■忍者最後の日。の段■




「月…か…」
は、木々の隙間から空を見上げた。
月は、忍者にとって大敵である。
「今日でくの一をやめようと思ってたのにな。」
手に握られた一巻きの巻物を見ながら、はひとりごちた。


は、若いながらも優秀なくの一忍者であった。
その身の軽さからどこへでも忍び込め、毎回的確に仕事をこなしていった。
何処やらの城のお抱え忍者ではなく、もう何年もフリーの忍者をしていた。

しかし、は今夜で忍びの世界から足を洗おうと思っている。
先月の仕事中、大切だった人を殺めてしまったのだ。
忍びとして仕方なかった。
殺らねば、自分や自分たちが殺られていた。

「仕方なかったんだ…」

は何度も何度も自分に言い聞かせ、そして忍びである自分を恨んだ。

そして出した結論。

――――もうやめよう。忍びなんて…



は大きく息を吸い込むと、月明かりの差し込んできた木々の間を走り出した。
この巻物を依頼主の城主に届ければ、すべては終わる。
だが、この仕事がこんなに簡単にいくとは思っていなかった。
なぜなら、この巻物を狙っていた忍びはだけでは無かったからだ。
案の定、先ほどから数人の忍びに尾行されている。
間違いなく、ねらいは自分の命とこの巻物。
はそっと胸元から煙玉を取り出した。
「今日で最後なんだ、この仕事が済めば…」
煙玉を後方に向かって投げつける。
煙幕が、草木を包み込んでいった。
「最後の仕事で失敗するわけにはいかない。私のプライドにかけても!」
相手の動揺する気配を感じながら、は更に走り続けた。

そこから大分離れ、川の流れる少し開けた場所にたどり着いた。
「月が…邪魔…」
真っ白に輝く美しい月を憎らしげに見上げ、不意には足を止めた。
「流石。一流の忍者。」
は月を見上げたまま、暗闇に向かってそう口にした。
「貴女も一流でしょう?」
人の気配の全くしない暗闇から、そう返事が返ってきた。
「貴方もコレを狙ってるって事は知ってたけど。全く気配を感じさせずに私を付けてくるなんて。」
視線を、月から暗闇に落として再び言った。
「それを知りながら、なんで戦おうとしなかった?」
暗闇から、やはり声が返ってくる。
「私が戦おうとも戦わずとも、貴方には関係ないわ。でも、私の命とコレを狙ってるなら別の話。」
は腰に携えた忍び刀に手をかけた。
「私も、戦うつもりはありませんでした。しかし…」
相手も、刀に手を伸ばす。
気配で分かった。
「仕方ないわね。お互い忍びの者。仕事はどうあっても成功させなければ。」
月に照らされ、刀は妖しく光る。
「お互いフリーとして、貴方とは何処かで戦うことになるだろうと思ってたわ、山田利吉!」
月明かりの下の暗闇の、見えない人影には呼びかけた。
「噂は伺っておりました。お手合わせ願います、さん。」
は暗闇に向かって飛び込んでいった。
しかし、つい今し方まで月明かりの元にいたの目は暗闇になれてはおらず、相手の動きは目に見えない。
気配と、空気の動きで感じるしかなかった。
もの凄い早さで振り回される利吉の刀を、は紙一重ですべて交わしていった。
も利吉に刀を振り下ろす。
しかし、それはむなしく宙を斬るだけだった。
そんなことの繰り返し。
決着は付かない。
時折、刃物のぶつかり合う金属音と、それに伴う火花が散るだけ。
あとは宙を斬る音、草の上を走り回る音と、虫の音だけが暗闇の中に響いていた。

幾戦交えただろうか。
はふとあの夜のことを思い出した。
自分の大切な…最愛の人をこの手で殺めてしまったこと。
相手も、フリーの忍者だった。
今までに、敵同士にならなかった方が不思議なくらいだったのだ。
は、あの時もらった仕事内容ほど恐ろしいと感じたことは、今までになかった。
仕事内容、フリーの忍者某の暗殺。
「これでも一流の忍者になれるよ…」
最期、相手はに向かってそう言った。
―――これが忍びというものだ。
そんなことは知っていた。
知っているからこそ……。


