小惑星(526)Jenaの掩蔽による、TYC 1341-02470-1の食の解析 

宮下和久

初稿 2008.2.9

改訂 2008.2.24


1.はじめに

 北崎勝彦氏と唐崎秀芳氏は、2008118(UTC)に起こった小惑星(526)Jenaによる恒星TYC 1341-02470-1の掩蔽のビデオファイルをお送りくださった。Limovieにより解析したところ、それぞれのビデオに記録された潜入および出現の現象において、恒星の視直径の効果と見られる光量変化が得られた。一方、高島英雄氏よりお送りいただいたビデオでは、出現側では他の観測と同様のライトカーブが得られたが、潜入側ではフィールド単位の測光からは点光源を仮定したシミュレーションにフィットするライトカーブが得られた。この現象では、フレーム単位の測光とフィールド単位の測光の結果の差が大きいことから、シンチレーションの影響によるのではないかと考えられる。ここでは、この現象の解析結果について検討し、小惑星による恒星食から恒星の視直径が推定できる可能性について考察を加える。また、良好なフィッティングから求められたコンタクトアングルは、整約図から想像されるものとかなり異なっており、小惑星Jenaの表面がかなり起伏に富んだものであると推定される。


2.ビデオより得られた現象の光量変化

 北崎氏のビデオは、恒星が明るいことに加えて、大気のシンチレーションも少なく、たいへん明瞭な画像である。Limovieによる光量変化の測定でも、ノイズの少ない美しいライトカーブを示している。このライトカーブを点光源を仮定した回折シミュレーションと比較して観察すると、図1-1,1-2に示すように、減光直前および増光直後に期待されるピークや振動(またたき)が見られない。フィッティングの他の部分においてはたいへんよく一致しており、この部分のみシンチレーションの影響が大きかったとは考えにくいことから、恒星が点光源の単一星でない可能性がある。重星であれば途中にステップを形成するか、または減光と復光でライトカーブの形状が異なるはずであるが、それらは観察できない。したがって、このライトカーブは恒星が点光源でないことによる可能性が高い。そこで、様々な視直径のシミュレーションとの比較をおこない、視直径が潜入時は0.30ミリ秒角、出現時は0.35 ミリ秒角であるとすると現象とよく一致する、との結果を得た。また、唐崎秀芳氏よりお送りいただいたビデオは、カメラTGV-M1フレーム蓄積によるものである。望遠鏡の口径やビデオカメラの感度の関係で、やや淡い星像であるが、やはり整ったライトカーブを示しており、恒星の視直径として潜入時で0.33ミリ秒角、出現時で0.37ミリ秒角が得られ、上記を裏付ける結果となった。

 一方、高島氏観測のビデオの潜入側では、フィールド単位の測定の場合、図7に示すように、減光前のピークが現れている。フィッティングの結果からは、視直径の効果が現れない、という結果となった。この1例のみが、他と異なる結果である。詳細については、検討の項で述べる。


図1 点光源を仮定したシミュレーションとの比較  上:潜入 下:出現


図7 高島氏観測の光量変化 点光源を仮定したシミュレーションとの比較(フィールド単位の測定)


図8 高島氏観測の光量変化 点光源を仮定したシミュレーションとの比較(フレーム単位の測定)

恒星の視直径として0.50ミリ秒角を仮定


.観 測

 それぞれの観測は、せんだい宇宙館のウエブサイトにまとめられている。


観測報告のまとめ:

TYC 1341-02470-1(mag 8.4) by (526)Jena on 2008 Jan. 19

整 約 :

2008.01.20 小惑星イエナによる恒星食の成果


 個々の観測の状況については、上記サイトを参照いただきたい。


 唐崎氏は、1フレーム蓄積を行っている。1フレームの蓄積とは、1フィールドが通常フレームの半分の長さで露光を終えるところを、その倍の長さの蓄積を行うというものである。2つのフィールドの露光時刻の間には0.017秒の差が生じ、フレーム全体では露光時間が通常露光の1.5倍となるが、そのうち互いに露光が重なっていない部分では、一方のフィールド記録されることから、実質的には更に短い露光として考えることができる。ここでは通常の露光と同様に扱うことができると考え、以下の解析をおこなう。なお、1フレーム蓄積の場合には、フィールド単位の解析を行うことは適当でないが、これについては、別の機会に述べることにする。


