■梅雨の中休み■





梅雨の中休み、じめじめしていたあの嫌な空は雲一つ無い。
「月が綺麗だ。」
野村は団扇を持つ手を休め、綺麗な星空を見上げて呟いた。
こんな夜は忍びの仕事は出来ないだろう。
今頃何処で何をしているのだろうか。
そんな事を思いながら、部屋へ入った。
そろそろ床につこうかと、押入から布団を取り出す。
初夏とはいえ、非常に暑い。
布団の上でしばらくは何も考えずに寝転がっているだけである。
天井を見上げてどれくらい経っただろうか。
「暑いな。」
そう声に出してみると、
「暑いですね。」
返事が返ってきた。
入り口に立つは山田利吉。
シルエットは細くて、抱きしめれば折れてしまいそうで。
「今晩は、野村先生。夜分遅くに申し訳ありません。」
軽く会釈して利吉は入ってきた。
「眠れずにいたところだ。よく来たな、利吉。」
野村は身体を起こした。
利吉はその隣、布団の脇に腰を下ろす。
「起きていると、思いまして。」
少し微笑みを浮かべたその表情に、野村は息を飲む。
頬に手を添えてみれば、しっとりと汗で湿っていた。
「走ってきたのか。」
「はい。」
「暑かろう。冷たい物でも持ってこよう。」
そう言い立ち上がろうとした野村の腕を、利吉は掴んで制した。
はてと思い、利吉の顔に視線を戻すと、少し淋しそうな顔で言った。
「明日早朝には発たなければなりません。」
―――――少しでも貴方のお傍に。
利吉が最後にそう言葉に出したかどうかは分からないが、野村にははっきりと感じ取れる想い。
夜明けまではそう長い時間もない。
「では戸を開けておこうか。」
利吉の手からゆっくりと離れると、野村は戸を開けるために立ち上がった。
「先生、」
利吉が何か言いかけたが、野村はその言葉よりも先に口に出した。
「紫陽花が見えるか?利吉。」
月明かりに照らされ、白とも銀ともとれるとても綺麗な色をした紫陽花が、外に見える。
利吉も立ち上がり、野村の隣に寄り添うように近づいてきた。
手と、手が触れあう。
「汗ばんでます、先生。」
「本当に暑い夜だ。」
「湯を戴きたいです。先生もどうでしょう。汗を流せば爽やかになります。」
利吉は野村の手を緩く掴み、微笑んで歩き出そうとした。
でも野村は動かなかった。
「どうしまして?先生。」
野村は小さく笑った。
「今時分、お父上が入浴されていると思うぞ、利吉。」
「え?」
それを聞いて利吉も小さく笑った。
「では紫陽花を見て、その後にでも。」
利吉はぴょこりと庭へ出た。
紫陽花のそばに立つ、利吉は紫陽花よりも透き通るような青と白。
「綺麗です、先生。」
振り返り、自分に微笑みかけてきた利吉。
野村も庭に下り、利吉の傍へ寄った。
―――――紫陽花が綺麗なうちに、お前に会えて本当によかった。
口には出さなかったが、野村は心の中が洗われるような気持ちと、その気持ちで
押しつぶされそうになりながらも、利吉を後ろから抱きしめた。
「暑いか…」
野村は尋ねた。
利吉は野村の腕に手を添えて「いえ、」とひとつ答えた。






         おしまい

 

あとがき言い訳
おもっきり久しぶりですね、サイトに小説更新なんて…。
突然ノムリの神様が降臨されまして。
丁度今が梅雨の中休みでとても暑かったので、その雰囲気は
表せるだろうかと挑戦です。
いつもながら私のノムリは激甘です。激甘か変態のどちらか。