。 

2月22日 今日はゆっくりしていたけれど、でもそれなのに、いろんなことがありました。
 おそうじと、お洗濯が終わってから、郵便局の本局まで郵便物をいっぱい出しに行きました。いつもはどうしても郵便局って行けないのです。お昼休みも子どもたちとすごしているから、途中に行くことはむずかしく、学校が終わった頃、郵便局もしまっているから・・・。そんな人たちが多いのか、郵便局はたくさんの人でした。本局にはいろいろな切手のポスターが貼ってありました。ひょっこりひょうたん島のドンガバチョさんの切手や、キティちゃんの切手・・・可愛い切手もいっぱい。使うのがうれしいようなもったいないような切手・・・。メールのお返事はすぐに出せるけれど、このごろ、お手紙のお返事がなかなか出せない私。可愛い切手をいっぱい買って、お返事のはがきに貼りたいと思いました。
 その帰りにしんちゃんのおうちに寄りました。れいなちゃんの赤ちゃんの名前はチョコと桃に決まったそうです。れいなちゃんもすっかり安心をして子育てをしていました。小さくて、すごく可愛い赤ちゃん・・・ずうっと見ていたいくらい。
 それから、大谷さんと、二人展の打ち合わせを少ししました。二人展は、THE14THMOONで行われることに決まりました。4/21〜4/26(作品は30日までは展示されたままだそうで、見ることはできますが)前の展覧会のときの2倍くらいの作品が必要とのことでした。ちらし作りやDMの作成。いろんな品物の作製。がんばらなくちゃ。
 家へ帰ると、すごく大きなお花のアレンジメントが届いていて、すごくびっくりしました。アレンジメントには「おめでとうございます」の文字。いったい何のことだろう・・・カードの裏には「心には羽がはえているから」の出版おめでとう・・・北水の文字。出版社さんからのお花でした。
 本が出版になっても、今まで、そのことでお祝いをしたり、出版パーティがあったり、自分だけででもお祝いをしたりしたこともなかったので、ピンとこなかったけれど、私、そのことに対する感謝の気持ちを忘れていたのじゃないかなと思いました。本を出して頂くこと、本当にありがたいことで、うれしいこと。そう思っていたはずだけど、だんだんとその感激が当たり前のことのようになっていなかったかと反省しました。今日は、お花の前で、特別においしい珈琲をいれて、ありがとうの想いを込めてお祝いをしようと思います。本を出してくださった出版社のみなさんありがと。そして、読んでくださっているみなさん、ありがとう。
それにしても大きいお花です。 

2月21日 朝は雪だったけれど、途中から、すっきりと晴れて白山がきれいです。コース別の美術で、織物をしています。たぶん、さおり織りと言っていい折り方なのだと思います。ビールが入っていた段ボールの箱を使って子どもたち自身が作った織り機に子どもたちがきれいにそめた凧糸を縦糸にして張って、それに、思い思いの毛糸や、裂いた布などを織り込んでいます。縦糸と横糸の間隔を一ミリのくるいもないのじゃないかと思うほど、きちんと織っていく人、きれいな糸を選んで、ときどき、織りを間違えたり、重なって織ったりしてあるけれど、それがなんとも素敵な人。もうすぐ仕上がり。卒業式に卒業制作で飾るということで、ずらりと並ぶと、どんなに素晴らしいだろうと思います。
 夕方、鶴来の木遊りんというとっても素敵なところで、ちょんみさんに会いました。木遊りんは、材木をふんだんにつかった本当に素晴らしいところで、教えて頂くまで知らなかったことが残念なくらいでした。ちょんみさんは韓国のテレビ局の方とご一緒でした。yamaさんの学校の子どもたちとのふれあいなどを今日は撮影されたということ、そして、木遊りんは、夏のコンサートの下調べと打ち合わせということでした。ちょんみさんは下見の途中、「かっこちゃん、ちょっとピアノをひいてくれる?」と言うのです。ピアノの音の響きを調べたかったみたいだけど、私は、なぜか、楽譜をみないとどんなに簡単な曲もけっしてひけないのです。なぜかわからないけれど、覚えるということができません。いばるわけじゃないけれど、けっしてひけないのです。それで、ぽろんぽろんと、なぜか思い出のアルバムという曲をほとんど、片手とトドソミソの左手でひきました。別に私の演奏なんかどうでもいいのだけど、ちょっと恥ずかしかい。一曲くらいはやっぱり楽譜なしでひきたいものです。この建物じゅうに、夏のコンサートでちょんみさんの声が響き、来ている人たちみんなの魂とひびきあうのだと思ったら、うれしくてしかたがありませんでした。こうして、ちょんみさんを呼んでくださるyamaさんに感謝の気持ちでいっぱいです。久しぶりに会ったちょんみさんはとってもお元気そうでした。あたたかいお人柄が、いつもにっこり笑顔からあふれるようで、会うだけで、やさしい気持ちになれる人。もうすぐ、新しいCDもできあがるとのこと、もう、本当に楽しみです。 

2月20日 もう少しで卒業と思うとなおいとおしく、子どもたちとくっついてばかりいるこのごろです。
 なぜかこのごろ、コンピューターのせいなのか、学校のランにつなぐ設定を変えたせいなのか、なかなかHPの更新のアップができません。夜、何度挑戦しても難しいと、ちょっと悲しくなるくらい。でも、時間を変えて、ふとしてみたら、できることがあるから、どこかが壊れているということではないのかもしれません。毎日なので、ちょっと困ったなあと思っています。
 もしかしたら、ドッグランが小松のどこかにできるかもしれない・・・そんなうれしい知らせが届きました。家の中では自由にいるいちじくと凛。でも外ではそういうわけにはいきません。そんなことはないとは思うけれど、でも、犬はときとして人を噛んでしまうようなこともあるから、それから犬同士のけんかもあるかもしれないから、やっぱりリードをつけてお散歩しています。でも、ドッグランができて、その柵の中を自由に走り回れたら、犬たちはどんなにうれしいでしょう。それから、犬通しがじゃれあったり、おいかけっこをしたり、本当の犬らしい交流だってできますもの。それからそういう犬たちとふれあいたいと思っている人もきっと多いはず。できるといいなあ・・・春が近くなって、お天気のいい空の下のお散歩がうれしくなってきたこのごろ、特にそう思います。 

2月19日 高等部入試の日でした。私も朝から落ち着かなくて、ドキドキしました。まず服装はスーツでとのこと。スーツを持っていない私はどうしようかなと思いながら、黒に水玉のワンピースとカーディガンで出かけました。いつもと服装がなんだか違うだけでドキドキします。子どもたちがドキドキしているだろうなあと思ったら、また手に汗をかいてきたり、トイレに行きたくなったり。子どもたちはもっともっとドキドキしているに違いありませんよね。
 試験は学力試験や、体育の試験、そして、面接。一日がかりの試験でした。
 学校が気に入ってくれるとうれしいなと思います。4月がくるのが楽しみだなと思ってもらえたら、本当にどんなにいいでしょう。
 春というのは、好きだけれど、少し落ち着かない季節でもあるなあと思います。4月からの生活が、どんなふうだか、まだわからない人たちもたくさんいて、期待と不安のエネルギーが、あちこちにいっぱいあるかもしれないから・・・
 小林さんの奥さんのあいこさんからCDが届きました。ずっと楽しみにしていたCDなのです。実は小林さんの息子さんはアーティスト。HOLSTEINと言うグループで活動をされていて、CDももう何枚も出しておられるのです。前のCDはそれこそ口ずさめるくらい何度も聞きました。学校の行き帰りも、こうしてパソコンをうっているときも・・新しいCDをひっさげて、全国ツアーにも出かけられるようで、こちらで一番近いのは魚津・・・行きたいなあと思っています。ツアーやCDなどはホームページはhttp://holstein.tripod.co.jp/でも紹介されていました。

2月18日 本の見本が届きました。新しい本を手にするときはいつもとてもドキドキします。今回は家に不在票が入っていて、手にすることができたのは夜11時ごろだったから、いっそう待っていた・・・という感じでした。
 実は思っていたのと色がずいぶん違っていました。淡い色で描いたのだけど、濃い色に仕上がっていたのです。色合わせの時間もなかったので仕方がないなあと思います。でも、自分の本だから可愛いという気持ちに変わりはありません。全部のページがカラーになっていていて、詩が57。大きな絵もそれに併せて57とあとはカットが載っています。
 今日は学校公開でした。石川県で一番の大きな養護学校だということもあって、お客さんもたくさんこられました。保育園や幼稚園の先生、保護者の方、養護学校の先生、一般の方、いろいろな方が来られました。小学校や中学校の時に、子どもたちと一緒だった先生は子どもたちに会いたくていらっしゃった方もおられて、声をかけておられて、子どもたちもとてもうれしそうでした。
 私はお花の準備も係だったのですが、あんなにたくさんのお花をつかって、アレンジメントを作って良いなんて言うことはめったにないので、すごくうれしくて楽しかったです。そのお花は、明日の入試の控え室などで、また飾ることになりました。
 そう、明日は入試なのです。今までも、学校でよく入試や面接の係をしていたのですが、こんなにたくさんの子どもさんの入試というのは初めてです。60人の子どもたち、きっとすごく不安だろうな。体験入学には来ているけれど、いろんなことを質問されたり、運動しなくちゃいけなかったりするから、やっぱりドキドキしちゃったり、泣いてしまったり、怒ったりしてしまったりというようなこともあるかもしれません。少しでも、ほっとできるといいなと思って、少しおもちゃや雑誌なども用意しておこうかなと思っています。

2月17日 学校には卒業式まで23日、学校は16日の文字があり、可愛い子どもたちと会えるのが、たったあと16日だなんて信じられない気持ちです。卒業式の練習も今日から始まりました。私ははるちゃんとまみちゃんの間に入って、少し補助をさせてもらうことになっています。頭を動かしたり、足を動かしたりしないようにと係の先生からお話があったのに、はるちゃんは可愛いお顔で、私の手をにぎったり、ひざに頭をのせて甘えようとします。そのたびに、少し怖い顔をして、「式のあいだは、前をむいていようね。手おひざにおいておいてね」と言うのです。でも、やっぱり可愛いはるちゃんやまみちゃんの顔を見ていると、そんなことばかり言っているのもつらいなあと思ってしまうのでした。けれど、みんなだんだんと上手になって、まみちゃんやはるちゃんも返事やお礼の仕方が上手になってきて、それだけでもつい涙が出そうになるのでした。
 明日は学校公開です。今日は準備。私はお花の係で、何人かの係の人と、お花のアレンジメントを作りました。午前中の授業では高等部は作業をします。私は和紙班でいつもの作業をすることになっています。昼からは講演会があります。
 ところで、今コース別の授業で百人一首をしていて、今度の授業では、その授業に出ている3人の教員の好きな一首についてお話しようということになっています。私の好きな歌はどれだろう・・考えてみたら、昔は、「おとめ」という言葉が出てきたり、妹の名前がいつこなので、「いづこも同じ」という言葉が出てくる歌が好きで、それが得意の札でした。大人になって好きな歌が変わってきたように思います。「君がため、惜しからざりし命さえ、長くもがなと思いけるかな」(あなたのためなら惜しくないと思っていた命さえ、あなたに逢った今は、少しでも長く生きていたいと思うようになりました)という歌や、「あいみての後の心にくらぶれば、昔はものをおもわざりけり」というような歌が好きです。みなさんの好きな歌はどれでしょう。

