真言宗豊山派


法座テキストW

2017年01月20日
 人は死なない(本初不生)

 平成25年2月10日。この日は陰暦の正月であったが、早朝、再び、あの、不思議な氷の聖体出現があった。今度は、これまで
のツクバイではなく、妹の墓の水鉢の中からであった。
 
 妹は、ほとんどの生涯を病弱な母の世話とこの寺の世話に明け暮れていたのだが費やしていた。縁があって、結婚し、一子を
授かり、幸せな生活を送っていた。
だが、癌を患って、最愛の家族を残し、四九歳で他界してしまった。
 我々は兄と妹のふたり兄妹であったが、母が病弱であったため、妹はむしろ姉のように、小生の面倒を見てくれていたのである。
妹は本来は世話好きな人間であった。しかし、幼い頃から、この兄妹は、母が病弱であり、寺という暗い環境にいることで、周囲
からは、かなり露骨に忌み嫌われることもあり、内に篭りがちであった。他人に恐怖があった。とり、無理もない、家の中では、四六
時中、母親の苦悩の声が響いていたし、陰鬱でゴミだらけの汚い家で暮らしていた。それでも、この二人はとても仲良しで、いつ
も、嫌なことは忘れて、笑いおどける明るく二人で、よく話に興じ、楽しむ天真爛漫なものであった。
 その妹が他界する際ではあったが、まだ元気なうちから、今から思えば、妹の死を暗示するかのような不思議な現象が私に周り
に頻繁に起こっていたのである。思い当たることはたくさんあるが、例えば、遠く離れている妹の病気の症状(その時、妹は心配か
けたくないと兄に隠していたのだが)が、当の兄である私に不明の痛み起きていて、妹の病と同じような症状が起きていたのである。
あるいは、いかにも妹に伝えなければならないかのようにチベットの死者の書など、死後の世界に関する資料が、望みもしないの
に、私の周りに集中的に、人によって持ち込まれていた。あるいは、突然、妹にそっくりな仏像などがこの寺に持ち込まれたりして、こ
れが不思議にも妹の病気の治癒過程とピッタリとリンクしていた。なにしろ、そういうときは妹から知らせが入るので、リンクしていると
感じざるを得なかった。はたまた、妹の療養のために良いかもしれないという空き家が突然寄付されたりと、なかでも、最も驚いたこと
は、実は、この寺で今から100年以上も前の住職の奥さんの長い間忘れ去られていたお墓が偶然見つかったのだが、そのボロボ
ロに崩れた、誰ともわからぬ墓石にかろうじて文字が残っていて、そこに夕日があたって命日12月5日の文字が浮かび上がって、
それが、妹が他界する日を暗示していたのである。このように、あの世に関わる不思議なことばかりが起きていた。
12月5日、家族の知らせを受けて、駆けつけて、なんとか妹の臨終には間に合ったが、すでに言葉をかわすことは無理であった。
妹を呼び戻そうとあたり構わず大声で妹を呼びもしたが。無理であった。しばらくして、医師が駆けつけてきて、「ああ兄さんが来てく
れたからかあ」と、なにか一人で納得していたようすだったが、検測機に反応が大きく現れていたらしく、その変化を見た医師これ
はどうしたことかと病室の駆け込んだのだそうだ。
 自宅に戻った妹の遺体を前にし、一晩中、経文をあげていると、如来や菩薩のような光明が隣在しているように感じて、私は人
払いをして、妹のたましいに向かって、ブッダの親説を唱え続けた(内なる言葉で)。すると、木から枯れた葉がポトリと落ちるかのよ
うに、妹の遺体に明らかな変化が生じて、肉体は完全に物質化(生気のないものと化)した。魂と肉体を繋ぐ糸のようなものが切れ
てが切れて、魂が完全に肉体から離脱した感じた。このような実感は、死者供養に従事する私には極めて重要な出来事であっ
た。しかし、これも妹ならではのことであったのだろう。
 翌日、急いで田舎に戻り、法衣等葬儀に必要な支度をして、再び、妹の家に向かうときであった。いつもの田舎の駅のホーム
で、ぼんやりと、上り電車を待っていると、不思議な感覚があった。明らかに私ではないものが、私の目を通して田舎の景色を懐か
しんでいるのであった。誰かが、この私の体を通して、この景色を今見ている風であった。それは妹であることが、すぐに理解できた
が、妹の自己感覚と私の自己感覚は「自己感覚(わたし)」という点で一緒ではあったが、全く異なった、従来の私にはない自己
感覚で、ものを見ているのであった。
 あれから10年。妹は今でも、この寺の何処かにいて私の手伝いをしてくれてい気配を感ずる。しかし、正直言って、死ぬのが早す
ぎて、私の心には「なんでさっさと死んでしまったのか!」怒りのようなもの、悔しさのようなものが残るのであった。嗚呼、妹の魂があの
世でちゃんと生きているなら、この世の私に証拠を示してほしいと、あらぬことを、あの大光山正徳寺本尊阿弥陀如来に密かに祈
っていた自分があった。すると、どうだろう。そう願った翌日!2月10日、この日は陰暦の正月であったが、なんと!その日の早朝、
再び、あの、不思議な「氷の聖体出現」が起きたのである。しかも、今度は、これまでのツクバイではなく、まさしく、妹の墓の石の水
鉢であった。自然現象なら他にも出ているはずだと、この寺の墓地とほかの2ケ寺の墓地をくまなく、何度も見まわった。だが、そうい
うものは他には皆無であった。氷が上に伸びてきているものはどこにもなかった。
 もはや、これは、あの世に私はちゃんと生きているよと言わんばかりに、妹が必死に如来様のお力をお借りして、けなげにも「人は
死なない」ということを兄に証明してあげようと現してくれたとしか思いようがなかった。しかも、この聖体出現は、妹という個我の領域
をはるかに超えて、如来様からのメッセージでもあった。
 というのも、この聖像は不死鳥がまさに今飛び立とうとしている姿なのである。しかも、回転する聖十字から飛び立とうとしている。
その飛び立つ方角は、ここから見ると北西の方角、地球儀で見ると、カナダとアラスカの上空を指し示している。一体、これはどの
ようなメッセージが込められているのか不思議でならなかった。また巨大地震が起きるのだろうか。
 いつにもまして聖なる本不生の祈りを意識せざるを得なかった。
  そんな矢先、2月16日。ロシアウラル地方に隕石が落下し、衝撃波とともに大きな被害を及ぼした。科学者によると、隕石はカナ
ダとアラスカの上空から大気圏に突入、その角度によって、消滅せずウラル地方まで落ちていったという。その隕石が落ちる姿を
暗示しているか?
 それにしても、巨大地震・巨大隕石の衝突、まさに天変地異が起こるさなかそれを少しでもかわそうと、あるいはあらゆる生命や霊
界の魂たちが、見えざる神々や如来たちとともに必死に擁護し、復興を支えてくれていることをこの氷の聖像は示しているのかもし
れない。震災で亡くなられた方々を含め、あの世に旅立たれたすべての方々の冥福を祈る。


                               
                              





