「暴走機関車」1985年アメリカ


アンドレイ・コンチャロフスキー監督ジョン・ボイト エリック・ロバーツ レベッカ・デモーネイ

「これはそんなに傑作じゃないと思う・・ていうか、ラストシーンの描き方だけは気に入らない。彼はそんなにヒーローじゃないもの」
「まあね。なんだかジョン・ボイトを神格化しすぎ(笑)。たかが極悪脱獄囚なのに聖人様みたいに描いてるしね。とはいえ、そこに行くまでの映画全体は、これはもう手に汗握るノンストップムービーで、まあ<スピード>なんてのはこういう映画から産まれた、お気楽な亜流にも思える」
「物語はというと、舞台は極寒の雪原アラスカ。極悪刑務所の囚人JボイトがEロバーツと二人で脱獄して、通りかかった列車に乗り込むんだけれど、なんとその運転手が心臓発作で機関車から転落しちゃって、それで二人を乗せたまま機関車が止まらなくなっちゃうのね」
「なんとか機関車を止めようとする鉄道会社の司令室と、それから脱獄囚たちをヘリで追いかける刑務所長たちがそこに絡む・・わけだけど、僕が感心したのはストーリーの組み立て方でね。最初にかなり長い時間をとって刑務所内の様子を見せるあたりの気の持たせ方。それから凶暴な狂人Jボイトに対して饒舌でアマちゃんなEロバーツを配したあたりの、キャラクターの組み合わせ方。そして全く意外なところで登場するのにご都合主義にならなかったR・デモーネイの登場の仕方・・」
「そのあたりは黒澤原案の旨さだったのかしら・・でもなんとなくどこかB級っていうか・・べつにB級が悪いっていうんじゃなくて、どこかゾンザイな作りもあったよね。もっと緊迫する、もっと面白くなる映画だったんじゃないかって思うけどなあ」
「へええ。僕はまあ、こんなものか(笑)くらいに思って見てたんだけど」
「例えば刑務所長の悪人ぶりの描き方なんか、ずいぶんと平板だったし、鉄道会社の司令室の人間模様とかも、なんかどっかで見たことがあるって感じの風景でグッと来ないの。全体的になぜか類型的な演出ばかりでキレが感じられなかったのね」
「シーンごとに見ていくと、まあ全部のシーンが満足できる出来だったとは思えないな。もちろん、そんな映画は滅多にないけど(笑)。けれど語り口は・・といえば、これは緩急自在で飽きさせなかったと思う」
「それはまあそうね。飽きはしなかった。それに主役三人が狭い運転室で殺し合って、やがて自己嫌悪にさいなまれてグッタリするあたりのエモーショナルな盛り上がりは、本当に引き込まれて見ていたの・・ああいう人間性のリアルな迫力は黒澤映画にも通じる魅力ね」
「たしかにあの一連のシーンは僕も良かったと思うなあ、特にRデモーネイの青い瞳、アザだらけで潰れかけたEロバーツの顔、そして完全に野獣と化したJボイト。その沈黙のカットバック。なんとも凄惨で絶望的で、あそこは一種のパニック映画にもありがちなエモーションの凝結だった」
無人の駅で問題の機関車が最初にヌーッとでてくるシーンなんかも、擬人法みたいな表現で結構見応えはあったよね・・って、なんか、ついつい誉めちゃったけど(笑)それでもあのラストはどうにも賛成できないわーわたしは。所詮Jボイトと悪徳刑務所長の個人的な怨恨争いにすぎなくて、それなのにあそこまでヒロイックな描き方をして、ちょっとアホらしくなっちゃう(笑)」
落としどころを誤った、っていう印象は否定できないね。ただJボイトは最後に明らかに発狂したよね、それは確かだと思うんだ。彼はついに気が狂って、だから超人的な振る舞いだけが最後に残って、それが一種の幻想的ファンタジーになって映画を締めくくろうとした・・っていうような製作者の意図も伝わる。無論、その締めくくりが成功していたとは思えないけれど、そうでも考えないと、女史の言うとおり彼はヒーローじゃないから、ラストはあまりにも感傷的すぎた・・」
「このテの映画の面白さは、見てる間の緊迫感の楽しさと、その緊迫感から解放されるラストのカタルシスみたいなものと、ふたつあると思うのね。で、前者はともかく後者はイマイチ・・」
「あとは細部の楽しさ、ってこともあるだろうな・・登場人物全員がすごいアラスカ訛で喋っていたところとかね」
役者はすごい演技をしてたと思うの・・とくに獣と化したJボイトは素晴らしかった。人間性の悪の権化をあますところなく表現してたよね」(2001.7.20)

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