被害者等による少年審判の傍聴等に関する意見書

2007年12月21日
少年犯罪被害当事者の会

 私たち「少年犯罪被害当事者の会」は、平成9年12月に子どもを殺された親たちで結成し、以来約30家族を中心に、一切の団体や宗教などにとらわれることなく、当事者の立場で少年法改正などを訴えてきました。
 当時、事件に遭遇した私たちは少年法の壁に阻まれ、誰がなぜ、どのようにわが子を殺したのか、最低限のことすら教えてもらえませんでした。子どもを殺された大きな衝撃の中、思いもよらなかったこうした現実は、私たちの疲れた心と体に大きくのしかかりました。真実を知りたいと思っても、「刑事裁判」とはまったく性質の異なる少年審判が行われ、期日はもちろん、内容も一切私たちに知らされず、深い闇の中で終了し、加害少年たちの処遇はすでに決定していました。やり場のない怒り、悲しみ、苦しみ、恨み―。世の中に存在するあらゆる屈辱を受けなければいけない理不尽を味わったのです。
 その後、2000年に少年法の一部改正が実現し、審判の通知制度や記録の閲覧謄写が可能になるなど、被害者の権利が認められました。そして、2004年12月に「犯罪被害者等基本法」2005年12月には、「犯罪被害者等基本計画」が閣議決定され、理不尽に子どもを殺されながら一切の権利がなく、せめて加害者と同等の権利をくださいと必死の思いで訴えてきた私たちとしても、関係各位のご尽力に感謝している次第です。
 しかし、一方で、今も少年による死亡事件は後を絶たず、理不尽な状況を訴える被害当事者の声はさらに増えています。そこで、わが子を少年たちによって殺された体験から、そしてこれ以上、子どもたちを被害者にも加害者にもしたくない、という強い願いから、当事者が共通に抱いている意見を緊急に取りまとめました。

1 被害者等による少年審判の傍聴   
 2000年の少年法改正により被害者等による意見陳述が認められるようになりました。場合によっては審判廷で意見陳述ができるようにもなりました。それは大きな前進ではありますが、実際に少年法改正後に意見陳述ができた人をも含めて、私たちが望んでいるのは意見を言うだけではなく審判全体を傍聴したいということです。
審判廷で加害少年がどのような事を言っているのか、加害者の親、付添人である弁護士がどのよう事を言っているのか、それに対しての裁判官、調査官の対応を殺された子供に変わってきちんと見届けたいのです。それは確かに事件直後の私たちにとって、とてもつらく大変な事です。けれど見届けなければいけないのです。子供が殺されたという現実と向き合い、事件の内容の一つひとつに向き合う事が私たち残された家族がこれから生きていくためのスタートだからです。
 事件直後、少年法のことをあまり知らなかった私たちは、「少年審判」というものは少年法に基づき、「大人の事件と同じように、検察官と弁護士がお互いに弁論を重ね、裁判官がその審判を下すものだ、と思っていました。ところが、民事裁判を起こしてから目にした記録を見て、審判の席でその事件が加害少年の一方的な暴力やリンチであっても、「あれはけんかだ」と述べ、傷ついた被害者を放置したにもかかわらず「自分は介抱した」など事実を偽るだけでなく、被害者の体格や容貌をも事実とは違う証言をしていたのが分かったのです。仮に、被害者遺族が傍聴していたならば、そのような明らかに嘘と思える証言はしなかったと考えられます。
 少年法の目的は少年の健全育成であり、保護・教育の優先をうたっています。よく「少年は未熟で可塑性に富んでいるから」と少年法改正に反対を唱えておられる方は言われますが、それならば尚のこと、自分のおこなってしまったことに対して、嘘をついても一般社会では通用しないという、極めて原則的なルールを周りの大人が教えてあげなければいけないと思うのです。
 加害少年の健全育成のためにまず必要なことは、自分の犯した事件と向き合うことではないでしょうか。その事件と向き合う、ということは言い換えれば、被害者と向き合うことでもあります。なぜなら、その被害者はその加害少年が起こした事件で生まれているからです。絶対に加害少年を被害者から目を背けさせてはいけないと考えます。
 また少年法改正に反対を唱えておられる方の意見に「被害者が傍聴していると加害少年が萎縮し、事実を話しにくくなる」というものがありますが、少年審判の場合、審判廷には加害者の親、付添人である弁護士、そして調査官が加害少年のすぐそばについています。さらに今回、国選付添人制度も新設されると聞いております。これらを鑑みると、加害少年は手厚く守られており、仮に被害者遺族が傍聴していても、遺族はただ聞くだけであり何も発言できないのであるから、萎縮する、とは到底思えません。私たちは遺族の立場として、自分の子らの最後を知りたいわけですし、また加害者本人のためにも、審判という同じ空間に被害者遺族を置くことは、事件を「本当に大変なことを犯してしまった」という認識をさせ、反省させる作用もありうるのでは、と考えております。
 審判の時に正直に自分の犯した事件に向かい合うことができなければ、時間が経てば経つほど向き合うことは難しくなるでしょう。それは自分の起こした事件と本当の意味で向き合おうとしていない事だと思います。虚偽の証言がまかり通ってしまうということは、被害者から逃げられるという事を教えているようなものであり、誤解を恐れずに言えば加害少年自身が「世の中をなめてしまう」ことになると思います。
 実際に私たち被害者遺族はこのようなつらい経験をしております。それは、民事裁判の法廷の場において、加害少年の反省のない態度や被害者への誹謗中傷、判決後の損害賠償金の不払いや和解案の内容をも守らないということです。なぜ、このようなことが起こるのでしょうか?私たち被害者遺族は少年審判でのやり取りが被害者の存在を見えにくくしており、加害少年が「あれ、被害者いないじゃん」と単純に思ってしまうのではないか、と危惧しております。
 それでは少年法の目的である健全な育成になっていないのです。正しい教育とは、義務や責任を教えることであり、そのことがあってからはじめて加害少年の権利を言えるのではないでしょうか。そのことを強制できるチャンスは少年審判での被害者遺族の傍聴であると私たちは強く考えます。
 加害少年の未熟さや、事件直後の被害者の負担や報復感情で審判廷が混乱するなどといった勝手な先入観や偏見で被害者を切り捨てるのはもう止めてください。私たち被害者遺族が少年審判廷に望める機会を奪わないで下さい。被害者のあるべき権利として、被害者遺族の最低限の権利として、少年審判での傍聴を望みます。
 とはいえ、付け加えさせていただきたいのは、審判傍聴の権利は確立されるべきことですが、「傍聴ができるから、公開の裁判にする必要はない」など、そのことを理由に逆送率が下がるようなことはけしてあってはならないと考えます。