                             
                              萬歳楽山人 龍雲好久

2008年03月05日
不可思議!不可思議!まさに不可思議なり・・・・

滅の意識(不生の仏心)アルナーチャラ

 2月9日と2月22日の早朝、この寺で摩訶不思議なことが起こった。
突然、、境内の庭先の蹲踞(つくばい)の中から、氷の仏像が出現したのである。
その朝は、いずれも、かなり冷え込んではいたが、つららなどはどこにもなく、蹲踞といっても、単に庭石のように置いていたもので、
雨水がたまっているだけで、近くに水が滴り落ちるようなものは全く見あたらない。それは、溜まり水が単に凍っているだけのもののは
ずであった。
 その凍てついた蹲踞の小さな氷の湖面にすっくと、まるで観世音菩薩そのものが立っているのである。頭巾も法衣も着用してい
て、しかもお顔の目鼻口まである。驚きである。
 はじめ、誰かのいたずらかと思ったが、それにしても、あまりにもリアルな仏像の造形(如来や菩薩そのもののお姿)は、単なるいた
ずらでできるものではない。かといって自然にできたとなると、なおさら考えられないもので、まさに、不可思議!不可思議!という他
はない。 
 この日は、ちょうど、96才で亡くなった檀家のおばあさんのお葬式の日で、早朝、火葬場から戻った折りに、たまたま、この氷ででき
た蹲踞の仏像に気づいた。
 亡くなったおばあさんは信仰心に厚く、いつも寺にお参りに来ては、寺の者やお参りに来る人たちに優しい心配りをする方であっ
た。そのことが関係しているのだろうか?
実は、この日、このおばあさんの葬儀が全て終わった時間に、この仏像はゆっくりと溶けだして、蹲踞の湖面に静かに戻って消えた
のである。
 そういえば、寺では、仏縁を大切にしている人が亡くなると、よく、不思議な奇瑞が現れることがある。たとえば、本人の臨終の時
刻に寺に挨拶に来たりとか、座禅や法話の集いに同席していたりとか、お墓参りをしていたりとか、寺の松の木が突然、枯れたりと
か、篤信の方が亡くなると、寺に不思議な知らせがあることは、ままある。
 しかし今回のように、誰の目にも明らかな不思議な現象は、全く初めてのことである。
 2月9日に氷の観世音菩薩が出現して以来、奇瑞であることは嬉しかったが、しかし、本当のところはどうなのか、ずっと気になっ
てならなかった。何かの偶然か、それとも、やはり、誰かの人為的ないたずらか、まんじりともせずにいた。ところが、2月22日、早
朝 、やはり、再び、蹲踞に氷の柱ができていたのである!しかも、今度は、氷が水中から上に伸びていく様子を直接、目撃してし
まったのだ。
そう!これは、いたずらでも何でもなく、自然現象として明らかに蹲踞の湖面から氷の柱が育っていったのである。しかも、今度は、
龍のような、白い大蛇のような姿であらわれ、対面に、なんと!なんと!「氷の山」が出現したのだ。そして、この氷の山に、全く釘
付けとなってしまった!というのも、どこかで見たような山の姿をしていたからである、まさか、そんな、ありようはずもない!そう思いなが
ら、なかばドキドキしつつ、心当たりの山の写真はないものかと、急ぎ、部屋に戻り、書庫をくまなく探した。そして、それは、すぐに見
つかった。驚いたことに、なんと!あの聖なる山と全く同じ姿ではないか!まさに、インドの聖者ラーマナ・マハルシが生涯こよなく敬
愛し、崇めつつ、住んでいた、あの聖なる山「アルナーチャラ」そのものであった。私は、しばらく、呆然とし、心がうち震えるのを禁じ
得なかった。
  ラーマナ・マハルシこそ、不二一元論を説き、不生の仏心を指し示している、20世紀最高の正覚者である。彼は、17才で、死と
の葛藤を超え、精神の至高の座に再生し、不滅の意識を悟得して以来、生涯ずっと解脱の状態にとどまり、正法を示し続けた。
この希有なる覚者であるシュリ・ラマナ・マハルシは、聖なる山アルナーチャラに瞑坐し、一歩も出ることなく、沈黙の霊明なる光輝
を全世界に発し続け、その教えは、平易にして、直裁。覚者中の覚者として、世界に多大なる影響を与え、1950年に涅槃に入っ
た。彼の「不滅の意識」は僧盤珪が示した「不生の仏心」に通ずるものがある。
 折しも、今年の自己凝視のテーマを「不生の仏心」と決めた矢先のことであった。まさに不可思議な現象であった。興味深いこ
とに、これらは、新月の明け方、満月の明け方に起きている。が、さらに、2月30日の下弦の月の早朝、今度は、なんと!この蹲
踞の小世界に、氷の「萬歳楽山」までもが出現してしまったのである。
 全ては不滅の意識(不生の仏心)の中で通じ、生起している。
 われをして不生の仏心たらしめたまえ!われをして不生の仏心たらしめたまえ!
 終わりに、ラーマナ・マハルシ自身のアルナーチャラ山賛歌を紹介しよう。
 アルナチャラの丘の上を 小さな鹿や熊や 豚たちが歩きまわる
  大きな像も歩きまわるが 全ては平和である
 ここには主アルナチャラがアンナマライの御名によって
 浄められた 至高の知識として在り
 やってくるものたちの 無知をぬぐい去る
 主の恵みに漏れるものは誰もいない

 聖なる秘蹟出現!第一回目
 平成20年2月9日(土)新月の早朝 
  突然、つくばいの中に氷の観世音菩薩が出現する!
 あとで理解したのだが、この仏像は阿弥陀如来・聖観世音菩薩・辯才天女・倶利伽羅剣を統合した
 何と!如来の化身:シュリー・ラーマナ・マハルシの法身であったのか!!
                


聖なる秘蹟出現!第二回目
 平成20年2月22日(金)満月の早朝 
  今度は、つくばいの中に
   インドの聖なる山アルーナーチャラ(シバ神)と
        それを指し示すが大白蛇龍神が出現!!
  

  


    氷のアルナーチャラ               インドの聖なる山 アルナーチャラ         
 聖なる秘蹟出現!第三回目
 平成20年2月30日(金)下弦月の早朝 
  今度は、つくばいの中に
      半田山・半田沼などを携えた
            聖なる山:萬歳楽山出現!! 
 まるで萬歳楽山一帯を人工衛星から写したようではないか!
 

 人工衛星から見た萬歳楽山一帯                   

2008年04月04日
4月1日真言宗豊山派福島県第一号宗務支所主催宗祖弘法大師御影供並びに法圓寺石室大師開眼法要厳修さる

法圓寺住職謝辞
 
  本日はご多忙の中、当山法圓寺におきまして、真言宗豊山派福島県第一号宗務支所長八幡龍法僧正を大導師に、また総
本山長谷寺ご重役石井祐澄僧正を脇導師に、また、石井祐聖僧正を会奉行に、支所下各御寺院様方による、支所主催の
御影供を厳修賜りましたこと、誠に有難く、深く感謝申し上げます。さらには、石室大師開眼法要をも賜りましたこと、誠に幸運で、
尊いことと、住職を始め当山寺族檀信徒一同挙げて、深く感謝を申し上げます。誠にありがとうございました。
 また、本日の法要のため、ご尽力賜りました当山役員のみなさま方をはじめ大師講のみなさま方、さらには、並々ならないお力添
えを賜りました檀信徒の皆様方に心から深く感謝を申し上げます。
  ことに、この度、『幻の弘法大師』と噂されておりました江戸後期頃の弘法大師の御尊像を、お大師さまご自身のお告げによっ
て、当山にお迎えし、更には、本堂正面石室を建立し、お納めするに際しましては、当山檀家である丸山石材工業所の丸山氏
に、いろいろと無理難題をお願いしましたが、快く引き受けてくださり、誠心誠意、真心を持って、仕事にあたられ、卓越した裁量を
発揮し、ここに立派な石室を完成してくださいました。このことは、何事にも代え難く、有難いことと、住職・檀信徒一同、ここに深く
感謝申し上げます。
  あの日(平成一八年一二月一日)、護摩の支度をしておりましたとき、突然、雷鳴のように大師のみ声が響きわたり、「これまで汝
を導きしはわれなり。まさに知るべし。汝が陥る蒙昧な古き概念や伝統、価値観、宗教観を打破せよ。さもなければ、ダンマなる新し
い叡智が創出することはありえない。人間の紡ぎ出す種々の硬直化した宗教をいくら寄せ集めたところで、それが、曼荼羅ではな
いように、汝自身を知ることなく、不生の仏心で全的統合を果たすことなく、ダンマ自身を顕わにすることなく、いかに宗教を論じよう
とも、それこそ迷妄の上塗りでしかない。わが願いは一つ。汝等ひとりびとりが不生の仏心に目覚め、ダンマ顕現するものとなること
である。かつて、われが指し示そうとしたるは、ことさらに新しい宗教を打ち立てる教判ではなく、ダンマ探求の教判であったのだ。そ
れ故、われは常にダンマそのものとなって入定し、いつも汝らと共にあるものである。そは汝自身の不生の仏心の中にわれは住む。
汝自身であり、われは、汝が不生の仏心中に住んで、ダンマそのものとなりて、汝等を導かん。汝はわが入定の深意を汲み取り、
人々と共に、不生の仏心にて、ダンマ探求にいそしめ」と仰せになられた。
 もちろん、この声がお大師さまの本当の声かどうかは不明です。しかし、一人でも多くの方に、このお大師さまの御声である「不生
の仏心」をお聞き届けいただけますよう、請願を込めまして、この度、この「幻の弘法大師」を法眼圓明密寺(法圓寺)本堂の正面
にご安置させていただくことができました。ひとえにみなさまのお力添えのたまものと心から深く感謝申し上げまます。ありがとうございま
した。
 大師の内示を頂戴し、大師とともに不生の仏心で、このあくたもくたの人生にあっても、なお、ダンマ探求にいそむ私どもでありた
いと願います。ありがとうございました。                                                   合

    平成二〇年四月一日            
                                                             朝日山・萬歳楽院・法
圓寺  
                                                                 住職 佐
藤好久

2008年05月31日
霊峰萬歳楽山 山頂 不生禅 平成20年5月25日 (日)に第一回不生禪実践
重要なる啓示

   霊峰萬歳楽山 山頂 不生禅 平成20年5月25日 (日)
                           佛心宗 朝日山 萬歳楽院 法眼圓明密寺
                                                萬歳楽山人    龍雲好久記
  このたび、萬歳楽山山頂不生禪実践のご案内を申し上げましたところ、50名の参加申込がございました。ただ、当日早朝まで
雨天が続き、「雨天の場合は中止します」というご案内でしたので、当日中止と思って参加されないか他も多数おられました。
「雨天でも萬歳楽山に登りたい」という方がおられましたので、お問い合わせいただいた方には、一応中止になりますが、雨でも行
かれる方がおられますので「萬歳楽山には登ります」とお伝えいたしました。
 実際には、雨はすっかり上がってしまいまして、雨にじゃまされることなく、予定通り、山頂不生禪を実践することができました。
参加された方は30名でした。国見町の町長さんをはじめ、萬歳楽山山の会の方達が、これまで何度も山には入り、一般の方が安
全に入山できるよう、わざわざ道を切り開いてくださっておりましたので、十五年前の道無き道を入山したときよりも、かなり楽に山には
いることができました。しかも、山頂には二カ所見晴台が用意されておりまして、雲海にたなびく遠望は圧巻でございまして、参加さ
れた方は深く感動されておりました。
 さて、このたび萬歳楽山不生禪を実践しようと思い至りましたのは、下記に述べます『重要なる啓示』を得たからに他なりません。
これから、機会ある毎に萬歳楽山不生禪を実践して参りたいと思いますので、参加されたい方は
法圓寺佐藤好久(024-582-2959)までお問い合わせ下さい。
 以下、このたびの『重要なる啓示』をご紹介いたします。


