2002年9月1日
Staufenを訪ねる。
Teil 1
― ゲーテインスティテュートの痕跡 ―
約7年程前。大学4年の後期、ゼミの先生がドイツへ留学されゼミがなかった。そこで一応卒業単位を満たしていた私は、将来必要となることの分かっていたドイツ語を身につけるため、10月から4ヶ月間ドイツのゲーテインスティテュートに通うことにした。折角なので前にいたフライブルクのそばがいい。でもフライブルクはきっと日本人が多いだろうし、日本人がいると、ドイツ語の話せない私はきっと日本語ばかり話すだろうから、とシュタウフェンを選んだ。でも日本人はたくさんいた。
ゲーテの入っていた建物  ここで授業を受けていました。左側の建物ではありません。中央の入り口から入り右手奥の方に確か教室がありました。
 実はここ、今は「教会」なんです。写真を撮っていたらおばさんがやってきたので、「今ここは何になっているの?」と尋ねると「教会だよ」とにっこり笑って答え、「一緒においで」と誘います。さすがに入りませんでしたが、外から見ると入り口を入って左手を祭壇にしてあるようでした。なんかちょっと驚きですよね。教会です教会。
教会の看板  分かるかなぁ。Christengemeinde Staufenと黄色い矢印の上に書かれています。この看板は上の写真の真ん中に写っている青い看板を撮ったものです。この教会も独自のウェブサイトを持っています。それによれば、プロテスタント系の自由教会(Freikirche)だそうです。住所にはちゃんと前のゲーテインスティテュートがあったところと明示されていました。
 さて、教室のあったところは教会になっていました。では、学生寮はどうなったのでしょうか。まずは古い方の寮から。
 なんとホテルになっていました。って、これは行く前から聞いて知っていたのですが……。その名も「ホテル・ガルニ ゲーテ」です。知ってか知らずか。知っているんでしょうね。
ホテルゲーテの看板
 そのホテルの入り口です。上の看板のところから右手奥に入っていくとあります。以前よりは明るくなった感じがします。学生寮だった頃は随分と薄暗かったイメージがあります。まあ、あれでは商売になりませんが。
 グーグルで[hotel garni goethe]で検索するとありました、ウェブサイトが。ゲーテの詩なんかが書いてあります。リンクは張りませんが、興味があればどうぞ。上のキーワードに[staufen]を加えるといいでしょう。
ホテルの入り口
新しい方の寮だった建物の入り口付近  さて、新しい方の寮だったところはといいますと、どうも集合住宅のようになっておりました。少々改良もされ少し雰囲気が変わっておりました。見た感じはなにやら保養地の長期滞在型ホテルのようでもありますが、そうではないようです。この写真は写し方が少々悪いのですが、左側の建物がそれです。右側は関係ありません。確か農業用具が仕舞ってある倉庫だったと思います。
 写真を撮っている私の後ろ側はSchlachthausです。以前辞書を調べてびっくりしました。畜殺場です。一度だけ肉がぶら下がっているのを見たことがあります。幸いなことに音や臭いが気になったことはありませんでした。
P9010027.jpg  空からの図。中央に見える黄色い壁の建物二つがかつての寮で、私は左側の建物の一階と二階にそれぞれ2ヶ月ずつ住んでいました。一階部分にあった二つの建物を結ぶ廊下が無くなっていました。 

「潤の旅」のメインへ Teil 2.へ