「リチャード三世」1995年イギリス

リチャード・ロンクレイン監督 イアンマッケラン

「シェイクスピアの現代翻案版映画ね」
「第二次大戦前夜あたりに時代設定をしたもので、ベルエポックがかったりしている
「わたしねぇ、実は軍服マニアなの(笑)。だから初めはグッときた」
「ははあ、そういう見方は確かにあるね。僕も、ストーリーはおなじみだからデコールの方にばかりに目がいっちゃったな、レトロ趣味に味わいがあったというか」
「もともとヨーク家の内紛に端を発したバラ戦争の最後の結末がリチャード三世でしょ。王座を巡って親戚同士のいがみ合いが繰り広げられるわけだけど、原作の時代なら、そういう王冠絡みの骨肉の争いっていうのも理解出来るのよ、日本では戦国時代だったし。けれど、そういう話を現代に移し替えて戦車や飛行機やらを使った近代戦として描くのは、ちょっとリアリティの面で無理があったわね」
「でもシェイクスピアの現代版というのは実に多い。こないだロンドンで上演されたオセロも、この作品と同様に大戦の頃に設定されていたらしいし」
「そうなの? 現代に置き換えるとしてもさ、わたしは、せめてマフィア一族の内紛みたいな、お家騒動の範疇に納まる程度で翻案したなら、もっと乗れたと思うな」
「ところでシェイクスピアの芝居を読んでいつも思うのは、もって回った調子で言いくるめられる場面がよく出てくるだろ。例えばこの作品にしても、リチャードの甘言で未亡人アンがころりと翻意したり、騙されたり。で、人間てそんなに簡単に気持ちが変わることなんかないと思うわけだよ、本で読んでる限りは。でも舞台で見ると、それが無理なく納得させられる。生身の役者の迫力は、やっぱり説得力があるから。ところが、これを映画で、しかも字幕で見ると、悲しいことに本を読んでいるのと同じで、人物の気持ちの中に入り込めないわけ」
「あたしリチャードはもっと憎めない小男じゃないかってイメージしてた」
「そういう問題じゃないけど・・でもグッと来たんだろ軍服マニア?」
「うーん初めの方だけ。だってオジさんばかりで、<地獄に堕ちた勇者ども>ほど美形は出てこなかったし・・それよりナチスをモチーフにしたシーンがいくつかあったでしょ、リチャードとアンが自分たちの戴冠式の映画を見てるとかさ。ああいうパロディの部分こそ、この映画の本領発揮って感じよね、哄笑しながら炎の中に墜落していくラストのリチャードを見てやっと分かった」
「うーん、どういうつもりでこの映画を撮ったのかは分からないな。沙翁の傑作を現代に甦らせた意欲作なのか? 無論全編パロディと見ることも確かに出来る。途中までは結構真面目に見たけれど、大詰めの戦闘シーンとかも、なんかいきなりありきたりな戦争映画で、どんどんメッキが剥げていった感じがしたしな。それであの皮肉なラストでは破綻を来したというか。女史の言いたいことも分かりまする」
「お金が余っちゃったんじゃないの」
「金をかけるのならAベニングの衣装とかにもっとかけるべきだ。ビスコンティみたいな重厚さは望むべくもない映画だけど」
「結局、現代版といってももう5、60年も前の時代設定なんだから、ちっとも現代じゃないのよ。観客はシェイクスピアの物語をベースに、過ぎ去りしナチスとベルエポックのディテールを見たいのよ」
「じゃ軍服にも金をかけるべきだったんだね」(1998.5.1)


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