「色情男女」1996年 香港

イートンシン監督 レスリーチャン カレンモク スーチー

映画を作る映画、というのは数多いけれど、いつもシックリ来ない
「へぇ、そう来るとは思わなかった・・わたしはこの映画、楽しめた」
「まあね、僕も。でも、映画を作る映画って、僕に言わせればすごく消化不良に陥りやすいんだ。傾向が違うやつをあげるとすればゴダールの<パッション>トリュフォの<アメリカの夜>バートンの<エドウッド>、いくらでもあるけれど、すべてに共通するのは、そこでの監督の悩みが、ストレートに伝わらないで、なんか自家撞着に陥っているように見えることなんだな」
「なんだな・・って言われてもねぇ、ちょっと分かりにくいけれど。この作品は、仕事を干されそうになってる映画監督レスリーが、起死回生みたいにポルノを撮らされるハメになって、その撮影現場の右往左往みたいなところで楽しませるコメディね」
「で、さ。レスリーは一応、芸術っぽい映画を撮りたいタイプの監督らしいんだけど、まずその設定が伝わってこない。だって彼がこれまでどんな映画を撮ってきたのか、見せてくれないんだもん。レスリーは悩むけど、それも独り相撲って感じ」
「そういうことね・・段々狩刈くんの不満が分かってきた・・。例えば映画作りに悩む監督の姿を描く時、観客には、それが全体的にどんな映画なのか、どんな映画にしたいのかってことが知らされてないから、監督の苦悩に入っていけないってことね」
「うーん。ま、そういうことだけど、僕はもっと言うと、映画を作る映画っていうのは、果たして成り立つのか?っていう疑問がある。音楽を作る音楽がありえないのと意味は違うけれど・・メイキング映画でなければ、そういう題材は映画にはなりえないんじゃないかなあ・・」
「とまあ、難しい話はこの映画でどうこう言うのはオカド違いだからワキに置いといて、この作品、カレンモクの存在感が光ってたと思うの。彼女はいつもバイタリティの持ち主で憎めない感じ。小さな役だったけど、小気味よかった」
「僕はレスリーのお母さん、あれは良かった。レスリーってどっかボンボン風で、それはああいう母親の庇護があってもいい、みたく思わせる」
「あと職人気質の撮影監督も、一徹って感じで、撮影現場で重きを置かれていて・・」
「そうなんだ。なんかさ、レスリー監督の個人的な葛藤と現場の人間関係、特にスーチーの起用の裏目みたいなドタバタとが、ぐしゃっとしていて、まあお手軽に出来ちゃった作品という感じで、僕としては、もっと面白くなったろうに!とも思うんだ」
「パロディもちょっと薄っぺらって感じはしたの。実名でウォンカーウァイとかバリーウォンとかバンバン出てくるし、そういうネタが豊富なのは楽しめるけれど、それほどのギャグになってなかった感じ」
「僕はね、途中、レスリーの妄想ってことで早回しのポルノ短編が出てくるところ・・あそこはキューブリックの<時計仕掛けのオレンジ>のウィリアムテル・ファ○クを思い出させて、楽しめた」
「ま、もともと、そんなに面白い映画じゃないかも・・それなりに見ていて飽きないけれど。」
「まあねぇ。たださっきも言ったように、映画を作る映画とはナンなのか?ってことをあらためて考えさせられたって気はする。最後は予定調和的に済むだろうってことは分かってるから、ストーリーとかはあまり気にならなかったし」
「なんとなく、モノを創るにはチームワークが大切、ってことね、その感じは良かった」(1999.8.13)

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