2月16日 前の学校の感謝祭に行って来ました。ああ、ここには本当にゆったりとした時間が流れているなあと思いました。感謝祭だから、日常よりはきっとあわただしい時間の流れの中にいるだろうけれど、でも、子どもたちの体温、ほほえみ、しぐさひとつひとつに気を配る先生の中でゆったりと笑っている子どもたちが変わらずここにはいました。久しぶりに前の同僚とあって、宮本先生もあいかわらず、元気でやさしくて、うれしかったです。感謝祭のオープニングで校長先生からうれしいお知らせがありました。小松瀬領養護学校に、看護士さんがおひとり勤務されることにきまったと今日の新聞に書いてあったというお話でした。瀬領には排痰などのために、いつもいつもお母さんが学校につきそっておられるという生徒さんがいらっしゃいます。排痰や吸引などは医療行為として、教員には禁止されていて、看護士さんかおうちの方しかそれをすることができません。それで、毎日毎日お母さんがつきそってこられていて、それはとても大変なことだなあと思うのです。夜間の吸痰などもされているお母さんは休まれるという時間がほとんどないからです。このニュースは本当にうれしいニュースでした。仲間がみんな待ち望んできて、その運動もしていたから。本当によかったです。
 大阪のTHE 14TH MOONの伊部さんから電話がありました。ギャラリーのことで、もしかしたら、一週間早まるかもしれない。今のままかもしれない。場所もこのあいだと同じになるかもしれないし、tea roomになるかもしれない・・もう2,3日待って欲しいとのことでした。高槻の講演会でも、二人展のビラを配らせてもらいたいと高槻の渥美さんにもお願いしようと思っていたので、決まったらHPにも載せさせて頂きますね。
 今日からまた展覧会用の絵を描き始めました。絵大好きです。絵を描いているとすごくうれしい気持ちでいられるから。今度の展覧会では、書いた絵を売らせて頂くことになっています。というのも、ギャラリーを無料で貸して頂くけれど、その売り上げの一部をその代金にあてていただくというシステムなのだそうなので、買って頂けるかどうかは心配だけれど、一生懸命描こうと思います。

2月15日 今日映画を観てきました。”レッドドラゴン”。怖ーい。怖いけどおもしろかったです。友達といったのですが、「ハンニバル」、「羊たちの沈黙」とこれは3部作だから、これは観ないとね・・・ということで、前の二つは観た覚えはないけれど、でも、確かに何度も聞いたことがあるなあと思いました。怖くて、何度か目を覆っていたけれど、でもおもしろかったです。
映画大好きです。もっともっと観たい。なかなか観にいけないけれど、それからDVDもなかなかまとめて時間がとれなくて観れないけれど、やっぱり心を揺さぶりたいから観たいなあ。
 青心社の編集長さんからお電話をいただいて、「しっぽみたいにU」は4月に発売と決まりました。それでまた大阪で二人展を・・・というお話をいただきました。いろいろな方にいっぱいお手伝いいただいて、行うことができた一回目の二人展。そのお手伝いがなかったら、絶対にかなわなかった二人展なのに、「今度はもっと大きい会場の喫茶店の奥で」というお話もいただいて、前の感激を思い出し、すごくうれしくなって、写真の大谷さんと相談して、二人展させてくださいとお返事をしてしまいました。今のところは予定は4月21日(月)〜4月26日(土)の6日間。喫茶店なので、いつも誰かが常駐しなくてもいいとのことですが、それでも、またたくさんの方のお力をお借りすることになると思います。どうぞよろしくお願いいたします。
というわけでこれからうれしいいそがしさが始まります。最初の二人展のときは3ヶ月でした準備を今度は2ヶ月ちょっとですることになります。エッセイ集の編集も始まるし、年度末でもあるから、もう風邪なんてひかないで、元気にすごしたいです。
 カナダに出かけたときお世話になった山本さんご夫妻が日本にご用時でいらっしゃるとのことで、金沢にたちよられるから一緒に食事をとメールをいただきました。うれしい・・・二年ぶりです。小林さんに電話をしたら、びっくりしたことに、「では僕も行きましょう」とおっしゃってくださって、。浜松から来てくださることになりました。当日は元アラスカの領事さんご夫妻もいらっしゃるということ。楽しい会になりそうです。
 ひさしぶりに、公園へお散歩に行きました。お天気がよくてたくさん犬仲間が来ていて、公園はすっかり春でした。白山も真っ白に輝いていてきれいだった。

2月14日 今日はバレンタインの日。やっぱり大好きな人には大好きですと伝えたい・・・いつもいつも、心に想う人がいて、一緒にいたかったり、いつもつながっていたかったり、そして、バレンタインの日にはあらためて、「大好きです」って言いたいです。
 学校に行くと、子どもたちも先生方もやっぱりドキドキしているのでした。給食にはチョコレートケーキが出ました。
 昔、就職したばかりの頃、施設とくっついている学校にいました。その日の、施設の3時のおやつはチョコレートに決まっていました。なかなかお買い物に行くことも難しかった子どもたちはそのおやつのチョコレートを食べないで、学校へまたやってきて、大好きな先生にプレゼントしていました。あるいは男の子にあげていた女の子もいました。たったひとつしかないチョコレート。もらった先生も、「悪いなあ」と言いながらうれしそうだった。
 私が中学生のとき、仲良しの男の子に「チョコは手作りがいいなあ」と言われて、作って持っていったら、満員バスで暖房が効いていて、そのチョコレートがどろどろにとけた悲しい思い出があります。「どろどろでもいいから、ほしいな」と言ってもらって、やっぱりこんなどろどろでは恥ずかしくてあげられないとホントに悲しかったです。
 北水さんから電話で、月曜日には新しい本が私のところに届くということでした。「本になると発色もきれいで、いいですよ」とのこと。すごく楽しみです。今日は献本につけていただくお手紙を書いています。

2月13日 今日はゴミの日。週に二度のゴミの日。あいだに、3,4日しかないのに、大きなゴミ袋いっぱいのゴミが出ます。どうしてだろう。たった三日か四日のあいだしかないのに、ちょっと不思議なくらいです。れいなちゃんの赤ちゃんどうなったかなあって、私はやっぱり赤ちゃんとか犬とかが大好きで、犬の赤ちゃんとなったらもう、本当に大好きで、それで、しんちゃんのHPを見たら、小さい小さいわんちゃんの写真が載っていて、またがまんができなくなって(がまんができなくなってって・・おとといから何度も書いています。たぶん、お産のときや赤ちゃんが小さいときは、迷惑をかけちゃいけないし、れいなちゃんの産後の肥立ちみたいなものもあるだろうし、赤ちゃんのことで気も立っているだろうしと、どこかで思うのだと思います)電話をまたかけました。そしたらしんちゃんママが、「来てもいいのよ。れいなはもう育児放棄してるから、誰かがきたからどうと言うことはないから大丈夫。れいなは赤ちゃん返りしたみたいで、私から離れないのよ。昨日の晩も今日のお昼も、見に来てくれた人がいるから、大丈夫。来てね」そういってくださったので、今日、ちょっとだけしんちゃんのおうちに寄らせてもらおうと思っています。ラブラードルのしんちゃんは、どっしりかまえているのだそうで、頼りになるわあとしんちゃんのお母さんが日記に書いておられたけれど、本当にさすがという感じです。お散歩でたくさん犬が集まっているときも、しんちゃんはどこか親分という風情なのです。
 来週18日に学校公開というのがあります。年に一度だけ、子どもたちの授業風景を、誰でも自由に見て頂ける日なのです。高等部はその日は作業の日。その日にたくさんのお客さんがいらっしゃるので、商品もいっぱい並べるので、今日も紙を漉いたり、一枚一枚ステンシルをしたりして、一筆箋を作り、袋詰めをしました。当日はいつもの作業日通り、牛乳パックを切ったり、ラミネートをはがしたり、紙を漉いたり、アイロンかけをしたり、きっと大活躍している様子をみていただけると思います。
 ところで、明日はバレンタインデー。3年生の男の子が、朝から何度もそばにいてくれて、どうしたのかなと思っていたら、お昼休みに「先生誰にあげるの?僕もらえるの?」と聞いてくれました。う・・どうしよう。その男の子大好きだけど、でも、クラスの子どもたちには女の先生みんなでチョコをあげる予定をしているけれど、その男の子は別のクラスの男の子。いったいあげてもいいものかどうかわからなくて、返事につまってしまったら、「やっぱり、だめだよね」と言いました。とてもやさしい男の子で、いつも私が一緒にいる女の子が、びゅーと走り出して、私が追いつかないときなど、だめだよ、いなくなっちゃと止めてくれる男の子。重い物を持っていると必ずどこからかやってきて、持ってくれる男の子。がっかりしたかなあと今すごく気になっています。
 しんちゃんのところへ行きました。れいなちゃんがご飯もあまり食べず元気がないということで、病院帰りのれいなちゃんも、玄関のところに飛んできてくれました。
 おめでとうとプレゼントをれいなちゃんに見せると、れいなちゃんは赤ちゃんのところへ私を連れて行ってくれました。私にはれいなちゃんが「これが私の赤ちゃんよ」と少し誇らしげに赤ちゃんを私に見せてくれているように思えました。
 しんちゃんママがおだやかな声で「あら、れいな、赤ちゃんよって、教えてあげるの?今までちっとも近づかなかったのに珍しい・・。すっかり赤ちゃん返りしちゃって」と言いながら、赤ちゃんを見せてくれました。
 クロちゃんとレッドちゃんの二匹のあかちゃんはアンカがはいったベッドの中に潜って眠っていました。本当に小さいのです。小さい手にはちゃんと爪があり、その手を動かして、そして、おっぱいを探しているのか、鼻をぴくぴく動かしていました。
 しんちゃんママがミルクを小さい小さいほ乳瓶に入れて、赤ちゃんの口に含ませると、あかちゃんはちゃんとごくごくと飲むのです。
「生きよう、生きようとしているのね」
しんちゃんママと赤ちゃんのそばにれいなちゃんも来て、横になりました。
「おっぱい出る?」
「うん、つまんでごらんなさい。出るよ」
 おっぱいをちょっとつまむようにすると、本当に白いミルクが出ました。れいなちゃんはミルクを飲む赤ちゃんをずっと見て、そして、しんちゃんママが差し出した赤ちゃんのお顔のにおいをかいで、なめていました。
「母性本能が出てきたのかな?そうだったらいいなあ」しんちゃんのお母さんが、れいなちゃんのおっぱいからにじんだミルクのそばに赤ちゃんを置くと赤ちゃんは自分でおっぱいを探して、そして、れいなちゃんはそれを許していました。
「うわあ、お母さんうれしい。れいなえらいね、えらいね」
最初はミューミューという赤ちゃんの泣き声が嫌だったのか、赤ちゃんを噛もうとしたというれいなちゃんだったそうなのですが、私が会ったときは、もうれいなちゃんはしっかりとお母さんでした。しんちゃんママが「えらいね、えらいね」と言うと、れいなちゃんはその声をちゃんと聞いて、ときどきしんちゃんママの顔を見上げて、そして、今度はあかちゃんのおしりをなめてあげていました。
「おかあさん、安心したわ。れいな偉いね!」何度も繰り返すしんちゃんママの声を聞きながら、しんちゃんママはどんなに心配だったのだろうと思いました。さかごの最初の子を引っ張り出して、そして、何度も何度も赤ちゃんの鼻を吸って、産声を上げさせたり、二番目の子は麻酔が効いていて、蘇生するのが、遅くて、ずっと祈っていたというしんちゃんママ。うんと前に子どもを育てるのをやめそうにしていたライオンが、赤ちゃんに初めておっぱいをあげたという珍しい場面に出くわしたことがあって、そのときの感動がまたよみがえってきて、しんちゃんのおうちに帰りに涙がとまらなくなりました。
 れいなちゃんも、すごいし、赤ちゃんとれいなちゃんとしんちゃんママさえもを見守るようにしているしんちゃんもすごい。そしてしんちゃんママもなんてすごいんだろう・・・。今日、その場面にまた出会わせてもらえたことをとても感謝しています。ああ・・・感動!!
しんちゃんママのHPで赤ちゃんの写真などがみれます。(画像BBSやれいなちゃんのところに画像がありました))http://www.tvk.ne.jp/~youko/index1.html

