癒し系田んぼ
4月
山は雪が残ってるのだけれど、紅梅も色づきはじめ田んぼの季節がついに始まりました。田んぼが始まると同時に山菜も顔を出し始め、田んぼの生き物も冬眠から覚めボチボチ動き始めたのであります。
カエルやイモリは冬眠から覚め、タンポポが顔を出し蕨も伸び始めヒヨコまで大きくなりました。
4月13日 田んぼ作業はじまり
たんぼの除草、クロヌリという田んぼの畦作り。田植え前の田んぼ準備作業が始まりました。
写真は助っ人に来てくれた農家&過疎地おたくのイヅメさん。
4月22日 稲苗来る
なんて牧歌的な作業をしているうちに稲の苗が到着。(今年は時間がないので苗を買ってしまいました。4/22)「
苗が来たな〜。」なんてノンキに思っている間もなく今年は暑い日が続き一気に成長してしまいました。(5/4)
5月5日 田植え前準備(代かき)
で、急に暑くなった気温に急かされ、急に成長した苗に急かされ、オマケニ地主のばあ様に急かされ、田圃の準備に入りました(5/5)。 田圃のドロをトンボでゴシゴシやりながら平らにする代かき作業。ドロは簡単に動かんし、暑いし背中はアセモでカイイし。参りました。ホント。
イチゴもおっきくなりました。
お田植え 5月11日〜13日
なんとか準備も整い、5/11から田植えが始まりました。
この日、たまたま名古屋から遊びに来ていてヒヨコを見に来た少年を巻き込み、地主のばあ様も寄り合って頂き、さらにはハジメ農園の状況視察にたまたま来ていたおかあのおとー様(イワユル義理の父)まで巻き込んでしまい田植えは始まったのでありました。おとー様には申し訳なかったのですが、まぁ、娘と一緒に田植えも悪くないかなぁなんて置き楽なことを思いつつ田植えは進んだのであります。
が、そんなノンキな話でもなかったのですね。次の日はあいにくの雨。しかし、めげることなくおとー様はずぶぬれになりながらもなんと田植えに専念してくれたのでありました。南の島出身らしく眉毛の濃いいシーサーそっくりの強面で百姓には反対していたおとー様にまさか雨の日の田を手伝ってもらえるとは。
皆様にただひたすら感謝するのみの3日間でありました。
雨の中の田植え
たんぼに蛇まで出てきた
田植え後のたんぼ 5月15日
やっと田植え終了。
結局手植えで2,3日かかりました。少しなれたので来年はもうちょっとはやくなるかも。これからは1週間ぐらいで根が張るはずなんでそれからが草や虫との戦いが始まります。あんまり大変だったらアイガモでも飼って見たいけど、キツネや鷹に一瞬でやられるんだろうか?
6月12日の田んぼ
田植えから1ヶ月。稲はなかなか順調に育ってくれとります。
最初心配されていた”イネミズゾウムシ”の被害もなさそう。そろそろ草が目立ち初めてきたようである。今年はアイガモの準備もないので人間手除草。そろそろ始めないとダメそうですなぁ。
6月12日以降ず〜っと
あとはず〜っと田の草んぼの草取り。毎日とは言わんまでも一日2時間ずつぐらい田んぼに入って腰を曲げて草をひたすら抜くのみ。除草剤使えば〜?という悪魔のささやきにふら〜っとなりそうな自分に「来年はアイガモ飼えばええんや。草抜くのも今年だけや。」と言い聞かせながら田の草取りは続くのでありました。

しっかし、草抜く姿って端から見るとかっこ悪いもんですなぁ。

テレビなら「田んぼでさなぎから孵るトンボを見てこころが癒されるんです。」というところなんでしょうが、そんなこころのユトリはまったくなし。
写真を撮るだけ撮ってまた除草作業が続くのでありました。