 眼視観測の松井聡氏は、観測報告で「恒星が8.4等と明るかったせいか、思い切りよくスパッと減光開始・終了したように感じました。」同様に、眼視観測の相川礼仁氏は「減光、複光はいずれも刃物ですぱっと切ったように瞬間的で、気持ちよいものでした。」

と述べておられる。回折シミュレーションによると、少なくとも2フレームに渡って減光することから、完全に瞬間的な現象ではない。減光が5.7等級と大きかったことや恒星が明るく見やすかったこともあるが、現象前後の回折による振幅(またたき)が小さいことが、よりS/Nの高い「刃物で切ったような」増減光の印象を与える大きな要素であったと考えられる。筆者も、月縁による掩蔽のビデオ観測でこのようにまたたきのない現象ではそのように感じることがあるが、あらためて眼視観測者の観察力の確かさに敬服するとともに、増減光の様子をことばで報告することの大切さについて認識を新たにした。


.シミュレーションとフィッティング

 Limovie Ver.0.9.27において、恒星の視直径を考慮した回折シミュレーションを作成する機能が付加された。これは、200812日に(90)Antiopeにより掩蔽されたTYC 1895-01450-1(mag 11.3)は巨星であるとされていることから、その解析をおこなうために用意されたものである。Antiopeの現象では、小惑星の速度が大きいことから適用することができなかったが、小惑星のように遠距離の天体の現象から、きわめて小さな視直径をとらえる可能性について解析を進める中で確かめることができた。このおりの検討から、Limovieのシミュレーション機能では、視直径について0.01ミリ秒角単位で回折曲線を作り出すことができるようにした。なお、このシミュレーションでは恒星を一様に輝いている円盤として扱い、周辺減光については考慮してない。

 視直径を考慮したシミュレーションは、点光源における光量変化を、微小時間ずつずらしながら積分することにより作成する。このため計算量が多く、Limovieでは現在のところ、視直径を考慮したシミュレーションの場合、コンタクトアングルを自動計算するfor Grazing モードは動作しないように作成されている。そこで、最初に視直径を考慮しない場合について得られたコンタクトアングルについて視直径を求め、更にコンタクトアングルを少しずつ変えてフィッティングを行い、最終的に最も二乗誤差の少ないコンタクトアングルと視直径の組み合わせを求める、という逐次近似を用いた。

 このシミュレーションに用いたパラメータは、Max Duration:4.3secs; Diameter of asteroid:41km; Parallax:4.902 より計算した、小惑星の距離:268377232km; 小惑星の影の速度:9535m/sec である。

 なお、フィッティングのためには、ビデオカメラの受光量と出力の間の直線性が確認されていなければならない。両氏の用いたビデオカメラについては、GPS利用時計のLEDの光量から直線性が確認されており、特に北崎氏の用いたWAT100NM44を用いた観測でも直線性が確認されている。図2に、北崎氏のビデオにおける光量のピクセル間分布についての3Dグラフを示す。飽和はなく、ピクセルの光量はダイナミックレンジの中に収まっていることから、測光値は現象を正しく反映しているものと考えられる。

 他の観測者のビデオについても同様にノイズが比較的小さく、飽和も起こっていないことを確認した。


図2 星像の光量のピクセル間分布

星像は、ほぼダイナミックレンジの中に収まっている。



それぞれの観測についてのフィッティングの結果

 北崎氏、唐崎氏のビデオより得られた結果を以下に示す。


 視直径を考慮したシミュレーションとのフィッティング (北崎氏観測 潜入)

コンタクトアングルとして、0度を仮定。それ以上だとうまくフィットしない。

恒星の視直径として、0.30ミリ秒角を仮定




図4 視直径を考慮したシミュレーションとのフィッティング (北崎氏観測 出現)

恒星の視直径として、0.35ミリ秒角を仮定

コンタクトアングルは自動計算された値を元に逐次近似で探した。





 視直径を考慮したシミュレーションとのフィッティング (唐崎氏観測 潜入)

恒星の視直径として、0.33ミリ秒角を仮定

コンタクトアングルは逐次近似で探した。




 視直径を考慮したシミュレーションとのフィッティング (唐崎氏観測 出現)