 『重要なる啓示』
 法圓寺で自然に出現した南インドの聖なる山「アルナチャラ山」と日本の聖なる山「萬歳楽山」と「如来」(氷の造形)


 平成20年3月1日早朝に、法圓寺境内の一連の氷による奇瑞によって、霊峰萬歳楽山はラーマナマハルシの霊峰アル
ナーチャラ山と繋がっていることが啓示された。
 霊峰アルナーチャラ山は南インド、タミル・ナドゥ州にある山の名前。ヒンドゥー教の神であるシヴァ(破壊と創造の神)そのも
のといわれ、昔から聖地として巡礼の対象となっている。チェンナイ(マドラス)から南西約200kmのところにある町、ティルヴァ
ンナーマライにある。霊峰アルーナーチャラ山はインドのシバ神の本体とされ、ラマナマハルシがビシュヌ神とともに、法眼圓
明なる不生の仏心(真我)の光輝を放ち続けている山である。
 霊峰萬歳楽山はこの霊峰アルナーチャラ山と霊的にリンクしていることを氷によるインドのナーガという神体すなわち蛇神
(これは龍神でもありシバ神でもある)の出現によって示された。そもそも、龍(ナーガ)は天地を貫くエネルギーを示すもので、
萬歳楽山に入山するに際し、最初に出現してきたものでもある。それは、この山の伝説上でも大白蛇、九頭龍のビジョンとし
て密かに伝えられてきたものである。これが、現在もこの山を擁護していることがわかった。さらに、驚くべきことは、今回の氷
の聖なる秘蹟によって、龍神の本体はインドのシバ神であることが啓示されたのである。このことが解かれるのは世界で始めて
であるかもしれない。
 ということは、この龍は、萬歳楽山がやはり惑星地球の太古からのエネルギーの本質にかかわるものであることを表すもの
ということになる。龍の持つ本質は上記のシバ神の破壊と創造のエネルギーを示すが、そのほかにそのエネルギーの本質で
ある不滅性を示している。 この不滅性の本質は、奇しくも、南インドのナガールジュナ(真言宗の第八祖である龍樹菩薩)が
示した「空」をあらわすものである。
 この啓示によって、今回、萬歳楽山に登嶺するに際し、この霊山の神秘なる啓示、すなわち「圓明なる月」「天かける鷹」
「自由なる意識「空」」を体得する「不生禅」を実践することをおいて他にないことが判明し、今回から、萬歳楽山山頂にお
ける不生禅をスタートさせることを決意した。法圓寺の名前が、そもそも、「本初不生の佛心宗法眼圓明密寺」であることは
摩訶不思議というほかない。インドのゴーダマシッタールダ釈迦牟尼佛、ナガールジュナ、弘法大師、僧盤珪、ラーマナマ
ハリシ、クリシュナムルテイ等が示す「不生禅」が、いま、ここに重要であることは言を待たない。
 ところで、萬歳楽山の萬歳楽とは、唐の雅楽の曲名である。その、めでたい名が付けられた由来を示す文献にはお目に
かかったことはないが、霊的に示されている。それは、この山の霊名がマイトレーヤ(弥勒佛)に由来するというのである。太
古の人々はこの山の霊的響きを耳にすることができており、それがマイトレーヤであった。
 萬歳は悠久、久遠、永遠すなわち不生不滅、また、「空」や数学の「ぜろ(0)」を意味する。楽は楽園、天国、平安浄土
すなわち極楽浄土を示している。すなわち、萬歳楽山の由来は「不生なる弥勒浄土」である。
 この山はインドのアルナチャラと同年代の山で、インドのヒマラヤや日本の富士や蔵王や吾妻などの山々より古いもの(地
球意識として)である。
 萬歳楽山は弥勒佛が光(エネルギー)として下生する地球意識を暗示する霊山である。弥勒佛は釈迦滅後56億7千万
年後(三千年後の説もある)に姿をあらわし、多くの人々を救済する佛で、兜率天で説法している。(弘法大師は即身成仏
し、弥勒佛とともに下生し、世界を救済すると弟子等に遺言している)末法(現在)万年の救済佛である。
 弥勒佛は地球上の人類の真の意識の自己変革を促す佛である。ゆえに、地球のマグマを制御する意識と深く関わる。
地球滅亡の危機に瀕するとき、人類の意識の変容をもたらし、新人類を創発せしむる佛である。
 萬歳楽山は弥勒佛の加持身体であるので、地球浄化粛正の強大なるエネルギーを調整している。萬歳楽山に導かれる
ときは、どういう訳か、世界に大地震を含めた天変地異が発生するときである。よって、物見遊山や自己の利得のみにて入
山する者であってはならないし、まして、本初不生の仏心を理解しようともせず、いたづらに、神々の宇宙意識をもてあそぶよ
うなものであってはならない。神の名のもとに偽善に付け替えて、正法を汚すようなことは厳に慎まねばならない。萬歳楽山に
入山する者は、人類の覚醒すなわち法眼圓明なる不生の仏心に生きる活き如来でなければならない。
 萬歳楽山は古来より地震除けや災厄除けの山として信仰されてきたが、実は、地球浄化のエネルギーの天変地異をはじ
め生老病死に苦悩する万生の魂を本初不生へと導く、弥勒佛救済の聖なる霊山である。
 この山を訪れるもの、皆、法眼圓明なる本初不生の仏心を体解して、まさに、ひとりびとりが、いま、ここに活き如来として在
らんことを祈念して、萬歳楽山山頂不生禅を行う

2008年08月27日
萬歳楽山は弥勒佛の不生の浄土であることを忘れてはいけない!!

 去年から今年にかけて「全人類の意識の変容」を起こすべく、萬歳楽山を開く流れが強めてきていたが、入山する毎に国の内
外で大小の地震が頻発するので、これは、「地震予知の無意識が人をして萬歳楽山に導くのか」、それとも、「不用意に萬歳楽
山を開山し、いたずらに山に踏み入ることへの全人類に関わる警告とその責任を問うものであるのか」、ずっと、調べざるを得なか
った。これは、四月に請われて山に入山して以来、ずっと気になることであったのだが、五月、六月、七月、八月と入山する毎
に、その真意は明らかにされつつある。いずれそのことを詳しく明らかにしたい。
 ここでは、その概略を簡単に紹介しておきたい。というのも、これは縁あって萬歳楽山に入山される方達に、是非とも知っておいて
いただきたいと思うからである。ただし、これは、あくまで、私自身のビジョンや見解であるので、何ら絶対的なものではないことをお断
りしておきたい。
 さて、萬歳楽山はご存じのように(少なくともこのホームページを見ている方は何らかの関心があってごらん頂いているのであろうか
らだが)地震除けやヤクヤミの山として知られていた山であること、また、歴史的にはその薬石や薬草、貴重な岩石鉱物の宝の
山であるが故に一部の権力者によって秘匿されてきた山であること、さらには、霊妙不可思議なる大宇宙のエネルギーのコントロ
ールの場であり、地球規模のエネルギーの変換に関わる霊山であることは、これまでに紹介してきたところである。
 ことに、今年の二月に霊峰萬歳楽山は南インドの聖なる丘アルナーチャラ山とは実在界のレベルで同根のものであり、この現象
界で深くリンクされていることが、こともあろうに法圓寺の境内に、突如!「氷の三身一体仏像・アルナーチャラ山・萬歳楽山」が
出現するという物質化現象によって、実在界から啓示された。これも何度も紹介してきた。
 実は、六月と七月と八月とにかけて、さらに重要な啓示を一貫して受け取ってきた。それは全く不思議な現象の中で示されてき
た。
例えば、全山大雨大嵐であるのに全く濡れることもなく『般若理趣経』全段を読むことができたこと。萬歳楽山山頂を歩いている
と、無数の蝶達が集まってきて、戯れながら私の前後を一緒に飛び舞い、まるで道案内するかのように長い列をつくって飛ぶので
あった。彼らにフォーカスすると、何と、死者の霊魂群であった。蝶や陽炎は特に、最近無くなった世界中の新しい霊?であっ
た。さらに山全体に意識をフォーカスしていくと、それは人々ばかりではなく、あらゆる地上の動物植物鉱物の霊魂群であった。し
かも、さらに深くフォーカスしていくとこの山にはあらゆる霊界のレベルの霊魂が寄せられている。よく言われている無間地獄から餓
鬼・畜生・修羅・人・天・天狗界・菩薩界・如来界とあらゆる顕現世界を統括する不二一元、不生によって含み超えられ浸透さ
れている霊山であった。
 ところで、ある方が私が供養する「本初不生の仏心行」の一説「諸々の諸霊」というところが、そういった悪霊や地獄霊を含めこ
の山に呼び込んでいるのではないかと本気で心配されていたが、それは逆で、この山はあらゆる霊的レベル、階層の諸霊が集ま
り、この現象界のわれわれも含め、清浄なる霊性を回復する浄化癒しの霊場であるのである。すなわち、浄土なのである。確かにこ
の山を単に災いを祓い癒しと安楽をもたらす奇跡の山といった面のみ求めれば、その力を阻害するかもしれない邪悪なもの忌み嫌
いがちであるが、しかし、ここでよく調べてみてほしい。その忌み嫌う心の奥には天変地異に対する恐怖、災害への恐怖や人生の
破綻や混乱に対する不安や恐怖、悪魔や動物霊や地獄霊に取り憑かれ振り回されることへの恐怖、超能力が減少することへ
の恐怖心等々があって、これらがこうした自己の狭量性を示しているのではないかということを問題としなければならないのかもしれ
ない。
 もし、萬歳楽山が浄土であるならば、われわれはいかなる理由があって山に入山するにしても、この全地球上生命の浄霊の場で
あることを心して登らねばならないことになる。
 物見遊山ではいることは許されない。なぜなら、浄化作用を妨げるかもしれないからである。いや、萬歳楽山はわれわれがどうゆ
う状態で入山しようと、その霊的地場はいささかも動じることはない。なぜなら、不生の山であるからである。むしろ、誰が入るにしろ
浄化されるプロセスを体験する。ただ、注意しなければならないのは、その浄化のプロセスはかなり強大で、それこそ生死を超えて
為されるため、逆に、この生死の世界に条件付けられている現象界の人間にとっては、場合によっては浄化のプロセスが早まる
ためか、死に直面せざるを得ない場合もある。
 もし、小生にこの山と関わる役目があるとすれば、この浄霊のプロセスを人類にとって穏やかに成就させねばならないことにあるの
だと思われる。それをどうすればよいのか、この八月二〇日萬歳楽山登嶺によって次第に明らかにされてきた。
 この山のあるレベルに大伽藍が建設されているのだ。大門があり、東塔があり、弥勒佛・釈迦佛・阿弥陀仏の金堂が中央にそ
びえ、その後ろに、マハーヴァイローチャナ大日如来の密厳浄土なる根本大塔、さらに西側には西塔があり、萬歳楽山の西奥頂
上には奥の院があり弥勒浄土を守る弘法大師がおられる。さらに、北側宝珠山には薬師如来、北出口には辯才天がおわします
のである。
 これは、本来不生の仏心である全ての生命意識を実在界のレベルに引き上げ、この現象界の全人類の意識の変容をもたらす
霊山であり、それは近いうちに劇的の起こるであろうことを示しているように思われる。
 せめて、このホームページをお読み下さられたご縁の方には、この重要なることをご理解いただいて、霊峰萬歳楽山にお関わりい
ただく、切にお願いするものである。