2月12日 昨日の夜にもお産というれいなちゃんのことが気になって、何度も目がさめました。お昼にがまんができなくなって、しんちゃんママにメールを送ると「生まれたよ。朝5時にさがこで女の子。次は帝王切開で女の子です。見に来てね」とお返事がきました。て・帝王切開・・・・。痛そう・・前、産婦人科のお医者さんをしているお友達が、「帝王切開って、おなかの皮を6枚切るんだよ」と平然と言って、そのときも目の前が真っ暗になったのだけど、あんなに小さな体のれいなちゃんが帝王切開だなんて。またがまんができなくなって、もしかしたらお医者さんに入院中なのかもしれないのに、お昼休みに電話をかけました。「れいなは元気なんだけど、育児放棄の状態で、赤ちゃんを近づけると怒るの」としんちゃんママが電話口で言いました。
きっとすごく痛くて、おっぱいどころでないのかもしれない・・不安なのかもしれない。でも、スポイトでミルクを何時間かおきに、しんちゃんのママがミルクをあげるようなことになったら、本当に大変だなあと思うし、子犬たちも元気に育って欲しいかられいなちゃんに頑張って欲しいなあと思います。赤ちゃんを産むことは、すごく大変なことなのですよね。
 来週からいよいよ卒業式の練習のための特別時間割が始まるのだそうです。子どもたちが作った「卒業式まであと○○日」のカレンダーもどんどん少なくなっていきます。毎年毎年、さびしい気持ちがつのるのだけど、それはやっぱり薄れたり慣れたりということはないなあと思います。ずっと一緒にいたいなあと思うし、可愛い子どもたちの顔をいつも見ていたいなあと思うし、卒業式の歌を練習するたびに涙が出そうになります。 

2月11日 お通夜の会場へ、ちょっとだけ迷いながら着くと、同僚の宮田先生が、「竹田先生が待っておられますよ」と教えてくれました。それから、学年の違う先生とすれちがったときにも同じように、「竹田先生が待っておられますよ」とおっしゃるので、どうして、お二人がそんなふうにおっしゃるのだろう・・もう場所もわかったのに、と不思議に思っていくと、竹田先生がそこにいて「お母さんの苗字は違うから、間違えてしまうかと思って」と言いました。本当にそのとおりで、私は一階の受付へすでに目で挨拶をしていて、そこへ行こうとしていたのでした。「二階だから・・・」竹田先生は思えばいつも、そんなふうにして不安になると、さりげなく私のそばにいてくださるなあと思いました。竹田先生は体育の女の先生で、とてもさっぱりしておられて、でも、あふれるように優しいといつも思います。瀬領の時、宮本先生がそうだったように、お二人とも体育の先生で、部活動とかではすごくきびしい先生だったのかもしれないけれど、さっぱりとした優しさが心にしみるのです。私の体がちょっとでもつらそうに見えると、竹田先生はご自分も風邪をひいておられても、平気そうに振る舞うのです。先週のある日の午後、竹田先生自身が、すごく高く熱が出て、がたがた震えて、動けなくなった日の朝も、確か「はるちゃんのお迎えに行くから休んでいて。私?大丈夫。咳だけだから・・」って私にいってはるちゃんを迎えにいかれたなあ・・
 先輩の先生は水色の着物を着て、喪主をしておられました。私の顔を見て、涙を流しながら「キョンナムさんの本が最後だったの。ありがとう」って言われました。キョンナムさんに昨日電話で先輩のお母さんが亡くなられた話をしたところで、そして、キョンナムさんも「私の分もおまいりしてきてね」と言っていたから、そのことをお伝えしました。でも泣きながら、やっぱりあんまり何も言えませんでした。
 友達が「11日は映画に行こう」と言ってくれていたので、なんだか頭が映画のことでいっぱいだったのだけど、でも、昨日の夜遅く、友達から「いそがしくて、映画に行けなくなってしまった」と電話がありました。それまで映画のことを思っていても、予定が変われば、それはそれで、別にがっかりしないで、他のことを考えることができるのは私のもしかしたらいいところかもしれません。そういえばしなくてはいけないことが山のようにあって、ついつい後回しになっていたことも山積みで、本当は限界だったのでした。
クラスの子どもたちへのバレンタインのプレゼントのチョコレートを、一緒にくんでいる竹田先生と、私と先輩の先生の3人で渡すことになっていて、そのカードを作ったり、もう暗くなっているお部屋の電気の球や、他にもいろいろなものを買わなくてはいけなかっり、郵便局に行く用事があったり、原稿があったり、会いたい人がいたり・・・
ということで、まずカードを作って、それから郵便局に行って、(いつもは行けない本局まで行きました。お休みでも開いているから)お買い物に出かけて、それからしんちゃん(ラブラドール)のおうちに寄りました。しんちゃんのおうちのれいなちゃん(ミニチュアダックスフント)は実は今日がお産の予定。お産が始まっていたり、赤ちゃんが生まれた後は、しばらくれいなちゃんに会うことはむずかしいから、その前にどうしても会いたいと思っていたのです。
玄関に迎えにきてくれたれいなちゃんはもうすっかりおなかが大きくて、おっぱいも大きくて、足の短いダックスだから、床に今にもつきそうな感じで体を重そうに左右に振りながら歩いていました。「朝から大好きなミルクも飲んでいないから、今晩かもしれない」とのこと。私までもがドキドキします。れいなちゃんは初めてのお産。ちゃんとへその緒を切れるのかなあ、と心配だけど、「人間が切ってしまうと、母犬が子育てを放棄してしまうことがあるんだって」ということでした。れいなちゃん、頑張ってね!! 

2月10日 昨日、家へ帰ったら、職員室で机を並べていて、それからクラスも同じ先生のお母様が亡くなられたと留守電が入っていました。私はその先輩の先生のお母様のお話をお聞きするのがいつもとても好きでした。暮れに少し病気をされて、入院しておられたけれど、まだ新年のうちに退院されたとお聞きして、それから、おひとりで住んでおられるお母様のことを本当に気にかけておられて、毎日のように、先輩は私にいろいろなお話をしてくださっていました。先週はお母様が本を読みたいとおっしゃったそうで、「何か本がないかしら?」ということで、キョンナムさんの本をお貸ししたら、どれも、読んでおられたそうで、そして、「元気になれる本」とおっしゃっておられたのだということでした。金曜日も、「母は父がなくなってから、しばらくさびしそうだったけれど、そのあとに、大好きなこともずいぶんできたの。お友達と遊んだり、旅行したり・・・」と話しておられたところで、留守電が間違いでないかと思って、聞き直したほどでした。先輩はその前に「人が死ぬということは、最初は怖くて仕方がなかったけれど、でも、それは自然の流れの中のひとつのことだし、その中で自分が生きていると思えば、死ぬこともまた、当たり前と思えるようになったのよ」とおっしゃっておられました。けれど、やっぱりお母様がなくなられると言うことはどんなに悲しいことだろうと思うと、そして、先輩が泣いておられるのではないかと思うと、私はやはり悲しいです。今日はお通夜にこれから行ってきます。
小さいときから、死についての話題が出たとき、私はいつも泣きながら「お父さんは死なないもん。お母さんは死なないもん」と言っていたように思います。父があるとき、やさしい声で「でも人はいつか死ぬんだよ。お父さんの方が、かっこよりおそらく早く死んでしまうんだよ。でもそれでいいんだよ」と言ったときも、やっぱり泣きながら「お父さんは死なない!!」と言っていました。今も小さかったあの日のように、思っていたい私がいます。そして、やっぱりそういう日がいつかくるだろうとは思いたくないのです。
「心に羽がはえているから」(北水)は2月17日ころ、見本があがってくるということです。表紙のデザインをいくつも提示してくださって、どれにするか、私もいろいろな人にもお聞きして、そして、私自身も、みなさんがおっしゃるのがいいなあと思って、それにしようと思ったのですが、結局は、それにはなりませんでした。ご意見をうかがった方ごめんなさい。北水の社長さんが、色がぱあっとひろがったデザインにしたい・・私たちにとっても新しい試みで、北水の今までにない本にしたいので、そうさせて下さいとのことで、うれしく思いました。 

2月9日 まずは8日のことから・・・札幌駅へついて、タクシーに乗ると、運転手さんが、「あと5分で、雪祭りのライトアップがおしまいです」と言いました。道が混んでいたけれど、4分くらいで到着。ミッキーマウスの大きな雪像が見えて、そこの近くまで行って写真を撮ろうと思って、近づいたとたん灯りが消えてしまいました。でも、その隣の雪像の灯りがまたついて、自衛隊の人たちが、あがってこられて、雪像は大きなステージの上のようなところに、作ってあるのだけど、その上で、今まさに自衛隊の方たちの劇が始まるのか!?と思ったら、雪像の修復なのでした。その修復の風景がとてもおもしろくて、氷の滑り台を電気のこぎりで、切って、またつなぐというようなことをしていて、ずっと見ていたいほどでした。今日はいつになく革靴なんかを履いてきてしまったので、下がすべって、小林さんは、「ペンギン歩きをしないと転ぶよ」と不思議な、ちょっと笑える歩き方で歩いていました。小林さんはとても優しいお顔をしておられるのだけど、髪の毛がお坊さんのように短いこととか、背が高いこととかで、普段でもなぜか、やくざのお仕事をしている人?と間違われてしまうきらいがあるのだけど、黒いコートに、白いマフラーをただ垂らすようにしておられる姿は、やっぱりちょっとそんなふうかも・・と思うのに、ぺんぎんスタイルはなかなかおもしろくて、ビデオに撮れないのが残念です。札幌ラーメンは「すみれ」というところか、すすき野のラーメン横町がいいと、札幌に前に呼んでくださった岩淵さんがおっしゃっておられたので、そこへ行こうかと歩き出して、でも、途中の屋台のラーメンやさんにひかれるように入ってしまいました。札幌ラーメンはみそ味と聞いていたのだけど、そこで食べた醤油ラーメン、とってもおいしかったです。札幌で食べたんだから、札幌ラーメンということに私の中ではしておこうと思ったのでした。中にキクラゲとかも入っているの。屋台のおじさんがとっても気さくなあたたかい人で、私もうれしくなって笑い転げていました。私、昨日まで3日間もずっと熱が38度とか39度とかから下がらなくて、学校に行っているあいだは、なんだか元気だったけれど、家に帰ると、クラスのくぼちゃんのまねをして「モウダメダー!!」と叫ぶように何度も言っていたのは、いったいなんだったのだろうと思うくらい元気で、そのおじさんが「すすき野の氷の像も絶対に見ていったらいい。夜の方がきれいだし、まだやってるから。ここから五分くらいだから」と教えてくださったので、また歩いて、見に行きました。北海道の人が、「今日は暑いくらいだ」なんて言うのだけど、私にはやっぱり北海道は寒いなあ、でもうれしいなあという夜でした。千歳の駅から、千歳空港の中にあるホテルまでタクシーに乗ると、あたり一面霧で、前が見えなくなりました。前のふぶきのときほどでもないけれど、でも、5メートル先も見えないのです。「霧の摩周湖だ!」とすごく古くて、どんな歌かもちょっと思い出せないし、そこは摩周湖でもなんでもないのだけど、北海道だし、霧だし・・「うん、霧の摩周湖だ!」とひとりで納得していた私です。タクシーの運転手さんが「日中すごく気温が高くて、でも温度が下がってきたからこんなに霧が出たのだろう」とのことでした。
 ホテルの部屋の窓の外は滑走路でした。飛行機が降りたりあがったりがここからは見えるんだなあ・・・でも、夜はもう更けていて、朝は早いので、残念ながらかなわないのでした。
 このあいだからなんだか夢ばかり見ます。それも不思議な夢ばかり。またペルーの夢で、人の頭の上にいくつもいくつも頭がある絵の夢で、やっぱり記憶というものはは遺伝によって次の世代に伝わっていくんだなあと、このあいだ夢を見たところだったのだけど、今度はその続きで、ピラミッドやマチュピチュやいろいろなところで、昔の人がデーター通信をしている夢でした。熱があるといろんな夢を見ます。
 今朝、7時にホテルのロビーでのりこさんと待ち合わせ。のりこさんは一度講演会に来てくださって以来、メール交換をしている方で、もう、6,7年になるのだけど、講演会のときは言葉をかわしていなくて、それから会おうという約束も、お互いの用事でキャンセルになったりして、お会いするのは、今回が初めて。のりこさんは、おつらいことがあって、心もとてもつらくなって、そんなとき、私はどんなふうなメールでのりこさんとお話させていただけるのだろうと思うくらい、のりこさんはおつらそうだったのだけど、そのおつらい中で、去年アメリカのテロがあったビルの跡地へ行って、2週間ボランティアをされたり、ご家族をなくされた方と一緒に時間をすごされて、今一度生きるということを再確認して、がんばろうと元気になったという方。私など何もしていないのに、「命の恩人だから」と何度も言われて、私はまた本当に、何にもしていないのにと、身の置き場がなくなるのでした。「どうしてメールを必ず返してくれたのですが?」とのりこさんがおっしゃったときに、思ったのは、誰だって本当につらい思いをしたことがあって、それは私にもあるからじゃないかと思ったのでした。私の場合は、大好きな人と今日一緒にいれても、明日には、何かが起きて大切な人を失ってしまうのじゃないかという不安感が、たえずあって、それは考えても想ってもどうしようもないことなのに、ふと涙が流れてとまらなくなってしまうというようなことだったり、それから、もっと違うことだったりするのです。私のように、他の人にとっては他愛もないことでも、でもつらいことはやっぱりつらい・・誰でも同じようにつらい気持ちってある。だから、つらいのは悲しいから相手の方に、元気になって欲しいと思うことならできる・・・ということなのかもしれません。でも、とにかくのりこさんはとびきりの素敵な笑顔で笑っておられたのでうれしかったです。
 ところで、昨日の雪祭りと札幌ラーメンは行けて本当にうれしくよかったのだけ、朝また少し熱がぶりかえして、鼻ばかりやたらかんでいたり、声がでにくくなったりして、今日の安城は大丈夫なのかなあ?という状態になってしまいました。でも、飛行機に乗っていて青空の中、気持ちよく飛んでいて、たくさんの山々が見えて、白山までもがいつも見るのとは違って反対側から見えたり、やっぱり富士山も反対から見えたり、他の山も美しいなあと思って見ていたら、だんだんと元気になってきて、ああ、こうして、私は病気がなおっていくのだ!!寝ているとなおらないけれど、楽しいことやうれしいことがあって、学校も休まないでいると、もっともっと元気になれるのだと思ったのでした。安城では、紙ふうせんという珈琲だけの喫茶店の創立4周年に呼んでいただいたのですが、講演会はやっぱり何度も何度も咳をして、のどをからして、それでもって、「鼻、かんでもいいですか?」なんて、言わなくてもいいのに、言いながら、なんとか講演会が終わりました。こんなにひどい声なのに、みなさんが、「息をするのも忘れて聞きました」なんて言ってくださる方もおられたのだけど、私にも、みなさんがこんな声だからなおさらなのか、息をひそめて聞いてくださっているのがよくわかって、感激しました。昨年安城に呼んでいただいたときに来てくださっていた方が、今回も来てくださっていたり、半年くらいずっと毎日のようにメールを交換している方が来てくださっていたり、たんぽぽに来てくださってる方もいらっしゃってくださったりと、今日はこんな声だからなお、申し訳ないなあと思ったり、うれしかったりしました。講演会の途中に中小路さんが来てくださいました。カンボジアはいよいよ来週出発とのこと。元気な中小路さんを見ていると、本当にうれしく元気になります。元気になるだけじゃなくて、中小路さんはいつも、苦しんでいる人や、つらい人や悲しい人の気持ちに立って、そのことをさりげなくなんとかしたいなと思ってる人だなあと思うのだけど、だからなのか、すごく安心した気持ちになるのです。仲間だと思ってしまう・・・小林さんや大谷さんや、中小路さんは本当に本当に古くからの、なんだか仲間なのだと思ってしまうのです。中小路さんは、ナイロン袋に入れた干しいもを「はい」と言ってくれました。私はそれがまるで、このところの体調がすぐれないことのお薬のように思えて、とても大事に「ありがとう」とかばんにしまったのでした。
 帰りのしらさぎはグリーン車にしたよと小林さんが言いました。グリーンは私には贅沢すぎるなあとわかっているのだけど、小林さんは、私が前に、名古屋や大阪から帰るとき、真っ暗な外を見て、電車の中に長い間いると、ときどきしみじみさびしくなったりしてしまうと一度言ったことを覚えていてくださって、今日のように、あまり体調が万全でない日には、なおさら、グリーンがいいとおもってくださったのだと思います。ありがたいです。それで今、しらさぎに乗っています。だらだらと帰る途中。長い日記になりました。

