1:〜土井半助編〜
今日から忍術学園も秋休み。
忍たま達はそれぞれ自宅へ戻って家の手伝いをする。
だからこの休暇ばかりは補習授業もなく、宿題も夏休みほどは多くは出ない。
しかしどこにも例外はある。一年は組の忍たま三人組は授業の遅れを取り戻すべく、
勿論補習授業があったのだ。
その為、他の忍たまよりも3日間余計に学園に居残ることになった…………


「それじゃ土井先生、あの三人組の面倒、よろしくお願いしますよ」
「任せてください…と言いたいところですが、はたして私の力だけでちゃんとあの三人
の面倒をちゃんと見られるかどうか心配ですが…まぁ仕方ないですね…」
門の前で山田伝蔵を送り出しながら、土井半助は溜め息をついた。
本来は山田、土井両先生が補習授業の担当だったが、伝蔵はいい加減家に帰らな
いと妻の怒りが爆発してしまうので、気を使った半助が自分一人だけ残ることにした
のだった。
「山田先生、お気をつけて〜!」
半助は伝蔵にあまり心配を掛けないように、元気よく伝蔵を見送った。
「やれやれ……」
伝蔵の姿が見えなくなると、半助はこれからのことを考えるとしくしく痛む胃を押さえて
職員室へと戻っていった。
しかしそこに待っていたのは、更に胃炎を進行されるような出来事だったのだ……。


「でもこれで山田先生は、奥さんと利吉くんと家族団らんで楽しめるだろうな。利吉くん
は仕事の休みがとれたんだろうか?」
そんなことを思いながら半助は職員室に戻ってきた。
そして戸に手をかける────と
「どいしぇんしぇえ〜!!」
戸を開くなり、舌足らずなしゃべり方で自分の名を呼ばれた。
「?!」
半助は目をまん丸にした。開いた口はふさがらない。
その声の主は満面の笑みを浮かべて無邪気に自分を見つめている。
──どこかであったような……いや、こんな子供は知らないぞ?!
   もしかして…いや、まさかそんなことは……てことは……
意見のまとまらない頭を大きく振って、もう一度子供をみる。
子供はそんな半助を不思議そうに見つめてから、もう一度笑顔でこう言った。
「ぼく、やまだりきちだよ。どいしぇんしぇえの所にあしょびにきたの!」
確かに声は利吉…を子供にしたような声だ。
キツい目、栗色のさらさらの髪。
利吉の幼少時代はこんな感じだっただろう、と思わせるその容貌に、半助は一瞬頭
がくらっとする。
「あ、利吉くん…?見ないうちに随分とまた小さくなったものだねぇ…」
おもいきり引きつった顔で苦笑する半助に、利吉と思われる子供は近づいてきた。
「どしたのしぇんしぇえ〜」
──こ、これは何かの間違い!疲れてるんだ、私、そうに違いない!
「ごめん、きみは幻覚だ!」
半助はそう叫ぶと職員室から飛び出していった。
しかし、職員室から聞こえてきた泣き声は、幻覚にしてはリアルにいつまでも聞こえていた。


冷たい井戸水で顔を洗い、さっきのことを整理すべく、混乱した頭を冷やした。
どうやらここまでは泣き声は届いてないようだ。
「こんなことってありえないぞ!あれはまさしく幻覚、私も働き過ぎだ。たまには休暇の
一日や二日……休ませて欲しいものだ」
あれは幻覚!と自分に言い聞かせて、半助は再び職員室に戻る。
職員室に近づいても、声は聞こえなかった。
またさっきみたいに呼び掛けられたんじゃたまったものじゃない!
半助は再び戸に手をかける…………
「土井先生」
「わぁ!!」
不意に後から呼び掛けられて、半助は驚きのあまり声を上げる。
「何もそんなに驚かなくても……」
見ればそこには山田利吉が立っていた。
身体は半助の一番なじみ深い、18歳の山田利吉だ。
「利吉くん?ホントに利吉くん??」
半助はおもわず利吉の身体を撫でまわした。
「やっ、ちょっとやめてくださいよっ!何やってるんですか土井先生!」
利吉は半助の手を振り払って軽く睨みつけた。
「ご、ごめん利吉くん、あ、あの…いつ来たの?」
「今さっきです。父上はどこですか?」
「君のお父上ならさっき帰ったところだよ」
「そうですか、すれ違いでしたね。それじゃ土井先生、補習授業頑張ってくださいね」
利吉はそれだけ言うとそそくさと帰ってしまった。
半助はガッカリしたようなホッとしたような複雑な気持ちだったが、とにかくこれでさっ
きの出来事は幻覚だと分かったので安心した。
案の定、職員室の中には誰もいなかったし、誰かがいたという形跡すら無かった。
全ては半助が伝蔵を送り出したその時のままだった……。