2 被害者等による記録の閲覧及び謄写の範囲の拡大
 2000年の少年法の改正により記録の閲覧及び謄写が認められるようになりました。 
 その請求理由の多くが、「損害賠償請求に必要なため」となっていますが、被害者が事実関係をはっきり知りたいというような場合でも認められるよう適用範囲の拡大を望みます。
 もうひとつお願いしたいことは、正確な非行事実を知るための記録の閲覧及び謄写は、審判開始が決定してからではなく、捜査段階の記録からでも可能にしてほしいと思います。なぜなら、少年法改正後に意見陳述をした被害者遺族の多くの声によると、加害者が家庭裁判所に送致されるのと意見陳述をする時期が非常に近接しているため、現状では記録の閲覧前に、被害者遺族が意見陳述をしなければならないことにあります。このことは例えば、道具はあっても材料が与えられていないので料理が作れないことと同じだと思います。
 今の意見陳述では、事件そのものに私たち被害者遺族が意見を述べるすべは無く、ひたすらに遺族の感情論に走ってしまうきらいがあります。当然、文句のひとつも言ってやりたいのは当たり前です。私たちは血の通った人間であり、大切な人を失っているのですから。
 でも、私たちはそのような感情論ではなく、もっと大切なことは、亡くなった子を代弁してあげなければならないということです。親であった以上、亡くなった子の思いや行動などは容易に想像できます。命が亡くなるとき、わが子はどんな思いでいたのか、事件のとき、わが子はどんな行動をすると想定できるのか、被害者本人が言えない思いを、私たち親に与えられた唯一の加害者に対峙できる手段である「意見陳述」にその思い託さなければなりません。その意味でも、出来る限り早い段階で、私たち被害者遺族に記録を閲覧させて頂きたいのです。また、加害少年の非行の原因が、少年の成育歴に影響しているということであるのなら、社会記録を含めて公開が必要であると考えております。                    少年法の改正により、提供される情報は増えましたが、被害者の多くは事件直後の混乱の中にある上、法律や被害者救済の情報やその入手法を知らないため、権利はあっても活用できていないのが実状です。
 被害当事者がより早い段階で、分かりやすい情報提供を受けられるような環境と運用法を望みます。
 
3 被害者等の申出による意見の聴取の対象者の拡大
 被害者等の申出による意見聴取の対象者として、被害者の心身に重大な故障がある場合は、その配偶者、直系の親族または兄弟姉妹を加えるという、この内容に対しても望みます。
 
4 今後も継続して少年法を見直してもらいたい。 
 少年法には、適用年齢、原則逆送、事実認定、親の責任などまだまだ考えて頂きたい問題があります。今後も少年法の運用や少年事件の実状に適した改正を続けて頂きたいと思います。
 

犯罪被害者基本法の基本理念には「犯罪被害者等は個人の尊厳が尊重され、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する」と記されています。私たちのように悲しくも犯罪被害者になった時、加害者が大人、少年、精神障害者など加害者の条件が違っていても被害者が裁判や審判に参加できるようになること、事件の事実を知るということが認められた時に、はじめてその権利が保障されたことになり、悲しみのどん底からでも少しは生きていく力を見出せると思います。
 私たちは、「ただあるべき権利を下さい、せめて人を殺した少年と同じような権利を下さい」と望んでいるのです。