恒星の視直径として、0.37ミリ秒角を仮定

コンタクトアングルは逐次近似で探した。



 視直径を考慮したシミュレーションとのフィッティング (高島氏観測 潜入、 フィールド単位の測定

この場合、恒星の視直径がゼロ(点光源)の場合に当てはまった。コンタクトアングルは自動解析。


 視直径を考慮したシミュレーションとのフィッティング (高島氏観測 潜入、 フレーム単位の測定

恒星の視直径として0.50ミリ秒角を仮定。



 視直径を考慮したシミュレーションとのフィッティング (高島氏観測 出現)

恒星の視直径として、0.19ミリ秒角を仮定

コンタクトアングルは逐次近似で探した。


図10 視直径を考慮したシミュレーションとのフィッティング (高島氏観測 出現、 フレーム単位の測定

恒星の視直径として、0.26ミリ秒角を仮定

コンタクトアングルは逐次近似で探した。




.検 討

(1)恒星の視直径について

 異なる三個の観測より得られた現象のうち5現象ににおいて、視直径を考慮することにより良好なフィッティングの結果が得られた。これらからは、恒星TYC1341-02470-1の視直径は0.19ミリ秒角から0.37ミリ秒角ほどであると推定される。ただし、観測された一つの現象は、減光前にピークがあり、フィールド単位の測定では視直径の効果は現れていないように見える。他の現象と異なる結果であるが、減光直前の谷やピークをつくる振幅が、シミュレーションのものより大きいことから、これらはシンチレーションの影響であるとも考えられる。そこで、高島氏のビデオについて、フレーム単位の測定もおこなってみた。こうすることにより時間分解能が低下するが、シンチレーションのノイズの低減が期待できる。出現側については、図9に示すようにフィールド単位の測定とフレーム単位の測定の間には、コンタクトアングルおよび視直径の推定値に大きな差が見られない。一方、潜入側はコンタクトアングルはゼロであると推定されるものの、視直径の間には大きな開きがある。これは、シンチレーションの振幅とビデオのフィールド露光のタイミングが同期しており、フィールドの組み合わせにより差が大きくなったためであると考えられる。

 以上のように、例外的なライトカーブがあることから、視直径の推定値については慎重な取り扱いが必要である。しかし、ノイズが少なくゆっくりした光量変化を持つ現象におけるライトカーブは、点光源では説明できない形状をしていること、また、1つの現象のフィールド測光を除く他の現象の解析が同様の結果を示していることから、比較的高い確度をもって、視直径の効果が検出されたものと考える。

 恒星TYC1341-02470-1Color Index =0.12(Tyco2カタログ)F型星とされるが、8.3等級と比較的明るいことから、その視直径が測定にかかるような比較的近距離にあるものと考えられる。


ここで、この推定の妥当性について考えてみる。この恒星が、太陽と同様の視直径や絶対等級を持っていると仮定すると、次のような計算ができる。

もし太陽を遠方から眺めたとして、その明るさが8.3等級であったとしたらどの程度の距離にあるかを求めると、

m:等級 M:絶対等級 r:距離(パーセク)

m−M=5log(r/10)

8.3-4.8=5log(r/10)

これよりr=50 となり、約163光年(1.55*10^15km)の距離にあることになる。

この距離における1ミリ秒角の視直径を持つ天体の直径をD1とすると、

11.55*10^15*π / (180*60*60*1000)7510000km である。

これより、1392000kmの直径をもつ太陽は視直径が、1392000/7510000=0.185ミリ秒角として観測されることになる。

TYC1341-02470-1の視直径として推定されたのは、この約2倍であることから、「ありえない数値ではない」と考えられる。

 


(2)コンタクトアングルについて

 図7は、Dave Herald氏作のOccult4.0 を用いて整約を行った結果である。図の右が潜入側にあたる。

 表2は、フィッティングより得られたコンタクトアングルと、整約図からのおよその読み取りとを比較したものである。 解析した全ての現象において良好なライトカーブに対するフィッティングであり、コンタクトアングルの値の精度もよいと考えられる、楕円から推定されるコンタクトアングルとフィッティングの結果が大きく異なる現象も多い。このことから、小惑星Jena凹凸の多い形状をしていると推定される。 




コンタクトアングル(度)

観測者

現象

フィッティングより

時刻の整約より(概算)

高島

潜入

4.4

50

出現

25.6

30

北崎

潜入

0

50

出現

61.0

60

唐崎

潜入

39.7

30

出現

9.5

50

表2 フィッティングと時刻の整約より推定されるコンタクトアングルの比較