2009年03月04日
勧請(かんじょう:仏尊をお迎えしお祀りすること)!明日香聖観世音菩薩立像(伝奈良時代の木彫佛)

勧請!明日香聖観世音菩薩立像(伝奈良時代の木彫佛)

 奈良県の今は廃寺となりにし古寺の飛鳥の御代に祀られし南無観世音。
 明治の廃仏毀釈の折り、寺が焼き討ちにあふ。当時の信徒らが命懸けにて仏像を担ぎ出せども、哀れなるかな観世音。御身
と光背は焼け焦げて、見るも無惨な御姿となり給ふ。時は、維新混迷の時代。廃寺となりて、観世音、護る寺も無く放置された
り。
 昭和になりて、このいたましき観世音を蘇らせ奉らんと願ずる者ありて、仏師を拝み、焼けた御身と光背を元のお姿にと復元し奉
る。この尊像のおみ足に彼の仏師が銘あり、仏師会心の作かとぞおぼゆ。台座と御手の蓮の華は焼けずに残りしものなれば、奈
良の御世そのままのものなり。
 さて、この度、華厳宗某老師、奈良東大寺の後輩の某僧に「この聖観音を勧請し拝み奉らん寺あらば探されよ」と依頼され、
偶々、法圓寺に立ち寄りぬ。法圓寺沙門好久、この五尺ばかりの聖観世音菩薩をば一目見るや、我の心中にはなはだ大なる
聖観世音(身の丈20メートルほど)が現れ給ひ、しかもなお、その御足下にてわが母と伯母の並び坐りて「ありがたや、ありがたや」
と拝みたもふ姿見つけたり。おお!げに懐かしき母の慈しみ深き恩愛にもにたりければ、わがこころ、いたく打たれにけり。されば、勧
請し奉らんとおもへども、彼の僧曰わく。「納めるには弐百万円の布施必要なり」と。これを聞きて、とうてい及ばぬことなれば、われ
あきらめて彼の僧に「これほどのありがたき観世音ならば、必ずや迎へ奉りて、供養し奉る御寺のあらん。他に探したもうべし」と告げ
て、早々に帰えしたりけり。
 翌日、一月二十八日、月例護摩の修法せし折り、このいと尊き南無観世音、わが心中に再び現れ出で給ひて、のたまわく。
「われ、正法をもって、汝らを加護せん。案ずることなかれ」と。(さてさて、これはこれ、わが貧乏なるを憂へ、励まし下さる南無観世
音のありがたきことかな。たとひ、御尊像を勧請したてまつること叶わぬものなれども、われのあらん限り、陰にてご供養もうし奉らん)
と誓いたり。
 しかれば、さらなる日の翌二十九日、奇しきことにも、かかる観世音の御心を知りてか、知らざりてか、彼の老師、再び来寺したり
き。彼の僧のいわく「われ、昨日、東大寺ゆかりの彼の僧と話たれば、この観世音を供養し奉る僧は汝をおきて他になしとぞ思ふゆ
へ、御布施はいかよふにとも、汝がみこころにまかせるがゆへ、必ず、観世音を勧請し奉るべし。これはこれ、南無観世音菩薩の
お告げなるべし」と申しはべりけるはいとおかし。
 
 ここに、不思議の法縁賜りて、ありがたき観世音菩薩を請じ奉りき。御名号をば『南無大慈大悲の明日香観世音菩薩』と申しま
する。

はろばろと 明日香(あすか)の里の観世音(かんぜおん) 鑞梅(かほり)ほのかな 陸奥(おく)の古寺(みてら)に 



2009年04月20日
萬歳楽山の石の御坐「要石」と萬歳楽山信仰の真意

萬歳楽山の石の御坐「要石」

霊峰萬歳楽山にある「要石」、これこそが地震を鎮めるため「神々」が萬歳楽山に投げいれた「要石」であった。

  萬歳楽山は弘法大師が開かれた天女が舞う山として知られ、地震避けの山として信仰されてきましたが、山そのものがご神体
であり、入ってはならない山と古老たちが言い伝えてきた山ですから、これまで、山の神の祟りを畏れて、人が入らない山でした。
確かに、この山は人々や人類のカルマを破壊し浄化するシバ神の化身として強大な破壊力を秘めた山です。その力があまりにも
強大すぎるあまり、人々は恐れをなし、神々に祈り、その力の封じ込めを願ったのです(その善し悪しは別として)。ですから、これを
伝え聞いているこの辺りの人はこの山を萬歳楽山と崇め、みだりに人が踏み込まないように申し合わせていたようです。
 ところが、しかし、ここ数十年来の地球規模の大転換が始まり、それに呼応するかのように、先ず人類の個々の意識の変容
をうながすべく、萬歳楽山が再び、始動し始めたようです。はたして、人類のカルマ浄化のために、再び、大規模な転変地
変が起きるのか、それとも、人類の意識が変容することによって、地球そのものが大きく蘇るのか、今予断を許さない所に立
っていると云うことは理解できるのですが、はたして、自然や宇宙がどう反応してくるか、筆者にもわかりません。
 地震など天変地異は決して人類の意識とは無関係でございませんから、当然この山が始動するときは地球意識と深く関わって
のことなのです。おそらく、人々がこの萬歳楽山とどう関わるかによって、大げさになりますが、人類の存続か滅亡かの分かれ
目になるのでしょう
 ところで、「萬歳楽」と「地震」の関わりを示す歴史資料の一つに「安政二年十月二日の大地震の時の錦絵 」が数多く残さ
れております。そこには、大地震の時に「萬歳楽・萬歳楽」と唱えていた様子が克明に描かれております。ホームページで「貴
重書画画像データーベース」を検索しますと閲覧できますから興味のある方はそちらを御覧下さい。
 しかし、なぜ、「地震除け」に「萬歳楽」なのか?です。「萬歳楽」そのものには地震除けと直接関わるものはありません。萬歳楽そ
のものは雅楽であり、「皇帝や天皇の即位を祝するとき鳳凰が飛来し萬歳・萬歳と舞った」ということが「萬歳楽」の起源と考えら
れております。強いて云えば、天下太平・万民豊楽を願ってのこと故だとも云えるかも知れませんが、しかし、それでは、地震避けに
関わる萬歳楽のゆえんとしてはいささか弱いものがあります。実は、この地の「霊山」そのものが「地震除けの山」として知られており、
その山に「萬歳楽山」と冠したことで、地震避けの萬歳楽の起源とみるか、地震避けのこの山が神代の時代から「マンゼロク、マ
ジャラク、マンダラ、マイトレイヤ、ミトラ神」すなわち弥勒のご神体として呪文が残っており、この山を鎮めるために萬歳楽と冠したの
かは不明です。
 江戸時代の錦絵には大鯰が地震を起こす元として描かれていました。

