「白い肌に狂う鞭」1963年イタリア・フランス



ジョン・M・オールド(マリオ・バーヴァ)監督 クリストファー・リー ダリア・ラビ

「エモーショナルな赤いタイトルバックに扇情的な音楽。こういう開幕はもう古典的怪奇メロドラマの始まり始まり〜ってんで、僕はわくわく♪しちゃってしょうがないんだ」
「一転して蒼い夜明けの海辺を走り抜けていく馬上の男。乾いたひづめの音・・色彩感覚も見事に鮮やかで、まあ、伝説の、名作映画の始まり始まり〜って期待に胸が膨らむ気持ちは分かるわね」
「でしょ?しかも足の不自由な使用人がびっこひいて出てくるなんざ、なんか定番過ぎて、あー見て良かった〜みたいな(笑)」
「まだ始まって5分しかたってないよ(笑)。でもね、人間関係がちょっと複雑っていうか、最初のうちは把握しにくいの」
「そうかな〜。とある伯爵家の長男カートは、使用人の娘をもてあそんで自殺に追いやっちゃったんで勘当されていたんだね。ところが弟のクリスチャンが結婚したというんで、その祝福に、という口実で彼カートは舞い戻ってきた。歓迎されない乱暴者の帰還、というわけで、使用人はカートを憎みきっているし、父親の伯爵もカートを恐れているし、カートは悪態ついてばかりいるし、弟クリスチャンは兄カートを軽蔑してるし・・と、ここらでカートを中心とするエモーションの構図はカッチリ決まってくるわけ」
「で、弟クリスチャンの新妻というのが、実は以前伯爵がカートにあてがった女ラベンカなのね。弟は勘当された兄の代わりにこのラベンカと結婚するハメになったんだけれど、でも彼は、本当は使用人の養女カーチァを愛してた・・なんて、やっぱり人間関係はちょっとフクザツ。本来は『嵐が丘』みたいに長い序章を持つ家族関係なの」
「でもさ、それはじっくり見ていれば段々と明らかになってくる筋合いのものでね、僕としては、そういう愛憎入り交じった人間関係が最初のうちは不明瞭であればこそ、ドラマの起伏とか情緒の高揚をうまくもたらしてると思うね」
「それで物語の核心はというと・・・このラベンカっていう、弟の妻ね、彼女が実はカートとサドマゾの関係にあって、内心では前々からカートの暴君的で支配的なところに惹かれていたってことね」
「そうなんだよね、そこがこの映画の一番奥にしまってある秘密で、僕は、そこをもっと突っ込んで描いた方がよかったようにも思うし、でも説明的に描くよりは、この映画の、ジワジワと明るみに出てくるみたいな、セリフを排した奥ゆかしい描き方で良かったような気もするし」
「けっこうはっきり描いていたと思うよ、そこは。家族への復讐とか、思わせぶりにしていながら、わたしはラベンカとカートの異常な愛、そこでこの作品の焦点が合ったって感じ」
「白い肌にムチびんびんで(笑)生唾もの(爆)」
「まあ、でもタイトルと内容はほとんど無関係ね、この映画は(笑)」
「そういう期待で見るとハズれるね(笑)。ところで、ストーリーはというと、なんと早々にカートは喉をかき切られて殺されちゃう。しかもその凶器は、以前使用人の娘が自殺した時に使った短剣だった・・。犯人探しのいとまもなく、カートの亡霊が頻繁に出てくるとラベンカを襲って、ラベンカは恐怖に戦慄しつつも、でも次第にカートの亡霊を自分で呼び出してるみたいな狂気と幻覚に陥って、ここいらの怪奇な雰囲気の盛り上げはもう最高に素晴らしい。礼拝堂から続いてくる泥まみれの足跡!窓の向こうの蒼白でおぼろげな亡霊の顔!」
「エモーションが濃いのね。なんていうか、カートの『悪』『暴力』を嫌悪しながらも惹かれていってしまうラベンカの、業の深さっていうかしら、サドマゾっていうだけでは言い得ない人間性の、漆黒の愛の暗闇みたいなものは伝わる」
「そうなんだ。なんか理性は拒絶してもカラダが求めるっていうか(笑)『あなた色に染まります』って感じでね(笑)」
「ううん、もっと奧深い暗がりで繋がっているのね、二人は。死とエロス、とか。そこいらがジワジワ伝わるところはラベンカを演じたダリア・ラビの素晴らしい熱演のおかげ」
「カートに続いて伯爵も同じように殺されて、物語はこの連続殺人の謎解きみたいな展開になっていって、実はびっこの使用人が怪しそうだとかいうあたりも旨いよね。行方知れずになったラベンカがカートの墓で発見されるとか、亡霊退治のためにカートの墓を暴いて死骸を焼こうとするクリスチャンとか、一連の怪奇趣味は抜群だった」
「わたしはさ、自分の死体を焼かれそうになったカートの亡霊がラベンカのところにやって来て、会えるのはこれが最後だ、だから俺と一緒に遠いところまで行こう、みたいにラベンカを誘うじゃない、ああいう怪奇グロテスク趣味とメロドラマの煮詰まりみたいなところは、なんか良かったなあ(笑)正直いって感動しそうになったよ(涙)」
「僕も感動した。亡霊が、まったく違和感なく存在感を発揮しているんだよね、それは宗教が絡んだホラーとか理詰めのオカルトとは違って、ほとんど日本の怪談にも近いような人情的・情念的な幽霊となって登場してる。コジれてモツれた業の深い愛が死を突き抜けて、その延長線上に当然のように登場する幽霊。だから幽霊とは唇を重ねることも出来るし、恐怖と愛の葛藤のうちに惹かれていってしまう・・」
「一連の事件は、カートの暴君的で支配的な愛を憎悪しつつ裏切れなかったラベンカの、結局はすべて一人芝居っていうか、彼女の幻覚がなせるワザだった、という感じで締めくくられるわけだけど、そんなタネ明かしより、ラベンカ自身がまるでカートと心中するかのように自殺する。あの幕切れは、この映画の主題がなんだったかをハッキリ打ち出すに足る、素晴らしくも哀しいシーンだった」
「身も心も、魂まで奪われてしまうんだね、カートに一心同体となっちゃう。孤立した二人きりの愛の世界が現実とは相容れない、そういう悲劇すら感じさせる映画だったね。俺のことが怖いか?って繰り返すカートの挑発的で扇情的なセリフ。あれはいつか僕、誰かに言ってみたいなあ」
「(笑)オカしくて怖いかも」(2000.5.8)


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