2月8日 北海道にいます。どうしてみんなこんなに温かでやさしいのでしょう。あんまりみんなが優しくしてくださるから、私はどうしていいかわからなくなって、ただただ頭をさげるばかりです。羽田から帯広空港についたところで、足寄市役所の佐々木さんが車で迎えにきてくださっていました。佐々木さんは前に足寄に呼んでくださったときにも、お世話になった方です。「ちょっと汚い車ですけれど、公用車なんですけれど」とおっしゃっておられて、見るとなかなか迫力のある汚れ方でした。でも、それは佐々木さんがすすめてくださった車に限らないで、冬、雪が降って、雪が融け出すと、本当にみんな汚くなるんですよね。北陸でもそうです。雪が少ない分、そこまではないけれど、前の車の水しぶきがかかって、本当に真っ黒になって、洗車しても洗車しても、真っ黒。迫力が素敵なので、HPに載せさせてねとお願いしました。佐々木さんはとても温かい方で、「ここんとこ、毎日天気予報とにらめっこしてたんですよ」と飛行機の心配をしてくださっていて、今日は、講演会の前に白鳥を見ましょうと、十勝温泉の白鳥がいっぱい飛んでくるところへ連れて行ってくださいました。白鳥が本当にいっぱいいて、えさの食パンを持っていると、すぐそばまできてくれるのです。感激!!ところで、白鳥にしても、つばめにしても鮭にしても、また同じ場所に戻ってこれるというのは、本当にどういうしくみなのでしょうか?方向音痴の私はびっくりします。そしてそのしくみを知りたくなっちゃうのです。白鳥と少し遊んだ後、足寄にまた向かいました。佐々木さんは松山千春さんのすぐご近所ということで、前回に続いて、松山千春さんのおうちに大きな千春さんの顔の看板が新しくなったというので、見せてくださいました。それから講演会。北海道は広いのに、もう3度目ですとか、もう4回聞いていますなんて言ってくださる方もおられて、本当にうれしいのです。講演会のあと、帯広の方まで帰るという先生方のグループ(前回十勝母女の会で呼んでくださった学校の先生のお仲間です)の車に乗せて頂いて、帯広駅まで送って頂きました。でも、お聞きしてみれば、本当はみなさんの家は帯広の手前だったということなのです。それなのに、駅まで送って下さって、それで、名物のメロンパンや、バナナまんじゅうまでもたせてくださって、それでホームまでおくってくださったのでした。本当にみなさん、やさしいから、私泣いてしまいそうです。ちょうど、札幌で雪祭りをしている期間中なので、今夜とまる予定の千歳から30分足をのばして、札幌まで行って、札幌ラーメンを食べて、また千歳に帰ってきて、眠ろうということになりました。今は、札幌へ向かう電車の途中です。その報告はまた明日しますね。明日は名古屋の安城へ行きます。安城でも、また楽しい出会いがきっと待っていると思うとうれしいです。 

2月7日 あたたかな春のような一日でした。
 もう、何日も前に、公園のトイレに入ったときに、突然、下のすきまから手鏡が差し入れられたことがあって、本当にびっくりして、怖くて、トイレを出るのも怖くて、ただじっとして、ずっとその中にいて、そのあと、いちじくと凛とにげるように帰ってきたことがあったのです。でも、そのときは、何があったというわけじゃありません。ところで、学校の職員トイレの、下の隙間から、トイレ掃除用の長靴が、もちろん誰も履いていない長靴が、ちょっと出ていることがあります。公園のトイレのこと以来、長靴をみるたび、ただの長靴の先とわかっていながら、ぎょっとしてしまうのです。それがなんだかおかしいです。
 お昼休みに、ろうかにある、本棚のところに、中学部の子どもさんがこのごろいつもいて、そして、メロディ絵本という、本に小さな平面の電子オルガン?のようなものがついている本を演奏しています。その演奏が素晴らしくていつも舌を巻きます。本をふたつ手にして、ひとつをぺらぺらめくったりしながら、メロディ絵本を見もせずにひきます。千と千尋をひいていたので、私が、違うキーをポロンとならすと、驚いたことに、転調をさっとして、黒鍵をいくつも使って、間違えずにまた、千と千尋をひきます。もう自由自在なのです。トトロは?と聞くと、またトトロをさっとひいてくれます。通りかかった先生が、何?と私の顔をみるので、わけを話して、一緒に聞いていました。「天才やね」とその先生は言っていました。本当にすごいです。 

2月6日 今日はひさしぶりにいいお天気でした。雪もきらきらきらきら輝いていて、白山の雪もとてもきれいでした。学校でもラーメンの話でもりあがっているときに、同僚の大崎先生が、天津飯がおいしいお店があるよと言いました。でも大崎先生にはくやしいことがあるというので、なあに?と聞くと、「天津飯が食べたいのに、はりきってそのお店に行って、『天津飯ひとつ!』と言おうとして、『中華飯ひとつ!』と言ってしまって、食べれないことだそうです」「あるよね、そういうこと・・・」って言っていました。でも「あんまりないなあ」と言ってしまいました。私って冷たいですよね。あるあるって言えばよかったかな?三回に一回は間違えるのだそうです。それでつい、みんなで笑ってしまいました。(おもしろいから、HPに載せていい?と聞くと、OKだそうでよかった)
講演会に、土日と続けていくときは、たいてい着たままの洋服で二日間通す私。荷物が増えちゃうからなんですが、土曜日、北海道、日曜日名古屋だったら、何を着ていけばいいのかな?ブーツでも大丈夫でしょうか?
ところで、いちじくはこのごろ、猫みたいに自分の顔を洗うしぐさをします。手をなめて、その手で顔を洗うのです。犬でもしますか?それから体もなめています。 

2月5日 インフルエンザの猛威はなかなかおさまりません。風邪なのかインフルエンザなのかはっきりしない人も含めて、クラスの半分の教員と子どもたちがお休みして、学校の途中でも何人も帰って行きました。みなさん大丈夫ですか?私も実は怪しいです。すこぶる怪しいです。でも、気のせい、気のせいと思いこんで、とにかく土日に北海道と安城にいくまでは、気のせいと思いこんで、がんばる所存です。いえ、本当にきのせいです。だって、まわりであんまりばたばたと倒れるものだから、痛くないのども痛い気がしてくるし、平気な声も出にくい気がしてくるし、寒いような気もしてくるというもんです。
学校の登校日カレンダーは残り、23日になっていました。みんな早くなおって出てきて欲しいな。そして、一緒に楽しい時間を思いっきりすごしたいです。
たくさんの気持ちの「きみちゃんの気持ち」アップしました。

2月4日 仲良しの友人中小路さんからメールをいただきました。「ひょんなことからカンボジアに行って来ます。先日、終わったピースアートポスターの発起人の井津さんはニューヨーク在住の写真家、シェムリアップにアンコールワット小児病院を建てたのです。見学に行ってきます。」というメール。先日カンボジアとタイのあいだに起こった摩擦(タイの女優さんが『カンボジアの人はタイのアンコールワットを奪ったから好きではない』というような報道、女優さんはそんなこと言わないと言っていて、カンボジアの人たちは、誇りであるアンコールワットのことでもあるし、それから、今までの歴史のこともあって、タイの大使館が燃やされてしまったという事件がありました)をニュースを見たところでした。それでカンボジアのことをずっと思いだしていたところだったのです。旅行の時、ガイドをしてくださったカンボジア人のソチアさんが『僕たちはずっと戦いの中で生きてきたので、平和がとてもうれしい。僕は夢を持っているから、それをきっと実現させたい」と言っていました。「平和は続くと思いますか?」そうおたずねすると「それは誰にもわからない。僕たちの力の届かないところで、戦いはいつも始まって、始めた政治家は、もうすでにカンボジアから避難していて、僕たち庶民がいつも、いつも、死に値するような苦しみの中で生きてきたから」そう言っていたことを忘れられません。中小路さんがかかわっておられたピースアート展にしてもそうだし、たくさんの人たちが、さまざまな方法で、・・・あるときは地球の美しさの写真で、あるときは、映画の中で、あるときは、生活の中で、そのことを心の中に持ちながらいろいろな活動をしておられるのだなあと思いました。中小路さんには、カンボジアでインターネットができる環境があったら、報告してねとお願いしました。「逐次報告するよ」とのこと、”中小路さん、カンボジアに行く”あるいは「銀ギツネ カンボジアに行く」という題で、お届けすることになると思います。(魔女のページのお話の中に出てくる銀ギツネさんは、実は彼がモデルなのです)