 

2:〜野村雄三編〜
自分の生徒達は既に皆家路についていた。
学園内に残ってる先生方ももう少ないだろう。
──では、そろそろ帰るとするか……
身仕度を整えて、雄三もこれから帰路につく。
と、その前に補習授業で居残りの哀れな土井先生に挨拶を、と半助のいる部屋へ向
かった。


「?」
雄三はどこからともなく聞こえてくる子供の泣き声が気になった。
その声は半助の部屋に近づくに連れて、大きくなる。
しかしこれはまたきり丸の子守りのバイト手伝いだろう、と深くは考えていなかった。
「全く土井先生も大変……」
そう半助に同情して言いかけたことばは中断された。
職員室に着いた雄三は、泣いているその子供を目にして驚いた。
「これは驚いた、まるで利吉の子供のようだな」
利吉に似たその子供は、床にぺたりと座り込んで大声で泣いていたが、雄三を見ると
びっくりして泣きやんだ。
「随分と利吉に似ているようだが、お前は何という名前だ?」
「うぅ…やまだ…りきち〜」
そう名乗った子供はしゃくり上げながら言った。
「どいしぇんしぇえがね、ぼくを置いて行っちゃったの。うわ〜〜ん!!」
再び泣き出した“やまだりきち”を、雄三は抱きあげた。
「ほら、もう泣くんじゃない、土井先生の所へ連れてってやるからな。それにしても利吉
にそっくりだ。これはもしや……?」
指をくわえて涙を堪えてるその子供を改めて見ると、身体こそ小さくはなっているが、
これはもう山田利吉にしか見えなかった。
「山田先生は一体どういうおつもりだ?いや、山田先生は御存知でないのかも知れな
いな、この場合…」
半信半疑だったが、雄三はこの子供が利吉だと思い始めた。
じつは最近、あるよくない噂を耳にしていたのだった。
それがもし本当だとすると、この子供はあるいは……
「とりあえず土井先生に相談するしかないな」
子供の利吉を抱え、雄三は半助を捜しに歩き出した。

 

3:〜小松田秀作編〜
その頃事務員小松田秀作は事務室の整理をし、部屋をきれいに片づけていた。
秋休みの宿直当番のため、小松田はまだ学園に残らなければならなかった。
「あぁ〜、疲れた、もうみんな帰っちゃったのかなぁ…」
日も暮れかかった空を見上げて、小松田は伸びをした。
ホントは宿直当番は最低でも二人で行う筈だったが、グループを決める際に小松田
は一人のグループになってしまった。
これは勿論他の先生方の企みによったことというのは言うまでもない。
「でも宿直はとりあえず三日間だけだ!がんばろうっと!」
小松田はお茶をもらいに食堂へ向かおうとした。
そしてその時、子供利吉を抱えた野村雄三に出合ったのだ。


「あれ?その子、野村先生のお子さんですか?」
──目が合うなり何を言い出すんだこいつは・・・
「どうしてこれが私の子供に見える!こいつは子供になっているが山田利吉だ」
「そうですかぁ」
雄三はいささかあきれ顔で返した。
しかし小松田はさほど驚いていないようだ。
「何故驚かん、山田利吉だぞ?」
「え、だって利吉さんだって子供時代があったでしょう?」
「?」
──会話するだけ無駄だった……
雄三は諦めて子供利吉を小松田に預けた。
「ちょっと利吉を見ていてくれ。私は土井先生を捜してくる…」
「あ…はい」
小松田は雄三から子供利吉を受けとった。
子供利吉は嬉しそうにもう笑っていた。
「こまちゅだおに〜ちゃん〜」
「ははは、僕のことお兄ちゃんだって!」
小松田も嬉しそうに利吉を抱いて部屋へ戻っていった。
「…小松田くんに預けるのはちょっと心配だが、ま、少しの間だけだからな」
そう言って雄三は半助を捜しにいった。


部屋に戻ってきた小松田は、利吉を下に降ろした。
「ねぇ利吉さん、どうやって小さくなったの?」
「あのねぇ、変なおじしゃんがね、ぼくのことちいしゃくしたの。でね、にんじゅちゅがく
えんのしぇんしぇえをころしぇって言ったの」
「え!?忍術学園の先生を殺すの?!」
「うん」
子供利吉は無邪気に頷いた。
さすがの小松田もこの時ばかりは驚いた。
──学園の先生方を殺す?!
「こりゃ大変だ!すぐに野村先生にしらせなきゃ!と、その前に利吉さん、入門票を書
いてもらってもいいかなぁ?」
この場に他の先生方がいたら小松田はぶっとばされただろう。
小松田は入門票を子供利吉に差し出した。
「お絵かき?」
子供利吉は筆を取ると、すぐにお絵かきを始めた。
「あ、利吉さん上手いなぁ〜、じゃ今度は僕が絵を描くから、何を書いたか当てるんだよ〜」
そして事務室では、小松田と子供利吉のお絵かき大会が繰り広げられていた。

