「召使」1963年イギリス



ジョセフ・ロージー監督ダーク・ボガード サラ・マイルズ ジェイムス・フォックス

「うーん。これはハロルド・ピンターの脚本がアタマ先行のアイディア勝負で出来ていて、映画はそれをなぞっただけというかなあ・・僕、はっきり言って、映画自体は全然楽しめなかったんだよね」
「わたしはDボガードのあのウルウルした瞳、そればっか見ててあんまり感想はないの」
「実は僕も。いんや美形とはこういうものかって思っちゃう(笑)」
「ヴィスコンティ監督が使いたがったわけよねぇ・・うっとり」
「で、物語はというと、とある有閑青年の身の回りを世話をすることになった召使くんが、妹と称するハスっぱな女と二人でこの青年の人生をメチャメチャにしちゃって、あー楽しいなって」
「まあ、大体はそんなとこね。とにかく、わたしはあの有閑青年には魅力が感じられなかった。妹っていう女も芝居がヘタ。だから、立派な婚約者さえいる青年があの妹にたぶらかされちゃって・・っていう展開にはまるで納得できないの」
「そこがさっき言った、アタマ先行っていうところだと思うんだよ。同じくロージー監督ピンター脚本の作品<できごと>でも感じたんだけど、ピンター脚本は、アイディアは楽しいのに、それをエモーショナルに盛り上げていく緊張感の創出、つまりロージー演出が、なんとなく今イチで間延びしてて、気を持たせる割になんだかな〜って不発感が付きまとうんだよね」
「だいたいあの有閑青年が欲しかったのは、召使じゃなくて遊び友達、出来れば悪の華咲くデカダンな世界に精通した友人だったんだ、と考えれば、この映画は、だからナンなの?って感じよね」
「女中と主人とがデキちゃったり、使用人同士が主人の目を盗んで逢い引きしたり・・なんてことは、まあそこそこに聞いたような話だよね。無論、これは階級意識が極めて強いイギリスが舞台のイギリス映画だ、ってことは念頭に置かなくちゃいけないだろうけど、だからといってそれにおもねてもらいたくはないし」
「舞台演劇向きの内容だったってことも、この映画に映画的な面白さが感じられない理由だと思うの。わたし、もしもよ、Dボガードが目と鼻の先の舞台であの瞳を反抗的にキラキラさせてくれたらと思うと、わー絶対にクラリときちゃうよー」
「きちゃうよーはこっちだってさ(笑)。僕もサラ・マイルズ扮する妹ベラには全然魅力が感じられなくて、どうせやるならボガードくんが有閑青年のベッドに忍び入るくらいのことをやれよーなんて思っちゃった。それから強いて言えば、有閑青年の婚約者も、ちょっとどこか傲慢でタカビーなイギリス女で、僕はイヤだな・・青年自身にしても線が細くて共感出来ないし」
「結局Dボガード以外の役者はダメだったってことね(笑)」
この映画にはユーモアが欠けてるんだよ。レストランでパトリック・マギー扮する司祭がヘンな存在感を発揮する、あのあたりの奇妙にブラックな感覚がふんだんにあれば良かったんだと思わない?」
「確かに、なんかすごく嘆かわしい・・って感じでこの映画は終わるのだけど、わたしたちにしてみれば、別段そんなヒドいことになっちゃったわけじゃないんじゃない?って思っちゃうのね。だから、そう、多分ユーモアっていうか、あららら、いつの間にか召使が主人になっちゃったよーっていう、逆転の笑いっていうか、ブラックなコメディっていうか、そんな感覚はあっても良かったかもね。でもその場合はもう全然違う映画で、Dボガードの必要はないよね」
「全然話題は違うけど、ルイス・ブニュエルは映画監督でなければ執事になりたかった、なんて言ってるね。執事とは主人の友人役をも努めるものだ、とかね」
「奇抜でシュールな作り話を次々に聞かせてくれる執事なんて、楽しいかも(笑)」
「ドライマティーニの飲み方で主人に文句つけたりしてね(笑)」
「Dボガードも、見目はバツグンだけど、まだちょっと人間的な修行が足りないっていうかしら・・まあ彼と妹とで企んでた究極の目的も不明だし。これは要するに観念的にすぎた不条理映画だったのかも」(2000.7.24)


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