…さん」
不意に、利吉に名を呼ばれた。
はっと我に返る。
「やめよう、お互いに相手を殺す気が無いんだから。戦っても無意味だよ。」
利吉は言った。
「あの人は…さんには優しすぎた。最期、自らさんの刃に飛び込んでいったんだよ。」
は、はっと息が詰まった。
咄嗟に口を覆うと、手に涙が伝わった。
「今の私には、心理作戦は最良な手段でしょうね。でも渡さないわ、絶対に!」
は利吉を睨みつけた。
利吉は少し寂しそうに視線を落とした。
そして、自らの刀を鞘に収めた。
「私は貴女を殺しはしないし、その巻物も奪わない。忍者にはあるまじき行為だけど、
お互いに仕事を成功させるんだ。」
利吉は近づいてきた。
「近寄らないで!その手にはのらない!」
は叫んだ。
「怖がらないでさん!無理だと分かってるけど、私を信用して!」
利吉はの持つ刀に手を伸ばし、それを静かに受け取った。
「巻物は、中身を写して持っていく。貴女は本物を持って帰ればいい。
お互いの城がこの巻物を手に入れたとしても、狙う城は一つ。そこに描かれてる見取り図にある城だ。」
は驚いたように顔を上げた。
「じゃ、じゃぁ…」
「私たちは、最後は味方同士になる間柄。今もホント敵対することは無いんだ。」
背負ったふろしきに包まれていた巻物を、静かに取り出して紐をほどいてみる。
中身はなるほど、城の見取り図が描かれている。
「そういう…ことか…。でもなんで…」
不思議そうに利吉を見つめるに、利吉は微笑んで答えた。
「貴女を…殺したくなかった。」
「!?」
「今夜でくの一をやめるって、風の便りに聞いたよ。大切な人を殺めてしまう辛さは、
忍びをしてれば誰にでもやってくる事なんだ。辛いだろうけど、そこを乗り切ればまた一つ成長する。」
利吉は優しくに語りかけた。
「なんで、そんなに私に…」
―――そんなに私に優しくするの、利吉さん。
怪訝そうな顔で自分を見つめるに、利吉は笑って言った。
さんのにぶちん!」
「え!?」
利吉は楽しそうにクスクスと笑っている。
「な、何が可笑しいの?!」
「良いんだ、もう。さ、私は巻物を写してから戻るから。」
は慌てて巻物を利吉に手渡した。
巻物を広げ、手早くそれを書き写すと、利吉は改めてを見た。
「忍者を止めるか止めないか、貴女次第だけど、……何か困った事があったら
私でよければいつでも相談にのるよ」
利吉は微笑んだ。
「……」
あれ以来、あの事件以来人を信じなくなっていた。
忍者なんて、所詮道具。
感情なんて必要ない。
自分を押し殺して来たけれど……
「うん…」
そんなことない。
忍者だってちゃんと感情がある。
好きで人が殺せるわけない。
こう…、誰かに救われる事だって……
「じゃ、私は行くからね。またどこかで会おう。」
利吉はそう言い残すと暗闇に消えていった。
「ありがと。」
はその暗闇に向かって呟くと、自分も依頼主の城目指して走り出した。

──もうちょっと…忍びを続けよう。

こんな仕事だからこそ、人というものが理解できる。
苦を知り喜びを知り、成長していくんだな、とは確信した。
「利吉さん、また必ずどこかでお会いしましょう。」
相手にはもう聞こえて無いだろうけれど、は微笑んで呟いた。

       オワリ         

 

 

あとがき言い訳
ドリーム小説第二弾。なんかちょっと悲しいお話になっちゃって
自分でガッカリしてしまいました。もっとこう、利吉とラブラブ〜なのが
やりたかったんですけどね。こりゃリベンジしないと気がおさまんないな。
砂吐くくらいスゴイラブラブ書いてやるぅ。そしてみんなを骨抜きに!!