フレーム蓄積とS/N



2008.4.29

宮下和久



1.はじめに

井田三良氏より、蓄積・ゲインの調整とS/Nについての質問をいただいた。(41)DaphneによるTYC 0308-173-1(12.0)恒星食(減光幅は0.1等級。光量にして10%程度。)を撮影したが、充分なS/Nが得られなかった。どのうな設定にすべきか、とのことである。蓄積することで星雲などの淡い天体がよく写るようになることから、フレーム蓄積はS/N(バックグラウンドに対する星像)の向上に効果があるはずである。しかし、電子を蓄積していけば、同時に暗電流ノイズも蓄積されるはずで、S/Nが向上するのは奇妙であるように思われた。そこでCCD面に光を当てない状況での撮影(いわゆるダークフレームの撮影)をおこない、蓄積に伴うノイズの発生の状況を調べた。



2.井田氏の疑問

図1 ビデオより得られた光量変化

左:監物氏の観測(8フレーム蓄積) 右:井田氏の観測(1フレーム蓄積)  



図1は、井田氏、監物氏の観測されたビデオについてLimovieを用いて解析をおこなった結果である。双方とも浅い減光が見られるが、監物氏のビデオが一見して減光と分かるのに対し、井田氏観測のビデオは信号の振幅とノイズの振幅が重なり、現象の判別が難しくなっている。両氏の観測機材はほぼ同様であり、望遠鏡の口径のみが、井田氏の28cmに対して監物氏の20cmという違いがある。井田氏の場合、監物氏の約2倍の光(photon)CCDに到達していることになり、CCDノイズの発生が同様ならばs/Nには有利にはたらくはずである。しかし、図2に見られるように、井田氏のビデオはノイズが大きく、星像のピークが低くなっている。

この現象は、掩蔽する小惑星(9.1等級)の方が恒星(12.5等級)より明るく、減光量がわずかである。もし星像を明るくしすぎて飽和(サチレーション)が起こってしまえば、浅い減光はとらえにくくなる。このように考えて井田氏は、星像を比較的暗くするために、蓄積を少なくし、ゲインを上げる設定をおこなった。しかし、結果としてノイズが増えているようだが、S/Nを向上させるためには、蓄積を増やした方がよいのだろうか。というのが、井田氏の疑問であった。

ビデオ撮影で経験的に言えるのは、蓄積することで星雲などの淡い天体がよく写るようになることから、フレーム蓄積はS/N(バックグラウンドに対する星像)の向上に効果があるはずである、ということである。しかし、電子を蓄積していけば、同時に暗電流ノイズも蓄積されるはずであるから、S/Nは一定であることになり、ノイズが減るというのは奇妙であるように思われた。

 蓄積による画像のちがい

左:監物氏の観測 右:井田氏の観測



3.現象の推定とCCDノイズの測定

ここで考えられるのは、CCDのノイズ(Limovieでいうところのバックグラウンド領域のノイズ)は、フレーム蓄積の時間に比例していない、という可能性である。CCD(を含むカメラ全体)が基本的なノイズを持っており、それに熱ノイズなど蓄積に比例したノイズが上乗せされるような増え方をしているのではないかと考えられる。それを調べるためには、CCD面に光を当てない状況での撮影(いわゆるダークフレームの撮影)をおこない、蓄積フレーム数を変えてノイズの発生の状況を調べればよい。

ビデオカメラには監物氏、井田氏と同じTGV-Mを用い、カメラにキャップをして撮影をおこなった。井田氏が観測に用いたように利得(ゲイン)を最大に設定し、蓄積フレーム数を切り替えながらDVミニテープに記録した。それをパソコンにキャプチャして.aviファイルを作成した。測定には、limovie ver.0.9.30(alpha) を用いた。これは未公開のテストバージョンであり、Aperture領域内のピクセルの輝度の平均と標準偏差を測定し、表示することができる(ユーザの希望があれば、操作性を向上した上での公表も考えている)。



4.測定結果

図3 フレーム蓄積とノイズ

左:ノイズ(1ピクセルの輝度) 右:ノイズのピクセル間の標準偏差



蓄積フレーム数とノイズレベル(1ピクセルあたりの輝度の平均)および、その標準偏差の関係を図3に示す。これによると、ノイズレベルは蓄積フレーム数に対して直線的に増加するが、蓄積がゼロであってもノイズレベルがゼロになることはない。この様子は、次式で表すことができる。

I = bn+c

ここで Iはノイズレベル、nは蓄積フレーム数、bはノイズの増加率、cはカメラが基本的に持つと考えられるノイズである。測定の結果から、b=0.13, c=6.18 が得られた。また、標準偏差Sは同様に、

