| 今日もまた例によって、胃の痛みをこらえながらあいつらの採点をしてる。 ため息が出る。 こんなコトやってる間にも、私の心は別の場所にある。 採点に集中できない。 もしかして、この胃の痛みはこのテストの点数によるものではないのでは。 ふと、そんなことが頭をよぎる。 そして、あの青年の笑顔も…。 彼への思いが、片思いににていることに気づいたのは、随分前だった。 私の同僚であり、彼のお父上である山田先生に会いに、彼は何度も学園へ訪れた。 あのおバカ三人組の事件に巻き込まれ、何度か一緒に仕事をしたこともある。 あの子はいつだって冷静沈着で、怖いくらい一人前の忍びだ。 まだ若干18歳なのに。 そして、彼もまた私を慕ってくれている。 遊びに来れば、お茶を飲みながらいろんな話をしたり…。 忍びとして相談に乗ったこともあった。 お父上には言えない相談事など、だ。 何度か会ううちに、彼の考え方や性格、忍びとして、私はどんどん惹かれていった。 内面もそうだったが、その女性のような白い肌、しなやかな体つき、柔らかくて茶色い髪、あの笑顔…。 私は、どんどん彼に惹かれていった。 彼のすべてに惹かれていった。 決定的だったのは、先月のことだ。 私と山田先生が久しぶりにゆっくりとお酒を酌み交わしていた日があった。 そこへ突然彼が現れた。 仕事の帰りに寄ったということだった。 山田先生は彼を招き入れて一緒にお酒を飲んだ。 かなりの量お酒を飲んだ山田先生は、酔いつぶれて早々と横になってしまった。 そして残ったのは私と彼。 静かに二人きりになれたのは、これが初めてだった。 彼は酒に酔い、頬がほんのり染まっていた。 そんな横顔が可愛くて、ずっと見続けていた。 私も酒に酔っていたせいもあったが、酒の勢いと誤魔化して、彼を押し倒した。 彼はなんの抵抗もせずに、私の下敷きになった。 抵抗しないことは、逆に気味が悪く思える。 私は、自分の下にいる彼の顔を眺めた。 彼もまた、私を見つめていた。 その間、ほんの一瞬だっただろう。 その視線に耐えきれなくなり、私は飛び上がり、部屋を飛び出した。 別に、嫌がられたわけでもない。 抵抗もされなかった。 彼はただ、私の目をじっと見つめ、何かを言いたげにしていただけだった。 自分の思いを打ち明けずに彼を奪うことはできない――― 私はそう感じた。 じつは、あれ以来彼には会っていない。 部屋を飛び出した私は、一目散に自分の部屋に戻り、布団をかぶった。 あのとき、別に彼を犯そうと思った訳じゃない。 何をしたかったのかも、自分でもよくわからない。 ただ、隣に彼がいて、楽しそうに話をしてくれて、そんな彼を見てるといてもたってもいられなくなっただけだ。 そりゃ口づけくらいはしたかった。 彼を抱く夢は何度も見ていたし…。 ただ、何故彼が、私に押し倒されても黙っていたのかが理解できない。 もしかして、彼もそれを望んでいたのでは? そんな都合のいい解釈が頭をよぎる。 ひょっとすると、いや、もしかすると……。 「土井先生」 彼が私に話しかける時の笑顔が好きだ。 「…土井先生」 何時でも慕ってくれる、彼が好きだ。 「……土井先生」 彼への思いが、いつしか片思いに似てきて… 「土井先生!」 日々彼のことが頭から離れなくなる。 「土井先生ってば!」 え? 「どうしちゃったんですか?ぼ〜っとして」 「利吉…くん?」 気がつけば、目の前に利吉くんの顔。 いつの間にか、彼は私に部屋に入ってきていた。 気がつかないとは、不覚…。 「どうしたんですか?胃が痛みます?」 「まぁ、多少なりとは…。点数もこんなんだしね」 苦笑しながら利吉くんに採点結果を見せる。 「お父上は、は組を連れてマラソンだよ。あと2時間は帰らないかもね」 利吉くんは、いつもお父上を訪ねてやってくる。 何故か、毎回私の所へやってくる。 「そうですか…。でも今日は父上に会いに来たんじゃないんです」 ―――え? 「突然ですが、土井先生、彼女います?」 ―――な、なにを突然?! 「答えなきゃ駄目?」 「駄目です」 「20歳も後半にさしかかろうとしている私に、何でそんなことを??」 「だから聞いてるんです。いないわけないでしょ?」 ―――い、痛いことを…。 「いないわけないと思ってるなら、何故聞くの?」 利吉くんは一度私から視線をそらして、そしてもう一度私の目を見ていった。 「こないだのことです。私を押し倒したでしょ?」 ―――えっ、そのことには触れられたく…… 「仕事が忙しいから、彼女に会えないんでしょ?だから、お酒で頭が混乱して、私を…」 ―――かん、ち、がい? 「父上が母上に会えないのと同様、土井先生も彼女に会えないから辛いんじゃないかと思ってるんです。 私に何かできることがあれば協力したいんです。」 利吉くんは、私の手を握ってきた。 暖かくて、柔らかくて、でもしっかりしている手…。 でも今はその感触に浸っている場合ではない。 私は、その手を優しく退かした。 「いないよ」 私は答えた。 「…え」 彼は少し驚いた風に言葉を発した。 「とっくの昔に別れたよ」 「昔…」 彼女がいたのは事実。 別れたのも事実。 でも、そんなことはず〜っと昔のこと。 仕事柄、女性には恵まれないこと、利吉くんはわからないのかな。 「分かり…ました」 彼は妙に納得している。 一体何が言いたかったのか。 本当に私に協力しようとしたのか? それとも…。 いや、また自分の都合のいい方に考えてしまう。 やめておこう。 「……」 「え?」 彼は、聞き取れないような小さな声で何かをつぶやいた。 「いえ、何でもありません。ヘンなこと聞いちゃって御免なさいでした」 何故か彼は動揺しだした。 「どしたの、今日の利吉くん、ヘンだよ」 無理に、作り笑いを浮かべて彼を見つめる。 こっちだって心臓バクバクだよ。 「今日の私、ヘンなんです。どうしていいか、分からない…」 「悩み事があるなら言ってごらんよ。お父上には内緒にするからさ。」 急に、彼は再び私の手を握ってきた。 「じゃ、じゃああと一つだけ、あと一つだけ聞きたいことがあります!」 「え、い、いいよ。」 「あのとき私を押し倒したのは、酔った勢いで?女性関係がなくて溜まってたから?それとも…私に対して本気で?」 言い終わり、利吉くんは真っ赤になった。 可愛い。 いや、今はそれどころではない。 「何で…そんなこと聞くの?」 利吉くんの手を握り返しながら言った。 「今日の私、ヘンだからです。」 さらに顔を紅くしながら答えた。 「土井先生、普段はあんなに優しくて、静かで…でも何で私を押し倒したのかが、気になってしょうがなかったんです。 お願い、答えてください…」 語尾は消えそうな聞き取れないくらい小さな声だった。 今だったら、本当のことを話しても大丈夫。 自分の中で、変にこんな自信がわいてきた。 小さく息をついてから言った。 「本気…だからさ。」 「本気?」 「君のこと…利吉くんのこと、好きなんだ。」 「え…」 「この際君に嫌われてもいい。私は素直に言うよ。私はずっと君に片思いしていたようなんだ。 酔った勢いで押し倒してしまったこと、後悔してる。君を傷つけたかもしれないから。 ――なんだろう。こんな気持ち初めてだったんだ。君が私に慕えば慕うほど、君のことが恋しくなった。 こんなのって変だよね。ごめんね、本当に、ごめんね。」 言葉だけでなく、私は頭を下げて謝った。 私の言葉を聞きながら、利吉くんが泣いてしまったから。 こんなコト打ち明けられて、ショックを受けたのは承知だ。 すべて私のせい。 信頼していたお父上の同僚がこんな奴だったなんて、ショックだろう。 本当に申し訳ない。 「ううっ…」 彼は、下を向き、小さく嗚咽を漏らした。 「利吉くん…」 彼の肩に手をかけようとしたとき、彼は立ち上がって部屋から出て行ってしまった。 思った以上に、彼の心を傷つけてしまったらしい。 もう二度と会うことは許されないだろう。 軽蔑された。 嫌われた。 キラワレタ。 そう思ったら、何かがこみ上げてきて、あふれそうになった。 ―――分かっていた。こうなることは、分かっていた… 自分が悔しくて、涙が出た。 言わなければ、いい関係で続いたのに。 もう二度と、彼に会うことは許されない。 つづく。 |
| ■あとがき(言い訳とも言う)■ 「山田系の系譜」二周年記念アンケートの「こんなの読みたい」アンケートで 一番多かったのが土井利でした。その次ぎ大木利(笑)。 その、リクエストに応えます!と意気込んで書いております、土井利小説。 上中下の三部作に別れております。コレは土井バージョン。 タイトル「初めての土井利」とつけたのは、見てお分かりの通り、まだお互い 告白しあっていない時期を書いてみたからです。 さてさて、この次は一体どうなる事やら?二人は結ばれるのか? (って分かり切ったことを…)。乞うご期待。 |