7月25日 イモチ病発生!!!!!
草抜きがたいへんだ〜!!と言っていられるのはまだ良い方だった。
今年の梅雨は雨ばっかりで日の光もめったに射さず温度も上がらずツイにイモチ病が発生。イモチ病は発生すると広がるばっかりで手がつけられずやがて穂にウツルと実がまったくつかなくなってしまうという恐ろしい病気。周りの人は薬剤散布を薦めてくれるんだけど。色々心配してもらってほっておくのも何だし.....
かといってくすりを播くのも.... で、苦し紛れに木酢液を撒いてみました。
さて、どうなる?
ちなみに小さい田んぼが4枚ある中でイモチ病が出たのは一番育ちが良い田んぼ。
良く肥えているのと植える方角で葉が茂った今風通しが悪くなったのが原因のよう。
ちなみにマッ黄っ黄でちゃんと収穫出来るんかいな?と思われるようなやせた田んぼは今のところイモチ病とは全く無縁。う〜む難しい。
7月25日 穂が出た
イモチ病に悩んでいる傍らで稲には穂がつき始めたのでした。
写真の稲株は上の写真の稲株より10mぐらい離れたところ。
上のイモチ病の広がりは止まるのか、はたまたここまで広がってくるのか?
って、人事じゃないんだけどもどうすることも出来ないし。
は〜、困った困った。
8月19日 なが〜い梅雨が明け台風が過ぎ
今年は雨ばっかりで気温も上がらず、日照もあまりなくと稲にとっては
大変な年だったよう。なが〜い梅雨が空けたと思ったら台風。は〜。
でも8月下旬になってやっと晴れ間が出てくれました。で、じっくり見てみると、なんとかイモチ病にも耐えたようで穂が垂れ初めてたのでした。
ただし、モチ米はまっきっきでダメみたい。(写真はウルチ米)
9月9日 いよいよ稲刈り近いか?
今年は8月に晴れ間が少なくイモチ病がはびこり全国的にお米は大変でした。
が、ここの田んぼは違ったのである。周りが心配するほど痩せに痩せた稲は一旦はびこったいもち病菌にも見捨てられ、お陰で細々と実を結ぶことが出来、ここになって色づき始めたのでありました。
そろそろたんぼの水を落としたりと稲刈りの準備が始まるわけです。
が、しかし!野菜で手一杯とほったらかしにされたたんぼはヒエ(雑草)でいっぱい。ヒエの実はたわわに成りちょっと触れるとポロポロ音をだして種がこぼれてしまいます。ここまで来たらもうどうしようも出来ない。
来年はヒエがどれだけ出てくるか?心配で心配で....
たんぼを貸してくれてるばあちゃんには申し訳ないキモチでいっぱいなのでありました
9月14日 まわりは一斉に稲刈り
この3連休でここの下を走っている県道沿いのたんぼはほとんど稲刈り終了。
どうもこの地域ではこのあたりの土日に市内とか地方(?)で住んでいる息子夫婦が孫を連れて帰ってきて稲刈りを手伝うという風習があるらしい。今日久々に県道に下りてみると周りの田んぼがほとんど刈られていたのでオドロイタのでした。
はじめ農園はというと「もう稲刈ったか〜?」という周りからのプレッシャーにもまけず、今週末あたり刈れたらいいな〜とノンキに構えているのでありました。たんぼの水抜き間に合うかな〜?
9月20日 さぁさぁ、稲刈りだ〜!
たんぼの水も引いたことだし、今週末は稲刈り!土、日、月と田植えに来てくれたおとー様も「植えた以上は刈る方もやらな。」
と助っ人に来てくれるということ。じゃ、一気に刈っちゃいましょ〜。
稲を刈る前のたんぼ。
よくぞここまで育ってくれました。あんがとさん。

水もこのところの晴れ続きでだいたい抜けました。
みっちゃん(地主のばあ様)田植え以来ひさびさの登場。
手で刈った稲をはざかけ(かけ干し)する為に一まとめに
束ねる方法を教えてもらって、まずは準備OK。
あとはオトー様をバス停まで迎えにいって、稲刈りだ!

と、思ったら雲行きがあやしや。そういえば台風がきてるんだっけ。
やっぱり降ってきた。
田植えに引き続き稲刈りも雨の中〜。おと-様は田植えの時に雨には慣れっこに
なったため、ひるむことなく稲刈り作業は続くのであった。
写真はみっちゃんにおしえてもらった方法で稲を束ねるおと-様。

台風だからしゃーないけど稲刈りぐらいカラっと晴れた空の下でやりたいもんで
した。明日はど〜かなぁ。
9月21日 今日も雨.....
昨日に引き続き今日も雨。しかも台風の雨。せっかく引いた田んぼの水もぬかるみ状態に。一人だったら「へ〜、もうやだ。」と
やめてしまうところ。が、おとお(よめはんのお父上)の気合に引っ張られるカッコウでがんばりました。やりました。
では、おとおの働きの一部始終をどうぞ。
まずは稲をカマで刈ります。ヒエ(雑穀のひえ)がようさん
混ざってるからそれを分けてかるのがかなり面倒であるのだ。
顔には虫刺され防止の網が。
刈った稲を集めて畦まで運ぶ。ぬかるみに足を取られて大変だ〜。
稲藁を束にしているところ。
「縛るときに使う親指がいて〜」
とのことでした。
束ねた稲藁をはざにかけて一つの流れが終了。
「さ〜、今日は一日この作業だ!」と気合が入ったかどうかは?
と、いうわけでここまで終了しました。
晴れた次の日の朝に撮った写真でした。
当日は雨でとうてい全体の風景なんて撮る気には
ならなかったわけで。
こうやって見るとそこそこに見えません?

9月22日 台風一過だ!晴れた!
今日はえらい晴れましたわ。いわゆる台風一過ちゅうやつですか。昨日まで”ツライ”だけだった稲刈りが晴れるとこんなに楽しく
なるもんとは全く想像もせんかった。そういやスキーも雨なんか降ってようもんならつらいだけだったからなぁ、それといっしょか。
どっちにしろ晴れてよかったよかった。
晴れたもんでみっちゃんも助っ人で登場。「これだけ乾いてたら田んぼに入れるに」
と雨でぬかった田んぼに入りぐいぐい稲をかっていくのであった。
さすが現役7?歳。
おとおも初めての晴れた空の下での作業に
より一層気合がはいるのであった。
晴れるとキモチにも余裕が出るもんで、みっちゃんの稲手刈り教室も開催されたのでありました。
おとおはえらく熱心に聞いておりました。
もちろんハジメもですけど。
おとおとみっちゃん。ちょっと休憩。
9月28日 稲刈り最後の1枚。増田一家が助っ人に!

