「黒猫の怨霊」 1959年アメリカ


ロジャー・コーマン監督 ヴィンセント・プライス

「コーマン監督のボー物を見ていっつも感心するのは、リチャードマシスンの脚本。よくもまあボーの短編をあれだけの物語に仕立てたわねぇって、敬服の至り尽くせりって感じ」
「ボーの小説は、観念的というか純粋思考の所産というか、いわゆる一般的現代的な小説ってイメージとは随分かけ離れてるものが多いからね。なんていうか、多くの作品は凝縮され尽くした純露みたいなもの。だからこれを中心的なベースとして、その周縁に色んな物語を膨らませることが出来る。彼の原作をもとにした映画は実にたくさんある。食指を伸ばしたくなる魅力だ。作品として完成されすぎているからこそ、凡俗にいじりたくなるのかな?」
「もっとも<世にも怪奇な物語>のフェッリーニ作品は完全にオリジナルで別だけどね。で、この映画はモレラと黒猫とヴァルデマール氏の病状の真相の三本オムニバスなんだけど、特に黒猫のエピソードはコミカルで面白かった」
「ピーターローレがワインの味効きをするなんざ、いい場面だったねぇ。絶対にハッタリだと思っていたのに」
「彼が最後まで酔っぱらっているのが、断然いい。死体が見つかってもこれは弱ったなーって感じが面白かった」
「さりげなくアモンティリャドの話を混ぜてる」
「あ、そうそう。オムニバス三本のなかでは遊びが豊か」
「脚本もさることながらダニエルハラーの美術も忘れちゃならない。ゴシックホラーといえばあの雰囲気という代名詞。僕は最初のモレラが好きだな。原作からは想像がつかないけれど、ゴシックホラーというジャンルではまさに想像通りの映像だろ。ということはいかにハラーの造形力が偉大か、いかに万人に浸透してるが分かる。例えば赤いビロードのカーテンとか青みがかった天井とか、ああいった色彩感覚が、きちんとセットを構成してそこにあるから、なんか美術!って感じがするね」
「ダリオアルジェントみたいに不自然な照明効果に頼るわけじゃない、ってことかしら?」
「まあ、そうだな。所詮そんなに怖い映画じゃないわけで・・恐怖映画じゃない」
「むしろ怪奇映画」
「そうそう。恐怖と怪奇の違いがあのケレン味にあるんだな」
「なんか何でもケレン味で済まそうとするのね」
「いやいや(笑)具体的にはVプライスやPローレの味わいとか凝ったセット作りとかオムニバスを繋ぐ口上の語り口とか、そういった細部諸々の愉しみってこと」
「ヴァルデマール氏のエピソードは、ちょっとそういう愉しみが手薄だったような気がしない?」
「うーん。そうだな。最後のグチャグチャヌルヌル、あれを見てグロを堪能するにはノスタルジックすぎるメイク。けれど公開当時にはあれでぞーっとした人も多かったろうとは思うよ」
「それより催眠術師が奥さんに言い寄るという物語はオリジナルの味わいね」
「若く貞淑そうで意志の強そうな奥さんだったしね。怪奇映画には女優陣の配役も大事だ。モレラの娘役もそうだけど意志が強く好みがはっきりしてるような、要するに気の強い女。これが奇怪な現象に見舞われて怯えて震えておののいて・・というサディスティックな愉しみ」
「それはあんたの趣味なんじゃないの? ま、その点、黒猫はコミカルだからふっくらして善良そうな奥さんだった」
「ああいう奥さんも、いいなあー」(1998.5.25)

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