S = an+d

ここでaは標準偏差の増加率である。測定結果から a=0.0051, d=3.000 が得られた。

標準偏差も蓄積フレーム数に対して直線的に増加していることから、蓄積時に現れるノイズは、基部にはどのフレームにも共通の値(基部,base)があり、その上に、ランダムに発生するノイズが載る、というものであると考えられる(図4)。ただし、ノイズレベルの増加に比べ、個々のピクセルの輝度値の差(3Dグラフで見るでこぼこ)の増加はわずかである。

図4 ノイズ増加のモデル



.蓄積とS/N

前項の結果から、蓄積に伴ってS/Nがどう変化するかについて考える。図5は、1フレーム蓄積のときのS/N1.0である(信号とノイズの大きさが同じである)としたとき、各フレーム蓄積の場合のS/Nがどうなるかを示したものである。



図5 1フレーム蓄積のときを1.0としたときのS/N

S/Nの数値はdB(対数)ではなく、リニアな数値として表されている。



この図は蓄積をおこなうことで、大きくS/Nを改善できることを示している。これは、星雲などの天体撮像に用いて好結果が得られることからも理解できることがらである。また、S/Nは、フレーム数が少ないうちは、フレーム数の増加に伴って急激に改善されていくが、蓄積フレーム数が増えるに従い、その増加の割合も低下してくる。したがって、多くの蓄積をかけることが必ずしも効果的ではなく、必要な範囲で蓄積をかけることが有効であると考えられる。また、蓄積フレーム数を増加させると、継続時間の短い掩蔽現象をとらえることは難しくなる。



5.結論

「ダークフレームの測定」をおこない、フレーム蓄積がS/N改善に有効であることを明らかにすることができた。この結果から、実際の観測においては、次のようにするとよいと考えられる。



(1)減光幅が小さいことが予報されている現象の場合

これは、恒星の方が小惑星より暗い場合である。したがって、ノイズの中から現象を抽出するためには、できるだけS/Nを大きくする必要がある。そのために、フレーム蓄積を活用することはたいへん有効である。Limovieによる測定でCCDノイズの影響を低減するには、バックグラウンドに見られるランダムノイズをできるだけ減らすことが効果的である。そこで、ある程度のフレーム蓄積をかけ、利得(ゲイン)は低めに設定するとよい。ビデオカメラのモニターで見ていて、画面の暗部にランダムに現れる点状のノイズが目立たなくなるまでゲインを下げるようにする。

なお、蓄積をおこなうと時間分解能が低下するとともに、星像が飽和しやすくなり、また、FFTローパスフィルター等によるノイズ低減が難しくなる。飽和(サチレーション)についての情報を得ることは、ビデオテープ等に録画する場合には観測時にそれを判断することはできない。パソコンに直接キャプチャしている場合は、現象前にLimovie3Dグラフで飽和の有無を見ることができる。また、飽和せずに明るく撮影できたビデオを観測地まで持参し、観測前に再生してみて星像の見え方を覚えておくのも有効であると思われる。いずれにせよ、忙しい観測準備の間にどれだけできるかは問題ではあるが。また、時間分解能の面からは、小惑星は明るいだけに比較的大きいと考えられる。したがって、あまり短時間の現象をとらえる必要はない。そこで、星像がはっきり現れてくるまで蓄積を多く設定することが有効であろう。仮に小惑星に衛星などがあったとしても、それは主星とともにAperture領域内にあることから、減光幅は主星の場合と変わりない。したがって、あまり条件のよくないときは、衛星等による現象をとらえるよりも、主星による現象をとらえるために、ある程度の蓄積量にすることが望ましい。FFTローパスフィルターの処理であるが、現象の判別のためには0.6Hzから1.5Hx以上の周波数をカットすることが有効である。この処理を有効に利用するためには、16フレーム程度(交互に増減したとすれば1Hz)までの蓄積とするとよい。(もちろん、星像が淡ければ更に蓄積する必要がある。)

ここで注意しなければならないのは、むやみに大きな蓄積をかけないことである。解析時の設定にわずかな工夫をすることにより、図1の右側の図のように、1フレーム蓄積でも減光を認めることができる。井田氏の観測の場合、監物氏の観測からの比較から考えて、4フレーム蓄積でも充分なS/Nが得られたと考えられる。また、減光時間は5秒であるから、仮に64フレーム以上の蓄積を行ったとしたら、逆にシンチレーションの影響からの区別はしにくくなるであろう。



(2)減光幅が大きいと予報されている現象の場合

この場合には、現象をとらえられればよいので、必要なだけ蓄積してよい。ただし、その分、時間分解能は低下する。