2月3日 節分、小さいお面をいちじくと凛につけると嫌がって、写真を撮ることはできませんでした。それで、しかたがないので、豆まきをしていたら、いちじくと凛は、まいた豆をただただ食べそうなので、退場になりました。二匹にとっては少し災難でした。明日からは暦の上では春なのですね。そう思うだけでなんだかうれしいです。去年、初めて、春に花粉症になったみたいだなあと思いました。涙が知らず知らずに流れて、とまらなかったから。ところが、今年はもう、涙が出るのです。まだ花粉なんて飛びそうにないのにどうして?
春はうれしいけれど、花粉症はやっぱり嫌です。

2月2日 あと、おーまきちまきさんのコンサートまで一ヶ月になりました。ちまきさんと出会ったのは、去年。友人で、このHPでもおなじみのyamaさんがさそってくださったのですが、そのとき、お友達のちょんみさんもそのコンサートのゲストに出演されていたこともあって、ちょんみさんに会いたくて出かけました。おーまきちまきさんは、とても可愛くて優しい人。けれど、優しいことはいつも一番強いことだと私は思います。その思いをちまきさんの歌声を耳にしたときに思いました。2日のコンサートはまだまだ、チケットがあるそうなので、ぜひ、みなさんにも私の大好きなちまきさんの歌声を聞いて頂けたらなあと思います。私のその日は少しお話しさせていただこうと思っています。(くわしくは上を見てくださいね)
 今日は愛犬散歩クラブの新年会でした。昨年に続いて参加しました。ああ、楽しかったなあ。お仕事が何かとか、その人の名前は何だとか、そんなことも知らなくて、ただ、知っていることは、どんな犬と一緒にいるかということだけ、それがおつきあいの始まりで、今ではお互いになくてはならないお友達なのです。得とか損とか、義理とかそんなものも、何もない、楽しいつきあいができる仲間って、いいよねと、参加しておられた方がおっしゃっておられましたが、そうだなあと思いました。 

2月1日 今日は犬仲間のしんちゃんのお母さんに教えて頂いたラーメンやさんに出かけました。お友達にもラーメン好きな方が多くて、私もやっぱりラーメンが好きです。このお店、一度行ったときは、残念ながらお休みだったので、今日、お買い物の帰りに、少し遠回りして出かけました。鶴来町にある、こいしやさんという、うどんやさん、のれんをくぐると、待っている方が4人。お店の中を見渡すと、うどんやさんだけど、ほとんどの方がラーメンを食べておられました。麺もいっぱいあって、焼き豚も、それからスープも本当においしかったです。値段は400円。次から次へお客さんが入ってこられて、やっぱりラーメンを頼んでおられました。しんちゃんのお母さん教えてくださってありがとう。お昼から、ずっと眠っていました。いいえ、風邪でも疲れたわけでもないのだけど、なんだか、ずっと眠っていました。明日は、犬のお散歩仲間の新年会です。(わんちゃんは抜きなのですが、去年もとても楽しかったのです。楽しみです) 

1月31日 いろんなことをすぐに忘れてしまって、なんだっけとなかなか思い出せないのだけど、学校の子どもたちの中に、いろいろなことを忘れることができない子どもたちがいます。それも、決して覚えていないだろうと思われるような、昔のこと・・・まだ生まれたばかりの赤ちゃんの頃のことを覚えていて、そして、そのつらさを、そのときに感じたまま覚えていて、さめざめと泣いたりもします。私が出会った子どもさんも、生まれてしばらくしたときに使っていた、アヒルの模様のバスタオルの肌ざわりがちくちくして、とても嫌だったと泣いていました。それから、2歳くらのときに、どうして、ママは僕がほしかったおかしと違うのをあのお店で買ったの?と泣いていた子どもさんも知っています。はるちゃんも、ときどき、昔のことを思い出してか、突然、火がついたように、はげしく、悲しそうに泣くことがあります。なぜ、何を思い出して泣いているのかわからないことが多いけれど、今日もくやしそうに、足をばたばたとはげしく床に打ち付けるようにして、手を噛んで泣いていました。夏に天ぷらを食べてくちびるをやけどして、熱かったことを、今でも忘れずに、「油熱かった」と顔をしかめます。
 私も昨日の講演会で、どうしてあんなふうにおしゃべりしてしまったのだろうと思うところがありました。山の学校のお話で、どんなに山かをお話させてもらうときに、つい、大人にお話させてもらっているときの口癖で、僻地手当が出るくらい・・と言って、そんなことを子どもたちに言わなくてもよかったのにと思うものだから、もっと、じたばたと説明なんかをしてしまって、そのことをずっと後悔していて、それから歓迎会をしてもらったという説明で、どうして、お酒をみんなで飲んでなどと、そんなことを言わなくてはいけなかったのだろうと、別にすごくいけないことでもないけれど、なんだか悔やんで何度も思い出しては、あーあと悲しくなっていました。
 けれど、私はきっと、このことをやがて忘れるか、そうでなければ、そのときの悲しみが少しずつ薄くなっていくでしょう。でも、もしかしたら、はるちゃんは、油があつかったままのあつさと痛さを今も感じてしまうのかもしれない・・・
そばにいて、何をすることもできないけれど、竹田先生や竹居先生と、はるちゃん、忘れられなくてつらいだろうね。くやしいんだろうねと、ただ、そう思って、一緒にいます。けれど、はるちゃんは本当に可愛い笑顔で、笑ってくれることが多いです。その笑顔はみんなを幸せにしてくれるような可愛い笑顔です。

1月30日 今日も雪。家へ帰ったら、犬の絵と、「北陸は雪が深いですか?」というさわのクロさんからのFAXが届いていました。沢野ひとしさんからのFAXです。以前からずっとイラストレーターの沢野ひとしさんが大好きだった私は、「ゆうきくんの海」の本のときに、三五館の星山社長さんが「イラストを沢野さんにお願いすることできますよ」という思いもかけないような言葉に飛び上がって喜びました。「ゆうきくんの海」はその上、多田進さんという、やっぱりあこがれの方に、装丁もしていただいて、すごくうれしかったのです。先日、PHPの森本さんにお会いしたときも、「ゆうきくんの海」は本当に良い本ですよなんて、ほめて頂いて、私にとっても大切な大切な一冊です。沢野さんは、ときどき、突然、FAXを下さいます。うれしくて、何度も眺めます。お返事をかくのもうれしいのです。今日は、山元シロという名前でお返事を書きました。先週と今週で、講演会9回という私にとっては、とっても多い数の講演会も、いよいよ今日でおしまいです。なんだか感慨深いなあ・・・雪の中、今日は何人の方が来てくださるでしょう。出会いを大切にしたいなあと思います。その次の講演会は、1週間後の2月8日北海道の足寄。2月9日、安城市です。

1月29日 こわかったよお。こわかったよお・・・お母さん。お父さん。(怖いときには、やっぱりお父さんと、お母さん?)だって、吹雪がひどくて、前がぜんぜん見えないんだよ。前の車のライトすら見えないの。ね、今走っているところ、これ道?本当に道なの?・・・たんぼだったりしない?川にむかっていたりしない?反対方向になってない?
 うんと前の話。スキーに行ったときに、山道で吹雪にあって、動かなきゃ良いのに、前へ進んだら、車ごと、崖からおちて、雪の中にすっぽりとそのまんま落ちて、中からおよぐようにして脱出した経験があります。怖いよお。ときどきガードレールがちょっと見えて、あ、道だった。とわかって、ゆっくりゆっくり、来ました。一メートルくらいに前の車が近づいたら、やっと前の車のライトが見えるんだよ。こんな吹雪は久しぶりです。遭難しちゃうかと、本気で思いました。学校に着いたら、スクールバスは1時間くらい遅れていました。バス停で吹雪の中、、待っていた子どもたち。歩いてきた人の中には、学校についたとたん泣き出す子どももいました。帰りは、おうちの方に迎えにきていただいたり、タクシーでみんなで帰ることになりました。今日と明日の夜の講演会が少し不安です。

1月28日 朝起きたら、全身打撲と、筋肉痛と、たぶんむちうちみたいになっていて、痛くておきれないほどでした。でも、昨日の楽しかったスケート教室を思い出すと、そのことも、まるでうれしいみたいな気持ちです。昨日はでに転んでいた子どもたちもさぞかし、体が痛いだろうと思うのだけど、みんな元気に飛び跳ねていました。今日は参観日。いつものことながら、朝から「お母さん来る」とうれしそうです。たとえ、家に帰れば会えるお母さんでも、やっぱり学校に来てもらうのはまた、うれしいのですね。
詩画集「心には はねが はえているから」(北水)が来月中に、出版されます。昨日、表紙もきまりました。 

1月27日 スケート教室でした。スケート教室ですと日記に書いたものだから、みなさんから、「おしりで滑るの?」「どうしてすごすの?」など心配のメールをいただきました。でも、私、冬のスポーツは割と大丈夫なのです。なぜだから、それ以外のスポーツはまるっきりできないのに、スキーとスケートだけは大丈夫。スケートは小さいときに、両親につれていってもらったり、学校でも毎年出かけていたので、○をかいたり、それから、バックで滑ったり、少しスピードを出したりもできるので、よもや転ぶこともないだろうと、上は、スキーウェアーを着ていったけれど、パンツは普段のでいいだろうと思って、出かけました。とっても楽しかったです。ながくつのままで滑る人も何人かいたけれど、ほとんどの人が、スケート靴を履きました。こにちゃんは、何度も何度も転んでも、起きあがって、そしてよろよろになって、おっとっとっていうかっこになりながらも、ずうっとずうっと練習をしていました。春ちゃんは、ころびそうになって、ちょっと怒っていたけれど、手すりをつかまって、挑戦していました。他のクラスの子どもたちとも、手をつないですべりました。普段は手をつなぐことなんて、すごく照れくさくてできないぜ・・・みたいな男の子たちともすべったよ。もう最後というときに、こにちゃんと一緒に滑ったら、こにちゃんと一緒につるりと滑って、転びました。こにっちゃんは氷に対して、怒ったみたいに、ばたばたと氷をたたいていて、何をしても、楽しく、そして、可愛かったです。私もスケートでこんなにすてんところんだのは久しぶりです。
 今日は父のお誕生日。講演会で、土日に帰ることもできなかったので、おめでとうFAXを送って、プレゼントも送ることにしました。いつまでも、元気でいてほしいと心から思います。今でも困ったとき、悲しいとき、つらいとき、字がわからないとき、どうしていいかわからないとき、いつもいつも電話をかけてしまう私。そんな私を、何歳になっても、受け止めてくれる両親です。

