「さらば青春の光」1979年 イギリス





フランク・ロッダム監督 フィル・ダニエルズ レズリー・アッシュ

「我々の世代にとっては『くあどろふえにあ』でなくて『四重人格』なんだよね・・ていうか映画は実は、音楽を除けばTHE WHOのQUADROPHENIAとはほとんど関係ない
「ていうか狩刈くんももう『四十』人格よねぇ、不惑のトシ?厄年ともいうね(笑)」
「あれま!僕もいよいよ女史に追いついてきましたぜ、ひひひ。は、ともかく、この作品が79年にモッズ郷愁の青春ノスタルジーで作られた薄っぺら映画だと世に広く解釈されてるのはアタマに来るな〜」
「誰に解釈されてナンにアタマに来るわけ?(笑)まあ、その解釈は今となっては多くの人が感じるごく普通の見方だと思うけども」
「まあそうなんだけどいいかい?79年、つまりパンクの残り火、熾き火、それを奮い起こすようなかたちでこの映画が出てきた、それが僕にとっては大事な意味を持ってるといいたいわけ。この映画の命なんだよ。映画の中身はね、そりゃありがちですよ、身勝手な思い入れに振り回されてるチャラチャラ青少年の不良生活行き詰まり映画ですからね〜特に語るに落ちるって感じはある」
「どこかの事務所でメール便配達雑用係をしてる男の子ジミーが、モッズの青春を謳歌してスクーターばりばり〜アメリカナイズされたロッカーたちとケンカしたりパーティやったりヤクを盗みに行ったりとまあ、全体的にありがちぃ〜は否めない」
「でしょ?で、79年当時のパンクというのも要するにまあオンナジことをやってたんだよ、ここが大切。モッズ世代の子供たちがパンク世代だとすれば、親が15年前にやってたことを子供がしてる・・逆を言えば子供がしてることを親は15年前にしていた・・そういう相対化の視線でこの映画を見て、初めてこの映画はtalkin' about my generation♪ということになる」
「THE WHOの、っていうかピートタウンゼントのロマンとアイロニーね、トシとる前にサッサと死ぬぜ、っていうような。それは60年代が放った衝撃的なメッセージでもあった・・とはいつか<イーディ>で長々と聞かされたっけ・・でも映画は後半になると『四重人格』のビデオクリップみたいになっちゃうのね」
「まあそこは不問に伏す(笑)というか、この映画はストーリー映画じゃない、ある意味では青春グラフィティのビデオクリップだから最小限の物語しかない。むしろ、規模においてはまるで違うにせよ、モッズとパンクの二重露出のなかで、サッサと生きて死ね、という、一時代を貫いたある種の共感、シンパシー、まあ女史の言うアイロニーが、どうやらもはや大して共感できない価値観になってる、そんな訳知り顔ばかりがのさばる世の中になってるということに21世紀の不惑の『四十』人格は驚きつつ、この映画につい感じ入ってしまうといいたいわけ」
「な〜んかもって回った言い方だけど、まあ言いたいことは分かる・・翻って、それじゃパンク世代はナニを90年代に残したのか? 例えばこの種の青春メツレツ映画ではその後イヤミったらしいヤク映画の<トレインスポッティング>みたいなものもあったんだけど、あそこにはそうした世代間の視線の交錯みたいなものはまあ、確かになかったし、メッセージみたいなものも曖昧だったっけ・・」
「一方この作品は、例えばスティングの描き方なんかにも微妙に陰りがあったりしてね、<さらば青春の陰り>とさえ言い換えたいな(笑)」
この映画、スティング見たさに見るとガッカリするわね〜彼はモッズ界のスターではありながら実はセリフなしの端役だし・・というより、彼はブライトンのモッズ対ロッカーの大乱闘事件で警察に捕まったあとはすっかり改心しちゃったのか、モッズを卒業して、なんとホテルのベルボーイになっちゃってヘイコラお客のトランクを担いでる。それを目撃した主人公は裏切られたような気持ちで自暴自棄になっていく・・」
「それはまたピートタウンゼントの、というかパンクの親世代たちの、それこそ辛口アイロニーなんだと僕なんかは思うんだけれども、主人公としては、それじゃ済まされない。彼は、自分の憧れの人でありライバルみたいな気持ちにすらなっていたスティングがただのベルボーイに『堕落』して真っ当で地味な人生を選んだことが、もの凄い孤独を突きつける、そんな切迫した気持ちだよね。それでスティングのスクーターを盗んで崖っぷちの海岸を走り抜けていく・・<トレインスポッティング>のラストで不動産屋だかに勤め始めたユアンマクレガーが皮肉混じりに『あんたと同じ人生になっちまったよ』なんてボヤくのとは大違いに、この<さらば>の主人公はセンシティヴでウブだ」
「そしてウブがウブのまま良しとされて死んでいく・・」
「あれれ?うーん・・ま、そこは僕とは違う見方だな〜っていうか、女史は、主人公はスクーターで飛び降り自殺したと思う?」
「まあ、そうなんじゃないの?・・ああ、わかった、主人公は死んでないのね?モッズ生活を象徴するスクーターだけが崖から落ちて、主人公は生きて80年代を迎えていくってことね?」
「あ、そこまで言わなくても・・それは僕が言おうと思ってたのに(笑)、まあ、いいか(笑)・・そーなんだ、切迫して死まで考えた主人公だったけど、崖下には転落してない。スクーターだけが落ちた。映画は主人公に生きろと言っているし、それはモッズというカタチを借りて、79年当時のパンクに向けて放たれたメッセージと言ってもいい。人生は生きてナンボ、生きて責任をとれ、ということかな。シド・ヴィシャスが死んだのがまさに79年なんだからね〜、のほほんとこの映画を見るなよ〜誰もがみんな生身だったんだぜ〜っていう、そーいう見方でっせ、この映画は!」
「鼻息荒いのね(笑)そーいう見方でこの映画を見る人って、今時、まあ・・いるかもね(笑)で、その後の<トレスポ>の皮相でシニカルな姿勢と比べると、この<さらば>は、まあ感傷におもねて言葉足らずには思うけれども、多少なりとも苦みのある人生のアイロニーを感じさせる、とは思うわね〜って、ここは狩刈くんに一歩譲っておこうかしら、かつてのパンクの最後の世代もいよいよ不惑おじさんだし」
「あ、なになに?魅惑おじさん?(笑)まあ譲ってくれるの、ありがたいけどね〜ところで WHO話するスペースがなくなっちゃったな(笑)」
「この映画、ウォーリーくんみたいに WHOが出てくるから、それをいちいち探すのもファンとしては楽しいかも・・」
「まったくです!例えばPictures of Lilyを彷彿とさせるシーンとかも(笑)それと主人公・・彼がウルトラ若きキースムーンを彷彿とさせる・・のが泣ける・・これはムーニーのための鎮魂映画だよ〜」
(2004.1.6)

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