「欲望の翼」1991年香港


ウォンカーフェイ監督 レスリーチャン カリーナラウ アンディラウ

「ここでウォン監督をとりあげるのは<楽園の瑕><恋する惑星>に続いて3回目。ちょっとエコ贔屓にすぎるんじゃない(笑)」
「そうだね、もうやめよう(笑)ただ彼の映画は見終わった後ついつい誰かと話したくなるんだよ」
「話題にしやすいという面はあると思うの。どの作品もテンションで見る映画だから、見た者同士で確かめあいたくはなるよね」
「テンションね(笑)特にあの、セリフを二三行ずつすっ飛ばして話し合ってるみたいな会話シーンを思うと、確かに映画自体がカンを頼りに出来てるところがあって、どんな話?と聞かれても物語がない。要するに色恋沙汰に命を賭けてるって人間ばかりが出てきて、それでいて何というか世界観みたいなものにまで繋がっているっていうところ、そこがまあポストモダン的な脱構築映画であって・・・」
「それじゃよく分からないよ(笑)」
「そうだよねぇ(笑)たださ、色恋沙汰イノチ、っていうの、それはそれで切実さがすっごく伝わるよね、極めて刹那的」
「うんうん、その刹那的というのはさ、ひとつには結構大のオトナが命がけっていうところに魅力があると思う。俳優たちの年齢層も比較的高いし、なによりもちゃんと、地道な社会生活を送りながら恋に身を焦がしてるっていう正当な(笑)悩みがヒシヒシと伝わるの。日本のトレンディドラマみたいにチャラチャラして仕事してんのかしてないのか分かんないような登場人物が大見得切って愛してるー!とか喚くよりもよっぽど切実よね。わたしマギーチャンとアンディラウのエピソードにはじぃんと来た」
「うーん、恋と仕事の両立に悩む女史らしいご発言だ(笑)ま、それはともかくその刹那的な切実さ、というのは、さっき言ったようにセリフを二三行すっ飛ばした会話というのと響き合ってる。あの会話の間、あれはほとんど禅の世界だ」
「また訳の分からないこと言って(笑)ジャッキーチャンとカリーナラウのエピソードあたりになると、恋に命がけ、というのもちょっと食傷気味になるの、いわばオムニバス形式で来ていてストーリーに変化がないから。そこでちょっとアクビが出そうになるところをレスリーのフィリピンでのエピソードへ繋げていく、そこは実に旨く計算されていて、さすが!」
「ま、フィリピンのエピソードは・・まあカーフェイ節とでも言うのかなあ、いつものヒロイズムとロマンチシズムで、東洋的な無常観のなかで命を命とも思わないような破れかぶれさみたいなテイストだよね、常套的」
「そうかなあ、わたしはあのエピソードにも感動したけどねえ、特にあの一分間の話、一分間が永遠になっていく、その切なさが死んでいくレスリーを、別に救いはしないんだけれど、無為でしかなかった彼の人生にそれなりの意味を持たせた、彼という人物が恋人や友人たちの心の中に残っていく・・っていうふうに思ったけれど」
「うーん、冒頭からこのラストは想像出来たと思うよ、例えばあの一分間は必ず映画のどこかで回復されるだろうって、ハナから期待しちゃった」
「感情移入して見るかどうかよね。ヘタするとウォン監督の登場人物って、まるで風景を見るのと同じ視点で見ちゃうこともあるの、中に入り込めないっていうか。<楽園の瑕>は特にそうだった。でもそこを敢えて感情移入して見ると、テンションの高さに酔えそう・・っていうか、なんか魂を掴まれちゃうの」
「うーん、まだまだ語るネタは尽きそうにないね、また別の作品を取り上げてみよーか」(1998.10.10)

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