こんばんは、八巻と申します。
7月12日よりこの会に投稿させて頂き感謝致しております。
皆々様からの今までの投稿を見せて頂いておりますが、気になった点がいささか御座います。

そのうちの一つとして「ハムラビ法典」の例えがが随所に使われており、しかも、それが現在の少年法を擁護する側が相手を打ち負かすための論法の一つとして用いられているようであり、残念に思います。

これは「ハムラビ法典」を解釈する上で大きな誤りを抱く事になり、更に間違った少年法の擁護論へと結びつく懸念がありますので、ここで「ハムラビ法典」の真の意味を申し上げますと共に、これ以降に間違った解釈で同法を引き合いに出し、少年法擁護を論じる事が無いようにお願い申し上げます。

先ず、この法典が作られた当時の古代オリエントの社会では、被害者側より復讐とも言える裁きが行われていたのが通例です。
しかも、これらの執行にあっては条文法も不備で、統一性も欠けていたようで、被害者側には不利な状況でした。

この「ハムラビ法典」は新たな為政者の国家統一の手段の一部であり、前例を改めることから作られたものです。
際限のない被害者側からの報復、私刑をこの法律は国家権力により禁止することが主眼でした。また、その楔形文字解読後有名なになった「目には目」ですがこれは「目には目」までと量刑の限度を定めたものなのです。

以前はそれ以上の刑が行われていたわけですが、むしろこの「ハムラビ法典」により、それ以前より刑が軽くなったと言えるでしょう。
ですから、復讐を禁じたのが「ハムラビ法典」なのです。それをなぜ野蛮な復讐のシンボルと考えるのでしょうか。

ところが加害者を擁護する手法として、「ハムラビ法典」と同じだとか、「ハムラビ法典」のようであってはならないとの例に出されており、甚だ見当違いとお見受けします。

「あなたは、悪名高きハムラビ法典と同じ野蛮な人」と、少年犯罪というこの重要な問題について論ずる方を征するために使われているようであり、残念でなりません。