 実は、昨年十二月、筆者が視察研究で訪れた國國學院大學伝統文化リサーチセンター資料館で偶々手にした資料に『神
道祭祀の発展と神祇信仰の多様化』「上方震下り 瓢磐鯰の化物 一名難獣といふ 安政二乙卯十月二日夜興行」と
いう一枚のプリントがあったのです。それは全く予期せずに手にしたものでした。それを読んでみますと次のようなことがかかれてあっ
たのです。
「須弥山の地底に大鯰住り、変化て四足全体をなす、是を難獣とい云、一度首尾を動かす時ハ泰山を抜、蒼海を干し、
宮殿・楼閣・堂塔・伽藍・太宗・庫倉を破損し、体より火ゑんをいだす事いとおびただしく、其阿云声百千の雷も物かハ南
円浮台をくつがへすかとおもハる、世界の人民、是が為に居ところを破られ、財宝をうしなひ、万歳楽万歳楽と怖おそるる
事雷爺仁に勝れり、
(略)
○抑此獣ものハ、神代の暦世豊秋津嶋に幡まりて、時々出て人民をなやめたるを、天下しろしめす皇太神鹿島の神に神
詫ありて、石の御坐(俗に要石)をもて其頭をおさへ動かし給ハば、依て此難獣の患ひなく、ゆるがぬ御代と栄つゝ諸人万歳
楽をとなへたり、
されども諸神の居まさぬをりハ、僅にその身を動かすに、諸人万才楽とねふれハその難をのがるとかや、然るに此変化を待
て、今時十月、八百万の神達出雲に御幸させぬひし閣を窺ひ、地中に動揺して三千六百の町々・家蔵を破損する事大
かたならず、しばしば世界をくつがへすかと思はれし、此事、御留守居蛭子尊四より出雲国へ火急の御告に、皇太神の御
指揮として鹿島の神・宕愛山の次郎坊只一時にお帰国ましまして、この難獣をおさへたる、かんぢん要の礎にせハ、盤石の
如くなるべし、云々」

 ここで、筆者が驚いたのは「萬歳楽」称えるゆえんばかりでなく、「石の御座(俗に要石といふ)」くだりである。これは萬歳楽山に
実際にある石を指している。

 十五年ほど前、この山の霊験に導かれ、萬歳楽山の登嶺する折、無知の小職をして、少しずつ、少しずつ、準備を整えるよう
導いたのも萬歳楽山の眷属たちであった。山頂に至るまで数十回にわたりアクセスしたが、その初めて入山した折、鳥居をかけさ
せ、鶯をしてこちらに来るように導かせ、至らしめられた場所がこの石の御座と云われる石群の所であった。そのご、入山の度に必
ず導かれるのが此の宝珠山と名付けた大岩の所と、山頂の或る松の所であった。
 この大岩のあるところから萬歳楽山を東西に流れる胴体と見れば、ここはちょうど北に首を向けた頭にあたる。はたして、この萬
歳楽山を江戸の錦絵に描かれた大鯰の化物と見ることには少々抵抗があるが、しかし、もしこの神話が不可思議なる物語を暗
示しているとすれば、萬歳楽山の強大なエネルギーのコントロールセンターは、この御坐である石のあるところとなる。
 この辺りの伝承にも「萬歳楽山の八丈岩で休んでいたので、大地震から自分の身を守ることができた。それからというもの、地震
の時は必ず萬歳楽、萬歳楽と称えるようになった」この岩こそ「要石」であることを意味しており、それが此の宝珠山にあたる。
 現在、この岩の辺りは浄化と癒しのエネルギーが充満しており、特に観世音菩薩と薬師如来を岩に勧請させて頂いてお
り、山の会で通称大日岩と名付けられているポイントにあたる。ここは、肝心要の御坐石「要石」であり、みだりに触れてはな
らない神の御坐である神々が天地自然である地球や宇宙をコントロールしているばであるにで、人がここを通るときは十分に
注意しなければならないであろう。
 さてさて、小職にとって、この萬歳楽山は実に世界中の八百万の神々が登場する不可思議なる山であり驚かざるを得ない。そも
そも小職無知であるが故に、まだまだ不明なところばかりであるのだが、山に導かれるままに来ておりつつも、真実を間違うことをも
っとも畏れる。触れてはならないことに触れているのかも知れないとしたら、なおさらのことである。
 

 一見無垢な萬歳楽山にみえるが、
実は目には見えない大伽藍が幾層にも重なって
顕現している。

 萬歳楽山は上記のようにかなり不可思議なる山であることは間違いないが、これまで人の入山を許さないところがあって、
急に山が開かれて入ってみても、人が見て歓ぶような山ではないのである。おそらく、一度入ればたくさんと思える山であろ
う。つまり、架空の話以外は何もない、単にマグマが冷えてできた古い山で、見るべきものは何もないからだ。小職自身はき
わめて凡庸なるものだが、ここが実は世界的な霊峰霊山だと云うことはよほどの霊能者でないと理解が行かない。要するに
外見的には何の取り柄もない平凡な山なのである。ちょっとしたハイキングを楽しむのがせいぜいであり、おしゃべりして終わっ
てしまうかも知れない。小職は凡庸ながら、導かれるままに、萬歳楽山を霊山霊峰として発信し続けているが、それで山を汚
すことはさけたいと心から願っているが、その判断は小職の理解をはるかに超えたところにあるのも確かだ。小職は無能非力
であるので、いくら霊験やビジョンが湧こうとも、それでこの山に大伽藍や大殿堂を築くことは出来ないが、萬歳楽山の宗教
的意味、人類の意識の変容には真剣でなければならないと導かれている。 
ご注意!下記の案内図中、萬歳楽山に現実に存在するものは、「歳楽山」と「山の会」の方々が表示されたものなどや、
「見晴台」と「大もみの木」、「大日如来岩(要石)」および「登山道」など「自然の山林のもの」しかございません。以下の図
中に出てくる「緒堂」や「門」「宗教的名称」等は、実際には存在していません。これらは、法圓寺の龍雲好久が15年ほど
前に萬歳楽山からうけたビジョンにすぎません。ですから、これらの宗教施設は登山なされても現実には存在しません。全て
空想のものです。ただ、架空のものとは言いましても、如来の霊的次元ではこれが明々白々のものとして映し出されたもので
すし、それを裏付ける現象がこの物質界に現れているのも事実ですので、何か深い秘密の啓示が示されていると思いまし
て、与えられたまま記してございます。この不可思議なる世界のことについては登山者さまご自身でお確かめてください。
これは、如来さまよりわれわれの意識変容のために示された山岳修行のプロセスがこの山に厳然と存在していることを萬歳
楽山に関わる方々にご理解いただき、如来の加護が全ての方々にあらわれまするよう祈念してのものでございますので、ぜ
ひ、ご理解いただければ幸いです。そして、この萬歳楽山修行の確信は「本初不生の仏心」に目覚めること、そのために
「自己をあるがままに見つめること」をおいて他にないことを肝に銘じてきたいただければ幸いです。これは、萬歳楽山自身か
ら発せられています。しかし、内的にはカルマの浄化がかなり厳しく、激しい働く山です。シバ神の破壊力そのものですから、
入山者は(特に霊的に敏感な方は)覚悟の上でご入山ご修行下さい。龍雲好久

 四月十七日から十八日にかけて、「萬歳楽山に入山するには、人々は、これから述べることに注意しなければならないの
で、急ぎ木札に銘記して、掲示しておくこと。そうでなければ萬歳楽山の真意を理解するものは少なく、意味のないもことで入
山し、山を荒らすばかりである」という萬歳楽山からの強い働きかけがあって、今回は「要石」ばかりではなく、この山全体の
霊場としてのビジョンをあえて説明せねばならないと考えこの文章を発行している。「萬歳楽山」と「要石」以外は全て萬歳楽
山の広大なビジョンにすぎないのであるが、そのようなビジョンがあることをどこか承知して入山せねばならないという強い響きが
あるのだ。
 では、そのことを順に明らかにしたい。
 先ず入山登嶺する方向は、順(萬歳楽山を時計回り)に回らなければならない。これは山の会が用意した萬歳楽山登山
ルートの通りでよい。東から西に向かい北側を通り戻る順コース。
東側登山ルート入り口から萬歳楽山の麓までは「六根清浄にして汝自心を知る発心修行のルート」。萬歳楽山麓には仁
王門があり、昇竜の門に入る。ここからは「六根清浄・如実知自心の修行のコース」となる。山頂の手前に大門(四天王)
があり、ここから、本格的に「自己凝視による六根清浄の菩提コース」となり、神仏の子として神々あるいは仏の世界大伽
藍の世界に入る。第二展望台の所には「東塔(五重塔)」がある。更に進むと「阿弥陀・釈迦・弥勒の三位一体の本尊世
界が開かれる金堂」があり、その奧に「金胎両部不二の大日如来主尊の五佛曼荼羅根本大塔」がある。
 そこを更に西に進むと大樅木に至る。ここは「西塔(五重塔)」がある。
西塔までは菩提道場であり、ここから先は不生門があり、奥の院に至る。ここは発心・修行・菩提・涅槃と辿ってきた修行の
最後のプロセス涅槃の領域で、生死を超えた不生門、本初不生の仏心が開かれる場である。ここにはこの物質界レベル
ばかりでなく、通称エーテル界・アストラル界・メンタル界・ブッディ界・コザール界、そして不二一元の各段階の諸霊が、本
初不生を覺知する場で、分離断片の全くない遍照金剛の世界である。
 光の世界であるがゆえに護摩壇が置かれ、無碍自在なる世界である。
不生に入るには人は過去の経験世界の条件付けから解放されねばならず、人はある意味で死なねば不生に至ることはな
い。遍照金剛が指し示す世界の先は、阿字本不生の湯殿山・月山・羽黒山・朝日岳の門を開き、更に、遠く南インドのア
ルナチャラの不生門と繋がる。
 この不生門から菩薩道が始まり、北側のルートを下山する。これは降竜門であり、加持世界に生まれ変わる新生の門であ
る。人はこの山で死んで、全く新しく仏として生まれるのである。仏心の器となり、世間に出現する。下化衆生門である。薬師
如来と観世音菩薩が化身した世界であるこの化身の場が上記の「御座・要石」の所であるが、要石の重要性は前述の
通りである。神々がエネルギーをコントロールするセンターである
更に下降し、辯才天の祝福を受け北門の出口に至る。さらに、萬歳楽山の北側林道を戻ると「放生池」にいたり、施餓鬼
供養をする。そして八大竜王が護る場を通り、下化衆生の清水にいたり、再び人類として、今度は不生の仏心のまま活き如
来としてそれぞれの世界に旅立つ。これは全く山岳信仰のパターンが働いているとしか言いようがない。
     これらの真意を体して萬歳楽山と関わって欲しい

