無題(ノムリスキーの更なる発展を祈り)





先に声を掛けてきたのはあの人の方だった。

必要以上に人間と関わりを持とうとしない人から突然話をふられた。
酒の席ではあったけど。

ガラスの奥にある険しい眼は黒く優しく、常に一文字に結ばれた唇はよく動き、陶器
のように堅い表情は柔らかく綻んで、冷たいと思っていた胸は温かく耳に掛かる吐息
は熱かった。
私も元来は必要以上に人に心を開かない質である。
次から次へと舞い込む仕事に追われまたその状況を楽しんでいる私は、人に接するよ
り仕事を相手にしていた方が楽だと、いつの間にかそう思うようになっていた。
社交辞令の会話を交わすだけの付き合い方しかできなくなっていた私の身体に、あの
人はスルリと入り込んできたのだ。
まるで掴み損なったコンニャクが箸から滑り落ちるように。何の抵抗もなく、本当に
ただスルリと。
なのに。


「一体なんなんだ、あの人は!!」


悋気は女の慎むところ――――――――と、ものの本にはあるそうだが男も慎むべき
であるようだ。


山奥の誰も来ない私だけの鍛錬場。今の私はすこぶる機嫌が悪く、的に向かい八つ当
たりをしている最中だった。
ヒトガタをした的にはもう何本もの苦無と手裏剣が刺さってぼろぼろになり、今少し
風が吹いたらぱたりと倒れそうなほどだった。
しかしその周りには、的に当たらず外れた苦無と手裏剣がその三倍の数は落ちてい
た。腕に自信はあるのだが心乱れては当たる物も当たらない。
投げる度にあの野郎とか、馬鹿野郎とか、ちょび髭中年とか好き勝手を叫ぶが一向に
気分は修まらない。
あの人に対する恨みで苛立ち苦無は的に当たらず、的に当たらないことにまた苛立
ち、さらにあの人への恨みが増長されるという悪循環で、私の精神状態は最悪だっ
た。


「たった一度だけって・・・・そんなの有りか!?そんなの・・・。」


 あの人と身体を合わせたのはもう二月も前にたった一度だけだった。それ以後は偶
に顔を会わせて軽く会釈をすることはあっても、一言たりとも言葉を交わすことはな
い。
あれ以来、あの夜以来私はあの人の体温も声も眼差しすら感じることはない。
遊びならそれでいい。身体の欲を静めるのが目的だったのならそれで構わなかった。
でもそれでは済まなくなってしまった。


「私はどうすれば良いんですか!私は・・・私の・・・・・。」


冷たいと思っていた胸と吐息の意外な温かさと、耳元で囁かれた今思い出しても顔か
ら火が出そうな情熱的な言葉。それを鵜呑みにしたわけではないけれど、僅かでも信
じて心を開いてしまった自分が情けない。
一度開いた扉はどうしても閉じることが出来ず、ただ冷たい風が通りすぎるだけ。火
の温もりを覚えてしまった身体が再び寒い風の中で耐えることはどうにも出来そうに
ない。
仕事は手に着かずミスの連続、敵には狙われ雇い主にまで命を狙われ、命辛々逃げ帰
ること数度。集中力の欠落も甚だしい。


「あんたのせいだ、野村雄三!!」


かけ声と共に手裏剣を投げると「カカカッ」と見事命中。的はパタリとその場に倒れ
た。
ザマァミロ。と得意気になり散らばった道具を片づけようと的に近づくと、不意に目
の前の笹藪が大きくざわりと揺れた。

熊か猪か、いや違う。この気配は人間。


すわや敵か。
こんなに近づかれるまで気が付かないとはまったく、あいつのせいだ。野村雄三。


三歩ばかり後ろに飛び退り武器を構えて揺れ動く藪を睨み付け臨戦態勢を取り、登場
する敵に神経を尖らせる。
今まさに笹藪が開き中から藍染めの衣を着た人物が現れた。


その眼。

あの険しく冷たい眼が私を見た。


「利吉。」


あの熱い言葉を吐いた口が私を呼ぶ。



「お前が・・・・忘れられん。困っている。」



あの温かい胸が白く光る。
私の身体にまた火が灯る。




・・・fin・・・

 

有り難う御座いますdorami様!!!
突然メールにてこんな素敵な小説が!!!
奥さん、ノムリですよノムリ!!!怒ってますよ!!
ビックリマークが多いですね〜、スミマセン。
でもホントに嬉しかったんです。
誰かの書かれるノムリを見るのは最高。
自給自足じゃもう物足りないわ〜(涙)。
本当に有り難う御座います、最高でした〜〜!