 

4:〜土井・野村編〜
職員室に戻ってきた半助は文机に向かい、テストの採点をしていた。
「また眼の検査並みの点をとって……一体どう教えればいいんだ!」
頭をかかえていたその時、雄三が部屋に入ってきた。
「土井先生、居られますかな?」
「あ、野村先生、どうなさいました?」
雄三は半助の向かいに座り、改まって話し始めた。
「土井先生、気をしっかり持って聞いてください。利吉くんのことですが……」
「あぁ、利吉くんならさっき学園に来ましたが、山田先生が帰ったことを知って追って
帰りましたけど?」
「いえ、その事ではなく…多分土井先生も既に会われたと思いますが、利吉くんの体
のことで……」
半助はその言葉を聞いてぎくりとした。
さっきの記憶が甦る。
すっかり子供になってしまった、利吉くん……
「……土井先生?」
「あ、はい!」
雄三の声で我に返る。
「その御様子じゃもう会われましたね、利吉くんに…」
半助は小さく頷いた。
────あれは夢じゃなかったのか
「利吉くん、一体どうなっちゃったんですか?!何が何だかさっぱり」
今にも泣き出しそうな哀れな土井先生に少し戸惑いながら、雄三は話し始めた。
「じつは最近ある噂を耳にしまして、よもや利吉くんが、と心当たりもなきにしもあらず
というところです」
「ある噂とは?」
半助は身を乗り出して聞いている。
「戦中のある城の兵が子供により大勢抹殺された、という話を聞きましてね。しかし子
供の力だけじゃ大の大人、しかも城の兵を殺せるわけがないと思って聞き流していま
したが、あの利吉くんを見ると何か、元々成人だった人間を何らかの方法で子供にま
で成長を戻し、操っているのではないかと思ったのですが」
「すると利吉くんもその術にかかってしまったと言うことですか?」
「おそらく」
「では利吉くんは何を目的に子供に……?」
その言葉を聞いて、雄三ははっとした。
──利吉を子供にしたのは何らかの目的が?その目的とは……?
「ちょっと見てきます」
「え?どちらへ…」
雄三は立ち上がった。
──もしかすると、もしかする。小松田くんが危ない!


雄三は部屋から出ていった。
半助は今の話を聞いてある疑問が浮かんだ。
──じゃぁなんで子供の利吉くんに会った後、大人の利吉くんが現れたんだ……
しかしこのことを解決するにしても、どのみち利吉くんを元の姿に戻さなければならな
い。
一体どこで、どうやって子供にされたのか、謎は深まるばかり。

 

5:〜小松田&野村編〜
「あ、危ないですよ利吉さん!そんなもので遊んじゃぁ!」
小松田の部屋で子供利吉は戸棚をあさり、手裏剣やら忍び刀やらをおもちゃにしよう
としている。
「それは本物の刀なんだから、触ったら切れるよ〜」
「こうやってね、あしょぶの」
子供利吉は真剣を振り回す。
「やめてよ利吉さぁん!!」
小松田を部屋中追い回す。
さすがの小松田もこれには身の危険を感じる。
──ほ、ホントに学園の先生方を……?!
小松田が逃げ回っている時、ガラッと戸を開けて雄三が部屋に入ってきた。
「あ、野村先生、助けてください!」
助かった、とばかりに雄三の方に方向を変える。
「大変ですよ!利吉さんが学園の先生方を殺すというんです!」
「やはりそうか……」
雄三は忍び刀を持って面白そうに小松田を追いかける子供利吉に、例の噂の確信を
持った。
遊んでいるように見えても、実に巧みに小松田を追いつめている。
──利吉を操った奴の狙いはコレか……
「おい利吉、お腹が空いただろう。お菓子があるから私の部屋へ来なさい」
「え!おかち?!」
その言葉を聞くと子供利吉は刀を放り投げて雄三の方に駆けてきた。
そして両手を広げて『だっこして』のポーズをとっている。
雄三は子供利吉を抱きあげた。
「あぁびっくりした。利吉さんに殺されそうになりましたよ〜」
「いや、いつ殺されるかもわからん。こいつと関わるときは気を付けることだな」
胸をなで下ろしてほっと一息ついている小松田に一言注意をし、雄三は小松田の部
屋をあとにした。

 