1月26日 小林さんの地元でもある、袋井のホテルに泊まりました。そこから、各駅停車で静岡で、楽しみにしていた富士山は雲が多くて残念ながら見ることはできませんでした。主催者の方が「きいちゃん」が教科書に載ったということで、6年生にもたくさん声をかけてくださっていました。その中の一人のお嬢さんが、教科書を持ってきてくださって、「これにサインをして」って言いました。教科書にサインをするのは初めて。なんだか急に、すごくうれしくなって、ときどきカメラ日記に載せたいから、一緒に写真を撮ってもいい?と言って女の子と写真を撮りました。今まで、なぜか教科書に載せて頂いたことに、今から思えば、実感ってなかったような気がしています。でも、そのりかちゃんという女の子が、「明日、先生に教科書を見せて、自慢しちゃおう」なんて言ってくださって、そのとき初めて、教室で子どもたちがきいちゃんの話を使ってお勉強してくださってる姿が、ありありと思いおこせたのでした。
 講演会の会場の時計が、もう、講演会が始まるという3分くらい前に偶然止まってしまって、それで、私はそのことを知っていたはずで、小林さんも、とまっているからとご自分の時計を貸してくださったのに、私はすっかりそのことを忘れて、壁に掛けられた時計ばかりを見ていて、いつまでもいつまでも時間がたたないなあ、どうしよう。もう用意したのも終わって、ひとつ追加してお話したのに、どうしようと思ったところで、時計が止まっていたことを思い出したのでした。学校の時計も、体育館の時に、10分遅れていて、わかっていても、時計ばかり見て、わ、大変!と教室へあわてていくってことが私ばかりでなく、あったから、不思議です。
 講演会のあと、主催者の方が用意してくださった、お弁当を食べて、お菓子を頂いて、一緒にいろんなおしゃべりをしました。自己紹介の時に、HPを携帯で見ていたけれど、画面も小さいからお金をためてパソコンを買いましたと言ってくださった方がおられました。もう何年も、前の新聞を大切にとっておいてくださって、パソコンを買ったときに、すぐに、検索をして、それから毎日日記を見ていますと言ってくださった方がおられました。それから、毎日のように見ていますとか、元気がなくなったときに、必ず見ますって言ってくださる方がおられて、私はそのうちに、胸がいっぱいになりました。私は本当にたくさんの人に助けて頂いていて、それは、身近にいて、自分が知っている人だけじゃなくて、まだお会いしたこともない、知らない場所の方もこうして、応援してくださっているのだと思いました。それから、本のサインをするときに、つい、まだ出る物だから、入れっぱなしになっている、いちじくが、キャップを噛んで、キャップがくちゃくちゃになっているサインペンを使ってまたサインをしていたら、主催者の方に、「犬に噛まれたサインペンは恥ずかしいからこれを使ってください」と筆ペンを言付けてくださった方もおられました。本当にみんなありがとう。私、泣いちゃうよ。うれしくて、ありがたくて。
 帰りの電車で、来週また2つ講演会があるのにはあるのだけど、4日間続いた講演会も今日でおしまいと思ったら、ほっとしました。それで、また大谷さんが持ってきてくださった映画をずっと見ていました。名古屋で乗り換えたあとも、夢中になって見ていたら、突然、電車の中の人たちがわっとみんな立ち上がったのです。え?何が起こったの?そして、前の席の人が私の顔をじっとみるのです。何?何?私もたちあがったら、大谷さんが、椅子を回転しだしたので、まだ事情がつかめず、前の座席の後ろについている机の上に載っていたパソコンを持って、また回転している椅子にひざをのせて、おろおろしていたら、あ、そうでした。ここで、いつも、進行方向が逆になるので、椅子の回転があるのでした。きっとその放送があったのだと思うのだけど、少しも気がつかずにいたのでした。

1月25日 今日は浜松。なつかしい、友人にも会えてとてもうれしい日です。こちらからは、大谷さんと二人で出かけました。大谷さんが、ibook(マックのノートのコンピューター)を持ってきてくださって、浜松までの電車のあいだ、ずっと映画を見せてくださいました。「スタンド バイ ミー」よく聞いたことのある歌の映画、とてもおもしろかったです。東京や北海道や、九州は飛行機で出かけるけれど、浜松は電車で出かけるので、わりあい長く乗っているのですが、あっという間のおうに感じました。ついてすぐ楽器博物館へ連れて行って頂きました。すごくおもしろかったです。古代、生きることに一生懸命なときも、音楽は世界中どこにでもあったというのは、すごいなあと思いました。
 夜、茶間亭という居酒屋さんで食事をごちそうになりました。ここは、小林さんのお友達のお店で、その方は、講演会にもよく来てくださって、それからペルーへもご一緒できるということでした。レンコンとみずなのサラダや、牡蠣の味噌鍋、菜の花の磯辺揚げなど、とってもとってもおいしくて、私、あまりいつもはすぐおなかいっぱいになってたくさんは食べられないのだけど、いっぱいいっぱいおいしくいただきました。
 明日は静岡に出かけます。昨年も呼んでいただいた方にまた呼んでいただいています。本当にありがたいです。 

1月24日 昨日は友人のyamaさんに呼んで頂いて、夜に講演会に出かけました。yamaさんは今年、6年生の担任をされていて、「きいちゃん」が教科書に載っているので、子どもたちにお話をという約束をうんと前からしていたのでした。(yamaさんのおつれあいのけいこさんも6年生の担任、来週の木曜日に、寺井小学校へも出かけさせて頂くことになっています)夜にもかかわらず、おうちの方、そして、子どもたちもみんな来てくれて、最初に、私の大好きなおーまきちまきさんの歌を歌ってくださいました。子どもたちののびるきれいな声にびっくり、そして、学校の先生方もみんなちまきさんの歌をご存知で一緒に歌ってくださいました。yamaさんが学校にちょんみさんやおーまきちまきさんを招いたり、いろいろな活動をしておられるのを、みなさんが温かく受け入れておられるのだなあと思いました。学校がとても温かい感じがして、子どもたちはうれしいだろうなあとも思いました。
 夜とんでもない夢をみました。講演会で声がでなくなって、口をぱくぱくあけているだけで、ついに泣いてしまう夢。今日も講演会があるので、正夢だったらどうしようと心配になりました。今日は、石川県の特殊学級の先生方のお集まりの会だったのですが、ここでも、あたたかく迎えてくださって、最初はすごく緊張して、夢のことまで思い出してどきどきしたけれど、でも、みなさん心を傾けて聞いてくださったので、ありがたかったです。講演会が続くと、自分に自信がないから、聞いてくださる方に申し訳ないような気になって、少し落ち込みます。でも、いろいろな方とお会いできて、やっぱりとてもうれしいです。
 明日は、もう第二か、第三のふるさとのようにまで思える、浜松に行きます。大好きな友達がいっぱい待っていてくれる。東京で展覧会をしている友人も、会いに帰ってきてくれる、一年に一度、いつも顔をみせてくれる友人にも会える。小林さんのおくさんのあいこさんにもあえる、それから、小林さんが、楽器博物館にも連れて行くよといってくださっていて、とてもうれしいです。 

1月23日 石川県の朝日新聞の方から学校へお電話をいただきました。「いちじくという名の犬と」の本を、本屋さんで見つけてくださって、本のページに紹介してくださるとのこと、それから、それとは別に、エッセイかなにかを書いてほしいという依頼でした。いちじくの本を出して頂いてから、何ヶ月かになりますが、こうして、お電話をいただいて、とってもうれしく思いました。本が本屋さんにおいていただける期間は本当に短いです。だって、毎日すごくたくさんの本が、この世に生まれているそうですもの。犬が大好き。いちじくが大好きな私は、この本に対する思い入れも特別なのです。
 明日から、友達がかかわっているピースアートポスター展が、東京の千代田区の東京国際フォーラムで開催されます。(くわしくは、上のところからHPへ行かれてくださいね)筑紫哲也さんのトークや、ウォン・ウィンツァンさんのピアノコンサートも開かれるのだそうです。私は、静岡の講演会のために出かけることはできないのですが、行きたいなあと思います。毎日ニュースを見ていると、戦争が今すぐにもおこりそうな感じで、とても怖いです。戦争だけはだめだといつも思います。写真家のお友達の井上冬彦さんが、井上さんのおうちからの帰り道、「僕は、悪い人はいないとは思うのだけど、戦争をしようとする人だけはどうしても許せないのですよ」と、おっしゃいました。いつも誰に対しても、それから、アフリカの動物たちにも、やさしい目をむけておられる井上さんだからこそ、戦争の恐ろしさや、戦争によっておこるむごさに対しては、断固として、許せないとおっしゃるのだと思いました。

1月22日 昨日はご心配をおかけしました。小松行きは、飛びますが、戻ってくるかもしれませんという放送が入って、とても心配でした。私、本当にひとりで何もしたことがない、しても、いつも失敗して自信がないんだということを改めて思いました。次の日の今日はどうしても学校に行きたかったのだけど、でも、どうやって、電車のチケットをとって帰るんだろう?そんなことを思ったけれど、いつも講演会の時に、一緒に来てくださる静岡の小林さんが、「もちろん、飛行機が飛ばなければ、僕も、一緒に夜行でも、新幹線でも、何でも乗って、小松まで行って、それで僕は朝一番で帰るから、それまで駅にいます」って言ってくださって、私はとても驚きました。涙が出そうになりました。どうして、こんなふうに優しい方がおられるのだろう・・・どうして、自分のことより、他の人のことに一生懸命になってくださるのだろうと、本当にありがたく、こういってくださったことを決して忘れないって思いました。無事小松についたら、石川県で、いつもいろいろ助けてくださってる大谷さんが、(朝も、送ってくださったのだけど)、パンクも、車のライトも、すっかりなおしてくださっていました。えーん。みんな本当にやさしいよお。そして、空港で、「帰れないかもしれない・・ジャジャジャジャーン」なんて日記を書いたものだから、何人もの友達が、メールや電話で「大丈夫?そうよかったねえ」って言ってくださって、私、幸せ者です。ありがとうございます。こんなにしていただいているのに、私、何も返せないでいるよ。
 風邪がいっそうはやっています。みなさん大丈夫でしょうか? 

1月21日 高知県児童詩教育研究大会の講演会でした。朝、友達の家まで車で行って、そこから空港へ送ってもらうことになっていました。おととい、金沢の家で車を擦って、タイヤに傷が付いていて、パンクしないか心配で車屋さんでみていただたときは大丈夫だったのだけど、3日たって、友達に「気がつかなかったの?パンクしてるよ」と言われて、後ろのタイヤを見たら、タイヤがぺちゃんこでした。きっとすぐにぺちゃんこになると大変だから、ゆっくりゆっくり、専門家が見てもわからないくらいにゆっくりとタイヤがパンクしていくしくみなんだと思うのだけど、私はそこで、なぜか、北斗の拳の中に出てきた拳法で、七日(だったかな?)殺しというような技を思い出しました。それはそのとき、どうもなくて大丈夫なようなんだけど、七日たったら、死んじゃうという恐ろしい拳法。パンクは死んじゃうわけじゃないけど、このゆっくりしたパンクのしかたが、そんな感じがして、なんだか「そちも、やるな!!」みたいに思ったのでした。無事に高知へつくでしょうか?ジャジャジャーン。
 羽田まで飛行機で行って、そこから高知まで飛行機で行きました。今回も小林さんが、お世話をくださったので、無事高知にはつきました。高知は3度目。もうたくさんの顔なじみの方が待っていてくださって、ありがたいです。
 いつもお話の旅にあがっちゃうのだけど、今日もとてもあがりました。今日は詩の大会だから、大ちゃんの詩や、たくちゃんや一樹君の日記のお話などもさせていただきました。
 ところで、今、羽田にいます。羽田の小松行きのところで、小松悪天候のため、天候調査中というふうに、出ています。ええ!?小松に帰れるの?いったい帰れるの?どうなるのでしょうか?じゃジャジャジャーン。でも、飛んで!!お願いだから飛んで!夜行なんて、どうやって乗るの?どうやって帰るの?