2009年12月18日
二月二十八日の下弦の月の早朝、第三回目、今度は、なんと!この蹲踞の小世界に、氷の「萬歳楽山」や近くの「半田山」までもが出現してしまったのである。

二月二十八日の下弦の月の早朝、第三回目、今度は、なんと!この蹲踞の小世界に、氷の「萬歳楽山」までもが出現してしま
ったのである。
 全ては不滅の意識(不生の仏心)の中で通じ、生起していることを如実に示している。
 おお!われをして不生の仏心たらしめたまえ!われをして不生の仏心たらしめたまえ!そわか(スバーハー成就)

 小職、ラマナマハリシのことは全く知らない!たまたま翻訳された本が数冊書棚に置いておくだけであった。ましてアルナチャラ山
のことはもっと知らなかった。
この現象以来、小職の中で次々と重要なことが明らかになるよう導かれている。
追ってそのことをお知らせしていきたいがまずは、今回は、ここに
ラーマナ・マハルシ自身のアルナーチャラ山賛歌を紹介し、さらに、この不可思議なる現象が起こる直前に与えられた『聖なる祈
り』を法圓寺独自のものとしてみなさまに掲げさせていただく。     

アルナチャラの丘の上を 小さな鹿や熊や豚たちが歩きまわる
大きな像も歩きまわるが 全ては平和である
ここには主アルナチャラがアンナマライの御名によって
浄められた 至高の知識として在り
やってくるものたちの 無知をぬぐい去る
主の恵みに漏れるものは誰もいない

(           

  右のお顔は賢者シュリー・ラマナ・マハルシ・シバ神・不動明王
    左のお顔は阿弥陀如来・十一面観世音菩薩の化身・雨宝童子(天照大神)
    後のお顔はミトラ神で
    インドのブラフマン・シバ・ビシュヌ三神像が一体化したもの
    日本の萬歳楽山そのものが大盤石であり、鹿島宮の要石
    まさしく、この萬歳楽山にこそ現代に
    不動明王、十一面観音、天照大神
    その本地仏弥勒仏・釈迦牟尼仏・阿弥陀仏が地湧されることを
    この、田舎の弱小貧寺法圓寺を通して世に知らしむるものとして顕れた。

    この氷の聖像は多宝塔を表し、しかも、三尊一体のミトラ(マイトレーヤ弥勒仏)の湧出であ
     白蛇竜神は春日大明神である八大竜王の難陀竜王を示す。

  インドのアルナチャラ山も日本の萬歳楽山も
  地球の中心より慈悲と愛と叡智のエネルギーを放出し
  人類の意識の変革をうながし続けている
  大盤石金剛寶座であり、そこにミトラ=弥勒佛マイトレーヤー出現する
  まさしく法華経の「見塔品」地湧仏である。
  大和長谷寺の国宝『法華説相図』がこの現代に現実に出現したのだ。
  
  アルナチャラ 
     「ア」存在・真我 
     「ル」意識・個我
     「ナ」至福・真我と個我の合一
     「アルナ」汝それなり
     「アチャラ」不動



  法圓寺における聖なる祈り(本不生観)   
 
一、オーン 空寂なる不生の仏心より 全てに透徹し    
  大宇宙大神霊仏として顕現し給う ダンマの流れ     
  マハハーヴァイローチャナに 自ら帰依し奉る   
   「  まさに 願わくば 弟子某甲をして いま ここに    
  法眼圓明なる 慈悲と愛と叡智の光明に 覚醒し 
  不生の仏心成就しめ給え スバーハー      

一、オーン 空寂なる不生の仏心より 全てに透徹し 
  一切如来諸菩薩光の大天使として顕現し給う   
  ダンマの流れ                 
  マハーヴァイローチャナに 自ら帰依し奉る   
  まさに 願わくば 弟子某甲をして いま ここに
  法眼圓明なる 慈悲と愛と叡智の光明に 覚醒し 
  不生の仏心成就しめ給え スバーハー      

一、オーン 空寂なる不生の仏心より 全てに透徹し 
  諸天善神として顕現し給う ダンマの流れ     
  マハーヴァイローチャナに 自ら帰依し奉る   
  まさに 願わくば 弟子某甲をして いま ここに
  法眼圓明なる 慈悲と愛と叡智の光明に 覚醒  
  不生の仏心成就しめ給え スバーハー      

一、オーン 空寂なる不生の仏心より 全てに透徹し 
  守護指導霊として顕現し給う ダンマの流れ   
  マハーヴァイローチャナに 自ら帰依し奉る   
  まさに 願わくば 弟子某甲をして いま ここに
  法眼圓明なる 慈悲と愛と叡智の光明に 覚醒し 
  不生の仏心成就しめ給え スバーハー      

一、オーン 空寂なる不生の仏心より 全てに透徹し 
  先祖代々不生の仏心を生み付け給うダンマの流れ  
  マハーヴァイローチャナに 自ら帰依し奉る   
  まさに 願わくば 弟子某甲をして いま ここに 不生の仏心成就しめ給え
  法眼圓明なる 慈悲と愛と叡智の光明に 覚醒し 
  不生の仏心成就しめ給え スバーハー      

一、オーン 空寂なる不生の仏心より 全てに透徹し
  天地一切の万生万物として顕現し給うダンマの流れ 平成二十年二月吉祥日
  マハーヴァイローチャナに  自ら帰依し奉る  
  まさに 願わくば 子某甲をして いま ここ
  法眼圓明なる 慈悲と愛と叡智の光明に 覚醒し    
  不生の仏心成就しめ給え スバーハー 龍雲好久 記す

2009年12月18日
聖なる秘蹟出現!第二回目
平成二十年二月二十二日(金)満月の早朝 今度は、つくばいの中にインドの聖なる山アルーナーチャラ(シバ神)とそれを指し示すが大白蛇龍神が出現!!

2月22日、早朝 、やはり、再び、蹲踞に氷の柱ができていたのである!しかも、今度は、氷が水中から上に伸びていくプロセスをを
直接目撃してしまった!。

そう!これは、いたずらでも何でもなく、自然現象として明らかに蹲踞の湖面から氷の柱が育っていったのである。しかも、今度は、
龍のような、白い大蛇のような姿であらわれ、対面に、なんと!なんと!「氷の山」が出現したのだ。そして、この氷の山に、全く釘
付けとなってしまった!というのも、どこかで見たような山の姿をしていたからである、まさか、そんな、ありようはずもない!そう思いなが
ら、なかばドキドキしつつ、心当たりの山の写真はないものかと、急ぎ、部屋に戻り、書庫をくまなく探した。そして、それは、すぐに見
つかった。驚いたことに、なんと!あの聖なる山と全く同じ姿ではないか!まさに、インドの聖者ラーマナ・マハルシが生涯こよなく敬
愛し、崇めつつ、住んでいた、あの聖なる山「アルナーチャラ」そのものであった。私は、しばらく、呆然とし、心がうち震えるのを禁じ
得なかった。
  ラーマナ・マハルシこそ、不二一元論を説き、不生の仏心を指し示している、二十世紀最高の正覚者である。彼は、十七才
で、死との葛藤を超え、精神の至高の座に再生し、不滅の意識を悟得して以来、生涯ずっと解脱の状態にとどまり、正法を示し
続けた。この希有なる覚者であるシュリ・ラマナ・マハルシは、聖なる山アルナーチャラに瞑坐し、一歩も出ることなく、沈黙の霊明
なる光輝を全世界に発し続け、その教は平易にして、直裁。覚者中の覚者として、世界に多大なる影響を与え、昭和二十五年
に涅槃に入った。彼の「不滅の意識」は僧盤珪が示した「不生の仏心」に通ずるものがある。                    
折しも、今年の自己凝視のテーマを「不生の仏心」と決めた矢先のことであった。まさに不可思議な現象であった。興味深いこと
に、これらは、新月の明け方、満月の明け方に起きている。