6:〜野村&土井編〜
「お菓子」の言葉につられて雄三の部屋にやってきた子供利吉は、渡されたお煎餅を
喜んでかじっていた。
そんな様子を伺いながら、雄三と半助は相談をする。
「さてどうしたものか…たとえ子供の姿だとしても、利吉くんを敵に回すと厄介なことに
なりますなぁ」
雄三は腕を組んで考え込む。
「とりあえず、何処のの差し金かを探らなければなりませんね。山田先生にも相談をし
てみなければ……」
「いや、山田先生にこのことは黙っておきましょう。御子息が急にこんな姿になったとし
たら、さぞかし驚かれることと思います。山田先生のいない間に、何としてでも解決し
てしまいましょう」
「ではまず……」
雄三が立ち上がろうとしたとき、子供利吉がこちらにやってきた。
「ねぇ!こんどはぼくとあちょぼうよぅ!!」
子供利吉は雄三を通り越して、半助の元に歩いてきた。
ニコニコと見つめられ、半助は顔が引きつる。
──これが…利吉くんだなんて……
こんな無邪気な顔して、私たちを殺そうと企んでるとは……
そうでなかったらこんなにかわいいのに──
「さ、さっきはごめんねっ、あ、あのっ、何して遊ぶの?」
半助は子供利吉の頭を撫でながら言った。
「んっとねぇ、あのねぇ、にんじゃごっこ〜!!」
「忍者ごっこ?どうやるの?」
「戦うの!どいしぇんしぇえが悪いにんじゃね!」
──!?
その時雄三が半助に耳打ちをした。
「(土井先生、利吉くんの面倒を頼みます。わたしは雅之助に相談に行ってきますの
で、それまでの間利吉くんから何か聞き出しておいて下さい)」
「(分かりました。どうやら利吉くんは私になついているようです。利吉くんのためにも
早くこの事を解決しないと……)」
「(ではくれぐれも油断しないように……)」
雄三が部屋から出ていこうとすると、子供利吉は手を振りながら言った。
「まさのしゅけおじちゃんのところにいくの?おじちゃんもちゅれてきてね!」
──!?雅之助まで狙っているというのか?
「分かった分かった、しばらく土井先生と遊んでいなさい」
「は〜い!」
半助は子供利吉を抱きあげた。
「さて、お外に行こうね、利吉くん。それでは野村先生、お気をつけて」
そして雄三は雅之助の元に向かった。

 

7:〜土井半助編2〜
子供利吉は、半助が与えた紙と筆で絵を描いていた。
「ねぇ利吉くん、なんで子供になっちゃったか教えてよ」
「あのねぇ、ぼくはお城の中にいたの」
──やはり利吉くんは何者かに……
「その時のこともっとよく話してくれない?」
「うん、でもぼくとあしょんでよ」
「な、何して遊ぶの?」
「忍者ごっこ!」
子供利吉はそう言うと胸元から手裏剣を取り出した。
「え!本物の…危ないよ利吉くん!!」
だが子供利吉は手裏剣を半助に投げつけてくる。
これは遊びではない、子供利吉は本気で自分を──
半助は青くなった。
手裏剣は半助を掠めて壁に刺さった。
「ちょっと待って、りきちく……」
半助がやめさせようと子供利吉の手を押さえようとしたが、その腕の間をするりと抜け
て、再びこちらに手裏剣を向けている。
子供と言えど、やはり利吉。
腕は少しも衰えていない。
強いて言えば子供故に体力は大人ほどは無いという事……
「よし、外へ出ておいかけっこだ!おいで利吉くんっ!」
狭い部屋の中、子供利吉のすばしっこさにはとてもかなわない。
半助は外へ飛び出した。


「かくれんぼ?」
「そう、私が隠れるから利吉くんが探してね」
「うん!」
子供利吉は嬉しそうに頷いて、壁に向かって数を数え始めてた。
──この隙に時間がかせげればいいんが…
半助は子供利吉が見える場所に隠れた。
──とりあえず利吉くんの様子を探るしかない……なにか手がかりが見つかるかもし
れないし……
「きゅぅ〜、じゅぅ〜〜〜!も〜い〜かい!?」
十まで数えた利吉は大きな声で呼び掛ける。
「もうい〜よ〜!」
半助は、なるべく遠くから聞こえてくるような声で応える。
子供利吉は振り返り、あたりをきょろきょろと見回している。
少し経つと、すぐに半助のいる方向へ一直線に向かってきた。
──え!?なんでこっちが分かるんだ?気配は完全に消してるはずなのに……
半助は静かに場所を移動した。
すると半助の行動に合わせるように、子供利吉もその気配を目で追っている。
──こりゃ子供だからって甘く見られないぞ!本気で相手をしなきゃ……

続く