1月20日 妹のパソコンの中に、モンタージュというゲームがはいっていて、最初に漫画ふうに描かれた顔が映し出されて、その次に、顔のどこかの部分がなくて、(たとえば目とか、髪型とか、輪郭とか・・・)その部分は、どれだったかを、2つか3つの部品から選ぶというのだったのですが、それが、私にはまったくできないことがわかりました。すごく簡単だとみんなが言う、最初の方の問題でも、私にはまったくできないのです。あまりにできないくて、自分で呆れるというより、そうだったのかあと感心してしまうほど。歌の歌詞をなかなか覚えられない。人の名前が覚えられない、道を覚えられない。これは、みんな共通する力が関係しているの?モンタージュの他にも、数字をいくつか並べて記憶するゲームもはいっていて、それの最初は、たとえば、3,5,2というふうに表されて、次に、3、5,2,というふうに答えるんだけども、最初の方はすごく簡単で、もしかしたら、モンタージュの最初の問題も、これと同じように、他の人にとってはすごく簡単なのだろうかということが、また驚きでした。
 明日は高知へ日帰りで行きます。高知の日帰りというのははじめてです。怖い飛行機も4回も乗ります。無事乗り継ぎできるかな。木村拓哉さんのドラマを見たところだから、なぜか、飛行機に乗るのも少しうれしい私です。 

1月19日 ゴリゴリゴリ。家の門のかどをまがろうとして、車の下の方の横と、タイヤとホイルを擦ってしまいました。お葬式に行くために出かけようとしていて、タイヤが、少しめくれていたので、パンクしているかもしれないと思って、妹の車に乗り換えて行きました。駐車場についたら、軽自動車の一台分しか空いていなかったので、私ので来たら停められなかったからよかったかもしれないと思ったけれど、やっぱり、なんだかふわふわと落ち着かず、気がせいていたのかもしれません。このごろ、なんだか追われるように生活していたから・・・と反省しました。
 教科書で「きいちゃん」を授業であつかってくださる時期なのかもしれません。このごろ、きいちゃんに関する、おたずねのメールやお手紙を小学生の方からいただくことが多くなってきました。なんだかドキドキします。どんなふうに読んでくださるのかなあって。今日は、3つ同じ質問がありました。「きいちゃんのことを書こうとしたきっかけと、そのときの気持ちは何ですか?」という質問です。「きいちゃんは本当にあったお話なの。
それで、書いたときの気持ちはね。ずっとこのことをいつか書いて、お話したいと思っていたから、書いたのだけど、思い出すだけで、胸がいっぱいになったの。
どうして胸がいっぱいになるのかなって、自分でもわからなかったけれど、もしかしたら、自分は、自分のままでいいんだよ。誰かと比較しなくても、自分のことを好きでいいんだよと気がつけたからかな?」というようなお返事を出しました。

1月18日 風邪薬を夕べ飲んだら、今日は眠くて眠くて、とろけるように眠っていました。お薬が効きすぎるのか、酔い止めでも何でも、こんなふうになってしまいます。母から電話で、小さいときからかわいがってくれたおじさんが亡くなったとのこと。お通夜とお葬式のために金沢に来ています。
 人が亡くなることは、どうしようもないことだけど、やっぱりさびしくて悲しいですね。それでも、亡くなったあと、亡くなった人はいつもそばにいてkるえたり、いつもその人のことを感じることができるようになる気もします。このあいだから、またミヒャエルエンデの本を読んでいました。エンデは「僕はもうすぐ死ぬことになるが、そのことで、悲しまないで。僕は悲しくはないし、怖くもない」って書いておられたことを思い出しました。

1月17日 前に大ちゃんと一緒にいたときに、一緒にクラスで担当をしていた瀬川先生が、(今は私と同じ学校)徳島に出張に行かれるということで「大助に会ってこようと思うんだけど」と言われて、大ちゃんの携帯にそのことを知らせるために電話をしました。大ちゃんは徳島の作業所でお弁当の中の造花を作っています。大ちゃんは元気そうだったけれど、そばにお母さんがおられて、恥ずかしそうな感じでした。夜にたまに電話があったりすると、大ちゃんは「元気か?」と私に聞きます。私は突然の電話に、(大ちゃん、何か疲れたり、さびしかったり、つらかったり大変なこととかがあったのかな?)なんて思うのだけど、大ちゃんは、いつも私に、「元気か?」というばかりです。  
 絵を描いたら、絵を描くのがおもしろくなって、またちょっと描いて遊んでいます。今度会う、お友達のお誕生日のプレゼントに、(お誕生日はもう終わったのだけど、会うことを見込んでまだプレゼントを渡していませんでした)私の絵なんていらないかもしれないけれど、仲良しだからと、押しつけのプレゼントにしようと小さい絵を描いています。

1月16日 今朝はロシアはマイナス30度、韓国もそれくらいで、北海道でもマイナス10度の冷え込みだったそうですね。私のいるところも、マイナス4度と道路の温度計は表示されていました。今日はごみの日で、このあいだ、月曜日がごみの日だったのに、お休みだったから、うっかりしていて、今日はゴミ袋がたくさんありました。それで、手があかないものだから、気をつけて歩いているつもりだと、やっぱりぎこちない歩き方になってしまって、すべってころんで、それから道路も凍っていたので、うっかりブレーキを踏んだら、車がくるくるくるとすっかり反対向きになるまで回ったので、本当にびっくりしました。誰もいなくて、どうもなかったので、ちょっとおもしろかったけれど、みなさんもどうぞ気をつけてくださいね。テレビに、北海道の足寄で、おなかの大きな馬が、運動のために何頭も列をつくって走っている映像が流されていました。足寄(あしょろ)・・・ああ、来月に、ちょっとだけだけど、行くところだ・・・(土曜日は足寄、日曜日は名古屋の安城なので、ちょっとだけなのです)とてもきれいな景色に、すごくうれしくなりました。馬に会えるかなあ。
 新しい学校に来て、周りの人がみんな金沢の人なので、なつかしい言葉を使う人がたくさんいて、おもしろいです。(小松と金沢、近いけれど、言葉は少し違います)虫のはえのことを、金沢では「はえぼぼ」とか「はえちょぼ」とか言います。それを聞くとなんだか、おかしくてうれしくて、私笑っちゃうの。きっとなつかしくて、楽しい昔のことを思い出すからだと思います。

1月15日 今歯医者さんに来ています。暮れに、糸切り歯の裏側で堅い物をかんだときに、歯がかけたのです。もしかしたらそこは虫歯だったのかもしれません。わからないの・・・受付にいて、落ち着かずに座っています。学校が変わったので、今まで行っていた歯医者さんは時間が間に合わなくなりました。それで新しい歯医者さんに来ています。私、昨日は雷が怖いって言ってたところだけど、歯医者さんも、すごくすごく怖いのです。怖い・・・暮れからずっと気になっていたのだけど、なかなか勇気がなくてこれませんでした。でも、本もちょっと一段落したし、いつまでも、来たくないって言っていても、それから裏側だけだと言っても、でもやっぱり歯はなおりませんもんね。えーん、怖いよお。痛くありませんように・・・どうぞみなさん応援しててね。祈っててねえーーー。
携帯電話の画像、大谷さんが小さいサイズのカラーとモノクロも作ってくださってアップしました。 

1月14日 携帯の待ち受け画面を、しっぽみたいにUの写真の中から作って頂いて、載せて、しっぽでもお知らせしたのですが、Dokomoでは見えるけれど、AUは見えないというお知らせをいただきました。ごめんなさい。自分の携帯で見えたものですから、みんな同じかなと思いこんでいました。AUとかJ-phoneとかは、もう少し小さいサイズにしなくてはいけないようなのですが、どの程度なのか、自分では持っていないので、わからないままです。もし、サイズをご存知の方がおられたら、教えて頂けますか?お願いします。
 また、雪雷です。どうしてもどうしても苦手です。怖いのは慣れないよ。作業中でも、机の下に潜り込みたい気持ち。運転していても、両手で耳をおおって、思わず目を閉じてしまう・・・それから、座席の下に潜り込んでしまいたくなるので、困ります。だって危ないもの・・・わかっているのだけど、やっぱり怖いです。 

1月13日 二つの本が、今日、校了になりました。万歳!!と言っても、まだまだ今からなのだけど、一応原稿をおさめることができそうなので、うれしいです。しっぽみたいにのUの本の題名が決まりました。それは「想っている」前の「あなたといつもつながっていられたらいいのに」はとても長い題名だったので、今度は短めにしたいと考えていました。「あいたくてあいたい」というのが第一候補だったのですが、ちょうど青心社さんから、「あいたくてただそれだけで」という版形の本が出たところだったので、変えることになりました。大好きな人のことを、知らず知らずのあいだに、いつも想っている・・・寒くないかなあ・・何をしているかなあ・・・元気かなあ・・会いたいなあ・・そんな気持ちがあふれる本になったらいいなあと思っています。それからもうひとつは、このHPのお月様の絵の詩が本になることになりました。題名は「心は羽がはえてるから」これも、やっぱり「心は羽がはえてるから、あなたのところへいきたがる」という詩からとった題で、あなたにあいたいと願ったり、あなたが大好きと思ったり、いつも、あなたのことを想っていたいというようなことで題名がつきました。今までは原稿をパソコンで送ったり、もっと昔は印刷して送ったり、ときにはFAXでやりとりをしたりで、今回の「心は羽がはえているから」の絵のように、もう書き直せないから、絶対に届いてね・・・というような原稿を送ったことがなかったので、書留にして送ろうと思って、郵便局の本局に行ったけれど、祝日は3時までということで、送ることができませんでした。明日、なんとか送ろうと思います。そしたら、もっとほっとするから・・・それで、樹心社さんの方の原稿を、今日からがんばってしようと思います。これは前に共同通信社が配信してくださった新聞の連載と、名古屋別院の名古屋御坊という新聞の連載をふくらませて長くしたり、新しい原稿を書き足したりして、一冊にまとめようというものです。 

1月12日 今、大阪からの帰りのサンダーバードの中です。今回も、二日間、楽しく、そして、うれしくいい出会いをたくさんさせていただきました。今日は小林さんのお友達の社長さんが、会社の新年会でお話をしてほしいといことできました。講演会が始まる前に、社長さんから「みんなが元気になれるような楽しい話をひとつ頼みますね」ということで、楽しい話ってどんなかなあ・・・毎日、失敗ばかりしていて、そのことで、「今日大変だった」って日記に書くと、「今日は山元さんの日記を読んで大笑いをしました」というメールをいただくから、じゃあ、私の日常をお話をしたら笑っていただけるのかなと思って、このあいだの、雪の日に「死んでる」と勘違いした話や、トラックに追いかけられて怖かった話、そして、公園のおっちゃんのお話などをはじめにさせていただいて、そして、雪絵ちゃんやきいちゃんや大ちゃんや、そしてリクエストのあった、お友達のやくざさんのお話をさせてもらいました。私の日常はやっぱりとてもおかしいのかもしれません。みなさん笑ってくださったから、日常が笑えるというのも、そんなふうにしていていいのかなと思うけれど、笑ってくださってまずはよかったです。
 今日呼んでくださった会社の社長さんは、障害を持っておられる方をとても積極的に採用をされておられるということで、講演会のあとの懇親会でも、とてもあたたかく見守られるようにして働いておられるのを感じることができて、きっとみなさん、毎日が楽しいだろうなあと思いました。そして私の学校の子どもさんたちも、こんなふうに楽しく働けくことができたらどんなにうれしいだろうと思いました。
 それからしっぽみたいにの一校の原稿を青心社の山下さんにお渡しすることができました。少し長いということで、また大谷さんと相談してなおすことになりますが、こうして少しずつできていくのがうれしいです。

1月11日 松山の講演会は、20歳すぎのみかさんとえりこさんというお若い二人の姉妹が企画して、呼んでくださったものでした。昨年の6月に松山で講演会があって、そのときに、聞いてくださって、今度は二人で講演会をしようと思い立ってくださったとか。お二人にとっても、講演会を含めて初めてのイベントだということだったそうで、夕べはあまり緊張して眠れなかったのだと言っておられました。私もなんだかとても緊張しました。お二人やお二人のご家族の、あたたかで、そして細かなことまで、ていねいに、心をくだいてくださったことが、本当にうれしくありがたかったです。
 松山までプロペラ機に乗りました。プロペラがまわると、飛行機の中のアナウンスの声までが揺れていました。ときどきカメラ日記に、飛行機のプロペラの写真をアップしました。明日は大阪です。
 明日、あさってと成人式を迎えられる方も多いですね。おめでとうございます。 

1月10日 朝、地元の新聞を見てとても驚きました。「登下校の小学生を狙った大量殺人予告」という記事で、その予告はインターネットの掲示板に掲示されたものだそうです。9日の朝、実行するというものだったということでした。朝学校へ行っても、朝礼でも、校長先生からそのことで、十分に注意するようにという注意がありました。9日の朝、何もなくて本当によかったけれど、たくさんの人を不安にさせるような書き込みをどうしてしてしまうのだろうと思いました。
 もしかしたら、その書き込みをした人は、何かとてもつらいことがあって、自分でもどうしたらいいのかわからなくなって、ちょっといたずらのつもりだったのかもしれないけれど、やっぱり許されないことだなあと思いました。そして、インターネットってとても便利だけど、自分をあきらかにしないでも、書いたり、メールを送ったりということができるから、だからこそ、いっそう、気をつけなくちゃと思いました。してはいけないことは何かということを自分ではっきり持っていないといけないですよね。HPをこうして毎日更新させていただいてる私、誰かを傷つけるようなことは、書いていないか、そういうつもりじゃなくても、傷つけることもあるから、本当に気をつけたいです。 