2009年12月18日
聖なる秘蹟:法圓寺境内に、不可思議!実に、不可思議な現象が!突然、顕れる!
三面のお顔を持つ氷の仏像が湧出!(第一回目)

平成二十年二月九日(土)新月の早朝 
この寺で摩訶不思議なことが起こった。
突然、、境内の庭先の蹲踞(つくばい)の中から、氷の仏像が出現したのである。
その朝は、いずれも、かなり冷え込んではいたが、つららなどはどこにもなく、蹲踞といっても、単に庭石のように置いていたもので、
雨水がたまっているだけで、近くに水が滴り落ちるようなものは全く見あたらない。それは、溜まり水が単に凍っているだけのもののは
ずであった。
 その凍てついた蹲踞の小さな氷の湖面にすっくと、まるで観世音菩薩そのものが立っているのである。頭巾も法衣も着用してい
て、しかもお顔の目鼻口まである。驚きである。
 はじめ、誰かのいたずらかと思ったが、それにしても、あまりにもリアルな仏像の造形(如来や菩薩そのもののお姿)は、単なるいた
ずらでできるものではない。かといって自然にできたとなると、なおさら考えられないもので、まさに、不可思議!不可思議!という他
はない。 
 
 


2010年05月03日
さらに解き示された大慈大悲の深秘



 一、総本山長谷寺と法圓寺と萬歳楽山の不可思議なつながり


   総本山長谷寺御本尊       雨寶童子     難陀竜王 

 平成二十一年四月末、総本山長谷寺で牡丹期の法話をするため、一週間ほど滞在させていただきました。その間ほとんど
雨降りでしたが、深山幽谷、それがまた格別で、長谷のご本尊の御許で心静かな日々を過ごさせていただきました。その日も、全
山雨に濡れ、訪れる人々もまばらで、身の丈二十メートルもある長谷の観音様の足下で、雨音を聞きながらゆっくりしておりますと、
ご本尊の脇侍仏にふと目が止まりました。それは『雨寶童子』といわれる美しい御伸像でした。そういえば、これまで、長谷寺にお
邪魔したときは、いつも、あわただしくて、どこに何があるなどとは考えも及びませんでしたが、いまこうして、雨の降りしきる中、しげしげ
とそのお顔を拝見しておりまして、(・・・ん?!どこかでお目にかかっているなあ・・・)と思ったのです。(どこでだったかなあ)とつくづ
く雨寶童子を眺めていて、はたと思いあたりました。(そう!十五年前、萬歳楽山でカモシカに遭遇したとき、鹿のそばに佇んでおら
れた天女のような神、あれはきっと弁財天女に違いないと思ってきたのですが、この雨寶童子のご尊容とまるでそっくりなのです。い
や、これはそっくりというより、まるで雨寶童子そのものだったとしか言いようのないものでした。うかつなことに、これまで全く気づきませ
んでした。髪を結っているお姿も、麗しいお顔立ちも、透き通るような柔らかなお召し物も、何から何まで間違いないのです。すべて、
ここにおわします雨寶童子のお姿そのものをあの萬歳楽山で見ていたのです。
 雨寶童子は『天照皇大神』として長谷寺では古代から大切にご供養しております。しかも、先日ご紹介申し上げましたように、萬
歳楽山は地震よけの鹿島神宮が運んだ『要石』の場であり、萬歳楽山は『天照皇大神』の「玉座」であるのす。総本山長谷寺の
ご本尊はそれと相応するのです。ということは、あのとき萬歳楽山で小職は「天照皇大神の化身」にお会いしたということになりま
す。幻想と思われるかもしれませんが、、不思議といえば不思議な巡り合わせです。
(では、もう一方の脇侍仏はなんであろう?)という思いがしまして、長谷の観音様のもう一方の脇侍に目をやりますと・・・(おおっ!
なんと、まさに、あのとき出会いました竜王そのものです!)長谷観音の脇侍である竜王は『難陀竜王』といわれ、春日大明神の
化身であり、八大竜王の一人です。長谷寺では、毎日必ずます、天照皇大神と春日大明神の御名をおとなえし供養致します。
奈良の春日社には鹿がたくさんおるのもむべなるかなです。ところで、小職が龍や竜王にお会いしたのは、十五年ほど前に萬歳
楽山に初めて登るときでした。早朝、本堂で修法をしておりますと、いきなり戸をがたぴしさせながら本堂内に入り、内陣の護摩壇と
私の周りをぐるっと取り巻いた龍がおりましたが、実は、あれは萬歳楽山の竜王が小職を調べるために遣わした龍でした。その後、
萬歳楽山に入山する毎に、入山する一行を検閲、厳しく浄霊される竜王に何度か遭遇しておりました。山に入ってわかったことで
すが、八大龍王が萬歳楽山を擁護していたのです。以前はうっかり入山するとその厳しい浄化プロセスのため、いのちに関わる
方も多かったのです。

 最近は、萬歳楽山は開かれつつありまして、特に、萬歳楽山山頂で真言宗の根本経典『般若理趣経』を供養させていただく
ようになりましてから、「人類の意識の変革」を起こすべく開かれた山となりましたので、どなたでも入山でき、山の守護の加持力にあ
やかれるようになりましたが、それは、萬歳楽山の深秘が次第に明らかになりつつあることでも伺えます。まさか、この長谷の竜王が
難陀竜王とは、なんとも不思議な一致でありましょう。前にもご案内申し上げましが、平成二十一年には毎月第二土曜日とお彼
岸のお中日に萬歳楽山に登嶺し、理趣経を供養させていただきました。そしてどんな激しい雨の日でも、不思議なことに、登山
中、あるいは、理趣経を供養するとき、一行は全く雨に濡れずに済んだのです。何度行ってもそうでしたので不思議でした。周辺
はは激しく雨が降りしきっているのに、天に傘でもさしたかのように濡れなかったのです。八大竜王の御業でした。しかし、実は、十一
月の今年最後の登嶺までは、このような現象が、この竜王の御業だとは思っていなかったのです。ところが、この日は前日から
雨、そしてこの日に限って、いつもとは違い登山中もシートを張ってお経を供養するときも、私ばかりがずぶぬれになるのです。
(どうしてか)といぶかしく思っておりますと、出て参りました!出て参りました!かの竜王が申されるには「雨に濡れないよう計らうこと
は、天にそれだけ借りを作ることであり、その分、どこかで必ずその借りを返さねばならない。いままで濡れなかった分おまえは今日ここ
で締めくくりに濡れているのだよ」と申されたのです。それで、なるほど、まさに八大竜王の御業であるなと合点がいったのです。

二、長谷寺縁起にまつわる国宝銅板『法華説相図』に描かれているものとは?
 
国宝『銅板法華説相図』        平成二十年二月に突然湧出した「氷の秘仏」    





氷の聖蹟として、インドのアルナチャラ山や三身仏や観世音菩薩、さらには萬歳楽山や龍が湧


 ついこの間のことです。平成二十一年十二月このあわただしい時期に、豊山派の全国の布教師の研修会が護国寺の宗務
所で開催されました。当初、多忙で欠席通知を出しおりました。ところが、どういう訳か、全異なった理由で(龍樹菩薩の研究上、
どうしても必要な書籍を手に入れることができず)やむを得ず、宗派の図書資料室に赴いかねばならなくなりまして、急遽、出かけた
のです。このときちょうどこの研修会の日で、せっかく上京しましたから、参加させていただきました。
 その内容は「総本山長谷寺の縁起について」各界の著名な学者によるパネルデスカッションでした。ここで、また、不思議なこと
に、驚くべきことに気づいたのです。
 長谷寺縁起にまつわる国宝『銅板法華説相図』は白鳳時代のもので、「法華経」の「見宝塔品」の一場面を表したレリ−
フです。これは釈迦如来が霊鷲山で『法華経』について語られたところ、地中から宝塔が現れ、なかから「善い哉、善い哉」と
釈尊の話を讃える多宝如来の声が聞こえ、宝塔が開き、多宝如来が自分の座を半分譲って、釈尊の語ること聞いたという場面
です。この銅板は聖武天皇の寿福を祈り、豊山(初瀬)に納め、これが本長谷寺のはじまりとされております。

 驚くべきことは、この地中から湧出した宝塔を描く長谷寺の『法華説相図』をよく見てみると、それは、法圓寺の境内のつく
ばいに平成二十年二月に突然湧出した「氷の秘仏」と良く相応していることですもちろん、『法華説相図』は地湧出仏の経
典をもとに人為的に表現された銅板です。法圓寺に顕れた『秘仏』は人為的ではなく、自然界の神秘ですから、法圓寺のも
のは、『法華経』に説かれた地湧仏が実際に起こりうることを証明するものです
 長谷寺の国宝『銅板法華説相図』は物語を描いたものですが、法圓寺のものは現実に仏が湧き出したものです。片方は国宝
として今日まで残っておりますが、片方は氷であったためその日のうちに溶けて跡形もなく消えてしまいました。また顕れるかどう
かは誰にもわかりません。
 それは、ともかく、研究者の学説のうちに、この、「法華説相図の見宝塔は弥勒仏下生の三身仏を示すものである」というので
す。これは、小職が氷の秘仏の内容を紐解いてきたことと良く相応します。法圓寺は総本山長谷寺の末寺でありますが、そのよう
な政治的、人為的配慮とはまた異なったところで相応していることには驚きでした。


