「鉄道員」1956年イタリア


ピエトロ・ジェルミ監督 ピエトル・ジェルミ エドアルド・ネヴォーラ シルヴァ・コシナ

「言わずと知れた、ネオリアリズムの傑作ね」
「シルヴァ!シルヴァ!」
「じっくり見せてくれて、充実の極み・・」
「コシナ!コシナ!」
「(笑)はいはい。家族ひとりひとりの個性が際だっていて、それでいてさりげないホームドラマのエピソードがぎっしり詰まってるっていう感じかしら」
「まあ、大酒のみの鉄道機関士の一家の悲喜こもごもという物語は、それなりに『まあ、そうかな』って感じでね。全体としてみると、この映画は特段のことを語っているわけじゃないけれど、人生の厚みというもの、そんなものを体験させてくれる点で、凡庸なメロドラマには堕ちてないイタリア映画ならではの良さはここに極まれり・・」
「父親の運転する機関車に飛び込み自殺があって、それが気になって彼は赤信号を見落として事故寸前になっちゃって・・と、そのへんが不運の始まりね」
「もっとも娘はデキちゃった結婚をしていて、しかも流産しちゃって、結婚生活に耐えられなくなってるし、長男はといえばヘンなヤクザな連中とつき合ってる一方で昼間からゴロゴロして仕事に就こうとしないし・・と、まあ、なんていうか一家の生活はなかなかうまくいかない」
「その原因は一体、どこにあるのかしらねぇ・・それを酒飲みの父親の高圧的で横暴な態度のせいだけにするわけにもいかないしね」
「そうなんだね。まだ幼い小学生の次男、これが語り手なんだけれど彼の目から見ると、デキちゃった結婚してる姉も、働こうとしない兄も、なんていうかそれぞれに愛すべき姉であり兄であり、実は最愛の家族が父親で、という描き方」
「そういう一家を支えてるイタリアのマンマのフトコロの深さにはホント、感動するよね・・実際、気が休まるヒマがないと思うよ、わたし」
「父親にしても、その後スト破りとかしてね。監督自身がこの父親を演じているわけだけれど、彼はまあ、憎めない人間だよね・・そして娘がシルヴァ・コシナ。彼女の、根は生真面目で、でも人生経験の幅がまだ狭くて、あらゆることになかなかアキラメがつかないでいるっていう気持ちは、よく伝わる」
彼女のエピソードは結構、ドラマの中心をなしていたのね。わたし、前に見た時は父親の行き詰まり感が正面からどっしーんて伝わってきて長女の問題はハシっこにあったように思ったんだけど、今回は、実はあの父親は娘の結婚のことで深く悩んでたんじゃないかなってゆうような見方をしてた・・」
「こういう映画は人生の色んな時期に見ると、また色々と味わい方が違ってくるっていうような映画だよね。家庭内のありきたりな言い争いを見ているなかで、いかに家族のそれぞれが互いに『言わない』でいることを聞き出せるか・・結局それって、見てるこちら側の生活とか人生とかに跳ね返ってくる」
「家族同士だからこそ、言わないでいる、ってことが伝わるのね・・で、実際、いがみあっているというのじゃなくて、お互いがお互いのことを気にかけているのに、どうもうまくいかない」
「それは父親の指導力不足なんだろな(笑)・・というか、まあ全編の最後はそれでも比較的、希望を持った終わり方ではあったし、なんといってもこの映画がスサんだりヤツれたりしないのは、次男の小学生サンドリーノの可愛らしさにあるのであって、まあそういう意味じゃこれ、子役映画でもあってね・・」
「そうそう。映画作りとしても、どうにも暗くなりそうになると、ポチャっと次男が登場して、なんか気持ちが救われるみたいなところが何回かあった。それに彼は父親のことを多分に尊敬していて、愛していて、実は一番、オトナだったりもして」
「例えば<若者のすべて>みたくそれぞれが思春期の少年たちだったりすると、女を巡ってすぐに行き詰まる(笑)。この映画は娘がいて息子がいて、年のはなれたチビくんがいて、まあ話題にコト欠かないから行き詰まらずに、密度が濃くなっていくんだね」
(2001.9.25)

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