1月9日 生活の教育課程の研究会グループの1年から3年の部分を相談して、パソコンで打って、昨日はそのなおしの相談がありました。それで、パソコンを会議のところへ持っていって、相談しながら打って、上書きして、印刷をしてくださる先生にお渡しして帰ったのです。学校に来たら、「ファイルがありませんけど?」というお手紙と一緒にフロッピーが机の上にありました。え、どういうこと!? あわててフロッピーを私のパソコンに入れると、「初期化しますか?」の文字。フロッピーから上書きした書類を取り出すことはできませんでした。締め切り間際で、どうして魔法のように消えてしまったのでしょう。フロッピーは壊れやすいとわかっていたのに、どうしても、学校のものは、渡しあったりしがちで、そのまま上書きしただけで、パソコンにも入れてありませんでした。えーんえーん。もう、フロッピーも、誰のことも信用しない・・・(嘘ですけど)と泣く泣く打ち直すことにしました。これもみんなバックアップをとっておかなかった自分のせいです。グスン・・
 今週末、今年初めての講演会が松山であります。その次の日が大阪です。その次の週は、21日高知、23日の夜が、地元の小学校、24日は知的障害児学級の講演会が長田町小学校で、25日、26日は静岡、29日は地元の公民館と、今月末まで少し続きます。たくさんの方とお会いできるのが楽しみだから、なおさら、今かかっている本の絵を大急ぎでしあげて、元気で、1月を乗り切りたいと思います。
 ところで、裏の日記に、私がまた間違ったことを書いてしまって、「ヴィノスディアス」ってスペイン語で「おはよう」だって本に書いてあるけれど、確か、土地の名前だよねなんて書いたら、それは{ヴイノスアイレス」でブラジルの土地の名前ですとたくさんの方が教えてくださいました。ありがとうございます。あはは・・・・よく似ているよね、とごまかしている私、

1月8日 おととい永六輔さんから「凛によろしく 2003年元旦 永六輔」と書かれた年賀状をいただきました。私が「凛が仲間入りをしました」という年賀状を出させて頂いたからです。永さんのところはいったい何通の年賀状が届くことでしょう。どんなにどんなにお忙しい毎日なのに、お手紙だって、年賀状だって、きっと永さんはすべてお返事を書かれるのです。私、今年はいただいた年賀状のお返事を途中で断念してしまったことを悲しく思いました。それどころか、手紙も、前はその日のうちにお返事が書けたのにだんだん遅くなってしまっていることも悲しく思いました。
 今日は書き初め。子どもたちは「ふじ山」「ひつじ」「光る大地」「飛雪千里」の4つから好きな物を選んで書きました。なかなかお習字をする機会がなくて、一年に一度の、みんな緊張した面持ちでした。ずらりと並んだお習字は圧巻でした。 

1月7日 新学期でした。バスから降りて、雪の中をかけてくる子どもたちの笑顔を見たとき、もう本当にうれしくて、可愛くて、やっぱり学校はいいなあって思いました。
 始業式の間、体育館はとっても寒いので、肩をよせあうように座っていると、もっとうれしさがこみあげてくるようでした。子どもたちも、みんなと会えるのはやっぱりうれしいのでしょう。ころころ一緒になって、とっくみあいをしたり、笑いあったりしながら、遊んでいました。
 昨日の日記を読んでくださった方から、「死んでる」と思った勘違いの経験のメールたくさんいただきました。ありがとうございました。
 長野のおかあさんからは読むだけで恐ろしくなるようなメールが・・・あまりに高校生の息子さんのお風呂が長いので、お風呂へ見に行って、外から呼びかけても返事がなく、戸をあけると、息子さんがお風呂に足だけ出して沈んでいたのだそうです。あわてて足をひっぱったところ、海に潜るめがね?をつけた息子さんが、「おっかあ、俺を殺す気か」とあわてて水を飲んだ息子さんに怒られたとか、息子さんは水の耳抜き?の練習をしていたのだそうです。お母さん怖かっただろうな。

1月6日 すごくたくさんの雪が降りました。朝、運転していて、車が木に激突している車を見つけました。朝早く出たから、通る車も少なく、それで、けがをした人がいるといけないから、中を確かめなくちゃと思って、でも本当にけがをした人がいたら、私、けががすごく怖いから・・やっぱりすごく怖いから・・っておそるおそる中を見たら、座席に、口をあけて、目を閉じている人がななめにいました。「死んでる・・・」ただめちゃくちゃにドアをどんどんたたきました。そうしたら、その人が、実は死んでいなくて、起きてきて、「ん?」って顔をするから、私、その人の前で声をあげて輪泡穴いてしまいました。聞けば、携帯で車を動かしてもらうように頼んであって、その人が来るまで、することがないから寝てただけなんですって。けがもしていないんですって。でも、なぜだか涙が止まらなくなってしなって、わあわあ泣いてしまいました。勘違いした、私が悪いだけなのに、何度も、ごめんごめんと言っていました。「だって、死んでるみたいなかっこうで寝ていたから」って・・私考えたらすごく失礼なことを言っていたのにです。今までも、車の中空、足をだらり出している人を見て、死んでるって思ったり、信号が青になってもすすまない車があって中で口をあけて上を向いている人も死んでるって思ったこともあったので、私って、本当に失礼な人なのです。
 帰り道、どんどん降る雪を見ていたら、私もなんだか眠くなって、ちょっと横にそれて、スーパーの駐車場で眠ってしまいました。雪ってやっぱり・・緊張したり、どんどん落ちてくるから、眠くなるのかな。  

1月5日 大雪です。すっぽりつつまれたような感じ。それでも、出かけて、雪道になれているはずなのに、いっぱい転んで、青あざだらけです。ケーキとか、お寿司とかを買うときに、絶対に今は転ばないでいようと思うと、転んでしまうのはどうしてでしょう。緊張して、ぎこちなくなってしまうのかな?おまけに雪。ケーキは空中を舞ったわりに無事でした。
 昨日の晩、「世界不思議発見」というテレビ番組を見ていました。いつも、大好きな番組なので、必ず見れるときは見るのですが、今日は、いったい何曜日だったかすっかり忘れていて、偶然つけたら、していて、あわててテレビの前に座りました。今日はスペシャルだったので、2時間番組でした。いろいろなところからクイズが出されたのですが、エジプトやカンボジアやペルーなどからの質題があって、本当にうれしかったです。エジプトのベリーダンスや、カンボジアの小学校、そして、アンコールワットの階段、シェムリアップの市場など、ああ、私、本当にあそこに立っていたんだわって思えたり、映し出された小学校は私たちが訪れたところとは違うかもしれないけれど、学校の作りや壁の様子が同じだなあとか、子どもたちの表情が、あのときと同じだなあと思い出して、旅に出かけられたことをとてもうれしく幸せに思いました。それからペルーは今年の夏、出かける予定のところ。わくわくしながら、テレビに見入っていました。私、やっぱりいろんなところへ行きたいです。世界中見てみたい。エジプトやアフリカや、カンボジアやベトナムなどの旅行を企画したりサポートしてくださった、小林さんご夫婦や、大谷さんや、一緒に旅してくださった皆さんのことを思って、いまさらながら、なんてありがたいことだろうと思いました。そしてこれからも私、やっぱりいろんなところへ出かけたい・・・本当にどこへでも行きたいです。
 明日からお仕事です。あさってには子どもたちに会えます。うれしい・・3学期が終わると子どもたちが卒業してしまう・・・一日一日を大切にして、子どもたちといたいです。

1月4日 雪がたくさん降っています。雪が降ると、景色が一変します。こんな顔をもっていたんだなあと、思うのです。人も、いろんなところがあって、みんなして、その人なんですよね。去年も書いたかもしれないのですが、一度夜、近くの温泉の露天風呂に入ったことがありました。雪が次々に降ってきて、ライトに照らされてそれはそれはきれいでした。そういう経験をまたしてみたいなあと思います。(そう思うなら、今でかければ、確実に、雪が降っているのだけど、ちょっとおっくうになっていかないままです)
 雪が降ると、床が冷たくて、寒さが床から伝わってくるようです。まだ凛がときどきおしっこの失敗をするので、凛に、そのたびに、あーあとか、だめでしょうとか文句を言ってしまいそうで、カーペットをひかないでいるのです。でも、寒いときに寒いと感じられる生活もまたいいのかもしれませんね。 

1月3日 今日は用事があって高速道路に3回乗りました。私、どうして、高速道路に乗るときに、機械から、取るチケットを窓をあけて、上手にとることができません。どうしても届かないの。今回は近くに寄せれたかなと思っても、やっぱり届かなくて、シートベルトをはずして、体を乗り出してとれるときはまだいいのだけど、今日は、車から降りないとれなくて、お金を払うときもやっぱり料金所の方も一生懸命手をのばしてくださって、私も手を伸ばして払ったりします。そういえば、幅寄せとかっていうのも苦手だったな・・・と思い出しています。
 年賀状をたくさんいただきました。とってもうれしく、楽しく見せて頂いています。今日もたくさんいただいて、私、ついに、いただいた年賀状のお返事の年賀状を出させて頂くのを断念しそうです。ああ、本当にごめんなさい。クリスマスカードのお返事もまだままならぬ状態。すみませぬ・・・でも、とてもうれしく、読ませて頂いています。今日頂いたお年賀の封筒の中からは、なんと、蝶々がばたばたと飛び出して、びっくりしました。そしてうれしくて、みんなに見せて回りました。ばたこさん、ありがとう。すごくうれしかったです。それから、写真入りの年賀状もたくさんいただいて、掲示板でお世話になっている方のお顔がわかって、楽しかったりもしました。本当にありがとうございます。私も非礼をどうぞお許しくださいね。

1月2日 昨日はびっくりするほどのお天気で青い空が美しかったのに、夜のあいだに、雪が降り出して辺り一面雪景色になりました。金沢の家に来ています。妹のご主人も韓国へ行ったところだったのと、父も母も、韓国で生まれ育って戦争後に引き揚げて来たので、韓国の話をしているのをそばで聞いていました。父のはじめての話も聞くことができました。父と母の両親が、日本から韓国へ渡って、そして、父は新しい空港の仁川空港の近くで生まれたのだそうです。父の姉が平壌にも住んでいて、父は平壌にも行ったなあと懐かしそうに話してくれました。父は私のホームページもいつも見てくれているので、inソウルのカメラ日記の写真を見て、ソウルもずいぶん変わったものだなあと思って、楽しく見ているよと言ってくれてうれしかったです。

1月1日 新年おめでとうございます。本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
 早朝にお星様が空いっぱいに出ていて、北陸の冬の空にはめずらしいような空気の澄んだ朝でした。ゆっくりとのぼってくる初日の出と、輝くような青空を見て、今年もきっといい年であるに違いないと晴れ晴れとした気持ちでした。みなさんはどんな新しい年をお迎えでしょうか?どうぞ、素晴らしい年でありますようにお祈りしています。
 第一弾のしっぽみたいにの本の愛読者カードを本当にたくさんいただきました。「この本をわたして気持ちを伝えました」という内容のカードがいくつもあって、びっくり。それから、第2弾を楽しみにしていますと書いてくださった方もたくさんおられて、こんなにも大切にしてくださったんだとすごくすごくうれしかったです。愛読者カードを送ってくださった方の中から抽選でプレゼントを・・という企画なので、暮れに、青心社さんに、作ったプレゼントを送らせて頂きました。抽選は青心社さんにおまかせしました。どなたにもらって頂けるのかなあ・・そんなことも、とても楽しみです。暮れからずっと写真の大谷さんと編集の作業をしています。だいぶ、めどもついてきて、こんなふうな本にしょうかという話をして、写真と文字とイラストを組み合わせているうちに、女の子と男の子の人形がお互いにお話をしたり、気持ちを通わせて本を作ってくれているような錯覚を覚えました。 春には出版になると思います。できあがったらみなさんにも、見て頂きたいです。

03/03/21〜03/08/14

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