三、アルナチャラ山・不動明王の宝盤山・萬歳楽山・天照皇大神の玉座要石・長谷寺銅板法華説相図の地湧仏・長
谷寺の十一面観音菩薩のお立ちになる大盤石岩、これらはまさに地中深くから湧き出る『金剛宝坐・大盤石岩』すなわち
『地球』そのもののを意味し、そこに衆生救済のため仏・菩薩・明王・善神など不生不動の如来が末法の世に湧出されたの
だろうか。

 法圓寺に出現したあの不可思議な氷の神秘現象はいったい何を意味しているのか。そのヒントは、これもまた不可思議な如
来の導きによって、少しずつ明らかにされているような気が致します。
 なぜ、変哲もない小さなつくばいの中で、氷の聖蹟として、インドのアルナチャラ山や三身仏や観世音菩薩、さらには萬歳
楽山や龍が湧出したのか。
 それは現代が地球上大きな危機的状況に瀕しているからかもしれないのです。環境破壊や汚染により地球温暖化が今後
どのようなことを招くか認識されつつありながら、相変わらず利害が絡む中でなんの進展もなく時間は刻々と過ぎていきます。エゴの
うごめく人類が滅びかねない天変地異。このまま進めば起こりかねないのかもしれません。このようなときにこそ如来は大きな意識の
変革を促すべく出現されるものなのでしょう。
 では、なぜ、その奇瑞の一端が法圓寺に起きるのかです。それは近くに大きなエネルギーの変容を促す霊山「萬歳楽山」
があり、そして、法圓寺創建以来のテーマ「法限圓明なる不生の仏心」の菩提道場であるからなのでしょう。しかも、総本山
長谷寺の『豊山』のご法縁
 「弥勒下生のときわれも来たりて、弥勒仏と共に衆生を救済する」と遺言された弘法大師のお像が法圓寺に集中して集
まるのも、その一端を証すものかもしれません。弘法大師は釈尊の「阿字本不生」観を他のどの仏教よりも正確に捉え、人々
に「不生の仏心ただ一つで如来として、いまここに生きよ」ととき示されておられるのかもしれませんね。
 
 長くなりました。最後までお読みくださりありがとうございます。本年、平成二十二年度もこの如来の大きなお導きのもと「不生の仏
心ただ一つ」で法圓寺の活動を勧めて参りたく思います。みなさまのお力添えを賜りますようお願い申し上げます。           
   合掌                    ←法圓寺の弘法大師          
    
   萬歳楽山頂の弘法大師                           萬歳楽山                       
 

2010年09月05日
萬歳楽山にはまさしく天照皇大神が降臨されておられるビジョンが示された

 今年の5月萬歳楽山に不生禅と理趣経を供養するため、登ってみると、これまでの登山ルートにいく
つかの新しい道が付けられていて、その中で「八畳岩」・「厳洞岩」に続く道が切り開かれていた。これは、冬に雪の中を萬歳楽
山に登った国見の町長さんたち山の会の人たちが新たに大きな岩をいくつか発見したことによるもので、萬歳楽山の民話や古老
たちが言う八畳岩や厳洞岩であろうと、標示と小道を付けてくださったものだった。
 この日は、修行のルートを変えて、この八畳岩・厳洞岩なるもののコースをたどった。
いくつかの巨大な岩は見つけたが、想像しているような八畳岩という舞台岩はわからないでいると、ひとつの岩に目が止まった!な
んと!その岩に「岩に腰をかけている神様?」のお姿がくっきりと浮かび上がっている!(その後数人連れで三度ほど訪れたが現
れていない)岩肌の模様にしてはその姿はくっきりしていて明らかに岩の色とはまた異なっていた。かと言って人為的に刻み込まれ
たり、描かれたりしたものでもなかった。どんなお姿かというと、古墳時代の太子が着ているような簡素ではあるが純白のゆったりした
服装。髪は真っ黒で両耳の下あたりで髻を云っている。若いようには見えるがヒゲあるようにも見える。岩に腰をかけ、前に杖(杖に
見えたが太刀であったかもしれない)をもち、前方のある方向をじっと見ておられる。内心、このお姿は15年ほど前にもこの萬歳楽
山でカモシカにあったおりそのそばに立つ弁財天(この時にそう思った)のビジョンを見たが、服装や髪型その初々しさはそっくりで、し
かも今回は威厳に満ちていた。
「天照皇大神」あるなという内的確信はあったが、神道のことはよくわからなかったので、内心深く秘めておいて、自坊に戻ってか
ら、天照皇大神を資料等で確認する。ビジョン通りであり、驚くとともに、はじめ弁財天ではないかと思っていたものが天照皇大神
であることの確信を得た。小生、未熟ながらも慈雲尊者飲光の雲伝神道を金田元成・青木融光・栗山明憲・目黒宗光各大阿
闍梨や数度潅頂伝授を受けていて、神道とが無縁でもない。
弘法大師の天照皇大神と大日如来は同体とする、嵯峨天皇直伝の神道である。
 不肖の仏弟子である私が萬歳楽山に関わらざるを得なかったのも、この地方の豪族佐藤一族の末裔のみならずこの雲伝神道
なるものが深く働いていたのかのしれない。
 さて、萬歳楽山と天照皇大神との関わりを紐解く天啓はこれにとどまらない。前にも記したとおり、長谷寺と與喜山の縁起なるも
のが、現実にはこの萬歳楽山においては、ビジョンとして与えられつつある。天照皇大神ともなるとその脇士は春日大明神・八幡
大明神となるが、すべて深い縁である。この三神が一体となって法圓寺の境内の蹲に立ち上がった氷の聖像の正体はこの天照
皇大神でもあるということでもある。 
萬歳楽山の巨石信仰の深さと壮大さを伝える資料が出てくればよいのだが、それを研究したものはこれまでにあるのだろうか。しか
し、「八畳岩」「厳洞岩」など地震避けの民間伝承に残る岩の名前はこういった古い時代の巨石信仰の名残を伝えていると思わ
れる。
「大日岩」は十年ほど前に松浦さんという古老が岩に彫りつけた大日如来と龍であり、最近の名称である。むしろここは大地震を
起こしたオオナマズを抑えるために、皇大神の命を受けた鹿島明神、愛宕権現らが投げ入れた磐座(皇大神の座岩)『要石』と
いう大盤石を象徴し、萬歳楽山そのものが大盤石すなわち天照皇大神の磐座に相当するが、この山には天照皇大神の磐座を
暗示する「八畳岩」・「厳洞岩」が古くからすでに民間に伝承されてきたが、しかし、人々の信仰は、せいぜい、地震よけの呪いぐ
らいの無信仰なものでしかなく。今でもその信仰は全く未熟なものである。
 まして、世界を統べる神が降臨する山だなどとは誰も思っていない。今日まで、少しも霊妙不可思議な山として大切に扱われて
きたということは微塵もないし、その形跡も全くない。だが、あなどるなかれである。この萬歳楽山は、「本不生」により創造と破壊が
司られている世界規模の山であることを、刻々に啓示されてきている。
 この間、NHKハイビジョン放送で春日大社のご神事がはじめてテレビカメラが入って放映されているのを興味深く拝見していた
が、この萬歳楽山はあれ以上で、まさに世界中のあらゆる人類の神官を招集し、今上天皇陛下がその神事・祭事を主催される
べき山であることを知る者はいない。しかし、坊主の戯言なのだが、萬歳楽山はまさに陛下ご自身が司られて御神事が執行される
主祭神天照皇大神下生の山であり、世界平和・万民豊楽・地球安寧のために、神々に導かれて神事が執行されその願が成
就されるときが必ずやあると信じて疑わない。この神事に因る祈祷によってしか、地球の滅亡を救う祈祷は成就しないのかもしれな
い。神社本庁に掛け合っても相手にされない話だろうが。
 ちなみに、萬歳楽山に登られた方は、耳をすましてごらんなさい。萬歳樂の雅楽の調べが聞こえ、安寧を祝福する迦陵頻伽の
舞にまみえるかもしれません。

●下の写真は、八畳岩付近の大岩 この岩に大聖不動明王を勧請させていただいた。本山宗の山伏さんが同行された時のこ
とだった。
萬歳樂山のキーワードは大盤石。これはインドのシバ神・アルナーチャラ山・アチャラノーダ・大聖不動明王のつながりから来てい
る。
初めて、萬歳楽山に不動明王のご身体がかなった。



●下の写真は厳洞岩と標示された岩の近くにあって、実際に天照皇大神のお姿がくっきりと浮き出た岩で、萬歳樂山が天照皇
大神が降りてこられる磐座であることを伝えてぃた岩。一度だけその尊いお姿をはっきりこの岩に示され、見たものは他にいない。

 

2010年12月08日
龍雲通信2


2010年12月08日
龍雲通信1