田んぼ4枚のうち3枚が終りのこり1枚。今日はなんとか終わらさなければ。と思っていると協力助っ人登場。
昨日に引き続き増田母子と森林組合勤務増田父が来てくれました。さすがに仕事ははかどり、一瞬で終了。ありがとやんした。

結局みっちゃんは雨の日以外は前日寄り会ってくれました。ありがとやんした。
コータもがんばりました。
わっせわっせ。
みんなでやればすぐ終わる。農作業は人手ということを再認識した1週間でした。。
全て干し終わりました。
10月1日 足踏み脱穀機と唐箕が手に入り準備整う!

足踏み脱穀機、唐箕をもらいました。稲を干しても脱穀(稲から米をむしり取る)をしなければ米にはならない。
で、手に入ったのが足踏み脱穀機と唐箕。さて、これでどこまで出来るか?昔はみんなこれでやってたんだから
大丈夫でしょうとはいうものの。後日ご報告。
11月9日 はざかけの稲をやっと取り込んだ

思えば稲刈りは9月28日。あれから稲を取り込もうとおもったら雨という日が続き、なかなか取り込めれず早1ヶ月。やっと
晴れが続き取り込むことに。取り込む前tに作らなければならないのがイーソーという藁を編んだもの。これで干した稲を
束ねるのである。
田んぼ湿けッ地なので縛って持ち出すのも一苦労。途中で雨が降り出してしまったのでとりあえず半分だけは取り込めまし
た。
イーソーとやらを編むの図と出来上がっ
たイーソー。これで稲を束ねるのである。
稲を片付け出したところ。
でもこの後雨が降り、途中でやめて
しまってます。
12月4日 ついに脱穀開始

稲を取り込んでから1ヶ月。ついにというかやっと脱穀を開始しました。今回は時々手伝いに来てくれる増田さんが池沢さんというお客様を連れてきてくれました。いままで「ヒマないし〜」と何だかんだ先延ばしに延ばしてきた脱穀もお助けに着ていただけるというのであればば話は別。すぐに準備をして手伝って頂くことに。増田さん、池沢さんコンビは以前おなじ農家で働いていたということで非常に息が合っていてみるみる米は脱穀されていくのでした。やっぱり百姓仕事というのは一人でやるもんじゃない共同作業なのだなぁ。と思ったのでありました。
増田さんが稲を渡し、池沢さんが脱穀、脱穀された稲ワラを増田さんが縛っていくという連携作業。
足踏みミシン(古?)の要領で、釘のいっぱいささったドラムを回し、それに稲を擦り付けると引っかかった米がボロボロ落ちていくという仕組み。
わからない!と言う人は是非来てやってみてください。結構面白いもんですヨ。
ちなみに、この池沢さんはあの「サーキットの狼」の作者「池沢さとし」氏の弟さん(!)でした。
ハジメはモロ”サーキットの狼”→”スーパーカーブーム”で育った年代なので本当にビックリしました。どこに誰にあうかホントにわからないものです。
懐かしくなって探したら。http://www.geocities.co.jp/MotorCity/2907/というサイトが見つかりました。
”サーキットの狼”に出ていた車が紹介されていたりして涙がちょちょ切れ(古!)ました。
12月中旬 脱穀した米をふるい選別。

足踏み脱穀で脱穀した米はワラやだっこし仕切れてない米が多くそれらを籾すり機に
入れると籾摺り機い入れてしまうと壊れてしまいます。で、唐箕にかけて籾とゴミ
に分ける必要があるんですね。但し唐箕は2人でやらないと出来ないので手間のない
場合はふるいにかけて米とゴミをわけてやります。
脱穀出来たと思ったら次はふるい。いったい何時新米が食えることやら。
12月30日 ついに餅つきまでこぎつけた。

とりあえず、年内にもちを作りたいということでもち米だけでもと脱穀、ふるい、籾すり(近所の自動精米機利用)を終了し、もち米を精米しました。12月30日の暮れも押し迫った中、増田さん一家と名古屋から田舎に里帰りの子どもらも巻き込んで初の餅つきが行われたのでありました。ついた米は3kg×2(寂しいけど今年のもちごめ全収穫量)。
クロヌリからはじまった田植え作業、さまざまな方々にお手伝いして頂きなんとか餅つきまでこぎつけることが出来ました。この場をお借りしてお礼申し上げます。どもありがとうございました。
まずはもち米をカマドで蒸すのであります。少年は火を扱うのが好きなのです。
もちつき。山仕事の増田さんはやはり体力が違う。
少年、少女も負けてはいません。
食った食った。
鏡餅もできました。