「恐怖と戦慄の美女」1975年アメリカ



ダン・カーティス監督 カレン・ブラック

「これはですね、昔のテレビ東京では定番のホラー作品で、僕も最初はテレビで見た。すんごく面白かった記憶があるな」
「もともとがテレビ用に作られた作品ね。そのせいか、題材も演出もこじんまりしていて、どことなくロアルド・ダール劇場とかを思い出させる手堅い作り」
「ああ、ダール劇場は僕も大好きだったなあ、確かにあのブラックな味わいはあるね。なんといっても原案リチャード・マチスンというのがね、さすがの切れ味だ、天才的」
「(笑)ベタぼめね。Rマチスンという人は確か、コーマン・プロのポーものの脚本家だったよね」
「そうなのです!<黒猫の怨霊>の時にも話したけど、あの恐怖と幻想の精髄とも言うべきポーの短編小説を見事に翻案してゴシック怪奇浪漫を作り上げたのが彼マチスンでね。おバカな駄作もあるらしいけど、僕としちゃ敬愛する作家の一人」
「で、映画の話し。全体は3話からなるオムニバス作品で、第一話は『ジュリア』。大学講師のジュリーはある男子生徒にチョッカイ出されて、睡眠薬を飲まされてイタズラされて写真まで撮られちゃうんだけれど、実はそれって最初からワタシが筋書きを書いてたのよ、みたいに開き直って、ついにはこの生徒を殺しちゃう」
「すごい話しだ(笑)。僕、やだな、ああいう女(爆)。最後がね、これまで殺してきたらしい生徒たちの新聞記事を何枚もスクラップブックに貼り付けてご満悦にひたるんだよね、おおコワ!」
第二話は『ミリセントとテレーズ』。色情狂の妹テレーズと、ヒステリックなまでに彼女を罵倒する姉ミリセントは、実は一人二役の二重人格者だったという、まあ、ありがちなお話」
「ま、ね、ちょっとこのエピソードは間奏曲っていうか、幕間の息抜きみたいなところはあるけれど、僕、テレーズにしろミリセントにしろ、やだな、ああいう女(笑)
「それで第三話が『アメリア』ね、スピルバーグ監督が<グレムリン>のヒントにしたとかいう、最高に単純で、ホント、怖い物語・・」
「これがいいんだよ、素晴らしい。首狩族の人形を恋人の誕生プレゼントにしようとしたアメリアが、ふとしたことから人形が腹に巻いていた禁断の鎖を外しちゃう。この鎖を外すと人形に込められていた呪いが復活する、なんて、最高に単純だよね。それで復活しちゃって(笑)大きさ30センチくらいの木彫りの人形がナイフをかざして彼女に襲い掛かって、それはもう筆舌に尽くしがたい死闘を延々と演じるわけだ」
「あれはねぇ、ちょっと半端じゃないホラー場面、ショック場面よね、いつ来るか、どこから来るか、ってヒヤヒヤしちゃう。あれを長々とやられたらさすがに飽きが来るだろうけど、適度に切り上げてくれたのは良かったよね」
「僕としちゃ、これまでイヤな女をイヤってほど見せられたから、あーよかった、スッキリ!みたいな(笑)」
「人形との死闘、っていうコンセプト部分は最大に単純なアイディアなんだけど、アメリアが母親と長電話して口論したり、恋人と会うのをためらったり、母親を重荷に思いながらもうっちゃってはおけない、っていうような・・なんていうか、ヒロインの人物造形という面では、全三話のなかでは一番緻密に描いてたみたいね
「そうなんだよね。どのエピソードにも、一人暮らしのハイミスの、微妙にコジれた内面が伝わる」
「あら(笑)いやだ、その言い方」
「(笑)でもそうだろ? なんか、勤め先から遅く帰って『柴漬け!』とか叫んで冷蔵庫開けるとかさ(笑)、今日はムシャクシャするから話し相手の金魚に向かって『エサはやんないよ〜』とかさ、床に寝ころんでストレッチしてたら、ふとベッドの下に丸めてあった伝線パンストを一週間ぶりに発見したとかさ(笑)」
「(爆)なによーそれ?!」
「いや要するに、そういう一人暮らしの、あんまり若くない女のモノ寂しい心の隙間みたいなところに魔が差して恐怖と戦慄のエピソードが展開してく、みたいな作りがね、僕なんかは感心しちゃう」
「まあ、第三話のアメリアには確かに、母親の世話と恋人と過ごしたい一晩が両立しない悩ましいこじれ、みたいなのはあったわね。でも、伝線パンストとは恐れ入った〜〜」
「どういたしまして。ところでこの映画は怪女優カレン・ブラックならではの圧倒的な存在感で魅せてくれる。彼女、日常的な異常、というのにピッタリな容貌だ」
「こういう作品を厭わないからこその素晴らしいキャリアの持ち主ね」
「でも・・僕、いやだなあ、ああいう女(爆)」(2000.5.9)

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