被 爆 体 験


8.彼女の死体を焼いた 第40回学習会 前編 中編 後編 2004.08.15更新
7.弟が帰ってこない 第30回学習会 前編 中編 後編 2002.07.12更新
6.主人の遺骨も拾えんかった 語り山口のヒロシマ 前編 中編 後編  2001.04.03更新
5.それでも、生きていてよかった 語り山口のヒロシマ 前編 中編 後編 2001.02.12更新
4.償いに骨一本でも拾えたら 語り山口のヒロシマ 前編 中編  後編  2001.01.02更新
3.忘れられてしまわんうちに 語り山口のヒロシマ 前編 中編 後編  2000.09.30更新
2.生き運じゃったと思うほどに 語り山口のヒロシマ  前編   中編  後編 2000.06.08更新
1.ああ、これが、姉さんの遺体だ 語り山口のヒロシマ  前編   中編   後編  2000.04.20更新


語り山口のヒロシマ2 (財団法人 山口県原爆被爆者福祉会館「ゆだ苑」編 1980年9月20日発刊)より抜粋

発刊のことば
  二度と繰り返されてはならない「被爆体験」を、死にゆく者が生きているうちに、少しでも語り残しておきたい。突き詰めればそんな思いに始まった「語り―山口のヒロシマ」づくりが、このたび、第二集の発刊に至りました。これも多くのみなさまの、温かいご理解とご協力、ご支援があったからにほかなりません。
 第一集発刊の際、実は秘かに心配していました。はたして、たくさんの方々に読んでいただけるだろうか、と。しかし、それは、五十路を歩む一被爆者の、取り越し苦労にすぎなかったようです。関東から、九州から、そしてとりわけ山口県内のあちこちから「読んだ」というお便りをいただきました。そのごく一部を、ここに紹介させていただきます。
 「わたしは今でも父のやけどのあとがくさり、ウジがわいていて耳が腐り落ちたのを覚えています。このような戦争の悲劇が絶対くり返されてはならないし、ましてあの時の原爆と比べることの出来ない破壊力をもつ現在の水爆がもし使われたら、地球上から人類はいなくなります。最近どうもぶっそうです。心配でなりません。被爆者救援のため、悲劇をくり返さないため、日夜がんばっていて下さるみなさんに心から感謝します」(山口市、Kさん) 「ともすれば戦禍を忘れがちな今日、 一般の方々は勿論、特に戦争を知らないお若い方々は、是非是非、お一人でも多くお読みいただくご本だと存じます。わたしもこの一冊を少しでも多くお役に立てたいと思っております」(山口市、Sさん) これらのお手紙がどれほど、無償で「語り」づくりに取り組んでいるスタッフの励ましになったことでしょう。
 異論はいろいろおありでしょうが「平和」とは、わたしたちにとって空気のようなものであっていい、とわたしは常々考えています。快く労働に汗を流し、食卓を囲み、家族が肩を寄せ合う日々の、″無意識″の中に、平和な世のありがたさがいつもあることは、かけがえなく大切です。そして、しいたげられる人もおらず、飢える人もおらず、独裁者もおらず……。
 しかし、今日、わたしたちを取り巻く状況は、残念ながら、必ずしもそうではありません。軍靴が重苦しい音を響かせるようなニュースが日を追って増え、核汚染はじわじわと広がり、市民生活の中には、何ものかにいつも脅かされているような、ばく然とした不安がはびこりつつあります。みなが心のどこかで「平和でなければ」という思いを、意識を、つのらせているのが現状ではないでしょうか。
 戦争の終着に、「原爆投下」はありました。ノー・モア・ヒロシマ・ナガサキ、そしてヤマグチ、ビキニの願いは、そのまま反戦、平和の願いでもあるのです。ごくごく平凡な、日常的な暮らしの中から「平和」を考えたい。人間としての被爆者問題を考えていただきたい、と、「ゆだ苑」は思っています。
 平和な社会がいつまでも続き、二度とわたしたち被爆者と同じ体験をする人がいない世の中づくりを目指し、「ゆだ苑」はこれからも微力ながら、懸命の努力を続けるつもりです。 一人でも多くの方が「語り―山口のヒロシマ」を手にしていただければ幸甚です。
一九八〇年九月六日

                  山口県原爆被爆者福祉会館「ゆだ苑」  専務理事 永松初馬(1991年逝去)


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