「クイズ・ショウ」1994年アメリカ



ロバート・レッドフォード監督ラルフ・ファインズ ジョン・タトゥーロ

「子供の頃は僕も神童と呼ばれていて、タ〜イムショック!とか、よく見てスラスラ答えてた(笑)あと『文学・歴史の50!』とか言いながら、テストの勉強とかしてた」
「(笑)クイズ番組って、ある程度はヤラセなのかしらね」
「ヤラセならヤラセで、すんごい面白ければまあ僕なんかは許すな(笑)もともとテレビってのはヤラセで勝負でしょ」
「狩刈くんが許すと言ってもねぇ・・で、この映画は人間ドラマとしてなかなかに魅力的で、しかもサスペンスフルなところもあって、傑作の部類に入ると思う」
「そうだねぇ、僕はラルフ・ファインズ。彼が良家の坊ちゃん教授で、悪いコトとは知りつつヤラセに一枚も二枚も咬むところ、そしてそれを悔やんで改悛する、そういうドラマの部分が実によく描けていたと思う」
「人間模様が丁寧なのね・・Rファインズ、Jタトゥーロ、ロブ・モローそれぞれの家庭とかも対称的で、それぞれさもありなん、て感じ。Jタトゥーロの奥さんなんか、すごくありがちで共感できる。それとあの子供(笑)
「共感といえば、Rファインズと父親との関係がね、僕には、なんかいいな、良家だな、って感じで、ああいう細部が描けているからこそ、息子ファインズの心中の葛藤が良く伝わるんだね・・一方、テレビ局側の人間模様はちょっとありきたりだったな、類型的」
「彼らにも、もうちょっと人間くささ、個性があってもよかったよね、彼らなりにもお似合いの家族がいて・・とかいう場面があっても」
「それと感心したのはオープニングでね、実際は脇役のロブ・モローから登場する、ああいう心憎さ。映像に心砕いた最高級車の品定め、あのへんのカットから、ガヤガヤしたクイズ番組の中継へと写っていく冒頭の展開は実に鮮やかだった」
「大陪審での証言にこぎ着けるまでが、ちょっと長くて平板だったような気もしたの・・探偵役のRモローが、もうちょっと鋭い切り込みをすべきだった、もちろんテレビ局に対してね。鉄道の不正を暴いたりしてた勢いが、トーンダウンしてた」
「これは実話だというよね、だから実際に起こったことも、ああいう展開にすぎなかったのかも知れないしね・・映画を面白くするだけならもうちょっとヒロイックに脚色してみるってテもあったろうけれど、いくら大騒ぎしても所詮はテレビ番組のウソばらしにすぎないから、結局はナンだったんだ?っていうはぐらかしが強まるだけ・・」
「まあテレビはすべてヤラセだ、って思ってるよーな人には、そうでしょうよ(笑)」
「すべてヤラセ、っていうか、まあフィクシォンだ、ってことだよ。それはともかく、だからこそ僕、Rファインズのヒューマンな葛藤はね、見応えあった、そこがこの映画の中心部分だったと思うし。で、そうならばJタトゥーロの告発、Rモローの追求それぞれが、もうちょっと内面的なボディブロウをRファインズにくらわせても良かったんじゃないかなーって思う」
「Rモローもいい演技だった。でもJタトゥーロとRファインズとは、人間関係的にはほとんど絡まないのね・・ラストではJタトゥーロが、自分のした告発の思わぬ結果に自分で驚いてしまって、という感じにはなっていたけど」
「まあ、題材にしてもドラマにしても、これは比較的小さくまとまった作品で、だから可もなく不可もない、って感じもあって丁寧に作られてる。ヒーローもヒロインもいないけど、最後までじっくりと見せてくれる。細部すみずみまで配慮が行き届いている・・配役も見事にドンピシャ」
「特に・・」
「特に?」
「狩刈くんが大ファンのミラ・ソルヴィーノ、でしょ!(笑)メンションしといてあげるよ」
「はいはい」(2001.2.20)


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