「スタフ王の野蛮な狩り」1979年ソビエト 


ワレリー・ルビンチク監督 ボリス・ブロートニコフ エレーナ・ディミートロワ

「僕はこの作品、かれこれ15年以上も前に三百人劇場でやってくれたソビエト映画の全貌展とかいった連続上映会で見てね。なにやら圧倒的な感銘を受けて、でもホカにも沢山見たんでナンに感動したのか忘れちゃったんだけれども(笑)いくつかのシーンを鮮明に記憶してる、っていう作品だった」
「それ以来、何回か再映されてるよ。テレビでもやったことがあるし、わたしも見た。けど、それほど圧倒的な感銘?は受けなかったんだけど」
「まあ、個人的に圧倒的な・・と言うべきかな。確かにそんなに凄いか? って聞かれると実はそうでもない。けれど19世紀末のロシア〜〜! ドストエフスキーとかトルストイのロシア〜〜!ってもんにはいつも僕、感動しちゃう」
「クセになってるわけ? ちょっと類型的な気もしたんだけれど・・ビチャビチャしたロシアの貧しい大地に落ちぶれた貴族たち、そして古来から伝えられる禍々しい伝説、といった怪奇ムードは満点で、でもそれだけではちょっとありがちな感じね」
「ストーリーはというと、ペテルブルグから民話採集にやってきた青年ブロレツキーが一夜の宿を頼んだ屋敷に伝わる怪奇な復讐伝説に関わり合うようになって、そして次々と起こる連続殺人事件に巻き込まれていく・・と、フレームはこれ、怪奇スリラーものの定番形式」
「落ちぶれた貴族の末裔となってる一人娘が怪奇伝説の恐怖に神経衰弱スレスレになっていて、訳知り顔の執事とか、半可通の熱血青年とかが出てきて、理性の人ブロレツキーは謎解きに奔走していく。まさに定番すぎるでしょ」
「そうなんだよ、定番だからこそまずは安心して見ていられるってことは確かだし、だからこそその他の要素、例えば荒涼としたロシアの大地とか、土俗的なカラクリ人形芝居とかいったキチ○イやフリークスといった、この映画を作っている『その他の部分』を楽しみたいわけ」
「連続殺人が起こってるのに知らん顔してる警察とか、乞食同然の農奴たちとか・・そういうのもロシア文学的。気の狂った女と火事なんて、どことなく『悪霊』みたいなモチーフも点描されてたし」
「あらためて思うことのひとつは・・抑揚のないロシア語ってのは、聞いてるだけで怪奇ムードを漂わすものだな(笑)。ただ、この映画は僕、あんまり茶化して面白がってみたいような気にはなれない・・どっかに非常にシリアスで、しかもロシアに特有の、厳しい自然と貧しい大地に根ざした重苦しい前近代そのもののような雰囲気がある。それは良質なソビエト・ロシア映画にはいつも感じる。特にセリフもないまま長廻ししてショットを見せてくれるような語り口が独特の時間感覚を感じさせてくれるし」
「問題の怪奇伝説というのが、300年前に裏切りによって殺されたスタフ王の呪い。彼が、裏切った相手の一族を21代に渡って呪い殺すと言い残したことがずっと続いている・・ま、確かにこういう伝説が本当に生き残ってるんだな、って感じさせてくれるだけの説得力が映像の隅々から伝わってきたような気はするね」
「そうそう。それはあの土地柄、時代設定、そして長廻し撮影、サイレントシーン、それぞれがピッタリとハマって怪奇伝奇ロマン〜みたいな映画作りに非常に貢献してた。それから特筆すべきは、例えば執事の弟とかいう小人。あるいは例のキ○ガイ女。非常に辺境的な土地柄にこれまた非常に周縁的にハジかれた者の存在感を発揮していて、一種のおとぎ話、まさに伝説と信仰とが不可分なフォルクローレの世界を感じさせてくれた。これも定番中の定番とはいえ、物悲しさをうまく伝えている」
「クリスマスの準備をするあたりがセリフなしで写し取られていて、ああいうの、良かったと思うの。ありがちかも知れないけれど、怪奇恐怖精神不安定なシーンの連続のなかであのシーンだけとても明るいし、なるほど狩刈くんの言うような民話的な世界、小人や魔女や妖精やらが出てくる世界がぽかっと開けていたようにも思う」
「僕、あのシーンを奇妙なくらい鮮明に覚えていたんだ・・で、もっとワルノリしちゃうと、これはまあペレストロイカ前のソビエト映画だ、ってんで、ある種の新時代への期待感みたいなものも伝えているのかもね。ラストシーンは1901年の元日、つまり20世紀の幕開けで終わる。怪奇伝説との訣別という形でね」
「主人公は騒乱罪でシベリア送りになるのだけれど彼に末裔の一人娘が付いていくのね。彼女にしても、不幸な歴史を背負った呪われた家を捨てて新しい人生の門出を迎えようという意味でついに怪奇伝説と別れを告げる・・これまた」
「定番!というのは、まあよそうよ(笑)怪奇映画の、というよりはロシア文学的な定番として一種のミメーシスなんだしね」
(2002.6.23)


シネマ・ギロテスクに戻る